見捨てられた場所 6
お待たせしております。
イリシャから彼女の身の上話を聞いたことはない。本人も全くと言っていいほど話さなかったからだ。妹にとって辛い記憶だろうし、思い出させたくなかったのもある。
だが俺は過去の事として納得するつもりは毛頭なかった。必ず当事者、関係者を見つけ出し報いを受けさせるつもりだ。
しかし、その捜索は難航を極めた。俺が妹に詳しい話を聞かなかったし、あの子を見つけた頃には事情を知っていそうな者は全員地獄に叩き込んでいたのだ。俺は死体でもある程度情報を抜く術があるが、既にダンジョンの養分に成り果てた後だった。
それにユウナの手を積極的に借りなかったこともある。妹を苦しみを取り除くのは兄の役目だという俺個人の問題でもあったし、彼女にはもっと優先して調べてほしいことが山積みだった。
そういうわけで手掛かりは皆無に近く、イリシャのことは違法奴隷が横行するくらいのど田舎の生まれであることくらいしか解っていなかった。
厄介払いされたことから国をいくつも越えた遠方ではないと見ていた(奴等にとってそんな手間暇をかける意味も価値がないはずだ)し、教会の司祭を王都で初めて見たと目を輝かせていたから小さな教会さえない村なのは確かだった。
この体の持ち主であるライルの故郷、キルネ村はどこへ出しても恥ずかしくないど田舎だったが、それでも教会があり、日曜学校やら催事がある広場と並んで村の中心だった。
教会の設置は民心の安定に繋がるし、なにより国の法で村を興す際には必ず置くように定められている。
それがないという時点でかなり候補は限られてきたのだが、それでも該当箇所は無数にあって積極的に捜索を始めるには躊躇われたのだ。
だが、俺はついに核心に迫る情報を得た。そこに書かれていた事はイリシャと思われる少女を押し付けられて迷惑だと実にふざけた内容だったが、そいつらがリュハンナという地方で活動していたという万金に勝る情報があった。
そして俺は更新された<マップ>により詳細な背景を推し測ることが出来た。そのリュハンナ地方はとある秘境と隣接しており人類が手出しできない領域、つまり王国の権力が及ばない緩衝地帯が存在している。
まず間違いなくイリシャはそこで育ったはずだ。
俺の求める総てを見つけ出し、あらゆるものを灰塵と化すまで、立ち止まるつもりは一欠片もなかった。
「ユウキ様、どうかお側に……」
「いや、大丈夫だ。君は君の為すべき事を為せ。これは俺の我儘みたいなものだからな」
ユウナの申し出を俺は断った。なにせ当の本人がやらなくていいと言っているのに勝手に動くのだ。泣き疲れて眠っているイリシャはソフィアの腕の中だが、まだその瞳には涙の跡がある。
「我が君、何も今から出なくても良いのではないか? もう遅い、明日から動かれては?」
「俺もそう思ってたんだが、一度意識したらどうにも逸る気持ちが抑えられない。これでも我慢したんだぞ」
何しろ1日待ってリノアを連れて調査をし、国王に中間報告まで入れたのだ。我ながら忍耐強いなと感心したが、近しい皆には俺の焦燥を全く隠せていなかったようだ。
「兄様、どうかお気をつけて。私とイリシャはいつでも兄様のお帰りになる所で待っていますから」
「ソフィア……ありがとう」
猛り狂った俺の精神は上の妹の一言で落ち着きを見た。手がつけられない狂騒が統制された狂気程度には収まっている。俺を見かねたソフィアが宥めてくれたのだ。
「でも兄様をそこまで駆り立てるイリシャが羨ましくもあります。私では無理な気がしますし」
そっぽを向くソフィアはイリシャに嫉妬しているようだが、この子はあの傷を見ていないからな。あれを思い出すだけで世界を何度でも滅ぼしたくなる気分にされられる。
あの原因作った者を、関係した者に等しく報いを与えてやる。妹の受けた苦しみを兆倍にして返してやるつもりだ。
「お前を傷つける存在は事前にこの世界から総て排除してあるからな。こんな気分にさせられた時点である意味負けなのさ」
出会う前の出来事は流石に無理なので、こうしてきっちりと落とし前をつけに行く必要があるのだ。
「玲二、雪音。すまないが少し外すぞ。なに、そうは時間はかからない。明日一日があれば全て片付けられる」
仲間2人は頷きを持って返してくれた。従者たちにも視線で出発を告げると、彼女達は一礼して談話室の扉を開けてくれた。
さて、始めるぞ。覚悟はいいか、糞どもめ。
懺悔の時間だ。
秘境と呼ばれる場所は人類領域の中でありながら、人の手の及ばない地域である。
そんな場所にはたして人が住めるのか? という疑問には不可能ではないと答えるべきだろう。
その事実は<マップ>が教えてくれる。いくつかの国に跨るこの秘境の外周部には、小さな村や集落が点在しているからだ。
秘境は人間では到底太刀打ちできない魔物が蠢いている魔窟という認識で間違っていないが、その全てが獰猛な連中の棲家というわけでもない。
むしろ人間などに興味を示さないもの、あるいは類いまれな実力を持つ制霊術師たちが眩惑魔法を用いて隠れ棲んだりしていることもあるそうだ。
その集落全てに共通することが、どの王国の支配も受けていないということだ。
独立国と言えば格好がいいが、実際は見逃されているだけだ。王国側としては業腹だが、国が騎士団を用いて手を出そうものなら秘境の魔物たちが顔を出す。
その地を支配するのはとても割に合わないというのが実情だろう。
それに彼等のほうもそこまで楽園ではない。閉ざされた世界で暮らしが上向くことはないだろうし、支配を受けない代わりに困った時は誰も助けてはくれないのだ。
そんな場所では村長の地位は王に匹敵、あるいはそれ以上だ。閉鎖社会では生殺与奪の権利さえ握っているはずだ。イリシャが悪魔の子として目を焼き潰されたのはそういう状況だろう。
そして俺の妹は違法奴隷として捨てられた。つまり、その村は非道を為す連中と付き合いがあることになる。あるいは、彼等もまたときには盗賊として生計を立てている可能性もあるだろう。
あんな場所で盗賊やれるのかと疑問に感じたが意外や意外、調べればそこそこ商隊の姿も見える。エドガーさんに後で聞いたら、関所を無視できるためかなりの節約になるとか。その分危険度は跳ね上がるそうで堅実な彼はそんな愚は犯さない。
そんないつくか点在する集落のひとつが、盛大に燃えている。木造の建物全てが業火をあげ、村人達は中央の広場に集められていた。
「お前らが人攫いをしている事は解っている。知っていることを全て吐け」
激情により感情が飽和している俺は平坦な口調でこの村の村長を名乗る男を見下ろした。
「し、知らねえ。俺達はそんなもんに手を染めちゃいねえ」
百人に問えば全員が賊の頭目と答えたであろう人相の村長はまだ寝言を吐いている。この村でも見せしめは必要なようだ。
「やれやれ。命が要らんようだな」
「俺達がなにしたってんだ! いきなり襲ってきやがって! ここをどこだと思ってやがる」
悪態をつく頭目に目もくれず、俺は隣でへたりこむ手下の男を見下ろした。
「悪いな。いつだって1人目は必要なんだ」
「あん? 何を……」
俺が手にした拳銃から発射された大口径弾はその男の頭蓋を滅茶苦茶に破壊し、頭部を失った体は糸が切れたように倒れ伏した。
「さあ、次は誰が死にたい? この頭目がだんまりを決め込むせいでお前らは無駄に死ぬ。俺の知ったことではないがな。で、話す気になったか?」
「…………」
「俺達は川近くの村から人を拐って売ってる!」
「やってるのは俺達だけじゃねえ! みんなそうだ!」
「拐った商品は近くの町で待ってる連中が買い付けるんだ。本当だ、信じてくれ!」
「て、てめえら!」
頭目が自分を助けないと解った手下たちは我先にと情報を吐いたが目新しいものはなかった。
「他には? 特徴のある人間を扱った記憶はあるか?」
「そいつはどうだろうなぁ?」
何をとち狂ったか俺を相手に交渉を持ちかける気らしい頭目の足を銃弾で撃ち抜いた。絶叫を上げる頭目の顔を踏みつけると我ながら感情の消え去った声が出た。
「下らん色気を出すな。お前はただ知っていることだけ口にしろ」
「や、やめ……」
再度の銃声が轟き、両足を打ち抜かれた男のさらなる絶叫が加わった。俺はそれらを無感情で見下ろしている。下らない、こんな屑どもが何億人くたばろうが俺の知ったことか。
「話す! 話すからこれ以上はやめてくれ! 頼む……」
素直になって俺に泣きを入れてきた頭目は隠してある金目の物など様々な情報を吐いたが、俺の望むものは何一つなかった。こいつらの溜め込んだ腐れ銭など触りたくもない。金に貴賤はないが、こいつらの金に手を付けると同類に堕ちる気がした。
それに別にこいつに本心から期待をかけていたわけではない、この地域一帯には似たような下衆どもがまだまだいる。一人残らず己の罪の苦さを教え込んでやるつもりだ。
「こんなものか。まあいい、次へ行くか」
「た、助かった」「なんだったんだ、あのガキは……」
対して価値のない情報を吸い上げた俺は賊どもに背を向けた。そして懐から赤い宝玉を取り出すと命が助かったと思い込んで安堵する愚者どもへ侮蔑の笑みを浮かべた。
「お前らは狗の餌だ」
ダンジョンモンスターを封じ込める能力をもつ宝玉がその力を開放し、熟練のAランク冒険者でさえ容易く喉笛を食い千切られる獰猛な猟犬たちが姿を現した。
その数は4匹だが、ここの集落にいる24人を殲滅するには5寸(分)という僅かな時間であっても十分すぎる。
「な! なんだこの魔物は!?」「畜生、どこから現れやがった」「まさかあのガキの仕業か!?」
俺が捕まえたデスハウンドはもう恐れおののく賊どもに襲い掛かっている。俺でさえ手を焼いた凶暴性を如何なく発揮し、死体の山を築いていく。
彼等は人として生まれ、餌として死んだ。
すでに誰一人として生者の存在しない集落を後にした俺は次の目標に向かっていた。
これでもう3つの集落を無人に変えているが、いまだ本命には出会えないままだ。<マップ>に存在する秘境の中の集落を虱潰しに探しているが、今のところ賊の拠点ばかりで現地住民の隠れ里には巡り合えていない。だがイリシャを奴隷として移動させたのは間違いなく賊どものはずだ。連中を潰していればいつか遭遇するとみている。
この森林地帯を歩いて移動すれば何日かかるか知れたもんじゃないが、俺にはいくつもの高速移動手段がある。潰すべき場所が明らかになっているのなら、一日ですべての箇所を回ることは容易かった。
そしてようやく本命といえる不愉快な情報を得たのはそれから4つ目の集落を殲滅した後だった。
その場に降り立った俺の胸に去来するのは恨みを晴らすべく湧き上がる暗い悦びでも高揚感でもなく、無力感だけだった。
イリシャが育ったと思われる集落は廃墟と化していた。尋問した盗賊が言うには魔女の呪いで滅ぼされたらしいが、実際には魔物の襲撃を受けたらしい。このような秘境で暮らすからには魔物除けや結界が施されていてしかるべきで、この集落には精霊信仰者の守護があったはずなのに、それでも襲われたらしい。追放した幼い魔女の呪いで滅んだんだと盗賊は寝言を吐いていたが、俺の可愛いイリシャがそんな真似をするはずがないし、彼女にそのような能力はない。ただ単に天罰が下っただけだろう。
妹を傷つけた連中には俺が天罰代行者になりたかったのだが、先を越されてしまっては仕方ない。この秘境の隠れ里でうまく魔物から逃げ切ることは絶対に不可能だ。一年近く前に起きた出来事であれば死体も土に還っているが、魔物の腹に収まっているはずだ。
俺が復讐を果たすべき者たちはすでにこの世のものではなかった。
この結果に思うところがないわけではない。だが今も屋敷で俺の帰りを待っているであろうイリシャは俺が手を汚すことを本当に嫌がっていた。出かける寸前まで俺から離れようとせず行かないでと泣いて頼んできた彼女を魔法で眠らせてまで出かけた俺はどうしようもない屑だと思うが、仇は全て死に絶えていたのであれば、俺が手に掛けたわけではないのであの子に顔向けができるというものだ(賊は俺の中で人間ではないので何億人死のうが数の内には入らない)。
頭を切り替えた俺はこの殺戮におけるもう一つの目的を果たすべく、瓦礫と化した集落に足を踏み入れた。
その集落はで30近い家屋が点在し、隠れ里とは思えないほどだ。よくぞまあこんな村とも呼べそうな規模の集落を維持できたものだ。自給自足を強いられる閉鎖空間とばかり思っていたが、外界と接触する機会も多く、外から様々な品を交易で手に入れているらしい。
その交易品の一つに、奴隷売買がある。違法奴隷は王国内で露見すれば一発で縛り首になる重罪だが、この地では誰に咎められることもない。それにやはり安い労働力である奴隷は多くの需要があり、国の目が光らないど田舎では大っぴらになることはないが、売買は横行しているようだ。
俺は薄っぺらい<結界>が張られた集落に入り込む。太陽が中天に上った時間帯なのでその行動は当然目撃されており、明らかに余所者の俺に騒然となった。
「お、お前! 何者だ!? どこから入り込んてきやがった!?」
「ここでの生贄はあんたか」
農具を手にこちらを威嚇してきた農民(にしては随分と人相が悪いが)に俺は無造作に近づくと、焦って突き出された鋤を奪い取り、つんのめる農民を大地に転がした。
「うおっ! こ、こいつ、何しやが……」
喚いていた農民だが奪い取った鋤を転がったこいつの顔の真横に突き立てると途端に静かになった。しかしこうして秘境に住むだけあって警戒心は強いようで、遊んでいる間に多くの男どもが俺を取り囲むように展開する。
「小僧、その様子では迷い込んだわけではないな?」
この集落の支配者と思われる壮年の男が油断のない目つきでこちらを睨んでくる。当たり前のことに返事をする気もなく、立ち上がろうとする農民の頭を俺は容赦なく踏みつけた。
「俺はある女を探している。年の頃は30半ば、銀髪の女だ。この集落にいると聞いてやってきた」
「人探しでこの隠れ里までやって来ただと!? 寝言をほざくな、どこの国の間者か知らぬが、生きてここから出られると……」
言葉を発していた男は最後まで続けることが出来なかった。俺が放った火魔法がその男の周囲にいた4人に命中して一瞬にして炭化したためだ。
「下らん問答をするつもりはない。俺は人を探してここまで来た。お前らがどんな屑で生きる価値のないゴミだろうが興味はない。質問に答えろ、それとも手足の二、三本消し飛ばされないと理解できないか?」
俺はこの場所で脅す言葉を発するつもりはなかった。事実、俺の足元で頭を踏みつけられている農民の両足は風魔法で両断され、鮮血と共に野太い絶叫が上がる。
「ベナン! き、貴様ぁ! 気でも触れたか?」
「残念ながらいたって正気だ。最後の質問だ、該当する女はいるか? 答えない場合、生きている奴を皆殺しにして確かめることになる」
あんまりに絶叫が煩いので傷口を焼いて治療してやったのに、礼の言葉もなく精神がいずこかへ旅立った農民を一顧だにすることなく村長らしき男に俺は歩み出た。
「待て、それ以上近づくな!」
村長への返答は傍にいた男の頭蓋が破裂したことで答えた。俺が一歩進むごとにこの場にいる男が一人ずつ絶命する。奴らにとって俺はまさに死神だが、こいつらの罪状を知る俺には一思いに死なせてやったことに感謝してほしいくらいだ。
「面倒臭ぇ、全員殺すか」
「わかった! 案内する! こちらへついて来てくれ」
俺が興味を失った声で呟いた一言は村長の心胆を寒からしめるものだったようだ。それまで強気の姿勢を保っていた奴が一気に折れた。俺が駆け引きをする機など一切なく、本気で全員始末するつもりだったことが理解できたようだ。
「お前の愚かさが7人殺した。大した価値のない命とはいえ、哀れなものだ」
「あ、悪魔め……」
苦し紛れの村長の一言は俺の笑いを誘った。思わず本心からの笑みを浮かべてしまう。
「人の皮を被った外道に言われたくはない。人間牧場は儲かっているようだな」
「貴様、やはり……」
こいつらは各国の盗賊団と結託し、誘拐した魔法の素質を持った子供たちを掛け合わせて高性能の戦闘兵器を作り上げようと画策していた。そしてそれは一定の成功を納め、力ある子供たちを生み出すことになる。
成功例の中には幼くして神殿の巫女の能力を覚醒させたものもいる。
そう、この集落には誘拐されたアイラさんの娘、つまりイリシャの母親がいた形跡があるのだ。
必ず探し出さねばならない。母親の温もりを知らないイリシャのために、そして未だ娘を探し続けているアイラさんのためにも。
そう勢い込んでやってきた俺だが、現実はやはり無情だった。
俺が案内されたのは墓地だった。それも立派な墓石があるでもなく、土が申し訳程度に盛られただけの非常に簡素な墓ともいえないものがそこにあった。
「お前の望む女はそこにいる。これで満足か?」
俺への復讐のつもりか、嘲るような笑みを浮かべた村長がこちらに問いかけてきた。
「まあそうだな。知りたいことが知れただけでも満足すべきだろう」
無感情で俺は背後にいた村長を振り向くと、いつしか集まっていた集落の住民たちが武器を手にしている。住民たちは男女の区別なく、それぞれが殺意を漲らせ俺を睨んでいた。
「そうか、それは何よりだ。では、もう言い残すことはないな?」
「いや、よく見れば墓には花が置いてある。誰が手向けてくれたんだ?」
俺はその気遣いに感謝したくて尋ねてみたのだが、彼らの反応は俺の想像を超えていた。
「マイカ! またあんただね! 余計なことをするんじゃないとあれほど言っただろうが!」
凶悪な人相をした中年女がまだ子供と言っていいような年頃の少女を容赦なく平手打ちにしたのだ。突然のことに驚く俺だが、周囲の住民たちは中年女に味方している。
「またお前か。この出来損ないが!」「半端者のくせに余計な情だけは一人前だな」「奴隷らしく身の程を弁えろ、この無能!」「無駄飯食らいが、だからあの時にお前を始末しておくべきだと俺は言ったんだ」
住民から悪罵と共に蹴られ、こちらに突き飛ばされてきたその少女は満足に食事も与えられていないのか、ひどく痩せていた。だが口には出さないものの、住民たちを見るその眼には現状に対する怒りの灯が灯っていた。
へえ、こいつは面白い。拾い物かもしれない。
「この際だ、侵入者と共に始末するか。配合では最高の結果が生まれるはずだったのだが、非常に残念だ。お前にかかった費用は他の奴隷を売り捌いて補填するとしよう」
村長は片手を挙げた。幾度も行われたことなのか、住民はそれに直ちに従った。武器だけではなく魔法の詠唱をする者もおり、ただの隠れ里ではないことは明らかだった。
「どこの国の手の者か知らないが、我等の闇を暴こうとは浅はかな考えだったな。その無謀を冥府で後悔するがいい」
「あー、はいはい。おまえらもういい、死ね」
完全にこいつらへの興味を失った俺があっちに行けとばかりに手を振ると、俺に殺意を向けていたすべての住民、39人の頭が同時に破裂して弾け飛んだ。
俺は女子供に甘い男だと自覚しているが、殺意を向けてくる相手に手心を加えるほど愚かではない。殺し合いになるなら、例外なく皆殺しにするのが俺の主義である。
「えっ?」
頭部を失った住民たちが例外なく倒れてゆくのをマイカと呼ばれた奴隷の少女が絶句して驚いている。反論できなくとも最後の瞬間まで住民たちを睨んでいた根性は俺にとってかなり好ましいものだった。
「この墓に眠る人物とは親しかったのか?」
俺が問いかけることは想定外だったのか、身を震わせながらも少女はしっかりとした声で受け答えをした。
「ケイトさんだけは私に優しくしてくれたから」
ケイト。何度も聞いたアイラさんの誘拐された娘さんの名前だ。くそ、ここでも俺の手は届かなかったか。イリシャを傷つけた当人たちはすでに死に絶え、その母親もこの世の人ではなかった。アイラさんにとっては知りたくなかった現実で、娘が生きているかもしれないという希望が打ち砕かれた瞬間だった。
それでも、まだ俺にやるべきことはある。
「マイカと言ったな。お前、行く宛てあるのか……ってこんな場所にいる時点で愚問か」
「……行くとこなんかない」
秘境の隠れ里にいる奴隷に身寄りなどあるはずもないし、もしいたとしてもこの集落に生きている人間は俺が始末してしまった。
俯いてしまうマイカだが、俺はこの娘に紹介できる場所が一つあった。
「もし行くとこないなら、俺と来るか? 悪くない扱いで迎えてくれる場所がある」
「奴隷の私にそんな場所があるはずないじゃない」
すっかり拗ねてしまっているマイカに俺は詐欺師になった気分で持ちかけた。
「騙されたと思ってついてこい。少なくとも飯は食わせてやるよ、その痩せ方じゃろくに食ってないんだろう?」
マイナの返事は口からではなく、空腹を訴えた腹から発せられた。
「兄ちゃん、なんで?」
夕刻、面倒を終わらせて帰宅した俺を出迎えてくれたイリシャの顔には疑問符が張り付いていた。
当然ながらその視線の先には俺の背で眠るマイカという少女がいる。
「これには色々と事情があるんだ。話すと長い」
「大丈夫、ぜんぶ聞く」
有無を許さない口調の妹に気圧されつつ説明を始めた俺だが、そこまで大した内容があるわけでもない。やはり飢えていたマイカに飯を食わせたら睡魔に襲われてしまい、彼女が意識を失ったのを幸いにあの集落での後始末をつけて帰って来たのだ。
「また女をひっかけて帰ってきてるし、それも子供じゃない。何考えてるのよ」
声をかけたり揺すっても起きなかったので仕方なく背負って帰って来ただけなのだがセリカの暴論が酷い。まるで俺が彼女を誘拐したかのような物言いだ。ちゃんと同意を得て連れてきている。
そのような説明をしたのだが、イリシャはじとりとした目を止めようとしなかった。
「ずっとしんぱいしてたのに……」
「大丈夫、お前が気に病むことは何もない。それより神殿につながる転移環を使わせてもらっていいか?」
俺の言葉に意表を突かれたのか目を見開く妹だが、まだこの子に詳細を語る気はない。かなり繊細な話題だし、その判断はアイラさんに話を通してからになるだろう。
「お話があるということでしたが……その子に関することでしょうか?」
「ええ、彼女にも関係することですが、まずは無理なお願いを聞いてくださったことに感謝を」
転移環を用いた突然の訪問にも嫌な顔一つせずに対応してくれたアイラさんに俺は頭を下げて礼を告げた。隣では風呂に入れ服も着替えて見違えたマイカが借りてきた猫のようにおとなしく座っている。
「神殿の一大支援者である貴方が面会をご希望なのです。どの神殿もたとえ真夜中であろうと喜んで応じることでしょう」
「恐縮です」
「ですが、この度の特殊な訪問は、よほどの理由があってのこととお見受けします。巫女様に何かありましたか?」
探るような彼女の視線を受け止めた俺は、意を決して不都合な事実を彼女に語りはじめた。
「ケイトさん、奪われたあなたの娘さんのことでお話があります」
衝撃を受けて身じろぎもできないアイラさんに、彼女の娘さんが既にこの世の者ではないことを伝えるのは中々に辛いことだった。
「そう、ですか。あの子はもう……」
俯いてしまうアイラさんにかける言葉が見つからない。お気を落とさぬようになどと言えるはずもなく、俺の二の句が告げられないでいると隣の少女が躊躇いがちに口を開いた。
「あの、ケイトさんは本当に優しい人でした。私みたいな何の取り柄もない奴隷にも良くしてくれて。本当のおかあさんみたいだって、わたし……ご、ごめんなさい」
「貴女は?」
「彼女はケイトさんの墓に花を手向けてくれていました。聞けば随分と世話になったとか」
静かに双眸から涙を流すアイラさんは初めてマイカに視線を向けた。
「そう、本当にありがとう。娘のことを想ってくれていたのね。お名前を教えてもらえるかしら?」
「マ、マイカです。あ、貴女はケイトさんのお母さんなんですか?」
おっかなびっくり質問したマイカの言葉にアイラさんは溢れるものが止められないようだ。
「ええ、最愛の我が子を奪われた、その死に目にも会えなかった愚かな母親よ」
「そんなことないです。ケイトさん言ってました、優しくて暖かいお母さんがいたって」
「私にはあの子からそんな言葉をもらう資格はないわ。どうしてもっと早く見つけ出してあげられなかったのでしょう。最後まで愚かな母親ね」
さめざめと泣くアイラさんだが、マイカに話を聞く限りケイトさんが病で命を失ったのは3年前、俺とイリシャが出会う以前の話であり、どうにもならないことでもある。気落ちする彼女を慰めたいが、今の彼女には何の意味もないだろう。
だから俺は別の提案を口にした。
「アイラさん、娘さんをこの神殿で眠らせてはあげられませんか? 貴方やイリシャにもこの地でその魂を慰めることは意味のあることだと思います」
俺が<アイテムボックス>持ちであることは彼女なら既に把握しているだろうし、あの集落で周囲の土ごと移動してきている。あとはアイラさんの許しさえあれば娘さんはこの地で母親に見守られながら眠ることができる。
「もしそうしていただけるなら、これ以上の喜びはありません。私はあの子に親らしいことを何一つしてあげられませんでした。母親として何か言える立場にはありませんが、どうかお願いいたします」
こうして時の神殿の片隅にケイトさんの立派な墓が作られ、身寄りのないマイカは巫女見習いとして神殿入りすることになる。
そして、ひっそりと佇む墓所に足繫く通う人物が二人ほどいるとコニーから聞かされるのはそう遠い未来の話ではない。
楽しんでいただければ幸いです。
今回は主人公ガチギレ回になりました。
常にブチ切れているので本当に容赦がありません。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




