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見捨てられた場所 4

お待たせしております。



「ねえ、大丈夫なの? あいつらにあんな態度を取って。ランデック商会に迷惑がかかるんじゃ」


「心配ない。貴族門の衛兵なら今のランデック商会(彼等)に歯向かう愚かさは理解している。連中がどう喚こうがその()を俺たちは抑えているわけだからな。文句を垂れたら俺が相手をするさ」


「いざってときはあんたが矢面に立ってくれるなら安心だけど……」



「ここが南地区、俺達のような庶民はここで大抵の用事を済ませちまう。ドワーフと言えば鍛冶だが、職人街は西地区にある。君達の眼鏡にかなう腕前の職人もきっといるはずだ」


 衛兵を脅したことで後のことを心配しているリノアを落ち着かせると、北の正門から堂々と王都に入った俺達はランデック商会前でアベル達と別れ、デボラメリルの母子とリノアを連れて王都の案内をしていた。


 と言っても旅慣れた彼女達は王都リーヴよりも大きく町並みも整理された他国の王都にも赴いたことがあるようなので田舎者丸出しで視線を彷徨わせることはなかった。


「ふーん、ここが。流れている噂ほどでもないかも」


「これ! いやいや、大したものだよ。そこかしこで鎚の音が響いてる、この都は成長している最中なのさ」


 故郷を貶されて気を悪くしたリノアを空気を察したデボラさんがとりなすように言った。

 しかしこのメリル嬢だが、想定以上に精神的に幼いように思える。長命種は精神の成熟も相応に時間がかかると後に軽い謝罪と共にデボラさんに告げられたのだが、本人はもう立派な大人だと言い張っている。


 ドワーフは年齢の半分が精神年齢と見た方がいいとセラ先生から話を聞いたレイアから<念話>が入ったので26歳だというメリルは13歳相応ということになる。そう考えれば背伸びをしている子供のように見えてきた。背格好もそれくらいに見えなくもないしな。


「名だたる大国の王都ほど見どころがあるわけじゃないが、名所はあるから案内してもいい。だが、その前に二人とも、腹の具合はどうだ? 旅装を解いて腹ごしらえといかないか?」


「ああ、そりゃいいねえ。保存食はもう飽き飽きだった所なのさ。教会や神殿の炊き出しは量はあるんだが、味気ないのが難点でねぇ」


 俺も一度試しに貰ったことがあるが、まあ事情を汲めば理解はできた。黒パン数個と豆の入った塩スープだったのだが、施しに文句をつける気もないとはいえ、石のように硬い黒パンをスープに浸してふやかして食べるので腹には溜まるが美味いとはお世辞にも言えない食事だった。


 俺の提案を快諾した二人に頷くとこの王都で最大手の食事処を展開している一族の娘に視線を向けた。この北地区は貴族街もあるし店はないだろうと思っていたら、なんとこちらにも進出したらしい。


「もちろん案内するけど、食事の前にお風呂行きませんか? この王都は最近になって不釣り合いなほどお風呂屋さんが開店してるから、まず先に旅の埃を落とした方がいいのでは?」


 種族の違いこそあれ、どんな世界、時代でも女性は風呂好きのようだ。リノアの言葉に二人は一も二もなく頷き、彼女に連れられて近くの風呂屋に向かってしまった。

 余談であるが王都に数十店舗存在する風呂屋は”クロガネ”の営業だ。薪で湯を沸かすなんて不経済なので俺が融通した湯の出る魔法の水瓶をランデック商会から貸与という形で営業している。元は俺が無類の風呂好き(別に俺は普通だと思うが)ということが知れ渡ってほかの皆が真似をして、こりゃ商売になると思った連中が始めたことだ。

 魔法の水瓶は高価だが、貴族の屋敷には複数あってもおかしくない程度の額だし、なにより俺は4桁を超える数のそれを手にしていた。ウィスカの20層以降でいわゆる外れの宝箱に入っているのでかなりの頻度で見つかるのだ。北のキルディスに気前よく投げ渡していたのもそれが理由で、今更数十個がなくなろうが気にならない。向こうが有効に活用できるならお好きにどうぞ、という感じだ。

 なにせ30層からは10個単位でぽんぽん出てくるので、燃料の魔石の問題さえ向こうで解決してもらえば”クロガネ”の奴らがそれで商売しようが気にもならない。

 風呂上がりに冷やした麦酒を一気に呷るのが流行っているそうだ。



 リノアは合流すべき食事処の名前を告げていた。初めて聞く名だが<マップ>で場所を把握した俺はそこに向かいつつ、懐の通話石を取り出した。

 先ほどの尋ねた内容の確認を取るために。


「ああ、自分です。確認は取れましたか、陛下?」


「うむ。ゲルハルトという名のマスタードワーフは確かに国賓として城に滞在している。しかしこちらの都合も考えずいきなり通話をしてきおって。一体何事なのだ?」


 俺はこの王都の中央に鎮座する王城の主である国王アディスン3世に連絡を取っていた。デボラさんの話が確かならあらゆる金属を扱えるマスタードワーフを俺が納品したアダマンタイトで釣って、その技術をこの国の鍛冶師に吸収させているはずなのだ。

 そして俺の予想は当たった。彼女たちの父にして亭主は確かに王城に滞在しているようだ。


「追放してください。その男は家族を捨ててこの国にやってきたようです。いまその身内だという母子を貧民窟で知り合いました」


 俺の簡潔な説明に通話石の向こうだというのに彼の気配が変わるのが分かった。最初に通話したときはいきなり通話してくるな、こちらにも事情があるのだぞ、とさんざん文句をつけていたのだがなぜ俺がこうまで急いだのか理解してもらえたようだ。


「……即刻追放する。家族を捨てるような愚か者を我が城に置いてなどおけるものか! お前のことだ、その親子を丁重に保護しているのだな?」


「今はリノアが風呂に連れて行っています。その後で飯を食わせようかと思っていますが」


「よろしい。2刻(時間)の後、東の通用門からそ奴を叩き出す。後の仔細は任せるぞ」


 世界的に見ても珍しいが、この国王が非常に家族を愛していることはセリカやアリッサ妃への対応で理解しているし、そもそも俺が今行っている貧民窟の調査もその一環なのだ。そんな彼が国賓として招いたドワーフが家族を捨ててここに来たと知ればこうなることは火を見るより明らかだった。招いたマスタードワーフはそのゲルハルトだけではないのだし、切り捨てても構わないはずだ。


「了解です。それと今日の夜にでも途中経過を報告に上がりますので、例の場所に来てもらえますか?」


「話をしてまだ二日だぞ? いくらなんでも早すぎではないか?」


 オウカ帝国の摂政宮凛華との会談やアリシアの後始末をつけたりと都合が良すぎて今じゃ秘密会議場所のような扱いの隠し酒場へ出座願うと国王は驚いていた。


「全容が明らかになったわけではないですが、早めにお耳に入れておくべき件だと思います。今の時点で報告すべきことが大量にあるんですよ」


「わかった、叔父上(公爵)にも話を通しておく」



 通話を終えた俺は音もなく背後に控えていた彼女に視線を向けた。


「ユウキ様、ここはやはりわたくしが調査に向かった方が……」


 ユウナの声は悔恨に満ちていた。俺はため息を隠そうともせず浮かない顔の従者に告げる。


「あそこに深入りするなと命令したのは俺だ。そして今もその判断が間違っていたとは思っていない。君にはもっと面倒なことを山ほど頼んでいるんだ、気にすることはない」


 俺はザイン達に言った通りこの貧民窟を意図的に無視していた。それゆえにユウナにもこの場所の調査をするなとはっきりと命じていた。彼女には他にすべきことが山ほどあったし、この暗闇に一度嵌まり込めば這い出ることが非常に面倒になることは最初からわかりきっていた。

 俺は聖者ではないし、両の手に抱え込める量には限度がある。顔も覚えていない奴らのために労力を割いて肝心の身内や仲間への気配りがおろそかになっては何の意味もないからだ。


「しかし……もし調査に入っていればユウキ様の望みはもっと早く……」


「それでもだ。それに俺のやり口は変わらない、面倒は他人に投げるに限るからな。ほら、暗い顔をするな、せっかくの美貌が台無しだぞ」


「ユウキ様……」


 何か言いたげな顔をしているユウナのことは理解している。リノアにも見抜かれたのだから、従者の彼女が分かっていないはずがない。


「これはあくまで俺の個人的な問題だからな。君に頼んでいた仕事はより大事なもののはずだが?」


 ユウナには行われるクラン会議やきな臭すぎる学園の武道大会、それに北方の動乱や大陸各地で見え始めた戦争の兆しなど数多くの情報収集を頼んでいる。今や彼女の手足は数千人を超え、一大諜報機関と化しており、彼女の扱う問題は俺の周囲の皆に影響を与える事ばかりだ。


 それに対して俺が抱えるものは本当に個人的な問題に過ぎない。彼女にはもっと大きなものにかかわってほしかったんだが……彼女の目は絶対に納得してくれそうにない。


 仕方ない、最後の手を使うか。



 知らぬうちに、酷く乾いた声が出た、



「ユウナ、これは俺の()()だ。お前にくれてやるわけにはいかない」


「!! 差し出口を申しました。どうかお忘れください」


 弾かれたように顔を上げた彼女の表情はいつもの怜悧なものに戻っている。俺の従者たちは何故か強く言葉を発すると途端に機嫌を直すのだ。


「いや、君の心遣いには感謝しているよ」


 その言葉を最後に俺の背から彼女の気配は消えた。俺はこうまで隠し事が下手だったろうか、と自嘲しながらリノアの一族が経営している食事処へ席を確保すべく足を進めた。




「へえ、オーク肉とはいえこの価格で出せるのは大したもんだねえ。随分と勉強してるんじゃないのかい?」


 油の弾ける音を立てながら運ばれてきた分厚いステーキを見たデボラさんが感心した声を上げた。隣のメリル嬢はすでに肉に夢中だ。


 この”南洋の岬”亭は貴族街の近くにあるだけあってかなり格式の高い店だったが、価格帯としてはかなり頑張っているようで昼飯も終わろうかという時間でも店は満席だった。俺は関係者権限を目一杯活用して予約を無理やりねじ込み4人席を確保し、店からの忙しいんだが?という強い視線に屈してある程度の注文を先に済ませてしまうことにした。


「オーク肉に関しては在庫がまだダブついてますからね。もっとも万人にこの額で提供しているわけではないですが」


 今回は俺の手持ちのオーク肉を渡したので実費は皆無だが、余計なことを言う必要がない。


「ほう、例のハイオークの来襲だね。2万を超える大群が一夜にして殲滅させられたって話を聞いたね」


「”蒼穹の御子”が活躍したって故郷のギルドで聞いた。でももう半年以上経ってる。干し肉にでもしないと腐ってるんじゃ?」


「この店は彼女の実家の一族が経営しているんですが、保存を工夫して鮮度を保っているんです」


 メリル嬢の言う通り、王都の民が解体したオーク肉は大量すぎて消費しきれなかった。夏場では短期間で腐らせるのは目に見えていたのでランデック商会が保管と買い取りを申し出ている。デボラさんには工夫といったが実際は俺の<アイテムボックス>に突っ込んだだけだが。



「へえ、お嬢ちゃんの家が! 腕利きのスカウトだと思ってたけど、お嬢様だったんだねえ」


「とんでもない。一年前まではしがない定食屋でした。誰かさんに巻き込まれたらここまで拡大してしまっただけです」


 リノアの腕をしっかりと見抜くあたり、デボラさんは引退したとはいえ間違いなく上位の冒険者だったのだろう。話の行き先が怪しくなってリノアが警戒する空気を出し始めたので俺は話を強引に変えることにした。


「失礼、お二人に必要なものを忘れていました。もちろん飲まれますよね?」


「当然さね!」「飲む!」


 真昼間から酒を飲むのは人間の俺の習慣ではないが、ドワーフは年がら年中飲んでいるのが普通なので、俺の勧めに笑顔で頷いた。持ち込み品を店で出すのはご法度だが、これも関係者ということで許してもらった。酒に関しては店売り品の程度が低すぎて買う気になれず、舌の肥えた俺たちが最低基準だなと思える品でもここでは金貨が10枚ほどかかるので店の品揃えにないのだ。

 店の皆には無理を聞いてもらったので肉か果物でも置いてゆくつもりだ。


 風呂で旅の垢を落とし腹もくちくなったドワーフの二人は上機嫌だった。これからの予定を考えながらまずは今夜の宿でも確保するかと提案すると、二人はこの王都の冒険者ギルドの場所を知りたがった。


「手持ちの品を買い取りに出したいのさ。王都内で過ごすとなっちゃ先立つものが要るからね」


 兄さんは大した甲斐性だけど、やりすぎると彼女から大目玉だよ、と面と向かって言われると反論できない。不思議とリノアが二人に負けないくらい上機嫌になったが、俺は王都の冒険者ギルドに顔を出したくないんだよな。王都ギルドにもう含むものはないんだが、無意識的な拒否反応がある。


 しかし俺の事情を説明するわけにもいかないし、ここで認識阻害の指輪を突然嵌めるわけにもいかない。そして俺の拒否感よりドワーフへの歓待が勝った俺は渋々ギルドへと足を向けることにした。

 なぜかリノアが終始笑顔だ。理由を聞いたら俺が嫌がる顔をするのが珍しくてとても面白いらしい。とんでもない女である。




「これ、買取で。ギルドカードはこれ」


 メリル嬢が受付を済ませる間、俺はギルドの壁に貼られている依頼表を見つつ極力気配を消していた。元より大きな建物だったが、最近の人口流入によりこんな暇な時間であっても活気を増していた。

 そのお陰で人込みに紛れることに成功したのだが、隣のリノアはその隠れ身がいつまで保つか賭けようかとか気楽なこと言ってやがった。


「平和な土地だねえ。ここ十数年戦争がなかっただけはあるね」


 俺の隣で依頼表を眺めているデボラさんだそんな感想を漏らした。おいしい依頼は朝一で奪われているから残っているのは大したことのない常設依頼や誰も手にせず古ぼけた塩漬け依頼くらいだ。他には掃除だの子守だの店番だのFランク用の依頼しか残っていない。

 他に貧民窟用の安く簡単な依頼もあるが、それは城壁外にある出張所で取り扱っている。


 俺も先日まで北の大地にいたので理解できるが、常にどこかで戦火が巻き起こっているような北では考えられないような長閑さなのだろう。


「平和呆けしすぎて例のハイオーク騒動の時には戦力が足らなくて大変だったようですね」


「ああ、いや、すまないねえ。腐しているわけじゃないさ。戦で顔見知りが次々といなくなることを繰り返せば平和の有難みは嫌でも感じるもんさ。南は長く平和を維持している、すぐ戦いで決着をつけたがる馬鹿どもに見せてやりたいよ」


 揶揄したつもりはないと言葉を続けるデボラさんに僅かに頷いて理解を示すと話を変えるように周囲に視線を向けた。


 目立っている。当然だが南方に滅多にいないドワーフの珍しい姿に周囲の注目を集めまくっている。


 こりゃダメかぁ、と諦めかけた所に追い打ちでメリル嬢が帰ってきて珍しい母子ドワーフの揃い踏みである。今の状態でそそくさと離れる方が余計注目を集める気が……あ、受付嬢の一人が凄い勢いでどこかに走っていくのが見えた。


「しばらく時間かかりそう。こっちじゃとれない鉱石が多いから」


「それは仕方ないねぇ。儲かりそうな依頼もないし」


 デボラさんはつまらない依頼にため息をついたがメリル嬢の意見は違うようだ。


「平和大事。その方が鍛冶できるし」


「そうだね、メリルはそうやって生きていけばいい。切った張ったは物好きがやればいいのさ」


「うん」


 ドワーフは優れた戦士の種族だが、その最大の特徴は何といっても鍛冶能力だ。

 人間でも俺が世話になった魔法鍛冶のベル親方のように優れた技量を持つ者はいるが、あの親方は人類最高峰なので比較対象にしてはいけない。

 ドワーフはその魔法鍛冶を大抵のものが出来るというし、金属の扱いにおいては右に出る者はいない。名工の作を求めて予約が何年も埋まっているなんて話が当たり前のようにある。マスタードワーフなら尚更だ。そんな彼等を大量に引き抜いたランヌ王国は界隈から恨みを買ったとか。


「もし二人が望むなら一流の工房に口を利い……話は後にするか」


 数人の足音が近づくのを感じた俺は話を切り上げた。きっと楽しくない時間が訪れることになる。



「珍しい姿が見えると聞いて来てみれば、まさか”破城槌”のデボラとはな。こちらに流れてきているとは思わなかった」


「ふん、その姿。あんたハーフエルフだね。ハーフは歳が解りづらいったらありゃしないね。そしてその姿、あんたがギルマスかい?」


「ああ、王都のギルドを任せられているドラセナードだ。一応これでも君より年上だが、礼儀を求めているわけではないよ」


 現れた王都のギルドマスターであるドラセナードさんはこちらのことなど見向きもせずにデボラさんに対して話しかけているが、それが向こうの意思に反していることは隣にいる受付嬢が困惑していることで証明された。彼女はしきりに俺ばかり見ているから間違いない。


<ユウナ。忙しいところ悪いが、やはり彼女は有名人か?>


<はい。破城槌は一時期Sランクである”大地の守り手”の師匠も務めたというドワーフ有数の戦士です。やはり彼女もユウキ様の偉大なお力に導かれたのでしょう。彼女ほどの実力者が不満もなくユウキ様についてくること自体がそれを物語っております>


<わかった。ありがとう>


 ここから延々と俺の話が始まる気配があったので早々に<念話>を終えた俺はやはり只者じゃなかったデボラさんを見て頷いた。


「有名人の来訪だ。茶の一つ、いや酒の一つでも奢りたい所だが、予定は如何かね?」


「ウチらは査定待ちだから暇といえば暇だけど、本当に相手は()()()でいいのかい?」


 デボラさん、余計な確認はしなくても結構です。すでに俺はドラセナードさんに余計なことは言うなと目で何度も念押ししている。俺は王都ギルドにも結構便宜を図っている(俺の意思というよりユウナが彼に甘いのだ。兄のジェイクと同じパーティーを組んでいた頃は妹分として随分と面倒を見てもらっていたようなのだ)ので多少は影響力を発揮できる。


「ははは、もちろんさ。高名な二つ名持ちを王都ギルドは歓迎するとも」



 俺が無言の置物と化した四半刻(15分)程の苦行はようやく終わりを告げた。話は終始ドラセナードさんとデボラさんがするだけであり、時折メリル嬢が話を振られることがあっただけだ。

 リノアでさえ会話に参加するのに饒舌に世話を焼いてきた俺が突然無言になったことにメリル嬢は訝しむ視線を向けてきたが、俺は置物を貫いた。


 そのお陰か俺に話が向くことはなかったが、退出するときに受付嬢の一人から紙片を有無を言わさず受け取らされた。その内容は目を通すまでもなく解りきっている。俺に愛をささやく甘い内容ではなく欲しい甘味がいの一番に書かれていた。その後に触媒やらポーションが書かれていたが、普通順番逆じゃないのか?


 だがまあここで彼と会えた事は収穫といえた。まだ本決まりではないが彼に近々力を借りる可能性が高く、会って話をしておきたかったのだ。俺の意図は伝わったので後で伺う必要がある。



「予想より儲かった」


「ここらじゃ手に入らないからね。惜しいが出した甲斐があったってもんだね。さて、兄さん、今度はウチらをどこへ連れてこうってんだい?」


「すぐそこだよ。ああ、もう見えたな、始まってる」


 俺が顔を上げ、視線を向けた先には一人の短躯の男が衛兵に向かって食って掛かっているところだった。



「おい! いきなり説明もせず叩き出すとはどういう了見だ! 俺はこの国に乞われて来てやったんだぞ!」


「理由はその胸に聞いてみよ、とのことだ。それ以上は我等にはあずかり知らぬことだ! さあ、その荷物を持ってさっさと出ていけ!」


「こ、この野郎。さっきまでは下にも置かねえ扱いだったくせに突然豹変しやがって! 何様だってんだ、こんなくそったれな国、もう用はねえ! こっちから出てってやらあ!」



「へえ、そうかい。じゃあ今度はこっちの用に付き合ってもらおうじゃないか」



「へっ? なん、おまへボっ!」


 衛兵に啖呵を切っていたドワーフの男は、突如背後に現れたデボラさんの情け容赦のない一撃を頬に食らって文字通り真横に吹っ飛んだ。おお、俺も時たまやるが他人が真横に吹き飛ぶと見ていて面白いな。


 もんどりうって転がったドワーフの男だがさすがに頑丈で人間なら顔面砕けてそうな一撃を受けても即座に立ち上がっているが、その顔には驚愕が張り付いている。


「デ、デボラ!? なんでお前がここにいるんだ!?」


 その言葉に周囲の空気が冷えたのを感じる。あ、彼女ぶち切れたな。


「何故だって? そりゃあ決まってるじゃないか。家族投げ捨てて南まで旅立っちまう宿六に地獄を見せてやるためさっ!!」


「ま、待てデボラ、そりゃいったい……」


 マスタードワーフと思われる髭面(ドワーフはどいつも髭面らしいが)の男は何かを言いかけたが、すぐにデボラの拳で黙らされた。彼女の猛攻にされるがままだが……本当に頑丈な種族だな、あれだけの攻撃を受けて血を流してはいるが意識を失わず立っている。重鎧に身を包んだドワーフの重戦士は成竜に踏みつぶされても生きているというが、事実なんだろうなと思わせる光景だ。


「この宿六が! あたしたちを捨てるなんざ、何考えてやがんだい! 特にメリルはあんたの血を分けた娘だろうが! この大馬鹿野郎!」


「父ちゃん……」


「メ、メリル! なんでお前までこんな南の果てにいるんだ!?」


 殴り飛ばされても普通に起き上がるマスタードワーフだが……なんか違和感があるな。デボラさんが怒りに我を忘れているが、家族を捨ててここに来たという割には彼がなんというか、()()()()()()()


「この期に及んでまだ寝言をほざくかい? 開口一番謝るならまだ許してやろうと思ったけど、もう容赦はしなくてよさそうだねぇ」


 純然たる殺気を撒き散らしているデボラさんは逆上し過ぎて周囲が見えていない。すぐ近くにいる衛兵は突然の大喧嘩に割って入る時期を完全に逸している。まあ、突然これを見せられたら圧倒されても不思議はない。


「デボラ、おまえ……」


 だが、これ以上はよくないな。彼女はその二つ名の元になったであろう見事な戦槌(ウォーハンマー)を取り出して構えた。その殺意に気づいたマスタードワーフの顔にも冷や汗が見える。


 彼女は本気だった。


「デボラさん、ひとまず落ち着いてください。殴り合いならともかく、街中でそれを使われると止めに入らざるを得ませんから」


「どきな、部外者が割って入ってくるんじゃないよ! これは家族の問題なんだ」


 武器を押さえた俺を引き離そうとするが、強化した俺の筋力はこの程度では身じろぎもしない。それを感じ取ったデボラさんは初めて俺の存在を認識したようにこちらを見た。


「無粋だとは思いますが、まずは旦那さんの話を聞いてみませんか? 彼の態度からして二人を捨てて悪びれているようにも見えません。傍から見る限り、なぜ二人がここにいるのか理解できてない顔ですよ」


武器を俺に抑えられて頭が冷えたのか、荒れ狂う感情を整えたデボラさんの殺気が収まってゆくのを感じた。


「ご亭主。一つお聞かせ願いたい。あなたは本当にこの二人を捨てたのか?」


「な、なんだお前は? 他所者が口を出すんじゃねえ」


 呆れるほどの頑丈なのか、ぼこぼこに殴られてはいるが口は普通に回るようだ。


「俺は今さっき知り合っただけの関係だが、この母子はあんたを追ってこの王都の外の貧民窟に身を窶していた。二人にはそれを知る権利があると思う」


「二人があのスラムに居ただと!? だ、大丈夫なのか! なんでそんなことになってるんだ。わ、訳が分からねえ」


「あんた……」「父ちゃん……」


 三者ともに動揺しまくっていて話が進まない。少なくとも旦那の様子を見れば未練なく二人を捨てたわけではないのは解る。家族の仲立ちくらいしてもいいだろう。



「状況を整理しよう。ご亭主、あなたは招聘を受けてこの国へやってきた。そうだな?」


「ああ、その通りだ」


 他にも細かく聞きたいことはあるが、まず最初に確認しなくてはいけないことがある。


「デボラさん、あなたが戻ったら家にはご亭主がいなかった。そうですね?」


「ああ、もぬけの殻さ。そしたらあのろくでなしがこの国に向かったと噂話を聞いたのさ」


 彼女がそこまで行ったとき、旦那のほうから待ったがかかった。


「ちょっと待て! デボラお前、書置きは見てないのか!?」


「書置きだぁ!? そんなものいったいどこに……」


「テーブルの上に置いただろうが! 一年で帰ること、当座の金の場所、隣のクレアおばさんに話はつけて後は頼んだって書き残したぞ!?」


「デボラさん。書置きの件はともかく、あなたが戻った時その後を頼んだという人に会いましたか?」


 旦那の告白に衝撃を受けている彼女は俺の問いかけにうわごとの様に答えた。


「い、いや。留守にしてて誰もいなかった。村はマスタードワーフが我先にランヌへ向かったって話ばかりで……」


「ご亭主。その話が来たときは奥方と娘さんは不在で?」


「娘の長期依頼に付き添ってたんだ。あんな美味い話、聞いたら誰だって参加する、急いで決める必要があったんだ」


「じゃあ、あなたは家族を捨てたわけではないと?」


「あたぼうよ。職人は芸事に狂ってこそ一人前だと抜かす馬鹿はいるがよ、長年連れ添ったカミさんと可愛い娘を放り捨てる奴がどこにいるんだってんだ!」


「父ちゃん!」


「ああ、メリル。なんでこんな危ない真似をしたんだ。俺ゃあてっきり家で帰りを待っててくれてるもんだとばかり……」




「とまあ、話を聞く限り些細な行き違いが原因で、ご亭主もお二人を捨てるつもりはなかったようですね」


「な、そんな……あ、あんた!」


 すでに父親に向けて抱き着いていたメリル嬢に続き、デボラさんもそれに続いた。




「ってなにこれ? 盛大な勘違いだったってこと? ただの勘違いで大陸を縦断してまでやってきたの?」


「そういうことになるな。だがまあ、変にこじれなくてよかったじゃないか。これでもし本気で決裂してたら悲惨なことになってたし、俺の目論見もどうなってたことか」


「あ、また何か悪いこと考えてるし!」


 失礼な。俺は互いに徳のある提案しかしない主義だ。一方的に搾取する関係は長続きしないもんだからな。


「人聞きの悪い奴だな。ただ俺の目の前にいる城から放り出されて行く所のないマスタードワーフを勧誘しようと思っているだけだ。ユウナに調べてもらったんだがあのドワーフ、世界有数の防具職人らしいくてな。俺達にとって都合が良すぎる人材なのさ」


 俺にとって武器はダンジョンでいくらでも伝説級の品が掘り出せるしそれにより皆の装備が更新されている。持つだけでいい武器と違い、防具はそう都合よくいかない。装備可能な品も個人の体格に合わせて調整が必要だが、ここで職人の技量が如実に表れる。


 防具は俺はあまり必要ではないが、彼の腕を必要するであろう友人は数多いのだ。


 何としてもここで勧誘を成功させてライカやリーナたちの防具を充実させたい所である。





 

楽しんでいただければ幸いです。


まだこの話の本筋に入れていません。うーむ。


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