21層への挑戦 3
お待たせしております。
ここ最近何度も潜って戦った経験から断言できるが、このウィスカのダンジョンは20層までが”初心者向け”だ。あの鬼畜難易度で何をと思われるかもしれないが、ダンジョンの構造的に今までの難所と言えるのは6層からの暗闇と16層のあの意味不明なほどの階段の隠し場所だけだ。
暴論を承知で言えば、後は敵の数が異常に多いというだけのダンジョンだ。人によっては魔法を使わないと倒せないレイス系も厳しい消耗を強いると考えるだろうし、階段の位置が変わることも探索の手間が掛かる分、難易度が上がる一因だとする人もいるだろう。
勿論、それまでの編成で挑むと壊滅的被害を受けるだろうボス、キリング・ドールも要注意だ。
だが、それさえも21層に降り立つとここからが本番だったと理解するだろう。
まず目に付くのが壁に所々埋まっている水晶のような石だ。ここが不定期に魔法を放ってくる。移動は常に走っているし<結界>持ちの俺にはあまり関係ないが、今までの階層にはなかったことだ。
ここに来る冒険者たちもこのダンジョンに来るまでに相当の魔法防御の防具やアイテムを手にしているはずだからなんとでもなるだろうが、移動中も一切気が抜けないというのは精神的に負担は大きい。
そして罠が凶悪極まりない。これまでの階層にも罠はあった。だが全体的に控えめというか、敵の数が多いので罠が発動しても冒険者よりモンスターに被害が大きい場合が多々あった。
だが21層から新たに増えた罠は転移系の罠だ。道の真ん中に隠されて敷かれている魔法陣がその上を通った者を無作為に転移させる。全員転移でも厳しいが、この魔物が溢れるダンジョンで一人や二人で放り出されたら死を意味する。本当に極悪な罠だ。
だが、これにはセラ先生から救いの手がもたらされた。あらゆる魔法の効果を遮断する腕輪が普及しており、それを使えばこの罠は回避できそうだった。だが、それは同時にこちらの補助魔法や回復魔法を撃ち消すということでもある。回復はポーション頼みになりそうだ。
その事を伝えると、儲ける好機到来とばかりに俺が提供した魔力水を用いた開発中の新ポーションの作成を急ぐという。今まで魔力水のあるダンジョンは数あるが、喉を潤すだけならともかく奥深くから汲んで帰ってくるアホはいなかったようで、出来上がるポーションはこれまでの効果のざっと3倍は期待できるそうだ。開発に成功すれば俺も魔力水を鑑定額の倍で買い取ってもらえる約束になっている。
レイアはとても簡単だといっていたので未来は明るいだろう。このときはまさかあんな事になるなんて思いもしなかった。
転移の罠は回避できそうだが、逆に魔導具などを抜いた自分達本来の力が試される階層になったといえるだろう。俺としては偶然転移させられた先に、多くの宝箱がある閉ざされた部屋に飛ばされたこともあったのでそこまで否定的になれないが、パーティの主力が一人だけで飛ばされる危険性を考えたら皆が腕輪を選ぶだろう。逆に回復役が飛ばされても危機的状況になる。
そして、極め付きの変化は……。
「ユウ、この角の先にいるよ」
「わかった。気をつけていこう」
襲い来るデスハウンドとブラッドイーグルを静かに、かつ豪快になぎ倒しつつ進んだ先で、リリィが小さく警告を発してきた。
<隠密>を発動させて角から顔だけを出したその先に、奴はいた。
その姿は今まで倒してきたデスハウンドと変わりはない。ただ、その大きさは段違いだ。周囲にいる普通のデスハウンドが子犬に見えるほど巨大な姿をしている。
奴がこの階層の主だ。他のモンスターとは隔絶した実力を持つ強敵である。たぶん。
階層主についてはかなりのダンジョンにいるので俺も耳にしたことがある。ボスはその階層全体で一匹しかいないが、階層主はその層にいるモンスターの姿をとった巨大なモンスターである。
最大の違いはその眷属を使って、数で押してくることだという。ボスモンスターも眷属を召還する種もいるようだが、階層主は周囲の眷属を使役する。数の力で対抗するボス戦と違い、多数対多数で対応せねばならないため、非常に難しい指揮をしなければならないという。
深層と呼ばれる、最終ボスが待ち構える終盤の層で見られることが多いようだが、ウィスカはなんと21層で早速現れたという訳だ。
だが、この敵を逃すわけにはいかない。それほどの価値がこの敵にはある。それに大して強くないし。
上手く死角となっている場所に位置する事ができた俺はその場で総数48個の風魔法の刃を作り出すと敵集団に向けて容赦なく放った。
不穏な気配を感じ取ったのか、階層主がこちらを振り返るももう遅い。振り返ったその瞬間には彼の首は胴体と別れを告げていた。
こういう時はダンジョンモンスターも現実と同じ弱点なのは有難い。敵の強さからして首を飛ばされた程度じゃ普通に動き回ってもおかしくないほどだが、急所はちゃんと急所らしいので助かる。
取り巻きの犬たちもそのまま塵に帰ったのを確認して戦果の回収にはいる。これが大事なのだ。
階層主が大事な敵である理由は二つある。一つ目が、奴が落とす珍しいアイテムだ。今までの宝探しも色々な魔導具が出て来たが、階層主の物は戦闘に有用な魔導具や装備品を落とすのだ。金額的に美味しいということもあるし、いつか使えるかもしれないと思わせる特殊能力持ちの装備品は易々と魔約定行きを躊躇わせる価値があった。
いや、あったこともある……ということにしておこう。今回は前に王都の行きつけの雑貨屋で手に入れた透明化の魔導具と同じ効果の石だった。王都のものは使い込まれて丸い漬物石みたいにになっていたがこちらは精緻な文様が描かれている。
もしかしたら王都のほうは魔導具である事を隠すために敢えてあのような形になっているのかもしれないな。こちらもあちらも問題なく使える非常に有用な魔導具だ。そこまで隈なく見たわけではないが、スキルで<透明化>が見当たらなかったのでこの魔導具でしか行えない効果なのは確かだしな。
他には物体を急速に冷やしたり暖めたりする不思議な魔導具(リリィはレンジとかフリーザーとか良く解らん単語を話していた)が出たり、強い光を出して広い周囲を照らしだす指輪など中々面白い品が多い。階層主がこの層だけとは思えないのでこれから先の楽しみが増えたな。
そして階層主のもうひとつの理由が特殊なドロップアイテムだ。通常品とレアドロップを今のところ確定で落としてくれるが、その他にもう一つ変わったアイテムを落とすのだ。
「あ、見えた、半分塵に隠れてるけど」
先に飛んで行ったリリィがお目当ての品を掴みあげた。その青い水晶こそ21層における最大のお宝、帰還石だった。
ギルドマスターからも是非とも探すように依頼されていた転送門と帰還石だ。これを持ち帰ったときの皆の喜びようはギルド中がお祭り騒ぎになったほどだ。その存在は秘匿したかったのだが、一気に町中に知れ渡ってしまった。入手経路だけは何とか死守したが、今はギルドのメンバーがこのダンジョンにおける帰還石の効果を検証中のはずだ。
帰還石は、その名の通りダンジョンから一瞬で地上へ戻る事のできる非常に有用なアイテムだ。効果は魔導具ともいえるが、ダンジョン内から生まれるものなのでダンジョンアイテムの位置付けだ。
この帰還石であるが、階層が浅いダンジョン以外はほぼ全てで産出されるようだが、効果がまちまちなのだ。一つでパーティ全員を覆うほどの範囲を帰還させるのか、ほぼ個人用といっていいほど小さいのか、ダンジョンによって変わるそうだ。だが、範囲がどうあれこのウィスカで活動する冒険者なら欲しがらないものは皆無だ。
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