後遺症 2
お待たせしております。
苦しげな顔で浅い呼吸を繰り返しているシルヴィアを診る。医学の心得はないので詳しいことは解らないが、これだけは確信を持って言える。
「原因は間違いなくこの大量の魔力です。自分は医者ではないので魔力が彼女の体にどう作用しているかはわかりませんが、扉越しにも感じる異常な魔力はシルヴィアお嬢様から発せられていますね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! シルヴィから出ている魔力だと!? お前は魔力の流れが……見えるのか?」
信じられないものを見る目でこっちを見るクロイス卿に静かに頷いた。これはスキル由来ではなく幽霊やっていた時期から出来た事だから生まれつき(?)になるのだろうか。別に色彩付きで見えるわけではないので、特に実生活に影響はないので困っていないが……他人の魔力の流れが見えるというのが特殊なのは理解している。
多分、実体のない幽霊だからこそ、そういう目に見えない力を利用して”存在”することが出来たんだと思うが。
このままでは俺が頭のおかしい事を言う人間なので、煙を出して視覚的に表現してみることにする。無臭の白い煙をこの部屋に充満する魔力と同調させると、明らかにシルヴィアを中心に発生している事が一目瞭然になった。本来、成長と共にこういった魔力の暴走はおさまっていくものだが、人為的に引き起こされた魔力暴走なのでシルヴィアの体が拒否反応を起こしているのだろう。
「これは……たしかに、とてつもない魔力が渦巻いているのはわかった。だが問題はこれをどうするのかだな」
公爵の言うとおり、解決策を考えねばならないのだが……。
多分、この件の主犯は俺だよなぁ。
この子が突然異常な魔力を発するようになるなんて出来事、心当たりが一つしかないからだ。
対処法はわかっているので、対象が俺個人ならいくらでも試せるのだが、おそらく満足な食事も取れていない憔悴したシルヴィアであれこれ試すわけにはいかないだろう。
仕方ない、ここは借りを作るとしよう。できれば使いたくはない手だが、せっかく助けたシルヴィアがこんな事で命を失ったらあんまりだからな。
俺が静かに考え事をしていたら、周囲の注目を嫌でも集めてしまったようだ。わざとらしい咳払いをして公爵に向き直る。
「公爵閣下にお願いがございます」
「孫に救いをもたらすことならば、いかなる悪行であっても手を貸すことに躊躇いはない」
完全に目が据わっている公爵に若干引きながらも、とある願いを口にした。
「この部屋に人を呼びたいのですが、お許し願えますでしょうか。その方は人目に付くのが嫌なようなので、直接ここにお呼びしたいのですが、部屋の主である彼女がああなので」
「そんな! お嬢様の寝室にこれ以上誰かを入れるなんて! お嬢様の将来に差し障ります」
未婚の貴族の子女の部屋に家族同伴とはいえ男が入るだけでも対外的にマズいから、アンジェラの言葉も理解できる。だが、これしか手はないので許して欲しい。グレンデルの一件でもそうだったが、幼児や乳児などの緊急事態は素人判断が一番怖いのだ。自分なら大丈夫でも抵抗力の低い子供たちには致命的な事も多いから、専門家の判断が欲しい。
呼ぶ人はシルヴィアと同姓だから大丈夫とアンジェラを何とか説得して、俺は通話石を手に取った。
「あー、先生ですか? ユウです」
『通話石を使ってくるなど珍しいの。都合の良い設置場所は見付かったかの?』
「それが、ちょっと緊急事態に遭遇しまして。先生の知恵とお力をお借りしたい案件になってしまいました。転移環をここに設置しますので、申し訳ないのですがご足労願えますでしょうか?」
『ふうむ。儂が動かねばならぬほどかの。気が進まんのじゃが……』
「そこを伏してお願いします。ご助力いただけましたら転移環を1対差し上げますので」
この報酬は元々お互いに考えていた事だった。金貨500枚の価値とはいえ明らかに既存の技術力を超越したお宝だ。魔約定に放り込むにしても、どこの誰かが使うか解らない状況でおいそれと換金できなかった。
使いようによっては使い捨てるなら敵対している国の首都に大魔法を打ち込んで即座に撤退、なんて使い方も出来るからな。そこへいくとセラ先生は普通に転移を使えるから、悪用されると言う意味ではまだ安心できるというものだ。
『仕方ないのう。全く老骨をこき使いおって……』
「すみません、お待ちしています」
俺は取り出した転移環を設置した。転移環はちゃんと水平に置かないと作動しなかったりするなど、かなり細かい制限が多いようなのでしっかりと確認する必要がある。接地面が少しでも浮いているとそれだけでただの輪っかになってしまうのだ。
便利な品物には不便がくっついているものだからそこは大人しく受け入れよう。
後は先生を待つのみなのだが、人払いの必要はないか。公爵は元々知り合いのようだしな。
「い、今呼んだ人物はまさか……!」
「ふむ、ここはアドルフの屋敷かね」
「これはセラ大導師!!」「本物か!? マジかよ!?」「???」
セラ先生の登場に三者三様の反応を示す中、俺は進み出てシルヴィアの下へと導いた。
「先生なら事情は説明する必要はないと思いますが、とりあえず魔力を抑えたいのです。この子の意識があれば自分が何とかするのですが、なにか良い方法をご存じないですか?」
そのしわがれた手でシルヴィアの額に触れた先生はその顔に緊張を浮かべながら俺に聞いてきた。
「まず教えておくれ、何がどうなればここまでの魔力を人の身で放つようになるのじゃ? 明らかに限界を超えた力を無意識に放出しておる。そのせいで他の生命活動に異常をきたしておるのじゃ。この子が命の危機にあったことも聞き及んでおるが、お前は一体何をしたんじゃ?」
「何をしたと言われても……瀕死のこの子にひたすら回復魔法をかけていただけです。救援が来るまでひたすら<オールヒール>や<エクストラキュア>を交互にかけていたくらいです」
「その程度でここまでの事態にはならん。他に何かあるであろう?」
「横から失礼します。自分はそのとき彼の横で戦っていたのですが、おそらく彼は回復魔法を延々と使い続けていました。間違いなく四半刻(15分)は連続で数百回以上使い続けていました」
バーニィが恐る恐る進み出て進言した。横でクロイス卿がそんな無茶な事できるのかよと呟いていたが、あの<吸命>がついた魔導具は壊れるまでひたすら俺の魔力を吸い続けていたので、回復魔法の効果がほとんどなかったのだ。
送り込む魔力量を上げて吸われる量より与える方が上回って初めてシルヴィアの状況が好転したのだと説明すると、セラ先生がため息をついて首を振った。
「規格外に常識を説いても無駄じゃったか。おぬしが行った膨大な魔力の譲渡が幼い体には負担になっているのじゃ。本来ならば不要な魔力は体から抜けていくものじゃが、何をどうしたのかこの場合は完全にこの子と同一化しておる。その魔力の行き先がなくて荒れ狂っておるんじゃ」
「はい。そこまでは読めたんですが、ここからどうすべきなのかが解らなくて先生をお呼びしたわけなんですが、魔力を抑えるような魔導具とかお持ちじゃないですか?」
セラ先生は俺の台詞に憤慨したように唸った。
「始めから魔導具が欲しいといえばよかろうに。まあ、この子は知らぬ仲ではないし、金貨1000枚の代わりと思えば安い方か。だが、魔力の制御はなんとするつもりじゃ? このままでは数年後にまた同様のことが起きるぞえ。儂はそこまで暇ではないわえ」
「今担当者を呼んでますから、彼女たちにやらせるつもりです」
それだけでセラ先生は全てを悟ったようだった。赤い宝玉のついた腕輪を二つどこからともなく取り出すと、シルヴィアの寝台に放ってみせた。
「この腕輪を両腕に嵌めてみるがよい。魔封じの効果があるからだいぶ楽になるじゃろう。後はここに訪れる王女一行に話を聞くとよいわえ」
「あ、有難うございます!」
メイドのアンジェラが目にも止まらぬ速さで両の腕に腕輪を嵌めさせた。すると先ほどまで荒れ狂っていた魔力が嘘のように静まり、シルヴィア自身の呼吸も苦しげなものから穏やかなものに変わっていた。
「ひとまずこれでいいじゃろう。では、儂はこれで帰るぞ。ユウ、話は後でな」
「はい、ご足労お掛けしました。お礼の件は後ほど」
公爵やクロイス卿が最敬礼で見送る中、さっさと転移で帰ってしまった先生に頭を下げると、さっそくシルヴィアのほうに動きがあった。
「お、お嬢様! もうお目覚めに」
「なんと! 早速効果が出たのか!」
俺も近寄ってみると、シルヴィアがうっすらと目を開けていたのだ。
「あら、アンジェ。私は一体どうしたのかしら……凄く長い間眠っていた気がするのだけど」
「ああ、お嬢様!!」
感極まって泣き出してしまったアンジェラをシルヴィアが慰めている情景の中、公爵は人を呼んでいた。シルヴィアは何日も食事も満足に取れていないはずだから、消化にいいものを食べさせてやる必要があるだろう。
いやしかし、何とかなってよかった。原因が俺だったから、何とかしないと公爵家の皆に顔向けが出来ない所だった。
楽しんで頂ければ幸いです。
時間がない9/8 8時59分なう




