未踏の先へ 1
お待たせしております。
翌日の朝、俺達は意気揚々とダンジョンに潜り始めた。いつもならば夜明けと共に行動を開始するのだが、今日は時間に大きな余裕があるため、午前9時頃にダンジョン入口に到着した。
「よう、聞いたぜ。今日はとうとう歴史を塗り替える日になるようだな」
ギルドマスターのジェイクが珍しく俺達を待っていた。普段は早朝に入るからほぼ無人のダンジョン前の詰め所を通るので、誰かが居るというのは新鮮だった。
「まだ上手くいくかどうかもわかりませんよ? 無様に逃げ帰ってくるかもしれませんし」
「そこは幸運を祈っておいてやる。しかし、本当にその格好で行くんだな。報告は受けて知っていたが、実際に目にすると信じられん」
ギルドマスターは俺の格好が気になっているようだ。確かに今の俺は初期装備の革の胸当てに安物のナイフだけだ。さすがにナイフはライルの私物から新しいものに交換している。あのナイフは戦いに使用するものではないので、最近拾ったエッジナイフが今の装備品だ。
これまでは誰もいない早朝から攻略を始めていたから人の目を気にする必要もなかったが、やはり周囲からは奇異に映るようだ。確かに今まで出会った冒険者たちは様々な装備、魔導具を身につけて万全の体制だったが、どの状態が最善かは人それぞれだ。特に借金持ちの俺は高価な武具は即座に借金の足しにする。
「俺のやり方は”近づかれる前に殺れ”なんで、武器も防具も要らないんですよ。それにあの大集団で襲われたら防具なんてあっても大差ない気もしますしね」
「そりゃあそうなんだが……これでボスも倒すってんだから規格外にも程があるな」
「今日の結果がどうあれ、後でそっちには顔を出しますよ。まあ期待しないでおいてください」
「嫌だね。大いに期待させてもらう。心配ないだろうが言っておく。死ぬなよ」
そう言い残して足早に去っていくジェイクを見ながら、リリィが懐から顔を出した。
「あれは応援に来てくれたのかな?」
「好意的に見ればな。穿った見方をすれば……やめておこう。互いに利用する関係さ、裏が無いほうがおかしいよ」
「ふーん、人間のやる事はよくわかんないな」
多分、俺がダンジョンから出てきたら真っ先にギルドに知らせるように詰め所の番兵に言付けに来たのだろう。わざわざギルドマスター直々にやってくるとなれば普段やる気のない彼らも身を入れざるを得ないか。王都のダンジョンは24時間体勢で入り口を管理しているのに、人気の無いウィスカでは時間で人が居なくなるからな。
昨日ユウナから俺が19層へ到達したと聞いて行動を起こしたに違いない。20層にいるであろうボスを討伐すればこの迷宮はどういう形にせよ大きな節目を迎えるであろう事は間違いない。
存在が噂される転送門もあるとすれば20層だろうし、帰還石もそれ以降の階層にあるかもしれない。あるいは20層が最下層の可能性だって拭えていない。ともあれ、どうなるにせよ今まで16層で足止めを食らってきたこの町のダンジョンの閉塞感を打ち破ってくれるかもしれないという期待感があるのだろう。
「といわれても、俺達は俺達のできることしかやらないけどな」
「そだね、面倒事は借金だけで充分だよ、さあ行こ行こ」
今日は急ぐ行程ではないが、結果としていつも通りに走り回っている。というのも普通に歩いていると敵との遭遇が多すぎて満足に進めないのだ。もちろんそれなりのアイテムを手にしてはいるが、やはりこのダンジョンの移動は走るほうが最適解のような気がする。
だが、これも個人で動いていればという話だ。パーティを組むということはそれぞれが様々な役割を持つことで生存性を上げているわけだが、軽装であるべきスカウトと前衛を担う戦士、体力に劣るであろう魔法使いでは進む速度は違うだろうし、一番遅い奴に合わせるはずなので行動速度は落ちるはずだ。
結果として多くの敵と遭遇し、ダンジョン攻略は遅々として進まないだろう。
うん、自分が特殊なだけだだな。
その後は特に何もなく進んだ。最近はダンジョン突入回数が増えたせいで変動する階段にある程度の規則性があるのではないかと見ている。まだ試行錯誤の最中だが、数日前と同じ場所に階段があったりすることがあった。
一応記録は初日からとってある(<マップ>は任意で記録として残しておける機能がある。ポイント消費で覚えられる追加要素だ)が、はっきりとした事が解るのはもう少し実数を集めてからになりそうだが、おそらくある程度階段が出現する位置は決まっているのではないかと思っている。
長くダンジョンに潜っている一流パーティなら恐らくそれを理解しているとは思うが、まず間違いなく最重要機密だろうから簡単に口外するとは思えない。検証は自分でやるしかないだろうが、<魔力操作>で階段を見つけたほうが圧倒的に早いので、いつか気が向いたらやろうかな、と思う程度だ。
正直今となっては10層までは全く美味しくない階層だ。当時はあれだけ興奮した蜂蜜やレイスダストも14、5層に行った方がはるかに効率がいい。14層の蜂蜜は4層のものに比べ量が倍以上あるし、クイーンビーのレアドロップは今最もリリィが熱望しているアイテムだ。五個入りの詰め合わせを一日でたいらげる相棒の胃袋(そもそもあるのか疑問であるが)には恐ろしさしか感じない。
それに蜂蜜も環境層の食料ドロップアイテムに該当する。買い取り価格が安く、買い叩かれるのも当然なんだろうから、全て相棒の取り分でも一向に構わない。
価格の高騰を抑えるために金額の上限を決めているそうだが、蜂蜜は嗜好品の類であることに加えて自然物とダンジョン産のものの区別がつきにくいのだ。口にしてみれば魔力の回復があるのでダンジョン産はすぐに解るが、蜂蜜を口に入れるという段階で既に購入済みである。その時にはかなりの金額を支払った後であり、購入できる客層は限られている。斯くして異様な高止まりが発生するというわけだ。
受付嬢の皆には『なぜ蜂蜜だけ買い取りにないのですか?』無言の圧力を感じるが、俺にとっては相棒の機嫌が損なわれる方がよほど嫌だから、そこは受け入れてもらうしかない。
「小さいほうの蜂蜜なら、もう買い取りに出してもいいかもね」
「本当にいいのか!? あの蜂蜜なんだぞ。後で後悔するんじゃないか?」
ええ!?……蜂蜜を実に一日20個近く消費するリリィさんである。酷い時なんて蜂蜜をすくって食べるのではなく、瓶ごとごっくごっくと飲み干している豪傑である我が相棒が蜂蜜を手放すなんて、親友であるソフィア達に分け与えるときくらいしかないのに!
「だ・け・ど! その前に大きい蜂蜜の在庫が4桁にするのが条件ね」
ああ、かなり先だな。今<アイテムボックス>で確認したが、大きい蜂蜜の現在の在庫は87個だ。小さい方はリリィが最近食べないので400個近い在庫に膨れ上がっているが、4桁に到達するのは当分先だろう。
と、そのようなことが少し前にあった。そして今日は時間に余裕があるので蜂蜜の数を確保すべく、誘引香を用いた狩りを行う予定だ。
11層からの狩りも怠りない。他の冒険者達の主戦場だけあって非常に美味しい狩場なのだ。敵が戦術を用いているのは厄介といえば厄介だが、裏を返せば敵のうってくる手が読めているという事でもある。慣れてくればこれほど美味しい敵もいない。能力の高い冒険者が危なげなく敵を倒している姿を多く見かけている。
楽しんで頂ければ幸いです。
20層関係の話が終われば、ようやく本筋の話が始まる予定です。基本は借金返済のために稼ぐのには変わりないですが。
これからも皆さんに楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いします。




