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見捨てられた場所 5

お待たせしております。




「あんたには本当に世話になったようだ。礼を言わせてくれ、この通りだ」


 卓に手をついて深く頭を下げるのはこの世界で一握りしかいないマスタードワーフと呼ばれる職人の男だ。


「そこまで大したことをした訳じゃないんだ、気にしないでくれ」


 大仰な礼を固辞する俺だがゲルハルトと名乗ったドワーフは受け入れなかった。


「馬鹿なことを言うな! 俺の連れ合いと娘はスラムに居たってんだぞ! あんたが連れ出してくれなかったらどうなっていたことか解ったもんじゃねえ。感謝してもしきれねえよ」


 とても貧民窟の三下共と派手に揉めていたとは言えない空気だが、彼女たちのほうが圧倒的に強かったし、口にしなくてもいいだろう。そちらを見ると母子共々余計なことは言うなよと視線で訴えていた。




 ドワーフ家族の行き違いは何とか解決を見た。父親のほうは手紙を残して故郷で待ってくれているはずの妻と娘がここにいることに驚き、夫、そして父親が自分たちを捨てて出て行ったと考えたデボラさんとメリル嬢もそれが自分たちの勘違いだと理解して、何とか和解をすることができた。


 特にデボラさんの方は完全に殺気を撒き散らして夫を殺しにかかる寸前だった。王城の通用門の前であることも忘れて自分の獲物を引きぬいたほど激高していたので俺が止めに入る必要があったくらいだ。

 正門ほどではないが王城には門衛がいるので突然巻き起こった修羅場に彼らも色めきだったが、無事の解決により彼らも胸を撫で下ろしただろう。明らかに只者ではないと解るデボラさんを止めるのは命がけになるからな。


 門の前で何をしている、さっさと行けという無言の威圧を受けた俺たちはこれまたリノアの一族が経営している大衆店に移動してこうして落ち着いて話をしているわけだ。



「俺はドワーフの知遇が得られただけで十分なんだがな。だが名高いマスタードワーフに会えて光栄だ。鍛冶の腕はあんた方が世界最高峰なんだろう?」


 いつまでも礼を言い続けることに辟易した俺が話を変えたことを理解したゲルハルトは下げ続けていた頭をようやく上げて答えた。


「ああ。ドワーフ連中が腕を競い合って、ある水準以上に至った職人をそう呼ぶのさ。名誉称号みたいなもんだが、仲間内じゃ影響力はあるぜ。この国がアダマンタイトを好きなだけ弄らせてくれるって話が出たときに横入りできるくらいにはな」


「父ちゃんは武器も打てるけど専門は防具のほう。そっちは世界最高の名職人」


「へへへ、そう持ち上げんなよメリル。ちょっと大きくなったんじゃねえか?」


 ゲルハルトが娘を溺愛する父親であることは言葉の端々から見て取れた。メリル嬢は自分はもう大人だと俺には言い張っていたが、父を見る目には誇りと憧れが同居している。やはりまだ子供だなぁ。そんな二人が自分を追って来たはいいが、王都に入る金がなくて(実際は金目の物を惜しんだみたいだが)貧民窟に身を窶していたと聞いてゲルハルトは顔色をなくしていた。俺も彼の気持ちは理解できる。自分が好き勝手に金属で遊んでいるなか、家族が明日食う飯にも事欠いていると知れば自殺したくなるだろう。



「あんたには世話になりっぱなしだねえ。ここまでの借りはちょっとやそっとでは返せそうにないよ」


 卓の上に注文した料理が並んだあと、デボラさんの器に酒を注いでやると彼女がしみじみと呟いた。


「本当に気にしないでくれると助かる。初めて会ったドワーフに世話を焼きたくなったんだ。少なくともあなたたちに出会ったときはな」


 俺の言葉に含まれた意図を経験豊かな彼女は誤解しなかった。


「へえ、それじゃあウチの旦那と引き合わせた事には目論見があるってことかい?」


「ん? どゆこと?」


 くぴくぴとかなり強い酒をまるで水のように飲んでいるメリル嬢が母親のほうを見た。彼女はまだ人生経験が足りないのか、俺の企みに気づかなかったようだ。


「メリル、考えてごらんよ。この兄ちゃんの手引きで王都に入った後、食事と風呂を済ませて都の中を歩いていたら王城の中で働いているはずのウチの亭主が叩き出されている場面に遭遇するんだ。これを偶然と解釈するかい?」


「……あなた、何者?」


 一気に剣呑さを増したメリル嬢は獲物を仕舞ってあるマジックバッグに手を伸ばしかけたが、その行為は母親によって止められた。


「おやめ。馬鹿なことをするんじゃないよ、意図がどうあれウチらには何の不利益もないじゃないか。この兄ちゃんにウチらを陥れる目的なんか欠片もないよ」


「お、おい、デボラ、どういうことでぇ。家族の大恩人に対して何をしようってんだ?」


 ゲルハルトも当然のように酒杯を手にしつつ空気を変えた二人に驚いている。俺からどうやって切り出そうかと悩んでいたのだが、これなら自然に提案できそうな流れだな。


「あんた、一つ聞かせておくれ。一体全体なんで城を追い出されたんだい? あんたは仕事にウソはつけない男だが、ヘマでもしたのかい?」


「馬鹿言え、俺がそんなことするかよ。アダマンタイトで重鎧と大盾を一通り作ってやったぜ、誰も装備できなくて宝物庫の肥やしになってるようだがな。それが昼間になったら突然騎士たちが押し掛けて来やがって、俺を城から追放するって有無を言わさずよ」


 全く何だってんだ、と言いかけたゲルハルトだが不意にはっとした顔になり俺を見た。ドワーフの親子の視線を俺が独り占めしているが、先ほどまでの好意的な空気は消え去っている。


「だからあんたもそんな目で見るもんじゃないよ。この兄ちゃんがウチらの恩人であることに変わりはないんだからさ。ただ、どうやったのかを知りたいねえ。ウチらと出会った数刻(時間)で全てのお膳立てを済ませたことになる。いや、一緒の行動してたんだから何か手を打った時間はもっと短いはずさ」


「特に隠すことでもないですよ。俺にはこの国の上と連絡を取る方法があって、あなたが漏らした旦那さんの名前で確認を取っただけです。誤解だったとはいえあなたから聞いた話が事実なら随分と不実な男ですからね。二人の目的を果たさせてあげようと画策したまでです」


 俺の言葉を聞いたデボラさんの瞳が妖しく光った。彼女の中では何かがつながったのかもしれない。


「国賓として呼ばれた旦那を追放できるってことは、その相手は相当な……いや、詮索はよしとこう。さっきも言った通り、兄ちゃんには本当に感謝しかないからね。ウチら二人じゃどうしようもなかった所さ」


「おうよ、あんたには何か考えがあるのかもしれんが、二人に会わせてくれただけで十分すぎるってもんさ。だが、俺にできることがあれば何でも言ってくれ。あんたは本当の恩人だ」


 さて、じゃあ俺の話を始めさせてもらおうか。


「そういうことなら少し聞かせてほしいんだが、ゲルハルトさんはこれからどうするつもりだ? アダマンタイトを十分に弄ったなら家族を連れて故郷に帰るのか?」


「……そ、それは」


 俺の言葉に言い淀む彼に驚いているのは家族たちだ。父親を迎えに来たつもりの二人からすれば当然なのだろうが。


「あんた、まさか!?」「父ちゃん?」


「俺だってお前たちを待たせているなら後ろ髪を引かれつつ帰ったろうさ。だが、俺の一番大事なお前たちはここにいる、となれば事情が違ってきやがる。おい、そんな顔をするなよ、これを聞けばお前たちも納得するはずだ」


 最後の方は声を潜めていたゲルハルトはその小さな体躯をさらに屈め、身振りで二人にも同じ姿勢を

求めた。明らかに秘密の話を共有するための姿勢だなこれは。


「いったい何だってんだい?」「??」


「これはかなりマジな話だが、どうやらこの国にはミスリルが存在するらしい」


「はあ? 嘘だろう? アダマンタイトでも眉唾だってのに、その上の伝説の金属が出てきちまったよ」「父ちゃん、それ騙されてる」


「普通に考えりゃそうなんだが、どうにもおかしいんだよ。連中というか、まあこの国の国王なんだがよ。その偉いさんが聞いてくるんだ。ミスリルを加工するとどんな武具ができるかってよ」


「……本当なのかい?」「なんで王様が?」


 デボラさんの顔には真剣味が現れ、よく解ってないメリル嬢は不思議な顔をしている。


「恐らくはな。普通ミスリルを手に入れたら嘘でも自慢するはずだ。その存在を公表するだけで世界中から注目の的だからな。それがいきなり加工したら何ができるか聞いてくるんだぞ。それも数回場所を変えて訊いてきた。まさかマジで持ってるのかと仲間内じゃもちきりだ」


「確かにそれを聞いちゃ離れられないねえ。せめて真偽を確認したいところだよ」


「ああ、もしここを離れた後にミスリルが出てきたら死んでも死にきれねえ。ただでさえ今のこの国はびっくり箱そのものだからな。アダマンタイトで俺たちを釣るなんて普通に考えて正気じゃねえし、半信半疑でこの南の国に来たら事実だったしよ」


 しみじみと頷くゲルハルトさんにデボラさんもうなずいているが、突然俺に視線を向けた。


「何しろこの国には”<(シュトルム)>”が居るからねえ。あの男が絡んでるとなると与太話と切って捨てるのは不可能さ。その二つ名の通り、常識を吹き飛ばす男だって評判だからね」


 デボラさんにはもう見抜かれてそうだが、彼女の言葉にゲルハルトさんも頷いている。


「ああ、あの冒険者の噂はお前も聞いてたか。稀人だって話もあるが、ありゃ稀人以上に滅茶苦茶だぞ。城にあるあいつが卸したって話の魔鋼や触媒はどれも特上級の品質だ。アダマンタイトも元はといえばその冒険者が流したらしいしな。ランヌ王国の繁栄のほぼ全てがあの男のおかげって話にも頷けるぜ」


「ウチは兄ちゃんがその<(シュトルム)>だと見てるけどねえ。かの冒険者はいろいろ伝手を持ってると聞くし、その若さであの腕前は二つ名持ちの相応しいさね」


「へえ、そうなのかい? 女房の目は確かだぜ、俺の目利きより信用できる」「あなたが、あの?」


 不気味なほどの沈黙がにぎやかな店に落ちるが、俺が何か答える前に隣の空席に腰を下ろす勇者がいた。



「ごめんなさい、少し抜けるつもりが長引いちゃった……えっと、この空気なにかありました?」


 そこはかとない緊張感が満ちたこの卓の違和感を感じ取ったリノアがデボラさんに尋ねるが、豪胆な彼女は話を変えるどころかさらに攻め込んできた。


「リノアの嬢ちゃん、あんたこの兄ちゃんと長いんだろう? ウチらは彼こそ世界最強の冒険者と名高い〈(シュトルム)〉だと見てるんだけど、何か知らないかい?」


「あ、やっぱりわかっちゃいます? こいつ、いつも最初は違うって言い張るんですけど、結局は渋々認めるんですよ。あんた、セリカも言ってるはずだけど自己評価が低すぎるのも問題よ。勝手に広がる二つ名はあんたの功績の証なんだし、胸を張りなさいよ」


「いや、別にそういう訳じゃ……って何の話をしてるんだよ?」


「あんたの姿勢の問題の話。まあ、それは後でいいけど」


 まずそっちでしょ、とリノアの視線の先には満足げな顔をしたデボラさんがいた。


「やはりそうかい! 只者じゃないのは一目見た瞬間に分かったけど、ギルドの受付嬢が全員兄ちゃんの事しか見てなかったからね、噂が確かなら<(シュトルム)>に間違いないと確信したもんさ」


 自信満々に言い切る彼女にため息しか出ない。これだから王都のギルドには出向きたくないんだ。しかしどんな噂が流れているのか、ユウナに聞けば即座に教えてくれそうだが、きっとろくでもない内容だろう。



「自分が何者かは脇に置くとして、今の話からするとゲルハルトさんはできればこの王都から離れたくないと考えていることで間違いないですか?」


「ああ、その通りだが、あんたのほどの高名な冒険者に敬語を使われると恐縮しちまう。恩人でもあるし、普通に話してくんな」


「そういうことなら地でいかせてもらう。で、提案なんだが、俺たちはあんたを勧誘したいと思ってる。ドワーフの名工で世界最高の防具職人の力を借りたいんだ」


 俺の言葉は想定外だったのか、ドワーフ親子は揃って驚きの表情だ。


「あんたに俺の防具が必要だとはとても思えないぜ。噂じゃ怪我一つ追わずに万を超える敵を始末するそうじゃないか」


 懐疑的な言葉を並べるゲルハルトだが、確かに彼の言葉は正しい。俺自身は今までもこれからも防具のお世話になることはないだろう。だが俺の周囲には彼の腕前が必要であろう者たちが多いのだ。


「腕を振るってほしいのは俺の仲間や友人たちだ。それに俺たちのことを知っているんだろう? ならばこいつを付けようじゃないか。絶対に満足してくれると確信している」


 俺が取り出した()()を見て、彼だけでなくそばにいた妻と娘の視線も縫い付けることに成功した。


「そ、それはまさか! あのランデック商会に卸されるって噂の名酒なのか!? 封も開けてねえってのに武者震いが止まらねえ。王城にいても滅多に流れてこないってんで優先的に回ってくる契約の俺達でも飲めたのは僅か二回だけなんだ!!」


 目が血走っているゲルハルトだが、すでにその名酒を口にしていると知って娘と奥方の怒りを買っていることに気づいてないくらいに興奮している。やはり彼等には酒が効く……世界中で有効な気がしているが。



「俺たちのことを知っているならこの酒は幻でもなくでもなくなる。欲しいときに欲しいだけ飲ませてやれると約束する。さあ、どうする? 色よい返事を期待しているが家族で話し合って決めてくれ」


「あんた! 解ってるね!?」「父ちゃん!!」


 二人の説得というか脅迫を受けたゲルハルトは一の二もなく頷き、俺が卓に置いた酒瓶に手を伸ばそうとするが、彼の手が届く寸前に俺は瓶を奪い取った。


「な、なにをしやがんでえ! ドワーフに酒での悪ふざけは血を見ることになるぜ!?」


 ついさっきまで命の恩人だと口走ったはずなのに今じゃ親でも殺しそうな目で俺を睨んでいる。

 こういう精神状態のときに聞いておきたいことがあった。



「最後に確認しておきたいことがある。あんたら一家はムロージ王国の出身だと聞くが、生まれは北の方か?」


「んあ? 俺は王都育ちだし、デボラもあの国の南の生まれだぞ? いったい何が聞きたいんだ?」


「そうか、北西部に縁はないな? デボラさん、あんたや娘さんはクランに加入しているか?」


「ええ? そりゃ入ってるけど、ああなるほど。確か兄ちゃんはマギサ魔導結社の大幹部も兼任してるんだったね。心配ないよ、ウチが入ってるのは小さなクランだ。七大クランと全く関わりはないよ」


 北から長旅をしてきた彼女たちだ各地で情報を仕入れたはずだが、つい最近発生した大騒ぎはまだ耳にしていないようだ。ギルドの方でも大々的な発表はこれからするようだし、無理もない話ではある。


「つい最近になってムロージ王国の北西の山岳地方の一部が消滅してな。もし皆の知り合いが巻き込まれていたら大変なことになると思って先に確認しておいたんだ。そこには七大クランのクランハウスが存在したそうだぞ」


 俺が明かした秘密を聞いて故郷の一大事に彼らは揃って仰天している。


「ほ、本当なのか? あんたがこの場で嘘をつく意味がないのは解るが、なんだってそんなことに!?」


「デボラさんほどの顔ならここから向こうのギルマスに連絡をつけることは出来るだろう。都市部に被害はないと聞いているが、気になるなら確認してみるといい」


「あ、ああ、そうするさ。今のとんでもない話があんたが最後に確認したかった事かい?」


「その通りだ。もし皆の大事な人が犠牲になっていたら友好的は行かないからな、そちらに問題がないなら、俺はあなた方と契約したいと思っているが、どうだろうか?」


 最後の質問は彼等の心胆を寒からしめるものだったようだが、それでも酒の誘惑には勝てなかったのか、俺の誘いにドワーフ一家は頷くのだった。




「まさかドワーフの工匠を当店にお迎えする日が来ようとは! よくぞいらしてくださいました。この星の巡り合わせに感謝いたしますぞ」


 ランデック商会は美の館ばかり有名になっているが、本業としては総合商店である。状況に応じて食料品などを提供する店を開いているが、本店は数多い品ぞろえを誇る百貨店だ。

 美の館の店長がセリカなのがその好例でエドガーさん自身はこの本店に詰めていることが多い。


 そしてランデック商会はエドガーさんが始めた防具屋を端緒としているだけあり、武器職人ばかりのマスタードワーフの中でも稀少な防具職人であるゲルハルトのことを見知っていたのでこの熱烈歓迎ぶりである。


「と、とんでもねえ。ランデック商会の会頭は俺たちの中じゃ神にも等しい御方だ。よくそあれほどの酒を俺たちに齎してくださった。ドワーフを代表して礼を言わせてくれ!」


 俺が知る世界最高の商人が差し出した手を両手でつかむほどゲルハルトは感激しているが、エドガーさんは困ったような笑顔でこちらを見た。


「申し訳ありません。あの酒はすべて我が主であるユウキさんとその仲間であられる如月様からの提供でございます」


 ものすごい目でこちらを凝視するドワーフの親子3人はエドガーさんに任せよう。とりあえずゲルハルトさんには防御が紙なライカの防具を何とかしてもらうつもりでいる。本人はカオルがいるし攻撃を避けるから大丈夫とか抜かしているが、あまりに不安すぎる。

 俺の知り合いで満足な防具を持っているのはエレーナくらいで他の皆は不安で仕方ない。金の素材と酒に糸目はつけないから是非とも腕を振るってほしいものだ。



 後のことはエドガーさんに託して俺は先ほどの店に置いてきたリノアを迎えに行った。彼女が店にとどまったのには理由があるからだ。



「こらぁ! ちゃんと綺麗に手を洗いなさい! 汚い手で触った子にはお仕置きだからね!」


 店の裏手に向かうと大勢の子供の声と共にリノアの叫び声がここまで聞こえてきた。彼女の他にも数人の女性の声がしている。


「よう、世話をかけるな」


「あ、相談役じゃないですか! お疲れ様です!」


 応援に来ていたらしい女衆の一人が俺に気づいて話しかけてきた。店の裏手で薄汚れた格好の子供たちに芋の皮むきをさせる所らしい。皮むきの前に子供たちの手洗いを徹底させているようだ。


「いきなり駆り出されて悪いとは思うが、どうかよろしく頼む」


「いえいえ、とんでもない。恵まれない子供に手を差し伸べるのは”クロガネ”なら当然じゃないですか。ここ任せておいてくださいな」


「それについては同感だけど、この店の責任者でもある私に一切の相談もなく数十人の子供を勝手に受け入れたのには文句を言いたいわね! 大体状況は読めたけどさぁ」


「ミリアさんには話を通したぞ。お前公認ってことにしておいたから安心しろ」


 俺の気遣いにリノアは悲鳴を上げた。


「余計なこと婆ちゃんに吹き込まないでよ! 後始末するのはこっちなんだけど」


 その話をした時のミリアさんはかなりリノアを褒めていたんだがな。



「で? この子供たち、薄汚れているし身寄りもなさそうってことは、もしかしてスラムの?」


「ああ、詳しいことはこれから報告する。お前も当事者なんだし、一緒に来いよ」


「え、あの面子のなかに混じるのはちょっと……勘弁して」


 確かに国王や公爵と差し向かいで報告するのは……慣れないと嫌かもしれないな。だがまあ私的で非公式な調査だからそう固くなることもないだろう。


「大丈夫だ、気にするな」


「なに決定事項みたいに言ってるのよ! やだ! 行かないから!」


 悪いが国王へ直接報告するのはミリアさんとも決定済みなのでリノアがどう喚こうが諦めてもらうしかない。だがリノアも慣れたもので俺が絶対に聞き入れないとわかると次善策を採るべく通話石でいろんな場所に連絡を始めている。




「昨日の今日でもう調査を済ませてくるとは。お主の腕を褒めるべきか我等の要員の至らなさを嘆くべきか悩みどころだ」


「全容が明らかになったわけではないですが、今この段階でもお知らせする価値のある報告だと確信しています」


 報告があると呼び出された公爵は半ば怪しんでいる素振りも見せたが、俺のこれまでの実績を鑑みたのか国王の共に席に着いて話を聞く姿勢を見せた。


「リノア、であったな。セリスティーヌとの仲を続けてくれているようだ。父として礼を言わせてくれ。あの娘には酷な運命を負わせてしまったが、お前のような娘がいてくれたことに感謝している」


「お、恐れ多いことでございます……」


 俺の後ろにはリノアが小さくなって控えていたのだが、彼女は緊張して国王の話を聞く余裕はなさそうに見える。

 それを見かねた隣の女が彼女を援護した。


「お父様。リノアはあまり事情を聞かされていないのです。ここで詳しい話をされてもこの子は困ってしまいます」


「ふむ、そうであったか。許せ、他意はないのだ。セリカの友人と親しく言葉を交わしたかっただけなのでな」


「は、はい」


 硬くなっているリノアの肩に手を置いたセリカが彼女の緊張を和らげている。

 リノアが通話石で泣きついたのがセリカとレイアで俺の従者は背後でこの微笑ましい光景を見守っていた。


「さて、叔父上まで呼んだのだ。それなりの報告があると思うが、まず先に聞いておきたい。かのドワーフは結局、如何した?」


 本題に入る前に軽い雑談をお望みの国王に付き合ってやることにした。


「放った手の者から報せは聞いているでしょうが、連絡の行き違いだったようです。今じゃ家族仲良くエドガーさんの店で過ごしていますよ」


 ゲルハルトさんには仲間や知り合いが大層世話になるはずなので、エドガーさんが歓待の宴を開いている最中だ。


「それを聞いて安心した。国賓として招いておいて突然放り出すのは外聞が悪いからな。それに家族円満に勝る宝はない。最近はそれを痛感している」


「無理な話を聞いてもらって助かりました。城の中にいる彼を訳もなく連れ出すのは難しかったもので」


 俺が殊勝な態度で礼を言うと国王は鼻を鳴らし声を低くして俺に文句を言ってくる。


「有無を言わせぬ声で命じてきたくせに良く言うものだ。あの場にいた宰相を誤魔化すのに随分と手間取ったぞ」


 詫びとして無言で酒瓶を国王の前に置くと、彼は相好を崩した。怒ったのは演技だったか。




「さて、本題に入るとしよう。あのスラムに関する報告を聞かせてくれ」


「あの貧民窟はそちらでもある程度の情報は把握しているんですよね?」


 俺が視線で事実関係を促すと国王は頷いてみせた。


「ああ、中層と呼ばれる区域までは調査が済んでいる。しかし最奥の”常闇”と呼ばれる城壁近くが一向に判明せんのだ。何が解ったのだ?」


 国王と公爵の視線が俺に向けられるのが解るが、敢えて卓の上にある酒瓶に手を伸ばした。リノアやセリカの含めた全員分の器の中に氷を入れて琥珀色の液体を注ぎこむ。


「おい、勿体をつけるな。話を聞かせてくれ」


 銘酒特有の酒精の香りを嗅ぎながら酒を舌の上で転がしていると、痺れを切らせた国王が訪ねてきたのだが、俺の方にも都合というものがある。


「そちらも大体想像はついてるでしょうが、素面で話せる内容じゃないんですよ。そう急かさずにそちらも飲んで待っててください」


 俺が酒の肴を数種類置くと公爵も黙って酒を口に運び始めた。レイアは当然としてセリカも俺の機嫌を分かっているらしく、黙って俺に従っている。


「これは……初めて飲むな」


「そうでしたか? 異世界に道が通じたのでそこからいろいろ買い込んだ品かもしれませんね」


 頭に酒精を入れることが目的で特に考えず適当に出した洋酒なので中身までは気にしていなかった。公爵が特に気に入っていたので土産に後で数本渡す約束をさせられた。


 暫く取り留めもない話題で時間を潰した後、深いため息をついた俺はようやく本筋に切り出す覚悟を決めた。

 鬱々とした気分が腹の底から湧き上がる。酒の力でも借りないとやっていられない。



「城壁外の貧民窟はいくつかの組織が互いに勢力争いをしているのはそちらも知っての通りだ」


「ああ、そうだな。中層でも5つの勢力が存在し、それぞれ潰しあっていると聞く」


 半日前にデボラさんが喧嘩を売られていたのが記憶に新しいが、ああいうような連中が無意味に鎬を削りあって弱いものを食い潰しているのがあそこの日常だ。


「似たようなことが”常闇”でも起きている。未確認だが3つの勢力があの狭い闇の底でひしめき合っているようだ。そのうちの一つに昨日辿りついたんだが、まあ想像以上の糞野郎どもだった」


 口にするだけで俺の気分が悪くなってくる。それを察したセリカが宥めるように割って入った」


「あんたがそこまで言うのだから、相当ね。あそこに陣取るんだから、ただの無頼の輩というわけでもなさそうだけど……」


「聡いなセリカ。お前の言うとおりだ。国王や公爵には悪いが、あそこはまさにこの”王都”の掃き溜めという言葉が相応しいな」


「ほう、そういうことか……」


 俺の言葉に気づくものがあったのか、国王の瞳に理解の光が見えた。


「え? それってどういう意味なのよ?」


 顔に疑問符を浮かべているリノアに説明してやってもいいが、直接的すぎると国王たちへの批判になりかね……別にこの面子ならいいか。


「あの”常闇”で蠢いてる連中は、この王都から叩き出された勢力の残りカスなのさ。俺が昨日の夜遭遇した奴らは”ウロボロス”と”ウカノカ”の残党だった。尋問もしたし、なによりこいつを隠す事なく捌いていたから間違いない」

 

 そう言って俺が懐から<アイテムボックス>経由で取り出した小箱の中身を見た皆が息を呑んだ。


「それってカナンじゃない! なるほど、これの流通ルートを持っているのは彼等だけしかいないものね」


 セリカがこの麻薬を見て驚いているが、これを資金源としていた組織はあの二つだけだ。俺たちが頭を手足を一夜で叩き潰したが、あの晩に王都を離れていた者も絶無ではない。跡形もなく殲滅され帰る場所を失った奴らが王都外の貧民窟に流れてくるのも自明の理だった。


「奴らはグラ王国の息がかかっている。国の後援があるなら組織が潰されても活動を継続するのも不思議ではないか」


 国王が思案顔でいまだ息づく奴らの影響力を推し量っているが、俺に言わせればあんな屑ども気に留めるほどの価値はない。


「奴らがグラの指示を受けて活動している形跡はなかったからそう構える必要はないでしょう。支援が途絶えて逼迫しているのは間違いなかったですし」


 俺の言葉を聞いて安堵する国王とは別に隣に座るリノアが口を開いた。


「じゃあ、ウチの店にいたあの子供たちはあそこにいたってわけ? あ、なんか嫌な予感がするんだけど」


 変な所で鋭いリノアが気づかなくていいことに気を回してしまった。俺は視線で咎めつつ頷いた。


「ああ、調査をそこで中断せざるを得なかったのはそれが理由だ。あのガキどもの面倒を見る羽目になって仕方なくな。奴らの溜まり場以外にも大勢いたから探して回収するのに時間を食ったんだよ」


 俺の言葉に公爵の表情が歪むのが見えた。なぜ”ウロボロス”の残党が子供たちを集めていたのか理由を想像したのだろうが、公爵、現実はあなたの想像のさらに下を行ったぞ。


「下種どもめ、余の統治する地で違法奴隷売買とは、舐めてくれる」


 国王の機嫌が一気に急降下したが、それで納得してくれるならこの話は終わらせてもいいか。


「お父様、たぶん別の理由ですよ。こいつの機嫌、周りも気を使っているくらい最悪ですもの」


 セリカ、余計なことに気を回すな。真実が常に良い結果をもたらすとは限らんのだ。



「ほう、そうか。ユウキよ、私は調査を頼んだのだ。あの場所で起きたすべてを耳にする権利がある」


 国王は何を思ったかそんなことを言い出したので、俺は思う存分腹に抱え込んだ怨念を吐き出せるというものだ。


「なに、連中が貧民窟の子供を手当たり次第に誘拐してカナン漬けした挙句、禁断症状で正気を失った子供同士を殺し合わせてその結果を賭けで儲けてただけですよ」


 俺の言葉に周囲の気温が一気に冷えた気がするのは錯覚ではないだろう。沈黙の中に隠しきれない怒りと殺気が混じり始めた。


「ゆ、許せない! なんなのそいつ等! それが同じ人間のすることなの!」


 とても暗殺一家に生まれたとは思えない真っ当な感性を抱いているリノアの瞳には光るものがあった。だからお前を連れて行かなくて正解だったと思っている。


「あれだけのことをしでかしておいて自分たちだって金がなくて仕方なくやってるとか寝言を吐いてたからな」


「ユウキ、お主の事だから安心しているが、始末に手抜かりはないな?」


 苦労して激情を抑えている声で国王が当たり前のことを訪ねてくる。


「当然です。全員、地獄を見せて生まれてきたことを後悔させてやりましたよ」


 今思い出しても胸糞の悪い光景だった。全員回復魔法で完璧に癒したはいいが、子供たちの後始末の方がよほど面倒だった。聞き分けのない()()()()にも感謝をしなくてはならないな。


「やはり国が介入すべきか? だがあれほど規模はとても手に負えるものではないが……」


 顎に手を当てて悩む公爵に俺は次の情報を渡すことにした。今回は彼の方が伝えるべき情報の重要度は高い。


「公爵、これは連中の拠点で見つけたものなのですが」


 俺が酒瓶や魚が乗っかっている卓の上にとあるものを置くと彼から先ほどとは比較にならない殺気が溢れ出た。


「そうか。痴れ者どもめ、一度殲滅されたくらいでは理解しなかったようだな。よろしい、何度でも念入りに滅ぼしてやろう。我が怒りと憎悪を何度でも刻み込んでくれる」


 公爵の視線が縫い付けられているのは竜の頭蓋骨を意匠に用いた装身具だった。こんな奇怪な品を喜んで身に着ける異常者を俺はひとつしか知らない。


「先のイスパニアの姫を狙った誘拐事件もそうでしたが、今この国は連中にとって聖地に近い扱いですからね。グレンデルが死んだ地ででかい騒動を起こせば奴の後継に名乗りを上げられる。各地の支部が入れ食い状態ですが、王都に入り込めないのであそこで粘っているようですね」


 俺の説明を公爵が聞いているか怪しいな、それほど彼は激怒している。その迫力はセリカの母親であるアリッサ妃を殺されかけたあの夜の国王に匹敵していた。


「我が家の総力を挙げて狩り出してやろうではないか。教団め、簡単に死ねると思わぬことだ」


 装身具を握りつぶしそうなほどに激高している公爵はそれでも精神力を動員して平静を保った。


「そういう訳でして、調査の途中ながら報告した理由を分かっていただけたかと」


 王都から叩き出した連中が王都外の貧民窟に屯していたというふたを開けてみたら面白くもない結果だった。まあまだ全容が明らかになったわけではないが。


「ああ、情報提供に感謝する。だが、これがお前の得た情報のすべてなのか?」


 俺の申し出に依頼者は理解を示してくれたが、尋ねられたことはあいまいに頷くしかない。


「未確認ながら”常闇”にはもう一つ勢力がいるらしいってことくらいです」


 拷問で聞き出せた情報ではなんでも”クロガネ”が一枚嚙んでいるとかふざけたことを言っていたが、いまだ確証は得ていない。


「そうか。引き続きよろしく頼む、と言いたいがひとまず調査はここで止めてほしい。教団とグラ王国の残党が出てきたとなれば各所と調整がいるのだ。多忙なお前を長くは待たせぬが5日ほど時間をくれ」


 俺にそう説明しながらも国王の意識は隣で怒り狂っている公爵に向けられている。国王の叔父であり幼少の頃から公私問わず非常に世話になっている公爵は頭の上がらない存在だ。シルヴィアの事件は公爵家にとっても痛恨事であり厄介でありながら各国とも関係を切れない暗黒教団をランヌ王国が完全に敵に回した判断に公爵がかかわっていないはずがない。国王は怒れる叔父を気に掛けているのだ。


 だか、その判断は俺にも実に有り難いことだった。


「助かります。実は俺も数日あまり時間をもらう必要があったので、渡りに船でした。それに今の俺は二人の心情が痛いほど理解できるのです、特に陛下は俺に助力を頼むのも苦渋の決断だったでしょう」


 そう、自分の敵を追い詰めるのは己だけの怒り、己だけの憎悪、己だけの殺意であるべきなのだ。


 それに余人を交えるのは耐え難いことだ。誰にも手を借りず、己一人の意思で完遂したい復讐のはずだ。


「ど、どうした? ユウキよ、お主になにがあったのだ?」


「俺自身には特になにも。さて、普段なら一献付き合うところだが、今日は申し訳ないが報告は終えたのでこれで失礼させていただく。リノアたちも帰るだろ?」


「我が君……」


 報告を終えた俺は気が急いているらしい。内心から溢れ出すこの形容しがたい感情を持て余しているとレイアがからの気遣わし気なこえがした。セリカもリノアはおろか、この中では付き合いが浅い国王さえ俺の変化に表情を変えている。


「すまないが、急いでいるのでこれで。調査を再開するときはセリカに連絡をください」


 これ以上の問答を拒絶した俺は言葉少なにこの場を辞した。




「とーちゃん、おかえりなさーい!」


「ああ、ただいまシャオ。今日もいい子にしてたか?」


「してた! シャオえらい?」


 突撃してきた愛娘を偉いぞと抱き上げるとこの子は俺の首元に縋り付いてくる。天真爛漫な笑顔に普段なら癒される俺だが今日に限っては全く心が動かされない。

 いかんな、この子を前にしてこの態度は我ながら良くない。翌朝を待って行動開始をするかと思っていたが、いっそのこと今から動いてしまうか?


「どーちゃん、げんきない? おなかいたいの?」


「そんなことないぞ。全然大丈夫さ、シャオはどうしてそう思ったんだ?」


 娘から放たれた次の一言は子供が親をどれだけよく見ているのかという証明のような言葉だった。


「えっとね、なんかとーちゃんみてるともやもやするの。おなかがぐるぐるしてかなしくなるの」


 シャオがなおしてあげると俺の頬をぺたぺた触ってくる娘の聡明さに舌を巻きつつ、幼いこの子をどう心配させずに切り抜けるか謝を悩ませるが、救世主がすぐそばにやってきてくれた。


「兄様、おかえりなさい。シャオ、兄様はたくさんお仕事をされて今日はお疲れなのです。でも貴女が抱きしめてあげれば兄様はすぐ元気になられるわ」


「ほんと? ソフィアさま」


 わかった! と俺を抱きしめる娘に笑いかけ、俺は出迎えてくれた妹を連れて皆の待つ談話室に向かった。


「お、ユウキおかえり」「ユウキさん、お帰りなさい」


 談話室には玲二と雪音がいてくれた。如月は日本でやることがあるようだ。俺の背後からは転移環で帰還したリノアたちが後から続いてくるのが解った。


「ユウ、おかえりー」


 相棒も転移してきて俺の頭の上に着地した。<共有>する仲間には俺の精神状態は伝わっているようで、そこはかとない気遣いが伝わってくる。みんな、色々とすまんな。


「ユウキ様、どうぞ」


 長椅子に座った俺にレナが茶を出してくれた。双子メイドほどではないが、彼女の淹れてくれる茶は優しい味がして俺の好みに合った。娘にも見透かされるこの精神状態をどうにかしないといけないな。


「兄様、私は兄様の御心のままになされるべきだと思います」


 シャオを抱き上げたままでいる俺の隣に腰を下ろしたソフィアはそのまま身を寄せてきた。


「ソフィア……」


 どうしたんだ、と問う間もなく俺の腕を抱きしめた上の妹は囁くような声音で告げる。


「兄様がそこまで心を乱されることはご自身の事か、私たちに関することだけです。私の問題はすべて兄様が解決してくださいましたし、シャオも問題なく過ごしています。セリカ様は幸せ過ぎて()()()()()いますから、残る家族はただひとりだけ」


 そのとき談話室の扉が勢いよく開けられ、そこから現れた小柄な人影が俺に向けて飛び込んできた。


「にいちゃん!」


「イリシャ……」


 どうしたんだ? と声をかけることは躊躇われた。大急ぎで帰って来たのであろう息を乱した妹の目には涙で溢れていたからだ。


「わたし、にいちゃんがいればいい、ほかには何もいらない」


()()んだな?」


「わたしにはにいちゃんだけ。だから……」


 大粒の涙をこぼしながら俺の胸にしがみつくイリシャにソフィアもシャオも驚いて言葉をなくしている。だが俺だけは妹の言葉を正さなくてはいけない。


「こら、今のイリシャにはアイラさんやコニーもいるだろう? 俺はお前の世界を広げてほしいんだ。俺以外にもお前を幸せにするものを増やさなくてはいけないよ」


「いや、にいちゃんがいい。わたしなんかのためにあぶないことしないで……」


 気を利かせた雪音がシャオを受け取り、ソフィアからも解放された俺はいくら食べても一向に重くなることのない妹の軽い体を抱き上げる。虹彩異色(オッドアイ)の美しい瞳は大粒の涙で濡れていた。


「イリシャは少し誤解をしているな、これはお前のためにすることじゃない。気にしすぎだよ」


 俺がこれから行うすべての暴虐は徹頭徹尾、完全に俺の私怨だ。イリシャの意思はこの際関係ない。



 先ほど国王の前で話したことと同じだ。


 これは俺だけの怒り、俺だけの憎悪、俺だけの殺意だ。


 絶対に俺だけのものだ。


 他の誰にも譲りはしない。




 他人の復讐というあまり気乗りしない依頼だったが、思わぬ所で副産物があるものだ。


 昨日生まれてきたことを後悔させた連中は”ウロボロス”の残党で、俺達か掃除したときは王都外に出ていた一派だった。屑どもの商売など興味はなかったが、他の勢力の情報がないか拠点で資料を漁っていた時に俺の目を釘付けにする情報があったのだ。


 違法である人身売買の記録だったが、その中に記載された項目を見た瞬間、俺の燻り続けていた炎が一気に燃え上がった。


 もう誰にも止められない、この落とし前は必ず付けさせる。



 俺の可愛いイリシャを傷つけた奴は世界の果てまで追い込んで報いを受けさせる。その結果としてこの世にどれだけ地獄が生まれようが知ったことか。

 

 ようやく得られた手掛かりなのだ、絶対にこの機会は逃さない。



 その木片には書かれていた。




 とある地方にて悪魔の子と呼ばれ、両目を焼き潰された銀髪の少女を手に入れたと。





楽しんでいただければ幸いです。


すみません。日曜予定がずれました。その分量多いから許して。


今回の本題はこっちだったりします。少なくとも主人公にとってはそうです。



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