肉の宴 3
お待たせしております。
「やはり、安いんですかね? ギルドでは買い取り額はいくらで設定しているんですか?」
「タイラントオックスの肉は一塊で金貨1枚です。これは食物系の最高額に指定されています。食物系は、昔から金額が高騰しないように全てが安く設定されています。私たちのような庶民にも手軽に買えるようにという処置なのですが……」
眼鏡の黒髪美人、ランカさんが事情を説明してくれた。俺も<鑑定>で価値を知って驚いたが、ギルドの買い取り額も<鑑定>の価値算出も同額を示していたようだ。
大飢饉や洪水などの自然災害の影響を受けない環境層のドロップアイテムは昔から人類の生存に大きく貢献した。なにしろ農作物というのは地上では収穫に時間がかかり、数も限られ天候にも左右される。
だがダンジョン内のドロップアイテムは運にこそ左右されるが、毎日入手が可能なのだ。
”神の嘆き”と言われた大寒波時代に人々が死滅しなかったのはこの環境型ダンジョンの功績だとされているとランカさんが楽しげに解説してくれた。元本職だけあって、解りやすく説明をしてくれた。
当時の世界各国は、環境型ダンジョンを世界の共有財産にしたがったが、保有国と非保有国で争いが起こるのは当然だった。戦争を幾度か挟んだ長い話し合いの果てに、妥協案として全ての食物に価格上限を定める事にして独占や専売を防いだ。ダンジョンがまるで狙ったかのように主食足りうる穀物系の産出がなかったことも幸いしてこの紳士協定は長く続いた。
考えてみれば蜂蜜の買い取り価格の低さもその一環なのだろう。買い取り銀貨一枚で販売が金貨数枚というのはいくらなんでも酷すぎる。だから誰も買い取りに出さず己で食べてしまうのだろう。そして品薄なので売値は高騰するという悪循環だな。
当然、環境層の存在は冒険者側としても弊害はある。このウィスカは特に顕著だ。14、5層はいまいちなものの、そこまでの階層で手に入るアイテムは16層を遥かに上回る。13層で手に入るスケルトン・オールトガーダーの通常ドロップは銀の槍なんだが、2メトルはあるパイクの全てが銀製である。しかもこれまた法儀式とやらが組み込まれている特製で価値はなんと金貨7枚にもなった。
ギルドの鑑定額ではなく、<鑑定>での結果なのでこれから先ずっとこの定額で買い取ってくれるのは非常に大きい。
通常ドロップだけあって<アイテムボックス>の中にはそれが山程あるし、レアドロップの黄金の胸当ても二桁以上ある。さらには13層のモンスターは共通で第5位の魔石をごろごろ落とすのだ。魔石だけでなんと金貨10枚の価値になる。多くの冒険者がドロップアイテムより魔石で収入を得ている現実を考えると、14層の蜂蜜などは全く金にならない層だろう。動きの素早い飛行系モンスターを確実に仕留めるために魔法を使ったりしたら魔力の大損だ。
それらを手にしてきた冒険者が金貨一枚の価値しかない牛の肉をわざわざ持ち帰るだろうか。俺なら道中で食べ尽くして、開いた空間に他のドロップアイテムを持ち帰るな。
多くの冒険者たちが13層までで留まって戦闘を繰り返していたのもその理由だろう。出現する敵の種類といい、あそこでとどまっていればかなり安定した戦いを行うことができ、さらに大きく稼げるからだ。レイスダストはともかく蜂蜜取るために魔法使いの魔力を使うなら、13層のドロップ狙った方が理にかなっているからな。
それを裏付けるように受付嬢の皆も、環境層の”承認確実”に喜んでいただけで、16層自体の情報は前から持っていたようだ。大方、下層に環境層があるダンジョンがあることによる不利益を知っていたのだろう。皿を下げに来た店主も話を聞いていたのか、会話に加わってきた。
「我々としては安価で高級食材が手に入るということでもあるのですが、あまり喜んではいられません。上質なダンジョン産が巷にあふれては価格で太刀打ちできない農家や、只でさえ数の少ない畜産家が廃業してしまいます。それとダンジョン産の食品の欠点を挙げるとすれば品質が全て均一である事ですね。料理人としては、これはと思える食材を巷で発掘するのも楽しみですから。この肉のような高級品はなんとかその協定から外してほしいものです」
たしかに、持ち込んだ塊と今食べた肉の大きさで考えると30食は提供できそうだ。金貨一枚、いや販売で考えて金貨2枚だとしても一食銀貨2枚で充分利益が出る。魔物のせいで牧畜が限定され、精肉業もほとんど発展していないこの世界では、ちゃんとした肉を食べる機会が少ない。あまり食べ物に頓着しない俺でさえ若干引くような魔物の肉や狼などの肉でさえ露天で平気で売っているのだ。
それを考えると牛の肉などもっと高値でも売れるかもしれない。
これでは一方的に商人側が得だな。冒険者としては面白くないだろう。
「もう少しお出ししますか。まだまだ肉は残っておりますので」
「もし残ったらそちらに差し上げますよ。どのみち自分ひとりでは消化しきれないので」
「そんな! タイラントオックスのお肉ですよ! Bランク相当の魔物のアイテムをそんな適当に決めていいのですか」
「構いません。気にされるのでしたら、いつか何らかの便宜を図って頂くということで」
「わかりました。ギルドの皆さんはこれから先、特別価格で勉強させていただきます」
皆が歓声を上げているが、何故こっちを見る。定期的に肉を卸せと言われてもそこまで暇じゃないが。
確かに、16層まで降りて肉を確保するような酔狂な奴は少ないだろう。俺も<アイテムボックス>がほぼ無限だから持ち帰ったようなものだし。
それに出現したタイラントオックスは中々強かった。魔法で一発だったのは確かだが、さすがBランクモンスターというべきか、その後で他の個体を<鑑定>したら今までの敵の倍近い耐久を誇っていた。
今日会った”白銀の戦槍”なら、苦戦はしなくとも歯ごたえのある敵だと思う。少なくない魔法を使わされ、得られたのが金貨一枚じゃあまりにも割に合わないだろう。それに魔石も出なかったしな。
他にも冒険者が16層を敬遠するであろう理由はあるのだが……。
「そういえば、16層の先へ行く階段って見つけたんですか? 私は”赤い牙”の担当なんですけど、なんど探索しても見つからないから最近では16層まで降りることも減ってしまったようで、ギルド側としては困っているんです」
こっちに全員の視線が集まるが……あえて言葉にするならば、『お前はもうギルドの身内なんだから秘密はナシな』という感じか。
「事実だけを言うなら、階段はありました。詳細は応相談って所ですかね」
「やっぱり階段はあるんですね!! よかったぁ、冒険者の皆さんに16層が最下層なんじゃないかと聞かれて答えに困っていたんですよ! 昔はそれ以降の階に下りたという話が残っているんでそんなはずはないと思っていたんです!」
先ほどにも勝る歓声が上がった。シリルさんが無邪気に喜んでいるが、そんな簡単な問題じゃないんだよな。
「ですが、これもこの肉と同じで、俺がいくら言葉にしても証明ができないと意味のない類ですから。こっちも17層に行く予定は当分ないですし」
俺の言葉に、皆が黙り込んだ。言葉の意味が良く解っていなかったのかもしれない。
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