代理人 2
お待たせしております。
俺の目の前で堂々と長い足を組んだセリカと名乗る女を俺は凝視した。
対面に座る女を気付かれずに<鑑定>するのは酷く難しい。俺も幾度となく<鑑定>を行い、初めての頃よりはずいぶんと時間をかけずに行えるようになっている。
とはいえこれも所詮魔力を用いた行為のひとつに過ぎず、相手が貴族だと確実に魔力持ちなのでバレるのは間違いない。一度でも<鑑定>を受ければ解るのだが、相手から魔力の放射を受けるのではっきりと今<鑑定>されていると気付くのだ。なので人を<鑑定>するときは大抵の場合、背後や隠れてするのが常だ。
店員に人数分の黒茶を頼みつつ、女の情報を得るべく俺は観察を続ける。眼鏡を掛けた切れ長の目を持ち、長い金髪を後ろで結っている身なりのいい女だが、俺と年は大して変わらないように思える。多分一つか二つ年上なだけだろう。指も爪も磨いてあり、長い髪はしっかりと手入れされていて俺の両隣の二人に引けを取らない。つまり自分にそれだけの金と時間を掛けられる立場にいるということだ。
そしてこの金髪女自身も強い魔力を持っている。間違いなく貴族だし、装身具に魔導具の反応が多数ある。どんな効果があるのかはまだ見切れていないが、向こうも無策で来た訳ではないだろう。
こんな若い女があの狂気の額の借金の代理人だという。一体何の冗談だと返したくなるが、ここはもっとこの女から情報を引き出そう。
「代理人と言ったな。ではその金主から全権を与えられていると考えていいんだな?」
「ある程度はね。それにしても態度が大きいわねあんた。こっちの方が立場が上だと思うけど」
「あのようなふざけた額の借金を背負わせる相手に畏まる気はない。それよりも聞きたいことがある。俺が受け取ったとされる金貨1500万枚はどこにある? 俺はそれを受け取る正当な権利がある」
金はひところに集まると勝手に増えたがる生き物だ。とりあえず返済して魔約定にあるこの理解不能の桁を消してもいいし、その金を貸したり事業を始めてもいい。少なくともダンジョンで稼ぎ続けるだけという閉塞感のある状況を打破できると踏んでいたのだが、セリカという少女から返ってきた返事は無常なものだった。
「え? 知らないわよ、聞いてないし」
「なんだと!!……じゃあ、その金主の情報を教えろ。お前じゃ交渉役にはならない。大本と話し合う必要がある」
そう詰め寄るも、相手はどこ吹く風で答えた。
「こっちも知らないって。手紙で指示を受けているだけ。私が知っているのはあんたとの連絡役になって借金返済を円滑に進めるようにってことだけ」
「舐めているのか? 金の出所も知らない、金主が何者なのかも答えられない。それなのに金だけは返し続けろと? 寝言は夢の中でほざけよ」
ふざけた物言いに激昂しかかるが、いつの間にか俺の片腕にソフィアが抱きついている、というよりしがみついている。
となりのシルヴィアはどうかというと、周囲をきょろきょろと見回したあとで、俺と視線が合うとはっとした顔をして俺の腕をつかんできた。
誰に言い含められているのか大体想像がつくが、なかなか上手い手ではある。確かにこの二人が側にいれば俺も我を忘れて暴れだす訳には行かない。このように腕にしがみつかれていては特にそうだろう。
俺自身、ふざけた事を言うこの女に溢れ出そうになる殺気を二人に気取られぬように注意しているほどなのだ。
だが、身動きがとれなくても反撃する方法なんざ星の数ほどある。
「領地はおろか家名まで売り払った貴族モドキの田舎者が随分と大きな口を叩くじゃない」
「それがその貴族モドキに馬鹿馬鹿しい額の借金背負わせている側の台詞かよ」
俺たちは視線で静かな火花を散らしあう。相棒は既にソフィアの側に退避済みだ。
「そもそもなにしに来たんだお前は? 金主の情報もない、交渉する権限もないお前が一体何の用なんだ?」
「私はこの魔約定にサインした馬鹿の顔を見に来たのよ。今まで何百回と発動した魔約定だけと、マトモに返済を始めた阿呆はいなかったわ。大抵は知らない振りをしてやり過ごすのに、何故か大金を注ぎ込んで返し始めた。そんな馬鹿、気になるじゃない」
「…………!」
俺はセリカの言葉に衝撃を受けた。顔に出さなかった事を褒めてやりたいくらいだ。
くそ、やはりやり過ごして無かったことにするのが正しかったのか。ウィスカのダンジョンに希望があったから、そっちに走ってしまったぜ。
実際に攻略が軌道に乗ってきた現在は頑張れば一日金貨2000枚は優に越える額を返済している。そして稼いだ額を全て魔約定に入れているわけではないから、実際はもっと稼いでいる。
俺の沈黙を敗北と取ったのか、セリカは嗜虐的な笑みを浮かべて畳み掛けてきた。
「今更止めたいと言ってきても遅いわよ。こっちはあんたの事調べ上げてきたんだから。今年もキース伯爵領はライ麦の発育が悪いそうね。このままだと家族の多い家はまた口減らしを出さないといけないかもしれないわ。その上、家族が大変な借金持ちだなんて、これじゃ一家離散……ぴっ」
調子の良い口を<威圧>で黙らせると、俺はおもむろに<アイテムボックス>から魔力水の入れた大樽を二人の横に置いた。本当は俺達の間に置きたかったのだが、200リッタル以上入る大樽が大きすぎて互いの顔が見えなくなるだろう。
「この中に入ってのはいる魔力水という。ダンジョンの奥で汲んだ水だ。ポーションの原料としても使えるそうで、この一樽で銀貨一枚の価値だそうだ」
「な、なんの話を!?」
「まあ最後まで聞けよ、俺はダンジョンで思う存分水を確保した。冗談抜きでそこいらの町なら水没させるくらい手に入れている。話は変わるが、俺は今から魔約定にこの水を納品しようと思う。樽が勿体無いから水のまま入れてやろう。お前の上役がどこの誰かは知らないが、この大量の水が溢れだしたら、納品先は何処か解るだろう。そこから改めてあんたの上役と話をしようじゃないか」
「ブラフだわ!! そんなことが出来るなら初めから……」
「そっちの出方が解らなかったんでね。だが、身内に手を出されたらこっちも黙っているつもりはない。その反応からするに、さては拠点は王都だな? さあて、何処が盛大な噴水になるか楽しんで見物と洒落込もうじゃないか」
俺の<威圧>に負けず、頑張って耐えているだけでもたいしたものだが、この提案はやはり相当堪えるようだ。魔約定で納品した物の行く先がどんな倉庫か部屋かは知らないが、局地的に大水害が起こるのだ。必要ならモンスターの塵もいい加減に貯まっているから、それをおまけにつけてもいいぞ?
冗談抜きで魔力水は20万トンを超える量が入っている。毎日行き帰りで汲んでいたからだ。初めのうちは嫌がらせに使える程度にしか思っていなかったし、金になるなら取っておくかという考えだった。
しかし、<アイテムボックス>に<範囲指定移動>するだけなので非常に簡単に、そして大量に貯まって行く水を見て考えを変えた。
納品するという体で脅迫できないかと。なにしろこちらは金目のものを納品するだけだ。その結果何が起ころうと向こうの責任だろう。何しろ俺は誰にどのように返済するのかも知らないのだから。
途中から<アイテムボックス>はどれくらい入るのか? という挑戦みたいになっていたが、あれから20日以上経っている。短時間だが相当の量の魔力水を毎回手に入れているから、恐らくこの王都が水浸しになる位の量は間違いなくある。
先程までの余裕が吹き飛び、逡巡するセリカに俺は追い打ちを掛けた。先程店員が置いたカップに<アイテムボックス>から水を取り出して入れて見せた。これで俺の話が嘘ではないと信じるだろう。
「水魔法? そんな……一切魔力を感じずに」
「おいおい調査が足りてないぜ。俺は<アイテムボックス>持ちだ。液体だって固体だって何でも入る。これまで俺が魔約定にどれだけ納品していると思ってる? 人の手で一々運べる量じゃなかっただろう? 水もこの中さ、だいぶ使ったがまだ5000トンは残っている。楽しい水芸が王都で見れそうだな? 俺も借金が減るし、お互い万々歳じゃないか」
カップごと<アイテムボックス>にしまったことで、俺の言葉の信憑性を上げた。だが、魔力水の量は敢えて少なく話した。量が多すぎると嘘のように聞こえるからな、納品場所がどこかは知らないが、王都の城壁を越えてないことは間違いないだろう。そこから水が溢れ出せば周囲にも大迷惑だし、もしそこに俺が今まで納品した物品や金貨がまだ置いてあれば……ずいぶんと愉快な事になるな。
ソフィアはこの話が始まって以来、一度も口を開いていないが心配する気配が伝わってきた。
問題はその視線からしてこちら側を心配している様子がないことだが……。
「ううう、あんたの父親が故郷で取りまとめている教会の低利子融資だって、こっちの一存でどうにもできるんだからね!」
「その融資枠の全額を俺が出せばすむ話だ。あの小さな村じゃせいぜい金貨数百枚だろう。俺の支払い能力は知っているな。この30日で金貨2万枚は返済している。数百枚ならたいした負担でもない。俺に銭金の話で優位に立てると思うなよ」
楽しんで頂ければ幸いです。
補足になりますが、大樽はウィスキーを仕込む大樽をイメージしていただけると。まずは樽のデカさでびびらせたわけです。セリカは宝物庫が大噴水に変身する事を恐れました。なにしろ他のお宝まで全部流されます。
最悪の予想に震えるセリカに、主人公は「ああ、納品してーなー、借金減らしてーから思う存分魔力水を納品してーなー」と呟いています。
あ、ド外道がいる。
セリカはメインヒロインの一人なのに主人公からの扱いがあんまりな人です。(ネタバレ)




