見捨てられた場所 8
お待たせしております。
突然のアリシアによる弟子入り志願から数日後、俺は肩に相棒を乗せて王都の冒険者ギルドに向けて歩いていた。弟子入り云々はとりあえず保留で彼女の心変わりを待っている状態だ。アリシアも冷静になればこの狂熱から覚めるだろうと俺は見ているが、他の女性陣から何故か白い目で見られている。
「最近はダンジョン攻略もないしこうしてユウと出かけるのも結構ひさびさ?」
「まあ、そうだな。ダンジョンは今じゃ攻略というより宝箱の回収作業になってるし」
魔導書で時を止めてその間にすべての宝箱を回収する作業を始めてもう随分と経つ。目当ての宝珠はようやく三種類目が発見され、残るは後二種類。回収だけして中身を検めてない宝箱があと一万個くらいあるのでその中に入っているのではないかと期待しているが……中々に厳しい。
もう累計で8千個以上宝箱を開けているのにまだ目当ての宝珠が三種類しか出てないのだ。あと二種類を見つけるためにどれほどの労力が必要になるのだろうか。俺も半ば惰性で宝を確認しているし、仲間たちも同様で無理に誘うのも気が引ける。おかげでアリシアとミレーヌが奮起してくれているのには感謝している。こちらから止めないといつまでも続けるのは考えものだが。
余談だが、3種類目の宝珠の名称は”進化の秘宝”というもので、使い方そのものはダンジョンモンスターを捕らえる赤い宝珠と同じだが、その名の通り中に入れて一晩寝かせると上位種に進化しているという馬鹿馬鹿しい能力を持っていた。さらにもう一日寝かせるとさらに進化するのでダンジョンで捕まえたただのヒュージスライムがアルティメットなんちゃらとかいう完全無欠なスライムに進化した。ダンジョンモンスターなので5寸(分)で消え去ることに変わりはないが、アレを倒すのはきっと俺でも苦労するだろう。
最近では進化させたモンスターが何を落とすのかで遊ぶ方が楽しくなってきている有様で、完全な現実逃避だ。
まあ儲かるからいいとしても、借金返済が宝箱を漁っている内に終わりそうな気配が漂い始めている。借金にも困ってはいるが、正直返済し終わった後の方が問題だ。たぶん、ほぼ間違いなく俺は自責の念に駆られてライルに体を返す方向で行動するだろう。
「ダメ! 絶対ダメ!!」
俺たちは言葉を用いなくとも通じ合えるので、肩に座った相棒が強い口調で俺を咎めてきた。
「解っちゃいるんだけどな、それは身内や仲間にも無責任だってことは。でもどうにもな」
リリィにもそう言葉を濁すが、たぶん確実にそうなる気がする。ライルに体を返すべきだよな、と自問するとまあ確かに、と納得してしまうのだ。悪意を持って奪った訳でもないのだが、この行為に正当性があるかと聞かれると全くないからな。
「だからこうやって色々投資やらなんやらでお金使ってるわけだし。今回もそうでしょ?」
”クロガネ”や神殿関係、それにラインハンザへの投資など、返済以外に積極的に金を使っている。普通は魔約定に書かれた借金残額が減れば喜びを感じるはずなんだが、なぜか今の俺は終わりが近づいているような焦りを感じる。借金はまだ1300万枚以上はあるのだが、たぶん手持ちのアイテムをすべて突っ込めば残額は数百万まで減るはずだ。そしてこの推移なら今年中には完済しかねない勢いだ。
全ては30層台があまりにも稼げるから悪いのだ。問答無用でスキルを封印される仕掛けは凶悪を超えて極悪だが、我ながら反則で対応したからな。
時を止めて宝箱を全部まとめて搔っ攫うなんてダンジョン製作者も想定してないだろうし、俺が貧乏性を発揮して毎日せっせと搔き集めるお陰で金目の物が溜まってゆく一方だ。
揉め事で異世界に長期留まらざるを得なくなった玲二が金欠に悩み、こっちの品をもっと簡単に現金化できればいいのにと嘆いていたのを思い出す。そのために如月が張り切ってくれたわけでもあるが。
「でも今回のプロジェクトはその中でもかなりお金使うんじゃない? これで借金返済もだいぶ先延ばしだよね?」
世の返済者が聞けば発狂しそうなことを言いながら俺は目的地である冒険者ギルドの玄関に入り込む。前回は要らぬ注目を集めてしまったので認識阻害の指輪を身に着けて、受付嬢が珍獣発見と騒ぎ出すのを防いでいる。
「ええー? いいじゃん、ギルドテンプレじゃん。もー、玲二なら嬉々として楽しむのにぃ」
「俺はこういう性格なんだよ。日本では随分と楽しんでたと玲二がボヤいてたぞ」
俺が北にいる間、リリィは玲二と如月と一緒に日本を満喫していた。特に厄介事に絡まれ続けた玲二の傍に居て、面倒な問題を悪化させ続けたそうだ。その火消しに俺が駆り出されたのはある意味当然と言える。
「いやぁ。だって玲二凄いんだもん。向こうからトラブル舞い込んでくるし、安っぽい挑発にいちいち反応するから事件が燃える燃える。あれこそまさに主人公ってやつよ、素質はユウ以上だよ」
満面の笑みで誉め(?)ちぎる相棒を見て俺は内心で玲二に合掌した。あいつも俺と同じ強さなんだから怪我一つないとはいえ、喧嘩を収める手管に弱かったので俺が手を貸したわけだ。とはいえ16歳が殺気立った複数の組織相手に手打ちに入るのは難しいからそれは仕方ない。
外見は同い年くらいの俺でもそれは同じだが……俺は関係者全員を黙らせられる力量があった。
「文句言う組織を一晩で叩き潰して無理やり納得させるのは解決と言えるんだろーか?」
「俺も暇じゃないし、そう何日もかけるわけにもいかんからな。それに俺の代わりに玲二がやるとあいつが堅気に戻れなくなる。これで良かったのさ」
異世界で既に解決した話を持ち出す相棒に話の終わりを切り出すと、俺は時間的に閑散としているギルド内部に入り、手空きの受付嬢に一枚の便箋を差し出した。
「これを確認してほしい」
「は、はい。少々お待ちください」
王都ギルドでは昔にやらかしているので俺は受付嬢に表面を見せつけるように押し出した。これで気づかなかったらもう俺の落ち度じゃない。疑問符を顔に浮かべながら立ち上がる受付嬢だが、彼の紋章を知らないのはある意味問題だな。
相棒はギルドの人の多さに腰が引けてしまい、俺の懐に逃げ込んだ後、ソフィアたちがお茶にするらしいので合流すると言って転移していった。
しばらく時間がかかりそうな雰囲気なので周囲を見回した俺は冒険者の中に頭二つ分くらい背の低い短躯の姿を見つけた。彼がここにいるのは想定外であり、俺は認識阻害の指輪を外して声を掛けた。
「ゲルハルトの旦那、あんたがここに出向くなんて珍しいな」
「おっ、ユウキの大将じゃねえか。あんたは依頼でも受けに来たのか?」
俺が勧誘したドワーフの名工(実際は名工どころでは無く防具に関しては世界随一の職人だった)、ゲルハルトが木片を手に他の受付嬢へ向けて歩いている所だった。
「いや、別件だ。俺はダンジョンばかりで依頼はさっぱりなんでね。そちらは依頼を掛ける側だよな?」
彼の女房と娘は冒険者をやっているが、彼自身は若い時分に少しだけ冒険者をやった後は職人一筋と聞いている。間違っても依頼を受ける側ではないだろう。だが、それも少しおかしい。彼ほどになればそんな雑事なら人を寄越すだろう。
「ああ、本来なら人を使いに出すんだが、ちょいとギルドの上の方と話があってな。約束を取り付けられねえかこうして出張って来たってわけよ」
「そりゃちょうどいい。俺はこれからギルドマスターと面会の約束があるんだ。旦那も同席するといいさ」
「いいのか!? そりゃ手間が省けてありがてえ。ギルマスと普通に面会するたぁ、さすが名の知れた男だな」
彼ほどの男であっても現役貴族である王都のギルドマスターと面会をしたいなら平時であれば約束を取り付ける必要がある。それを省けるので彼は気色を浮かべた。
「前にここで一仕事したことがあって、その縁だよ。それよりどんな依頼を掛けたんだ? 名工が何を頼むのかちょっと気になるな」
興味を示した俺になんてこたぁねえよ、と手にした依頼票を見せてきた彼に俺は思わずため息をついた。
「なあ旦那、ここにある金属は依頼を出すまでもない、俺が全部持ってる。あとで工房に多めに持っていってやるよ」
「おい、マジかよ!? かなり貴重な魔鋼も含まれてるんだぞ、この輝鋼や炎鋼は等級もかなり上等でないと……おう、これだよこれ! 最上級じゃねえか」
ダンジョンのお宝には色んなものが入っている。特に外れ宝箱の中身は本当に多彩でポーションから金貨類を始めとしてこんな魔鋼まで本当に多岐に渡る。酷い時は麻の服が畳まれて20着ほど入っていた時もあった。
その中で鉱石や魔法金属は品の貴重さのわりに鑑定額が低すぎて魔約定に出し難い品である。俺もいつか使う時が来るだろうと<アイテムボックス>が無限に入ることをいいことに溜め込みまくっていた。
今がまさにその時だ。彼の手に渡り最高の防具に変わってくれれば何も言うことはない。
「恐らく俺の依頼絡みだろうし、そういった経費は俺が出すから気にしないでくれ」
「いや、これはまだ作業に入る前の手慰みよ。まだ依頼者と面通しだってしてねえんだから、腕を錆びさせないための繋ぎさ。気にしないでくれや」
「確かにまだ連れてってなかったか。わかったよ、近いうち工房に顔を出すんで、その時はよろしく」
名工の武具は商品棚に並ぶ数打ち品も上等なもんだが、特注となると武器だって使用者の手を見て職人が大きさをはかるのだ。それが身に着ける防具であれば体の大きさを測らなければ話にならないか。
あ……彼に注文したいのは女連中なんだが、ドワーフは人間の女を欲望の対象にしないというし、たぶん大丈夫だろうが、俺も採寸に付き合うとするか。
彼との話がひと段落すると同時に、ギルドの職員たちがにわかに騒ぎ出した。数人が俺を指さしているので、手紙の内容が伝わったと見ていいだろう。
こうして俺はゲルハルトの旦那を連れて王都のギルドマスターにして現役の王国貴族であるドラセナード子爵と面会をするのだった。
「時間を作ってもらってすみませんね」
豪華なギルドマスターの執務室で書類に何かを書きつけていたドラセナードさんは俺たちが部屋に入ると顔を上げて立ち上がり、歓迎してくれた。
「なに、君に頼まれて否と口にできる者はこの国に何人もいない。しかし、今日は珍しい客人を連れているな。要件とはその後人の事かな?」
「いや、彼は別件です。貴方、というかギルド全体に頼みがあるようです。目的地が同じだったので連れてきました」
俺の視線を受けたゲルハルトの旦那の旦那が自己紹介を始めたが……なんだろう、二人の間に緊張感がある。エルフとドワーフは大昔仲が悪かったそうだが、今ではだいぶ改善されていると聞くが種族的嫌悪感でもあるのだろうか。
「招聘を受けてこの国にやって来た職人のゲルハルトだ。よろしく頼む」
「マスタードワーフのゲルハルトといえば、まさかあの”神工”か! 世界一の名工にお会いできるとは光栄だ」
間違いなくユウナから情報を受け取っているはずの彼だが、自己紹介に大げさに驚いてみせた。単純な芝居だがゲルハルトのほうはまんざらでもないようで、漂っていた緊張感が薄まった。
「よしてくれや。その呼び名は今の俺には相応しくねえ。俺は所詮鍛冶馬鹿よ、だが馬鹿なりに通すべき筋を通すためにあんたに面会がしたかったんだ」
ゲルハルトの発する気配は真剣そのもので、俺は話の優先権を彼に譲ることにした。彼の話を聞いてくれとドラセナードさんに視線を向けた。
「ギルドにできる事であれば、なんなりと。貴殿ほどの名工からの願いであれば大いに善処する所存だ」
「ありがてえ。まず俺はあんたらギルドに礼を言いてえんだ。聞けばこの王都ギルドはわざわざスラムの連中にかなりの量の仕事を振ってるようじゃねえか。額は安いかもしれねえが、スラムにそこまで力を入れてる所なんて聞いたことがねえ。あんたらは大したもんだ」
「いや、我等は……」
「俺も世話になってるランデック商会が中心になってるってのは聞いた。だが俺はまずあんたらに礼を言わせてくれ。あんたは会ったことがあるらしいが俺の女房と娘が俺を追いかけてスラムに居たんだ。ギルドの支援がなかったら暮らしはもっときつかったと聞いてる。そこで頼みだ、ギルドも厳しいとは思うが支援をもう少し増やしてやっちゃくれねぇか? この中じゃギルドが一番実行できる可能性が高いんだ」
そう言って頭を下げるゲルハルトの旦那はデボラさんとメリル嬢が自分の知らないうちに貧民窟に落ちていたことを相当悔いている様子だ。その中で、自分ができることを探してここに来たんだろう。
このおっさんも中々の漢気だ。最初聞いたときは家族を捨てて鍛冶にかまけたと聞いて呆れ果てたものだが、聞くと見るとは大違いだ。
しかしなんだな、彼と俺の話の内容がだいたい被ってしまった。俺の方がもう少し具体性があるが。
「話は承った。だが、それには彼の了承を受ける必要があるな。貴殿も知っての通り、ランデック商会の実質的な主はそこのユウキだ。スラムへの支援も彼の一言が発端なのでな」
突然話を俺に振って来たので何事かと驚いたが、俺の講義はゲルハルトの旦那の大声でかき消された。
「ユウキの大将が切っ掛けだったのか! 女房娘の事といい、俺ゃあんたにどれだけ恩があるんだよ……あの”クロガネ”の総大将だってんだ、それくらいの器量はあるわなあ」
既に半年近く王都にいるゲルハルトの旦那は”クロガネ”の事も知っていたようだ。連中が凄いのは奴らの実力であって俺の力は関係ないが。
「俺も好きでやってることだし、気にするなとしか言えないな。旦那もこの話を持ち掛けたことは、あんたの義侠心であって、誰かに頼まれたもんでもないだろ?」
「そりゃあ、そうだが。わかったよ、恩は仕事で返すとするぜ」
このままではここで土下座を敢行しかねない旦那をそう宥めると、俺はこちらの本題を切り出した。
「奇しくも俺の相談も貧民窟に関することなんですよ。ゲルハルトの旦那はギルドに追加支援を頼んだが、俺は別の所の力を借りたいと思ってます。差し当たってドラセナードさんに助力を頼みたいんでそのお願いに上がったわけで」
俺の話に当の本人は盛大に面食らっている。
「待て待て。私がか? 冒険者ギルドのマスターである私が力になれる事であればユウキの申し出に頷くのもやぶさかではないが……」
「いや、俺が力を借りたいのは王国貴族であるドラセナード子爵です。貴方の肩書が彼らを動かすのに必須なんですよ」
俺の持って回った言い回しに合点がいった顔をするドラセナードさんだが、ゲルハルトの旦那は困惑顔だ。
「なんでえ、このギルマスは貴族様でもあったのか。で、貴族様でないと話がまとまらない相手って……なるほど、教会か」
彼自身も偉いさんと付き合いがあるので俺の思惑は解ってくれたようだ。
「ええ、俺は教会を全面的にこの件に巻き込む気でいます。しかし、俺がいきなり会いたいから責任者を出せとお願いしても相手にされませんからね。ある程度の権力があって向こうが聞く耳を持ってくれそうな相手となると、王都で貴方の子爵位はちょうどよかったので」
教会は貧民救済に力を入れているが、王都や大都市では主に貴族を相手にするのでかなり気位が高いのだ。教会のシスターに話をするならまだしも、上層部と交渉するには俺の”顔”では無理だ。約束を取り付けるだけで賄賂を要求されるだろうし、約束自体を忘れられることだってあり得るのだ。
彼らの活動資金も貴族からの寄進が主だし、俺のような庶民たちは主に神殿に祈りをささげている。
「なるほど……教会に目をつけたか。教会の現状を鑑みるに確かに勝算はある。しかし、確かめておかねばならないことがいくつかある」
「この件は国王と公爵の了解を取ってます。従って国が後ろ盾になってくれますから、資金の面では不安はありません。途中で投げ出しても教会を責めはしませんよ」
「お二方の了承があればこちらもやりやすい。一応聞いておくが、名前を貸す形か? それとも責任者を王宮が出すようになるのか?」
彼が気にしているのは責任と手柄は何処が手にするのかの確認だ。彼に交渉を任せる以上、把握しておくべき点だろう。
「面倒なんで、全部教会にくれてやります。要は金だけ出すので好きにやれということで」
国費からの持ち出しだが、その原資は俺からになるんだから向こうも懐は痛まない。
金貨にして総額十万枚以上の出費になると思うが、自分が貧民窟に本腰を入れて関わるよりかは金で解決してしまいたい。俺は自分がやりたいことだけに注力したいし、面倒なことは金を使ってでも他人に丸投げするに限る。
貧民窟救済なんて普通に考えても5年単位の大事業だ、俺はそんなものに関わって自分の時間を使うのは御免被る。弱者救済を掲げる奇特な教会なら喜んで参加してくれるはずだ。
「なんとまあ剛毅な。君以外では大法螺としか取らないな。なるほど、だから国の事業であるとお墨付きを与えるのか」
……この人、俺の借金の事情を知っていそうな気がする。だが考えてみれば150年以上も生きているハーフエルフで貴族として長くこの国の歴史を見てきたわけだ。俺をうまく活用するために国王側が引き込んでいてもおかしくはないか。
「そういうわけで教会と交渉をお願いしたいです。俺がやるべきなんでしょうが、向こうが真面目に話を聞くとは到底思えないもので」
俺のはっきりとした物言いにドラセナードさんは苦笑で答えた。
「君は神殿の最大の支援者だからな。一年前とは立場が完全に逆転しているし、教会は君を不愉快に思っているだろう。君が交渉に臨んでも神殿の回し者としか思わないだろうな」
「そういう訳で貴方にお願いに上がった次第です。それにご母堂は篤志家として知られたようですし、貧民窟救済を掲げるには貴方はこの国で最適の人物なんですよ」
この国に俺の貴族の知り合いは他にもいるが、彼ほどの適任はいなかった。バーニィーは祭祀を扱う家で実は教会とも近いのだが、伯爵家ともなると爵位が高すぎて国からの命令と受け取られかねない。それにバーニィーに交渉事はまだ時期尚早だ。昨日話を振ってみたが、是非ドラセナード様にお願いしてほしいと懇願された。
例によって公爵家も無理だし、同じ子爵であるクロイス卿もいるが、領地持ちで悪夢のように忙しい彼に頼む気はなかった。それに政治的にもかなり微妙なことになる。
そこで白羽の矢が立ったのがドラセナードさんだ。高圧的にならず程よい爵位、王国貴族として人より長い時間を過ごしたことにより各所に影響力を及ぼせ、貧民救済に力を入れた母親までいるときた。
教会に助力を頼むに相応しい人材がここにいた。
「貴女が交渉してくれれば成ったも同然なので心配はしてませんが、何かあれば自分が出向くんで気楽にやってください」
「国の後援があり、資金が君から出ると解れば勢いで神殿に押されている彼等なら食いつくだろう。早速司教に連絡を取る。経過はユウナに報告を入れるから彼女から聞いてくれ」
「よおし、話はまとまったみたいだな。これで俺も胸のつかえがとれた気分だぜ。さあ、今日は腰を据えて呑むとするか!」
つまり、平常運転ということか。ドワーフは俺の想像を超える酒豪の集まりだ。咽るような強い酒を文字通り水のように飲み干すし、恐るべきことにそれを毎日繰り返している。
それが彼とその家族だけならまだしも、エドガーさんがゲルハルトの旦那の旦那に用意した工房には現在12人のドワーフが集まっている。
他の9人は何処から来たのかと言えば、もちろん王城からである。王国はマスタードワーフの技術を少しでもこの国に取り入れようとアダマンタイトを餌に彼らを釣ったが、マスタードワーフ以外のドワーフも釣られてやって来た。国としては呼んだのはマスターの称号を持つ者だけだが、普通のドワーフでもそこいらの鍛冶師とは雲泥の差なので、待遇を変えこそしたものの彼らを受け入れていた。
そんな彼らはゲルハルトの旦那が王城を出て勝手気儘に槌を振るっていると聞いてこちらに移って来たのだ。熟練職人に敬意を払うエドガーさんもそれを諸手を挙げて歓迎し、他国が見たら腰を抜かすような豪華な面子が工房に集っている。
なにしろマスタードワーフがゲルハルトの旦那以外に3人いるとか贅沢すぎる。ちなみに彼らは酒で釣れた。旦那がこっちの方が酒は旨いと自慢したらその日のうちに引っ越してきて、王国もそれを認めたというから驚きだ。
どうもすでにあらかたの技術は伝えられてもういつでも帰還できるらしいんだが、酒とミスリルが気になって帰国するのを先延ばしにしているようなのだ。王宮では半分厄介者扱いとなっており、喜んでこっちに移動してきた。
この飲兵衛たちの異常な消費量を前にすると、酒が創造できてよかったと内心安堵していたりする。
「旦那の心配事が解消されて何よりだ。俺も酒席を共にしたいが、これから他の約束があってな」
「そうかい、じゃあまた工房へ寄ってくんな。さっきの魔鋼も卸してほしいからよ」
ギルド前でゲルハルトの旦那と別れた俺は貧民窟の件で話を通しておかねばならない二つの組織に足を向けた。
神殿はこれまで俺が大口の支援者だったから、教会にも肩入れする理由を説明しなくてはならないし、”クロガネ”は貧民窟の外郭をほぼ掌握していると言っていい。これから教会が主に関わってゆくことを通達すべきだし、それともう一つ気になることがある。
貧民窟の”常闇”に潜む三勢力の内の最後の一つ。いまだ全容が明らかになっていない謎の勢力だが。俺が見たところ奴らは……。
まあいい、それもこの件が進むにつれ嫌でも明らかになってゆくだろう。
もともと俺は”クロガネ”の拡大路線は反対だったんだ。少勢が多数に踏みつぶされないために徒党を組んだとしても、そいつらが腐っていけばその腐敗は全体に及んでゆくのは自明の理だ。
まだ何の確証のない話だが、俺はほぼ確信している。
”クロガネ”に仲間の顔をした裏切り者が多数潜んでいる。俺たちはその事実を受け入れ、親分さんの御名前と金看板に泥を塗った屑どもにこの世の地獄を見せてやらねばないのだ。
楽しんでいただければ幸いです。
この話は短編で考えているのでささっと片づけたい今日このごろです。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




