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見捨てられた場所 23

お待たせしております。




「集団の頭は自分の手勢を完全に掌握しろ。この件に対しそれぞれが集団で動いてもらうことになる」


 俺が大方針を示した後にジークが淀みなく指示を出してゆく。


「西地区にある石工ギルドの庭の敷地の使用許可を得た。ここからそう遠くないその場所に第一の避難所を設ける。俺の配下が既に設営を開始しているが、逃げる街の民はそこに誘導しろ。イーガルとゾンダは怪我人の救出を」


「了解だ」「任せておきな!」


「ブレンとフィルダーは避難誘導に当たれ。頭が仰ったように消火作業は最低限にしろ、多少の水では火勢を強めるだけで無意味だ。それよりも逃げ遅れた住民を探して助けだせ」


「承知!」「わかったぜ」


 指示を受けた男たちが集団で走り出してゆく。ここに集まることで余計な時間を食っており、その分の損害が出ているはずだ。それを取り戻す勢いで男たちは風のように走り去ってゆく。

 頭数の多い集団に人海戦術が取れる行動を要請しているジークの指示はさらに続いた。


「ボイドは西地区の避難所の加勢に入れ。各神殿が怪我人の救護をしてくれているが、手が足りないようだ。避難民が到着する前に受け入れ態勢を整えろ」


「おう、すぐに向かう」



「ザイン、お前たちには別の要件を頼みたい。ジークには話を通してある」


「へい、頭。なんなりと」


 ジークが幹部共に指示を出す間、俺は傍らのザインに呼び掛けた。


「この火事は裏切り者共が仕掛けたことだ。奴等は俺達を恨んでいるのは学校を燃やされたことでも明らかだが、標的がそれだけとは考えにくい」


「暴発した奴等が怨恨で組織に縁深い場所に向かう恐れがある、ということですね」


 声を潜めたザインの呟きに俺は頷いた。


「エドガーさんの商会も狙われる可能性があるがあそこは北地区、貴族街だから低いか。だが各神殿は怪我人の救護に人員が出払っている、人がいないから放火される可能性は高い」


「お任せくだせぇ、俺達が警護に付きます」


「悪いな。他の奴等みたいな派手な活躍は見込めないが……」


 見栄と意地で生きているような人種のこいつらには辛い任務だ。俺が自分で出向くべきだとは思うが、いまだ混乱するここを離れることは出来ない。


「とんでもねえ。スラムの件でちょいとハシャぎ過ぎました、今回の活躍は他の奴等に譲ってやりまさあ」


 ザインはそう言うと手下に発破をかけて公会堂を出て行った。文句ひとつ言うことなく地味な役回りを引きうけてくれた奴には感謝するしかないが、もし俺が”クロガネ”を恨むなら本部に突撃を掛けるよりもっと痛みを与える方法を取るだろう。



「頭、すべてご命令の通りに」


 幹部に残らず指示を出し終えたジークが報告を寄越した。


「ありがとう。お前も現場に出てザインの元に向かっていいぞ。()()には俺が残る」


 ジークはザインを第一に考える男なので(それが理由で序列は低めの13位だ。本人が望んでその地位にいる)そう言ったのだが彼は首を振った。


「今日はゼギアスが居りませんので。雑事はお任せください。ザインとはすでに打ち合わせております」


 それだけ言うとこの公会堂の壁に貼られた王都の巨大かつ詳細な地図に情報を書き込んでゆく。”クロガネ”の男たちが集めた情報はここに集約され、これを見れば誰もが状況を一目で理解できるようになっている。


 現在火点は学校を除き8か所、すべて消火できずに炎上している。そのうちの2か所が延焼を起こし周囲の4軒を巻き込んで炎を巻き上げている。

 不幸中の幸いなのは住民が全て避難完了していることくらいか。腹立たしいが火を消せない以上、現状は完全に後手に回っている。火事を見て”クロガネ”に所属していない男たちが水をかけているが全く効果がない。俺が路地裏の小火を消すだけでも大量の水を必要としたのだ。家屋が燃えるほどの火事ならどれだけ必要なのか考えたくもない。セリカに頼んで王宮の宮廷魔法使いを緊急招集してもらったので、水魔法による放水は期待できるだろう。

 しかし夜中に叩き起こされてから登城し、実働するまでどれだけの時が必要だ? 

 猛烈な火勢により風も出てきたので、彼らが消火を始めるまでに何十件の家屋が灰になるのか?


 王都の民を逃がすだけでは状況は改善しない、こちらからも動かないとな。



 そう思い立った俺の側に佇む一人の女性が声を掛けてきた。


「頭、私だけをこの場に残したということは何が御用があるのですね?」


「ああ、瑞宝。君の手を借りたい、ちょっと来てくれ」


 彼女が率いる女衆も今日は商売あがったりなので、色々仕事を頼んでいる。”クロガネ”は野郎ばかり目立つ組織になっているが、活躍する場はむしろ女性の方が多い。組織に所属する男の配偶者や家族たちも普通にお願いして動いてもらっているからだ。


「わかりました。既に指示は出し終えていますし、既に慣れたことなので私が不在でもあの子たちなら大丈夫でしょう」


 毎度のことだが女性陣には炊き出しを頼んでいる。初春とはいえまだ夜は冷える、深夜に起こされて着の身着のままで避難した町の衆や、救助する男たちは水を被って動いているから芯まで冷えているだろう。彼等を温めてやらねばならない。


「何度もすまないが、君たちが適任なんだ」


「頭が気になされることは有りませんわ。あの娘たちにも得のある事です。無料奉仕が当然ですのに賃金を支払うわけですから、それに町の皆様も手伝ってくださいますから」


 幾度も繰り返しているだけあって、確かに皆慣れたものだった。後で覗いてみたら大勢の女性陣が大鍋をいくつも使って汁物を煮込んでいた。一番人気は俺達が香辛料を提供したカリー味だった。あれは美味いよな。ランデック商会で試験的に売り出したのだが、あっという間に広まって人気商品の仲間入りだ。本当なら高額過ぎて庶民には手が出ない品も”クロガネ”なら俺が流すので口にできるのだ。



「精霊魔法に天候操作できるものがあったよな。王都に雨を降らせたい」


「……消火、ではなく延焼を防ぐのですね。承知いたしましたが、私のみの力となると厳しいかもしれません」


 指揮所の隅に移動して瑞宝にした頼みは彼女に王都全域を雨で濡らしてもらうことだった。先ほどの放火魔とのやり取りでこの呪炎の特性はなんとなく理解した。この炎は非常に消えにくく、急速に燃え広がるが何かに燃え移るのは普通の炎と変わりないのだ。延焼を防ぐためにあらかじめ周囲の物に水をかけておくのは常套手段だが、放火魔が何処にどれだけいるかわからない現状では王都全体に雨を降らせて敵の行動を予防したかった。

 なので俺の目的をすぐに察した聡明な彼女の不安げな顔を見て正直な所驚いた。雨を呼ぶことは俺でも出来るので、そこまで難しい作業ではなかったはずだ。精霊魔法に長けたエルフの瑞宝ならその魔力量から言っても容易いと思っていたのだが、


「必要なものは用意する。俺がやりゃあいいってのはわかるんだがな」


「頭は皆の前で指揮をお執りください。貴方が居ないと皆が不安になりますわ。あの魔法は詠唱中に動けないのが欠点の一つですもの。その、できましたらセラ様のお力をお借りしても?」


「わかった。先生、夜分すみませんが、手を貸してもらえませんか?」


 瑞峰の頼みを快諾した俺は即座に通話石を手に取った。人を呼ぶには躊躇う深夜だが、俺は一切躊躇しなかった。超夜型エルフである先生と姉弟子はこの時刻でも起きている確信があったからだ。


「なんじゃこんな時間に。失礼な弟子じゃの」


 俺の問いかけに不機嫌な返事を返した先生は俺の読み通り普通に起きていた。


「王都が大火事なんで手を貸してもらえませんか? 」


「……わかった。今行く」


 俺には無茶を言うことが多い先生だが、余計な問答を費やす愚を冒すことはなく僅かな時間で俺の隣に転移してきた。その傍らには姉弟子の姿も見えた。


「ほう、厄介な炎の気配じゃな」


「呪術の呪炎で放火されています。放火犯が何人いるかも不明なので、まずは王都全域に雨を降らせようかと」


「えっ、火事なの、大変じゃない!」


 不安げな顔で周囲を見回す姉弟子だが、ならついてこなくてもよかった……いや、なんでもありません、100万の味方を得たようですよ、先生。


「まったく、有無を言わせず呼びつけおって」


「私が頭に助力をお願いしたのです。セラ様、お叱りはどうか私に」


「頼んだのは俺だから気にするな」「そうじゃ、全部こやつが悪いのじゃ」


 俺の前に出た瑞宝が膝をつこうとするのを俺と先生が止めた。今は余計な会話も惜しい、いつまた新たな火の手が上がるか解ったもんじゃないからだ。



「先生、悪いが魔法陣の構築に入ってください。触媒と魔石はこれを」


 俺は適当に色々渡して先生たちを別室に案内した。正しい手順で行うとなると準備に時間がかかるのだ。力ずくで天候を変えると反動が大きく、雨がやまなかったり季節外れの気象になったりする。


「私も手伝うー、ユウの中に居るだけなのも暇だし」


 人混みを嫌って俺の懐の中に逃げ込んでいた相棒も先生たちの後を追った。リリィが手を貸してくれるなら万全だ。


「リーナも連れてきた方が良かったかも。あの子こういうの得意分野だし」


「寝てるなら仕方ないさ。二人は絶対起きてる確信があったから声掛けたんだよ」


 先生と瑞宝が居れば十分(実は相棒だけで事足りたが(俺は基本リリィの力を当てにして行動しない)だが、あとでリーナからぐちぐち言われそうな気がするが、まあいいや。

 ほどなく雨音が聞こえ始めてきた。雨足はだんだんと強まり、これで王都全体を濡らしてくれれば簡単に火付けは出来なくなるはずだ。



「おら、どいたどいた! 道を開けてくれや!」


 一先ず安堵した俺の耳にやかましい集団が公会堂に入ってくるのが見えた。”クロガネ”の指揮所にこう無遠慮に足を踏み入れられる存在は少ない。その闖入者も顔見知りだった。


「おう、ユウキの頭。これは一体全体何が起きてんだ?」


「放火だ、ガレス隊長。俺たちの不手際だ、町の衆には迷惑をかけている」


 やって来たのは王都の警邏隊だった。官憲とは色々と複雑な関係だが、こういった有事にはすぐに話ができるくらいの友好は保っている。隊長のガレスとは賄賂で懐柔済みだ。


「おま……あんた等の手落ちたぁどういう意味だ?」


「そのままの意味だよ。俺達の裏切り者が暴発して後先考えず放火して回ってやがる。だからこうして自分たちでケツ拭いてるのさ」


 貴族街のある北地区ならともかく、庶民が多い南地区に警邏が本腰を入れることは絶対にない。だから”クロガネ”が支持されるわけだが、警邏も警邏で働いた姿くらいは見せないといけないらしい。


「へっ、天下の”クロガネ”も仲間割れかよ。そいつは難儀なこって。図体がデカすぎるんじゃねえのかい?」


 侮蔑交じりの言葉に周囲の男達からの殺気が突き刺さるが、伊達に王都の警邏隊長をやっている訳でもないガレスはこの重圧を受け流している。


「耳が痛い話だ。そう遠くないうちに数を減らす、そのときには連絡を入れるつもりだ。それと、最新の情報はそこに書き出してある」


 俺が指さす先には先ほど張り出した王都の巨大地図がある。頭の出来のいい連中が王都中から入ってくる情報を壁の地図に書き出して随時更新されている。あれから新たに火の手が2件上がったが、今は豪雨と言っていいほどの雨が降り注いでいる。これ以上の被害拡大はないと思われた。


「お、助かるぜ。木板借りるぜ?」


 消火活動などする気のない警邏隊だが、それでも職務上報告の一つも挙げねばならないのだろう。その場合人員を方々に走らせるよりここに顔出した方がよほど情報が集まることをこの男は知っている。

 仲間が足で稼いだ情報の上前を撥ねる行為に指揮所からは非好意的な視線が集まるが、口に出す馬鹿はいない。そんなことをすれば因縁をつけられ牢屋にぶち込まれるのがオチだ。そこから出してやるのにも賄賂が要るのでこの手の輩はさっさとお引き取り願った方がいい。本気で相手にするだけ無駄だ、余談だが。警邏が腐っているのは世界共通だ。”クロガネ”は俺がいる分相当マシだと他国からやってきた奴等は口を揃える。あの”ウロボロス”にさえ公然と賄賂を要求するのが警邏なのだ。そういう人種だと割り切るべき存在だ。


「終わりました。後一刻(時間)は今の雨が降り注ぎます」


「全く師匠を師匠とも思わぬ奴よ」


「天候制御の魔法、すっごい疲れたんだけど……」


「まあまあ、後でユウが何かいいものくれるって」


 俺が雨をお願いしていた先生たちが部屋から出てきたが、先生相手にリリィさん安易な約束は厳禁だぞ。本気で無茶を言ってくる人なのだ。


「ありがとうございました。おかげでこれ以上の火事は防げると思います」


「儂は帰るぞ、夜更かしは美容に良くないのでな」


 夜更かしって。いつもは朝方まで起きているという話をレイアから聞いて……いえ、感謝しております、我が師匠。


「セラ様、無理を聞いていただき、感謝いたしますわ」


「気にするでない。礼はそこの男からせしめるからの」


「そうそう」


 わが師と姉弟子は不敵な笑みを浮かべて転移していった。一体何をやらされるのやら、前回は異世界の菓子屋に買い物に行かされたなあ。


「その時は私も一緒に行ってあげるよ」


「それはありがとう」


 たとえリリィが食べる専門の手伝いだとしても俺は相棒の気遣いに感謝した。



 それから俺は指揮所の最奥に陣取り、懸命に状況を把握する男女を眺めている。まだ予断を許さないが、各地からもたらされる情報が壁の大地図に書き込まれてゆくと、悪化しつつあった状況に歯止めがかかっていくのが解る。

 家屋の消失は50件に届かない数で済みそうである。これを多いと見すか少ないとみるかは判断が分かれるが、南地区は庶民が多く住まうので下町などは密集地帯が多い。正確な数字は知らないが数万戸以上あるという家屋数なのでよくやった方だと思う。

 雨を降らせてからは新たな放火の情報も鳴りを潜め、今は放火犯の狩り出しと被災者の救援に多くの男達が奔走している。彼らも走り通しだが、”クロガネ”は王都の民のための組織であり、今こそその真価が問われている。この都で男を張ると決めたなら体が限界を迎えても疲れたなどと寝言を吐くことは許されない。泣き言を吐くくらいなら無言で前のめりに倒れろと教育されている。


 厳しすぎるだろと思うが、こいつらは好き好んでこんな組織に居るし、そんな彼らを王都の民は支持している。



 俺はもう何も命令を出していない。全ての情報はジークに集約され、彼が適切な指示を各所に送り続けている。現場では燃え上がる家屋から家財道具を運び出す作業が行われ、命知らずの野郎どもは火傷を恐れることなく水を被っただけで炎に挑んでいるそうだ。


「ったく、厄介な呪炎だって話しただろうに。ちゃんと守護魔法かけてもらってんだろうな、何処の馬鹿どもだ?」


 俺は内心の評価をおくびにも出さず、傍らのジークに問いかけた。


「ボストンの隊ですね。組頭が不在なのでその分まで働きたいのでしょう」


 気持ちはわかりますと続ける彼だが、むしろ留守の際に奴の手下を怪我させる方が俺の外聞が悪いんだがなぁ。


「ポーションの樽を持っていかせろ。親分さんと共に戻ったボストンに不格好な報告はしたくない」


「はい頭、しかし非常時に不在を曝す一生モノの恥を濯ぐためならば、子は親のために命賭けで男働きをしたいと思うものです。ボストンはいい”子”を持っています」


「そうだな。子は親を見て育つ、ボストンはもう少し子煩悩じゃなけりゃあ文句ねえんだがな」


「奥方を早くに亡くしたボストンが男手一つで育てたと聞きます」


 俺たちはここに居ない男の話題で共に苦笑した。シロマサの親分さんの元側近であり、冷静沈着なボストンは誰もが認める大幹部だが、息子に甘すぎることだけが玉に瑕だ。もう大人と呼べる齢なのに甘ったれた根性が抜けない馬鹿息子は彼の評価を落としている。

 ボストンは息子に組織を譲りたい思惑が見えるが、今の所は誰もがそれを認めないだろう。


「くそ、座ってるだけってのは暇だな。親分の代わりとは言え俺も前に出たいぜ」


「俺にもう少し貫目があればお手を煩わせることもないのですが、すみません」


 指揮官の常だが、やることやってしまうとあとは手持ち無沙汰になる。本来であれば誰か気の利いた奴が茶の一つでも持ってきてくれるが、非常時そこまで求めるわけにもいかない。


 今はジークが指示を出しているが、これは俺の代理という立場だ。彼の言う貫目とはもし俺が不在であっても周囲を納得させる人望、確かな力の事だ。大丈夫だに決まっているのだが、彼は俺がいないと誰も命令を聞かないと思っているらしい。



 だがもうジークが居れば俺要らんよな、と思い始めた頃に<アイテムボックス>内で通話石の反応があった。


「ユウキか!? 娘より話は聞いた。状況はどうなっている?」


 通話石の相手は国王だった。きっと王城からでも燃え上がる学校は見えているのだろう。その声は逼迫していた。


「おおむねこちらの統制下に置いたとみていいでしょう。火事は南地区のみに発生していて、燃えた家屋は43軒。他の地区は無事な模様。消火は不可能と判断して延焼防止に努めてます。それとこれまでに7人の放火魔を捕縛してます、こいつらの事情は聞いたと思いますが?」


「ああ。報告は受けた。まさか奴等が組んでいようとはな、想像の埒外であった」


 国王の声には苦渋の響きがある。奴等を完全に殲滅したと思ったら思わぬ反撃を食らった形だからな。


「その件に関しては俺も見えてませんでした。とりあえず例の魔道具をバーニィーに持たせたので、間もなく登城するはずです」


 王城は夜間でも入場するのに面倒な手続きがいる。すぐ通せ、とはならないからもしばらく時間がかかるだろう。


「奴等の仕業であるのは間違いないのだな?」


「平民の男が呪術の炎を生み出す特殊な魔導具を持ち歩けるなら話は別ですが。それはそうと頼んでおいた宮廷魔法使いたちはいつ頃現着します?」


 俺が動けない今、この王都でまともな消火手段を持ち得ているのは彼等だけだ。俺はもう家屋が燃え尽きるのは諦めているが、当事者ならそうもいっていられない。少なくとも最善を尽くしたと言えるだけの努力は傾けるべきなので援軍の登場を期待したのだが、返事は芳しくない。


「非常呼集をかけたが、集まった数は定数の2割を切っておる。騎士団も似たようなものだ」


 国王は落胆と共に答えたが、深夜に呼び出し食らえばそんなものだろう。地元であることを差し置いてもこんな時間に即座に動員出来て即応体制が取れる”クロガネ”が異常なだけだ。


「ある程度まとまった数を西と東に向かわせることをお勧めしますよ。ここまで騒動が大きくなると騒ぎに便乗した火事場泥棒が出るはずです。貴族街のある北に手を出す馬鹿はいないでしょうが、東西は怪しいですね」


 南は俺達が大勢で駆け回っているし住民は殆どが目を覚ましているので無体をしようものならどこからでも男たちが飛んでくる。注意すべきはあちらだろう。


「なるほどな。しかし想定以上に集まりが悪い、お前たちが人員を派遣した方が早いかもしれぬな」


「俺達が動いてもいいですが、ここで何もしないと北の連中があることないこと騒ぎませんか?」


「すぐに派遣する! 何か状況が変わったら知らせてくれ」


 硬い声で国王は通話を打ち切った。不俱戴天の敵である北部貴族たちに付け入る隙を与えることは彼にとって耐えがたいことなので俺の提案に即座に従った。

 俺の悪い予感は基本的に当たるので、国王が派遣した騎士たちによって西地区の職人街で俺達とは無関係の放火犯が2人捕まったそうだ。



「あの、”クロガネ”の皆さん……」


 国王との通話を終えた後、騒がしい指揮所に訪れた人影があった。あの装束は水の神殿の神官か。各神殿は同じような神官服だが、それぞれ特徴的な意匠を凝らして差別化を図っている。あの流水紋の肩掛けを纏うのは彼女たち以外に居ない。

 そんな俺と大して年の頃も変わらなそうな彼女は”クロガネ”の構成員と思しき一人の男に付き添われていたが、その顔はひどく青ざめ、強張っていた。


「頭……」


 いつの間にか俺のすぐ側に控えていたジークが小声で囁いたので小さく頷いてやる。


「ご、ごめんなさい! わ、私っ!」


「お前らぁ! 一歩でも動けばこのおごへあッッ!!」


 水の神官が泣きそうな声で訴えるのと同時に、付き添うように見せかけて刃物で彼女を脅していた男が隠していた刃を煌めかせた瞬間、俺が放った指弾が奴の眉間に直撃した。


「舐めた野郎だ。俺の前で人質なんざ取れると思ってやがるのか?」


 急所に鉄球を食らった男は悶絶してのたうち回っており、すでに奴の手にあった刃物は周囲の男たちの手によって遠ざけられている。


「嬢ちゃん、怖かっただろう。俺達の問題に巻き込んですまなかったな」


「え、あれ? いったい何が? きゃあ!」


 俺の一瞬の早業は彼女の目には映らなかったようだ。自分に刃物を向けていた男が転がっているのを見て小さく悲鳴を上げた。


 ここに詰めていた女性の一人が彼女を落ち着かせた後、話を聞くことができた。


「わ、私、火事だって聞いて他の皆と一緒に焼け出された皆さんをお助けしていたのですけど、そうしたらこの人が助けを求めていて……近づいたら……」


 人相の悪い男に刃を突き付けられた恐怖を思い出したのか、その後は言葉にならなかった。


「すまない。すべて俺達の不手際だ。水の大神官には後で詫びを入れるよ。おい、お前ら。彼女を仲間たちの元へ帰してやれ。くれぐれも丁重にな」


 俺の指示で屈強な男たちが彼女を神官たちが活動する避難所まで護衛していった。彼女がこの公会堂を離れたことを確認した後。俺は必至で堪えていた殺気をようやく解放することができた。


「この屑野郎が! 楽に死ねると思うな」


 俺は未だ苦しむ男の喉首を掴み上げ、握り潰さないギリギリの力で締め上げた。今すぐ冥府に送ってやりたい衝動に駆られるが、こいつには地獄の責め苦を味あわせないと気が済まない。


 この糞野郎は組織の裏切り者だ。どうせ俺達の警戒が厳重で火付けが出来なくなって直接的な行動に出たのだろう。今の状況で動いたのがなによりの証拠だ。どんな馬鹿でもただ暴れるならもう少し状況を読むはずだ。


「頭、こいつがまさか?」


「ああ、こいつは仲間の顔しつつ、敵と繋がっていた裏切り者だ。この顔に見覚えのあるやつはいるが?」


 すでに数は5桁に届こうかとするこの”クロガネ”だし、俺は見所のある奴の顔しか覚えない。組織を裏切るような輩の顔など当然知らないので、他の者に尋ねたのだ。


「こんな奴知りませんぜ?」「何処の恥知らずだ、この野郎は?」「この火事のデカさからしてこいつ1人が跳ね返ったって訳じゃねえだろ、どこの(エダ)だ? 全殺しにしてやらぁ」


「この男、エルクの下に居た男です」


 ジークが人が殺せそうなほどの眼光で裏切り者を睨みつけている。エルクがどんな男かさえ俺は知らなかったが、そいつが何を思い俺達を裏切ったのだろうが、すべてはもうどうでもいい。



 シロマサの親分さんの金看板に唾を吐いた愚行を必ず後悔させてやる。絶対に。



「ジーク。そろそろ状況も落ち着いた。狩りを始めるぞ」


 俺たちはこれまで避難と救助を第一に動いており、裏切り者の確保は二の次だった。俺が捕まえた放火魔も手足は拘束してあるものの、捕らえずに放置してあるが、優先順位の問題で裏切り者に関わっている暇がなかったのだ。

 だが未だ家屋は燃えているものの、新たな放火は起こっていないし避難してきた王都の民も安全な場所で一息ついている。


 もういいだろう。親分さんに忠誠を誓ったくせに、その誓いをどこかに置き忘れてきた救い難い屑共を一匹残らず血祭りにあげる時が来たのだ。


「ジーク、各所に伝令。裏切り者共を引きずり出せ」


 俺の指示に、指揮所の男どもから歓喜の雄たけびを上げた。

 彼らも自分たちの誇りに泥を塗った痴れ者どもを叩き潰す機会を待ち焦れていたのだ。


 こうして獰猛な猟犬たちが放たれると捕らえられた男たちの所属はすぐに判明し、誰が自分たちを裏切ったのかは白日の下に晒された。

 時が経つにつれ他の作業に従事していた組織の男たちも続々と裏切り者たちの狩り出しに参加し

 

 怒れる男たちによりその愚かな集団の頭どもが探し出されるのも時間の問題だった。



楽しんでいただければ幸いです。


すみません、後編が1万7千時だったので中編後編に分けます。

後編は22時にあげる予定です。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!



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