4-5 飛矢
仕切り直しとばかりに、シャールーズたち宝石精霊は、見えぬ四角を描くかのように再び四隅に立った。
「あの、どうするんですか?」
「心配すんな。道をつなぐのさ」
シャールーズの返事にうなずいたのは、ヤフダだった。
「これだけの人数が揃えば、馬の二頭も簡単に飛ばせるでしょう。それに私やミトラ、ゾヤ女官長にアフタルは、離宮に詳しいですからね」
ヤフダの説明によると、道をつなぐには、見知った場所の方が確実らしい。
でないと着地に失敗することもあるそうだ。
「アフタル。酔わないように、気をつけてよ」
「彼女は初めてなんだ。こっちが気をつけるべきだろう?」
「あんた、うるさい」
ミトラは釘つきの棒の先端を、シャールーズに向けた。
まだ真新しいようで、釘はどれも銀に光り曲がっていない。
「あの、ミトラ姉さま。それも実は由緒ある剣ってわけでは……」
「あはは、ないない。本当はアフタル用に作ってたのよ。きっといるだろうと思って、持ってきてたのよね」
無理です、そんな凶器を振りまわすのは。
「さぁ、始めましょう」
ヤフダの声に、精霊四人は静かに瞼を閉じた。
「金の標石、ミリアリウム・アウレウム。 我らが求める道を示せ」
「蒼穹の聖道に標石の明かりを灯せ」
ヤフダとミトラ、シャールーズにラウルの声が揃う。
歌うような、たゆたうような詠唱。
彼らの足下をつなぎ、石畳の道に光の筋が伸びた。それは四角に、そしてさらに対角線を描く。
鮮やかな青、青葉の緑、深い琥珀色、吸い込まれそうな深い蒼。
それぞれの色が、光の粒となる。
まるで地から天へと逆に流れる滝のように、光の粒が立ちのぼっていく。
しぶきすらも、きらめく光だ。
見とれてしまうほどの美しさ。
ふいに、それまでおとなしかった二頭の馬が動き出した。
しきりに後方を気にして、後ろを向こうとする。
「アフタル、ゾヤ女官長。押さえていてくれ。俺らは集中をとぎれさせるわけにいかない」
その時だった。
ひゅん、と風を切る音が聞こえたのは。
一本の矢が、光の粒の壁を破ったのが合図だった。
無数の矢が一斉に、アフタルたち目がけて飛んでくる。
「ちっ」
シャールーズは舌打ちすると、長剣で飛矢を叩き落とす。
「ラウル。盾!」
シャールーズの前に飛び出したラウルが、薄青の結界を張る。
矢を弾くたびに、結界は光を乱反射させ、目がくらむほどに輝いた。
「言っておきますが。私の石は傷つきにくいですが、割れやすいんですよ」
「分かってる。我慢しろ。鉄の槌で殴られろとは言ってねぇだろ」
光の粒はそれぞれの色を保ったまま、螺旋状に空に昇っていく。
「道が開きました。時間がありません」
「跳ぶぞ、アフタル。捕まれ」
ラウルに急かされたシャールーズは、アフタルを腕に抱えた。
軽い跳躍だったのに、何か得体のしれない大きな力に引きずり込まれていく。
青空と葡萄畑。ぐにゃりと歪む空間。平衡感覚が失われる。
下を見ると、さっきまで皆が立っていた場所に、武装した男たちが集まっていた。
彼らはなおも弓を構えて矢をつがえ、アフタル達を攻撃する。
だがどの矢も放物線を描いて、そのまま落下するだけだ。
(あれもきっとエラ伯母さまの差し金なのですね)
どこで馬車の車軸が破損するか、正確な場所は分からない。ということは、武装集団が距離を置いて、アフタル達の後をつけていたということだ。
(離宮も安全とは言い難いです)
なんとかしなければ。
シャールーズとミトラは戦える。離宮には正妃が静養なさっているから、護衛もいるけれど。
それでも力が足りない。数で圧倒的にエラに負けている。
(わたくし達は、ただ逃げていればいいわけではありません。ティルダードを取り戻し、王宮を奪還しなければ)
そのために必要なのは、信頼できる騎士、そして武器だ。
できることならば、穏便に解決したい。けれどエラと話し合いができるだろうか? 精霊を信頼しない彼女と。
自分の考えに、アフタルは苦笑した。腕の中の彼女にシャールーズが問いかける。
「どうした?」
「いえ、わたくしも変わってしまったと思って。以前なら、なんとかエラ伯母さまと話し合いの場を設けよう、彼女を説得しようと考えたのでしょうけれど」
「今は?」
「伯母さまは甘くないと知っていますから。無駄なことはしません」
蒼穹の聖道に入ったことで、油断してしまったのかもしれない。
それまで落ちていくばかりだった矢の中から、一本の矢がアフタルの腕をかすめた。
矢風が、アフタルの髪を激しく揺らす。痛みは一瞬遅れてやって来た。
「きゃあああっ」
「アフタル!」
眼下に弓矢を構えた男の姿が見えた。
弦を引いて弓をしならせ、矢が放たれる。その反動で、男の銀髪が冷たく輝きながらなびいた。
近衛騎士団長のアズレットだ。
彼の射る矢は、まっすぐにアフタルを捕らえる。
また次の矢が彼女を襲う。
シャールーズが腕の中にアフタルを庇った。
「くぅ……っ」
シャールーズの呻く声。抱きしめられているアフタルに、彼が身を固くするのが伝わってきた。
「離してください、シャールーズ」
「できるかよ」
「命令です」
ドスッという音と共に、またシャールーズの腕に力がこもる。
「命令だって言ってるじゃないですか」
「聞こえねぇよ」
彼の腕の中から見上げると、シャールーズは眉間を寄せ、歯を食いしばりながらも微笑んでいた。
「アフタルさま、ご無事ですか? あと少し我慢なさってください。ミリアリウム・アウレウムが見えてきました」
二人の前に飛び出したのは、ラウルだった。
凍てついた氷河の蒼の結界が、矢を跳ね返す。
「腕力の強ぇ奴がいるみたいだな」
「弓矢の名手とは思えないんですか?」
「思いたくねぇ」
ラウルに対して軽口を叩いてはいるが、シャールーズの背には何本もの矢が刺さっている。
周囲には、金色の三角錐が点々と並んでいた。骨組みだけで、中身はない。なのに三角錐の頂点で、黄金の炎が燃えている。
「金の標石だ。あそこまで行けば、もう離宮につながっている。アフタル、お前は先に行け」
「いやです!」
アフタルはシャールーズの腕にしがみついた。
「離宮に着いたら、手当てをするんです。馬車の中で、そう言ったじゃないですか」
「あれは……」
「わたくしの命令が聞けないなら、わたくしがシャールーズの命令を聞きます。命令は、先着順なんです」
「……先着順って、言葉を間違ってるだろ」
「いいんです、細かいことは。背中の手当てが最初の約束です。だから、わたくしは守るんです」
アフタルは、早口でまくしたてた。
呆れたような表情を浮かべ、シャールーズがアフタルの頭をぽんぽんと軽く叩く。
「もうちょっと持ちこたえてくれ、ラウル」
「誰に言っているのですか? 私はダイヤモンドですよ」
「だよな。あの泣き虫が、立派になったもんだ」