未踏の先へ 2
お待たせしております。
他の冒険者達の戦いの最中に横槍を入れるのは彼らの流儀に大いに反することだ。ダンジョン内は迷路のような形状をしているが、そこまで複雑ではない。階段に向かう道順はいくつかあり、基本は最短で向かうことにしているが他の冒険者たちが多いここらの層では少し回り道をしたりもしている。
長く続く一本道で戦闘に参加することになった”白銀の戦槍”の状況は非常に稀である。
彼らも内心で場所が悪いと思っていたに違いないが、長い直線でどうにもならず戦闘を始めたに違いない。
その状況で参加した俺は言い掛かりをつけられても仕方ない事でもあったので、戦利品は全て譲る譲歩をした。あのときは助太刀しないとかなり危なかったと思うが、Aランク冒険者パーティとFランクの俺ではギルド内ではどうあれ、町中に噂でも流されたら太刀打ちできない。リーダーのゼインが理性的な対応をしてくれたから丸く収まっただけで、下手をすれば血を見ていただろう。
事実、あの魔法使いはかなり頭に血が上っていたしな。
そんなこんなで適度に狩りをしながら14層に辿り着く。時刻は午後4時半といったところだ。普段なら既に帰り道の最中だが、今日は思う存分狩りができる。体力は有り余っているし、リリィは疲れたら俺の懐にいつでも逃げ込めるから問題ない。
階段の位置を確認し、本日はめぼしい宝箱も回収する。これまでの宝箱の収穫は金貨5枚と銀貨が400枚ほど、珍しい所では鋼鉄製の胸当てが見付かった事くらいか。この胸当ては自分のサイズに丁度いいのでハッタリ用として確保してもいいかな。
これまではそこそこ良さげな装備も直ぐに売り払っていたのだが、ギルドマスターの言葉もある。たまには装備を更新してもいいかもしれない。疲れているときにうっかり売ってしまった、なんて事のないようにマジックバックに保管しておくか。あとはポーション3本とマナポーション2本だ。
「うっかり売ってしまってがっかりするユウに蜂蜜一個賭けまーす」
「本当になりそうだからそういうこと言うなよな」
それに蜂蜜を賭けても俺は食べないぞ。甘いものが苦手、というより得意ではないのだ。一口舐めればそれで十分で、それだけで胸焼けしそうになる。女性はどうしてあそこまで甘味に熱中できるのか不思議に思う。
さて、今日の最大の目的は20層の突破だが、もう一つ大きな目的がある。それは14層の大きな蜂蜜たちをこれでもかと手に入れる事だ。時間の余裕もあることだし、思う存分蜂蜜を手に入れたいと相棒が言い出したのだ。
この作業には不意を討たれないように背後に壁がある場所が望ましい。行き止まりの一本道があれば最高なのだが、そこまで都合の良い場所はなかったので、ほどほどの場所で妥協した。幸い今この階層に他の冒険者はいない。元々相手にするのが面倒な上、価値が高いとはいえない蜂蜜を好んで倒す冒険者は少ない。
個人の好みはさておいて、一発の魔法力消費と出るかわからない蜂蜜では割が合わないので皆足早にこの階層を去ってゆくか、元々ここまで降りないものも多い。稼ぐなら上のほうがよほど儲かるからな。この下は幽霊たちの巣窟で更に魔法力を消費するからだ。普通の武器で対応可能かつ稼ぎも良い13層などで儲ける方が理にかなっている。ここから更に降りるような輩は純粋な攻略組だ。探究心や名声を求めている冒険者としての本能に従って動く彼らはより玄人というか、必要な事以外はしない印象を受ける。
俺の報告で16層の詳細な情報がギルドに流れて以降、多くのパーティがそこへ向かっている。多くは赤字を押して探索しているだろうが、あれに気付けるかどうかは正直微妙だ。
そこにあるとわかっているスカウトが詳細に調べてやっと判明するような巧妙さで隠されているからな。幸い階段があの先にある事は変わっていない、というより環境層は階段が移動しないようなので一度解ってしまえば探索そのものは楽な階層になるはずだ。一匹倒すと際限なく現れるあの牛たちの相手は一苦労だが。
無論俺もタダで教えるつもりなどない、該当箇所は<隠密>でこっそりと移動している。俺の後を尾行する奴も現れたが、そういう時は敵集団を押し付けてやればよいから簡単だ。単独行動の俺の速度に集団が追いつける筈もない。
話が逸れたが、蜂蜜の回収作業に専念しよう。敵は既に駆逐されるだけの存在に成り果てている。やり方は王都のダンジョンでリノアと蜂蜜を取った方法と同じだ。
あのランドが営む雑貨屋で手に入れた誘引香で引き寄せられた蜂たちを風属性の中級魔法である<サイクロン>でひたすら切り裂き続けている。ひっきりなしに敵が現れ続けるので、いちいち撃墜するのが面倒になり、範囲魔法で殲滅するほうが楽だった。
回収はいつもの<範囲指定移動>なのでこちらから動く必要もない。ぶーんぶーんとひたすら不快な羽音を聞き流しつつ、土魔法作り出した椅子に座って蜂を倒しアイテムを回収し、相棒が小躍りするのを見つめる作業は誘引香の効果が切れるまで続いた。丁度いい一休みという感じかな。
「本日の収穫は、大きな蜂蜜452個に詰め合わせセットが53個になりました! いえーい! パチパチパチ!」
「そんなに来たのか! ひたすら<マップ>見つつ<サイクロン>を維持してただけだから、状況を把握してなかったな」
「やっぱりこのお香は凄いねぇ! これだけでも王都に行った甲斐があったってものだよ!」
リリィが文字通り飛び跳ねて喜んでいるが、この誘引香はこれで打ち止めだ。しかし、次の休みの日にまた王都に行く予定なので、そのときに購入するつもりなのはリリィも知っているのでその顔は明るい。効果からして魔導具の一つのようだが、セラ先生の店では取り扱いがなかった。
あの王都の雑貨屋、家鴨亭でしか買うことができないが、俺もあそこの子供たちの顔が見たかったので行く事に不満はない。効果の高い物は値段も相応の額を取るが、このウィスカのダンジョンなら凄まじい恩恵がある。なんとしても数を揃えてもらおう。例え金貨一枚取られても十分に元が取れるな。
さて、数も揃えたことだし、さっさと降りるかと先へ進もうとしたところに、またもや蜂の羽音がした。折角だし倒していこうかと音がする方をむいた俺は、その巨体に唖然としてしまう。
「な、なんだあれは!?」
「見たことない大きさだね、特殊個体かな?」
今まで狩ってきたキラーホーネットは俺の手の平位の大きさだった。それより大きいクイーンビーは赤ん坊位だったのに対し、今俺の前にいる奴は距離があるのでハッキリとはしないが、俺より大きいかもしれない。
アドミラル・クイーンビー クイーンビー種
クイーンビーの中でごく稀に生まれる変異種。通常のクイーンビーとは比較にならない体躯と莫大な魔力を持つ。アドミラルの名を持つ所以となった、多数のクイーンビーを操る能力を有している。長い年月を過ごした者になると、数万のキラービーを自在に操って敵対者を蹂躙する。太古より、生命を司る権能を授かったとされる貴重な存在。
HP 638/638 MP 500/500 経験値 2587
ドロップアイテム 蜂蜜5種詰め合わせ 女王蜂の鋭利な大針 ロイヤルゼリー
変異種だって? 確かに今まで見たことのない相手だ。あんなに大きければ嫌でも気付くから今回が初見のはずだ。<鑑定>にあるとおり、周囲には数匹のクイーンビーが警戒するように飛んでいたのだが……普通に魔法で倒せてしまったな。もう少し手強いかと思ったのだが、他の奴等と大して変わらなかった。敵の能力としてはクイーンビーの三倍以上の体力があったが、魔法の一発で沈んでいる事に変わりはない。
「特殊個体みたいだね。これまで一度も出会わなかったのは運が良かったのか悪かったのか。それより何個手に入ったの?」
既に<アイテムボックス>に移動させておいたので、増えたアイテムを確認してみる。詰め合わせが9個と鋭利な大針とか言うアイテムとロイヤルゼリーが一つずつ増えていた。
「ロイヤルゼリー? なんか凄そう! どういう物なんだろ?」
「ちょっと待ってくれ。ここじゃ流石に<鑑定>できない。階段まで待ってくれ」
急かすリリィに背中を押されながら下りる階段を目指す。こういうときに限って敵が妙に多く遭遇するのもお約束である。結果として蜂蜜が16個と詰め合わせが3個増える結果となった。都合、蜂蜜は468個になり、詰め合わせは65個手に入ったことになる。
「ユウ! はやくはやく!」
「わかったって、今<鑑定>するから」
そんなに気になるならリリィが先に<鑑定>すればいいのに。相棒も俺と同じスキルが使えることを失念しているのはないか? そんな事を思いつつも階段に辿り着いたので、早速調べよう。
ロイヤルゼリー 価値 金貨20
不老長寿の妙薬。ほんの僅か口にするだけで老衰で死に掛けている老人も息を吹き返す。定期的に服用するだけで病気の予防になり、怪我の治りも早い。毒も中和されるし、魔力も回復する効果がある。だが、かなり苦い。使用者の寿命を10年延ばす効果がある。
「体にいいけど苦いみたいだぞ」
「えーー苦いの? 私いらない。ユウの好きにしていいよ」
途中まではわくわく顔だったリリィも最後の一言で一気に興味を無くしたようだ。相変わらず分かりやすい相棒である。良薬口に苦しともいうし、薬と考えるべきなんだろうな。
しかし、珍しい変異種が落とすアイテムだ。いつまた手に入るかわからないのでこれは取っておこうと思う。金貨20枚は魅力的ではあるが、13層のスケルトンの通常ドロップの銀の槍は金貨7枚の価値なのだ。あれが3本分と思えば大したことないと自分に言い聞かせた。
公爵家の競売に出せば価値はもっと跳ね上がる可能性だってある。死にかけの大金持ちがこぞって大金を払いそうじゃないか。
楽しんで頂ければ幸いです。
ロイヤルゼリーはご存知の通り、最高級の健康食品ですが美味しくはありませんね。女王蜂が成長するために取る栄養素ですが、この世界では魔法の霊薬の原料として使われます。(フラグ)
いつもご覧頂いて誠に有難うございます。昨日は評価ポイントも頂き、嬉しさに小躍りしました。
これからもストックと戦いながら頑張ってまいりますのでよろしくお願いいたします。




