後遺症 1
お待たせしております。
「よう、バーニィか? 今、丁度王都に居てさ、相談したいことがあるんだが、ちょっと会えないかな」
セラ先生の隠れ家から出た俺は、彼に相談すべく通話石で連絡を取った。外に出ることによって先生の隠れ家の位置が露見してしまう事になるが……<マップ>で元から位置は知れていたし、おそらく何か埋め合わせをしなくてはならないだろうし、先生もそれを望んでいるはずだ。
元々先生も俺の能力を薄々理解していたようだし、他人に場所が明らかになった隠れ家など存在する意味がないからな。
先生の隠れ家は集合住宅の一つ、目立たないこじんまりとした一軒家だった。そこそこ手入れをされているから、人でも雇って維持させているのかもしれない。
隠れ家に使う拠点には見えない普通さだ。こういう意外さが秘密の拠点には大事だな。実に参考になる。
バーニィに連絡を取ると、彼はすぐに通話に出た。二、三日に一度は雑談をするために連絡しているので彼も通話石の扱いに問題はない。
リリィはソフィアに頻繁に連絡を取っている、いや、取り過ぎているから一週間で内臓魔力が枯渇するような状況になっているのだ。ちなみにその相棒は俺と共に王都に着たが、ソフィアに会いに行くべく既に別行動になっている。
『えっ!? 今王都にいるのかい!? ち、ちょっと待ってくれ、今取り込んでて……』
<マップ>でバーニィの居場所を探ると……ああ、そこは公爵のお屋敷じゃないか。
「なんだ、公爵邸にいるのか。今日はまずいのか? 急で悪いとは思っているんだが」
『いや、ここが今はまずいんだって。なんとか他の日にならないかな?』
”バーニィ、ここはユウの力を借りるべきだろうよ。俺らではどうにもならないんだ”
誰かの声がしたが、その声はクロイス卿だな、<マップ>でもすぐ近くにいたし。
なにか面倒なことが起きているようだが、俺が関わって良い話なのだろうか? シルヴィア嬢の時はこちらも色々打算もあって手を貸したが、元々、口外するのは貴族家の恥でもあるから外部の手を借りる案件ではないはずだった。グレンデルの一件は家の恥とか言う次元の話ではなかったが。
彼らとてそれを解っていないはずがないが、クロイス卿はそれでも俺を呼ぶつもりなのだろう。
了承を得て一週間振りになる公爵邸へむかう。こんな頻繁に王都へ通うつもりはなかったのだが、転移環のおかげで気軽に移動できるようになってしまった。
この超技術を安心安全に使い続けるためにも是非ともバーニィの力を借りたい所だ。クロイス卿でももちろんいいのだが……彼は立ち位置的に国に近すぎるのでちょっと勘弁願いたい。転移環の存在が上に知られれば、どのような反応が来るかなど想像に及ばない。
何時までも隠しておける秘密などないから、いずれ知られるにしてもそのときにまだ自由な立ち回りが出来そうな場所と人物で選ぶと、やはりバーニィだろう。
公爵邸に着くと、既にバーニィとクロイス卿が出迎えてくれていた。クロイス卿は安堵の笑顔だがバーニィは冴えない顔をしている。公爵家に関する話でシケた顔をしているのだから、おそらくあの子に関する話なのだろう。
「まさかこんなに早く再会するとは思いもかけませんでした」
「そうか? 俺はこうなると思っていたがな。それより入ってくれ。是非ともお前の意見が欲しいんだ」
「クロイス卿、ユウにあまり関わらせるべきではないのではないでしょうか。これは我々の問題です」
遠慮がちにクロイス卿に話しかけたバーニィだが、今更下手な遠慮をする間柄でもなかろうに。クロイス卿も同意見のようだ。
「逆に考えろよ、この件が終らずに後でこいつの耳に入ってみろ。俺らがなんと言われるか! こいつも間違いなく関係者なんだし、こうなる前に始めから巻き込んだほうが良かったんだよ」
豪邸の中を案内される内に、前に来た公爵の書斎を通り抜けた。やはりか、と思ううちにどんどん奥へ、家族のみが入れるような屋敷の奥、私的空間に入り込んでいく。
クロイス卿が控えめなノックと共に入室したのは、俺達が救い出したシルヴィアお嬢様の私室だった。俺とバーニィは淑女の私室に無断で入るわけに行かないので、この場で許可を得るのを待つのだが……。
(こりゃまずいな……)
<ん? ユウ、どうかしたの?>
<なあ、リリィ。ソフィア達連れてこっちに来れるか? あいつの手を借りたい事態になった>
<わかった。今お城から外出する手続き中だから終ったらそっちに向かうね>
<ありがとう。迎えは出してもらうからそれに乗ってくれ>
扉越しにでも何が起こっているのかは理解できた。部屋はおろか、この屋敷を覆いつくさんばかりの濃密な魔力が充満しているのだ。魔力自体はどれほど浴びようが個人に影響を及ぼさないが、これを個人が発しているとなれば話は別だ。
俺の後ろに控えてきた家宰の一人、初めて訪れた時の人物ではない誰かに王城に迎えの馬車をやるように頼んだ。俺のことが通知されていたのか、異論を唱えることなくその家宰は従ってくれた。
「ユウ、すまない。あれだけ助けてくれた君をまた頼るような事態になってしまった」
「そんなつれない事言うなよ。俺達は友人だろう?」
「ああ、すまない。ありがとう」
バーニィは泣き笑いのような顔で笑った。こいつの己に対する評価の低さは本当にどうしようもないな。こりゃ本気で一緒にダンジョン攻略でもするか。今は転移環に転移門もあるんだ。ボスのみ攻略なんて事も可能だろうだし、そうすりゃ自分に自信でもつくだろう。
「入ってくれ。だが、静かに頼む」
声を抑えたクロイス卿が顔を出し、俺達も部屋に入る。一国の王女に比肩する公爵家の唯一の令嬢とあって、贅の凝らした調度品が並ぶが……6歳のあの子が自分で選んだとは思えないから、多分公爵が整えたのだろうが、うん、愛すべき孫馬鹿だ。この齢の子供には金細工の時計よりも、もこもこのぬいぐるみの方が喜ばれるだろう。
そんな気楽な事を考えていられたのはシルヴィアが寝かせられている天蓋付きの寝台に来たときまでだった。苦しげな呼吸をする彼女からは濃密な魔力が今も荒れ狂っている。個人がこの量の魔力を溢れ出していたら無事とは思えなかったが、やはり最後に会った時より頬がこけている。
王都を離れる時も彼女に挨拶できなかった事を考えると、そういうことなんだろう。
シルヴィアの側にいる公爵と、シルヴィアの手を握っているメイドのアンジェラに目礼すると、意を決して公爵に尋ねる。
「彼女はいつからこの状態なのですか?」
「昏睡状態になったのはこの3日だ。それまでは浅い眠りを繰り返すような状態だった。お前が尋ねてくれたときはやっと眠りに着いた時で、会わせてやる事が出来なかったのだ」
「医者はなんと?」
「連中は役に立たん。体調に異変はないと繰り返すばかりだ。何故目覚めんのだと問うても原因不明の一点張りだった」
「神官や呪術師たちは? あの夜に専門家を招聘されていましたよね」
「魔力がどうだと繰り返すだけで何の有効策も告げずに帰りおった。確かに今の孫からは強い魔力を感じるが、魔力の多寡で人の命が損なわれるはずもない」
疲れきった表情の公爵はもちろん、メイドのアンジェラも一睡もしていないような顔をしているが、シルヴィアが目を覚ますまでこの手は離さないと言わんばかりに握り締めている。
まるでその力を緩めたらすり抜けて消えてしまうかのような必死さだ。
考えてみれば彼女はグレンデルの件で激しく抵抗して命の危機に陥っているのだ。公爵家に勤めるメイドが皆そのような意識の持ち主であればいいと思うが、彼女は少々行き過ぎている気もする。
だからこそ次期当主であるシルヴィアの御付メイドがこなせるのだろう。
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