肉の宴 5
お待たせしております。
「これはシリルお嬢さん、お呼びですかな」
「はい、これからギルドのメンバーがいっぱいやってくるみたいなので、私たちの分を先に確保しておきたいなって思って、なにしろ持ってきてくれたユウさんがあまり口に出来ないのはどうかなって」
「頂いた肉は全部で40ポンドはありましたからな。確かギルドの皆さんが総勢50名ほどですから十分に行き渡りますよ」
「良かったぁ。こんな良いお肉が食べられる機会なんてそうはないですかね。いっぱい食べておかなくちゃ」
「そんなに食べて大丈夫なんですか」
「もちろん、今日食べずにいつ食べるんですか!?」
「いや、肉は他の種類もいっぱいあるんですよ。さっき出したのがあのロインってだけで」
「はあ!?」
仲良くみんなの声が唱和した。練習しているみたいに揃ったな。
「例えばこれ。ショートプレートみたいですけど。ダンジョンドロップだからみんな形が同じなんですよね。沢山食べられると思えばいいことですが」
「ちょ、ちょっと見せてください!! これは確かに、ショートプレートだ! あの希少部位がこんなに沢山あるなんて!」
「他にもリブとかありますよ。あの牛は6種類の肉を落とすようなんですが、一匹倒したらその後集団がやってきたんで、纏めて始末したら全部揃っちゃいましたよ」
それに16層の敵は牛だけではなかった。あそこは肉フロアとでも呼ぶべき場所で牛の他にでぶの飛べない鳥とやたら攻撃的な豚が現れた。数はもちろんウィスカ水準なので後から後からやってくる。やはりこのダンジョンは足を止めて戦う場所じゃないなと痛感する層だった。何しろ見晴らしが良いのでこちらからも、敵からもよく見えるのだ。一匹倒したら引っ切り無しにやってきた。
「肉の種類はこれで全部です。数はまだありますが、ここで出しても消化しきれないでしょう」
「…………」
「お前の事で驚くのは時間の無駄だからな。もう気にしない事にした。お前たちもそうしろ。どうせこれからこんな事ばっかりになるぞ」
「なんか人聞きの悪いこと言ってませんか?」
「事実だろう? 王都でお前がどれだけ暴れたか自覚ないのか? 知らなければ良かったと本気で後悔したぞ」
褒めてないよな、と問い詰めたかったが、それはファイズさんの大声で掻き消された。
「ジェイクさん、言い値で支払いますから、なんとか融通してくれませんか! これが叶うならウチは冒険者ギルドにどんな便宜も図りますよ!」
冒険者がダンジョンドロップを店に直接商品を卸す行為は厳禁である。店の側も冒険者から決して買ってはならないと釘を刺している。発覚したらどうなるという罰則は聞いていないが、ギルドの利益を大きく侵害しているのだ。みせしめる為にも除名程度で済めばまだ軽い処置だろう、実際はどうなる事やら。
店の方にもギルドが総力を挙げて叩くと明言しているからファイズさんはギルドマスターに直談判しているんだろう。
「ギルドとしては願ったり叶ったりだが、供給元次第だぜ?」
「手元にあるときだけという契約ならなんとか。流石にこの量を買い取っても腐る前に使いきれないでしょうしね」
「全然構いません。系列店にも渡せば良いですから。念願叶ってようやく環境層が出てきたんです、ここで勝負に出ないでいつ出るんですか! ああ、細かいお話は明日にでもギルドに伺いますから、今はこの肉を焼きましょう!」
従業員を呼んで円卓上の肉を片付けたファイズさんは希少部位の塊を掴んで厨房へ駆け込んだ。早速焼いてくれるらしい。料理人として味見していない物を出せないだろうから、最初に肉を味わうのは彼になるのだろう。それにしても系列店持ちとは手広くやっているんだな。
「ファイズは王宮の厨房で修行したプロ中のプロだぞ。生まれがウィスカでこっちに戻ってきたらしいが、そのまま王都でも人気店になっていなければおかしい腕前だ」
へえ、そんな凄い人なのか。
だが、俺達はもともとフレッドがランカにしきりかける話をさえぎるために話を逸らしたことを忘れてしまっていた。
ある意味空気の読めない男であるフレッドは俺達の妨害にもめげずにランカに話しかけていた。彼女もある程度我慢していたようだが、俺達が肉の話に気を取られていた間に状況は最悪の一途を辿っていたようだ。
「いい加減に……」
「え、なになに? どうかした?」
俯いていたランカさんに構わず話しかけていたフレッドは、彼女の様子に気付かない。顔を上げたランカの瞳には決意が見れとれた。
まずい、これはまずいぞ。なんとかしなければと思った矢先、いきなり視界が灰色に切り替わり、時間が酷くゆっくり流れ始めた。
これはまさか、<瞬間スロウ>か? 前は”ヴァレンシュタイン”の冒険者の窮地を救うときに勝手に発動したが、戦闘中以外でも発動するのか。任意じゃないからいつどのような時期で発現するのかさっぱり分からんが、今はありがたい。何か手はないか?
昨日、ドロップアイテムを買い取り所の倉庫に移しているときにフレッドとは少し話をした。奴が興味を引きそうなものは何かないかな。
これはどうだ。
「そういえばフレッドさんは、帝国の研究所で働いていたそうですね。じゃあこれは何かご存知ですか?」
時間がゆっくり流れる中、移動した俺はフレッドをかなり強引にこちらに振り向かせ、とあるものを眼前に置いた。はじめは俺を鬱陶しそうに見たが、目の前の物体の正体に気付くと釘付けになった。
「こ、これはまさか、起動核か? 起動核なのか? いや、研究所の資料室で現物を見たから間違いない、ギルマス、これはとんでもないものが出てきましたよ!!!」
「あ、ああ。そうか……それは凄いな。ってゴーレムの起動核だとぉ!? 安全保障案件じゃないか!? ウチじゃ取り扱えないぞ!」
男二人で盛り上がっているが、なんとか奴の興味を移せたようだ。フレッドを一喝するつもりだったのだろう立ち上がったランカさんはキャシーさんに伴われて席を外している。あぶない所だったが、起動核とやらも充分ヤバイ品みたいだな。
「そんなに危険な奴なんですか? ゴーレムを作れるっていうだけなのでは?」
「これ自体はただの古代のマジックアイテムだよ。ただ。ここから北西にあるオウカ帝国とグラ王国は昔にゴーレム戦争やっててな、今は冷戦中なんだが世界中で起動核が見つかると金に糸目をつけずに買いまくるんだ。売るだけならそこでお終いだが、買えなかった方の恨みを確実に買うからな。たかが一機のゴーレムでも戦力差は大きい。それが二機に広まろうものなら戦争が起きかねないぜ。理由なんてどうでもいい、戦力差がある今が好機、これ以上広げられないため先制攻撃だってな。5年前にグラが競売で競り落として五分と五分のはずだが、これでまた広がる羽目になるな」
「面倒な事になりますな。ここは個人で持っていたほうが良いかもしれませんね」
「金貨50枚でお譲りしますよ」
もの欲しさを隠そうともしないフレッドに釘を刺す。彼はがっくりと肩を落とした。
「止めとけよ。ブラン伯の二の舞になるぞ。辺境伯でさえああなったんだ。個人で持つべきじゃない、ギルド総本部で競売にかけるのが最適だろう。皆もここで見た事は口外無用だ。俺は仲間が”失踪”するのを見たくないからな」
ブラン伯というのはとある国の辺境伯で、個人でゴーレムを所有しようとしたらしい。だが結果としてかれは不審死を遂げる羽目になる。その後、帝国のゴーレム大隊に見慣れないアイアンゴーレムが一機追加されたと言う噂が流れ、世間は帝国が手を下したとみなしている。
総本部扱いになるという話で落ち着いたが、これを魔約定に吸い込んで、相手先を困らせるものも一興だな。有名な金持ちを注意深く観察して誰かが不審死でもすればそいつが俺の借金先だ。<交渉>でも<洗脳>でも何でも使ってこの借金を破棄させてやりたい。
楽しんで頂ければ幸いです。
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