代理人 1
お待たせしております。
今回の話が主人公にとってのターニングポイントになります。
俺は今、訳あって王都に出向いている。
ソフィアから、軽い感じで呼び出しを受けたのだ。”もしよろしければ王都までおいで願えませんか?”と。
俺はその言葉に強い違和感を覚えた。
ソフィアと俺は今更このような畏まった関係ではない。これまでだってあいつから顔が見たいと言われれば、ハイハイなんですか? と会いに行くのだ。いまさらお願いされる事などない。
最近なんか王都で評判になっている宝石店の営業の広告が見たいと言われ、そのためだけにわざわざ王都に出向いているのだ。
傍から見れば完全にワガママ娘の言う事を聞く財布野郎と化している。だが、異国の地に供も僅かでやってきたソフィアが面と向かって我侭を言えるのは俺くらいだろう。
要は俺に会うための口実を欲しがっているので、それくらいはお安い御用だ。その宝石店の広告もほとんど目を通すことなく、一日中俺にくっついていたからだ。
そんな遠慮の無い間柄の俺達なのに、そのような通話がきたのだ。それに彼女の声はかなりの緊張を伴っていた。公爵が後見に付き、王宮で暮らしているソフィアがそこまでの状況に追い込まれるなど只事ではない。
俺は仕事だったレイアに無理を言って俺の周囲を警戒させ、万全の態勢をとって待ち合わせ場所に向かったのだが……。
「あ、こんにちは! 怪し……ではなくて、ユウ様」
「……これは、シルヴィアお嬢様。珍しい場所でお会いしますね」
丁度、見知った顔のメイドに手を引かれて馬車を降りる所のシルヴィアに出くわしたのだ。メイドは当然、側付きのアンジェラだったのだが、どうやら彼女は相当機嫌が悪いようだ。目礼だけで言葉は発しなかった。メイドの態度は主人の評価に直結する。あのアンジェラがその事を理解していないはずもないが、それでもわざと態度を表明しているのだ。さてさて、キナ臭くなってきたな。
俺がシルヴィアと公爵邸以外で会ったことはバーニィの屋敷を除けば初めてだった。そして、彼女が降りようとしている店の前は、奇しくも俺がソフィアと待ち合わせをしている、王都でも指折りの超高級で知られる喫茶店だ。
これが偶然であるはずがない。俺は別行動で状況を探ってもらっているリリィとレイアに警戒を呼びかける。
<公爵家のご令嬢も追加だ。やはりなんかあるぞ、周囲警戒を密に頼む>
<承知した。当方、後方200にて待機中>
<私もこっちに変化なし。そろそろそっちへ行くね、ソフィアと会うのに私がいないほうが不自然だし>
リリィと合流してシルヴィアと店内に入る。案の定、シルヴィアもソフィアのお誘いを受けてこの店にやってきたという。キナ臭さが一層上がったが、事情を知っていそうなアンジェラに視線を向けても無言を貫かれた。俺に対して警告一つ飛ばせないということは、何らかを言い含められているのだろうか?
ソフィアが一枚噛んでいるという状況も気がかりだ。毎日のようにシルヴィアを見舞いつつ、魔力操作を教えているから相当親しくなっているとは聞き及んでいるが、陰謀に巻き込めるような深い仲までは至っていないはずだし、第一このアンジェラに隠し通せるとは思えない。
店に入るなり、係員がシルヴィアを見ていい所のお嬢様と認識したようでこちらに向かってくる。本当ならもっと大勢のメイドや公爵家お抱えの騎士がいてもおかしくない、いや、いなければおかしいだろうと思い<マップ>で探ると、案の定すぐ近くの店にクロイス卿を含め大量の実力者が控えていた。
つまり、この件は公爵家も噛んでいるということか。だが、公爵家でなによりも大事であるシルヴィアを使ってくるはずの案件なのか?
<公爵家の手勢は全部で40人ほどだ。戦えるのが半数、他はあの可愛らしいお嬢さんの御付だろう>
<君から見て実力者は?>
からかい気味に尋ねると、憤慨したような意思が返ってきた。
<あの夜も見た色男はかなりの使い手だが、既に現役の空気ではない。他は足元にも及ばん、我が君には時間稼ぎにもならんよ。近づくことも出来ずに瞬殺で終わりさ>
あれだけのことがあり、孫を溺愛している公爵の事だ。シルヴィアの外出に大量の護衛を付けない筈がない。だが、その孫をこの件に関わらせようとしている気配なのが解せないな。
店員に案内されて奥へ進むと、ソフィア達が待っていてくれた。だが、そのお世辞にも顔は冴えない。何に巻き込まれているのかを問う前に、シルヴィアがソフィアに突撃した。
「お姉さま、こんにちはです!」
「こんにちは、シルヴィ。今日は呼び立ててごめんなさいね」
「いーえ、お爺様ったら全然外出を許してくださらないんですもの。こうして外でお姉さまにお会いできて嬉しいです。お爺様はすこしだけ体の調子が悪かっただけで大げさなんですよ、ねえ、アンジェもそう思うでしょ?」
シルヴィアは振り返ってアンジェラに同意を求めるが、彼女は首を横に振った。
「お嬢様、油断されてはなりません。旦那様はお嬢様を心から大事に思っておいでなのです」
実はこの一月で2回ほど死にかけた事実を話せるわけもなく、曖昧に諭す他ないのだがまだ幼いシルヴィアには難しいようだ。
「もう、アンジェは最近そればっかり。退屈だけど、今日はユウ様にもお会いできたからよかったわ」
最近ではシルヴィアから怪しい人と呼ばれることもなくなった。俺は面白いのでそのままでも良かったのだが、公爵家のお姫様が”怪しい人”と内外で呼ぶのは外聞が悪いと諭されたのだろう。改めて自己紹介をした後はユウと普通に呼ばれている。
俺達は奥まった特別室に通された。密談にもってこいないかにもな空間だが先客はいなかった。
しばらく待てという事らしい。俺達はとにかく座るか、と4人掛けのソファに腰を下ろした。すると何故か俺の隣にソフィアとシルヴィアに挟まれる事になった。
対面空いてるじゃないか、と指差しても微笑むだけで一向に動く気配はない。お供のメイド達、ジュリアに視線をやっても無反応だ。特にジュリアはおかしい。あいつは今まで俺が何か言えば過剰に反応する奴だったのに今回は何か言い含められてでもいるのか、視線さえ合わせようとしない。
内心で膨れ上がるキナ臭さが頂点に達する頃、外で周囲を監視するレイアから<念話>が入る。
<3人組の男女が店内に入った。男一人、女二人。男女一人ずつはまあまあ手錬だな。恐らく護衛だろう>
<状況はもういい。敵の手札を消したいから隙を見て護衛を無力化しろ。殺すなよ>
<ふむ、荒事か。剣呑剣呑>
できるか? と問う必要さえない。レイアはすぐに行動を開始した。さて、この茶番を企画したのはどんなヤツか、顔を拝んでやるとするか。
「あんたが、ライル・ガドウィンね?」
何をするでもなくリリィを交えた4人で談笑中に高飛車な女が入ってくると、そのまま対面のソファにどかりと座り込んだ。そして冒頭の台詞を吐いたのである。
「ユウだ。その名は使っていない。二度と口にするな」
俺はついに現れた”敵”の出現に口元を歪ませた。俺の本名、正確にはこの体の持ち主の名前を正確に知っているのは魔約定の関係者だけだ。なにしろ証文にはライルが直筆で本名を書き込んだからな。その後で現実を理解したあいつは体を手放して俺が活動できる要因となったわけだ。
冒険者ギルドも登録の際に本名を書いているが、こちらから漏れた可能性は皆無と言っていい。故郷のライルの家族に迷惑がかかる事を考えてすぐにユウに名前を変更したし、もしそこを伝ってどこからか照会を受けたら教えて欲しいとギルド職員には金貨を握らせている。その際も拒否する必要はないと伝えているし、本当に照会が来たらさらに金一封を渡す事を明言している。今や俺の支払い能力に疑問を抱く職員はいないし、その金一封はギルドマスターの部屋に鎮座しているとユウナから報告を受けている。
担当職員は俺とその誰かから報酬の二重取りが出来るので、むしろ今か今かと待ち望んでいるくらいだ。
そのような仕込みをしてあるので、ギルドから情報が漏れるならこちらに一報が入るようになっているが、今まで金一封を渡した事はなかった。となればこの女は魔約定から情報を得たに違いないのだ。
「名を名乗っておくわ。私はセリカ。家名はあるけど爵位さえない没落貴族に名乗る意味はないから省くわ。とある方からあんたに関する負債の代理人をするように命じられているわ」
「随分と待たせてくれたな。だが、ようやく俺の前に現れやがったな、諸悪の根源が」
楽しんで頂ければ幸いです。




