見捨てられた場所 15
お待たせしております。
貧民窟の外周部に三桁を超える数の人間がいる。<マップ>から得られた情報はこれだけだが、こんな夜更けに大人数が集まる時点で候補は限られる。まず間違いなく国王や公爵が差し向けた戦力だろう。この数からして一夜ですべて殲滅するつもりに違いない。
「さて我が君、どう動かれるおつもりか?」
「……そうだな」
レイアからの問いに俺は黙考した。自分でも内心どうしたものか判断がつきかねる部分があるのだ。
元々この件は国王からの依頼で始まったもので、ザイン達とは違い俺自身そこまで乗り気ではない案件だった。それは実際に赴いて実感し、結局の所肩入れすることに決めたものの、解決までの面倒さと厄介さから深入りすべきではないと判断している。資金だけ出してややこしい実務は教会に丸投げする考えなのも俺が関わりたくないと思っているからである。。
だから従者二人が憤慨する理由、調査の再開には連絡を入れると言われたが事前連絡なしに国側が動いたことも全く気分を害してはいない。国王が俺に依頼したのも貧民窟の調査であり解決ではない。むしろ俺に頼むのも忸怩たる思いのはずで、本来なら彼が自分の敵を己の手で滅ぼしたいはずだ。少なくとも俺ならそう考える。
むしろ俺が主導しては妻を、孫娘を殺されかけた二人の恨みを買う恐れさえあった。イリシャの件で国が勝手に敵を滅ぼしていたら俺もそう感じていただろう。どうぞ勝手にやってくれというのか偽らざる本音だ。
だから全く気にしてはいないのだが、貧民窟には一つだけ気がかりな事があった。
あの常闇と呼ばれる場所にいるとされる”クロガネ”の裏切り者どもではなく、暗黒教団の連中が蠢いていることである。
戦力的な心配はない。すでに国王と公爵には伝えてあるので彼らも相応の実力者を向かわせているはずだが、教団が持つ不可思議な力はこちらの想像を超えてくる。
異世界人召還を単独で行える組織力はかのグレンデルが飛び抜けていただけだが、それ以外にも人を瀕死にまで追い込める呪いの腕輪やアルザスの地下墓地に封印されていたらしい骨竜を復活させた事を見ても底知れない力を隠している。
それに連中はグレンデルの後釜を狙って王都に入り込もうと画策している奴等だ。王都から叩き出されて燻っている残党どもとは意識も覚悟も違う。こちらの予想外の切り札を持っている可能性もある。
更に言えばこの問題の発端となったいかにして王都へ侵入したかだが、奴等が一枚嚙んでいる可能性が高かった。というか捜査が完全に行き詰っているので、奇妙な魔道具を多数所持する教団くらいしか候補がないというのが正確な表現だ。もっとも教団の存在が解った時点でこいつらが一番怪しかったが。
俺の懸念はあの二人が手配した戦力の中に価値あるものを見抜ける<鑑定>持ちの一人でも随伴させているかどうかだった。今更助言しても遅いので現場に顔を出した方がいいかと考えているのだが、今日の俺は娘と一緒にいると約束している。シャオは今ではすっかり熱も引き、口からよだれを垂らしながら夢の世界に旅立っており目を覚ます気配は微塵もないが、約束を違えるというのは俺の主義に反するのだ。
「我が君、そこまで頑なにならなくてもよいのではないか? シャオはこの通りなのだし」
俺は娘に今日はずっと手を繋いでいるように求められたのだが、熟睡するシャオは先ほど寝返りを打った際に手を離してしまっており、俺の左手は虚しく寝台の上に置かれている。
「ユウキ様、シャオは我等が見ておきますので、望まれるままに」
ユウナの一言で決心がついた。暗黒教団の陰湿さを考えればに何か仕掛けていてもおかしくはない。手は出さずとも現場に顔を出すくらいはしておいた方がいいだろう。
そう決めた俺はさきほどまで目を通していた資料をユウナに手渡した。彼女はここに書かれている事実を調べ上げるために最近は奔走してくれていたのだ。
「君はこの事実を誰かと共有すべきだと思うか?」
「もしお許しを戴けるならば、セインガルド王国のフィーリア王女に意見を伺いたい所です。かの国は情報の収集、精査に特化して生き延びている国ですので、良い知見を得られるかと思います。ただ、彼らの機密保持の点に難があります」
まず間違いなく彼女たちの祖国に情報は伝わるとユウナは危惧しているが、所詮早いか遅いかの問題だしこのままだとセインガルドは当事者になるのだ。今ならこの情報で恩を売れるが、時が経てば無価値になる。売り時ならば売ってしまえばいい。
「仔細は任せる。あの国の方が俺たちより深刻に捉えるだろうしな」
「では、ソフィア姫より話を持ちかけていただきます。繊細な案件ですし、その方が自然ですので」
ユウナに頷いて俺は静かに席を立った。妹達はここで寝ると言い張っていたが、雪音に有無を言わさず連行されたのでここにはいない。雪音はクロもついでとばかりに持って行った。
「じゃあ、後を頼む。そう遅くはならないはずだ」
静かに頭を下げる従者二人を背に俺は部屋を出た。<マップ>を見る限り、すでに事態は動き始めている。早いとこあいつに声を掛けて何もかも破壊される前に今回の真相を探り出すとしよう。
「ずいぶんと派手にやってるな」
奥地から喚声と何かが壊れる音が断続的に響いてくる。貧民窟の外郭にたどり着いた俺たちは死んだように息を潜めて嵐が去るのを待っているここの住民たちを見やりながら足を進めた。
「陛下より閣下の方が私兵を多く集めたとは聞いたけど、自領から精鋭を連れてきたらしいよ」
「まあ、教団に関しては国王より公爵の方がブチ切れていたからな。嬉々として皆殺しにするだろうさ。だがお前を連れてきて正解だったな」
俺は隣を歩くバーニィーに視線を向けた。深夜に連絡をしたのに事情を聞いて即座に動いた彼は、こちらが声を掛けた意味を分かっている。
「僕も有り難いと思ってるよ、王都外にいる以上は我が家の管轄外だけど、何を企んでいたのかは知りたいしね。それに教団がらみの事件がウチが預かり知らぬうちにすべてが終わっていたなんて大恥もいいところだし、声を掛けてくれて助かったよ」
転移環で訪ねたときは伯爵家の当主として恥ずかしくない格好をしていた(婚約者のアンジェラ嬢に叱られて気を付けているらしい)彼だが、深夜とはいえそれでは目立ちすぎるので俺が渡した薄汚れた外套を纏っている。しかし彼が只者でないことは外套でも隠し切れない佩いた剣とその足運びからも伺える。
他国の教団支部が王都の城壁の外に巣食っていた事実は彼の顔に泥を塗る行為であり、バーニィーも心底頭に来ているが、ここは公爵に先手を譲った形だ。
「ひっ!」
バーニィーから滲み出る殺気におびえた路上生活者は俺と視線が合うと慌てて顔を背けた。
「今夜は危険だ。死にたくなければここから離れるんだな」
俺を除いた誰もが誰一人逃がさない決意を固めているので、今夜の貧民窟は凄惨を極めることになるだろう。その中でただ一人傍観者である俺は周囲の者達に聞こえる声で話しかけた。もう日付が変わる時刻だが異変を感じて目を覚ましているに違いないだろう。死の気配に鈍感ではこのような場所では長生きできない。
「ユウキ、急ごう。全てが終わってからでは遅いんだ」
「別に手柄はあっちに渡してもいいだろ。最後に顔出すだけで十分さ」
俺を急かすバーニィーを宥めつつ奥地に進むが、<マップ>を見るに戦闘は激化しているようだ。いくつもの命の灯が消えてゆくが、今のところ教団の側が一方的な損害を受けている。だが相手が相手なのでどんな隠し玉を持っているか知れたものではない。油断はしないほうがいいだろう。
”常闇”に潜む3勢力のうち、ウロボロスの残党どもは主力を潰したので、勢力としては死んだも同然である。国王たちは拠点の判明している教団へ攻め入っている。最後の一つである”クロガネ”はいまだに居場所もつかめていない(調査の再開前に攻め入ったのは向こうである)し、奴等は俺たちの獲物として残しておいてくれたと考えよう。
「回り込め! 一人も生かしておくな、殲滅しろ!」
「貴様らぁ! 教団の威光を恐れぬ愚者どもめ! 我らの真の力をぐはっ!」
黒い外套を纏った怪しげな男が戦士の槍に胸を貫かれて倒れた。その非情の一撃に命令者の怒気を感じさせる容赦のなさだ。その男は油断なく二の突き、三の突きを入れて確実に仕留めたことを確認すると次の獲物を探して走り出してゆく。
「手練れだね。きっと公爵閣下の私兵だよ」
公爵家の事情に詳しいバーニィーが(厳密にはアンジェラ嬢が、だが)小声で俺に囁いた。確かにAランク冒険者に匹敵する技量だったし、物陰に潜む俺たちも気付いていたな。バーニィーを見知っていたのか、一瞥すると即座に他の敵を探しに行ってしまった。
状況は既に戦いと呼べるものではなくなっている。一方的な殺戮になっているから、拠点前の戦いは決したと言えるだろう。なので俺は姿を隠している二人を探すことにした。周囲に視線を巡らせると男たちが奇妙に集まっている所がある。
俺は迷わずそちらに近寄った。バーニィーも後ろから付いてくる気配があった。
「なんだ、来たのか。お前の獲物は残さんぞ」
近寄る俺に集団の中心から聞き覚えのある男の声がした。灰色の外套を纏った見知らぬ中年男だが、気配と声、そして護衛の配置からして国王に間違いない。その隣に居る白髪の偉丈夫はまさか公爵か? 予想外の変身に俺は目を見開いたが、彼の機嫌は最悪に近い。余計な言葉は控えるとしよう。
「後始末の見物にやって来たんですよ。俺としてもここは気になっていたもので。拠点前の戦いは終わりましたが、本番はこれからでしょうし」
暗黒教団はその特性からして打って出るより守りを固める方が厄介だ。そして死体の数からしてもまだ相当数が拠点内部で立て籠もっているはずだ。
「無論だ、だが手は出すなよ? リットナーも控えよ。これは我らが挑まれた戦いだ」
「仰せの通りに」
私兵の一人が拠点の大扉を打ち破り、内部に続々と侵入した。ほどなく絶叫が立て続けに聞こえてくる。この分なら内部の制圧はほどなく終わるだろうが……見た感じその後が長引きそうだな。
建物に突入した者以外は周囲を固めて誰一人逃げ出せないようにしている。どこの教団支部が出張って来たのかバーニィーは知りたそうだが、公爵たちはそれに頓着はしないだろうな。死体からも情報は漁れるとはいえ、出来れば一人くらいは生かして……無理かな。
5寸(分)とかからず建物内部の制圧も終了し、国王たちに続いて俺たちも内部に足を踏み入れたが、やはり皆殺しになっている。気の弱いものなら卒倒しそうな血の海だが、そんな軟弱な精神を持つ輩はこの場には誰もいなかった。
動くものは全て殺せと命じられたのか、首輪をつけられた魔物の死骸も数個見受けられた。こいつらを使って教団は何を目論んだのか、聞いてみたかったが全員地獄に旅立った後だ。
「もう終わりか? 他愛もない」
憤懣やるかたなし、という風情の公爵が抑えきれない殺意と共に吐き捨てた。孫娘を殺されかけた怒りは生半可なことでは消えないだろうし、それは理解できる。
「いや、本番はここからですよ」
「ああ、ここからであるな。調査より手勢も少ない。慎重に捜索せよ、ここに何かあるはずだ」
国王は死体を適当に片づけていた配下たちに指示を出している。彼も俺と同じくこの拠点に王都へ通じる何かがあると見ているのだろう。俺も<魔力操作>で参加したいが、一応国王たちの許可を得てからにするとしよう。
現時点で俺は見ているだけとの約束だし、<魔力操作>での捜索は非常に便利だが魔力を全方位に放射するので使用すると間違いなく露見するのだ。
「ありました! 地下への階段です!」
捜索してすぐに目当てのものは見つかった。広間の奥に巨大な祭壇があったのだが、それが横に動きその奥には地下へと続く穴が口を開けていた。
「やはりあったか。油断せず進め、恐らく敵は我らを待ち受けている」
国王は矢継ぎ早に指示を出し、配下たちを地下に送り込んでゆく。俺とバーニィーは置物と化して彼らの行動を見守っているが……地下道は相当広く作られているようで、3桁に上る人員の大半を地下に向かわせることになった。
「捜索結果待ちという所ですが、俺もそこら辺を見回っても?」
「ああ、構わぬ。言われてみればここは教団の棲家だ。どんな呪いの品が転がっていても不思議はない。敵を殲滅することばかり目が行ってそこを見落としていたな」
儂も地下に行くと言い出して周囲に必死に止められている公爵を横目に俺は国王に許可を取った。彼も<鑑定>ができる俺が周囲を調べる意味を理解してくれた。
通話石など教団の保有する技術力はこちらの数段上をゆくのでただの銀の杯が魔導具だったりする。しかし<鑑定>では腐毒の杯とあり、ここに注いだ液体は体が腐り落ちる猛毒になるとか。やっぱりこいつら救いようの無い連中だ。
猛毒の魔導具を投げ捨てて破壊すると、建物内の品を漁り始めた。手持ち無沙汰なバーニィーにも鑑定眼鏡を渡して二人でガサゴソと始めると国王が感心した声を出した。
「セリスティーヌから聞いてはいたが、それが鑑定の能力をもつ眼鏡か。こちらに流してはくれなかったな」
「そちらにはお抱えの鑑定士がいるでしょうに。その人の仕事を奪うわけにはいかないので」
王宮鑑定士のゲール翁は俺もかつて世話になった。一族が代々王家に仕えているようで、セリカに言われるとほとんど身内のような存在らしい。
鑑定眼鏡を渡したら彼はお役御免になるから、俺はそんな人から無駄な恨みを買いたくない。
「それもそうか。便利ではあるが、我慢するとしよう」
「ならば鑑定士のおらぬ我が家にて引き受けよう。金貨数百枚の価値はある品だ。言い値で払おう」
「それは有り難い。借金返済の足しにさせてもらいますよ」
国王が引いたと思ったら今度は公爵が口を挟んできた。そんな会話をしながら俺は祭壇にある細々とした品の鑑定を始めた。見慣れない銅貨が危険な魔導具だったりとその凶悪さと多彩さに舌を巻きながら、祭壇部分の中央に供物のように捧げられた二つの釘のような品を手に取る。
「なんだ、こいつは?」
この釘も魔導具だったようだが、なんてことのない普通な効果が書いてあり、なぜこんな場所にと首を傾げたとき地下から耳をつんざく爆音と振動が響いてきた。
「何があった!?」
声を荒げる国王とは裏腹にバーニィーが厳しい顔をしている。
「報告待ちですが、恐らくは自爆したのかと。狂信者の常套手段とはいえ、地下道でこれをするとは……申し訳ありません。忠言するべきでした」
「狂者の相手は始末におけんな」
国王の不機嫌な声は連続して巻き起こった爆音に搔き消された。舌打ちする公爵に国王は捜索した人員をいったん引き上げる指示を出した。
死者2名と重傷者4名。これが4回の自爆による被害だった。重傷者は俺が提供したハイポーションによって回復済だが、死者は還ってこない。エリクシールも頭部が損壊した死体には役に立つか怪しいし、使う気もなかった。
「陛下、俺たちが地下に入りますよ」
「いや、これは我らの戦いだ。お前の助力を受けるわけには……」
逡巡する国王と公爵に俺は断言した。
「ここに連れてきた人員はこんなところで使い潰していい人材じゃないでしょう? あまりにも勿体ない。俺たちなら問題なく対処できますよ」
彼らは間違いなく最精鋭、この国で果たすべき役割がある者達だ。自爆攻撃で無為に死なせるのは惜しすぎる。
報告では地下道は縦横に入り組んでおり、物陰から不意を突かれて自爆されたとか。動きが制限される地下道では彼らの能力の一割も発揮できないだろうし、精兵と狂信者の交換は割に合わなすぎる。
「アディ、ユウキたちに任せるべきだ。奴等の狙いに馬鹿正直に付き合う義理はない」
渋っていた国王も公爵の一言で納得し、地下道の探索は俺とバーニィーに任されることになった。
なったのだが、俺にかかれは〈魔力操作〉で探索するまでもなく内部の構造は明らかだ。隠れている教団信者たちの位置も把握したので入り込んで探す必要さえないが、探索結果に俺は首を傾げることになる。
「あん? 行き止まり、なのか?」
「なんだと? ダンジョンを踏破して来たお前の力を疑うわけではないが、この先に王都内へ続く道があるものとばかり思っていたが?」
俺の困惑した声に国王も同様の反応を見せた。俺が<魔力操作>で探ったところでは入り組んだ地下道は最終的に一つの道に集約されるのだが、その先が行き止まりなのだ、それも王都の地上へ出るのではなく、地下深くで止まっている。作成途中の地下道なのか? そんな馬鹿な、だったらどうやってこいつらは王都内に侵入したのだ? ここ以外は探し尽くしたから最後に残った貧民窟が怪しいという結論になったのだ。
この場所に何かあるはずだし、事実として暗黒教団が掘った地下道は実在した。ここまできて実はなにもありませんでした、なんて展開は受け入れられない。
「とりあえずその行き止まりまで進んでみます。二人はここで待っていてください」
「いや、確かに気になる。我等も行こう。お前がいれば危険はあるまい」
まだ潜んでいる信者は8人もいるというのに、国王たちは俺たちの後ろから付いてくるという、護衛たちが危険だと翻意を促しているが、俺が居るから問題ないと言い張り、最後は周囲を納得させてしまった。いや、そこは強硬に反対しろよ。
「まあ、ユウキがいれば大丈夫だろう? 僕もいるし、居場所がわかってる奇襲なんて怖くもなんともないしね」
憮然とする俺にバーニィーが剣帯を検めながらそう言ってきた。彼はもう諦めて先に進む気のようだ。
そもそも潜んでる場所にこっちから魔法を打ち込むので自爆攻撃もできないんだけどな。
そうなると確かに危険はないか。もう夜も遅いし、余計な問答をするより早く終わらせるか。
俺たちが地下道に進んでしばらく進むと、先の地面が不意に盛り上がり、人形の形をとった。ここからでは見えないが<マップ>では二人の信者がこの先の陰に潜んでいる。これは奴等の仕業だろう。
「マッドゴーレムが。また面倒な奴を生み出したな」
ゴーレムと銘打ってはいるが、実際は泥人形だ。俺は魔法で上半身を吹き飛ばす。こいつ自体は大した敵ではないのだが……吹き飛んだ上半身がまた形作られていく。
「場所が悪いね。核を狙って倒さないと何度でも復活してくる」
暗黒教団なんていかれた連中のくせに頭の出来は悪くないようで、周囲全てが土である地下道とは相性が最良だった。ゴーレムの核を破壊すれば一撃なんだが、それを見つけようにも泥人形はその形質上、核の位置を自由に変える事ができるので狙って倒すのはひどく面倒だ。
何より術者を倒しても核を破壊しない限り動き続けるので嫌がらせとしては妙手だった。なにより俺たちの背後には頼んでもいないってのに国王と公爵がついて来ているのでそちらも気にしてやらねばならない。泥が跳ねるのが嫌ならそもそも入らなきゃいいだろうに。
「時間稼ぎのつもりか? この先は何もないはずだが、なにか奥の手でも仕込んだか?」
「どうだろうね? こんな狭い道じゃ何もできないよ。この先に広い空間があるって訳でもないんでしょ?」
「だな、こんな感じの道が続くだけだ。普通に考えてただの通路なんだろうが……狭いだけあって邪魔されると厄介だな」
土魔法で核ごと押しつぶそうかと考えた矢先、バーニィの剣が閃くと泥人形が途端に崩れ始めた。
「おいまさか、今の核を斬ったのか?」
「うん、たぶんあれが核じゃないかなと思ってやってみたけど、上手くいって良かったよ」
こいつ、俺も一見するだけでは見つけられなかったゴーレムの核を見抜いて剣で斬り飛ばしたのだ。どうやったのか見当もつかないが、こいつは俺の同類だから気にしても仕方ない。バーニィーならこれくらいのことは当たり前にやってのける、それだけだ。
「じゃあ、残りのゴーレムは全部任せた。俺は奥の術者を始末しておくわ」
こんなところで時間をかけても仕方ない。眠気が襲ってきている、普段ならとうに床に就いている時間なのだ。さっさと終わらせて帰るとしよう。
「この道、魔法で掘ってるな。土魔法の影響が残ってる」
地下道を歩きながらその壁に手をやると、不自然なほどの滑らかさで壁が掘られている。手作業ならこうはいかない。
「確かに人力で普請すれば途方もない労力だが……魔法を用いて穴を掘るとはな。教団め、地方支部でこれほどとは、底知れぬ力を持っておる」
これほどの地下通路を魔法で掘り進めるとなるといったいどれほどの魔法職が必要だろうか。それを一支部で成し遂げた力に国王は警戒している。
「魔導具かもしれませんよ。ここにはそこまで大した実力者はいないようですし」
無言で魔法を打ち出し、隠れていた信者を始末した。これまでバーニィーが率先して片付けていたのが、これが最後の一人になる。一閃で終わらせている彼には悪いが、自爆覚悟で待ち構えている相手に近づく必要を感じない。
途中に居た指導者らしき男からもろくな情報はなかった。ここで何か企んでいる訳ではなく、追い詰められて自暴自棄になっただけのようだ。
「初めて魔法を使うお前を見たが、私の知る魔法とは全く異なるな」
「そのようですね。俺もアルザスで基礎から魔法を学んでその違いに驚いていますよ。自分のやり方の方が簡単だし便利なのでそっちを使っていますが」
ここで説明すると長いので省くが、俺が使う魔法と世間の魔法は全く異なっている。弟子のキキョウやライカが俺の魔法の使い方を知って引くほど感激していたが、俺に言わせれば呪文を詠唱する世間一般の使用法の方が理に適っていると認識している。
「このような狭い地下道で魔法を使えば周囲を巻き込むものだ。それが音もなく打ち出し、必要な破壊だけを行い終息させる。ライカールの魔導院がお前を貸し出せと公式に要請するわけだ」
「フレデリックの爺様、そんなことしたんですか!? 相変わらず己の欲望に一直線な爺さんだな」
傍若無人で頑固な魔導院の長の姿が脳裏に浮かんだ。話してみると憎めない点もあり、俺は好んでいるものの非礼を国家への多大な貢献でもって許されていると聞くが、限度があるだろうに。
「穏便に断っておいたが、あの老人は諦めが悪いからな。いずれまた催促されるだろう。っと。その先が行き止まりか?」
一キロルも歩いたころ、ようやく地下道の終点にたどり着いたが……やはり露骨に怪しい行き止まりだ。
「周囲全てが土なのにここだけ石壁かよ、それに妙に平らだし、なにかあるか……俺が干渉できないだと? そんなことがあり得るのか?」
土魔法で壁を取り除こうとした俺は不可思議な力で邪魔されて魔力の通りが非常に悪い。何か奇妙な素材で出来ているのか魔法で穴をあける事が出来ないのだ。
だがこの感覚、どこかで覚えがあるような……
「ふむ、どうなっておるのだ? 確かにこの壁は魔法を弾くようだ。こんなことがあろうとはな」
「だが、これで決まりだろう。奴等はここから王都内に出入りしたとみるべきだ。捕虜が取れれば情報が抜けたのだが、無理であろうな。奴等は末端に情報を下ろさぬからな」
この支部を主導していたと思われるものは先ほどバーニィ―の剣の錆になった。尋問を行う前に怪しげな薬を飲んで問答無用で襲い掛かって来たで切り捨てるしかなかった。バーニィーは謝罪したが素直に情報を吐くとも思えなかったので国王たちも追認している。
「ねえユウキ、さっきの魔道具を覚えているかい? あの祭壇の中央にあったことといい、もしかすると」
先ほどの感触を思い出すべく記憶をたどる俺にバーニィーの声が耳に届いた。さっきの魔道具というと、関係がありそうなのは……あの祭壇にあった変な釘か。ああそうか!
「冴えてるなバーニィ、きっとそれが正解だ!」
どうしたのだ? と問いかける国王たちに答えずこの場を彼に任せて俺は地下道の入り口に舞い戻り、そこからとある魔導具を手に彼らの元へと戻った。
「ユウキよ、なにがあったのだ? 伯爵からはこの壁の謎を解く鍵があると聞いたが?」
「この釘、魔導具のようです。奴等の祭壇にご大層に捧げられたんですが。変なもの飾ってるなと思ったら案の定です」
俺は鑑定眼鏡を国王と公爵に差し出した。彼らもこの釘の能力を知って目を見開いている。
<鑑定>結果はこう出ている。
掘削の魔釘 価値 金貨30枚
先史時代に作られた地下工事用の掘削機械。この釘の先端を大地に差し込めば思うままに掘り進めることが可能。また望む形に土や壁を作り出すこともできる。
使用可能回数 2/30
「なるほど、この魔道具の力で地下道を掘り進んでいたということか。そしてこの壁は道を塞ぐべくこの釘で生み出されたわけか。教団め、このような魔道具を持っていたとは。これさえあれば国家事業規模も大工事も容易く行えるではないか!」
素晴らしいな、と快哉を叫ぶ国王たちだが……おそらく鑑定眼鏡では残り使用回数は確認できないのかもしれない。俺の<鑑定>は上位版の<精密鑑定>だし、そこでしか記載のない項目も多いのだ。
案の定、あと2回しか使えませんよと聞くと国王は肩を落としていた。どの道これから使うのであと1回で壊れてしまうはずだが。
「陛下、今はこの壁の向こうを確認すべきでは?」
バーニィーが窺うような声で先を促すと気を取り直した国王は俺に魔導具を手渡した。俺がやることになるようだが、まあ異論はない。
この先が王都のどこにつながっているのか、興味はある。恐らくは王家の手が伸ばせないどこかの貴族の庭かなんかだろう。未だに教団とつながっている高位貴族か。今の国王と公爵は容赦ないから宮廷に血の雨が降りそうだな。
そんなことを考えていた俺の想像は完全に裏切られることになる。
「ここは……どこなのだ?」
「これは岩肌か? このような場所が我が王都にあるとはな」
壁に穴をあけた俺たちが見たものは土で出来た地下道ではなく、岩山が多く連なる不思議な場所だった。国王たちが何処だここ? と訝しんでいるが、当然ながら俺に答えがあるはずがない。
全員が壁を抜けて謎の岩山空間に歩き出し、揃って周囲を見回している。俺もそれに倣い、情報を得ようと観察するが、そのとき俺が開けた穴が突如塞がれた。魔導具の力で開けたものが塞がれるだと? 俺たちは閉じ込められたって事か? いったいどうなっている?
俺の焦りは顔に出ていたのか、皆も閉じた穴を見て驚愕の声を上げた。特に国王の護衛たちは閉じた壁に向かい剣を振りかぶって破壊を試みたが、その壁は傷ひとつつける事が出来なかった。
「馬鹿な……こんなことか……」
自信を持っていた己の剣が壁に傷さえつけられなかったことに衝撃を受ける護衛だが、俺は別の意味で衝撃を受けていた。この壁に心当たりがあったのである。というか俺はこれを毎日目にしている。
「嘘だろ……ここ、ダンジョンだ」
ダンジョンの壁はけして破壊できないとされている。実際には俺は何度か破壊したことがあるが、その際も時間が巻き戻るかのように即座に修復され、通り抜ける余裕などないくらいだ。
今俺が魔導具で開けた穴も効果が切れたのだろう、凄まじい勢いで塞がれて元に戻った。
間違いない、ここはダンジョンだ。そしてそれが事実なら、この場所にも見当がつく。俺はここに一度訪れたことがあるからだ。
「ま、誠か!? ユウキ!」
「間違いないですよ、見覚えがあります。この場所は王都ダンジョンの16層、鉱石が出る環境層です」
俺の言葉に全員が衝撃を受けている。そして最初に我に返ったのは流石というべきか公爵だった。
「なるほど、どこから王都に入り込んだのかと疑問だったが、ダンジョンから行き来しておったか。入場者が多すぎて冒険者ギルドでも数の把握は出来ていなかったからな。この層から出入りすれば足がつかん。たしかに盲点であったが、教団め。小癪な真似をしてくれる」
「ダンジョンから出入りされるとは、こちらも想定外だ。叔父上、あまり気に召されるな」
歯噛みする公爵を国王が宥めているのが聞こえるが……俺は別のことで頭がいっぱいだった。
この魔道具はダンジョンの壁を一時的とはいえ穴を開けられる。
凄まじい能力だ。流石暗黒教団、意味不明な魔道具を持っていやがるぜ。
こいつの力を利用すれば……5種類の宝珠が揃わなくて盛大に足止めを食っているウィスカ35層の大扉、無理に開けなくても通り抜けられるんじゃないか?
今使った釘はあと1回で壊れてしまうが……
あの祭壇には釘がもう一本残されており、今は俺の<アイテムボックス>の中に仕舞われているのだ。
楽しんでいただければ幸いです。
また遅れてしまいました。すみません。次こそは!
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




