見捨てられた場所 11
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「とまあ、そんな訳で俺とザインは頭の手足となって誘拐されたガキどもを救いだしたのさ。だがそれからが難儀したぜ、連中は手当たり次第にスラムのガキどもを攫ってやがってよぉ、翌朝から我が子を探し回る親を捕まえて俺たちの拠点に一々連れてくるのが面倒だのなんのって。だがよ、これも頭からのご命令とあらば俺達に否やはねえ。スラムの外郭をひっくり返して探し周り連絡がついた奴は全員親元に帰せたぜ」
ゾンダが名調子であの夜の一幕を皆に語っている……本人たちは大いに自慢しているが、周囲の目が冷ややかであることに気付いているのだろうか? うーん、気づいてないなあれは。
「何を偉そうに語るかと思えば、ただの命令逸脱ではないか! 頭、ゾンダとザインは頭から動くなと伝えられていたにも拘らず、明らかな違反を行った。これは何らかの罰則が必要なのではないか?」
憤懣やるかたなしという顔のボストンが俺に詰め寄って来た。この二人に悪意があるというより反りの合わないゾンダを攻撃したい意図があるのは明らかで、親分さんたちや他の幹部連中はまたやってるよこいつら、という顔をしている。
ゾンダもボストンも多数の部下を前にすれば相応しい威厳と器量を示すのに、顔を合わせると一桁の子供のような喧嘩をし始めるのだとエドガーさんが苦笑していたのを思い出した。
そう、まさにいい歳をした子供の喧嘩だ。意固地にはなるものの、それによって周囲に悪影響を及ぼすような真似はしでかさない程度には大人なので、どっちかに肩入れするような話でもない。
「深夜の散歩を野郎どもが連れ立って行っただけだ。どうせ来るのは幹部の中でもこの二人だけだと解っていた。この中で貧民窟に行くなと言われても勝手についてくるほど関心あるやつは奴等だけだしな」
「か、頭……」
ゾンダとザインが感激したように声を弾ませているが、一応釘をさすことは忘れない。
「ただし、次はないからな。毎度命令を都合よく曲解されてはかなわん。覚えておけ」
「へい、肝に銘じやす」「了解でさぁ」
威勢の良い声で返事をしたが、こいつら必要だと思えば絶対に付いてくるんだよな。
「ったく、本当にわかってんのか? だがまああの時は助かった、俺一人では手が足りなかったからな」
誘拐された子供たちはカナン漬けにされた上、数か所に分けて監禁されていた。それらを探し出すのは俺一人でも出来たが、大勢を抱えて安全な場所まで運ぶとなると夜が明けても終わらなかっただろう。それに禁断症状が出ていた子供たちは自傷行為まで行っていた。自分の腕を血か出るほど搔き毟っていたあの光景を思い出すだけで殺意が蘇ってくるほどだ。全員綺麗に直してあるので、あとは心の傷が癒えるのを待つしかない。
「頭のお役に立つのが俺たちの仕事ですぜ、お気になさらず。それと、結局15人ほどが孤児院に入ることになりやした。暫くは俺の手の者で様子を見ようと思いやす」
「……そうか。解った」
ザインの補足に俺の内心に苦いものが広がる。最初の報告では孤児院入りは10人に満たないと聞いていた。人数が増えた理由は、考えなくても解る。
親が迎えに来なかったのだ。口減らし目的で捨てたのか、それとも俺達のことを聞いてこちらで生活した方が良い暮らしができると考えたか。
「孤児院関連に仕事を増やす。瑞宝、野郎よりも女衆の方が向いているかもしれない。エドガーさんから話があると思うから、そのときはよろしく頼む」
真意はどうあれ子供たちにとっては親に捨てられたのだ。暫くは気を遣ってやる必要があるだろうが、それでも最後は己一人の力で立ち上がる必要がある。この世界はどんな者にも優しい楽園ではないのだ、自分を本当の意味で助けられるのは自分だけなのだ。
「承知いたしました。すべてはお頭のお望みのままに」
「しかし、裏切りか。今の我らの大きさを見れば一人ではないだろう。問題はそれが個人か……それとも……」
重い話題を変えるためだろうか、ベイツが吐き出した言葉の先は言わずとも知れている。俺はもう確信しているが、裏切り者は集団、おそらくは組織丸ごとだ。俺が潰した連中の中にたまたま紛れ込んでいたのではなく、これまでに掃除した奴等にもクロガネに籍を置いている奴がいたのだろう。
そう確信したのにも理由もある。奴らを潰す前に息のあるやつを尋問して得た情報の中にあの貧民窟の最奥である”常闇”には3つの組織が共存していると聞いていた。一つは暗黒教団(実際にその名を出したわけではないが)、もう一つがウロボロスとウカノカの残党だ。
そして最後の一つを口にするにあたり、先ほどまで血反吐を吐いて命乞いをしていた奴が突然これを聞いたら後悔するぜと強気になったのだ。
寝言は冥府で吐けと無事に残していた右手を潰したら、そいつは絶叫と共に”クロガネ”を敵に回す恐怖を味わうがいいとかほざいていたのだ。
その時は最後の強がりにしては芸がないなと思っていたが、あれからどれだけ調べてみても3つ目の組織の姿が見えないのだ。陰気な暗黒教団の連中とこそこそと物陰を蠢く残党どもはしっかりと痕跡を残すのだが、あるはずの最後の組織はまるで見えない。聞こえてくるのは”クロガネ”の威を借る小悪党ばかりだ。
こういう手合いは”騙り”が相場だというのに、まさか本物がはびこっているとは想定外だった。
しかしこの考えをここで話す訳にはいかない。暗黒教団の件はごく限られた者たちにしか知られてはいけないからな。
「最悪の想定をしておくんだな。俺たちはそこから必要な行動をとるだけだ」
不安な顔を見せる幾人かに俺は言い切った。
「それだけでいいのか? もっと厳格なルールを定めたり、違反者を処罰する必要は?」
イーガルがそう言い募るが、俺にはあまり意味のある策だとは思えない。
「今でも異常なほど厳しいだろ。それでも規則の裏をかいて出し抜く奴が出るんだ。組織の膿を切除する、それで十分だ」
この”クロガネ”という組織にある規則は厳しい。俺は作成に関わっていないが、これじゃ縛りつけ過ぎて誰も来ないわ、というのが俺の感想だった。
もともとまともに生きられなくて裏街道を歩いているような奴らばかりなのにこんな規則じゃ厳しすぎやしないかと危惧したのだが、実際は頭数がそろそろ5桁に届こうかという数に膨れ上がっている。
これは本当に謎であり、俺は頭のおかしい奴が多いんだなと自分を無理やり納得させた。
「だが、そんなことをすれば組織にも打撃は避けられないが……」
「気にもならないな。腐った組織は滅ぶ運命だ、それが早いか遅いかの違いでしかないだろ。腐った残骸に未練を残しても意味ないぞ」
ボストンは俺の言葉に衝撃を受けた顔をしている。この男は、組織に愛着が過ぎるのが欠点と言えば欠点だな。
「前々から感じていたが、頭は組織がどうなろうが気にも留めないのだな」
「ああ、俺にとっては親分さんを押し戴いて、お前らがいればそれで十分だ。その容れ物は別に何でも構わない。壊れたなら捨ててまた新しく作ればいいだけだ。ボストン、優先順位を間違えるなよ。大事なのは組織そのものではなく、俺達の在り方だ。ここにいる面子とエドガーさんがいれば何度失敗したってやり直せるし、在り方を間違えなければ名前や容れ物が変わっても王都の民は俺達を支持してくれる。安寧を求めて腐敗を見逃せば後悔することになるぞ。少なくとも俺は親分さんの前でそんな無様を晒すのは御免被る」
「まったく、お前さんは生まれてくるのが10年遅かったぜ。あの時お前さんが俺たちの中心で要石をやってくれりゃあ、あんなにも一気に転げ落ちていくことはなかったに違ぇねえ」
俺が幹部たちに言い含め、空気が張り詰めたその時を見計らって親分さんが割って入ってくれた。この絶妙な間は俺のような未熟者には到底真似できない秀逸さだ。
「ボストン、お前さんの危惧は解るぜ。この繁栄は昔以上だ、おいそれと失いたくねえ。だが、躊躇っちゃなんねぇ。あの苦い記憶を若い奴等にまで味合わせることはねぇさ。手をこまねいて放置した挙句どうなったかは俺達が一番よく解ってるはずだ」
「はい、大将。お言葉に従います」
さすが親分さんだ。一度悩み始めると長いボストンを一発で納得させてしまった。今は亡き息子に後を譲った後は調停者として名を馳せたと聞くが納得の腕前である。
「お前らに細部は任せるが、置物からの助言だ。やるときは容赦なく一気にやりな。下手な温情は禍根を残すだけだぜ。まあお前さんなら余計な世話だろうがよ」
その時、熱燗が出来上がったことを知らせる笛の音が聞こえた。それを耳にした親分さんはこうしちゃいられねえと相好を崩し、いそいそと立ち上がった。
初春とはいえまだ夜は冷える、燗酒が進む季節なのだ。
「それで頭、裏切り者の一掃はご指示があるまで待つとして、スラムの方は如何なされるんで? 頭のご様子を窺えば何かお考えがあるように存じやすが?」
ザインの盃に酒を注いでやっていると、奴からそんな質問を受けた。まだ本決まりではないが、話しても構わないか。彼らも関係していくことになるはずだしな。
「前も話したが、”クロガネ”としては干渉しないのは変わらんぞ。現地に行ってみてわかったが、一組織が面倒見切れる規模じゃないからな。お前だってあそこに手を入れるなら他のすべてを投げ出して取り掛かる必要があると理解したはずだ」
「へい、それは十分に。ですが、それと同時にただ指咥えて見てる訳にはいかねぇってのもご理解いただけたと思ってやす」
「ああ、本気で後悔してるよ、行くんじゃなかったってな」
「か、頭? なにを……」
「行けば面倒なことになるってのは解りきってた。国、領主、あらゆる所から見捨てられた場所だからな、弱いものを食らい尽くすこの世の地獄が広がっていると思ったら、案の定だ。人間の醜悪さを煮詰めたような最低の光景を拝む羽目になった」
俺もあの夜にこいつらと煙草を吸いながらいろいろ考えた。当初はあそこの連中が王都内にどうやって入り込んだのか、それを調べるはずだったのに事態は想定外の方向に進んでいた。
だが、こうなる事は頭では解っていたのだ。
一度手を出せば後に引けなくなるであろうことは。
「……すみません、俺が余計なことを」
「まったくだぜ、いくら国からの要請とはいえ、特大の厄介毎に首を突っ込むのは嫌だったんだ。ああいうのは適当に茶を濁して関わらないのが一番なのさ」
「…………」
「だがよ、知っちまったからにはもう見て見ぬ振りは出来ねぇ」
「……頭!!」
「あれを放置したら夢見が悪そうだ。毎日寝る前にあの光景が脳裏を過ぎることになっちまう、そんなのは御免だからな」
ザインが飛び上がらんばかりに喜んでいるが、まだ何も始まってはいないのだ。
「頭なら必ず何とかしてくれると信じてましたぜ! だよなあ、ザイン!?」
「ああ、俺達の頭がスラムの弱い立場の奴等を見捨てるはずがねぇ!」
「お前ら落ち着け。さっきも言ったろ、”クロガネ”としては動けないと。それは俺個人も同じだ、俺にも目的があり、貧民窟にばかり関わっていられないんだっての」
「それじゃ、いったいどうされるおつもりで?」
「俺もお前たちも無い袖は触れないのは事実だ。なら、他の力のある奴らに全部任せてしまえばいいのさ」
ザインを始めとする幹部連中の顔に疑問符が浮かんだ所で、これから俺に巻き込まれる不幸な人々の総称を口にした。
「教会だ。俺は資金を出して教会勢力に貧民窟の浄化を依頼しようと考えている。すでに打診は済ませて、好感触を得ているそうだぞ」
数日後、俺はライカールの王都に降り立っていた。その指には認識阻害の指輪が嵌められており、俺を見て騒ぎ立てる者はいない。俺のすぐ後ろにはユウナが控えている。
なぜ異国の地で身を隠すような真似をしなくてはいけないのか果てしなく疑問なんだが、この王都セイレンでは7大クラン、”マギサ魔導結社”の総本部があることもあり、王都中にクランメンバーあるいはリエッタ師の子供たちの目があるのだ。
以前に飛竜騎士のレオンと共にやって来た時には即座に見つかり、内密に頼むとお願いしたのにあっという間に総本部に数千人が集まって騒ぎになってしまった。
今回の来訪には幾つかの目的があり、その一つは非常に秘匿性の高い案件なのでこうして秘密裏に訪れているというわけだ。
「こちらになります」
ユウナが案内してくれたのは王都の西側に密集している集合住宅地だ。こういった中層階級の建物はランヌ王国と大差なく俺には見慣れた光景が広がっているが、違いがあるとすればこの一帯はそれなりに裕福な家庭が住む家なのか、小さいながらも庭付きて周囲は塀で覆われていた。
彼女の先導で向かったのは、そんな一軒家の一つだ。住む住人も生活に余裕のある者が多いせいか、閑静で人通りも少なく落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「この家か? こんな物件、良く見つけられたな」
「少々手管を用いました。お叱りはお受けします」
ユウナはこの家を手に入れるために結構無茶をしたらしいが、それを頼んだのは俺なのですべての責任は俺にある。
「咎は俺が受ける。君の事だから、悪辣な手段は用いていないと信じる」
俺はユウナに対して全面的な信頼を口にすると、彼女は背後で頭を下げた気配を感じた。従者を疑うようになれば、もう誰も信じられなくなる。そんなことで気に病む方が馬鹿馬鹿しい。
「この家の主がその方面の人間でして、配下に加えた際にこの住居の存在を知りました」
なるほど、<洗脳>したのか。だが、俺の望みから考えると最適な方法であることは間違いない。
「手段はあまり褒められたものではないが、確かに必要だな。住居の管理、秘密の秘匿から考えると最善だと思う」
ユウナはこれと見込んだ相手を戦いを挑み勝利した後、配下に加えている。上下関係を叩き込まないと効果的に<洗脳>が効かないそうで、俺よりこのスキルに詳しくなっているなと感心してしまった。
だが、ユウナは俺の無茶な注文を完璧にこなしてくれた。最近激務続きで彼女にも休息が必要だと思うほどに頼ってしまっているが、この依頼はユウナでしかこなせないのだ。
「とりあえず住人に挨拶して、場所を決めよう。ようやく場所が決まったんだ、これで姉弟子の催促から逃れられるってもんだぜ」
俺はマールとポルカをウィスカに迎え入れるため、この家に転移環の設置を行うつもりなのだ。
「さて、二人は何処かな?」
転移環を設置するのは今朝急に決まったので二人にはまだ知らせていない。こちらの準備さえできてしまえば移動はいつでも可能なので驚かせてやろうと思ったのだが、総本部の入り口広間は賑やかな喧騒が広がっており、活気に溢れていた。二人を探そうにも、随分と骨が折れそうだ。
「クランもかなり景気良いな」
前もこんなんだったっけ? と視線でユウナに問うと、彼女には珍しいことになにを言っているのかという呆れ顔をされた。
「ユウキ様が幹部として所属されているクランです。この程度の活気は当然では? それにご命令によりいくらか素材も流しておりますので」
「ああ、そうだった。ルーシアにせがまれていたな」
俺は知らぬ内にこのクランの幹部にされていたが、彼らに親愛の情を抱いているのでそれを請けたのだが、そうしたら同じく幹部であるルーシアに色んな素材をくださいなと直接要求されたのだ。
幹部の義務だのなんだの理由をつけていたが、研究したいと顔に思いっきり書いてあったので詳細はユウナに任せていたのだ。
ユウナとルーシアは同じ才女ということで気が合ったらしく、友人関係となっていて俺を介さずとも融通したようだ。クランが欲したのは下級素材ばかりなのでこだわる必要も感じず、俺も一切をユウナに任せきりだった。
「ユウキ様が提供した物資でクラン所属の冒険者はクエストを次々に成功させ、評価を高めました。そしてギルドは高難度の依頼も実力のあるメンバーに次々と振るようになったと聞いています。あのエリクシール製作の際にギルドに助力を頼んだ事が良好な関係を生むきっかけになりました。お互いが良く知らない相手を不必要なまでに警戒していたのです」
「双方とも一度交流してみれば先入観に囚われていたことが解ったって所か。良い方向に流れて行っているようだな」
「すべてはユウキ様のお力の賜物です。ギルド側もユウキ様が専属冒険者であることが大きかったようです。身内がクランの中枢に食い込んでいるようなものですから、長年対立してきたクランとギルドもこの魔導結社に限っては雪解けを迎えているようです」
このままでは何でもかんでも俺の功績にされそうな流れになっているユウナの語りをほどほどで止めさせて俺はポルカとマールを探すことにした。
<マップ>で探すと二人はそれぞれ自室と王都郊外にいるようだ。外にいるポルカは後にしてまずはマールを迎えに行くかと歩き出すとユウナが声を掛けてきた。
「ユウキ様、この先は指輪を外された方がよろしいかと」
そうだった。このクランは凝り性な面があるリエッタ師に手により至る所に設置型魔導具が備えられている。その中には起動中の魔道具を察知すると警戒音を出すものもあり、認識阻害の指輪を外さないと大事になってしまうだろう。
すでにクラン内に入っているので遠慮なく魔道具を切ると俺は奥に向けて進んだのだが、ものの数歩も歩くことが出来ずに声を掛けられた。
「んあ? おい、ありゃユウキじゃねえか! なんだよ、来てたなら声掛けろよな、水臭え! おい皆、第8席のお出ましだぞ!」
「おっ、来たのかユウキ! 北の騒動はどうなったんだよ、お袋さんはあんま話してくれねえんだ」
「8席、あんたが持ち込んだ触媒はどうなってんだ? こんな高級品見たことねえよ、10発以上魔法を打ってもまだまだ使えるんだ、これが大銀貨2枚なんて有り得ねえ。値付け間違ってるぜ」
「なあ、今度ダンジョン行こうぜ? セイレン名物の地下ダンジョンまだ体験してねえだろ? ウィスカを攻略するあんたなら短期間で踏破できるはずさ。歴史に名を残そうぜ」
騒ぎになるのは指輪がなくとも同じだった。
わらわらと集まってくる顔見知りと名も知れぬ連中をあしらいながら俺は奥へ進んだ。背後からこれから宴会だと騒ぐ声が聞こえる。なんだろう、”クロガネ”の奴等といい俺が出向くと必ず宴会を始める気がするな。最後は俺が色々出すからみんな期待してるのだろうか? 別に構いやしないが。
「おーい、マール居るか?」
今の彼女はクランから個室が与えられている(皆があの子の魔法の特異性に気付いたのだ。俺が攻撃魔法一辺倒は良くないと諭したのも効いたと思いたい)ので俺は彼女の部屋の扉を叩いた。
「えっ!? ウソ! 今の声、ユウキなの!? なんで!?」
部屋の中からばたばたと色々やってる音がしばらくした後、扉を開けたマールはひどく怒っていた。
「来るならくるって連絡してよ! アリアも聞いてないっていうし、皆に黙って来たんでしょ! あ、ユウナさんもいる」
急いで身づくろいをしたのか、普段は目深に被っているフードが少しめくれていて彼女の猫耳が少し見えてしまっている。指をそれを示すが、マールは気にも留めていないようだ。
「驚かせてやろうと思ってな。随分と待たせたが、とうとう約束を果たしに来たぜ」
「約束? え、それってまさかウィスカへ向かうってこと? えええっ、私準備してないんだけど」
まあ、話が決まってから半月(45日)以上経ってるからな。こっちが落ち着いたら俺が迎えに行く話だったのに俺が幹部になったり他のクランからの横槍とか様々な些事が重なったし、母親であるリエッタ師が旅立つ子供たちと離れるのを嫌がってはナシを進めないなどと本当に色々あった。
「別に引っ越ししろとは言わないさ。リエッタ師が認めないだろうしな」
「え? でもウィスカに行かないとアリアやリーナとは会えないじゃない。通話石で話はしてるけどさ。エレーナさんはあんたが何とかするって言ってたけど」
「まあ、そういうことさ。それよりポルカは何処だ。あいつを拾ってリエッタ師に話を通すぞ」
「あの子は今はギルドだと思う。ほら、あの子の力を偽装するために普通の冒険者として実績が必要だから採取依頼をしに行ってるはず」
確かにあいつは王都外にいたが、そういう理屈だったのか。
「仕方ない、迎えに行くか。じゃあ合流したらまた顔出すわ」
「あ、待って。私も行く」
マールを連れて3人で連れ立って歩いていると、反対側からこちらに近づいてくる見慣れた姿があった、
「あ、ルー姉さん。今ちょうどユウキが……」
マールが姉に声を掛けるが、クラン幹部でもある彼女の姉はそれに答えず俺の腕を取ってこっちへ来てと小声で囁いた。
話の内容が察せられた俺は抗うことなくルーシアの先導に従い、空き部屋の一つに連れ込まれた。もちろん俺だけではなく、ユウナとマールも一緒だ。
「姉さん、どうしたの? そんなに怖い顔して」
突然豹変した姉の態度に戸惑いを隠せないマールは問いかけているが、ルーシアはそれに答える余裕もないようだ。
「説明が欲しいね。あの子たち、どうなってるの?」
「おいおい、そっちこそ話が端的すぎるぞ。何が聞きたいのか詳しく教えてくれ」
「少し前に君が連れてきた3人の子供たちのことさ。うちの子にするなら必要なことだから魔法適性を調べてみたら3人とも異常なまでの適正と数値を叩き出した。3属性が2人、1人に至っては4属性だったよ。君の事だから事情があるんだろうけど、あの子たちはどこで拾って来たんだい?」
「へえ、そんなに凄いのか。どうせ育てるならクランの方が将来は開けると思ったが、想像以上だ」
伊達にあの環境で育てられてはいなかったわけだ。優秀だからその価値を認められていたわけか。
「答えになっていないよ。あの魔法の申し子といえるような子供たちと君はどんな関係があるんだい?」
「特殊な場所だよ、俺はあの子供たちと牧場……まあそんな場所で知り合った」
俺は最近、クランに一つ頼みごとをした。彼らが昔から多く成し遂げてきたことであり、遅い時間に訪れた俺を大して疑うこともなく普通に受け入れてくれた。
そして今答えた言葉にも嘘はない。彼らはその場所で人為的に最強の兵器となるべく生み出された存在だからだ。
あの屑共が経営していた実験場は人間牧場と呼ばれていた。
そこで飼われていた三人を救出した俺は、特殊な事情を持つ子供でも平然と受け入れるマギサ魔導結社に子供たちを託したのだ。
楽しんでいただければ幸いです。
今回は少し短めというか前後編みたいな内容です。多すぎて分割しました。
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