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見捨てられた場所 22 閑話 とある修道女の悩み

お待たせしております。


今回は閑話になります。後編は次回で。



 私の名はクロ―ディア。家名は神の招きに応えた際に捨てております。


 今は聖女様の側付きとして聖なるお務めを果たさせていただいております。

 私がお仕えする今代の聖女エリスティア様は素晴らしい御方です。その何者にも冒させない気高さとそのお優しさは万人に知れ渡り、誰もが認める偉大な聖女様であらせられます。


 あの方にお仕えできるこの身の幸せを皆様にも分けてさしあげたいもので……え、地で構わない? そうですか。


 貴女、上がってきた調査報告とだいぶ性格違うのね、さては主人の前では猫被ってるでしょう、お互い様? まあそうだけど。自己紹介しろって言うけど、貴女私のこと調べ上げてるでしょう? 教会の諜報網よりそちらの方が優秀だって嫌でも思い知らされたのだけど。

 それでも? わかったわ。こうしてる間は殺されないなら従うわよ。




 私たち姉妹は聖王国の男爵家の生まれよ、私が4女でエリーが5女。でもウチみたいな貧乏男爵家程度じゃ商人の方がよほど裕福な生活しているわ。そのくせ貴族の見栄だけは張らなくてはいけないの。家格に相応しい調度や貴族同士の付き合い、式典に出向く際の被服だって必要なんだから、商人や成功した平民の方がよほど楽な生活していると思うわ。

 そんなわけで私たちは貴族としての教育もろくに与えられず教会に売られたのよ。聖王国じゃ常套手段よ、生活苦で貴族の子弟を教会に厄介払いされるのは。

 でも考えてみてよ。ちゃんとした教育を受けて出世するために教会に入ってくる者と売られてくる者とが同じ扱いになるはずないでしょ? 私たちは変態の愛玩動物として飼われるために売られたの。教会には結構いるのよ、聖人ぶってる反動なのか性癖歪んだ変態がね。


 他に行き場のない子女ならその道を甘んじて受け入れるしかないけど、私達は違ったわ。妹には回復魔法の才能があったの、それも歴史に名が残るほどの才能が! あの屑親は私たちに見向きもしなかったから妹の天才に気付きもしなかったわ。あの子がその才能を言い出せば妹だけでも救い出されたかもしれないけど、私たち姉妹は捨てられた者として手を取り合って生きてきたの。妹も私と居たいと言ってくれたわ。


 そして売られた先の教会はちょうど聖女様が不在ときたら、その座を目指すほかないでしょう。妹にはその座に相応しい才能が有り、私には薄汚い教皇庁内部で生き抜くだけの謀略の才があった。


 もちろん簡単なことではなかったわ。他人を陥れ、口では言えないようなこともたくさんしてきた。罪悪感を覚えたこともあったけど、やらなければこちらがやられていたわ。命のやり取りという点ではそちらのような冒険者と同じだと思うわ。

 その過程で似たような境遇の仲間も集めたわ。派閥に対抗できるのは派閥だけ。私達のグループは上位者から見れば吹けば飛ぶゴミのようなもの。”雑草”と笑われながらも少しずつ仲間を増やしていったわ。苦しいことばかりだったけど、仲間に誰も体を売らせないというたった一つのルールを破ることなく妹を聖女にのし上げてやったわ!


 聖女という確固たる立場を手にすれば、もう何も恐れることはない。誰も私たち”雑草”を虐げることなんかできない。


 そう思っていたのに!



 どうして聖王女様が回復魔法を使えるようになっているのよ!!



 私の計画の根幹は聖王女様が回復魔法を使えないことが大前提だった。


 聖王女様が聖女の地位に就かれることはとても自然なこと。水が上から下に流れることに誰も異論を挟まないようなもので、私だって無関係な立場だったらその就任を祝福していたわ。


 でも無理。絶対無理! エリーはその座をお返ししますとか言っちゃってるけど、聖女から降りた瞬間に私たちはこれまで押さえつけてきた勢力によってその日のうちに殺されてしまうわ!


 それだけのことをしたのでしょうって? 教会舐めんじゃないわよ、朝食の席に誰かの生爪が置かれていたり、謎の怪文書が出回るなんて日常茶飯事、本当に危険な時は昨日まで出勤していた顔見知りが水死体になって見つかるのよ? 教皇庁上層部じゃ受け身になるとやられちゃうの。なんの後ろ盾もなしにそこそこの勢力を保っているだけでも大したものなんだから。


 え。だから接触した? そりゃそうなんでしょうけど。ねえ、なんとかならない? 貴女の主なら聖王女様も何でも言うこと聞くって話なの。ほら、ここに念書もあるでしょ。あの方も余計な波風を立てることを厭ってらっしゃるのよ。ダメ? 従者が口を挟める問題じゃない? そんなあ。


 じゃあ貴女、一体何しに来たのよ。ここ一応教皇庁でも最も警備の厳しい区画なんだけど! それが貴女以外に5人も引き連れて。見た感じ貴女たちも年下でしょう、その娘たち……え、契約?


 それってあの<(シュトルム)>とってこと? 一体どういうことなの?





 勝ったわ!! 勝ったのよ、私たち! あの<(シュトルム)>が後ろ盾になってくれるのよ、これでどんな相手も怖くないわ。


 私は彼との交渉が成功裏に終わった後、通された部屋で勝利の余韻に浸っていた。


「あの、クロちゃん。ちょっと落ち着いてよ」


「これが落ち着いていられますか! タバサ、貴女も見たでしょう? あの冒険者ユウキが私と手を組むと言ったのよ? これであのハゲ親父どもな何を言おうが笑って受け流せるわ。だって私たちには彼がついているのよ!」


「だから落ち着いてって。うしろうしろ」


 無理を言って騎士の格好でついて来てもらった私たちの切り札であるタバサにこの興奮が理解してもらえないのが不思議で仕方ない。


「貴女こそなんで平常心なのよ、解っているの? 冒険者ユウキ、あの<(シュトルム)>なのよ? 世界最強の名を恣にする冒険者! Sランク冒険者を弟子にして大陸南部では彼の歓心を買うために各国の姫を送り込んでいるし、獣王国では神の遣いの化身として崇められているの。オウカ帝国にも縁深いと聞くし真竜をも撃退したって確度の高い情報があるくらいなの! 歩く非常識、敵に回した時点で自殺した方がマシと言われている超越者! そんな彼が味方になってくれるのよ、もう何も怖くない」


「だからうしろ……」


「そろそろいいかしら? その不愉快な後半部分について聞きたいことがあるのだけど」


 私の目の前には先ほどまで主人を追って席を外していた<氷牙>のユウナが立っていた。彼女こそがこの場を用意してくれた全ての張本人だ。


「あ、ごめん。貴女にもお礼を言わなくてはいけないわ。貴女があの夜に現れたときは、こんなに上手く行くなんて想像もしていなかったわ」


 私は浮かれ切った気分のまま盟友であるユウナにお礼を言ったのだけど、彼女はその二つ名通りの怜悧な美貌を揺るがることなく口を開いた。


「緊急事態が発生したわ。貴方たちは主の命で今すぐ教会に戻ってもらいます」


「え、なにそれ……」


 思い切り冷や水を浴びせられた格好の私は変な顔をして彼女に問いかけてしまった。


「南地区で火事が発生したわ。それも大火事が。高司祭と貴女達には一刻も早く安全な場所に避難してもらうわよ」


「火事ですと!?」


 彼女の声が聞こえたのか、ウィルソン高司祭がこちらに走り寄ってきた。彼にも後で謝罪しないと、交渉の成功率を上げるためとはいえこちらの都合で随分と振り回してしまったわ。

 でもなんで相手を怒らせれば怒らせるほど良いのかしら? ユウナの指示だけど、普通逆じゃない?


「ユウナ殿、今の話は誠であろうか?」


「はい、すでに夜空を赤く照らすほどの火の手が上がっています。馬車を回していますので、早急に教会にお戻りください。高司祭様の指示をお待ちになっている方も多いでしょう」


「忝い。ただちに戻るとしよう。ベルン、用意を」


 高司祭たちはすぐさま荷物をまとめているが、私たちは従わなかった。


「二人も急いで。この状況下では二台も馬車は手配できないわ」


「私たちはここに残るわ」


 あの教会に戻るのはちょっとねぇ……自業自得なんだけど冒険者ギルドの方がよほど安全だわ。


「何を言って……戻る方が危険ということね。全く無茶をして」


「貴女がそうしろと言ったんじゃない。こんな時間に指定したのも貴女でしょうに」


 私はこれでも教皇庁ではあまり敵を作らずやって来たのだ。真正面から戦いを挑んでは叩き潰される力の差があるから仕方ないけど、目の前の女はそれを全部無視して振る舞うように命じてきたのだ。

 ランヌの教会に高圧的に接したのもあのユウキに喧嘩を売ったのも全てユウナの指示だ。なんでも怒られた方が交渉の成功率は高いらしいけど、あの<(シュトルム)>を怒らせるなんて自殺行為だ。実際に上手く行ったからよかったものの、この国の人々からは盛大に顰蹙を買っている。このまま教会に帰れば女二人だと寝込みを襲われそうなくらい険悪なので遠慮したいのだ。彼の協力さえ得られればお釣りがくるので無視したけど。


「私がユウキ様から受けた命は全員無事に教会に送り届ける事なのだけれど」


「教会に着いた後の方が危険だから無理ね。ここの方がいいわ。それより彼は何処に? 色々と話しておきたいことがあるんだけど」


「ユウキ様は現場に向かわれたわ。こういう時は常に先頭に立たれる方だから」


 ユウナが主人を語る時の顔は同性でも動悸を感じてしまうくらい魅力的だった。最初に出会ったとき警戒して高名な貴女が男に従う気分はどう? と聞いてしまったのだけど神などという実体のないものに全てを捧げている私たちには決して理解できないと断言されたときに覚えた嫉妬めいた感情を思い出す。

 仕えるべき主に出会えた者はこんなにも自信に満ち溢れた姿をするものなのか、と感心してしまったほどだ。


「ということは、これから彼の活躍が見られるという訳ね。ねえ、二階で窓があって空いてる部屋とかないかしら?」


「……いいでしょう。どのみち貴女達と契約の話を進めないといけないのだし」


 私の提案をユウナは飲んでくれた。無理のない範囲なら彼女は結構要求を聞いてくれるのだ。




「うそ……なにこれ、大火事じゃない!」


 二階の部屋で木窓を上げた私の視界に入ってきたのは、夜空を染める炎の紅と松明の様に燃え盛る一棟の建物だった。


「どうやら魔法の炎で放火をしたらしいわ。通常の消火作業では鎮火の見込みは立っていないそうよ」


 ユウナはどのような手段を用いているのか、遠隔地で情報のやり取りを可能にしているみたい。実に羨ましい能力だが、これまで幾度か助けられている身としては感謝しかない。聖王女様が回復魔法を使えるようになってからというもの政敵からの攻勢を退けられたのは彼女の助力があってこそだ。


「でも彼の力をもってすればこの程度の火事はどうとでもなる、そうでしょう?」


 期待を込めて彼の従者に視線を向けるけど、当人は首を振った。


「ユウキ様にそういった英雄的活躍を求めないでほしいのだけれど。お嫌いなのよ、交渉の場でも感じたでしょう? あの方に権威や名声は何の意味もない。金銭はこの世界の誰よりも手にされている。貴方もその恩恵に与ったばかりなのだし。私の主人をそんな安い尺度で測らないでほしいわ」


「それもそうね。彼が成し遂げたことは全て偉業なのに、本人はむしろ表に出ることを嫌がっている、何かあるのかしら。ここまでしてもらって詮索はしないけど」


 私の懐深くに仕舞い込まれている白金貨10枚があればすべての利子はおろか借金を全額返済だって可能だった。先ほどの席でユウナからその件を聞いた彼は深く頷いてこれ使えと渡してくれたのだ。白金貨10枚、金貨にして1,000枚だ。この額をポンと出せる資金力は頭がおかしい。調査では金銭感覚が狂っていると聞いたが、事実だった。


「一応無利子にしてあげるけど、ちょんと返済しなさいね。主人に寄生する存在を処断するのも従者の務めだから」


「わ、解ってるわよ、仲間の一人の実家が商会を営んでいるのは掴んでいるでしょ? ランデック商会と契約させてよ。それで返してゆくわ」


 これくらいは許してくれるだろう。こちらが協力に値するほどの力を有していないと困るのは向こうなのだ。資金力、諜報、実力を兼ね備えた彼がそれでもこちらに協力を持ちかけた意味も先ほど見た資料で理解できた。こちらは教会がもつ世界規模の力を使って彼に手を貸さなくてはいけない。

 私利私欲ではない、これから先の世界のために。


 そのとき、木窓から雨音が聞こえてきた。その雨足はすぐに強くなり、豪雨と呼ぶような強さの雨がこの地に降り注いだのだけど……え、ちょっと待って?

 

「あ、雨? うそ、さっきまで星が出ていたのに?」


 教会を出る前にタバサと今日は星が綺麗ねと成功を祈ったほどなのだ。それは間違いない。


「さすがユウキ様。即座の消火が難しいと解ると王都全域に雨を降らせてこれ以上の延焼を防いだのだわ!」


「雨を降らせる、ですって? 嘘でしょう!? 彼は天候を操れるというの!?」


 主を称賛するユウナの声に私は今日何度目かの驚愕の叫びをあげてしまう。


 天候を操るなんて、完全にお伽話の世界の代物だが、実際に引き起こせるとなると凄いという話では済まなくなる。

 今雨を降らせている行為だって一つ間違えは文字通り天災になる。もっと言えば戦略兵器だ。恵みの雨も長期にわたって降り続けば洪水になり、耕作地帯にそれが起これば作物は腐り、飢餓に襲われることになる。教皇庁の書庫には先史文明は発達し過ぎた魔法によって滅んだとあり、天候操作の魔法がその一翼を担ったと記載があった。


 危険、その力は放置してはあまりにも危険すぎる。だけど……


「聖女の頭脳は我が主の行いをどのように評するかしら?」


 背後のユウナの声はその異名通り、冷たく尖っていた。


「力自体に正邪などありはしないわ。全ては使う者次第よ、地位も名誉も興味ない彼がその力を悪用するとは思えない。むしろ彼の力を自分たちの利益になるようにどう活かすか。彼の協力者ならそれを第一に考えるべきね」


 これまでの振る舞いを考えれば彼はどうみても聖者ではない。己が定めた厳格なルールにのみ従うタイプだ。

 だが手に負えない悪党というわけでもない。友好を示す勢力の多さが彼の人間性を物語っている。


 敵に回すより味方につけた方が百倍良い相手だ。少なくともこちらを隙あらば蹴落として慰み者にしようとたくらむ下衆共よりかは断然信用できた。


「そういう貴女だから私も協力者として話を持ちかけたのよ。良い関係が続くことを祈るわ」


「後悔はさせないわ」


 ユウナから初めて差し出された手は異名とは違い、温かみを感じさせるものだった。この女性、なんだかんだ言って面倒見がいい気がする。自分たちに役立つとはいえ、私に相当肩入れしてると思う。

 タバサは一度命を救ってもらったことも有るそうだ。稀少な<鑑定>持ちであるこの娘は自分たちの大きな武器であり弱点でもある。その分数多く命を狙われてきたからだ。

 彼には即座に露見したけど……自身が<鑑定>持ちであるという噂も本当なのかも。その点を彼には感謝しなくてはいけない。教会が抱える鑑定持ちは二人だけで、揃って高齢者だ。もしあの場で言いふらされたら年若いタバサは教会では一生飼い殺しどころか鑑定持ちを生む道具にさせられてしまう。



 その後、ユウナと私たちの契約について軽い交渉を行った。王国の教会もギルドマスターと、私もユウナと揃って別の交渉をしていたことになる。


「そういえば、貴女の能力はもう少し訓練すべきね。あまりにもあいてを凝視しすぎよ。あれでは疑ってくださいと言っているようなもの」


「え、えと、やっぱりそうなんですね」


 ユウナが言い出したのはタバサの<鑑定>スキルについてだった。能力の詳細を彼女にはまだ明かしてはいないけれど、ユウキが知っていたのは彼女が伝えた? いえ、そんなことをしなくても見抜いていそうね。


 そんな考えは彼女の次の行動で吹き飛んでしまった。


「せめてこれくらいの速度で行えないと危険よ。放出する魔力も訓練で抑えられるから練習あるのみね」


 この感じ、これまでにタバサから何度も受けたから解る。今、私は<鑑定>されたのだ。


「貴女、スカウトじゃなかったの? なんで鑑定スキルを!?」


「ユウキ様の従者ならこれくらいできて当然よ」


 いやいや、そういう問題じゃないでしょう。この主従揃っておかしいわ。もう一人の<双牙>レイアも同じなのかしら?


「凄いです! 私自分以外の鑑定持ちと初めて会いました! ユウナさんもお仲間だったのですね!」


 あのおとなしいタバサが興奮して大きな声を上げる珍しい光景がそこにあった。私と同じく親に捨てられた境遇を持つ彼女を味方に引き入れられたのは人生でも最大の幸運だった。その鑑定能力にどれだけ窮地を助けられたことか。


「貴女はもっとその力を磨きなさい。それが貴方自身や周りを救うことになるのだから」


「はいっ。今見せてもらった神技を目標に頑張ります!」



 そんなことがありながら、彼女との協力契約の話は進むのだけど……問題もある。


「本当にこの通りでいいの? どう見ても貰い過ぎよ、あまりにも公平じゃないわ」


 正直言って私たちの得る恩恵の方が圧倒的に多すぎて恐縮してしまう。聖女の地位安泰と有形、無形のさまざまな援助はこちらの立場を盤石にするだろう。

 なによりランデック商会と関係があるということはすなわち、冒険者ユウキが私たちの後ろ盾になると内外に証明することにつながる。冒険者ギルドのグラン・マスターが世界最強だと言い切った実力者がこちらについてくれるのだ。

 彼が敵対者に対してどう出るかは権力の座にあるものは皆知れ渡っている。

 なにしろこのランヌ王国ではこの一年で貴族は8家が当主交代している。公式な声明は出ていないが、彼らの共通点は彼に手を出したということだけだ。

 彼は私兵ともいえる存在がある。今も眼下で消化と救助活動に走り回る命知らずの男たちが数千人、そしてユウナが誇る諜報組織”蜘蛛”は私にも全容がつかめないほど巨大だ。噂ではオウカ帝国の諜報とも協力関係にあるとか。嘘だといいなあ。


 それに対して私たちは教会の影響力を多少使わせてあげるだけ。交換比率が全く釣り合っていないのだが、ユウナは良い取引でしたと満足げなのだ。



「こっちでは用意できないものを提供してもらっているわ。ユウキ様から交渉は一任されているから気にする必要はないわ」


「ふうん、信頼されているのね」


 あれほどの男に全幅の信頼を寄せられている、それはどんな気分なのだろう。得意げに自慢するかと思ったら、そんなに嬉しそうではないわね。


「あまりお勧めしないわ。どんなミスも君が無理なら俺ではもっと無理だと仰るのよ。その信頼に胃が痛くなるわ」


 た、確かにちょっと嫌かも。それは自分の命さえも相手に預けているのと同義だし、信頼が重すぎる気がする。


「それは……同情するわね。それはそうと、彼を教皇庁に賓客として招くことは可能かしら? 獣神殿の”待ち人”って教会の預言者と同格なのよ。一度打診だけでもできないかな?」


「まず間違いなく拒否されると思うけど。この場も私が頼み込んでようやく顔を出してもらえたくらいなのよ。それまではじゃあ教会とは縁がなかったということだ、の没交渉だったわ」


 ドラセナ様にも無理を聞いていただいたわ、と零す彼女の姿を見て、これ以上無理は言えないと諦めた。それと同時にやっぱりこの人私たちに相当世話を焼いてくれているわね。何故かしら。


「無理かあ、断絶が続いていた神殿と教会の懸け橋になるかと思ったのだけど。彼に得が何もないしねえ」


 もちろん私の目論見もある。これ以上教会での勢力伸長が望めないので、これを機に神殿勢力と手を結べないか探るのだ。そう都合よくはいかなかったけど。


「それなら別に教会に招く必要はないのではなくて? いい機会があるでしょう、貴女が仕組んだと聞いたけど?」


「あ、そうか、公会議! ……能力が覚醒した巫女が妹だなんて出来すぎよね。一体どうなってるのよ?」


 巫女の牽制のために聖女の巡行を組み込んだのは私だった。自分で交渉の際に話題に出すように指示したのにすっかりその件は忘れていた。聖王女様の件があまりに衝撃的すぎたせいである。巫女の件は牽制で済むけど、聖王女様はこちらの土台そのものが吹き飛ぶので仕方ないと思う。


「巫女だから妹にしたのではなく、妹にした少女が巫女だっただけよ。そこは誤解しないで、ユウキ様が完全に敵に回るわよ? 彼の家族に手を出すと楽に死ねないのは貴女なら知っているでしょう」


「解ってる、言ってみただけで他意はないわよ。あの時の教会内部では動揺が広がったのよ。他の神殿の巫女と違って時の巫女は未来視でしょう? 他に与える影響が大きすぎるのよ」


 そんな巫女の兄が彼なのだ。実際に会って人となりを知らなければ警戒するなという方が無理というもの。


「むしろ好機だと思いなさい。あの力は”これから”に役立つのは間違いないのだから」


「そうね。貴女がなぜあの時、私に協力を持ちかけたのか。あの資料を見たときにすべて理解したわ。彼をもってしても一人では抗し得ない。多くの人間の協力が必要よ、その際に巫女の力は大きいわ」


「あの方は妹の力を使うことを良しとはされないでしょうけど。使えるものは何でも使わないといけない時が来る。まず貴方には教会でこれまで以上の権勢を担ってほしい。意味は解るわね?」


「当然よ、あれを読めば他人事じゃないもの。でもまだ猶予は残されている、今のうちに準備を整えるわ。それにしてもいつからこのことを読んでいたの? 貴女と出会ったのって一月(90日)近く前じゃない」


「これに関しては偶然よ。手を組めそうな相手には早めに接触していただけ。その中でも貴女と教会は非常に有望かつ有能だった。直々にユウキ様にお目通りさせるほどに」


「高く評価してもらって光栄だわ。私も貴女が協力してくれて助かったけど、本物の彼は噂以上だわ。歴史に名を遺す人物ってああいうのを指すのね」


 嘘偽りのない称賛の言葉が口から漏れ出てくる。本人は意識してないのでしょうけど、あの凄味はこれまで会って来たどんな人物よりも比べ物にならない。見た目は私より年下なのに、老練した空気さえ醸している。

 たぶん稀人というのは嘘じゃないわね。ユウナに聞いてもきっと答えてはくれないでしょうけど。



「そんな彼でも一人では対処できない問題がある。そのための協力に貴方を選んだわ」


 これまで友好的だったユウナの空気が張り詰めたものになる。あの<(シュトルム)>をしても独力では不可能な案件。


 あの生き残る嗅覚に関しては随一のセインガルドの王族たち、兄弟国である聖王国の民である私たちは馴染み深いあの方々が本気になって情報を精査する段階でもう間違いのない事実だ。


 あの紙に書かれていたことは大陸各国の穀物の生産量、そして価格の概算だった。その数字が15年前から一覧となって纏められていた。

 一つ一つはただの数字に過ぎない。だがそれが月ごと、年毎、さらには国によって一覧化されると見えてくるものがある。普段なら気にも留めないその数字が記憶から途切れない。



 どの国も生産量はさして変わらないのに、その価格だけが僅かながら徐々に右肩上がりしていた。



 国を治める者がこれを見れば不愉快な現実に顔をしかめたことだろう。私もその意味を把握して言葉を失ってしまった。あのユウキが私に協力を求めた理由が嫌でも解った。


 私はまだ開いている木窓から外を見た。王都の火事はまだ収まる気配を見せないらしい、燃える家屋が点在し、王都の夜を照らしている。


 まるでこの世界の縮図のようだった。



 避けられない戦争の劫火が大陸全土を燃え上がらせようとしているのだから。





楽しんでいただければ幸いです。


翌日にお届けできて良かった。

あの会談の黒幕はユウナだったという内幕です。彼女は普段からよさげな組織に目星をつけておりその中での評価の高いものを主人公に引き合わせています。

なお、彼女も女の身で苦労したのでどうしても似たような境遇の女たちには世話を焼きがちです。



次回も急ぎたいと思います。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!


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