肉の宴 2
楽しんでいただけると幸いです。
「さあ、話を聞かせてくれるんだよな。とうとうウィスカも環境層が出たということだろう?」
環境層? 聞いた事のない単語だ。順を追って話してゆけば補足してくれるか。
「環境層がなんなのかは知りませんが、16層の内部に牛が出たのは確かですね。あと妙にデブった鳥とやたら凶暴な豚もいましたが」
「はーい、質問。聞いた話じゃ16層にはアイアンゴーレムが出るんじゃなかったんですか?」
受付嬢の一人、のんびりした話し方をする胸の大きな赤毛の美女が手を挙げた。リリィの警戒具合が何故か上昇しているが、気にしすぎだぞ。
「ゴーレムも出たよ。扉の前で門番やってた。それを倒して扉を開けたら、牛が草を食んでたんで、俺も思わず動きが止まったけどね」
「ダンジョン内で草が生えていたと。地面は普段の石畳ではなかったということですね」
冷静な口調で黒髪の眼鏡女が聞いてきた。ユウナをもっと知力に振ったような女だ。怜悧さではユウナに軍配が上がるが、図書館で司書をやっていそうな女だと勝手に思ったが、実際その通りの職歴だという。なぜ荒くれどもが集う冒険者ギルドへきたのだろう?似合わないと思うが、逆に冒険者たちからの人気は高いという。
「ああ、普通の草原でしたよ。一応迷宮であるのがわかったのは、透明な壁が板のように仕切りを作って大部屋になっていたからです。透明なおかげで一見するだけなら高所から階層一つが見渡せるほどでした」
「ビンゴだ! 喜べ諸君! 今日この時を以ってウィスカの迷宮は環境型ダンジョンの申請を行う。貧弱な迷宮といわれるのも今日これまでだ!!」
「やりました!!」「祝杯ですね!」「今日をどれほど待ったことでしょうか」
何故か非常に盛り上がっている冒険者ギルドの面々に驚いていると、ユウナが遅れてやってきた。
ユウナの説明では、迷宮が存在する数多いギルド内で不可思議な序列があるという。一番高いのが単層型、つまりボス部屋が続く層を持つダンジョンでボスドロップ目当てに冒険者が大挙して押し寄せ、それによりギルドの規模も大きくなっていくのだそうだ。周辺国家にはないが、新大陸には存在するようで、冒険者たちがこぞって新大陸に向かう原因の一端だという。
次に乱層型。階段を下りる度に階層の形がかわるダンジョンで、宝箱の数と種類が多く、これを目当てに冒険者が集う。ウィスカは階段の位置が変わるだけだが、乱層型は階層そのものが変わってしまうという。聞くだけなら相当な難易度だと思うが、層自体の大きさは比較的小さいようで探索するため難易度は低いという。ウィスカが初心者殺しの鬼畜難易度なのは敵のあまりにも数が多すぎる事だからな。だから俺はアイテムドロップ品で借金を返そうという発想になったのだが。
その次に環境型だ。今までダンジョン言えば入り組んだ迷路を想像していたが、途中から迷路ではなく階層そのものがどこかの土地をそのまま持ってきたかのような造りになるという。それが環境型で珍しいアイテムや鉱物資源が手に入るらしい。王都のダンジョンで魔岩を採取する冒険者を見た事があるが、あれも王都のリルカのダンジョンが環境型である証明だという。
確かにウィスカのダンジョンで壁を壊してもただの岩だし、魔岩にはならない。戦闘力に自信がない冒険者でも採掘で日々の糧が得られるとなれば、それだけで冒険者を惹き付ける理由になるか。
これらどれか三つの要素を持つダンジョンのギルドでは、しょうもない話だが何も持っていないギルドを露骨に見下す傾向にあるようだ。最初に質問した赤毛の受付嬢、シリルさんが『あら、貴方の勤めるギルドは無個性なのね。可愛そうに……元気出してね』と優越感たっぷりの口調で言われる事もなくなると喜んでいるのを聞いて……受付嬢たちから深い闇を感じる。
とても子供みたいな事で張り合うなよ、とは言えない空気だ。そこでは女の熾烈な戦いが繰り広げられているのだろう。男の俺は関わらないに限る。
「ウチのダンジョンはまだ未踏破の階層が多いから、いつかはダブルになると信じてました。もう高難易度でSランク冒険者が滞在していることが自慢ですって答えなくていいんですね」
三人目の受付嬢、キャシーさんが微笑んだ。正統派美人とでも言うべき人で落ち着いた印象を与える。初めてギルドにアイテムを持ち込んだときの担当がこの人だったので見覚えがあるし、昨日もギルドで会った人だ。
「私は受付業務をほとんど担当しませんのでこういった経験はないのですが、皆さんは強いプレッシャーを感じていたようです。それはギルドマスターも同じ事かと。なので報告をした途端、私の制止も聞かず走り出していきました」
「そう言ってくれるな。これでドラセナードにデカい顔をさせなくて済むんだ。喜ばずに居られるかよ。っと、来た来た。皆、お待ちかねだぞ」
視線の先には油の弾ける音をさせた皿が次々と運ばれてくる。ユウナが手配した酒はまだ時間がかかるそうで、これは店の酒だ。飲めれば何でもいいけれど。
「ジェイクさん。これはとてつもなく素晴らしい肉ですよ! この弾力はもちろん、血の入り方、サシの具合も最高です! ですがこれ以上は言葉に意味はないでしょう。さあ召し上がってください」
各々の前に置かれた皿を前にしてジェイクがこちらを見る。何か言ったほうがいいかもしれないが、今店主も口にした通り、今となっては言葉は無力だ。俺は黙ってカトラリーを手にする。それを見たジェイクも頷いた。
「それでは、心していただくとしよう」
切り分けた肉を口に入れた。突如、美味さの奔流が口の中に押し寄せた。舌に感じる油のうまみ、肉汁の甘味、僅かに感じる焦げさえ美味さを際立たせる材料になっている。
こりゃ凄いわ、王都の食事が今まで最高だと思っていたが、この肉はその上を行くな。もちろん美味く焼く技術も必要だと思うけど。
俺は一口、口にした後は小さくカットして相棒にくれてやっている。さきほどから早く早くとせっつかれているのだ。周りでは他の皆も無言でひたすらナイフとフォークを動かしている。
「すごーい!こんなの初めて食べました!!」
シリルさんが驚きの表情で叫んだが、それに答えるものはいなかった。皆、無言かつ鬼気迫る形相で肉に躍りかかっている。
皆が正気を取り戻したのは、300グラルはあろうかという肉を残らず平らげた後だった。
「美味い、美味すぎだ! ユウには礼を言わねばならんな。タイラントオックスの肉を口にしたのは現役の時以来だ。あの時はこれっきりの贅沢だと思っていたが、まさかギルドマスターになってから口にする機会があるなんて思わなかったぞ」
「さっきから不思議に思っていたんですが、やはりこのモンスターの肉が持ち込まれたのは、今回が初めてなんですね?」
「そうなんです! 16層に環境層がある事は報告を受けていましたが、証拠となるドロップアイテムをどなたも持ち込んではくれなかったのです。今の所、そこまで到達したパーティは5組いますが、せいぜいがアイアンゴーレムの核だけで食物はどなたも持ち帰りませんでした。ユウさんがこうやって私たちに振舞ってくれるのも、その理由の一つだとは解ってはいるんですけどね」
シリルさんが俺の疑問に答えてくれた。他のパーティの情報を話してしまうのはどうかと思ったが、ジェイクさんの顔を見ればそこまで問題視していないようだ。
楽しんで頂ければ幸いです。
環境層は、多くのダンジョンで低層にあり、一般市民でも収穫にいけるような敵の弱さです。
艱難辛苦の後に環境層が出現するダンジョンがおかしいのです。その分良いものが出ますが、
金額的には全く美味しくないです。
いつも有難うございます。
皆様からのアクションが私の原動力です。これからもよろしくお願いします。




