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世界最強になった俺、史上最強の敵(借金)に戦いを挑む!~ジャブジャブ稼いで借金返済!~  作者: リキッド


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見捨てられた場所 20

お待たせしております。




「聖王国から遠路はるばるようこそランヌへ、と言いたいところだが……正直な話、あんたは一体何しに来たんだ? 手の込んだ真似しやがって、どうも俺が目当てのようだがこちとら教会に縁はないぜ?」


 俺は目の前にいる修道女にそう言葉を発したが、彼女の怜悧な瞳は挑戦的な色を持ってこちらを見据えている。


「まずはご挨拶から始めさせていただきましょうか。私はクロ―ディア、しがない神の僕です。御高名な冒険者ユウキ殿にお会いできて光栄ですわ。高司祭さま、この度はお手を煩わせてしまい申し訳ありません」


「聖女様の覚えもめでたきシスター・クロ―ディアの助けになれたのであれば、私も嬉しく思う」


 ウィルソン高司祭はそう言ったが、その言葉はあまりにもそっけないものだった。これだけで彼女と王都の教会との関係が解ろうというものだ。相当に無理をねじ込んで高司祭という大物まで巻き込んでいる。後先考えられないほど愚かでは妹を聖女の地位まで押し上げられないはずだがな。

 ここまで無茶をして何の意味があるんだか。



「ベルン助祭、ご苦労様でした」


 王都教会からの無言の反論をそう切り捨てると俺の対面に座っていたベルンを視線で立ち上がらせ、空いた椅子に座る。誰がこの場の主なのかが誰なのか一目でわかる光景だった。しかし、敵が多そうな女だ。


 前に出てきたシスター・クロ―ディアと共に男女二人の騎士が彼女の背後に付いた。この二人が教皇庁からやってきた人材のようだ。もう一人の修道女は王都の人間らしく、引っ込んだベルンと共に部屋の隅に移動している。


<シスター・クロ―ディアは妹である聖女の側近で教皇庁の外にほとんど出ないことで知られております。故に彼女に関する情報は極端に少なく……>


<だからこうして顔を突き合わせているんだろ。君が気にすることはない>


 クロ―ディアがやって来ていることは把握していたが、その性格や主義志向までは掴めていないユウナの謝罪に俺はそう応えた。教会が俺に何の用なのか疑問なのでその内容を興味深く拝聴しようではないか。



「俺はユウキ、知っての通り冒険者だ。色々と話はあると思うが、まずは一献どうだい? 赤なら戒律には触れないだろう? 聖餐で使うくらいだしな」


 俺は手にした酒瓶を揺らしてみせた。この場を用意したドラセナードさんが怒れるあまり茶の一つも用意していないので彼女たちの前には何も置かれていない。

 これからどのような会話を繰り広げるにせよ、最低限の礼儀は必要だ。、


「せっかくのお誘いです。頂戴しましょう、ランデック商会の秘蔵の逸品を口にする機会など私のような立場ではこれきりでしょうから」


 一地方とはいえ王都の高司祭を顎で使う修道女はどんな”立場”だよと内心思ったが、口にはしない。彼女と隣の高司祭にも神の血とも称される液体を注くとそれぞれ杯を目の高さまで掲げる。


 俺は目上であるドラセナードさんか高司祭が何か音頭をとると思ったのだが、クロ―ディアを含めて全員が俺を見ている。俺かよと思うが誰も口を開く気配はなかった。



「じゃあまあ、今日のこの出会いに」


 俺の面白みもない言葉と共にそれぞれの地方での乾杯の言葉を述べた後、クロ―ディアは開口一番に爆弾を投げ込んできた。


「冒険者ユウキ、教会上層部は貴方を背教者(アポスタシア)として告発するつもりでいます」


「はあ? 俺が背教? また突然だな」


「な、何を馬鹿なこと!! 彼が背教者だと? 教会は正気なのか!?」


「自分が何を言っているのか理解していますか!? よくも我が主に向かってそのような妄言を!」


 背教者ってなんだっけ……そんな疑問を感じる間もなくこちら側の二人が激高してそれどころでは無くなった。特にドラセナードさんは椅子を蹴倒して立ち上がっている。


「何の咎を以てこの男を断罪するか! たとえ教皇庁と言えども事と次第によっては世界の半分は敵に回ると覚悟のうえで口にするがいい」


 王国子爵としての口調で修道女を詰問する姿を見て、この件は王国としても寝耳に水なんだなと他人事のような感想を抱いた。


「魔法王国ライカールで作成されたとある魔法薬に生命を生み出す力あると報告がありました。貴方が中心になって作り上げた品であると聞いています。その力は神の御業です、人が立ち入ってはならぬ禁忌の領域を侵した罪は背教者と呼ぶに値する所業かと」


「エリクシールが命を弄ぶだと? 蘇生魔法を失伝させた教会が言えた台詞か!」


 珍しく怒りに任せて言葉を紡ぐドラセナードさんと違い、ユウナは全身から剣呑な空気を出している。おい、周囲の騎士が君の殺気に反応して臨戦態勢だしベルン君が卒倒しそうだからやめてやれ。だが本気とは程遠いとはいえ彼女の殺気を受けて内心はどうあれ本人は平静を保っている。大したものであり、この若さで魑魅魍魎が渦巻く教皇庁で頭角を現しただけのことはある。


「我々とて問答無用で宣告をするわけではありません。裁判を開きますので申し開きはそこで行ってください」


「ああ、別に要らんよ」


「もちろん我々も問答無用で執行する気はありません。交渉次第では……今なんと?」


「だから、必要ないと言ったんだ。構わないから俺を告発でも何でも好きにしろって」


 俺は面倒を追い払うように手を振ってそう告げたのだが。言われた本人は納得できないようだった。


「あ、貴方は自分が何を言っているの理解しているのですか? このままでは”神敵”と認定を受けることになるのですよ!」


「そりゃ大変だな。別にどうでもいいが」


 俺の物言いに理解が追い付ていないのは彼女だけではないようだ。隣のドラセナードさんや高司祭たちも揃って瞠目している。


「貴方は何もわかっていない! 神の敵となれば世界の全てが敵となるのです。教会に手配書が回り都市を逐われ、神に許しを請わない限り人間として存在が認められなくなりますよ」


「おおこわ。で、それで?」


 彼女の言葉はおおむね事実だ。教会からの破門宣言はそれほどの意味を持つ。歴史を紐解いても教会に逆らった国王が破門され、周囲全てから背を向けられて慌てて詫びを入れた事例があるという。

 それまでは国家と教会が争う間柄だったが、教会の権威を決定づけた事件として名を残している。


「……正気ですか?」


 焦燥を隠そうともしないクロ―ディア嬢だが、背後のユウナ以外は皆同じ顔をしている。教会連中はともかく、ドラセナードさんまで焦っているが彼は王国の貴族だし、俺とは立場が違うか。


「クロ―ディア嬢。そういえばあんたは男爵令嬢だったか? 1つ違いの妹さんと9歳で教会に入ったんだよな?」


「……よくご存じのようで」


 聖女関連の情報ははすべて秘匿されているらしいが、ユウナにかかれは当然のように集めて来る。彼女が聖女を置いて極秘でここにやってくることさえつかんでいたくらいだが、来訪の目的までは読めず想像するしかない。本当に何故連中が俺に接触してくるのかさっぱり理解できない。俺がこれまで教会に用があったのは転職するために赴いた一度だけなのだ。


「12年で枢機卿を凌ぐ影響力とは大した出世だが、あんたの世界は教会の内側だけで固まっているようだ」


「何が言いたいのです?」


 ここまで言っても彼女はなぜ俺が余裕の態度を崩さないのか理解できないようだ。俺は溜息をついて説明をしてやった。


「あのなあ、教会が絶大な影響力を及ぼせるのは王侯貴族層だけだぞ。れっきとした平民の俺にしてみれば教会から破門とか言われても何の痛痒も感じないな。こちとら寒村の生まれで、洗礼をきちんと受けたかどうかさえ怪しい身だぜ?」


「まさか、洗礼を受けていないと?」


「さあ、多分受けたんじゃないか? 貴族は教会と縁が深いかもしれないが、平民なんて敬虔でもなきゃその程度だぞ」


 小さな村でも教会はあるが、町の中心という意味で人が集まるだけであって信仰心とは程遠い。それに庶民には神殿に通うものも多く、貴族ほど絶対的な存在ではないのだ。

 貴族の彼女と俺とでは教会に対する認識があまりにも違い過ぎた。その差がこのやり取りに現れていた。


「そんな……しかし、破門認定を受ければあなただけではなく周囲にも影響が及びます。貴方が代表を務めるランデック商会はすべての顧客を必ず失うことになります。それでもよろしいのですか!?」


 クロ―ディアの言葉は必死さを感じさせるものになっていた。彼女は女優には見えないし、演技臭さも感じない。この程度の話は周囲に多少事情に通じたものが居れば容易く耳に入るはずだし、つまりそういうことなのだろう。この若さで教会の最上位近くにまで上り詰めたのだし、誰も助けてくれる者はおらず、周囲は敵ばかりに違いない。高司祭たちに対する態度がそれを証明している。


 しかし、彼女の台詞は無視できない。破門の一番の脅威は周囲全てから背を向けられることにある。平民に効果は薄いと言えども商人からすれば絶対に避けたい事態なのは間違いない。


「それは困るが……もとより商売は幸運に恵まれ過ぎた面もある。諦めて店仕舞いするとするさ。聞けば枢機卿の皆さんはおろか教皇猊下にもご愛顧いただいているようだが、残念だ、本当に残念だ。だが破門されてしまえば仕方ない。そういえば宣言が出されるには枢機卿何人の賛成が必要なんだっけか?」


「……過半数、6人以上の賛同が必要になります」


 クロ―ディア言葉から力が失われている。俺がここまで教会の事情に詳しいとは思わなかったらしい。


<ユウナがいる限り、俺から情報の優位性を取る事が出来るはずないのにな>


 <共有>で即座に情報が回ってくるのだ。こんな奴相手に交渉するほうが可哀想だと思う。


<すべては我が主のお力の賜物です>


「聖女の懐刀と言われた貴女なのですから、険悪とされるバシレウス派を懐柔する手段もお持ちなのでしょう。12人いる枢機卿のうちかの派閥だけで5人ですから、票読みは容易いかと。今の話が事実であればですが」


「貴方が<氷牙>のユウナですね? 冒険者ユウキの影にして叡智を司る者……貴方の”蜘蛛”には我等の”漆黒”も随分と手を焼かされていると聞きます」


 クロ―ディアはユウナを睨みつけたが、百戦錬磨の彼女の相手になるはずもない。睨み返されてお終いだ。


「そちらの組織は訓練に最適でした。手頃な練度なのでありがたく利用させていただいています」


 教会が持ちうる諜報組織の名称は”漆黒”と呼ばれる。長きにわたって歴史の闇から闇に暗躍する者達だが、なんとユウナは作り上げた自分の組織を彼等で訓練しているらしい。俺も気にしてなかったが、今初めて聞いたわ


「しかしまあなんだ、教皇庁直属の修道女は教会に籠って生活するというが、世俗を知らないのにも限度があるな。もう少し世間に出て見聞を広めるべきだと思うぜ?」


「貴様! 平民如きがシスター・クロ―ディアを愚弄するかぁっ!」


 それまで沈黙を守っていた男の騎士が俺の言葉に激高して懐から刃を抜き放った。護衛の武装を取り上げることは出来ないとはいえ、交渉の場で安易に切れるなよ。


「教会に仇なす背教者め、神の怒りを想い知るがいい!」


 逆手に持ったナイフをそのまま俺に突き刺そうとしてくるが、その動きは中々に素早い。聖女の懐刀を護衛するだけの力量はあるようだ。


「ったく、躾のなっていない狗だな」


 並外れた力量ではあるが、それはあくまで一般人の範囲だ。こちとらすでに人類を止めて久しい。振り下ろされるナイフを片の平で受け止めると、ナイフは粉々に砕けた。


「な! なに!?」


 驚愕に固まる騎士の首をもう片方の手で締め上げると頸動脈を極められたその男は酸欠で青い顔になってゆく。


「主人の言いつけなしに嚙みつくなって教会では教わらなかったのか? おい、そっちでは狗にどういう教育をしてやがるんだ?」


 若干の<威圧>を籠めてクロ―ディアを睨みつけるとこの展開は想像していなかったのか、虚を突かれた顔の修道女が居た。俺の咎める視線に気が付くと慌てて頭を下げる。


「失礼いたしました。この件は完全にこちらの不手際です」


 どうだか。恫喝と寛容、この二つを組み合わせて教会はその勢力を拡大していったのだ。脳筋が暴力(軍隊)で威圧し、もう一方が寛大さを見せる。暴力に慣れてない手合いなら簡単に転がせる使い古された手段だが、世界規模でこれをやって異教徒(彼等から見ての話だ)を駆逐してきたのが教会勢力だ。


「俺が三下ならこの落とし前をどうつけるんだと凄むところだがそこまでやる気はない……だからあんたも悪さは()()()()にしておけよ?」


 意識を失う寸前で開放してやり、咳き込む騎士を無視して俺は隣の女騎士に意味ありげに呟いてみせた。


「……ッッ!!」


 俺の言葉に露骨に動揺した女騎士は慌てて視線を外した。そうする必要があるのは知っているが、露骨に過ぎた。


「護衛として紛れ込ませるには彼女は華奢すぎないか? 全く鍛えてない騎士とか無理があるだろ」


 修道女として一緒にくれば……人数制限でもあったのかもしれないな。高司祭にも供が必要な立場だろうし。


「何のことでしょうか?」


 さすがの鉄面皮で一切の動揺を見せなかったクロ―ディアだが、そうするとあの騎士の暴走の際に見せたあの顔が気になるな。俺を惑わせようとしているのか? こんな前座でそこまで手を込ませるか普通?


「ここで明かさないほうが互いの為だろう。露見すれば彼女は大変なことになるからな」


 この場にはドラセナードさんや王都の教会関係者もいるし、得意げに詳細を話しても悪感情を増加させるだけだ。すでに敵対的関係になっているが、俺も本題に入る前に決裂させたくない。ここで席を立たれては俺もわざわざ出向いた意味がないしな。


 俺がこれは貸しだぞ視線を送るとその意味をちゃんと理解したのか、クロ―ディアはこの交渉の場で初めて溜息をついた。


「評判は聞いていましたが、噂以上の人物ですね。本当に学のない農民の生まれですか? 稀人である噂の方が信じられますね」


「お褒めにあずかり光栄、と言っておこうか。俺は優秀な仲間に助けられているだけだ、単身で教会の上層部に食い込んだあんたほどじゃない。だた、その手腕には少しばかり言いたいこともあるがな」


 お互い、遊びはこの程度で十分だろう。


 そう水を向けると小さく嘆息したクロ―ディアは頷いた。彼女としてはあのやり取りで俺に精神的優位を作って本題に入りたかったのだろう。先ほどのベルンの言い分も彼女の淹れ知恵のはずだし、これから先の交渉の前に少しでもこちらをやり込めておきたかった、そんな所だろう。

 この程度、交渉前の挨拶みたいなものだ。


「私がこれまで貴方に何かご迷惑をおかけしましたでしょうか? ああ。そこの愚か者の事でしたら謝罪いたしますが。そのことではないのでしょう?」


 そう言いつつ上品にグラスを傾ける彼女は悪びれる様子もない。こんな時間に交渉を持ちかけるほど困っているはずなのに、自分から切り出すのは嫌らしい。


「あんたな……用がないなら俺は帰るぞ。聖王国から10日以上もの時間をかけた旅路が全て無駄になるが、それで構わないんだな? さっきも言ったが俺自身は教会の助力は不要だ。だが今は教会と神殿の力関係が歪だからそれを是正しようとしただけだからな。俺の提案が吞めないならランヌ王国の教会は永劫に神殿を仰ぎ見ることになる」


「それは困りますな。教会と神殿は並び立つことが理想、一方の偏りは喜ばしくありません」


 クロ―ディアとの交渉が始まった後はずっと無言を貫いていた高司祭が初めて口を挟んだ。しかし並び立つ、ねえ。俺が肩入れするまで神殿は滅法寂れていたが、それに対して教会は何か手を差し伸べたりしたのか? が思うだけで問うほど俺も子供ではない。


「……」


 高司祭からの無言の圧力にも屈せず俺を見つめるクロ―ディアだが、我慢比べにいつまでも付き合ってられないな。そろそろ本気で席を立とうかと思い始めた頃、唐突にユウナが独り言をつぶやいた。


「当代の聖女、エリスティアは類稀な回復魔法の才をお持ちだそうですね」


 意外なことにユウナがクロ―ディアに助け舟を出してやっていた。彼女にしては非常に珍しいが、何か理由があるのかもしれない。まあいいや、向こうから切り出させたかったが、話が進むなら受け入れよう。


「ウィルソン高司祭、ドラセナードさん、申し訳ないが人払いを願いたい」


「ふむ、興味深い話題だが、耳にするとまずいかね?」


 俺は部外者の退席を願った。この展開は解っていたと思うが、彼は渋っている。


「知らなくていいことを耳にして余計な監視がついても構わないなら別ですが。俺はどちらでもいいですよ」


「痛くない腹を探られるのは本意ではないな。よろしい、席を外そう。終わったら読んでくれ、スラムの件はこの後で詰めるとしよう」


「了解です。高司祭と連れの方も、悪いが外していただこう」


 王都の教会としては交渉がまとまれば後は教皇庁の件はどうでもいいはずであり、ドラセナードさんが促すと退席していった。

 残ったのは俺とユウナ、クロ―ディアと女騎士だけだった。俺に突っかかって来た騎士は残りたそうにしていたが、高司祭に放り出された。


「余人を交えずに話したいだろう? 結界を張るから警戒しないでくれ。こいつは外界からの物音や気配さえ遮断する。あの騎士が聞き耳を立てても内容が漏れることはない」


「すべてお見通しでしたか。かの騎士は護衛という名の監視でした」


「あれって聖堂騎士団(テンプル・ナイツ)か? 腕はそこそこ立つようだが、荒事に慣れてはいなかったな」


 教会が持つ固有戦力を名を出すと、彼女は頷いた。厳しい訓練の果てに選抜される精鋭との評判だが、まあ普通だったな。余談であるが、聖堂騎士団の対になる存在がバーニィーも所属する教団の暗黒騎士団だ。もっとも実力は後者の方が比較にならないほど高いが。あいつほど異常ではないにしろ、あの騎士程度なら瞬殺する実力者ぞろいだとか。


「常識から逸脱した力を持つと聞いていますが、実際はそれ以上ですね。高位術式の結界をこうも容易く……」


 俺の<結界>に感嘆の息を漏らすクロ―ディアと女騎士を見据えて、俺は核心に入る。



「で、当代の聖女様の話だが?」


「ええ。聖女様は慈悲深い御方で、多くの苦しむ民をそのお力でお救いになっています」


 さて、ようやく今夜の本筋だ。長い前置きだったな。


「だが、本来なら唯一無二の存在で絶大な聖女様の影響力に陰りが出てきているそうだな」


「……<(シュトルム)>ともあろう人がそのような根も葉もない噂を? ですがやはり()()()ともなると余人よりお詳しいようで」


「あんたが工作して自分の妹を聖女に仕立て上げなきゃ済んだ話だと思うがね。確かに好機だとは思うが、人の椅子を無理やり奪ったんだ、それなりの反動は覚悟しておくべきだろうに」


「あの”破壊する癒し手”エリザヴェート王女が回復魔法を成功させるなど、誰が想像しえたでしょうか。前教皇猊下さえ、習得は無理だと匙を投げたと聞き及んでいました。貴方の手助けなしに殿下が習得為し得たとはとても思えません」


 ソフィアの学友であるレイルガルド聖王国第四王女エリザヴェートには不名誉な二つ名がついていた。クロ―ディアが先ほど述べた”破壊する癒し手”という名称のままに回復魔法を行使したのに傷が悪化するという呪いのような代物だった。

 回復魔法の使い手は稀少とはいえ、彼女の生まれが些か面倒な問題を生み出していた。、


 ”聖”王国の”聖女”は代々王女が務める習わしだった。王女全員に回復魔法の素養が現れるわけではないが、ほぼすべての時代に直系の王女に高い素養が見られて聖王国の権威向上に一役買っていたわけだ。

 そして今代の王女はエリザヴェートのみが突出した才能を持って生まれ、彼女こそが当代の聖女に相応しいと誰もが思っていた。


 発動した回復魔法が怪我を悪化させるという現象を生み出すまでは。


 一時は”呪いの子”とまで呼ばれたらしいが、魔法自体は間違いなく発動し、これは回復魔法だと皆が口を揃えた。しかし結果として怪我が、病が悪化する結果となりついた仇名が”破壊する癒し手”と呼ばれるようになってしまった。


 ここで問題となったのは空席となった聖女の椅子だった。聖王国の王女が聖女になれないのは何とも締まらない話だが、外部から聖女を担ぎ上げた事例は僅かにある。


 聖女不在である事よりは遥かにマシな話であり、目の前にいるクロ―ディアが八面六臂の活躍で才能があった妹を聖女の地位まで登らせたというわけだ。



「想像で物を言っては困る、彼女は諦めず訓練を欠かさなかった。全てはエリザの努力の賜物だ」


「王宮で急病人を癒した際、王陛下に貴方の助力で会得できたと報告したそうですが?」


 エリザ、喋ったのか……確かに口止めした覚えはないが、大したことをしたわけじゃない。本当に彼女が魔法をよく学んで実践しただけだ。俺は二言三言、口を挟んだだけだぞ。


「別に俺のことを口にする必要はないと思わないか?」


「彼女はユウキ様に全てを救われたのですから、当然ではないでしょうか? 聖王国の王女が回復魔法を行使できないのですから、故国では日陰者として扱われたかと」


 背後のユウナに問いかけたのだが、出会った当初のエリザの控えめな微笑みを思い出す。今では心からの笑顔を浮かべているが、当時は出来損ないの王女でも出来る仕事として俺の監視任務につかされたわけか。


<実際は国元を離れ、セインガルドのフィーリアとともに育てられたそうです。彼女にとって帰国は凱旋であり、ユウキ様に感謝するのも当然かと>


 彼女も既存の魔法教育の被害者であり、一番の功労者は魔法学概論を教えたセシリア講師なんだが、エリザは俺ばかり感謝をする。少しは講師にもそれを向けてほしいものだ。


<あれはユウキ様にしかできない助言でしたから。ですから彼女はあれほどの感謝をユウキ様に捧げたのです>



「殿下が癒し手としてご活躍されるのは臣下としても喜ばしいことです」


 能面のような顔をしてエリザを讃えるクロ―ディアの本心は解りきっている。


「あんたが苦労して押し上げた妹より優れた魔法を使うから聖女交代論が巻き起こってるんだろ? 大変だとは思うが、俺に文句をつけるのも筋違いだとは思うぞ?」


 エリザの魔力は訓練して総量を上げたソフィアに迫るものであり、聖王国が彼女に多大な期待をかけたのも頷ける話だ。その分失望も大きかったが、復活したとなればエリザの方が聖女に相応しいという声が出るのも当然の話だ。


 そしてその言い分に納得できない筆頭が目の前のクロ―ディアであり、原因を作った? 俺に対して文句をつけに来たというのが今回の来訪の主題に違いない。それ以外に彼女が俺に用はどないはずだからな。



「それはそれとして、貴方のせいで私の妹の地位が危ぶまれています。何とかしてください」


「またぶっちゃけてきたな、おい」



 小細工は全部無駄だと解ったのか、これまでの態度をかなぐり捨てたクロ―ディアはグラスの中のワインを一気に飲み干すと卓の上に置かれてあった赤ワインを勝手に取るとどっぷどっぷと手酌で注いだ。


 もう地で行くらしい彼女の攻撃が始まった。


「せっかく私があらゆる手管を使って妹を聖女にしたのに貴方のお陰で全部水の泡なんですけど! どうしてくれるんですか!」


「おお。それは、なんかすまん」


 なんというか、彼女の豹変に圧倒されてしまった俺は頭の悪い謝罪を口にしてしまった。どんな交渉でも簡単に謝ってしまった方が負けなのは世界共通だ。


「ごめんで済んだら異端審問官は必要ありません! 今の情勢では早晩エリーは聖女を下ろされるでしょう。何も後ろ盾も持たない私が教皇庁でのし上がるためにどれだけ苦労したか貴方に分かりますか!? 商会から借材を重ねて大司教や枢機卿に金をばら撒いて押さえつけてるのも限界です。こんな無茶が通るのももすべては聖女の地位があってこそのもの。このままでは私も妹も破滅なのよ!」


 ワインが止まらないクロ―ディアの目は据わってきている。


「俺にどうしろってんだよ。遠路はるばる愚痴を言いに来たのか?」


 ワインの瓶を逆さに振って最後の一滴まで落とそうとしているクロ―ディアの顔は既に赤ら顔だ。彼女に近いらしい女騎士の方は小さくなって顔を背け他人のふりをしている。きっとよくある光景なんだと思われた。きっと彼女がクロ―ディアの切り札だろうが、苦労してそうだなぁ。


「姫殿下に自分は聖女になるつもりはないと宣言させてください!」


「断る。他国の政治に口を挟むつもりはないし、俺にそんな権限があるわけないだろ」


 聖女の認定ともなると国家の意思決定だ。個人の言葉で否定すればどうにかなる段階じゃないだろ、と思うのだが彼女は否定した。


「殿下は貴方の言葉なら受け入れるそうです。すでに言質を得ています」


「んな阿保な……」


 自分の人生の岐路を他人に委ねるだと? 彼女は何を考えているんだか。


「貴方に頂いた力で得たものは全て貴方のもの、だそうですよ?」


 良かったですね、と怖い笑顔で凄む美人に正直引いた。俺に絡む美人は変な奴ばっかりだな。


 まったく、どいつもこいつも俺に何をさせたいんだか。


<ユウキ様、よろしいでしょうか?>


 その時、ユウナが<念話>で声を掛けてきた。彼女には意見があるらしい。


<どうした?>


<差し出口をお許しください。例の件に関して彼女を味方につけるべきかと愚行いたします>


 ユウナの申し出に俺は数瞬考え込んだ。なるほど、そう判断したか。


<この女は使()()()か?>


<はい、彼女は取り込むべき人材です。事実としてほぼ徒手空拳で教会上層部にまで食い込んだ手腕は特筆すべきものがあります。そしてこれから先を考えると教会との繋がりは大きな意味があるかと。こちらから提案すれば追い詰められた彼女は飛びつくでしょう。全ての懸案が片付くのですから>


 そう言えば、先ほどの助言といいユウナは彼女に手厚かったな。教会という強固な男社会で一人気を吐くクロ―ディアに手を貸したかったのかもしれない。俺の従者は”氷牙”とか呼ばれているが結構熱いところがある。


<解った、ユウナの判断を容れよう。それと説得するために例の資料を見せるぞ>




「如何ですか? こちらの要望を飲んでもらえれば相応の対価を用意できますが……貴方が報酬になびくようなら初めから苦労しないのですけどね」


 若干やさぐれているクロ―ディアに対して、俺は全く違う提案をすることにした。



「神殿と教会は並び立つ存在だと、さきほどのウィルソン高司祭はそう言ったが」


「……?」


 聡明な彼女は怪訝な顔をするものの、口を挟む愚を犯すことはなく俺に先を促した。


「俺はこう言い換えよう。聖女と聖王女もまた並び立てる存在だと」


「そんな。そんなことは有り得ない……儀式での序列や聖なる書における神秘への正当性、それに国内外からの批判に耐えられるはずが! こ、これは?」


 俺の言葉に反論しかけた彼女の前に俺はとある紙束を差し出した。これは最近のユウナの努力の結晶であり、俺が頼んで調べ上げてもらった各種記録が網羅されている。


「あんたのオツムならこれが何を意味しているか理解できるはずだ。そうすれば俺の言葉も納得するだろう。聖女と聖王女は住み分けられる、住み分け()()()()()()のさ」


 半信半疑で書類を読み進めたクロ―ディアの顔は次第に困惑から焦燥に変化してきた。ユウナとその配下が搔き集めてきた記録を精査し、比較すると嫌でも見えてくるものがある。


「……私の他にこの事実を知る者は?」


「セインガルドのフィーリアだ。それを読んだ後の彼女も今のあんたと似たような顔をしていたよ。すでに祖国に一報を入れたそうだ」


「ここに書かれているのが嘘だと割り切れれば良かったのですが、あの国の一族が本気で精査に入ったのならば事実なのでしょうね」


「ならば理解しただろう? 聖女と聖王女が共にいてよかったと思える時が来る」


「二人が同時に並び立つ必要が、いえ、並び立たねばならない……そんな時代が来てしまうわけですね……」


 クロ―ディアは俺が敢えて口にしなかったことも把握していた。頭の回転が速い奴は説明が少なくすんて楽だな。


「しかし。世界各地からこれほどの情報を集めるとは、どれほどの人員や資金がが費やされたのでしょう。やはり”蜘蛛”の規模は教会の”漆黒”を超えていますね。それで、この情報の代価に貴方は私に何をさせたいのですか?」


 この来訪の意図は俺に無理筋の頼みを強いる事であり、彼女とすれば駄目元で恨み節の一つも告げるためだったはずだ。それなのに俺から解決策を提示されたからには、何らかの目論見があって当然だと思っている。


「そんなの決まってんだろ。この未来に対抗するためにあんたの力を貸せ。その代わり俺もあんたに手を貸してやる


 その言葉の意味を理解したクロ―ディアは目を見開き、俺が差し出した手を両の手でしっかりと握り返してきた。


「百万の味方よりも心強いわ。教会からの支援は任せて。その代わりと言っては何だけど……」


「さしあたってはこれでいいだろ? あんたの苦境を俺は世界で一番同情してやれる自信がある」


 クロ―ディアを最も喜ばせたのが資金提供だった。教会でのし上がるために借金を重ねすぎて利子だけで首が回らなくなっていたという彼女の話を聞いて、借金仲間として親近感を覚えた俺は数枚の白金貨を握らせてやると彼女は小躍りして喜んだ。



 こうして将来、教会の”鋼鉄の女”と呼ばれることになるクロ―ディアを自陣営に引き入れることに成功した俺たちは厄介な将来に備えるべく準備を着実に進めるのだった。



 その後の交渉は高司祭を交えて円滑に進んだ。貧民窟の支援の件はほぼ本決まりだったので、あとは俺が承認して終了だ。現場を担当する教会側から修道女たちの安全を危ぶむ声が出たが、俺が神殿騎士団を使えばいいと言い出すと押し黙った。

 彼らの認識では騎士団は神の敵にのみ動員されるものだったのだが、この百年戦争をしていない奴等は基本暇人なのだ。戦わない騎士団は金食い虫と同義なので働かせろという俺に難しい顔をする教会側だったが、クロ―ディアが賛成に回ることで教皇庁に掛け合ってもらうことになった。

 彼女が大見得を大見得を切ったので成り行きを見守ろう。最初期には間に合わないと思うので”クロガネ”から有志を募ることで決着を見た。どうせザインやゾンダの手下たちが手を上げることは解っている。



 そんなこんなで有意義な話し合いは終わったが、随分と時間を食ってしまった。気付けばそろそろ日付も変わろうかという時刻だ。最後は酒盛りになっていた感もあるが、そろそろお開きだなと展開し続けていた<結界>を解除した途端……


 その異変に気付いた。



 俺は部屋を飛び出し、ギルドの外に向けて駆け出した。


「おい、ユウキ! どうしたのだ?」


 呂律が怪しくなっているドラセナードさんの声を背中で訊きながら外に飛び出した俺の視界に飛び込んできたものがある。



 夜空ぞ見上げると一部が赤く染まっている。


 火事だ。


 方角は南側……つまり庶民が住まう南地区、俺は舌打ちと共に<マップ>で人の流れを確認する。言うまでもなく最も慌ただしく動いている場所が火元だろう。


 畜生、油断した。<結界>のせいで把握が遅れたのだ。



 燃えているのは、ゼギアスたちが心血を注いで開校寸前まで完成している学校、だったのだ。




楽しんでいただければ幸いです。


年末進行は強敵でした。遅れてすみません。




急展開が示す通り、次でこの章は佳境に入ります。



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