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世界最強になった俺、史上最強の敵(借金)に戦いを挑む!~ジャブジャブ稼いで借金返済!~  作者: リキッド


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見捨てられた場所 17

お待たせしております。




「どうしてこうなった……」


 俺の眼前には死屍累々という表現がぴったりの光景が広がっている。この数十人にも及ぶ獣人の男たちが地に倒れ伏す惨状を齎したのはもちろん俺ではない。


「ふん、口ほどにもない。さっきまでの威勢は何処に行ったのかしら?」


「私たちを侮るとは、獣人といえど誰もが強者というわけではないのですね」


 他愛もないと手をはたきながら俺の弟子二人が倒れている獣人たちに一瞥をくれている。手加減しろよと始まる前に口を出したので殺してはいないはずだが、誰一人うめき声一つ上げていない。

 とはいえさっき数えて総数46人もの相手をこの二人だけでしたわけではない。一応中衛と後衛のふたりだし、戦果の大部分は俺の視線の先にいる金髪の少女が上げたものだ。


「相手の力量を察する程度の実力はあってほしいものですね」


 あいつ、あれから更に強くなってるな。


 ”二の太刀不要(にのたちいらず)”との二つ名で呼ばれるアリシア・レンフィールドは俺と決闘した時より動きが良くなっている。彼女は俺の動きを見て盗める本物の天才という奴で、流れるような動きで多数の敵を同時に相手取るその様はあの雪原で魔物の群れを切り裂いたころとは別人のようだった。


 完全に才能が覚醒したアリシアは本当に呼吸するだけでも成長している。俺がSランクから降ろしたのは人形のように生き方を強制されたアリシアに無理を感じたからだが、今の彼女なら遠からずまた返り咲くだろう。たとえ彼女か望まなくとも周囲が放っておかないはずだ。俺は余計なことをしたかもしれない。


「お目汚しをいたしました」


 そう言って俺に駆け寄って声を掛けたミレーヌに俺は内心一番驚いている。僧侶は戒律で刃物を持てないからその分杖術や短槌(メイス)に習熟すると聞くが、彼女は短槌の達人だった。俺の知り合いではキキョウの仲間であるスイレンも同職だが、彼女は後方で回復と補助に徹するから僧侶の前衛での姿は初めて見た。俺がウィスカのダンジョンに挑み始めたころは彼女たちは既にライカールでの長期任務中であり、その雄姿を目にしたことはなかったのだ。


 しかし、まあなんだ。可憐な淑女にしか見えないミレーヌがメイスで獣人の頭をかち割る光景は衝撃的だった。今も清楚にしているが、後ろ手に血に塗れたメイスを握っているのを俺は知っている。



「で、まだやるのか? そろそろ話し合いをしたいんだが?」


 俺は人混みの背後に隠れる人物に声を掛けた。そいつこそが俺たちの目的の店の店主であるギジスその人だ。

 正直なぜこの展開になったかはよく解らない。今も隣で腰を抜かしているペケタの案内で奴の店に向かい始めた俺たちだが、大通りを外れてきな臭い界隈に足を踏み入れた時点で怪しくは感じていた。<マップ>で目的地は認識していたが、実際の光景は解らないので仕方ないとはいえ、堅気の人間がうろつくような場所ではないのは明らかだ。


 しかし解せないこともある。俺がこの情報を仕入れたのはエドガーさん経由だ。彼は防具を商うことからその商人人生を始めただけあって、防具やその素材の目利きと人脈は他の分野とは一線を画している。俺がどんな防具が彼女たちに適しているかと問うだけで数種類のお薦めを即座に口にでき、その素材は何処に、誰が扱っている窯で熟知していたのだ。

 さすがは俺が見込んだ世界最強商人である。彼は素材も取り寄せましょうと請け負ってくれたが、自分が身に着ける品は本人に見定めさせた方がいいだろうと思い、自らの足で向かうと決めた。

 能力的に最高級でも全く好みから外れていてはせっかくのゲルハルトの親方の仕事が無駄になる。命を前にそんなの気にするかと思うかもしれないが、日々の手入れや扱いに差が出ますとエドガーさんが断言したので俺は一も二もなく従った。


 そういう訳で現地へ向かっているのだが……本当にこんな悪所なのか? 一見の客が突然秘蔵の品を見せろと言われても追い返されるだけので、俺たちはこの地の大商会からの紹介状を手にしている。


 そんな大商会がいくら貴重とはいえこんな場所にある店を紹介するか? 紹介状を書くということは私の大事なお客様なんでよろしく、というだけの意味ではない。”これを持たせる相手は自分にとっても上客だから粗相はするな、何かあればウチがお前を潰すぞ”という警告込みだ。逆に便宜の一つも図れば商会の方から何らかの褒美が出る。貴族が幅を利かせるこの世界の紹介状とはそういう仕組みだから、こんなことあるのかと疑問に思うのだ。


 これが連れているのがソフィアやイリシャだったら即座に撤退しているが、荒事でも何も心配らない面子だから気にしないでいたら……こいつらやりすぎだ。どんだけ獣人転がすんだよ。

 場所が場所とはいえなんでこんなに絡まれるんだと怪しんでいたら、どうやらお目当ての店が向こうから手を出してきたらしい。さらによく解らん状況になってきた、なんで買い物に来て喧嘩を売られているんだ? 隠れている当人に話を聞くとしよう。


「だ、黙りやがれ、ザールの手先が! 昼間っから報復に来やがったな。こっちはお前らに払うもんなんざ銅貨一枚たりとも無ぇぞ!」


 俺の問いかけに答えたギジスという男は人間だった。この獣王国では要職は獣人が占めているが、人口比でいえば人間もそれなりのものだ。だから珍しくはないが、暴力が幅を利かせる後ろ暗い商売をするには身体能力に優れた獣人ばかりだ。神殿の戦士たちも俺が潰した街の屑どもも全員が獣人だったので意表を突かれたのは確かだが、それ以上に話が全く嚙み合っていない。


「おい、誰と勘違いしてやがる。俺たちはお前らの揉め事とは無関係だ。何でも屋のギジス、あんたと商売がしたくてやって来たんだよ」


「嘘をつくならもう少しマシな嘘をつきやがれ! ()()()にやって来て商売だと!? 誰が信じるか! 俺を殺してもシマは渡さねえぞ。例の権利書はもう俺の店にはねえからな」


 俺は隠し事一つせずに目的を伝えたが、残念なことに全く信じてもらえない。そしてこいつの事情を全く知らない俺もこいつが何を言っているか全くわからない。

 だが、ここに駆け付けるもう一つの集団がいる。この鉄火場にやってくるのだから関係者だろう、そいつらに説明を頼もうか。

 だから皆の衆、まとめて始末しますかとか物騒なことを考えるんじゃない。俺はこの国でこれ以上目立ちたくないかえら余計な血を流すつもりはないぞ。



「おい手前ら、俺たちを差し置いて何を揉めてやがる! ハクレン大通りの利権は俺たちザール一家のもんだ!」


 ギジスが用意したと思われる倒れた獣人たちを蹴散らしてこれまた獣人の一団がやってきた。ギジスの客はこいつらのようで、怯えていた奴の顔が真剣なものになった。


「まずい、強盗ザールだ。目があったら殺されるぅ」


 俺の足元で震えるペケタが現れた新顔に震え上がっているが、そんな面白い奴なのか?



「へえ、荒くれ者か?」


「そんな生易しいもんじゃない。奴に関わったら何もかも奪われて、最後は命まで奪われちまうんだ。だからあだ名が強盗ザールなんだよ。まずい、逃げなきゃ……」


 そう言って俺を見上げるペケタだが、さっきも獣人に囲まれて震えていたが結局逃げなかったな。


「案内は終わったし、お前がここに居る必要はないぜ?」


「そりゃそうなんだけどよ……なんかここに居た方がいいって勘が言ってんだ」


 なんだそりゃ。


 俺たちがそんな会話をする間に状況は動いていた。



「ザールめ、来やがったか! ってことはあんたらは……」


 本当に無関係か? という視線に俺はうんざりとして頷いた。おかしい、こういった訳の分からん揉め事は玲二が担当のはず。俺に降りかかってくるものではないはずだ。


「いや、ユウもたまにはランダムイベント楽しまないとさ。玲二の場合はこれが週一ペースでやってくるけどね」


〈俺も好きで遭遇してるわけじゃないぞ!〉


 俺の状況を見ていたのか<念話>で即座に玲二が文句を言ってくるが、数日おきにこんな厄介事が……そういえば起きてる気がするな。すげえわあいつ。


 嬉しくねーよ、と<念話>で文句を言う玲二に適当に答えつつ、ギジスとザールとかいう当事者同士の話は俺を無視して進んでいる。ライカ達は俺が黙っているので無言を通している。



「はっ、ご自慢の手勢を流れ者に潰されるとは運が尽きたなギジス。観念して俺たちに権利書を渡せや。なに、こっちも商売だ。タダでなんて言わねえさ、金貨200で手と打とうじゃねえか」


「ふざけんな、そんな端金なんざいるか! あれがありゃあ半年もかからずそれくらいは稼げらぁ。買い取るってんなら十倍は持って来やがれ!」


「おい、これは慈悲で言ってやってるんだぜ。50人はいた自慢のお仲間はもう二人きりじゃねえか。嬲り殺しになってすべて奪われるよりこの金を受け取って生き延びる方が賢明だろう?」


 ザールという男は狐の獣人だった。だがその体躯は大柄で俊敏さとは無縁の暴力の気配を漂わせている。連れている手勢は30人ほどだが、その統率は取れていてゆっくりと俺たちごと包囲する動きを見せていた。


「はっ、よくほざく口だぜ。渡した後で俺を始末する癖によ。お前の手口は知れ渡ってるぜ、誰がそんなもん信じるかよ」


「なんだよ、じゃあしょうがねえな。権利書の在り処はお前の体に聞くとするぜ。死ぬ前にちゃんと吐いてくれよ、人間はひ弱だから手が滑っただけで死んじまうからよぉ」


 こんな風にな、と奴が軽く投擲した石が民家の石壁を破壊する。それを見た周囲の手下たちが下品な笑い声をあげた。


「へへっ、ボス。拷問は俺に任せてくださいよ、最近人間相手の手加減を学んだんでさぁ」「馬鹿言え、俺はの方が上手いに決まってんだろ? 何しろ両足ぶった切っても二日生かして拷問できたんだからな」「ふざけんな、ここは俺の出番よ。実績なら俺の方が上だぜ」


 手下たちも血に慣れた空気を出している、その言葉も間違いではないかもしれない。

 個人的には問答は早く終わらせて実力行使しろやと思いつつなかなかお目にかかれない寸劇を楽しむ気持ちも湧いてきた。何しろこいつら俺達を完全に蚊帳の外に置いている。もしかしてザールという獣人は弟子たちが始末したと思っていないのかもしれない。


「へっ、オツムの弱いお前らの考えることが解らねえとでも思ったか? お目当ての権利書はすでにここには無ぇよ。あるお方に預けてあるのさ。欲しけりゃあの方から奪うんだな!?」


 言われ放題だったギジスだが、不敵な笑みと共に奴等に言い返した。だがそれだけで奴等は事態を理解したらしい、周辺の空気が一気に剣呑なものになってゆく。


「あの方、だと? まさかお前、”黒獅子”をこの件に巻き込んだってのか?」


「おうよ、権利書が欲しかったら黒獅子の旦那に掛け合うんだな。こっちは少なくねえ金と共に頼み込んであるんだ。俺の死体を持って行っても相手にされねえぜ。この町の裏側を支配するあの方に刃向かってみろ、そうなれば破滅するのは手前らだ!」



「ねえ師匠、黒獅子って誰です?」


 白熱したやり取りを興味深げに眺めるライカが俺に小声で訊いてくるが、俺が知るわけないだろう。こういう特に詳しいユウナもここにはいないしな。忙しい彼女は<念話>にも反応がなかった。


「誰だっけ、どこかで聞いた覚えがあるんだけど……」


 俺の懐から顔を出した相棒がライカに答えているが、獣王国にほとんど来たことないのに君の方が俺より詳しそうだな。

 余談であるが、他の3人はこの光景を観劇するかのような顔で楽しんでいる。確かに彼女たちの実力なら獣人が1000人いても一蹴できる。気を抜かないでいるだけ上出来だ。



「手前ぇ、面倒な奴を引き込みやがって!」


「わかったら大人しく帰んな。昼間っから近所迷惑だぜ」


 鬼札を切った自信があるのか勝ち誇るギジスに対してザールはその余裕ある態度を崩しはしなかった。向こうにも隠し玉があるらしい。


「確かに黒獅子はこの王都のドンだ。その規模、手下の数はその追随を許さねえさ。だがよ、奴はあの事件の前まではそこそこ名の知れた集団の頭に過ぎねえ。それに誰もが黒獅子に頭を下げるって訳でもねえんだぜ? こういうこともあろうかと、俺達にも準備はあるのさ。先生がた、頼みますぜ?」


「早々に俺達を使うとはな。別料金だぞ」

「全くだぜ。だが野郎の名が出てきたなら黙ってはいられねえか」


「あ、あんたら! まさか、生きていたのか……」


 ギジスの驚愕の叫びと共に集団の背後から歩み出てきた二人の獣人に隣のペケタが声にならない叫びをあげた。


「あ、あれはジュロスとベゾス! そんな、嘘だろう!?」


「しっているのからいでん!?」


 相棒が生き生きとした顔で腰を抜かしているペケタに問いかけているが、何の意味があるのだろう? 雷電? 雷魔法の一種か?


「もう、玲二がいないと誰からも突っ込みが入らない。たすけて玲二!」


 何やら絶望した顔で叫ぶ相棒だが……玲二でなくてすまんな。


「で、誰なんだあいつら? 説明しろよ、みんな知りたがってるぞ」


 4人も興味津々でペケタに視線を向けている。そんな姿に困惑より怒りが勝ったらしく、彼は声を荒げた。


「あの二人は”白狼”と”大蛇”の首領だ! もともとこの王都は”黒獅子”にあの二人を加えた3巨頭が君臨していたんだ。でもなんか事件があって二つの組織が一夜にして潰されたんだ! そしてただ一人生き残った”黒獅子”が残党を吸収して最大勢力になったんだよ!」


「鼠如きが良く吠えやがる。あの日の屈辱を思い出すたびに憎悪がこみ上げるが、なによりも”黒獅子”が気に入らねえ。俺達不在でこの王都の首領だと? 冗談じゃねえ、そんなの認められるか」


「どう取り入ったのか大商会の後ろ盾を得て成り上がったようだが、所詮は俺達と同じ掃き溜めに燻る底辺よ。その化けの皮を剝がしてやらねばな。そうすれば奴に従う者たちも幻滅するだろうさ」



「なんて程度の低い。這い上がった者の足を引っ張ることだけが望みなんて。一生成長できない典型ですね」


 キキョウが辛辣な一言を放ったが、獣人は耳もいい。彼女の声はどっちか(別にどうでもいい)に聞こえていたようだ。


「囀るか、人間の女よ。人間なぞ手出しする価値もないが、その侮辱は聞き捨てならん!」


「事実を言ったまでのこと。それによくぞこの地にあおめおめと顔を出せたもの。たとえどれだけ猛ろうが、魂に刻まれた恐怖は消して消えないものです。その虚勢がいつまで保つか、楽しみですね」


 キキョウの追撃は二人の触れてはならない部分だったらしい。濃密な殺意が溢れ出すが、俺の一番弟子にはそよ風以下の脅威でしかない。


「人間の雌め、ほざいたな!」「命が要らんらしいな!」


「泣きながら命乞いをした日のことは忘れたようですね、獣らしい低能さのようで」


 泣きながら命乞いだあ? キキョウは随分と詳しいな。まるで当事者のようじゃないか。だが会話の主導権を奪ってどうする。俺達には無関係な話だぞ? 確かにあのギジスには用があるし、連れていかれるわけにはいかないから、そろそろ介入するか?


 いや、その必要はないようだな。



「まったく、珍しい顔が並んでると聞いて飛んでくれば……一体どういう状況でぇ、これは?」


 ざわ、と周囲の空気が動いた。それだけの人物が現れたからだ。それを証拠にライカ達も新たに現れた人物に警戒を怠っていない。彼はそれほどの実力を備えている。


「馬鹿な……貴様、なにがあった!?」

「その武威、唯事ではない……本当に”黒獅子”か?」


 配下を二人だけ連れてこの場に現れたのは俺も知るレンバルトだ。そう言えばあいつの組織はそんな名前だったような……覚える価値のある人物は絶対に忘れない自信があるが、どうでもいい連中は記憶にも残らんからな。


「俺が今どのお方の下についてると思ってんだ。毎日が精進の日々よ、昔の俺と一緒にしてくれるんじゃねえよ。で、お前らが一緒になってうろついてると連絡があって顔を出したが、一体どうなってんだよこれは? そこにいるのはギジスの野郎じゃねえか。おう、説明しろや」


「へいっ、実はですね……」




「つまり、お前は俺に牙を剥くってことでいいんだな?」


 ギジスの話を聞いたレンバルトはザールにまずその矛先を向けた。まぎれもない殺意を向けられたザールは青い顔をして両手を上げた。


「めめ、滅相もねえ。この町の裏側で生きていきたきゃ黒獅子の旦那に歯向かう気なんて欠片もねえ」


「その割には懐かしい顔を揃えて調子のいいことを吐いていたようだがな」


「いや、それは……言葉の綾って奴ですぜ。この二人とは出会ったばかりでウチの一家というわけでもないですし」


「そうかい。お前さんの判断に口は挟まねえさ。で。久方ぶりに顔を合わせたわけだが、一杯やるか? それともさっきの言葉通り、ここで一戦やらかすか? 俺はどっちでもいいぜ」


 泰然と佇むレンバルトは全身から強者の余裕を漂わせている。獣人が強者にひれ伏すのは自然の摂理、本能のようなもので絶対に逆らえないという。獣王もその強さで決まるというお国柄にもそれは表れている。もちろん力といっても色々あるので武勇だけが王を決める全てではない。


 ザールは元顔役の二人を切り捨てたが、そして捨てられた二人はレンバルトに視線を向けた。


「わ、我等はお前と牙を交えるつもりはない」


「無論だ。元配下たちもお前の下にいるのだし、歯向かってもそいつらを苦しめるだけだ」


 かつてはそれなりの手勢を束ねていた男たちも今のレンバルトには敵わないと本能で理解している、

なにしろ彼は自分から願い出てアードラーさんの部下にしてもらっている。そして部下の第一の仕事とは彼の訓練の相手をすることである。

 特にアードラーさんはハイオークキングの変異種であるサラトガとの戦いを経て別次元の強さになっている。その彼の訓練相手ができる強さならば、裏町で幅を利かす程度の連中など歯牙にもかけない。


「なんでえ。連れねえ奴等だ。じゃあ何してたんだよ? この状況じゃ事と次第によっちゃ俺らの仕事になるんだ、ちゃんと理由を聞かせてくれや。お前らもかつては一家を構えてたんだ、それくらい解るだろう」


 一家の頭が出張った以上、なんでもありませんでしたじゃ済まされない。特に獣人たちが大勢倒れている(俺らがやったんだが)現状ではなおさらだ。彼らはレンバルトにうまい言い訳をしなくてはならないが、都合のいい生贄がすぐ目の前にいた。


「我等はあの女に侮辱を受けた。屈辱を晴らさなくては誇りが保たれんのだ」


「そうだ。人間の雌などに愚弄されて黙っていられるか。これはお前の仕事とは無関係だ、下がっていろ!」


 レンバルトから逃れる格好の言い訳を見つけた奴等だが……当の本人は憐憫の表情を浮かべている。ああ、この程度の変装じゃ意味ないか。彼等とはすでに幾度も酒席を共にして気心も知れている。


「お前ら、聞かなかったことにしてやるから。それだけは止めとけ。悪いことは言わん」


 慰めるような口調で止めに入るレンバルトだが、それに構わず二人は気勢を上げている。


「止めるなと言ったはずだ。これは獣人の誇りの問題なのだ。おい女、覚悟はできているのであろうな?」


「命乞いをすれば見逃してやってもいい。我らとて人間の女を嬲る趣味はないからな」


 その言葉を受けてキキョウは薄く笑っている。我が一番弟子は怒りを溜め込む性質なのだ、つまり怒ると怖いんだよ。二番弟子(ライカ)は既にアリシアたちより向こうに退避済みだ。



 だが、レンバルトの一言ですべてが変わった。


「命乞いって。おいおい、泣いて命乞いをしたのはお前らの方だろ? 本人を前によくその態度でいられるな、ある意味尊敬するぜ。ほら、そこの旦那の顔をよく見てみろ。蘇ってくるはずだ、本当の恐怖って奴がな」


「いったい何を……あ、ああ貴様は、ああっ、おああああああっ!!」

「な、何故ここに。くそ、来るな! 悪夢め! 来るなぁあああ!!」


 二人して俺の顔を見たかと思えば突然叫んで頭を抱えて蹲ってしまった。


 誰もが言葉を失うなか、呻き声をあげるだけでザールの呼びかけにも応えない。どうやら精神が別世界に旅立ってしまったようだ。


「あーあ。ユウキの旦那が心底から恐怖を刻んだってのにノコノコ王都に現れるから悪いんだぜ。まったく、死ぬより生き残った方がより地獄だなこりゃ」


「お師さまの怒りに触れた愚者にはふさわしい末路かと」


「当然の結果ですね」


 仮にも名の通った獣人の最後がこれかと顔を引きつらせる俺とは裏腹にキキョウとライカは満足げに頷いている。ああ、思い出した。こいつらセレナさんの屋敷に嫌がらせをしていた集団の頭か。獣人は頑丈だから手足を砕いただけじゃ心が折れず、徹底的に破壊して追い込んだような……気がする。

 どうでもいい連中なんてこの程度のもんだ。ただ逆恨みは面倒なので二度と逆らおうと思わなくなるまで恐怖を叩き込んでおいた。

 俺に報復を思いつくだけで恐怖に魂が食われるほど追い込むことで俺の安全を図っているのだが、どんな奴も実際俺を再び出会うと精神崩壊する程度には壊してある。




「このお人が”白狼”と”大蛇”を叩き潰した張本人だってんですかい!?」


 レンバルトからの紹介を受けた俺にギジスは顎が外れんばかりに驚いているが、こっちはさっさと商談を始めたい。さっきから余計な茶々が入りすぎだろう。なんで素材を買いに向かったら裏町の権力闘争の一幕に巻き込まれているんだ。


「まあ、それは置いといて。俺たちは防具の素材を探していて、あんたは先代から受け継いだ秘蔵の品があると聞いている。良けりゃ売ってはくれないか?」


「素材だぁ? あんた”表”の客かよ。なんでぇ、それなら本店に向かってくれよ。とんだ勘違いしちまったじゃないか」


 手下たちもしなくていい怪我したもんだな、と零すギジスに俺は眉を寄せて隣で正座するペケタを睨んだ。


「おい、本店があるだととかいってるか、どういうことだ?」


「ええっ? 俺、ギジスの店と言ったらここしか知らねえけど……」


 <マップ>でもここと表示されたので間違ってはいないはずだが、ペケタの言葉にザールは渋い顔をした。


「街中の掏摸もそう思われてんのか。参ったぜ、あくまで副業のつもりなんだがな。まあいい、あんた何が欲しいんだ? 迷惑かけた詫びだ、勉強するぜ」


 そう告げたギジスだが、その直後レンバルトに殴られて宙を舞った。あれでも手加減はしているのだ、彼が本気になれば人間など拳一つで首をへし折れるからな。


「おい三下、口の利き方に気をつけろ。もし街中でその口開いたら、お前明日の朝日は拝めねえぞ」


「レンバルト、そういうのいいから」


 話が進まねえんだよと言った俺の文句は受け入れられなかった。


「黒獅子の旦那ぁ、一体何を!」


「お前の言葉一つで獣神殿全てが敵に回る。その覚悟があって喋ってんだろうな? 俺もこの人に大恩がある。手前から舐めた口を聞かされちゃ黙ってられねえんだよ。解ってんのか、ああ?」


「獣神殿が敵に……ってまさか、この人、いやこのお方が?」


「おうよ、我等が救い主様だ。その力、俺は肌身に染みてるがお前も神殿で見にしたはずだな?」


「”待ち人”……冒険者ユウキ。ってことはあの”(シュトルム)”!! た、大変失礼いたしましたぁ!」


 また始まったよ。他人をひれ伏せさせて楽しむ趣味のない俺にはひどく下らない時間を過ごし、ようやく商談に入る事ができた。


「この方が話は早いとはいえ、いちいち俺の正体を明かす意味があるのだろうか」


「当然じゃん! 必須だよ必須!正体バレは必須科目なの!」「さすが師匠、超かっこいい!」「お師さまの威光を知らしめるのも弟子の務めです」


 だが相棒と弟子には受けがいいようだ、よく分らんがキキョウはユウナたちみたいなこと言わなくていいんだぞ。



 結果として<マップ>は間違っていなかった。正業は表通りの本店で行っているものの、受け継がれてきた貴重な品は支店のこちら側に置いてあるらしい。


「あんたの店にはとっておきのスパイダーシルクがあるそうだな。どれくらいなら手放せる?」


「ウチの秘蔵っ子を何処からつかんだのか気になりますが、確かに在庫はございます。融通できますが、ご予算の方はいかほどで?」


「おいザール。手前、先ほど命拾いしておきながら金勘定たぁ調子良いな、おい! 旦那を舐めてんのか?」


「凄むなよレンバルト。あんたも商売だし、噂通りの品なら相応の額を払うさ。だがその前にこちらで並べられる飴玉を先に用意しよう。紹介状だ、こいつに目を通してくれ」


 俺が取り出した3通の書状に刻印された印章を見てザールの顔色が変わった。


「こいつは、御三家の紋章!? バザールを牛耳る大商会が揃って紹介状を書くなんて……さすがは待ち人様。こちらも気張らせていただきましょう」




「うわ、凄い肌理細やか!」「なんて光沢! これが魔物素材なんて信じられない」「王侯貴族の仕立てにだって通用しますね」「でも魔法防御力も大したものよ? これで鎧下を作るなんて贅沢の極みね」


 秘蔵の品だと言うだけあって奥から出された絹は疎い俺をしても目を吸いつかせるものがあり、女性陣もこの反応である。


「こちらが我が商会秘蔵の品にございます。いかがでしょう、ご満足いただけると思いますが……」


 蜘蛛の糸を反物に織って仕上げた品らしいが、魔物素材と聞くと余計妖しく思えてくる、そんな感想を抱くほど芸術的な価値もあるものだった。だが、持ち出してきたのはせいぜい二人分だ、鎧下だけではなくローブ素材にもないと聞くし、有れば有るだけほしい。


「手放せるのはこれだけか? 価値ある品に糸目はつけない」


「受け継がれた在庫にも限りはありまして……同じものをもう二つ、金貨400枚でお譲りしますが」


 まどろっこしい商談をするつもりはない。本来ここから値引きをするのだが、この品がまた手に入る保証はない、買うに限る。


「買った。本当にこれだけか? 他にも素材があれば買うぞ。先々代は随分な遣り手だったと聞くが? そっちもこれから予算は潤沢な方がいいだろう? そろそろ流れてくる時期だと聞いているからな」


 俺の言葉はザールの商売人としての顔にひびを入れた。僅かな動揺を見せたのだ。



 俺達が北の騒動で暴れた結果、多くの魔物が倒された。北部ではありふれた品もこの新大陸では貴重な品に早変わりだ。そしてここに販路を持つエドガーさんは早期にこの情報を流し各商会に食料融通の協力を取り付けた。彼が短期間であそこまでの大仕事を成し遂げられたのはこの地の商人たちの力でもあり、他の何処よりも早期に素材を流すことに決まっている。

 そして貴重な素材を手に入れるためには資金が必要だで、ここに大金を持った奴がいることをザールは認識している。


「わかりました。当店としても売れずに死蔵(デッドストック)と化していた品はございます。北からの品はこれまでにないほど多種多様、そして高品質と聞いております。大商会に負けずそれらを手にするためには相応の金殻が必要なのも事実。聞けば防具素材をお探しとか。是非にお買い求めいただきたい品は他にもございます」


 俺は金貨の入った大きな皮袋を無造作に放り投げた。その一つは白金貨も詰まっている。


「互いに実りのある取引にしたいものだな。見せてくれ、どんな扱いが難しい素材でもこなす人材がこちらには居る。貴重な素材を無駄にすることは絶対にない」


 こうして何でも屋ギジスを始めとして他に数件の店を巡り、弟子たちやアリシアとミレーヌの防具素材も手に入れる事が出来た。


 面倒にも巻き込まれたが、恩義を感じたのかギジスは売買の後もそれとなくこちらの望みをかなえてくれ、他店でも融通を利かせてくれた。彼がいなくては手に入らなかった素材はいくつもあり、災い転じて福となった次第である。


 余談であるが、俺達を案内したペケタは何故かレンバルトに連れていかれた。涙目で助けを乞う彼に俺たちは強く生きろと見送る事しかできなかった。

 何故ならアリシアとミレーヌのお怒りが全く解けていなかったからな。まあ、レンバルトもひとかどの男だ、悪いようにはしないだろう。



 弟子たち以外にも前に出る事が多いリーナの防具は最優先で作ってやらないとまずいと思ったので多くの収穫を得た今日は満足している。朝の内は暗澹たる気分でいたのだが、後半は悪くない戦果だった。


 皆も帰宅し、構ってくれと駆け寄る妹や娘たちの相手をしているとユウナが部屋に入ってきた。珍しいことに彼女は苦々しい表情を浮かべている。<念話>を使わないということは緊急性はないようだが、何かあったらしい。



「ユウキ様。ドラセナード様に依頼していたスラムに対する教会への打診なのですか、ひどく難航している模様です」


 あれ? 好感触を得てほぼ本決まりって話じゃなかったか?


「最後の詰めの交渉を始めた途端、突然態度を硬化させてきたそうです。ドラセナード様はユウキ様の交渉の場への出席をお願いしたいと申し出てきています」


 ユウナから差し出された資料にひときわ目を引く記述があった。


 聖女か。


 俺はイリシャをちらりと見た。俺の視線を受けた下の妹、時の神殿の巫女は小首を傾げる。


 あの子の晴れ舞台に出張ってくると聞いたが、その前に先手を打ってきた形か。


 さて、教会はどう出てくるか。


楽しんでいただければ幸いです。


教会は主人公にとって転職する場所くらいの認識でいましたが、神殿以上の巨大勢力です。次回から本格登場します(遅い)。



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