予兆
お待たせしております。
「今回の騒動により生じた存在は焼失した家屋が全部で58棟。怪我人は重傷81名と軽傷254名、主に火傷によるものだが全員に治癒を施してあり、すでに回復済。他にもあの夜の混乱に乗じて強盗や暴行事件もあったそうですが、全て未然に潰せたそうです」
「あれほどの大火であったことを考えれば信じられぬほどの軽微な損害だな」
国王の感に堪えぬという声を聴きながら、実際に家を失った当事者たちの心境はたまったもんじゃねえんだけどな、と内心で溜息をついたが口に出すことはしない。
この国の主である彼と下町に生きる民とでは見ている世界、生きている世界が違うのでどれだけ言葉を費やしても認識の齟齬を埋めることはできないだろう。無駄な労力を払う気はなかった。
余談だが、あの夜に焼け出されて家を失った者たちは250人を超えた。庶民は子沢山の大家族が多いので家屋数に対して人数は多い。そんな彼らは今、組織の長屋に身を寄せている。焼け落ちた学校を最優先(あれから幾ばくかの時が過ぎ、既に再建は為っている)ので後回しになったが、随時全ての家屋を新たに建て直している。こちらの不始末で彼等に迷惑を掛けたので矜持にかけて全てを元通りにする義務が俺たちにはあるのだ。
ただ困ったことがあるとすれば、前よりも長屋に居る時の方がいい暮らしができているとかで身を寄せている彼等が長屋から離れたがらないことだろうか。ちゃんと新築の家を用意している最中なんだけどな。
「そちらの被害は数件の火事場泥棒でしたっけ?」
「ああ、報告では2件の窃盗が起きたと聞いている。お前たちばかりに活躍をされては立つ瀬が無いのでな。配下の尻を叩いた甲斐があったわ」
「クロガネばかりでなく、こちらも無策でないと示せた。自らは動かぬくせに口だけはよく囀る北の者共に付け入る隙を与えずに済んだからな」
「活躍ねえ。むしろこちらは裏切り者を蔓延らせた不手際を責められて当然なんですが」
「王都の声は瞬く間に万を超える頭数を集め、誰一人として死人を出さなかったお前たちの手腕を称えるものばかりだぞ? 確かに裏切りがあったのだろうが、その後の行動が評価を変えるものだ。まったく、王城詰めの者共の動きの遅さは眼を覆いたくなるばかりよ。リットナー伯が私の下に来るだけでも半刻(時間)近くかけおって、クロガネの男どもの迅速さを見習わせたいものよ」
「深夜に国王の下へなんの障害もなく素通り出来る方がまずいとは思いますがね」
当事者である俺達は裏切り者を出した挙句、王都を派手に焼かれて恥じ入るばかりであるというのに、何故か評価が上がっているらしい。もちろんそれを知って浮かれるような馬鹿は根性を叩き直さなければならないが。
「故に王都内で無許可での照明弾使用も問題にする声はない。お前は気にしているようだが、責めを負わせるつもりはないから安心せよ。もとより非常時であったが、あのランデック商会を擁し教会ともかかわりを深めたお前に面と向かって批判する者など何処にもおらんがな」
「ご恩情に感謝します」
俺は今、限られた者だけに明かした秘密の酒場で国王たちと一席設けていた。
定期的な飲み会だが、今回はあの事件の後ということもあり、報告会じみた様相を呈している。
誰もが酒を喉に流し込みながらも剣呑な空気を隠そうともしていなかった。
「それで、賊共の背後は洗ったのであろうな? 教団の存在を知られたとあらば後の始末が厄介なことになる」
国王の隣の安楽椅子に腰掛けたアドルフ公爵が厳しい目でこちらを見据えたが、その眼光には酒精の影響は微塵も見られない。
「そこは問題ないようです。始末する前に裏切り者共を一通り尋問しましたが、他の組織から提供を受けたと口を揃えました。教団のことを匂わせることは何も」
「確かだな? ……お前を信じよう」
強い視線で俺を見た公爵たが、すぐに納得した。俺がシロマサの親分さんの留守中に不義理をやらかす屑共に生温い拷問をするはずがなく、これは奴等の脳味噌を直接覗いた結果である。俺に力ずくで頭の中を覗かれた対象は二度と元には戻らないが、どうせ残り数日の余生なので気にすることもない。
「我らは動けず、お前の言葉を信じる他ないのだ。叔父上の言葉に気を悪くするな」
叔父である公爵の言葉が失言に近いものだったと察した国王は俺を諭すように言葉を続けた。
「今回の大火はあくまで南地区で起きた庶民の騒動だ。国が表立って動くわけにはいかんのでな」
「分かってますよ」
実際はウロボロスの残党とクロガネの裏切り者、そして王都内への侵入を目論んていた暗黒教団の他国支部が蠢いていたわけだが、特に最後の奴等を公にするわけにはいかない。
というわけで教団連中に王都内にあるダンジョンから出入りされるという想定外の侵入を受けたにも関わらず、専ら後処理はクロガネ任せにするしかなく、二人は俺からの報告を聞く他なかったのだ。
歯嚙みの一つもしたくなるというものだろう。
「奴等が連携して協力する意思なんてあるはずないですからね。互いを利用してその後は使い捨てる算段が関の山です。そんな連中が己の正体を明かすとは思えませんし、その必要もないでしょう」
だから教団の存在が不特定多数に知られる恐れはないと見ている。
そんなに秘密にしなくてもと思うが、もし露見したらその国はおろか、周辺各国にまで通話石を始めとした遺失技術の提供を停止する約束事らしい。
このランヌ王国は既に教団とは敵対関係だが、ライカールを始めとした近隣国はその限りではない。この国の失態で他国に迷惑をかけるわけには行かないのだと思われた。
「しかし、つくづく元気な奴等ですね。新大陸でも暗躍してたし、少し前にはエスパニアの姫を狙って一騒動あったばかりだというのにまたこれですか」
「致し方あるまい。今や我が国は教団にとって重要な地位を占めておる。あのグレンデルの後継に名乗りを上げる為にこの地で功績を上げねばならぬそうだ」
「痴れ者どもめ。性懲りもなく湧いて出るか」
憎悪に染まった公爵の声には濃密な殺意が籠められている。
「……つまり、我等が足元はこの上なく定まった。そう考えてよいな?」
国王の小さな、そして重苦しい一言は、この部屋にいやに響いた。
「……」
「ですね。そう判断できるかと」
甥の問いに答えない公爵の代わりに俺が口を開いた。その意味を十分に理解した上で言葉を続けだ。
「いずれあの貧民窟にはまた塵芥が湧いて出るでしょうが、教会の救済やクロガネの見廻りも始まります。ろくでもない奴らがのさばり始めるまで数年の時間があると思いますよ」
「……そうだ、その通りだ。我等には足元に気を取られず動ける刻を得たことになるが……」
「叔父御、何を臆することがある。この時を我等はどれほど待ち望んだことか! 倅に託す他ないと諦めていたが、ユウキの登場により10年以上も前倒しとなったのだ」
ようやくのことで言葉を発した公爵だが、その中には躊躇いの色が多分に含まれていた。
それを目ざとく見て取った国王は言葉を重ねたが、俺を引き合いに出さないでほしいんだが。この状況を上手く利用したのは彼らの方で俺個人は何一つ関係ないんだがな。
「臆してはおらぬ。すべては兄上と儂の不手際、それを清算する絶好の機会だ。逃すわけにはいかぬ。だが……しかしだな」
「叔父上ともあろう男が今更何を憂うのだ。この幾歳月、溜まりに溜まった積年の恨みを晴らすのは今を於いてないではないか」
この国は王を公爵が後見することで強力な政治基盤を築いていた。いく並ぶ者のないほと隆盛著しいランヌ王国とはいえ、2人の間に亀裂が入れば政治的安定は崩れる。
それに国王にとって公爵は年の離れた兄のような存在だ。公爵から国王も親分さんの知己を得たし、こうして俺とも顔を合わせている。
それほどに慕っている存在なのだと考えれば、これからデカいことをやらかそうとしている国王からすれば公爵の力は絶対に欲しいところだろう。
「あ奴らを血祭りに上げることに躊躇いはない。だが、一つだけ懸念がある」
公爵はそう言葉にしながら、俺を見た。
どうやら以前に自分が語った言葉を彼は気に病んでいるらしい。
「我等が引き起こす騒乱が、いずれ勃発する大乱の嚆矢となるやもしれぬ。後世の歴史家たちに我が国の諍いがもとで禍を呼びこんだと書かれかねぬ。それは業腹ぞ」
「それは。しかしだな叔父上、この好機を……」
「敢えて我等が先陣を切る必要を感じぬのだ。いずれ大陸中央で火の手が上がるのであれば、それを待ってから手を出せばよいのではないか? 好き好んで汚名を被る必要はあるまい」
「だが、またとない機会であることも事実だ。敢えて手を汚す覚悟を示すことも……」
「そこまで心配することもないと思いますがね。でもどうなるにせよ、次の事件でこの国の道筋が定まるんじゃないんですか?」
実際に国の舵取りを担い、その重責を背負う2人に俺は全てを投げ出すような口調でぶっちゃけた。
この言葉の中にはよりにもよって俺が住む都市で騒動を起こしやがってという憤懣もあるが、彼等が企てたものではないのでこれ以上は控えておいた。
この二人はその企みを知っていて放置し、これまでの力関係をひっくり返す大攻勢への切っ掛けにするつもりなのだ。
そこで巻き込まれる者たちに何の配慮もないが、悪いのは彼らではないから責めても仕方ない。
「間諜から報告は聞いているが、現地にいるお前の方が詳細は詳しかろう。すべては順調であるのか?」
「ええ、滞りなく準備は進められているようですよ。なにしろ最近いいところの無かった北部貴族達にとっては権勢を示す絶好の機会だ。何としても成功させて二人にやられっぱなしではないと証明しないといけませんからね。向こうさんは総力を挙げているようです、だから準備は万端ですね、全ての面で」
俺の言葉を誤解しなかった二人の顔には悪い笑みがある。最近調子付いている国王派をやり込める為に北部貴族達が極端に有利な規則を作ってまで勝ちに行くための魔法大会なのに、その目論見が想定外の方向から崩れ去るのだ。
憎い敵の無様を嗤う国王の口元は醜く歪んでいたが、それを見た俺は彼の積もりに積もった怨みの強さに辟易した。
「その様子ではお前も介入する気だな。拒否はせんが、絵図は乱してくれるなよ?」
他人の恨み辛みには深入りしないに限るんだが、今回ばかりはそうも言っていられない。
自分達が生活するアルザスの地で騒動が起きるってのに無視は出来ない。結局は俺が動く事になる気がするし、だとしたら最初から関わっていたほうが致命的な状況になる前に介入出来る分マシだ。
本当ならキナ臭さを感じた時点で潰しに行くのが俺の主義なんだが、敵の自滅を発端に攻勢を仕掛ける気満々の国王の邪魔をしようもんなら俺が余計な恨みを買いかねない。
人間誰しもこれだけは譲れない一線ってのがあり、国王にとってはこれがそれにあたる。
大体の事情をセリカやユウナから聞き及んでいる俺はやるんならお好きにどうぞ、という感想を抱くに至った。
それにクロイス卿もがっつり関わってるし、何よりダチであるバーニィも当事者……いや、あいつは命令が下れば北部貴族どもを皆殺しにすべく嬉々として先陣を切る位に殺る気満々なのだ。
無関係でいられないのなら、最初から積極的に関わって最終決定権に関与できる立ち位置を確保すべきだろう。災害が来ると分かっていた上で巻き込まれたのに、何も得られないのってのはただの愚か者だ。
「そちらの邪魔をする気はないですが、降りかかる火の粉は払いますよ」
「それでよい。こちらも予兆は掴んでおるが、何が起こるかの詳細は判明しておらん。お前が関わってくれるのならば不必要な人的被害は抑えられるであろう。他国の姫君たちにも危害は及ぶまい」
「彼女たちには大会中、異世界に避難してもらう予定です。以前妹が連れてゆく約束もしていたので、渡りに船でした」
俺が日本のことを話題に出すと、二人も興味深げに相好を崩した。彼等もいずれ出向いてみたいと口を揃えるのだが、立場が立場だけにそう易々と異世界渡航とはいかない。
「ほう、それはいい。各国の使者には最も安全な場所にお連れしたと説明しよう」
あちらでも色々あったので聞いたほど安全な場所ではないのだが……
少なくともろくでもないことになることが決まっている武闘大会に参加するよりかは異世界旅行を楽しんだ方がマシなのは間違いない。
こうして波乱含みの様相を呈しながら、ヴィリー魔法学院が初めて主催する選抜魔法師大会の幕は上がるのだった。
楽しんでいただければ幸いです。
カクヨムの方で書いていたので、なろうでは一年ぶりの投稿となります。
今回は短いですが、肩慣らしのようなものと思っていただければ。
異世界関係はこちらを主に書いていければと考えています。




