後遺症 3
お待たせしております。
今まで側に控えていたクロイス卿がこちらへ歩いてきて、礼を告げてくるが俺は首を振った。
「ユウ、何度も何度も済まんな。本当に助かったが、それにしてもまさかあの人が直々にやってくるなんて思わなかったぞ」
「いや、この件は状況から考えたら俺が原因みたいなものですからね、後始末のようなものですのでお気になさらず。ですが、こんなこともあるんですね。まさか魔法を浴びすぎると危険だなんて考えた事もなかったです」
「いや、あのとき何回魔法唱えてたよ? 明らかにお前だけだろあんなことできるの」
俺の言葉に呆れ顔のクロイス卿は、指折り数え始めた。確かに合計で数百回は確実に回復魔法を唱えていたはずだ。あれからも数多くの魔法を使っているが、消費量が回復量を上回ったのはあのときだけだからな。魔力欠乏症のような症状が出たのは今のところあの時だけだし。
「とにかくよかったですよ、あのままお嬢様がお目覚めにならなかったらどうしようかと思いました。解決した今だから言えますが、あのお年であの魔力となると将来が楽しみですね」
「そうだな、同じ事をやれば脅威の魔力を持った人間が大勢作り出せることになるな。事情を知れば貴族たちがこぞって押しかけかねんな」
王国貴族にとって魔力の多寡は大きな価値を持つ。血統の濃さが魔力の多さを決めるわけではないが、それの準じた扱いを受けることも珍しくはない。
ソフィアが祖国で魔法王国の王女としては魔力が少ない事で少なくない苛めにあっていたことだけでもそれが解る。シルヴィアも公爵家の一員としては平均的よりもかなり少ない魔力量だったようなので、それだけを見れば朗報といえる。
家格に見合わぬ魔力の持ち主がこの事実を知れば大挙して押しかけても不思議はない。
「やってみますか? 同じ状況を再現するだけでも子供を仮死状態にしなくてはなりませんが?」
「あくまで一般論の話だ。あんな状況二度と御免だ、子供の命を天秤にかけられるか」
あのときは魔導具で意識もないような状態だったし、生きているというより、まだ死んでいないという表現が当てはまるような状況だった。あそこまで持っていくだけで何度死ぬか解らないぞ。
だが、それでもという貴族はいるだろう。それほどに貴族にとって魔力の多さは魅力的だ。桁外れに魔力の多い男爵家の男が侯爵家の女性を伴侶としてあちらの家に入る、などという話は未だに結構あるという。外部に漏れないようにしないといけないかもしれない。
そのとき、公爵がこちらに歩み寄ってきた。当然だが、その表情には深い安堵が見える。
「すまないが、この件も他言無用じゃ。力を貸してくれたユウには悪いが緘口令を敷かせてもらう」
「それは構いません。今回は自分の不手際のようですので、それに何よりまだ終っていませんよ」
すっかり解決した空気になっている皆の気を引き締めるため、わざと冷たい声を出した。
「それはどういうことじゃ? 大導師が下賜してくれた腕輪は意味を成さんのか?」
さっきは聞き流していたが、セラ先生は大導師なんて呼ばれているのか。凄い仰々しい敬称だな。レイアに言わせれば何故この国にいるのか不思議なほどの人らしいから、居着くためにこの国の上のほうで何かやっていてもおかしくはないか。
「今さっきまでお嬢様がかかっていた状態異常はいわば魔力異常です。その腕輪で今は押さえ込んでいますが、根本的な解決になっていません。お嬢様には魔力を制御する術を学んでいただかなくては一生その腕輪を着けたままになってしまいますよ」
幼い女の子がつける装身具としては無骨にすぎる腕輪を改めて見たアンジェラは顔を顰めた。
あの子はこれから成長に伴って様々な衣装を身につけるであろうが、そのときにあの腕輪は絶対に似合わない。むしろ変な噂が立ちかねない事を心配したのだろう。
「それにしても、まさか偉大なるセラを呼びつけるとはな。しかも各種の魔法結界を構築している我が家で転移をああも容易く用いるとは。<虚空落とし>の二つ名は伊達ではないな」
「もともと先生の家にお邪魔していたんですよ。あの魔導具を使用して王都に来た所でバーナードに連絡を取ったらこの状況だったわけで」
「なに? 王都に移動していたわけではないのか? 確かに在所に戻ったばかりだと思っておったが、一体どういう……」
立ち話をしていた俺達に気付いたのだろう、シルヴィアから声がかけられた。
「あら、バーナード様に”怪しい方”ではないですか。お久しぶりです」
「シルヴィアお嬢様におかれましてはご快復お喜び申し上げます。そして、このたびは多大なご不便をお掛けしました事をお詫びいたします」
バーニィが畏まって礼を言えばシルヴィアのほうも居住まいを正した。俺はまだ怪しい奴呼びか、そういえばまとも自己紹介していなかったような……。
「公爵家の者としての義務を果たしたまでです。お気になさらず」
「無理に今、挨拶しなくてもいいだろうに。今はゆっくり休んだ方がいいですよ? あ、そうだ、果物食べます?」
もともと公爵家やバーニィの所にもお裾分けでガッツリ持っていくつもりだったから丁度いいとばかりに、よく冷やしてある桃やアプルを取り出してゆく。
「貴方も相変わらず楽しい方ですね。お会い出来てうれしく思います」
いくつかをアンジェラに手渡すと即座に皮を剥き始めた。どこから取り出したのか、専用の器具を使って食べやすく消化によいようにとすり下ろし始めたりしている。
「ご挨拶はまたいずれ。あとで貴方を訪問する人が居ますから、その話を聞いてみてください」
シルヴィアの元から去って、既に部屋の外に居た公爵とクロイス卿の下に戻ると話を再開する。
「そのようなわけなので、お嬢様には自身の魔力を制御する術を学んでいただく他ないかと。ですが、そう悪い事ばかりじゃないですよ、このまま成長すればあの子は高名な魔法使いとして名を残す事は間違いないでしょうし」
「それはわかった。だが、この国に魔法の教師はいても、魔力を制御する術を教える者など聞いたことがない。どのようにすれば良いのか皆目見当もつかんぞ」
そのとき、公爵の背後に控える家宰(家の内部を取り仕切る第一家宰のラーウェルさん。公爵家の家宰ともなれば立派な貴族で子爵の爺さんだ。前に紹介を受けた)が彼に耳打ちをした。
「ふむ、王宮よりソフィア殿下がおいでのようだが、お前の仕業か?」
「はい、殿下は魔力を制御する術をご存知です。私がお教えするより上手いでしょう。既に事情を話し、頼んでありますのでそのままお通しくださればよろしいかと」
公爵は細い顎に手をやって怪訝な顔をしてこちらを見た。
「万事手抜かりなし、か。この件、解っていたのではないのだな?」
「元々王都へは別件で参っていたのです。初耳ですよ、それに第一回復魔法を打ちすぎたらこうなるなんて考えたこともなかったですよ」
「あまりに手際が良いのでな、戯れ言だ、許せ。それにしても、また世話になったようだ」
「今回は私の不始末でもあります。原因は間違いなく私の魔法なのでお気になさらず」
「そうはいかん。恩と仇は必ず返すのが我が家の家訓だからな。いずれまとめて返すとしよう」
「それではこの件の礼といってはなんですが、グレンデルの目的地は判明しましたか?」
「いや、まだだ。奴を迎えに来た一団は追跡した冒険者たちの目を欺いて姿を消したようだが、あの地方に教団の施設は数えるほどしかない。しらみ潰しにしているから、間もなく見つかるだろう」
「そうですか、奴の野望だけは潰しておきたいですね。対峙してわかったのですが、やつを突き動かす原動力である貴族への憎悪は常軌を逸していました。あのグレンデルが直々に行おうとしていたことです。奴の狂気が解き放たれたら厄介なことになりそうなので、この件は確実に潰さないとまずいでしょう。なにか解りましたら連絡をください、私が対応します」
今思い返してもグレンデルは危険な男だった。対峙して初めてわかったが、超常の力がどうとかいうのではなく、貴族への憎悪が人の形を取って動いているような底知れぬ危うさが恐ろしい相手だった。
そんな奴がわざわざ出向いてまでやるべきことがあるというのだ。絶対にろくでもないに決まっている。早い内に潰さないと禍根を残しかねないだろう。
楽しんで頂ければ幸いです。
おまけ
誰でも超絶魔法使いになれる方法。
まず仮死状態になります(体力は限りなくゼロに近づけてください)。
ほぼ死んで三途の川で水遊びしている最中に、最上位回復魔法を連続で叩き込みましょう。
目安は10分で500回です。なに、大陸中から治癒師を数百人かき集めればへーきへーき。
間違いなく拒否反応が出ますが、それも回復魔法で押し切ってください。
そうしてなんとか生き残れば、超絶魔力保有の魔法使いが誕生します。成功率は、5%くらいはあります。高いですね。
主人公はこれをやって成功したようです。二度目はなさそうですね。
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