さらに奥へ進むために 1
お待たせしております。
冒険者ギルドの皆とタイラントオックスの肉を平らげた二日後、俺達はセラ先生の店を訪ねていた。レイアがここで働き出してからはダンジョン帰りに彼女を迎えに行くのが日課となっているので、いつもの行動でもある。
冒険者ギルドのあの頭のおかしい指示は撤回済みだ。クロイス卿を通じて公爵閣下には深い感謝を告げたが、冒険者ギルドへの干渉は勘弁願った。露骨な特別扱いは余計な軋轢を生むだけだ。
別に有名になりたくないわけではない。俺もいつかはランクを上げていってAランク冒険者になってみたいと思っている。その過程で有名になる事もあるだろう。
だが、それは決して今ではない。少なくとも大量の借金が残っている段階で名を上げたくはない。二つ名は俺の本名が喧伝されているわけではないのでありがたく受け取るが冒険者ユウの名前が広まるのは今は勘弁して欲しい。
この借金の件はあまり他人に知られていないが、ギルド職員は別だ。始めの頃に何の冗談だと詰め寄った際に多くの職員が俺の魔約定を確認しているのだ。あの当時はこうなると考えていなかったのでしっかりと確認をさせていたのだ。その職員たちが担当する冒険者にその件を伝えていないとも限らない。むしろ話のタネとして職員の側から話すこともあるだろう。
その結果として、俺は他人の嫉妬ややっかみによって”借金持ちの冒険者”として周知されていくに違いない。人々の口上る度に”ああ、あの借金の?”と言われつづける事になるだろう。それはもう絶対に。
被害妄想が炸裂しすぎと思われるかもしれないが、俺は常に最悪を想定して行動する主義だ。ライルの故郷の家族に借金の事が伝わるような自体はなんとしても避けたい。
そもそも俺はギルドとは互いに利用する関係になりたいと思っているが、依怙贔屓をされたいわけはない。正直、依頼を受ける暇はないしギルドが望む買い取り以外で出向く気もないのだ。連絡員として帰宅時に毎日ユウナが顔を出しているから、話があればそこですればいいしな。
公爵閣下がそのあたり解っていないとは思えないが、クロイス卿も与り知らぬ出来事だったようだ。彼に渡した通話石がこんなに早く役に立つとは思わなかった。
自分は通話確認のためにバーニィとクロイス卿とは僅かに話しただけだが、リリィは毎夜ごとにソフィア達と会話を楽しんでいるのだが、そのお陰で来週にも通話石の魔力が尽きそうだという。魔力の補充のために自分を呼ぶ口実なのだろうが、ソフィアが会いたいと言えば、まあ飛んで行くさ。
迷宮の攻略は行き詰っている、というより日帰り行の限界点に到達している。日によって階段の位置が変わるウィスカのダンジョンは攻略時間にばらつきが出るのは仕方ないことだ。
まだ20回程度しか潜っていないが、非常に運がいい日は10層まで到達するのに3時間ほどで行く事もあるが、逆にとことん運が悪いと午後を回ってしまう日もある。この二日は低層の戦闘を<隠密>でできる限り回避するなどして時間を短縮し、10層以降の攻略を重視した結果、収穫が金貨1684枚、1530枚とかなりの好成績を叩きだした。ちなみに肉祭りをした日の収穫は1445枚で、1600枚越えをした日はサイクロプスが初日以来の魔石、鉈、宝石の三点セットを贈ってくれたのだ。
10層ボスの討伐平均時間は1秒なので非常に効率の良い敵だ。両扉のボス部屋を片手が入る程度に開けて、<マップ>で位置を確認し魔法で瞬殺するだけのお手軽な作業だ。これで最高で金貨230枚なのだから笑いが止まらない。全て都合よく魔石、通常、レアと三種類出してくれるわけではないが、毎日復活してくれるのは俺への熱い応援なのかもしれない。
10層のボスでこれなのだから、俄然20層のボスにも期待がかかるのだが、そこで日帰り行の限界が壁となって俺達を阻んでいるのである。
「それで、今日はウチにも用があったって訳なのね?」
「ええ、セラ先生の知識なら帰還石や転移門の存在をご存知でしょうし、後学のために教えていただけたらと思いまして」
「まあ、ええじゃろ。ほんにようわかっとる。お前さんは年寄りを転がすのが上手い子じゃの」
セラ先生の手にはキャロ、テイトなど数種類の根菜が入った籠がある。どれも数時間以内に手に入った新鮮な野菜だ。16層の肉のお裾分けしているが、姉弟子のアリアがエルフなので肉食はどうなのかと思って遠慮気味に出したのだが、アリアも普通に肉食だった。拍子抜けしたが、こちらが勝手にエルフの印象を押し付けていただけだ。彼女曰く、街中で暮らすエルフはそんな事気にしないそうだ。確かに彼女は各所に程よく肉のついた身体をしている。物語に出る枯れ木のような細い体をしたエルフは単純に食糧事情が悪いだけのようだ。なのでお裾分けした各種の肉は大変に喜ばれたというわけだ。
そして今日、差し入れ第二弾として新たに到達した17層で産出した根菜系の野菜を手土産にやってきたというわけだ。
「お師匠様から聞いていたけど、16層が現状の最下層ではなかったの? もしかして17層への道を見つけたのね!?」
攻略最下層が16層だと知っている人物は少ないはずだが、アリアはその極秘情報をまるで常識のように聞いてきた。恐らくギルドマスターとセラ先生の間で情報を共有しているのだと思うが、そこにアリアも組み込まれているようだ。だが、俺はその問いに首を振った。
「いや、今日の俺達は19層まで降りました。次はまず間違いなくボス階なので、あるかもしれない転移門について話を聞きに来たんですよ」
「はい? いきなり3層も突破したっていうの? ちょっと信じられないんですけど」
途端に胡散臭いものを見る目でこちらを見てくるアリアは、初めて会った時に比べると雰囲気がだいぶ柔らかくなった。それまではこちらを排除するような姿勢だったが、今はセラ一門の一人として認めてくれたのか、俺を見た目どおり年下と見ているのか、妙に姉貴ぶる様になった。外見上は15の俺と同じくらいなんだが、エルフの実年齢は人間とはかけ離れているので、実際年上なのは間違いない。
「アリアや、この野菜たちには確かに微量の魔力が宿っておる。ダンジョン産なのは間違いないじゃろうて。16層は肉エリアであるから、まず間違いなくその先の階層へ到達したと見るべきじゃ」
野菜を置いてきたのか、こちらに戻った先生が俺の言葉を信じてくれた。
「それにしても、よう階段を見つけたのう。かれこれ数十年は誰も発見できなかった階段ぞ?」
「確かに普通のやり方じゃアレは見つかりませんね。魔力で無理矢理探査して続く道を見つけました」
口で説明するよりもと俺は木板と黒炭片を取り出して解りやすく図解をしてやった。16層は大まかに言うなら正方形の巨大な部屋が四つあって、それがより大きな正方形を形作っている。
壁は透明で、もちろんそれまでの層の壁と同じく破壊はできるがすぐさま塞がってしまう代物だ。一つの正方形はそれだけで一つの層が丸々入ってしまうほど巨大だが、探索そのものは非常に短時間で済む。
入り組んでいないだだっ広い空間なので、目的地に最短距離で突っ走れるからだ。地形的に罠もない(あっても自然が作りだした、草むらの中に片足だけ嵌る穴くらいだ)ので端から端まで移動するだけなら走れば5寸(分)もかからないが、それは同時に敵からもよく見えるということでもあるので、タイラントオックスの襲撃を頻繁に受ける羽目にはなる。
お陰で各種肉がそれぞれ3桁を突破した。<アイテムボックス>が時間が止まる仕様にして正解だった。そうでなければ格安で放出するか、腐らせていただろう。お裾分けにするにしても一塊50キロルはあるので、切り分ける手間が面倒なのだ。<アイテムボックス>の機能に解体があり、例えば捕まえた得物を放り込んで解体すれば骨や肉、皮などに綺麗に解体してくれるの便利機能なのだが、流石に肉を更に解体はしてくれなかった。
楽しんで頂ければ幸いです。
昨日書くべきでしたが、とうとう作中で借金が千五百万枚を切りました!
(何年振りなのかは気にしないでください(汗))
これからガンガン減っていきたいなと思いますので頑張って進めていきます。(願望)




