4-4 大好きなお姉さまです
道の四隅にシャールーズとラウル、ヤフダにミトラが立った。
「アフタル、馬を連れてきて」
「ゾヤ女官長、さぁこちらへ。アフタルも、女官長と一緒に中心に来るのですよ」
四人に囲まれた中央に、アフタルとゾヤ女官長がそれぞれ馬を連れて立つ。
「あの、お姉さま方。何をなさるんですか?」
「ごめんなさいね、アフタル。これまでちゃんと話してあげることができなくて」
「ま、すぐに済むわよ。酔わなきゃいいけど」
いつもの釘つき棒を、ミトラがシャールーズに向かって放り投げる。
飛んでくる凶器を、シャールーズは片手で受けとめた。
「危ねぇな」
「平気だってば。そんな簡単に折れやしないわよ」
「釘の部分を握ったら、俺が危ねぇって言ってんだよ」
「あんた、頑丈じゃない。ま、その棒の仮の姿もここまでだけどね」
ミトラは、にやっと唇の端を上げた。
両腕を広げ、シャールーズの手の中にある釘つき棒を見据える。ともすれば暗い緑に見えるミトラの瞳が、鮮烈な碧へと変化した。
化粧っ気のない唇が、ゆっくりと動く。
「汝は王の剣。木の鎧を脱ぎ捨て、真の姿を示せ。貴き銘、水晶の双子神」
ミトラの口上に反応して、釘つき棒が放射状に光を放つ。
眩しさに、アフタルは顔を腕で庇った。瞼を閉じていてもなお、光が目に届く。
「……お前、無茶しやがって」
「本当ですよ。王の剣になんてことを」
ため息のような言葉を発したのは、シャールーズとラウルだった。
さっきまで使い古して釘が曲がっていた、いびつな棒。それが今は柄が透きとおった二本の剣へと変化していた。
一本は長剣、もう一本は短剣へと。
「あたしが鍛えてあげてたのよ。剣は大事にしまっていても、しょうがないじゃない」
「……決して壁を叩いたりするものでも、ありません。いいですか、あなたの使用方法はどう考えても、おかしすぎます」
「ラウルってば頭が固いわよね。それってダイヤモンドだから?」
「私の石とは関係ないでしょう」
「ティルダードも真面目ちゃんになるんじゃないかって、心配だわ」
ミトラはため息をついた。
「水晶の双子神は、蒼氷のダイヤモンドと共に、代々の王に受け継がれております。私も王家にお仕えして長いですが、拝見するのは久しぶりです。まだ女官だった頃に目にした記憶はございますが」
「わたくしは、見たことがないです」
「姫さまがお生まれになるより前に、ミトラさまの預かりになりましたから」
ゾヤ女官長が説明してくれる。
(ちょっと待ってください。今のって、いわば魔法みたいなものですよね)
サラーマは宝石精霊と契約し、加護を受けた国とされてきたが。アフタルもティルダードも、術を駆使することはできない。
訝しむアフタルと、ミトラの視線が絡み合った。
いつも自信に満ち溢れ、勝ち気なミトラなのに。今、初めて彼女が不安そうな表情を浮かべるのを目にした。
「ミトラ姉さま?」
「アフタル。あんたは、あたしにとってもヤフダ姉さまにとっても大事な妹よ」
「そうですね。私たちはできることならば、ずっと黙っていたかったわ」
柔らかに目を細めるヤフダも、まるで泣くのをこらえているようだった。
二人の姉の向こう、目に染みるような空の青さが広がっていた。
「騙していたと、裏切っていたのかと罵られるのが怖かったの。あたしともあろう者が、馬鹿ね。なんて臆病なの」
ミトラが、赤い髪をかきあげた。その瞳は揺らいでいる。
そんな次女をかばうかのように、ヤフダが前に進み出る。
両手でスカートをつまみ、膝を曲げ、頭を深々と下げる。
なぜ、正妃の娘であるヤフダが、アフタルにそんな敬意を払うのか。
察しはついても、それを認めるのが怖かった。
思わず後ずさろうとするアフタルの肩を支えたのは、シャールーズだった。
「ちゃんと受け入れろ」
左手に二本の王の剣を、右手でアフタルの肩を抱くシャールーズには、堂々とした風格が備わって見えた、
「私はサファーリンの宝石精霊。仕える主は、正妃パルトさまです」
「あたしは、コーネルピンの精。仕えてた主は妃タフミネフ」
しとやかに頭を下げるヤフダと、腰に手を当て、顎を上げるミトラ。
「正妃さまと、わたくしのお母さまの守護精霊なのですか? お姉さま方が?」
問いかけるけれど、アフタルはすでに納得していた。
これまで疑問に思っていたことが、繋がったからだ。
同じ両親から生まれたにしては、ヤフダとミトラ、ティルダードは髪の色が全く違うことも。第一王女と第二王女に政略結婚の話が持ち上がらないことも。
女官長のゾヤが、アフタルのことを「姫さま」と呼ぶのに、二人のことはそう呼ばないことも。エラ伯母さまが、姉たちを信頼していないことも。食事を一緒にとらないことも。
「正妃パルトさまは、長らくお子さまを授かりませんでした。先に生まれたのはタフミネフさまの娘であるアフタル。あなたです」
「タフミネフもパルトも、側室の娘であるあなたが第一王女であることを案じたのよ。利用されるかもしれない、害されるかもしれないってね。だから二人の守護精霊であるあたし達に命じたの。アフタルを守れって」
――アフタルを守れ。
主である自分たちよりも、娘のことを。しかも正妃にとっては、側室の娘でしかないアフタルのことを。
胸がしめつけられて、息苦しくなる。
母の思い出は少ない。正妃と関わることも多くはない。
(なのに、わたくしはこんなにも大事にしてもらっていたのですね)
宝石精霊と主の絆は強く深い。
自分は、シャールーズを誰かを守るために差し出せるだろうか。
「まぁ、シャールーズが行方不明になってなきゃ、こんな面倒くさいことなかったんだろうけどね」
ミトラは、肩をすくめた。
「ようやく正妃さまがティルダードを授かり、私たち二人は王子と王女の守護を兼ねていたのです。まぁ、エラ伯母さまにしてみれば、わたし達の存在は疎ましい以外の何物でもないでしょう」
「ねぇ、アフタル」
ミトラが、遠慮がちに声をかけてきた。その声は、微かではあるけれど震えている。
「あたしは主であるタフミネフを失って、途方に暮れていたの。でもね、あんたがいてくれたから生き続けることができた。タフミネフの命令はあたしを縛ったけど、あたしを幸せにもしてくれたのよ」
「お姉さま」
アフタルは駆けだした。
ミトラの胸に飛び込むと、金髪と燃えるような赤い髪が踊るようになびいた。
アフタルの背中に触れようとしたミトラの手が、ためらうように離れる。
「ぎゅっとしてください。お姉さま」
「アフタル」
「遠慮がちなミトラ姉さまなんて、らしくないです」
それまで硬かったミトラの表情が、ふっと緩む。
「大好きよ、あたしのアフタル。タフミネフの思い出を共有できる、たった一人の子」
血のつながりとか、関係ない。
何よりも深い思いがあるから。
サラーマの王家は、宝石精霊の深い愛情に守られているのだ。
アフタルは、ミトラにしっかりと抱きついた。ミトラの力強い腕を感じながら。