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初めてのダンジョン

ようやくダンジョンが始まります。

 ガーラント暦1587年春の月85日目、今日は記念すべき俺の初ダンジョンの日だ。


 天気は快晴。雲ひとつない青空なのだが、これから行く先は暗い洞窟の奥である。

 暗いといってもダンジョン低層階は全体が淡く発光しており、松明や光の魔法は必要ないらしいが。


 <時計>スキルは時刻を確認すると朝の4時33分を指している。太陽が出ているこの時間ならもう多くの人が動き始めている。俺はまだ夢の世界の住人である相棒の妖精を懐に入れ、宿屋を出た。 

 ハンクとアンナの二人に挨拶をした時に、弁当をもらってしまった。昨日何も言ってはいないのだが、冒険者相手の宿の女将をやっていると、勝負に出る連中がわかってしまうらしい。礼を言いありがたく頂戴した。




 ここで改めてこの街のダンジョンについて整理しておこう。昨日セラ婆さんに言われてあの後、冒険者ギルドに再度立ち寄り資料室なるところで色々と勉強した。初見の情報も多く、知らずにダンジョンにいっていたら苦労しただろう。

 ダンジョンはウィスカの中心部に存在している。ダンジョンを中心に街が栄えたと解釈してよさそうだ。名称はなく、そのまま”ウィスカのダンジョン”と呼ばれている。ランヌ王国には王都ともう一つあるらしい。

 その三つある中でこの街のダンジョンが最も攻略されていないダンジョンだ。なぜならば、探索する冒険者が圧倒的に少ないからだ。

 理由は”初心者殺し”と呼ばれる難易度にあるとされている。酒場で聞いたことだが、ギルドの掲示板にも”初心者厳禁”と書かれていた。モンスターの出現頻度と数が異常に多いことで知られ、限られた20組ほどのパーティしかまともに攻略できないらしい。その一流どころだって10人ほどの大所帯を組んでいくという。

 一人で向かう俺は頭がイカれているとしか思われないだろう。俺もこんな借金を抱えていなければさすがに一人では突っ込まない。



 ダンジョンそのものの特性だが、まず第一にダンジョンは”生きている”。心臓のように脈動するわけではないが、毎日下へ降りる階段の場所が変わるらしい。近道や抜け道の意味がなく、他の冒険に比べて難易度が高い理由の一つに挙げられている。

 ダンジョンの地図も冒険者ギルドで売られてはいた。地下五層までだったが、歴代の冒険者たちの血と汗の結晶であるから相応に高価だった。地下一階で金貨10枚。それ以降は10枚ずつ上がってゆく。金持ちの冒険者は迷わず買っていくそうだが、それでも階段の場所は毎日変わるからその都度探し回らねばならない。

 探索にも多くの時間が取られるので多くの冒険者は数日間のキャンプを前提に動くようだ。俺は<マップ>スキルが反応するか次第だな。初めのうちは日帰りが望ましいが。


 他には先ほども言ったが低層であれば灯りは必要ない。中層、深層はどうかとは書いていなかった。知りたければ情報を買えということだろう。また低層には簡単な罠しかなく、スカウトの出番はあまりないということだ。ギルドの資料室にはどのようなモンスターが出るかも書いてあり、少しは把握している。ここでも数が危険だと嫌というほど書いてあった。



 冒険者の一番の目的であるアイテムだが、大別して2種類。迷宮のモンスターが落とすドロップアイテムとダンジョンにて拾うことの出来るアイテムだ。ドロップアイテムはそのままだが、拾うことの出来るアイテムは色々特殊だ。ダンジョンが生きていると言った事実が関係するのだが正直、道の真ん中に落ちていることも壁に埋まっていることもあるらしい。スカウトがどれほど戦闘に不向きでも必ず一パーティに一人は入れるべき理由とされている。罠関連とアイテム関連はスカウト独自スキルらしい。俺もそんなスキルを持ってはいるが、一気に取りすぎて詳しく確認できてない状態だ。




 とりあえず仕入れた情報を昨日のうちに<メモ>しておいた。何時でも見られて修正も可能というスグレモノだ。商人スキルらしい実用性の高いスキルである。



 街の中心にダンジョンはある。普段なら番所に人が立っているが、早朝はいないと分かっていたのでそのまま入り口についた。


 一度大きく深呼吸をして、改めて装備を確認する。武器はナイフのみ。<投擲>用の石がアイテムボックス内に58個。防具は革の肩当てだけという貧弱さだ。まともにモンスターとやりあったら回復が追いつかないどころか袋叩きにされてお陀仏だ。だからこそあそこまで魔法にこだわって遠距離攻撃一択だった訳だが。


 アイテムボックス内にポーション、マナポーションが各一つ。薬草は68個あるが、これは患部に当てて傷の治りを早くする物だから、戦闘状態では意味が薄い。ポーションが好まれるのはそういう理由である。



 出来得る準備は全てした。スキルも思う存分取った。しかし動悸は治まらない。せめて街の外でレベルアップを経験していれば少しは違ったのだろうか。

 レベル1でこのダンジョンに挑む阿呆は俺だけに違いない。


「行こうよ。なんかあったら私が守ってあげるからさ」

 俺の不安を感じ取ったらしい。寝ていたはずのリリィが俺の懐から顔を出していた。

 むしろ俺が守ってやらにゃならん思うのだが………。


「よろしく頼むよ」

 笑いかけると不安は消えていた。相棒の存在は本当に大きい、一人じゃないと分かるだけでここまで不安が消えるとは。


 よし、行こう。




 俺は大きな入り口を抜けて第一層へと足を踏み入れた。もっと暗くジメジメした空間を考えていたが、思った以上に広く、空気が乾いていた。周囲は石畳だが、本当に淡い光が満ちており、視界は開けている。

 まず真っ先に気になっていたマッピングを行う。するとウィンドウ上に入り組んだ地形が現れた。良かった成功だ。迷路のように曲がりくねった通路が続いているのが分かるが、俺の意識は既にそれどころではなかった。

 マップ上を敵対を示す赤い点が覆っていたからである。前情報で敵ばかりとは聞いていたが、認識を改める必要がありそうだ。敵ばかりではなく敵しかいない、だ。しかし、こちらから先制が出来るのは大きい。

 

 歩いてすぐの角を曲がるともう敵の反応があった。角から顔を出して探るとゴブリンの集団がいた。1メーテルの緑色の体躯を持つ、故郷でもわずかしか見たことのないモンスターだ。しかも25匹、小隊規模もいやがる。

 だが、まずは情報だ。とりあえず<鑑定>する。


 ゴブリン  子鬼系モンスター


 最弱の部類に入るモンスター。数を頼りに獲物を持って襲ってくる。様々な派生種が存在し、最上位種になると一匹に対し一国の騎士団が要請されるほど。このモンスターには特に注意すべき攻撃はない。

HP 18/18 MP 0/0 経験値  12

 ドロップアイテム ゴブリンソード



 特に注意すべき攻撃はなさそうだ。リリィと頷きあい、攻撃することに決める。

 訓練どおりに30発の炎系の魔法の矢を作り出し、慎重に狙いを定める。不意に一匹がこちらを振り向いた。だが遅い。こちらの照準は既に終わっている。ゴブリンが騒ぎ出す前に俺は魔法を撃ち出していた。


「ファイア・アロウ!!」

 本来なら<無詠唱>で暗殺者のごとく無音でいくべきなのだが、ここは景気づけだ。ド派手にいく。

 一匹目の腹に矢が刺さるとそのまま貫いて後ろにいた奴にも刺さる。炎の矢の雨にゴブリンたちは悲鳴すら満足に発せぬまま塵になった。よし、討ち漏らしなし。しかし、ファイアアロウなどという魔法は存在せず、本来のファイアボールを<魔力操作>で弓矢状に変えているだけなのだが、つい言ってしまった。


 さすがに全弾命中とはいかず、5発はあさっての方向に飛んでってしまった。

 これは仕方ない、初めから諦めている。実戦で全てが上手くいくと思うほど馬鹿ではないつもりだし、そのために数より多く魔法を放ったのだ。相手が20匹もいてこちらの損害無し、初戦にしては大成功だろう。

 しかし本当に塵になるんだな。これじゃ冒険者は儲からないな、とドロップアイテムを探そうとしたらウィンドウが勝手に反応した。なんだこれ。


 ”レベルアップ。ステータス更新します”


ユウキ ゲンイチロウ  LV18

 デミ・ヒューマン  男  年齢 75

 職業 <村人LV35>

  HP  680/680

  MP  525/525 

  STR 89

  AGI 88

  MGI 95

  DEF 79

  DEX 80

  LUK 68

  STM(隠しパラ)168

 SKILL POINT  99/52          累計討伐数 25


待望のレベルアップだが、ちょっと上がりすぎじゃないのか。

 一気にレベルが18になっている。確かに〈経験値アップLV6〉はついているが、まだたった一回戦っただけだぞ。

「これがパワーレベリングってやつね」

 リリィが良く分からん単語を口にした。

 だが、感慨にふける間もなく次の敵の反応があった。本当に次から次へと来るようだ。さっさとドロップアイテムを拾うとその場を後にする。アイテムはゴブリンソードが16本だった。しかし結構拾うのに時間がかかるな。

 リリィはアイテムに対して小さすぎて拾えなかった……いや、頑張ってくれてはいたぞ、ゴブリンソードが持ち上がらなかっただけで。

周辺の敵がまだいないのを確認してゴブリンソードを<鑑定>する。こいつはいくらの価値になるか。


  ゴブリンソード 価値 銀貨2枚


ゴブリン達が使っているとされる剣。剣の形状をしているが実際は魔力の塊。剣として使うこともできるが、主な用途は武具の鉄である。

不純物がない純粋な鉄としての価値がある。

 

これで全部で金貨3枚以上か。さすがドロップアイテムだ、価値が高い。隠しスキルの<幸運の神ヴィセルの加護>のお蔭でアイテムが落ちる確率も大幅に上がっているし、希望が見えてきたってもんだ。

 


 <マップ>スキルは縮尺変更が可能なので周囲を拡大しつつ<アイテムサーチ>を試みる。あまりマップを縮小させると敵の反応で埋め尽くされてしまうから、ある程度拡大する必要があった。

 探していると近場に1個だけ反応があった。幸い敵の反応も今はなく、<マップ>を頼りに探してみるが何も見当たらなかった。リリィも不思議そうに首をかしげている。

 


 その答えは<マップ>スキルにあった。更に拡大してみると、アイテムの反応は土壁の中からあったのだ。試しに土壁の中をしばらく掘っていると古ぼけた兜が出てきた。水魔法で洗い流し、綺麗にした後で一応<鑑定>する。


 鉄兜  価値 銅貨8枚


 だいぶ時間が経過している鉄兜。長い時間地中にあったせいで腐食が内部にまで達しており、防具としての価値は低い。売り払っても大した価値はない。


 ああ、ダメだ。ゴブリンソードの半分の価値もないのにかなりの時間を費やしてしまった。しかし何故こんな場所に埋まっていたのか? 誰かが埋めたとしても、ダンジョンの内にする事とは思えない。

「ああ、これは多分冒険者が使っていた遺品だね」

 


昔からダンジョンに潜る冒険者の死体はどこに行くのかという話はあった。未だに確かめたものがいないから真相は闇の中なのだが、リリィはその存在ゆえに答えを知っていた。

 正解は生きているダンジョンが消化した、らしい。


 死ねば人間も大地に還るのだからおかしくはないが、装備品は当然残る。生きているダンジョン内でゆっくりと移動し、通路に近い土壁に埋まっているような状態で発見されるそうだ。

 だが、第一層で手に入るアイテムなどたかが知れている、ということだろう。貴重な時間を浪費したが、勉強代だと思っておくことにした。次からはもう少し下の階で探すことにしよう。




 あれからいくつかの戦闘を経験した。結果から言えば超楽勝である。

 こちらが<マップ>で相手の位置と数を先に割り出し、待ち伏せして先制攻撃だけで確実に潰しているのだから当然ではあったが、かといって問題がないわけではない。

 探索が全く捗らないのだ。ダンジョンをしらみつぶしにして階段を探さなければならないのに、その都度敵と戦っているのだ。あまりにも敵の数が多すぎて通路を占領しており、やり過ごすのも不可能だった。先制という絶好の機会を得ているからつい倒してしまい、余計時間を食っている。

 <時計>スキルで時刻を確認すると11時半くらいだ。朝の7時には入っているから、4時間も経過しているのにまだ全体の2割ほども探索できていない。ドロップアイテムとレベルアップは順調だが、先に進まねば元も子もない。 

 また敵の気配がマップ上に現れた。本当に”初心者殺し”という異名がふさわしい迷宮で、心構えがあっても中々きついものがある。


 通路が一直線なので隠れるところ遮蔽物もなかった。仕方なく伏臥になるが、石畳なのであちこち痛いがそんなこと言っている場合でもなかった。これまでに見たことのない新顔の敵だったからだ。


 コボルト  コボルト種


 二足歩行をする犬族。コブリンと並ぶ最弱モンスター。知性が低く、こちらを敵と認識しないこともある。こちらも様々な上位種が存在する。群れを作って行動し、リーダーの指示に従う。

 HP 15/15 MP 2/2   経験値 16

 ドロップアイテム コボルトの杖


「コボルトは魔法使いが混じっていることもあるって話だよ」

 リリィが警告してきた。まずいな、敵に飛び道具があると厄介だ。まだ何か言っているが構っていられない。数を数えるのも面倒だ、灰色の毛並みを持つ奴らだが幸い固まっていたので中心に風の中級魔法であるサイクロンをお見舞いしてやった。

 

 竜巻から風の刃が縦横無尽に荒れ狂い、良く分からない物体が宙を舞っていく。なかなか凄惨な光景だな、自分が<魔力操作>で威力を上げているから半分は俺のせいだが。リリィが青い顔をしているので俺の懐へ押し込んでおいた。見たくないものを無理に見る必要はないと思う。


 犬そのものの悲鳴を上げて倒れてゆくコボルトに少しだけ罪悪感も生まれたが、相手は野生のモンスターと違って魔力で生み出された魔法生命体だ。性格は凶暴の一言だ、相手が誰だろうと一直線に向かってきて攻撃してくる。事実、今もサイクロンの効果範囲から逃れたコボルトがこちらに向かってきている。

 何も考えてない特攻なので対処は容易い。数は二匹、魔法を使うにはちょっと距離が近すぎた。たまには武器も使うか。

 


 腰からナイフを抜くとリリィに動かないように伝えつつ、相手に向かって走り出す。コボルトは手に持った棍棒を振り回してくるが、あまりリーチもない。素手のほうに体を寄せるとすれ違いざまにナイフで首を撫でてやった。<短剣術>と<体術>を駆使すればこの程度は朝飯前で、もう一方にも同じように対処する。

「こんな浅い階で魔法使う敵が出るわけないでしょ……そういう種族もいるよと言おうとしたんだけど!」

 リリィが呆れられたが、俺は勝手に焦ってしまった手前、何も言えないな。


 塵になったコボルトは持っていた棍棒を落としていった。良く見ると先ほどのものよりの大きい気がする。ドロップアイテムなのだろう、手に取り<鑑定>する。


 コボルトの杖 価値 銀貨 2枚


 コボルトのメイジが使っているとされる古びた杖。魔法の触媒にも用いられ、用途は多い。この杖は最下級であるがゆえに全属性の触媒となるが、威力は低い。コボルトによって用いる属性が違うため、様々な種類がある。


 へえ、ゴブリンと同じ価値のアイテムを落とした。サイクロンの中心に行ってみると、大量の杖が転がっていて、全部で14本になった。これまでの経験から約5割の確率でアイテムを落としているので敵は30匹くらいいた計算になる。また、レベルアップもしていたが、戦闘ごとに上がっている感じなので今更ステータスを確認しなくなっている。それと、レベルアップするとHPとMPも全回復しているようなのだがあまり恩恵がないのが残念だ。


 しかしアイテムの回収にも地味に時間がかかっているな。この塵も時間が経てば消えるのだが、あちこち行ってアイテム回収して回るのは手間がかかる。贅沢な悩みだが、俺には時間も大きな敵なのだ。




 結局あれからさらに十数回敵と戦い、地下第二層への階段を見つけたのは午後3時近くになっていた。第一層の6割を踏破してようやく見つかったことになる。だが、これは運がいいほうなのかも知れない。

 俺の不運さを考えると7、8割マップを歩かないと階段が発見できない恐れもあった。これは早急に対処しないといけない問題だな。




 第二層に降りるか少し迷ったが、とりあえず降りてみることにした。偵察もかねて1、2回敵と戦うのもいいかもしれない。第二層も基本は第一層と変わらないようで、周りは淡い光に包まれた石畳だった。冒険者たちから得た情報では第5層まではこんな感じで続くらしい。

 <マップ>を見ると本当にすぐ敵が見つかる。どうやら空を飛んでいるようだ、こちらには気づいていないようなので今のうちに<鑑定>する。


 ジャイアントバット  コウモリ種


 ダンジョンのみに生息するモンスター。直接攻撃はしてこないが、超音波で攻撃する。音波で周囲と連携を取って来るので注意が必要。その連携は他種族にも及ぶので混合している場合は最優先で攻撃すること。

 HP 25/25 MP 10/10    経験値 26

 ドロップアイテム コウモリの羽 コウモリの牙


 敵が連携を取ってくるのはまずいし、飛び道具も脅威だ。しかし<鑑定>がなんかこちらの事情を考えてくれている気がする。危険度や最優先目標まで<鑑定>出来るとは思えないんだが。

 

 とにかく先手だ、先制攻撃に勝る武器はない。だが直線で視界も利く通路では、相手も俺を簡単に発見する。<隠密>は気配を消すだけで透明化しているわけではないし、仕方のないことだが。


 こちらが多く作り出した風属性の魔法の矢20本とジャイアントバット数体の超音波がほぼ同時に炸裂した。相手を切り刻むのは確認できたが、こちらは体の内側がひっくり返るような不快感を味わっていた。似たものとしては強烈な船酔いに近いだろうが、胃がせりあがってくるような感じになっている。


 これが超音波か。戦闘中にこんなの食らったら、戦いどころではないな。すかさず状態異常を回復するキュアを発動する。こんな精神状態でも発動するのか不安だったが、成功したようだ。今までの不快感が嘘の様に消えている。すぐさま顔を上げ敵を確認すると、ジャイアントバットは全滅していて<マップ>での赤い点も消えている。戦果確認するなら<マップ>のほうが完全だな。



 近づいてドロップアイテムを探す。羽と牙と2種類出ていて、どちらかが出る形のようだがこれが実に難航した。コウモリの羽と牙なのでアイテムがとても小さいのだ。その上に敵が塵というか砂状になっているため非常に探しにくい。冗談抜きで箒とちりとりが必要な状況だった。

 結局羽が10個、牙が4つという収穫でそのまま<鑑定>する。


 コウモリの羽 価値 銀貨 4枚 


 迷宮のみ出現するコウモリ種モンスターが落とす羽。基本、魔物の革類は様々な防具の素材として使われるが、ドロップアイテム系は魔法防御の効果もついており、大変価値がある素材。



 コウモリの牙 レア 価値 金貨 1枚


 コウモリ種から落とすレアドロップアイテム。マナポーションの材料の一つや高度な呪術の術式の触媒としても使われ、かなり価値が高い。



 おお、レアドロップとやらが出てきた! しかも金貨1枚も価値がある! 羽とあわせてこれだけで金貨8枚の儲けになっていた。やはり階層が下にいけばいくほど価値も高いものが出るんだな。これはやる気が出るってものだ。

 だが、時間も多く使ってしまった。あと少しこの層を見回ったら帰還の準備をしたほうがよさそうだ。


 だが、稼げるうちは稼いでおきたい。5時にはこのダンジョンを出て冒険者ギルドへ行きたいから、あまりグズグズしてはいられないぞ。


 目的はモンスターの打倒だ。第二階層の階段など明日には場所が変わっているから探しても意味はない。

 敵など探さなくても向こうから現れる。どうやらまた新手らしく、新顔はウサギだった。思わず和みそうになるが、かなり遠くにいるはずなのに結構姿が大きい。猪みたいな体してやがるぞ。


 ホーンラビット ラビット種 


 南の大陸に多く生息するモンスター。名の通り、額の角で敵を串刺しにする。その威力は鉄の防具さえ易々と貫く威力がある。新人冒険者の壁になっているモンスター。

 HP 36/36 MP 0/0 経験値 22

 ドロップアイテム  ラビットの肉球 ラビットホーン


 猪みたいな体から突進か。そりゃヤバイが飛び道具が基本の俺には的でしかない。きっちり稼がせていただきます。

「あんなに可愛いのに、攻撃するなんて!」

 リリィさん、この距離だからそういえるがあれが突進してきたらそう言えるのかな。


 ダンジョンで完全な先制は条件が揃っていないと難しく、一本道の通路では向こうにも当然気づかれる。

 <鑑定>が相手を見なければ発動しないのも関係しているから、次からは<マップ>で位置を割り出して遠くからでも攻撃できるとは思うが。


 ウサギでは決して立てないような地響きを立てて20近い敵が突進してきた。並みの冒険者ならこれだけで失禁ものだが、俺には直線的に来る敵など的以外の何物でもない。〈連続詠唱〉で4属性の矢を次々に打ち出していく流れ作業になった。〈魔力操作〉で勝手に頭を狙うように調整しているから、ホーンラビットは次々とその数を減らしてゆく。



 最後の一匹を倒したのは俺から20メーテルほど離れた距離だった。いつもどおりだが完勝だが、リリィは俺の後ろでびくびくしていた。可愛かったか? と尋ねたら後頭部を思い切り殴られた。

 ものすごく痛かった。今日はじめて受けたダメージだと思う。


 さて、お楽しみのアイテム回収だ。敵がばらばらに倒れたので回収はそこそこスムーズだった。特にホーンラビットの名前の由来である角は立派ですぐに見つけられた。逆に肉球は中々面倒だった。砂を飛ばすために風魔法を使ったら角はともかく肉球まで飛んでいってしまった。

 本当に何とかしないと時間がもったいないな。 


 肉球が12個、角が3本手に入ったので早速〈鑑定〉だ。


 ラビットの肉球 価値 銀貨3枚


 ラビット種が落とすドロップアイテム。特殊効果など一切ないが、その肉感に癒されるもの多数。多くの人間に支持されており、価値は高い。市場に出回ればすぐに売り切れるほどに人気が高い。



 ラビットホーン レア 価値 銀貨8枚


 ホーンラビットが落とすレアドロップ。角は独立した骨であり、野生のモンスターのものよりも一回り大きく、固い。野生の角も強力で金属に相性のよくないモンスターに大きな効果を発揮する。迷宮産は魔力も乗っていて更に価値が高い。


 価値はジャイアントバットに劣るが、倒しやすさはホーンラビットのほうが格段に上だな。

 しかし、金属に相性のいい敵と悪い敵がいるとは思わなかったな。まだまだ自分の知らないことは沢山ある、油断しないで行くとしよう。


 ……それにしてもこの肉球の破壊力は危険だ。さっきからフニフニしっぱなしである。リリィは全身に抱きついて堪能している。ただの肉球にここまでの価値があることも理解できる話だ。

 リリィと俺の分の二つは売らずに取っておくことで同意した。肉球はスゴイ。


 肉球と戯れていたら、時間が来てしまった。くそう、もうひと稼ぎするつもりだったが仕方ない。すべては肉球が悪いのだ、俺のせいではない。麻薬のような常習性がある。



 こうして俺たちは帰還を始めた。帰り道は解っていたが、当然敵は出る。これらを倒しながら進んで、アイテムも回収していくとやはり時間がかかってしまう。結局ダンジョンを出たのは時刻にして午後5時半ほどだった。


 ダンジョンを出たところでもひと悶着あった。早朝だったため朝はいなかった番兵が俺を見咎めてきたのだ。外見の年齢は15歳だから仕方ないとはいえ、面倒極まりない。


「おい坊主、まさかお前ダンジョンから出てきたのか?」

 40がらみの腹のたるんだおっさんだった。節制してないな、こんなのでも番兵は勤まるのだろうか。

「はい、そうですよ。一仕事終えてきました」

 さも当然のように言ってやる。駆け出しであろうがなんだろうが、この業界舐められたら終わりだ。

「お、おい。待て!」

 横切ろうとした俺の前に槍が突き出された。何だ、俺がモンスターだとでもいうつもりか。槍の穂先をつかむとそのまま押しのけた。力比べで負けた番兵はそのまま体勢を崩して倒れこんでしまう。

「おいおい、大丈夫ですか?」

 手を差し伸べた俺を化け物を見るような目で見ている。おいおいよしてくれよ、こっちは疲れているんだが……。

「あ、ああ。お前本当に一人でダンジョンから出てきたのか?」

「ええ、そうなります。言っておきますが、モンスターが化けてきたわけじゃないですからね」

 もう行っていいのかと聞くと番兵は壊れた人形のように頷いた。なんだろう、頭が重い。

 思った以上に消耗しているようだ。早いところギルドに向かおう。リリィもなんだか元気がなく、疲れたといって俺の懐に入ってしまった。




 冒険者ギルドはすぐ近くにある。ダンジョンを中心に発展する街にありがちな、必要な店がすぐ近くに集まっている形だ。ダンジョンからギルドまで歩いて5分もかからない。


 夕暮れのギルドには一仕事終えた冒険者でにぎわっている。建物の中には依頼を受けるカウンターや酒場などもあるが、アイテムを買い取るカウンターも別に存在する。時期的にそこが一番賑わっていて長い列が出来ていた。仕方なく最後列に並んだとき、ふとした考えがよぎった。


 この量のアイテムを持ち込んで、怪しまれないだろうか……。


 しかもアイテムボックスに入れており、俺自身は手ぶらである。あわててギルドの外へ出て、周囲の目がないのを確認してずた袋を取り出した。その中にアイテムを詰め込めるだけ詰め込んでゆく。しかし、ゴブリンソードだけで60本近くあり、ラビットホーンも一抱えはあるのだ。すぐに一杯になり、ぜんぶ入るわけはない。 

 仕方なくこのずた袋がマジックバッグ(容量が見た目より多く入る袋。魔道具)ということにして押し通すことにした。

 


 また列に並び直そうとしたが、買い取りカウンターの一角に個室があるのがわかった。余計目立つ気もしたものの、目に触れる奴が少ないほどいいだろうと思い、扉を開けた。開けてしまったのだ。


 この行動が様々な事件を呼ぶことを俺はまだ理解していなかった。精神的に疲弊していたのもあるし、いくら憑依霊として長く生きていたとはいえ、この世界では15のガキに過ぎなかったとも言える。


 冷静に考えて、どう見ても特別扱いするための個室なんだから上級冒険者御用達の部屋に決まっていたのだが、俺は構わず入ってしまったのだ。



 その部屋にカウンターはあったが、受付の係はいなかった。常駐しているわけではないのだろうと、備え付けてあるベルを鳴らすと一人のギルド職員が出てきた。

 長い銀髪の女性だった。優しそうな人だったが、ちょっと困った顔をしている。俺は紳士であるからあまり言及はしないが、スタイルも素晴らしい。こりゃあ人気の受付嬢だな、とぼんやりする頭で思った。

「買取をお願いしたいのですが」

「ごめんなさいね、ここは特別なときにだけ使われる場所なの。買取なら表のカウンターで行っているから……」

 彼女が何か告げる前に俺はカウンターにアイテムをどんどん並べてゆく。受付嬢ネームプレートにはレイラとあったの表情がどんどん真剣なものになり、最後には絶句してゆく。まだまだあるんだけど。

 全部のアイテムを出す頃には彼女はどこかへ行ってしまった。査定でもしているのだろうか、なかなか大した眺めだな。

 かさばる剣と杖があるせいか、ドロップアイテムの小山となっている。コウモリ系は小さいのだが。


 すぐに戻った受付嬢の隣には新たな人物が二人いた。ひとりは眼鏡をかけた中年男性で一目でやり手とわかる。もう一人は、あれ? 前に会った黒髪の綺麗な女の人も来ている。



「これは、あなたが?」

 黒髪の女性ネームプレートはなかったが聞いてきた。はいそうです、なんて答えたらそれはそれでヤバそうだ。くそ、こっちは疲れているのに余計なことをさせないでくれ。

「貯めていたものを持ってきただけです。ここでは換金できないのですか?」

 そっけなく返せただろうか。頼むぞ<交渉>スキル。俺の頭は殆どサボっているんだ。

「それは大丈夫です。ギルドカードの提出をお願いします」

 眼鏡の中年が促してきた。言われるがままギルドカードを渡すが、黒髪の女性もそうだがこの男も只者じゃないな。冒険者ギルドの職員にしては凄みがありすぎるぜ。

「量が多いので少々時間をください。よろしければそちらにお掛けになってお待ちください」



 そこそこ待たされた結果は、金貨88枚と銀貨3枚という内容だった。荒く計算した結果とほぼ変わらないので価値と買い取り値段は同じと考えていいのだろう。金貨の詰まった袋を受け取り、席を立つ。

「次もここを使っていいですか?」

「状況にもよりますが。今日と同じ量ならばご利用ください。それと、その袋なのですが」

 レイラさんが俺のずた袋を指差している。

「これは商売道具なんで、すみません」

 余計なことをつつかれる前に退散する。黒髪の女性と眼鏡の中年は明らかにこちらを値踏みしているしな。部屋を出た俺に周囲の冒険者の視線が突き刺さるが、しょぼくれた俺の姿を見て溜飲を下げたようだ。あしらわれたと思ったのだろう、すぐに視線は消えてゆく。


 このやり方も上手くないな。何か考えないとすぐに行き詰りそうだ。こんな言い訳いつまでも続かないぞ。

 


 その後、雑貨店に向かい手ごろな箒を探したが、これというものもなく宿に戻ってしまった。

 憂鬱な気分で部屋に引っ込んだ。今日の儲けはマイナス160枚だ。はじめから解っていたことだし、一月は赤字覚悟で予定を立てていた。


 しかし気分は晴れない。懐には金貨がある。それも新人冒険者には考えられないような額だ。金貨90枚といえば張り出してあるクエストの報酬ではとても届かない額だ。指定クエストという、ギルドから直々に指名を受けた冒険者がこなす報酬並みだ。

 それでも目標額には全然足りないのだがらどうしようもない。

 

 ふと気になって魔約定を出してみる。考えてみれば借金を返そうにも誰にどうやって返せばいいのか解らない。契約の不備でどうにか逃れられないかとも思うが、そういう小細工を一切跳ね除けるのも魔約定なのだ。信じられない驚きの解決法が示されていた。


 魔約定が淡い光を放ち始める。もしかしてと金貨を一枚取り出して近づけると魔約定をすり抜けて入ってゆく。手を離すとそのまま吸い込まれてゆき、契約内容の金額が15000249枚に減っている。


 くそ、きちんとしてやがる。あんなガバガバな契約書でもこういうところはちゃんと出来ている。ちなみに今日の朝から利息は発生してる。下3桁が増えているのはそのためだ。

 半ばやけになった俺は全ての金貨を放り込む。銀貨も遠慮なく入れた。銀貨は一々別枠で表示され、細かな作業に妙に苛立ちがこみ上げてきた。芸の細かいことである。

 

 だがこれでこの借金は冗談でもなんでもなく、さらには金を受け取っている存在もわかった。<魔力感知>で相手側に金貨が移ったことを確認できたからだ。



 一応、馬鹿の一つ覚えで金を返しまくることだけを考えていたわけではない。相手が誰か知らないが、向こうだって全額返済するとは思っていないだろう。それでも借金を返し続けていれば、いずれ本人か、取り立て屋か何かを仕立ててくるだろう。

 借金取りというのは返済能力があるうちは生かさず殺さず搾り取り続ける生き物だ。その本人、あるいは借金取りを締め上げて大本を割り出し交渉する。

 さすがに1500万は一生かかっても稼げそうにないからな。向こうだって本気で回収する金額じゃないだろう。

 俺は最低でもライルの家族に累が及ぶのを防がねばならないのだ。




「ふあぁ、よく寝たぁ。お腹すいたよ。ユウ、ご飯にしよごはん」

 懐のリリィが起きだしてきた。しかし、こっちは真剣に悩んでいるっていうのにこのお気楽感はどうなんだよ……思わず睨んでしまう。すると彼女は目をこすりつつ ふえ?と見上げてくる。


 その顔を見ていたら悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなった。そうだな、まずは今日生きて帰ってこれたことを喜ぼう。面倒なことはその後で考えればいい。


 なんにせよ、自分はひとりではないことを実感するのはありがたいことだと思う。

「なによ。借金が簡単に返せないことなんて初めから解っていた事じゃないの! 大丈夫大丈夫。怖いモンスターが出ても私が守ってあげるから」

 むしろあなたは俺の後ろに隠れるか懐に逃げてませんでしたかね、と言いたくもなったがリリィの励ましであることも理解している。

「頼りにしてるさ。さ、飯にしようか! 初陣だ、酒も飲んでもいいだろう」

「わたし、はちみつ!」

 蜂蜜は高級品である。それはさすがに無理だと思います。銀貨は取っておくべきだったかな。



 俺がすぐに部屋に篭ってしまって夫婦も心配してくれたのだろう。食堂にいくと安心した顔を見せてくれて、小さいながらも酒宴を開いてくれた。

 ここにも俺を案じてくれる人がいた。やはり暗い穴倉で一日中一人(と一匹)でいると精神的に辛いものがあるようだ。小さなことでも滅茶苦茶うれしく感じてしまう。


 よっし、やる気が滅茶苦茶出てきたぜ。明日からもがっつり稼ぐか!



 しかし、やはり初めてのダンジョンで精神的に参っていたらしい。宴を終えると体さえ拭かずに寝台に倒れ込み、そしてそのまま意識を失ってしまった。



  

 残りの借金額  金貨 15000161枚  銀貨8枚


ユウキ ゲンイチロウ  LV35

 デミ・ヒューマン  男  年齢 75

 職業 <村人LV47>

  HP  934/934

  MP  812/812

  STR 125

  AGI 121

  MGI 146

  DEF 110

  DEX 123

  LUK 91

  STM(隠しパラ)246

 SKILL POINT  130/130     累計敵討伐数 523



この世界、メートル単位だけがなぜかメーテルという表記です。


 ダンジョンを楽しんでいただければと思います。

 皆様が読んでくれているという事実が一番の励みです。

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