奈落の底から 38
お待たせしております。
厄介事が片付き今日にも帰還する予定だった。
だから当然この夜営道具も回収するつもりだったのだが、御覧の有様である。
「おひいさま!」
「ぜったいにいやです!」
「なにがあったんだ? いつも穏やかな彼女らしくもない」
丁々発止のやり取りを続ける二人を前に俺は隣で困り顔のセリカに聞いた。すぐ近くには俺達が救出したロニヤ姫もいるが、彼女はいつも優しかったアイーシャ姫の豹変に言葉もないようだ。
「それが分からないのよね。今朝、エレーナ様が戻られた頃から何か考え込んでいたんだけど、ここを出ようとなったらあの様子なのよ」
忙しいクロイス卿やバーニィ、エレーナなどは既に帰還している。他にはアードラーさんたちも帰宅の途についた。本人は宴会に参加する気満々だったのだが、長く家を空け過ぎてセレナさんが不機嫌になっているとラコンから話を聞いた途端、ギーリスを引っつかんで疾風のような速さで帰っていった。彼等にはいずれ改めて礼ををする予定だ。
他の皆はセラ先生が転移で送ってくれる手筈になっている。といっても俺の屋敷に跳べはそこから転移環で帰れるとはずいぶんと気前のいいことだと思う。どうやら今回の事で先生にも予期せぬ発見があったらしく、非常に機嫌が良かったとか。珍しいこともあるもんだ。
「失礼、アルマナさん。姫様は一体どうなさったので?」
「こ、これはユウキ様。大変な御無礼をいたしました。おひいさまにはすぐに言って聞かせますので、ここは何卒……」
普段は気丈なアルマナ女史も俺の登場に顔色を無くしている。家主の前で客が部屋で篭城しているのだから、彼女の心労は察するに余りある。身内の恥を晒しまくっているからな。
だがこれまで接した彼女から受ける印象とはあまりにもかけ離れている。アイーシャ姫は本があれば一日中部屋に引き篭もって……大人しくしていられる人だった。セリカのように退屈だから外を歩かせろなどと自分の立場を完全に忘れ去ったような能天気な台詞は吐かない。
「アイーシャ姫、何かご事情があるのでしょう? 差し支えなければ教えていただけませんか?」
おろおろするアルマナ女史を下がらせて閉ざされた扉の前に立った俺は彼女に問い掛けた。姫の気配はすぐ近くにある。きっと扉に背をつけているのだろう。
「ユ、ユウキ様! なんてこと、貴方様にご迷惑をおかけするつもりなんてなかったのに……ごめんなさい。私、皆さんがいなくなってしまうと思うと寂しくて……」
俺は<交渉>を使い、彼女の本心を聞きだす事に成功した。そこからぽつりぽつりと彼女が話す内容をまとめると、要はせっかく皆と仲良くなれたのに今日でお別れなんて嫌だということらしい。
聞けばアイーシャ姫も王子同様微妙な政治的立ち位置のせいで心を許せる心許せる親しい友人少なく、孤独な時間を過ごしてきたらしい。寄って来るのは彼女を物扱いし、その美貌を狙う下衆ばかりときた。
そんな人生でこの20日間は彼女にとって初めてのことばかりだった。身分も立場も違う様々な女性達と交流した姫は生まれて初めて心から楽しいと思える時を過ごした。
そんな時間が終わってしまう事を極度に恐れた姫は必死でこのかけがえのない時を引き延ばすための悪あがきを始めたというわけだ。
そのような話をこの耳で聞いたのだが――
「このお屋敷の素晴らしい調度、いくら座ってもお尻が痛くならない素晴らしい椅子、包む込むような柔らかなベッド、頬が落ちるほどおいしいお菓子、そして考えられないほど贅沢な湯浴み! この夢のような空間を失うなんて、耐えられません!」
おい、姫様。こっちはせめて美談風にまとめてやってんのに何故貴女が欲望丸出しなんだよ。さっきまでの話は雪音が絆されるくらい感動的だったのに、一気に現実に引き戻された気分だ。
「それ、わかる。このお屋敷に慣れたらもう戻れない。もう藁のベッドには戻りたくない」
セリカの隣でロニヤ姫が大きく頷いていて背後にいる側付きメイドが額を押さえている。このメイドも戦士団の一員として姫を守り抜いてきた人物だそうで、その忠誠心は見上げたものだ。
「あいつはいつもこんなものよ。自分の事は無頓着なのに妹達にはびっくりするくらい甘やかすの」
「ええ? 想像できない、です」
そうよねえ、と後ろの姫達が笑いあうのを聞き流しつつ、どうしたものかと思案する。無理矢理扉をこじ開けるのは容易いが、妹の面影を持つこの姫さんにそんな事はできない。
彼女もこれから姫様として忙しい日々を……いや、”忙しい”で済めば苦労はないな。さて、どうしたもんか。
「だがいつまでもこのままって訳にもいかないだろう? 兄君も到着された事だしな」
「アーシャ!! これは一体何事なのだ!? アルマナ、説明せよ」
誰かからこの有様を報告されたらしい王子が駆け込んできて、そのすぐ後ろにはマルグリット王女もついてきていたが、アルマナ女史から事情を聞いた王子は頭を抱えている。
「あの大人しかったアーシャがこんなことをしでかすとはな。ユウキ、最後の最後まで済まぬ事をした」
「いや、それは構わない。それより今考えたんだが、姫を他国へ留学させる気はないか? これからのこの国を考えると姫の身の安全を不安に感じる。あまりにも危険だ」
「そ、それは、確かにその通りだ。これから我等はギルベルツに、そしてインドラの火を落とした者達に戦いを挑むが、その際にはアーシャが真っ先に敵に狙われる事になるだろう」
殺されかけて黙ったままでいるのはこの北の王として示しがつかないので報復に出るのは規定路線だが、暗闘となればか弱い彼女が真っ先に狙われる。それを危惧した俺が留学を言い出したわけだ。
「そう考えると留学は悪い手ではないな。安全にこの国から逃がせる上に諸侯へ名分も立つ」
「王子の留学したライカールという手もあるし、セリカ?」
「ええ。ランヌ王国も歓迎いたしますわ。私も似たような境遇でしたので、陛下にも御理解いただけるかと」
そのとき、突然扉が開いた。
呆気に取られる王子とアルマナ女史など気にもせず、実に良い顔でアイーシャ姫は断言した。
「お兄様! 是非ともランヌ王国でお願いいたします!」
こうして王子の妹姫への説教が続くなか天岩戸は開き、俺はこの国での最後の仕事を無事に終える事ができた。
「姫殿下のご留学に関しては残してゆく店の者にお話しください。連絡がつくようにしてございますので」
「エドガー殿、何から何までかたじけない。ユウキもだ、言葉にできぬほど世話になった。獣王国が貴殿を救い主と呼ぶそうだが、余も宗旨替えしたくなるほどにな」
「よしてくれ。俺は自分の仕事を果たしただけだ。そっちもこれから色々と大変だろうが、勝報を期待している」
「任せておくがいい。私とフェルディナントが居て、さらにここまでお膳立てを受けてはしくじる方が難しいくらいだ。本来なら救国の大英雄として国をあげて歓待すべき大偉業のはずなのだがな」
「もう十分礼は受け取ったさ。それに堅苦しいのは苦手でね、面倒事はそちらに任せる」
王女と握手を交わしつつ、その申し出をきっぱりと断った。なにも言わなければこのまま王都に連行されて都合の良い政治の道具が出来上がりだ。
「ふふ、世界各国が欲しがるその力を我等に貸してくれれば百人力だが、多くは望むまい。また来てくれ、貴殿の来訪をいつでも待っているぞ」
王子が自分の台詞を取るなと王女に視線で訴えているが、この光景が彼等の未来を示しているような気がした。王子の貫目が足りないというより王女に貫禄がありすぎるんだよなあ。
「何かあればまた顔を出すさ。その時まで息災で」
「我等としてはそう幾度も貴殿に助けられては沽券に関わるが、その言葉有難く頂戴しよう。北の友、ユウキよ、我々はその名を決して忘れぬ。その偉業と共に長く語り継ごうぞ」
「だから……もう好きにしてくれ。じゃあ、またな」
何度もそう言うの止めろといってるのに聞き入れる様子がない彼等に諦めた俺は、彼等に手を振ってその場を離れた。
歩く先には従者二人と弟子二人、そしてアリシアとミレーヌの姿もある。
だがその中でも最も目を引くのはアリシアだろう。今の彼女は全身から精気が溢れ出している。昨日までのアリシアとは気配が、発する空気がまるで違う。きっと彼女も生まれ変わった気分でいるに違いない。
これまでは冒険者を辞めさせることばかり考えていたが、今のアリシアに余計な口出しは不要だろう。
「あ、師匠! お疲れ様です!」
目聡く俺を発見したライカがアリシアの手を引っ張ってこちらに寄ってきた。
アリシアは俺になにか言いたいことがあるようだな。ミレーヌは優しい笑みで妹を見守っていた。
「あ、あの、昨日はごめんなさい。それと、ありがとうございました。私、初めて自分の道が見えたような気がします」
「そうか、良かったじゃないか。自分の生き方は自分で決めるといい。もう君を縛り操る者はいないからな。その決断で後悔や苦難もあるだろうが、それもまた君の糧になるだろう。自分で選んて決めた道ってのはそういうもんだ」
「あの、それで、ええと……」
「君とミレーヌはどうするつもりだ? 聞いたと思うが、ランヌに二人が帰る場所は……あるにはあるが針の筵だぞ?」
「あ、それは私が誘いました。まだ答えはもらってませんけど凛様にも許可は得ています」
へえ、あのライカがこう段取り良く話を進めるなんてやるじゃないか。こいつも少しは成長したな。
「摂政宮さまから内々の話を受けてこちらで進めておきました。お師様には事後報告となったことをお詫びいたします」
得意気なライカの顔ををキキョウが打ち砕いたが、まあそうだろうなと言う感じだ。裏切られた顔で姉弟子を見るライカだが、どのみち凛華から話が出ればすぐ露見する事だろうが。
「そうなるとライカのパーティーに加わる感じなのか? 決まれば豪華な面子になるな!」
ユニークスキル持ちが2人もいるパーティーなんて前代未聞だ。それに前衛と後衛で役割もきれいに分担出来てるし、タイチが抜けた穴はミレーヌが完全以上に埋めるだろう。凄まじく理想的なパーティーが出来ちまったな。
「アリシアにはもう少し休んでもらいますけどね。この子、働きすぎなんですから」
あのクソ野郎は妹を働き詰めにしていたそうで、逆に休み方がわからないと困惑していたくらいらしい。
だからしばらくは休暇なんです、と何故かライカが力説していた。
「というわけでぇ、ねえ師匠ぉ、良いですよね?」
馬鹿弟子が露骨に媚びてきたが、こいつの魂胆は解っている。
「駄目だ。規則を守らず例外ばかり作るからあんな羽目になったんだ。使っていいのは仲間だけ、それを厳守しろ」
ライカは転移環をアリシア達にも使わせていいかと聞いている。じゃないと彼女達だけオウカ帝国とランヌ王国を行ったり来たりしなくてはならないから面倒なのは解るが、規則は規則だ。
最近温かったからな。すこしは締めないといかん。
だがちゃんと助言は与えたのでライカもすぐ答えに気づいた。
「アリシア! 今すぐ答えて! 私達の仲間になるわよね!!」
馬鹿弟子の豹変にアリシアは驚きを隠せない…、というか当然だ。あの馬鹿直球過ぎるだろ。
「えっと、どうしたのライカ。さっきは落ち着いてからでいいって……」
「事情が変わったの! 私達、親友よね!? だから仲間になるって言って!」
鬼気迫る迫力のライカにたじたじのアリシアはいつも冷静なキキョウに視線で助けを求めたが、そこにいたのも同類だった。
「アリシアさん。事は急を要します。今すぐライカさんの仲間になりましょう! さあ、今すぐに!」
珍しく彼女も焦っているが、これも仕方ないことかもしれない。転移環は当然ながら無関係な者がいるときも使用不可だ。
このままではキキョウたち”緋色の風”も不利益を蒙ることになる。
「さあアリシア、貴女はわかったと言うだけでいいから、ほら早く!」
「わ、わかったわ。貴女の仲間になる、なりますから落ち着いてライカ」
「師匠、お聞きになりましたよね!?」
どう見ても言わせた台詞であることは明らかだが……まあいいだろう。
「わかったわかった、ちゃんと決まりを守れよな。特にお前が」
「大丈夫です! 任せといてください! やったわアリシア、ミレーヌさん、これで勝った!」
俺を無視してはしゃぐライカに二人は困惑しきりだが、誰かが説明するだろ。その前にライカはカオルとシズカにこの事ちゃんと説明したんだろうな?
これ以上弟子を問い詰めても仕方ないので俺はここまで待ってくれていたセラ先生たちに向き直った。
「先生には格別のお骨折りを頂戴しまして」
「こちらから言い出したことじゃからの。気にするでない。稀少な才も見出だせたし、得るものは多かった」
あの姉妹は先生のお眼鏡にかなったようだ。特に姉のロロナの方は先生に弟子入り志願するほどだったが、店を守る主であることから泣く泣く諦めた。
サラが思いついた器要らずの固形ポーションは戦士団にも大好評で数を必要とする低位ポーションは全てこれで作ることになるのではないかとのことだ。
名前もサラスペシャルで固定されてしまい、本人は改名してぇ! と嘆いている。あとは原材料の手配さえ都合つけば量産は目の前である。
「リエッタ師も多大なお力添えを感謝します。後半は貴女がいてくれなかったらどうなっていたか」
「私は貴方に恩返しするために来たのだもの。お役に立てて良かったわ」
役に立つどころか付与魔法のイカれた性能を見せつけられて先生の出番を奪うほどだった。
当の先生が戦いに来たというより姉弟子たちと共に俺等の飯をたかるのが目的だったので諍いにならなかったが。これ幸いとロロナに色々教えていたから先生としても願ったりの展開だったに違いない。
「先生はリエッタ師を送るついでにマールとポルカを連れてきてくれませんか? 早々に迎えにゆく予定がずれ込んでいるんで」
俺の幹部就任で揉めたり肝心のリエッタ師本人が不在だったりで話が進まなかったのだが、今なら大丈夫だろう。本人も目の前にいるし。
「ああ、そうじゃな。アリアも待ち望んでおることだしの……」
「まだ駄目よ。二人のお別れ会もいってらっしゃい会もしてないんだもの。セラちゃんの所に向かうのはそのあとね」
……この人、ただ単に子供達を自分の手元から離したくないだけな気がしてきたぞ。
「こりゃしばらく無理な気がするな」
「むしろあんたがあっちに転移環を置いたほうが早いんじゃないの?」
姉弟子の言葉が正しそうだ。こちらから迎えに行くべきだな、こりゃ。このままだとなんだかんだ理由をつけて彼女は二人を手元に置きたがるに違いない。リエッタ師の情が深すぎるが、だからこそ彼女の子供たちは母親を救うために全てをなげうつ事を厭わなかったのだ。
「みんな、準備はいいのか? 宴会に参加してから帰るのも有りなんだだそ?」
「ユウキが出ないなら帰るぞ。それに飲んで騒ぐなら帰ってからもするのだろう?」
リーナの疑問に俺は頷いた。既に帰っている彼等も呼んで打ち上げをするつもりなのだ。
その際にはここでは出せない高級品を山程出すつもりなので、どうせ参加するなら内輪の宴会の方がいい。
「ああ、そのつもりだ。皆にはよく動いて貰ったからな。奮発して竜の肉を出してやろう」
「おお、それは楽しみだ!」
二日前にようやく新しい肉を落としたので備蓄に不安はない。これからも黒竜には1寸(分)で肉が回収できる工場として活躍してもらおう。
全員帰還を望んだので先生に頼んで跳ばしてもらうことにした。
「ユウキ様、お早いお帰りをお待ちしてします」
「ああ、日が暮れるまでには余裕で帰るさ」
転移寸前のユウナが俺にそう言うので手を上げて応えると同時に、彼女達の姿はかき消えた。
そのすぐ後に空からきゅいきゅいと元気な鳴き声が聞こえてきた。
その背には飛行服を身に着けたレオンが旋回しつつ舞い降りてくる。
「ユウキさん、お待たせしました」
「先輩たちとの別れは済んだのか? もう少し待ってもいいぞ」
俺は飛竜のルックに乗って帰る予定だ。彼を専属にしたのなら色々と教えなくてはならないこともあるし、この北への旅を締め括るのはやはり飛竜にしたかったのだ。
「皆さん、快く送り出して下さいました。だだその、餞別として渡した果物が手持ちまで全て取られてしまいまして……」
きゅぅい、と悲しげに鳴くルックが可哀想だったので代わりの果物をレオンに手渡してやる。彼はギルド総本部付きから外れたので職場に挨拶に行っていた。
その際に飛竜たちの好物である果物を持っていったら全部奪われたらしい。
グラン・マスターに総本部宛に果物を送ると伝えてあるのだが、彼等まで話は行っていなかったようだ。
「じゃあ、行こうか。これで雪国とはお別れだ」
「その前にひとつやらなければならない事があるようですよ?」
レオンが指差す先にはこちらに向けて走るサラとロロナの姿があった。こうなるのが嫌だからささっと別れようとしたのだがな。
「良かった、間に合ったぁ!」
「どうした? 別れは済ませた筈だろ」
「あんなのがお別れだなんて冗談じゃないわよ! もう行っちゃうなら、もっとちゃんとお別れしなきゃじゃない」
しばらくしたらまた普通に顔出すつもりだからそんなしんみりしなくてもいいんだよ、と言えるはずもない俺は黙り込む。助けを求めるようにロロナを見るが、優しく微笑むだけで俺の助勢はしてくれなさそうだ。
そんな俺を見てレオンがニマニマしてやがる。こいつ、さては俺の居場所を二人に話した犯人だな?
「また来るよ。その時まで元気でな」
「それ、絶対こないやつじゃん! それ以外で!」
じつに注文の多い少女である。
内心で盛大にため息をついた俺は涙でもこらえているのか、下を向いてじっとしているサラの前にしゃがむと、彼女の視線と合わせた。
「次に会うときはでっかく発展したキルディスの町を案内してくれ。約束な?」
「うん。わかった……」
言葉ではわかったと言うくせに全然納得してない様子に頭を抱えたくなる。踵を返そうにも既に俺の服の裾を掴まれており、それを振り払って帰るのも気が咎めた。
しばらく黙ったままのサラが口を開いたのは俺が思考の堂々巡りに陥りかけた時だった。
「ねえ、あんたってさ、帰る場所を失ったひとなの?」
サラは本当に聡い子だ。先ほどのやり取りで俺が何故ここまで関わる気になったのかを見抜かれている。
「まあな。けど、そんな俺にも帰りを待ってくれる人はいる。だからそこまで気にはしていない。俺がここで欲したものは既に二人が見せてくれたしな」
「ねえ、もしあんたが良かったら、この町を故郷にしたっていいじゃない。あんたがこの町を守ってくれたんだもの、誰も文句を言わないわ」
いやあ、それはどうだろう。俺はこの最悪な状況をひっくり返すために相当無茶をやった自覚がある。王子が間に入って仲裁してくれたから大きな問題になっていないが、俺のやり方に反感を抱いている奴は多いだろう。決闘騒ぎの時にフランツの野郎に加勢した戦士の多さがそれを物語っている。
俺が悪役で王子が正義の味方という形式でいくと決めてあったので意思の齟齬は起きなかったが、それを町の民が知らないのだ。クランの時には出た宴会にも参加せず帰るのは邪魔者がいない方が楽しめると俺が遠慮したからだ。引き止めなかった王子もそこは解っている。鬱陶しいほど何度も何度も礼は言われたが。
「俺は欲しい物は自分で手に入れてきた。今回もそうするさ、気持ちだけもらっとく」
「そう、残念。またすぐ会えると思ったのに」
俺もそう思ってたよ。妹達が俺ばかり飛竜に乗ってずるいと文句を言うので早々にこちらへ来る予定だったのだが、今の話で予定が狂いそうになっている。
これまで黙っているロロナもセラ先生がまた様子を見に来ると言っていたからそれくらい解っているはずなのに、妹を諭してはくれなかった。むしろ微笑ましいものを見守っている顔だ。
「悪いな。だけど、ここにはまた来るよ。キルディスはいい町だからな」
「そうでしょう? ダンジョンもなんか環境層? とかいうのがあったらしくて皆大騒ぎしてたし、王子様もこの町はこれからもっと発展するって。ウチも頑張ってお店を大きくするわ」
「ロロナのポーション2号店を楽しみにしておくよ。じゃあ、またな」
「うん、ぜったい来て! 約束したからね」
何とか破綻することなく話を終えられた俺は安堵に包まれながルックの背に乗った。人間関係で<交渉>を使う趣味はない(さっきの姫さんは別だ)のだが、今回ばかりは解禁すべきか悩み所だった。
手を振る姉妹にこちらも返しながら、元気いっぱいのルックはぐんぐん高度と速度をあげてゆく。
「いやあ、お見事です。女性のあしらい方、勉強になります」
悪びれることなくそう言ってのけるレオンに俺は反撃を開始する。
「なに言ってやがる。あの二人をここまで案内したのはお前だろうが。こちとら既に別れの挨拶は済ませたつもりだったってのによ」
「そ、それはどうか御勘弁を。ロロナに貴方が何処にいるのかを問われたら答えない訳にもいかず……」
「来週あたりに家族連れてひょっこり顔出す予定が全部崩れたじゃねえか。どうしてくれるんだ」
「そ、それはユウキさんが不用意な約束をするからではないですか!?」
「あの状況でじゃあまた来週とか言えるか! 俺決めたぞ、お前とロロナの恋路を邪魔してやる。ありとあらゆる機会で妨害しまくってやるからな!」
「そ、そんなぁ!」
「きゅいきゅい!」
軽快に飛ばすルックの鳴き声を聞きながら、俺達は至極下らない話をしながらこの氷雪の大地を去った。これから動乱の兆しを見せる北部地方とのかかわりは続く事になるが、それは大分先の話である。
こうして図らずも多くのものを得ることになった俺の北の旅は終わりを告げるのだった。
「して、我との約定はいつ果たしてくれるのかの?」
「また突然現れやがったな、この野郎」
「え、何か言いましたがユウキさん?」
「あー、いや。なんでもない。気にしないでくれ」
飛竜の背に乗り空中を高速移動中の俺に平然と隣から話し掛ける化け物が気付いたらそこにいた。
その見た目は俺と初めて会ったときの10にもならんような子供だ。顔だけ見れば将来が引き手数多になりそうなかわいい女の子だが、その超然とした瞳がすべての印象を裏切っている。
こいつは真竜だ。俺と戦った世界に7体だけいる始原の王竜、色付きと呼ばれる絶対者。
そして俺にボコボコにされて取引に応じたはずなんだが、まさかこんな早くにやってくるとは想像もしてなかった。こいつらの時間観念はエルフ以上のはず、約束が百年後とかでも普通に有り得るとたかを括っていたら、まさか5日と経たずに現れるとはな。
「律儀な我はニンゲンどもと離れるまで待ってやったのだ。今度は我の番であろう?」
そう言い放って真竜は自慢げにその背をそらした。
真竜はこれだから嫌なんだ。超越した存在すぎて物理法則を無視しまくっている。なんで飛行中の俺達に合わせて平然と空に浮かんでいるんだこいつ?
しかも真竜がすぐ隣にいるというのにレオンとルックはそれに気付く様子はない。特にルックは遥か上の上位種がすぐ隣にいたら冗談抜きで驚いて心臓が止まりかねないはずだ。
つまり、こいつを認識出来ているのは俺だけか。この意味不明生物はご丁寧にそんな手間までかけていやがる。
本当に何の用なんだ? ”色付き”の真竜はそう簡単に人里に降りる存在じゃない。何らかの意図があるはずだが……
「意味などない。ただお前様との約束を果たして貰いに来ただけだ」
こいつ、他人の内心まで読めるのか! なんでもありだなこのデタラメ生命体は。
まあいい。レオンが認識して無いなら俺は延々と独り言を喋る怪しい奴だ。口にせずとも通じると考えよう。
じゃあ遠慮なく、さっさとどっか行け。お前に付き合うほど暇じゃない。本体引っ張りだしても俺に勝てると思ってるのか? 穴倉に帰って千年くらい寝てやがれ。
「断る。我には目的がある。それを果たすまでは帰らんぞ」
何だよ。その目的とやらをやってさっさと帰れ帰れ。
「だからニンゲンよ、約定を果たすのだ。我はその履行を要求する」
約束、だと? 誰がお前らに言質を与えるような失敗を犯すか!
「いいや、確かに言ったぞ。玉響に眠る”蒼銀”の元へと案内するとな。我が”姉”たるの後継者であれば、その寝所までの道のりを踏破するも容易かろうぞ」
断る! 冗談じゃねえ、誰がそんなことするか。俺が言ったのは彼女の代理人としてごく親しい身内以外は立ち入る事を禁じるとしただけだ。
「妹が姉のところに顔を出すだけではないか。何の問題があろうか」
それを判断するのが俺の役目だ。彼女の元へは何人たりとも通さない。用事があるなら目覚めてからにするんだな。
その頃には俺もお役御免だろうし、後で真竜同士で好きに交流してくれ。
「いやじゃ! こんな面白い事を見逃す手はあるまい。何ゆえニンゲンをその後継者に選んだか、聞きたい事は山ほどある。黒と争っていた理由も気になるしの」
こ、このクソトカゲ、完全に面白がってやがる。 真竜って永い時を生きるから感情が枯れてるのかと勝手に想像してたが、どいつもこいつも俗すぎるだろ。格好の玩具を見つけた暇人なんぞに付き合っていられるか。
ここは逃げの一手だ。こいつは俺とやった時の後遺症が治りきってない。力が大幅に制限されているのは見て分かる。
「ルック、レオン! 力の限りかっ飛ばせ! 全速力だ!」
俺は前方に座るレオンにルックの好物の果物を数個手渡すと叫んだ。俺の気合の声にレオンも意気が上がったのか、気合が入っている。
「おお! 了解ですユウキさん。とうとうルックの本当の力をお見せするときが来ましたね! さあ行こうか、相棒。僕たちこそがこの世界で最速のデュオだ!」
「きゅいきゅい!」
「ぬう、小癪な」
真竜の分身体はルックの急加速についてこれなかったが、そのたびに転移して現れ、何とか撒いて帰り着いた時にはすっかり日が暮れてしまっていた。
そのため事情を知らないシャオとイリシャにおそいおそいと散々言われてしまい、真竜への好感度が最低を振り切った事をここに記しておく。
残りの借金額 金貨 11394677枚
ユウキ ゲンイチロウ LV12197
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <プリンセスナイトLV5245>
HP 1848933/1848933
MP 1377895/13377895
STR 265632
AGI 267865
MGI 226542
DEF 193543
DEX 114337
LUK 75643
STM(隠しパラ)122451
SKILL POINT 58215/58635 累計敵討伐数 1035534
楽しんで頂ければ幸いです。
これにてこの章は終了です。
後は後日談を挟んで新章、あるいはお休みを頂くかもしれません。
この章の期間中の話を玲二主人公で新作として書く可能性が高いです。
あと日を跨がすにお届けしたつもりが予約投稿忘れてました(汗)。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。何卒よろしくお願いします!




