5
不意に。
納音の横の塀の影から、何か大きなものがゆらりと出て来た。
二人の間に割り込むように、立ちふさがる。
「え?」
納音の目の前に、不気味な影の塊が立っている。
真っ黒な毛並み。
生臭い荒い息づかい。
それが納音を見た。
見られた瞬間、納音は呼吸する事を忘れる。
人間の男より大きな黒い影だった。
顔も真っ黒で形がよく分からないが、動物のようだと納音は思う。
らんらんと光る赤く発光した目と、犬のように伸びた長い鼻。
そして顎の先まで裂けている大きな口には無数の鋭利な歯。口の中は真っ赤に染まっていた。赤い液体と何かの肉片が口の端にこびりついていて。
恐怖で動く事も出来ない。
生暖かい息をはく口が、納音の眼前まで迫っていた。
「初川!!」
その影と納音の間に、銀色の光が割って入った。
納音の視界がグレーのパーカーで覆われる。
祝が影と納音の間に割って立っていた。
影はバッと二人から飛びずさる。
ウルルルルルルル…。
低いケダモノのような唸り声が、納音の塞がれた視界の向こう側から聞こえた。
祝が何かを右手に持っている。
納音はそれが刀だと気付いてビクリと身を固くする。
しかし得体の知れない恐怖で、身体は竦み声も出せない。
納音の目の前から、グレーの色が消失する。
祝はその影に太い刀で切りかかっていた。
影が横に立ち切られる。
しかしそれが崩れ落ちることはなく、切られた先から癒着し形を戻していく。
祝がちっと舌打ちをする。
共に距離を置いて相手の出方を伺っているが、影は塀に近寄るとそこに在る影に吸い込まれるように消えた。
「…逃がしたか…」
大きな何かが消えた影の当たりを、祝は睨みつけていたが、やがて肩の力を抜くと納音の傍に戻ってくる。
ずっと立ち尽くしていた納音は、祝が傍に着た途端へなへなと座り込んだ。
「…大丈夫か?」
納音は混乱している頭を軽く横に降る。
たった数分の間に起こった出来事に、頭がついていかない。
「立てるか?初川」
納音がまた首を振ると祝は小さく溜め息を吐いてから、ひょいと納音を抱き上げた。