次期領主の憂鬱 2
お待たせしております。
事の発端はあの話し合いから7日後、つまり今日なんだがセリカがウィスカにやって来たことから始まる。今日の探索は無いと知っているから、相棒はソフィアのもとへ遊びにいっている。
最初くらい出迎えてやるかと思って街の門に向かうと、2騎の護衛と共に豪華な大型馬車が2台やって来た。騎士はあの双子だろうが、住む場所もあるし、あの部屋なら必要な家具はほとんど揃っている。ずいぶんと大荷物だな、と思っていたら来訪者はセリカだけではなかったのだ。
「来ちゃいました!」
いやいや、来ちゃいましたじゃねーよと、内心で突っ込んだ。道理で最近ソフィアと話していてシルヴィアの話題が出ないわけだ。驚かせようとして敢えて黙っていた、いやシルヴィアの方から頼んだのかもな。
確かに驚いた。何故こんなところにこの子が、と考えてから気づいた。さては公爵閣下、孫可愛さに殆ど外出を許さなかったに違いない。
公爵の気持ちは痛いほど解るが、この歳の子供に外で遊ぶなという方が酷だ。シルヴィアは辛抱強く我慢していたがあの一件やセリカの時の外出で、楽しさが抑えきれなくなったみたいだ。
シルヴィアを大切に思っているが、嫌われたくない公爵が小さな我儘を言う孫娘に出した条件がこれなんだろう。
「お嬢様、あまり駆け出しては行けません」
「もう馬車の中は飽きたの! わあ、おっきな森!」
もちろんシルヴィアがいるのに彼女がいないはずがない。御付のアンジェラが森へ向かって駆け出すシルヴィアを追いかけた。
「やれやれ、なんか大事になって悪いわね。前に協力してもらった分、断れなくてね」
「それは構わないさ。ずいぶんと身軽だが馬車に荷物はないのか?」
貴族が使う大型馬車は皆が寛ぐために広さを確保しているだけで商人が使うようにに荷物を多く積めるというものではない。それを指摘すると、セリカは肩に掛けているバッグを軽く叩いて見せた。
「あんたが前に納品したマジックバッグがあるからそれを使っているわ。だから、大抵は公爵がシルヴィアに持たせた荷物よ」
「親父の心配も解るが、ここまでしなくてもな。ひとつ前の街まで騎士団の中隊が護衛についていたんだぜ」
最後に馬車から降りてきたクロイス卿が地面に降りて体を伸ばした。
騎士団の護衛とクロイス卿の同行が公爵の認める条件だったのだろう。過保護とも思えるが、シルヴィアの両親は馬車の事故で亡くなったらしいから公爵が恐れるのも解る。二度と哀しみを繰り返さないという表れと俺は見るが、人によっては重すぎると感じるだろう。
「この前お会いできなかったのは、移動中だったからですね」
「黙っていて悪かったが、シルヴィが秘密と言えば家の者はみんな従うからな。お前を驚かせたかったみたいなんだ、許してやってくれよ」
別に怒っていないと告げつつこちらを見たクロイス卿の眉間には深い皺があった。
むしろクロイス卿の方がが色々重症で危ういと見てとった俺はセリカをホテルに案内しながら友人に連絡を取った。
ホテル、紺碧の泉のスイートは最上階にある。殆ど活用されたことがないと従業員が自嘲混じりに呟いていたが、レイアが長逗留することによってようやく日の目を見た。だが、従業員としてはレイアが殆ど施設を利用しないのが不満だったそうだ。
確かに普段レイアは朝は直ぐにセラ先生の店に向かうし、夜も殆どの時間を俺たちと過ごしているので寝るために戻っている感じだった。
俺は寝室全8部屋と居住空間で成り立っている一層全てを借り上げていたつもりだったが、それで流石に金貨2枚は安すぎた。聞けばレイアが寝泊まりしている部屋の代金だけ徴収していたようだ。
最初に払うといったのに実際は中途半端にしか払っていなかった事になる。そりゃあ格好が悪いとすぐさま追加の金を積んだのだが、ホテル側から固辞された。
なんとも意識の高いホテルだ。ウィスカみたいな片田舎には勿体ない職人魂だ。
だがそれでも俺が一層全て借り上げると発した言葉は事実なので、全ての部屋は今でもこちらが借りている状態のようだ。本来はそれで金貨6枚の料金らしい。
それはすなわち他の客がスイートを今まで利用していない事実の証明でもあるのだが……それも今日これまでだ。
レイアをセラ先生の店から呼んでセリカの案内をさせた。レイアには悪いが何しろ勝手がわからないのだ。寝に帰るだけとはいえ住んでいる彼女に案内してもらう他ない。
セリカは紺碧の泉の存在を知っていたようだが、スイートを総てを借り上げているとは思わなかったようだ。
そして、セリカの護衛としてやって来た双子の騎士、アインとアイスもスイートを宛がったら本人たちはセリカと同等の部屋など有り得ないと猛抗議していた。
そこら辺は面倒になったのでセリカに丸投げした。三人分埋まっても寝室にはまだ空きがあるし、他の部屋をいちいち取る気はもうないから、そっちで話し合ってくれ。護衛なら近くにいたほうが都合はいいと思うのだが……。
「わーい、ふかふか!」
「お嬢様、はしたないですよ!」
シルヴィアは何が楽しいのか大はしゃぎだ。ベッドの上で飛び跳ねているが、その寝台の質は前に見た公爵邸の彼女の物の方が遥かに上だから、久々の旅行で楽しいのだろう。道中はろくに外にも出れなかったようだし。
「ふふふ、あそこにいるのは例の儀式の?」
「ああ、そうだ。初めてあったときに居た子だよ」
「もちろん覚えているとも。凄まじい数の回復魔法を連続使用していたからな。あのクズが明らかに狼狽えていて痛快だったよ」
悪い顔で嗤うレイアもあの時とは大分印象が変わった。当時は怜悧という言葉が似合う女だったが、今はよく笑う快活な印象を受ける。アリア姉弟子にも聞いてみたが、別段無理をしていない感じなので、こちらが素なのだろう。
長逗留することにを既にホテル側には伝えてあり、手付けの金貨100枚と最近ダブつきすぎて見るのも嫌になった牛の肉を手土産に支配人に渡すと、普段表情を変えない男が目を見開いた。この顔を見れただけでも価値はあったな。
「あれ? 馬車はどうしたんです?」
「ああ、帰らせた。あの馬車も騎士団の護衛任務の途中に相乗りした形だったんでな」
「はい? いや、どうやって帰るんです?」
「そりゃあ、あれだよ」
クロイス卿が思わせ振りに指差す先には、俺が呼んだバーニィの姿があった。
「ユウ、呼ばれてきたけど……ああ、みんな到着したんですね!」
え、本当に? ここで王都から来たコイツを指すって事は……。
「便利なものを持ってるじゃないか。ああ、ソフィア殿下とバーニィから詳細は聞いてるから嘘は要らんぞ」
確かにクロイス卿に存在を隠してはいなかったし、周囲に口止めをしたわけではない。秘密は露見したあとの方が火消しが面倒だし、それだったら言っていないとはっきり口にした方がなんぼかマシだ。
初めてバーニィに転移環を明かしたときにも触れたが、彼を仲間はずれにする、というよりも彼の立場を考えて敢えて言わなかっただけ、という体裁を整えていた。
だが、転移環を使いはじめてもうしばらく経つが、クロイス卿の方から使わせてくれと言ってきたことはなかった。
己の政治的立場を理解しているんだろうと思っていたのだが……。
楽しんで頂ければ幸いです。




