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見捨てられた場所 12

お待たせしております。




 俺とユウナはルーシアの案内によってとある棟の一つに連れてこられた。広大な敷地を誇る総本部にいくつかある棟のひとつだが、奥まった場所にあるので俺も暇な監禁時代には訪れたことがなかった。


 正確には案内役だったポルカとマールが近づけないようにしていたのだが、その理由も解った。身寄りを失ったクランの子供たちが生活するための場所だったからだ。そりゃあ得体のしれない奴をわざわざ子供たちが大勢いる場所には近づけさせやしないか。



「あそこの三人よ、今はママが傍で見てくれているわ……事情があるのは理解して受け入れたけど、ここまで特異なケースは初めてよ。あの子たち、どこで拾って来たの?」


「ユウキが少し前に孤児を連れて来たって噂になってたけど、私とポルカの所に来なかったから噂だと思ってた。そっか、ここに居たのね」


「ここに訪れたのはもう日が暮れた後だったからな、このクランが夜型人間ばかりで助かったぜ。人目に付きたくなかったんだ。だからお前たちにも会わずに帰ったんだよ」


 騒ぎになるからな、と俺は本館の方を指さした。今、あっちでは俺の襲来を受けて何故か宴会の準備が始められている。俺達がここに移動したときには王都の住む仲間たちに連絡入れろとやかましく声が飛び交っていたので、なるほどと納得するマールだった。


「で? さっきの説明じゃ到底納得できないね。あの魔力量に、3属性(トリプル)4属性(クアックアッド)までいるんだ、いったい何があったんだいと聞きなくなる私の気持ちも理解して欲しいよ」


 俺達の視線の先にはリエッタ師がそれぞれ膝の上と腕の中にいる3人の子供たちがいた。少年一人と少女二人だが、どの子が四属性なんだろうか?

 ちなみに属性云々とはその名の通り、各々が持つ個人の適正だ。地水火風の4属性は個人でそれぞれ得意分野があり、早期にそれを見抜くことで適した分野に進ませることができる。スキルで魔法を習得した俺には関係のない話だが、教育によってのみ魔法を会得する彼らにとっては将来を左右することなので重要なんだそうだ。

 もっとも、そんなことを当たり前にやっているのは国民ほぼ全てが高い魔法の素養を持つこの魔法王国ライカールくらいなものだろうが。


「ママが抱き寄せてる子が例の四属性持ちよ。あの白い髪をした子」


 リエッタ師の腕の中でされるがままになっている女の子がそうなのか。2属性と相性が良いと将来が期待され、3属性で天才児と謡われるというから4属性などは前代未聞の稀少さなのかもしれない。


「へえ、あの子が……しかしあの三人、相変わらず人形みたいに動かないな。俺が預けた後もずっとあのままなのか?」


 あの子たちはこちらの指示には従順なのだが、まるで自分の意思がないかように無表情で無気力なのだ。リエッタ師に抱かれている今も視線を動かさず、力なく座っている。この場にいる他の子供たちが和気藹々と遊んでいるのを見るとその異質さがより際立つ。


 あの人間牧場と呼ばれていた村のすべてを灰にしたあと、実験体として飼育されていたあの子たちを連れだしたのだが、そのときからずっとあんな感じだ。連中の腐った思考では命令者からの指令に従う知能だけあればよく情緒は不要と思われてそのように養育されたに違いない。

 あの閉じた環境から出たことで少しは変化があるかと期待したのだが、見た限りでは変化なしだ。だが、どの子もまだ5、6歳だ、今ならまだやり直せるはずだし、このクランなら養育に最適だ。


 今も誰に頼まれなくても世話を焼いているエルフの彼女は、長い時にわたってあのように子供たちを慈しんできたのだから。




「ええ、きっと酷い環境に居たんでしょうけど、まああんなものじゃない? 別に心配しなくても大丈夫さ、ウチに連れてこられる訳アリの子は大抵そんなものだしね」


「姉貴の言葉は重みが違うな、伊達に二年も心を閉ざしてお袋を困らせただけのことはあるぜ」


「ほう、ラルフ。弟よ、君は命が要らないみたいだね……」


 俺達の後ろから声を掛けてきたのはこの総本部で幹部を務めるラルフだった。今の話は決して語ってはいけない内容だったようで、義姉であるルーシアから危険な気配が発せられている。


「な、なんだよ、ウチの奴等なら誰でも知ってる話じゃねえか。古株連中は酒が入るたびにあのルーシアが良く幹部になるまで成長したもんだって話をするんだぜ?」


「そういう問題じゃない! 良くも彼の前で恥をかかせてくれたな!」


「うわ、ちょ、待て。待てって姉貴! 痛えっ!」



「またやってるよ、なんだかんだ言って姉さんと仲がいいよねラルフは」「おい、よせよ。本人に聞かれると面倒だぞ」


「リッドにキーン。二人とも久しいな。邪魔してるぜ」


 ラルフの後に現れた彼と血を分けた兄弟二人に俺は声を掛けた。彼ら二人とは幹部会議の際にも不在で顔を合わせたのは久方ぶりになる。組織の中堅として重責を担っている二人なので忙しくしているそうだ。


「邪魔じゃないぜ。お前は俺たちの家族だから、ここはユウキにとっても帰る家なんだからよ」


「そうだぜ、身内に下手な遠慮するなよ。普通に”帰ったぜ”って言えばいいのさ」


 何の気負いもなく俺を仲間だと認めてくれる二人の、そしてこのクランが持つ暖かさに俺は思わず言葉を失ってしまう。


「……ああ、まあなんだ。ありがとう、次からそうするよ」


「おう、そうしてくれや。で、あいつらを何処から連れてきたんだよ? あの歳であの力はいくら何でもヤバすぎるぞ?」


 姉の暴虐から辛くも脱出に成功したラルフが俺に向けて口を開いたが、その説明は主だった者たちが集まってからの方がいいだろう。ちょうど今の騒ぎに気付いてこちらに向かってきた。


「あらあら、良いところに来たわね、ユウキさん。あの子たちのことで聞きたいことがあるのだけど?」



「ええ、自分からもお伝えすべきことがあります。ちょいと込み入った話になりますので部屋の一つでも貸してくれませんか?」




「この場にいる皆は神兵(シグルド)、または超人(ウーバー)計画(プロイエクト)という言葉を聞いたことがあると思うが?」


 部屋に案内された後、俺の開口一番の言葉でルーシアとリエッタ師の顔色が変わった。これだけで彼女たちには理解できたようだ。


「そんな! あんなお伽噺を本気で信じているのかい!?」


「……」


 驚きの声を上げるルーシアとは対照的にリエッタ師は難しい顔で黙り込んでいる。きっと彼女はあの場所で資料を読んだ俺より詳しいだろう。


「実際に成果も上がっていただろ? あいつらが証明だ」


 あの年齢に不釣り合いなほどの魔力とその適正が何よりの証だと告げるとルーシアも押し黙った。


「なあ、姉貴とお袋だけ納得してないで俺達にも教えてくれよ、なんだよその何とか計画って?」


 ラルフが不満の声を上げ、マールたちも説明を求めているが……ルーシアは口を開く気配はなかった。


「簡単に言えば最強の生物を人の手で作り出そうって話だ。とんでもなく昔から続いているらしいが、ライカールのお前たちには他人事じゃないみたいだな」


「俺達が? おいおい、変なこと言うなよ、今の話のどこに俺達と関係があるんだよ?」


「その計画の大失敗が遠因で大昔にこの地の魔導災害が引き起こされたらしいぞ。このセイレンが川の上にあるのも、この地が異常に魔力が少ないのもそれが理由みたいだな。クランにあの三人の世話を願ったのは同胞だからって面もあるし、あいつらにとってここが一番居心地がいいだろうと思ったからだ」


 それに、この問題はライカールで片をつけた方がいいはずだ。あの牧場も秘境にあったとはいえ位置的にはライカール側に属していた。アイラさんは攫われた娘を求めてランヌ王国中を探し回ったそうだが、まさか国を越えて移動していたとは考えていなかっただろう。

 奴隷として売り払う予定ならその間生かしておくだけの資源が必要になるから、国を跨ぐような長距離移動はしないはずだ。そう考えるのも理解できるが、相手が彼女の娘だけを標的にした盗賊の振りをした回収部隊だったと想像できる方がどうかしてる。


 ランヌ王国はライカールと友好国だが、もし連れて帰ればおそらくは政治の道具にされてしまうだろう。異常者の道具にされた後は政治の道具だなんてあんまりだからな。リエッタ師が色んな境遇の子供たちを構わず拾ってくるというここなら何の不自由もなくその恵まれた才能を伸ばし、生きてゆくことができるに違いない。


「あの子たちがいた組織の場所は?」


「この国内ではない。もちろんすべて消してある。今から探しても痕跡さえ見つからないだろうさ。もとより国が騎士団を派遣してもそこまでたどり着けさえしないだろうが」


「なりほど、つまり秘境、銀竜山脈だね。あそこなら確かに捜索の手は届かないか……よくもあんな場所に逃げ込もうと考えたものだよ。お伽話だと思っていたのに現実の存在だったなんて。その組織は一体いつから存在しているのだろうね?」


 真剣な顔で切り出してきたルーシアに俺はそう答えた。俺の言葉から大体の目安をつけた彼女は過去の悪夢が現実の脅威として襲い掛かることはないと知って安堵している。


「おいおい、そっちが知りたがるから教えたが、そう眉間に皺を寄せるなよ。全て片付けてきたんだ、あとの懸念事項は子供たちが健やかに過ごせることだけだ」


「君の手際は信用しているけど、完全に痕跡は消したんだね?」


「当たり前だ。地下施設もろとも全て消し去って更地になってるよ。もし残党がまたあの場所に集まったとしても、なにも出来やしないさ」


 馬鹿共は塵芥のように無限に湧きだすものだから、二度と再起できないように念入りに潰したのだ。お陰で時間を食ってしまったが。


「ラルフ、俺の方こそクランを信用しているが、変わった事情があるやつでも変な扱いにならないよな?」


「えーと、まあなんだ? 特に扱いは他の連中と変えなくていいんだろ?」


 ことを深刻にとらえているルーシアやリエッタ師と違い、ガサツなラルフは頭をかきつつこちらに尋ねてきた。顔を見ればわかるが話がよく理解できてなかったな、これは。


「ああ、そうだ。普段通りに接してやれ。子供にとっちゃそれが一番だよ」


「へっ、それならお安い御用だぜ。ウチのガキどもは新入りを放っとかねえよう教育されるからな、あいつらがいつまで人形みてぇな顔してられるか見ものだぜ。そういやあいつら名前はなんてんだ? 聞いても答えないんだよ」


 名前だと? 何でそんなことを……そうか、そういうことか。なるほど、実験動物にはそれが相応しい扱いだって訳か。


 やってくれるじゃねえか、あのゴミ共め。簡単に殺すんじゃなかったぜ。


「”4”と”6”と”9”だな」


「は? 何を言って……おい、まさか?」


フィーア()ゼックス()ノイン()だとさ。くそ、道理で名乗らねえわけだ」


「なんてこと……人を何だと思っているの? だからあの子たちはあんなに感情を失っているのね、可哀想に」


 俺が吐き捨てた言葉にルーシアが凍り付いた。成果物に感情や人間らしさは不要なのだろう。それが人間兵器としては正しいのかもしれないが、気に入らねえ。俺は気に入らねえな。


「へっ、なんだよあいつら、ツイてやがんな」


「ラルフ?」


 静かな怒りが充満するこの部屋でただ一人能天気な声を出したのはラルフだ。真意を問う義姉の視線に彼は気楽な調子で答えた。


「だってよ、あいつら幸運だろ? 生まれと環境は悲惨だったかもしれねえが、これからは違う。ユウキに拾われて俺達が家族にするんだぜ? ここで魔法を学べばどこででも通用する力が手に入るし、将来は思いのままだろうが。俺達が暗い顔して沈んでねぇで、あいつらに希望の未来を教えてやれよ、その方がきっといいぜ」


 こいつ……つくづくこいつを幹部に据えたリエッタ師の慧眼には恐れ入るな。このラルフは典型的な”頭のいい馬鹿”だ。なにも理解していなくても事の本質を捉え、本人が意識しなくても結果的に正しい事を為してしまう。


 本当に得難い才能だ。正直他のすべてが壊滅的でもこの才さえあれば十分すぎる。

 完全に生まれ持ったもので、鍛える事が出来ない類だからだ。他は他人で替えが効くが、この才能は誰にも真似できない。

 そしてそれを理解し、活かせる地位に導いたリエッタ師の先見の明に敬意を示すほかない。


「大した野郎だな、お前は」


「あん? いったい何の話だよ? お前に褒められるようなことを言った覚えはねぇが……」


 俺が畏敬の念をリエッタ師に向けていると、それを感じたのか先ほどまで難しい顔をしていた彼女がふと顔を上げて両手を打った。


「ああ、思い出したわ。私ったら、ユウキさんに約束していた品が出来上がったことをすっかり忘れていたの。今とってくるから少し待っててちょうだいね?」


「実は今回の来訪はそれも目当てでした。よろしくお願いします」


 いけないいけない、とリエッタ師は呟きながら足早に部屋出すと、それを見越したようにラルフから話しかけられた。


「よう、さっきは聞きそびれたが、また面倒なことに首を突っ込んだようじゃねえか。スラムの問題を片付けるなんてよ、その話を聞いたときは驚いたぜ」


「ああ、その話か。正直やりたいかと問われれば絶対に嫌なんだが、乗り掛かった舟って奴でな。関わることになっちまった」


 その後はラルフやリッドたちに貧民窟での顛末を話していたのだが、三人とも揃いも揃って何とも言えない顔をしている。まあそりゃそうだわな。


「あ、相変わらず話のスケールがデケぇ奴だな。なんでスラムの調査からそのイカれた奴らの村にまで話が発展するんだよ、いやお前の妹の話は有名だから聞いたことはあるがよ……」


「俺だって驚いてるぜ。最初は調査のつもりだったのに貧民窟をなんとかする話になっちまってるんだからな。俺自身どうしてこうなったのかよく解ってないくらいだ。だが、見捨てるってのは俺の性格的に無理だ、出来る範囲で何とかしなくちゃならないんだよ」


「エリクシールのときもそうだったけど、君は自分から話を大きくしていくね。それでも何とかしてしまうのがいかにも君らしい。きっと今回もあっという間に解決するんだろう?」


 期待に満ちた目でこちらを見るルーシアが眩しすぎる。俺は万能の存在ではないと彼女は知っているはずなんだがな。


「そりゃ無理だ。まず間違いなく5年10年はかかる大事業になるはずだぞ。焦ってもいいことはないし、気長にやってくさ。それよりクラン会議の方はどうなってる? リエッタ師から北での出来事は聞いているな?」


「え? どしたの? 何の話?」


 ここから先はクランの政治の話になる。ほぼ無関係のマールもいるが、彼女がこれから向かう先ではこういったことが日常的に行われることになるから、少しずつ触れさせていったほうがいいだろう。


「マールも聞いておけ。直接的な影響はないが、知っておいて損はない。リエッタ師から北方での話は聞いたか?」


「え、うん。あんたが真竜と喧嘩して勝ったとか嘘みたいな話は聞いた」


「あ、俺もそれ訊こうと思ってたんだよ、マジなのか? 真竜ぶっ倒せるなんて完全にSランク級の実力じゃねえか」


「二人とも、その話は嘘だ。真竜はそんなに柔じゃない、人の身で勝てる相手ではないぞ、リエッタ師は話を盛っているだけだ。納得しろ、いいな?」


「うん、言いふらしちゃいけないってのは解ったわ。それとお母様の話が本当だったってことも」


 マールとラルフがろくでもないことを口走ったのできちんと口止めしておいた。勝敗は別にどうでもいいが、その噂を聞きつけたあの暇竜がこの王都セイレンに乗り込んで暴れ回ったら一瞬で消し飛ぶなるから黙っておくようにと念押ししておくのも忘れない。


 あの暇を持て余した真竜は悪気なく遊び半分でそういう無茶苦茶をするのだ。人間が関わりになっていいことは何一つない。




「俺が聞きたいのは古代魔導具を持ち出して俺達を始末しようとした”青い戦旗(ブルー・ヘゲモニー)”の奴等だ」


 連中、把握してなかったのかもしれないが一緒にリエッタ師まで殺そうとしやがったからな。クランがこのまま座視しているはずがない。背後に静かに控えるユウナからある程度情報は得ているが、彼らから確認しておきたかった。


「当然報復するよ、ママまで狙われて黙っている訳にはいかないからね。でも、聞いた話じゃ向こうもクランマスターが消息不明になって誰が次の指揮を執るのかで権力争いの真っ最中らしい。今はこちらに意識を向ける余裕はなさそうだ。その分こっちはクラン会議に向けて準備を進めるけどね」


「他のクランと共同戦線張っていると聞いたが、そっちは?」


「もともとは全て”青い戦旗(ブルー・ヘゲモニー)”が言い出したみたいだね。それに釣られるように他のクランも乗って来た形だから、一気に腰砕けさ。油断はできないけど、警戒は一段階落としてよさそうだ。実際のところ君が北の地で示した力は全てのクランに衝撃を与えているからね、もう誰も文句をつけてくるはずがないさ」


「俺の任務は後方支援だ。物資を運んできただけだぞ?」


 俺は自分が受けた依頼をそう説明したのだが、ルーシアは何故か背後のユウナを信じられない目で見つめている。


「私の主人はこういう方なので。本人が何も仰らなくても北域のすべての民がユウキ様の偉大な御力を目に焼き付けています。私はそれで十分です」


「はあ、君のその性格はエリクシールのときに解っていたつもりだったんだけどねぇ。英雄と一般人では価値観が違い過ぎるよ。そういうわけで他のクランは抑えられるから大丈夫さ、今じゃ私たちと敵対するより手を結んだ方が利益が出ると認識を改めたところもあるしね」


白い鷲獅子(ホワイト・グリフォン)を除いてだろ?」


 マギサ魔導結社の不倶戴天の敵クランの名前を出すと、ルーシアは処置なしと両手を上にあげた。


「あそことは絶対仲良くなれないから無理だね。他の5つと良い関係を築くとするよ。本当は君から貸し出されているあの神の石について議論を交わしたいところだけど、今日はその時間はなさそうだね」


 彼女が取り出した神白石は魔力切れの状態だったので完全に補充してやる。それだけでルーシアの顔は気色に溢れた。


「それもおいおいな。二人には言ってなかったが、今日はポルカとマールを迎えに来たんだ。あの3人の様子を見たのはある意味で()()()なのさ」


「ええっ、もうかよ!? やべえ、全然準備してねえぞ?」


「待った。そもそもママが旅立ちを許可してないはずだけど?」


「そのことについては俺が文句を言いたいくらいなんだが? あれだけ二人の背中を押して頑張ってこいって言ったのに手放す気がさらさら無さそう見えるぞ。愛情が深いのは結構だが、物には限度があると思わないか?」


「それは、すみません、母がご迷惑をおかけしているよ」


 俺が苦笑交じりで抗議したので向こうも同じように謝って来た。母親の慈愛を感じさせるが、そろそろ姉弟子が俺を責める頻度が上がって来たし、俺の薬師ギルド壊滅のためにもポルカの腕の上達は不可欠だ。

 だが肝心のリエッタ師が一向にお許しを出す気配がないので俺達が迎えに行くことに決定した……というか転移環準備における諸々の方が先に終わってしまったのだ。


「そういうわけでな、二人は連れてくぞ。俺も向こうから矢の催促を受けてるんだ、早くポルカとマールに会わせろってな」


「まだ準備もしてないって言ったでしょ? 今日いきなりは無理だよ」


 ルーシアはそう言い募ってくるが、幹部の彼女にも転移環の存在を明かす必要があるので、俺が何をするのかは見ればわかるだろう。


「心配するな、手はある。それよりポルカはまだ帰ってこないのか? 必要なら迎えに行きたいんだが」




「あの子なら今日はギルドで研修を受けているの。最近のあの子は薬草学だけではなく錬金術にも興味があるみたいね。みんなを助けられることは何でも覚えるんだって張り切ってるの。まだ小さいんだから、そんなに頑張らなくてもいいのにねぇ」


 その時、部屋に入って来たリエッタ師があいつの居場所を教えてくれた。確かに<マップ>ではさっきまで王都郊外に居たのに今はギルド内にいるが……王都の冒険者ギルドに出向くのは少し嫌だな。


「なら、俺が呼んできてやるよ。ギルドに用事もあることだしな。二人とも、先に済ませてこようぜ」


 俺が悩んでいるとラルフがポルカを呼びに行ってくれるという。兄弟二人を連れて出てゆく背中に礼を言い、俺はここしばらく最大の関心事である案件を片付けるべく、リエッタ師に向き合った。


「この度は、自分のお願いを聞いていただいて感謝します。正直言って八方塞がりだったのでリエッタ師が申し出て下さって本当にありがたく思っています」


「まあ、その言葉はまだ早いわ。実際にうまくいくかはこれから確認するのだもの。でも、とりあえず先に渡しておくわね。これでいいかしら? 依頼通り、このリポンに付与しておいたわ」


 彼女が手渡してくれたのは小さな、しかし可愛らしい赤いリボンだった。結び目の所に小さな神白石が埋め込まれており、とある能力を発揮することができるのだ。


「ありがとうございます。胸のつかえがとれた気分ですよ、これであの子たちに面目が立ちます」


 俺は心からの感謝をリエッタ師に告げた。正直この問題に比べれば貧民窟などは些事に過ぎない。別に俺の身内や知り合いが苦労をしている訳ではないし、何とかしようとは思うがはっきり言って他人事である。


「ふふ、強大な敵に立ち向かっているより、あの子たちの方があなたを悩ませるのね」


「もちろんですよ、力技で解決できない問題ですからね。早速試してみたいところですが、先にポルカが戻って来たようです。リエッタ師、二人をお借りしますよ」


「ええ。セラちゃんが貴方ならきっと迎えに来ると言っていたから信用して待っていたわ」


 俺の確認に彼女は柔らかく微笑み、やはり確信犯で二人を送り出すのを妨害していたと白状した。

 まあそうですよね、俺が転移環を設置すれば王都セイレンからセラ先生の店に通えるんだから、わざわざ危ない旅をさせる必要ないしな、俺でも待つわ。


 転移環の秘密が漏れる気が絶対にするが、最近では絶対に秘密を厳守する気も薄れつつある。なにしろ使用してない転移環が30対を超えているので、俺の中で貴重品という認識から外れてきているのだ。キリング・ドールのレアドロップ品とはいえ毎日倒せるし、なんと10日ほど前に赤い宝珠の中に奴を封じ込めることに成功したのだ。そういう訳で青い宝珠で増やすことによって毎日二体倒せることになり、手に入る確率が増加した背景がある。

 それに最後の手段として如月の<ワームホール>がある。あのユニークスキルは異世界を繋ぐという意味不明な能力を持っているが、普通に移動手段としても使えることが判明した。俺達に限るが、転移環がなくとも長距離移動は可能なので権力者が無理を言ってきたらそれ相応の対応がとれるのだ。




「わあ、ユウキさん、ユウキさんだ!! 今日はどうしたんですか!?」


「よう。ポルカ、聞いたぜ、いろいろ頑張ってるそうじゃないか」


 俺はこちらに向かって駆けてくる彼をクランの玄関で出迎えた。息を弾ませている彼の頭をなでてその努力を褒めてやると、こそばゆそうな顔をした。


「まだ全然だよ、もっと頑張ってみんなの役に立ちたいんだ。傷を治す薬だけじゃなくて力や身の守りが増える薬があればみんなもっと楽で安全に戦えると思うんだ。だからいっぱい勉強してみんなの力になるんだ!」


 記憶がないとはいえ俺が9歳の時にこんな立派な考えは絶対にしていなかったな。だが、ポルカの目は真剣そのものだ。母を救った事実が自信となり、異分野にも全力で取り組もうという意思を強く感じる。


「お前は本当に偉い奴だな。だが色んなものに手を出す前に、まずはひとつを極めないとな。セラ先生に錬金術も齧りましたなんて言ったら怒られるぞ」


「ううっ、先生怒ると怖いんだよなあ、アリアお姉さんとほとんど背は変わらないのにすごい迫力だよ」


「お前、これから向かうが、先生に身長の話題は絶対に出すなよ。お前も命は惜しいだろ」


「も、もちろんです、絶対に言いません。え? これから行くんですか? 何処に?」


「面白い場所さ、ポルカとマールは道を覚えろよ、何度も通うことになるんだからな」



 こうして俺は二人の他にルーシアとラルフ、そしてリエッタ師を引き連れて転移環を設置した家に向かうことになる。




「ポルカ、ようやく来おったか。ユウキめ、長らく待たせおって」


「わあ、先生! セラ先生だ! お会いしたかったです、先生!」



「あ、やっと来た! マール、声は聞いていたけど、やっぱり本人と会いたかったわ」

「うむ。待ったぞマール。これで仲間が全員揃ったな、ようやく冒険の始まりだ!」


「アリア! リーナも! 二人とも久しぶり!」



「な、なんだいこれ? まさか転移? そんな、そんな神器がこの現代に存在するなんて……」


「嘘だろ!? まさかここはランヌのウィスカなのか?」


「ユウキさん、こんなすごい魔導具をいっぱい持ってるのよ、凄いわよねぇ。あ。セラちゃん今日はおめかしさんね。ポルカのために準備してくれたのかしら」


 先生の店に皆がそれぞれの驚きを口にしているが、俺は一刻も早く試したいことがあるのでユウナとレイアにここを頼むと足早にアルザスの屋敷に転移した。



「さて、上手くいくといいんだが。まずはあの子を探すか」


 今日はこちらの屋敷か、それとも新大陸にいるのか。<マップ>で探そうとした矢先、元気のいい声が俺の耳に響く。


「あーっ、ユウキお兄ちゃんだ!」


 キャロはそう叫ぶと俺をめがけて走り寄り、俺の足に飛びついた。慣れたもので、そのままするすると俺の体をよじ登り、あっと言う間に定位置の腕の中に納まる。良かった、探す手間が省けた。


 そのままふんすふんすと俺の魔力を嗅ぐまでがいつもの流れだが、鼻をうごめかせるキャロの耳元にリボンをつけてやる。黒兎のキャロに赤いリボンはよく映えた。


 このリボンに籠められた付与魔法は対象者が身に着けると勝手に発動すると聞いているから、そろそろかなと思っていたら、不意にキャロの体が光に包まれて体が急に大きくなっている。


 <変身>という非常に稀少な魔法を付与されたリボンの力によって可愛らしい兎の獣人の姿から変化を遂げようとしているのだ。

 俺は腕の中に居たその子をそっとおろして体を支えてやる。ちょっとふらついているのは変化した重心に慣れないせいだろう。



「あれ? とーちゃん、その子だあれ? あたらしいおともだち?」


 キャロと一緒に遊んでいたらしい娘が見知らぬこの子を指さして首を傾げているが、その問いに答えたのはまだ幼い黒髪の幼女だった。


「シャオちゃん、キャロだよ」


「えー!? キャロちゃんがシャオたちとおんなじになった! とーちゃん、どしたのこれ!?」


 娘の言葉に答えず、俺は人間に変身したキャロに体の調子を聞いていた。


「キャロ、どこか痛かったりするか? 変な感じがしたりしないか?」


「だいじょうぶ、ユウキおにーちゃん。でもでも、なにかへんなの」


 おお、本人も違和感程度で支障はないらしい。大成功だ! さすがはリエッタ師、世界最高の付与魔法使いだ。


 ラビラ族のキャロがどこから見ても人間の子供に見える。しかも触っても変化は解けはしない。


 完璧すぎる。あとはこの魔道具の持続時間を調べれば何刻(時間)活動できるかの把握ができれば準備は完了だ。



 この子たちだけ除け者にするのは心苦しかったので、是非ともなんとかしたかった難題をリエッタ師の助力によって解決できた。


 これまで本当に長かったが、これで身内だけでなくようやくキャロもラコン達と共に異世界に連れてゆくことができるようになるからだ。

 

楽しんでいただければ幸いです。


スラムの話からは解離してますが、主人公にとってはこちらの方がよほど大事でした。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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