肉の宴 1
お待たせしております。
肉が焼ける食欲を誘う香りが漂う中、俺達は無言で肉を食べる。いやまさに「喰う」という表現が最適だろう。
今は言葉は要らない。ただひたすらにこの上質な肉の味を楽しむのみだ。リリィは見た目妖精だが、中身は良く分からんナニカなので食事は雑食だ。甘味だけ食べれれば本人は幸せのようだが、ちゃんとした肉も好物らしい。そもそも食べる必要さえないはずだが、細かく切ってやった肉が瞬く間に消えてゆく。
俺が肉を口にする速度よりも早いのはどういうわけなのだろう。食べる量がその体にあった適量なのですぐに終わったのが救いだった。これが蜂蜜となると、明らかに自分の体を超えた量を食べ、いや吸い込んでいるからな。
美味い肉の脂はさほどしつこくはないが、それでも食べ続ければくどさを感じることもある。そんなときは持ち込まれた赤ワインやピルスナービールを楽しんだ。
俺は酒にさほど強くない事がわかったので、量は程々だ。<各種状態異常無効>があるので酩酊などしないが、酒精を全く感じないわけではないのだ。
俺の座る卓には他にも晴れて俺担当になったユウナやその兄であるギルドマスターであるジェイクが、そして近くの席には今日の仕事を上がったギルド職員が数名、極上の肉に舌鼓を打っている最中だ。
「いやあ、喰った喰った。こうしてまたタイラントオックスの肉を口にする機会があるとはな」
「ええ、新大陸以外でタイラントオックスが確認されたのは初ではないかと思います。これは大変なことかと」
「そんなに珍しいのですか? 西の方にある国のダンジョンも所謂食料ダンジョンだと聞いた事がありますが」
「ああ、西ゴートのラングートダンジョンだな。あそこも有名だが、肉を落とす敵は鳥くらいしかいないという話だ。牛系が出るのは貴重なんだよ、しかも最上級のタイラントオックスだぞ」
分厚く切られたステーキを平らげたジェイクは満足気に赤ワインの杯を干した。すぐさま店の店主に新しいワインを開けさせているが、彼が持ち込んだ物だ。こちらがとやかく言うことではない。
何故俺達が肉を貪り食っているのかを説明するには、少し時間を巻き戻す必要がある。
今日の探索を終え、午後6時頃に無事帰還を果たした俺は宿に戻ったのだが、そこには俺の専属となったユウナが俺の帰りを待っていた。
凄腕のスカウトである彼女の腕を以ってすれば別に隠しているわけでもない俺の住処はすぐに突き止められるのだろう。
毎日顔を出すらしい彼女に、最高に美味い肉をたらふく食わせてやるから相応しい店を紹介して欲しいと頼んだ。後ついでに酒と野菜もそっちで用意して欲しい旨を伝える。
一瞬いぶかしげな顔をした彼女だったが、俺が一日ダンジョンに篭もっていた事は分かっている。それがどういう意味なのか、すぐに事態を飲み込むと報告を済ませてからでも構わないかと聞かれたが、勿論承諾した。
今日の収穫であるそれをハンク爺さんにもお裾分けだ。
それを一塊渡すととても喜んでくれたが、やはり”双翼の絆”亭では美味く調理しきれないようだ。塊は只でさえ非常に大きいし、宿の厨房に立ったこともあるのでそこは知っていた。
夜はこれを使って外で食べてくると伝えると、料理人としての誇りに障ったのか、近々何とかするとの答えがあった。
ええ? お世辞にも儲かっていそうにないこの宿で、新たに設備を導入する気なのかと不安になってしまった。
向かうべき店は既に教えられていた。有名店で俺でも知っていたし、まともに肉を焼く店はこの町ではここしかないようだが……この街一番の高級店のはずだ。この立派な店構えだ、間違っていないよな。
王都じゃ最上級ホテルに滞在していたが、それはあくまでソフィアのお供としてだ。高そうな店構えに逡巡していると、ギルドマスターであるジェイクが息を切らせて走ってきた。
「で、出たのか?」
言葉が端的過ぎるが、意味は解る。
「ええ、なので皆で食おうと思って。この店で良いんですか?」
「本当に良いのか? 後で嫌だとは聞かんぞ。場所はここで合っている、ちょくちょく来るから顔なじみだ。ここじゃまずいから中で物を見せてくれ」
「そうですよ、早く行きましょう!!!」
ギルマスの背後に数人の女性が着いて来ていた。皆が綺麗どころでどこかで見た顔だと思ったが、よく見ればギルドの受付嬢たちだった。普段はギルドの制服を着ているから印象が変わってすぐには気付かなかった。
「そういえば人数の制限はつけなかったな」
「丁度こいつらと話をしている最中に、ユウナが駆け込んできてな。いいだろう? こいつらに色々貸しができると便利だぞ。受付嬢を敵に回して長生きできる冒険者はいないからな」
「もちろんいいですよ。何人でも連れて来て下さい。俺もこの街に着たばかりで顔見知りはほとんど居ないので、知人ができるのは助かります」
受付嬢の皆が歓声を上げた。手の空いた職員も順次こちらに来るようだが、それは構わない。ギルマスは肉の在庫を心配していたが、中で取り出したオックスの肩肉の量を見て安堵した。ギルドの全員で来ても腹いっぱいにできる在庫があるから問題ない。当のユウナは今酒の手配に動いているようだ。
俺としても受付嬢をここで追い返すような真似はしたくない。彼女たちは文字通りギルドの顔だ、支配者はマスターかもしれないが、冒険者に対する影響力は天と地ほどの差がある。それに彼女たちの情報力はスカウトギルド顔負けだ。特に冒険者に対する悪評は当日の内にその国のギルド全てに伝わっているという噂だ。なにがあろうと味方につけるべき相手で、敵に回す馬鹿はいないだろう。
「そもそもお前はギルド専属冒険者になったんだ。既にギルドの人間だぞ」
「ええ、そういう契約なんですかあれ?」
「ちょっと、ギルドマスター本気ですか? 彼まだFランクでしょう? 内規では最低Cランクからじゃなかったでしたっけ?」
昨日も見た金髪美人の受付嬢が驚く。俺も初耳で驚いたが、実際書面で残せるような正当な契約ではないからな。というか、ギルドに利益を渡すから特別扱いしろなどという契約が総本部に知られたら大問題になる。俺達だけの極秘契約だからお互いに融通を利かせる必要はあるだろう。これもその一環だしな。
「内規なんて忘れろ。こいつに常識は通用しないんだよ、その証拠に俺達はFランクのこいつが持ち込んだ16層のモンスターの肉を食いに来ているんだぞ」
「そうでした。私の常識が崩れ去っていってます」
「慣れろ。俺はそうした。書面にする気はないから、皆も後でここにいない連中に伝えてやってくれ。異議のある奴は帰って良いぞ。肉は食わせないからな」
それで皆黙ってしまった。肉の魔力には誰もかなわないようだ。
雰囲気の良い高級レストランと呼んでいい店の中に入ると店主らしき太った男がこちらに歩み寄ってくる。店主と馴染みらしいジェイクに対応を任せた。初対面の人間に持ち込んだ肉を焼かせてくれといわれても普通は了承しないだろう。
「おおい、ユウ。肉を出してくれ、その方が話が早いだろう」
話をつけたらしいジェイクに促されてずっしりと重く大きい肉を取り出す。肉の形からしてロインだろう。一抱えもある大きな塊なのでテンダーも中に入っているかもしれないな。
「これは凄い! ジェイクさん、この大きさは……ま、まさか!」
「そういうことになる。随分と待たせたがようやく我々の目の前に登場したぞ。マスター、ルール違反だとは思うがここで焼いてはくれないか? これだけの肉だと設備が整った場所じゃないとマズいのはあんたなら分かるだろう」
「もちろんかまわんですとも! むしろこちらで焼かせて欲しいくらいですよ。これだけの肉にお目にかかる機会は殆どないですからね。こっちも気合が入るってもんです!」
肉を渡すと店主は従業員を大勢呼んで忙しく動き始めた。いやあの、肉は他にもまだあるんだがな。
勢いに負けて言いそびれた俺は仕方なく手招きをするジェイクについてゆく。彼の指定席があるようでそちらに案内された。8人掛けの円卓に座った俺を皆が興味津々で見てくる。リリィは既に俺の懐に退避済みで全く出てくる気配がない。
楽しんで頂ければ幸いです。
呼んでいただいているとお分かりかと思いますが、
肉食ってるだけじゃないか! 16層はどうなってんだ!
と思われる方も多いと思います。なので今日中にもう一本上げます。
予約投稿は一本しかできないようなのでこの段階ではまだ無理ですが、
少々お待ちください。
誤字脱字のご指摘、評価、ブックマーク、まことに有難うございます。
私の猛烈なエネルギー源でございます。これからも頑張ります!




