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準備 その1

主人公は準備を異常な程しっかり行います。長いです。




 翌朝、俺はウィスカの街の外にいた。街の人間には”恵みの森”と呼ばれている場所だ。

 周囲には木々が生い茂り、人の気配はない。<マップ>を確認しても、野生のモンスターの姿もなかった。



 天気もよく、気温もそこそこの絶好の訓練日和である。

 本音では今すぐにでもダンジョンにもぐり、湧き出るモンスターを倒しまくって金を稼ぎたかった。今日を含め、後四日は借金の利息が発生しないが、その後は金貨300枚が毎日加算されてゆく。その前にいくらかでも稼いでおきたかった。


 だが、自身の戦力評価も定まっていないうちから戦いにのぞむのは愚劣の極みである。いくらスキルの恩恵を受けているとはいえ、自分に何ができて何ができないのかをきっちり把握せずに命のやり取りをする気はなかった。


 彼を知り己を知れば百戦危うからず、という奴だな。


 昨日はそこそこ冷え込んだから森の周囲は朝露が降りている。時期的には春先だが、日によってはまだまだ冷えるので街の人々は厚着している人が多かった。

 俺は取得したスキル<適温調整>のおかげで動きやすい麻のシャツ一枚だった。

 

 ちなみに相棒はまだ俺の懐で眠っていた。もともと妖精族は良く眠るらしい。長いときには一日の半分ほども寝ているときがあったほどだ。




 ”恵みの森”にきた目的は色々ある。まずは習得した戦闘系のスキル、特に魔法の試し撃ちである。街中でやろうものなら衛兵がすっ飛んで来て二、三日牢屋暮らしを余儀なくされてしまう。

 喧嘩も同じくご法度なのだが、周囲の被害がより大きい往来での魔法の使用はどんな街でも許されていないから街の外でやるしかない。


 武技と呼ばれる戦士系のスキルも試してみたい。獲物はナイフしかないから出来ることは限られてるが。

 

 そして街を出る前に冒険者ギルドに顔を出し、街の外での基本的なクエストも眺めてきた。初心者は最低のFランクスタートなのは当然だが、Fランクのクエストは殆ど街中の依頼で、掃除やら雑用やら人足やら……誰かがやらねばならないことだが、冒険者でなくてもできる仕事ばかりだった。

 


 とりあえず今出来そうなクエストは”薬草採取”だけだった。常時張り出されているクエストで、一束銅貨3枚、いくらでもOKというものだった。ついでにモンスターでも狩ってレベルアップ……と思ったが、周囲の森は定期的に中堅冒険者が見回っているそうで、<マップ>にも敵の姿はなかった。

 まだ時間も早朝だし、活動時間ではないのかもしれないな。




 さて、まずは魔法を試してみよう。<魔法使い>スキルで手に入った4属性の魔法である。それぞれ火、水、風、土が基本4属性と呼ばれ、上級職になるとさらに氷、雷などの属性も覚えるらしい。

 

 まずは火だ。初級のファイアボールから試してみるが、どうやら脳内での想像が大事らしい。両手を突き出して熱や、赤い火などをイメージしてみる。すると、両手の先に不可視の力が集まっているのが分かった。


「ファイアボール!」


 とりあえず名前を唱えてみた。それが発動する鍵なのかどうかよく解らないが、両手で抱えきれないくらいの大きな火の玉が生まれ、まっすぐ飛んでいった。

 そのまま草原に着弾し、とんでもない大きさの火柱を立てている。


「おお、できた。すげー、これが魔法か」


 正直、魔法に憧れていました。すげぇ格好いいです。ライルも一応魔法の素養があったからいつかは魔法をバカスカ撃てる日が来るとは思っていたが、こんなに早いとは――感無量だ。

 思わず幸運を感謝したくなったが、いやいやと思い直す。対価がアレじゃ割に合わんわ。



「ふあぁ。ユウ、魔法使ったの?この辺魔力が渦巻いてるよ」


 相棒が目を覚ましたようだ。妖精は魔力も糧にできるから、魔力の流れには敏感らしいな。


「ようリリィ、起きたか。見てくれ! 俺もついに魔法使いだ!」


「それはいいけどさ………さっきの魔法かな? 草原めっちゃ燃えてるんだけど?」


 リリィの指差す先には、先ほどファイアボールが着弾した所から火が燃え広がろうとしていた。


「あっヤバい、消火だ消火! 水はどこだ! 近くに泉があったはずだよな?」


「ユウ、水魔法使いなよ。それで一発じゃん」


 寝ぼけ眼のリリィが冷静に指摘した。その通りですね。ああくそ、柄にもなく舞い上がってるな、俺。



 今度は水魔法を試す。想像を火ではなく、海や湖を連想してみた。先ほどでコツをつかんだのか、すぐに魔法は発動した。


「ウォーターボール!」


 タライ一杯分ほどの水を考えていたのだが、水練場を思わせる大量の水が上から出てきてしまった。俺もリリィもあまりの事態にうかつにも我を忘れてしまった。


 その結果、炎は無事消えました。そして俺は水浸しになりました。草原も同様です。真上から三百トン以上の水が落ちてきたんだ。まあそうなるわな。歩くと泥でズブズブだ。


「リリィ、魔法ってとんでもないな」


「いや、これユウだけだから。誰の教えも受けず魔法発動とか普通ありえないから! しかもこの馬鹿げた威力!」


 その後、リリィが語ってくれたところによると、素養を持つ貴族の子弟などは魔法学校へ入学して3年がかりで魔法を習うという。それでも小さな火の玉や小さな器一杯の水が出せれば上等だと聞く。

 俺は、様々なスキルの上乗せがあるからああなったんだろう。鎮火もしたことだし、練習の続きだ。


「ユウ、ちょっと結界張るよ、妖精の前で自然破壊させるわけにはいかないから」


「そ、そうか、なるべく気をつける」


 リリィがちょっと真剣な顔で周囲に結界を張った。これは俺が得たスキルなのだが、<共有>というスキルによってパーティ間でも同じスキルが使用出来るようになる優れものだ。

 リリィもこれで私も無双できると喜んでいた。



「これでよし。多分壊れないと思うけど……まあ、訓練だし、本気でやらないと意味ないよね」


「そうなんだよ。だから今度も手加減無しの土魔法だ。ストーンブラスト」


 土で出来た弾丸をイメージする。楕円形の石の塊が高速回転しながらまっすぐ飛んでいった。その速度は俺が予想していたよりも圧倒的に速く、さらにはリリィが張った結界を容易く打ち抜いてしまった。


「うそ……かなりの魔力を注いだ結界なのに。メテオスウォームにだって耐えられるはずなのよ! それに今の魔法は何なの? ストーンブラストって普通の石を飛ばす魔法のはずなんだけど、今のどう見ても回転しながら加速していったわ。それに石も細長いし!」


 知らない物のないリリィが分からないのに素人の俺にわかるはずもない。そういう時は<鑑定>だ。

 この<鑑定>、どうみてもおかしい能力だ。なぜか魔法にさえ発動する。


 ストーンブラスト


 土属性初級魔法。消費魔力は3。魔力で周囲の石を動かし、飛ばす魔法。威力はあまり多くない。周囲に石がない場合は自らの魔力で作り出すことになるが、その場合の石は小さく速度もあまりない。敵に向かって撃つ際は頭上から真下に落とす方法が効果的。

 中級魔法にクレイアローがある。



「<鑑定>は嘘をつかないわ。ユウが放ったのは普通のストーンブラストじゃないってことになるわね」


 魔法というのは、呪文を唱えて決まった現象を起こすものらしい。威力の大小はあれど、ファイアボールは火の玉だし、フレアランスは大きめの火の矢だし、イフリートウォールは火柱らしい。

 これは絶対に不変のようだから、まず疑ってみるのは自分のスキルあたりだな。

 自らのステータスを確認すると、<魔力操作>のスキルが関係していそうだ。ちなみに<鑑定>ではこうなっている。



 魔力操作 消費ポイント40


 魔法熟練スキル。本人が持つ魔力を様々な形に変化させるスキル。本来ならば体からただ溢れ出るだけの魔力をこのスキルによって、形状変化、増幅、収縮、集束など様々な適応が可能になる。



「多分このスキルね。さっきも言ったけど、普通の魔法使いは体内の魔力を”呪文”で束ねてイメージすることで形を作り、そして放つの。使う魔力も一定ね。だからその形は決まっているわ。火の玉や風の刃の形が変わることはないの。威力は本人の魔力の”質”が影響するけど。

 多くの魔法使いに教えるために型にはめ込んでいるんだけど、この方が簡単に育成できるんだってさ」


「なるほど。俺はそのスキルによって普通とは違う魔法を使っていたというわけか」


 そのとき、俺の中で問題が生じた。火魔法で言うと、まだ中級と上級を使っていないが、<魔力操作>で変化させた俺のファイアボールは火の玉ではなく火柱になった。ということは中級のフレアランスや上級のイフリートウォールの意味がなくなるのではないか? ファイアボールに使う魔力で火の槍や炎の壁を生み出せれば全て事足りるかもしれないからだ。


 リリィに相談すると、やはりこんな事初めてらしい。せっかくだからやってみようということになった。


「ユウ、魔力ちょうだい! さっきの数倍強度のある<結界>張るから」


 定位置と化している俺の頭の上に座るリリィが額に手を置くと、わずかな虚脱感に襲われた。これがMPを吸い取られるって奴なのか。ステータスを確認するとMPが90ほど減っていて、残りは220だ。あれ、さっき魔法使ったよな。まさか<MP回復>でもう全快したのか? 後でまた回復量を計ってみよう。



 リリィ渾身の重ねがけされた<結界>が展開された。相当な強度なのか、わずかに不透明になっている。<魔力感知>で魔力の分厚い壁が出来ているのがわかった。さっき俺に破られたのが矜持を刺激されたらしい。


「これで大丈夫! 絶っ対大丈夫! ユウがどんな変な魔法使っても破れないように設定したから!」


 さっきのストーンブラストは銃弾を想定したから形は長細いし回転もかかっていたから貫通しただけで、結界の強度はかなりのものだったんだが……まあ、言わぬが華というやつか。あれ? 銃弾てなんだっけ?


 微妙に所々記憶が復活してきて気持ち悪いな。意味は分からないのに形を知っているのも変な気持ちだ。



「じゃあ、炎の矢を想像してみる」


 ファイアボールと唱えると、やはり形状が変化し、一抱えもありそうな大きな矢が出現して<結界>に突き刺さった。今度は壊れることなく終息した。狙ったとおりに消えたな。<魔力操作>も立派なぶっこわれスキルだわ。


「私の作った<結界>最強ぉ!!」


 リリィさんや、目的が変わってるぞ。これで、初級の魔力でも中級の真似事は出来た。これでも十分実用的だが、本来の中級はどんなもんだろう。リリィに今度は中級でいくと伝えた。


「フレアランス!」


 炎の槍をイメージしたが出てきたのは炎の丸太だった。デカい。15メトルはあるぞ。とりあえず<結界>にぶつけてみる。


 瞬間、音が消えた。 


 周囲が閃光に包まれたかと思うと、猛烈な熱波が周囲を荒れ狂った。結界を張ったせいで逆に熱が逃げられなかったようだ。自分の魔力なので、霧散させたら熱も収まったが<適温調整>がなければどうなっていたことか。リリィも無事だ。スキルの効果は共有できている。



「使った魔力の分、威力も比例するってコトね……」


「そうだな、せっかくだし上級も試そうか」


「ちょっと待った! <結界>をさらに補強して大きさも倍にするわ。さっきみたいなのはイヤよ!」


 あれは確かに怖かったな。あ、魔力は俺から補給するんですね。いいけども。



 上級のイフリートウォールは更にとんでもなかった。四大精霊の一人の名前を冠しているからさぞ凄いと思っていたら、そのイフリートが召喚されてしまったからだ。


「我が名は イフリテス 炎を司るものだ。我を召喚せし魔術師はどこにいる」


「あ、イフリートじゃん、久しぶり~」


「ぬぅ、誰かと思えばリリィではないか。数百年ぶりになるか……久しいな。では、我を召喚したのは貴様か? いや、良く見れば円環もないようだな。正規の召喚ではないのか、これは」


 灼熱の肌を持つ赤い魔神という表現がぴったり来る風貌の精霊だ。外見は年齢でいえば40くらいに見える。無論、彼らに年など意味はないが。


「いや~うちのユウが炎の上級魔法唱えたらさ、なぜかイフリートが出てきたんだけど……」


「なんだと!? そんな馬鹿なことがあるのか? 精霊使い以外に我を召喚するのは不可能だ。だが、リリィ、お前が戯言を申すとは思えぬ。となれば、そこの小僧。我を呼んだのは貴様か?」


 いかつい顔がこちらに向く。リリィはこんなのと知り合いだったのか――いや、そういや神とかなんかだったっけ。



「いや、イフリートウォールを使ったらあんたが来ちゃったんだよ。いきなり呼ばれてあんたも迷惑だと思うが、こっちも悪気はなかったんだ、すまないな」


 ユウ、あんた精霊王の一角にたいしてその態度はどうなの、と突っ込まれたが、リリィには言われたくないな。わざわざ来てもらったのなら礼を尽くす必要も感じるが、勝手に来ちまったんだからなぁ。


「小僧、その虚ろな魂。貴様、まさか稀人(まれびと)か?」


「そういえばそんなことリリィが言ってたな。今はユウと名乗ってるんだ。よろしく頼む」


 炎の精霊王は金髪の少年をまじまじと見たあと、不意に笑い出した。


「そうか、そうか。当代の稀人(まれびと)は面白いな。リリィが気にするだけのことはある」


 別にユウが稀人だから一緒にいるわけじゃないんだけど、とリリィは呟いた。それについては同感だ。知ったのはつい最近とはいえ、俺はリリィがなんか凄い存在だから一緒にいるわけではない。友達で、仲間で相棒だから一緒にいるのだ。口にしたことはないが、俺はそう思っている。



「なんか盛り上がってるところで悪いが、イフリート。あんた俺の上級魔法で呼ばれたことになってるのかな。召喚されたときは覚えているのか?」


「いや、この姿は本体と分かれた写し身に過ぎない。呼ばれたと思ったら勝手に分離して召喚者の前に出現する流れだからな。それまでの記憶などない」


 そうか。それはそれで困るな。イフリートウォールを使うと毎回あんたを呼んじまうわけか。

 一応<精霊使い>も職業スキルとして持ってはいるが、今は<村人>でやっている。本来なら魔法も<魔法使い>でなければ使えないらしいが……俺はまあ色々とおかしいからな。


「ならば我を毎回呼ぶがいいであろう。対価に小僧の魔力を貰っている。中々高純度のよい魔力だ、これならば他の眷属とて満足するであろう」


 ってことは他の3属性でも上級魔法で精霊王が来るっていってるようなもんじゃねぇか! まあ、知り合っといて損はないな。あとで呼んどこう。


「わかったよ、とりあえず本来の魔法でもある炎の壁でも出してみてくれ」


 そうお願いしたら、とたんにイフリートは不機嫌な顔をした。


「我を呼んでおいて、用件が炎の壁だと!? 見ておれ! 我の力はこう使うのだ」


 灼熱の煉獄(イグニート)


 結界の内部の地面がマグマに変わり、プロミネンスが荒れ狂う。まさに灼熱地獄と呼ぶべき光景がしばらく続いた。これは凄いな、凄すぎて使う前には結界か何かで範囲を指定しないと周囲の被害がとんでもないことになりそうだ。



 俺の内心を知らずに、イフリートはドヤ顔満面である。自慢したかったらしい。本当に凄いが迷宮で使う機会あるとはとても思えない。


「困ったとこがあれば我を呼ぶがいい、稀人(まれびと)、いやユウだったな。貴様ら”移ろいゆくもの”がもたらす何もかもに我らは期待しておるぞ」


 何のことだ? リリィが余計なことを言いやがって見たいな顔をしている。何かありそうだが、そんなことはこの借金より大事だとは思えないし、気にしないことにする。


 満足したのだろう、再会を約束してイフリートは消えていった。やれやれ、ただの性能確認がえらいことになってしまった。


「ユウ、さっさと他の精霊王も呼んじゃおう。あいつら大元素(オリジン)で繋がってるからすぐに伝わってるわよ。後回しにすると絶対、面倒になるよ」


「わかった。全部呼んじまおう」


 風の初級魔法をまだ試してなかったが仕方ない。折角だしスキル<多重詠唱>を使ってみて各上級魔法を同時使用してみた。

 頭の中で使用を念じると想念が勝手に分裂し、それぞれが風、水、土を並列で考えられるようになった。なんとも都合が良く、こいつも便利だ。さすがは熟練スキルだな。


 そうして3人の精霊王と面通しを済ませておく。同時詠唱はいろんな意味で成功だったらしい。精霊王たちはなんか仲が悪そうだったからだ。順番に呼んだら色々と揉めそうだった。


 水のウンディーネは清楚な美人だった。俺の歴代美人ランキングの上位に入るくらいだ。知っている美人が故郷とウィスカの女性陣だけということを除いても文字通り人間離れした美貌の持ち主だ。

 ただ人間にはあまり興味がないようだ。淡白な挨拶になった。


 風のシルフィードは悪戯小僧という表現が適切な見た目の子供だった。リリィとはケンカ仲間らしく、さっきからやりあっているが、俺の頭の上でやるのはどうなのか。まあ、楽しそうではある。


 土のノームは一言で言うなら頑固ジジイで、召喚早々愚痴を言ってきたほどだ。リリィはまた始まったといわんばかりの表情をしていたが、俺はこのタイプの爺は嫌いではなかった。昔、山ほど相手にした気がする。付き合い方さえ心得ていれば、むしろやりやすい方だった。


 相手の話を聞く姿勢、我慢強い態度を続けていたら、向こうの態度が変わってきた。最後にはいつでも呼べといってくれた。リリィがどんな魔法をつかったの?と<念話>を飛ばしたほどだ。



 ちなみにこの<念話>は離れている相手にも言葉を使わず会話できるスキルだが、もともと霊体の俺と精神世界(アストラル)に半分属しているようなリリィではあまり意味がなかったりする。そんなものがなくても会話していたからだ。ただ確実に届くという意味はあり、便利なので使っている。



 昔、ちょっとなと返しておいた。記憶はないけども、体が覚えているという奴だ。

 精霊王の三人には丁重にお帰りいただいた。シルフィードはゴネたがこちらも予定は詰まっている。

 といっても彼らを呼ぶ機会など二度とない気もするが。




 その後、風の初級魔法であるウインドカッターを試してみる。いくらか魔法にも慣れてきたので<連続詠唱>と<多重詠唱>を同時に使ってみた。似たようなスキルだが大きく異なっている点がある。

 <多重詠唱>は異なった魔法を同時に使うスキルで<連続詠唱>は同じ魔法を同時に使うスキルだ。

 レベルが10まで上がったことで同時に40発まで撃てることになる。ちなみにまだ最大ではない。消費ポイントが100必要で取得できなかったのだ。


 <多重詠唱>なので中級のサイクロンも同時に撃つ。本来なら竜巻を起こして捕らえた敵を風の刃で切り裂く魔法らしいが、ここはウインドカッターと同じ風の刃に形状を変えておく。俺が重視するのは唯一不変の真理、数は力である。


「いくぞ。ウインドカッター・サイクロン」


 多重、連続込みで合計40発だ。威力はお試しということで、最大まで上げている。練習で躊躇したら意味がないから力の限りぶっ放した。

 前方の空間に放ってみたが、風属性のため消音性がすごい。暗闇では何が起こったのか解らないだろうが、奇襲にはもってこいの属性である。

 前から何かが割れる音、そしてバキバキと木が倒れてゆくのが見えた。あれ、結界は?



「嘘でしょ? 精霊王の最終攻撃(デッドリィ・ブロウ)にさえ耐えた結界なのに!!」


 リリィががっくりと肩を落としている。今の魔法は前方に集中してたし、リリィの張った結界は全周囲だったから一点突破に弱かったのかも。


 それより問題は突破した風の刃がもたらした被害である。木々を根元から切り倒している。他にも相当やらかしていそうだ。

 野生動物に当てていたら可哀そうだし、俺は食べもしないのに殺す事はしない主義だ。<マップ>スキルで周囲を確認するとちょっと遠くで中立をしめす灰色の点が点滅している。どうも瀕死のようだ。


 俺は力の限り急いで駆け寄る。しかし思うように体が動かない。分かっていたが、筋肉が全然足らない、体力も持久力も物足りなかった。



 やはりというべきか、<マップ>を頼りに進むと鹿の親子がうずくまっていた。怪我をしたのは親のほうらしい。状態を確認すると胴体が深く切られ、足もわずかに切れている。幼い子鹿がその傷を必死に舐めている。

 畜生、完全に俺のせいだ。風の刃だから痛みがなかったのが唯一の救いか。この鹿が悶え苦しんでいたら俺は自分を許せなかったかもしれない。


 近寄った俺に気づいたのだろう、親が傷ついた体で必死に子を逃がそうとしている。だか子供は親から離れようとしない。


 こいつ、『親』をやってやがる。ちょっと待ってろ、絶対に治してやるからな、とアイテムボックスからさっき採った薬草を取り出すが、容易に近づかせてくれない。そりゃそうか、俺は敵だしな。


 どうしたもんか、と考え込んでいるうちにも鹿の体力は落ちている。ステータス(鹿も確認できた)では残りHPが10を切っている。急がなければ死んでしまうぞ。死んだら美味しく食べてやればいいとも思うが、俺がつけた傷だ。殺す気だったわけでもない。助けてやりたいが、近づいたら逃げるんだよな。<威圧>でも使うしかないのか……。


「ねえ、ユウ。薬草持って何してるのか知らないけど、この距離なら<エイド>か<ヒール>が届くと思うよ」


 そうだった、俺は<僧侶>のスキルも持っていたんだった。攻撃魔法に気を取られてすっかり忘れていたぜ。やはり相棒の存在は大きいぜ。


 エイドは文字通り手を患部にあててその部位を治療する初期スキルだ。効果も大きく、僧侶はエイドが使えれば一人前とされ、どこへ行っても重用される。故郷の村でも一人二人使える僧侶がいた。

 

 だがこの場合は使えないな。近づいたら逃げちまうし、その上の回復魔法であるヒールを使おう。より重症や怪我の場所が大きいときに使う中級魔法で対象を指定してやれば距離が離れていても効果がある。


「ヒール!」


 魔力で鹿を包んでヒールをかけるととたんに傷が塞がった。鹿はすぐさま立ち上がると子鹿を連れて一目散に走り去っていった。

 ヒールの効果は凄いな、一瞬で傷が治ったし、ステータスも全快していた。




 そして、これを見て一つ思いついたことがある。


「リリィ、考えたんだが。回復魔法で一儲けってのはどうだろう。故郷でも僧侶たちは結構いい金取っていたよな」


 そうなのである。今思い出したが、僧侶たちは村でも実力者で、何より金持ちだった。たしかエイドでも銀貨5枚は取っていた気がする。

 俺は僧侶にかかったことはないが、上の兄貴が崖から落ちたことがあって腰の骨をやってしまい、僧侶に大金を払ったことがあった。



 これは儲かりそうだ。俺の魔法の腕もスキルによって底上げされているし、たしか大勢を治すサークルヒールや殆どの怪我を治すというオールヒールまであった。これ、いけるか?


「ユウ、僧侶組合(治癒師ギルド)に入るの? あれ認証まで時間かかるよ、確か。まともに稼げるようになるのに2、3年はみなきゃダメだったはずだよ」


 現実はやはり甘くないようだ。聞けば多くの僧侶が似たようなことを考えたらしい。僧侶たちが料金を吊り上げて利益を独占しようとし、利権化し、組合化し、モグリがいないように監視し、自分たちで全て管理できるように徒弟制度をつくり、違反者を密告する制度まであるらしい。


 いまや僧侶組合は商人、スカウトと並ぶ厳しい制度を持つ一大組織に変貌したようだ。人の金への執念を伺わせる話だな。

 どれだけ腕があっても組合に登録しなければ街では物理的に営業させず、組合に入れば長期間研修をさせるみたいだ。

 相互共存とか他の僧侶の利益を奪わないためとか理由をこじつけるらしい。

 

 一度でも組合に入って稼いでしまえば食いはぐれることはないので、人気はあるらしいが俺にはムリだった。

 2年もあれば20万枚ほど借金が増えてしまう。冒険者をする僧侶は物好きらしい。昨日見た白い僧侶、シロルとか言った少女は貴重なようだ。



 やはり俺は計画通りダンジョンで稼ぐしかないようだ。都合のいい夢を見ると大抵ろくなことがない。

 先ほどの草原に戻ろうとして、自分が切り倒した木々が目に入った。


「これも邪魔だな。しまうか」


 <アイテムボックス>に木をしまってゆく。巨木といえるものもあり、全部で14本もあった。

 無限化しているからいくらでも入るようだし、整理整頓もあるから大丈夫だと思うが、どうやって取り出すんだろうと思っていたら、ウィンドウとやらに一覧が現れた。どうやら収納したアイテムが表示されるようだ。いままでは手を突っ込んで探すという面倒な作業だったから効率化は助かる。

 今の持ち物は私物の入っているずた袋と今朝取った薬草、昨日のうちに買っておいた昼飯。そして今入れた樹木だ。数があるものは”×8””×14”と表示が入っている。その樹木に気になる項目があった。『解体』だ。意味はそのままだろうが、とりあえず一本解体してみる。すると表示が樹木から建材に変わった。取り出してみると先ほどまであった立派な枝葉と樹皮がなくなり、丸太になっていた。しかもなくなった枝葉や樹皮は別に取ってある。

 これも凄いスキルだ。建材なら売れるはずだと思ったが、思い直した。どの建物も石造りだった。需要は少なそうだ。邪魔になるわけでもないから取っておこう。



 その後、魔法の練習をして過ごした。補助系の魔法は身体能力が上がるので重宝した。<スケープゴゥト>は身代わりを作る魔法で、一分ほど魔法で俺の形をつくる。その後は霧散してしまうが、戦術として使えそうだった。

 これからはダンジョンが主戦場になるわけだから、効果範囲の大きい魔法よりも小規模な魔法を連続して使うことのほうが多そうだ。そのことから、<多重詠唱><連続詠唱>のスキルを主に練習した。魔法の種類はボール系、アロー系、ランス系を主に練習した。MPが切れるまで練習し、自動回復を待つ間は、ひたすら体をいじめ抜いた。

 リリィは”そんな趣味”でもあるのかと心配されたが、俺の持論は”訓練はいくら厳しくてもかまわない”だ。訓練でよほど苦しい目にあっておけば本番でも気分に余裕が出来るし、実戦では想像以上に体力を消耗するから、いくら訓練をやっても足りるということはなかった。


 その日は、結局日が暮れるまで”恵みの森”にいた。スキルや魔法で各種ステータスは上がるが、持久力、スタミナだけはどうにもならなかった。スタミナは走り回るしかなかった。やがてMPが回復したので魔法を撃ちながら走り回っていた。これは迷宮でも使えそうな技術だったが、消耗が激しい。

 そのうちに苦しいなら<無詠唱>を使えばいいと気づき、今更ながら試してみた。

 おお、非常に使い勝手がいい。これでいこう。声を出しながら重い物を担いで走ると体に負荷がかかっていい訓練になるんだとリリィに話したら、変態がいるとドン引きされた。効果的なんだぞ。


 俺の目的は体を鍛えることだからこれでいいのだ。それに筋肉の使いすぎで痺れたようになっている体に回復魔法をかけるとすぐに使えるようになっている。いくらでも体を鍛えることが出来た。




 それと<アイテムボックス>でもうひとつ驚いたことがあった。昨日買った食事をしまって今日食べようとしたのだが、出来立ての熱々だったのだ。派生スキルに<時間停止>があったからこれのおかげなのだと思うが、本当に凄いスキルだ。いつでも湯気を立てる飯が食えるというのは言葉で表せないほどの価値がある。正直、この能力が一番凄いと思う。


 今日はここまでにして、街へと帰ることにした。まだダンジョンに行くのは心もとないから明日も訓練だ。




まだ訓練します

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