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その祝の背後にユラリと赤い影が立つ。
振り返らずに、祝は小さく溜め息を吐いた。
「何で来ている、天火」
「月が心配だから来たんだろう?」
「…心配される筋合いはないが」
「こっちが勝手にする心配だって、いつも言っているだろう?月」
天火がにっこりと笑う。
なんで妖怪がこんなに無邪気に笑うのだろうな。
祝 月読は目の前に立っている幼馴染み、名家 天火を見上げながら考える。
そもそも妖怪だ人間だと言っても、持てる命の重さは同じだと祝は考えている。
この星の上、今という時の中で命を授かり生きていく過程で、邪に染まるか無垢でいるか、深い慈愛を持つか闇に堕ちるかは自己の選択で決まるのだろう。
もちろん環境に左右されるのが全ての生命体の掟だが、高い知性を持つものならばその時その時で選択肢があることを分かっている訳で。
それを選び取れるか取れないか。楽な方へ転がるか勇気を持ってその環境を抜け出すか。自己の強さで選び取ることが出来るのではないかと思っている。
実際は、国ほどの大きさとなれば個人で変える事は難しく、対面する相手の事を知ろうとするには時間が掛かることを余儀なくされ、悪と決めつけるには脆く正義と呼ぶには怪しい現実が、大きく横たわっている事も祝は知っているが。
だから、結局は自分の手の届く範囲で守れるものを守り、励まし、いたわり。
見える範囲のものを叱り、拒否し、打ち砕く。
自分が出来ることなど、ちっぽけなものだと、祝は溜め息を吐いた。
どんなに頑張ったところで、過去も変える事すらできない。
さっきの自分は悪手だったと思う。
もう少し時間を早くずらして、初川を帰せばよかった。
あの場所に出現する事は、ほぼ確定していたのだから、早足で帰っていれば巻き込まずに済んだだろう。
しかし。
祝はまだ天火を見ながら首を傾げる。
それにしたって、出現時間が早くなりすぎた気がする。
その要因が何なのか、いまの祝には考え付かなかった。
「帰ろうよ、月。夕ご飯を温め直すからさ」
「…家政婦の代わりなどしなくていいって、言っているだろう」
「だって静餅が居ないのだもの、仕方ないじゃないか」
そう言われて祝は、天火の実家の家事一般を受け持っている、幼い少女の姿をした静餅の事を思い出す。
「あれは天賦だ」
「え。僕のご飯じゃ嫌だって事?」
見る間にしゅんとしてしまった自分よりも身長の高い幼馴染に、祝はイラッとした。
ええい。うざい。
「…そうは言っていない」
「え、ほんと?じゃあ早く帰ろうよ、月」
「……分かった」
眉根を寄せている祝の顔など、何時もの事だと流して、天火は祝の前を歩き出す。
祝は毎日何度ついているか分からない溜め息をまたついてから、少しだけ初川の家を振り返った。
何を心配しているのか、自分でも分からぬうちに。