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奈落の底から 37

お待たせしております。



「ユウキ、どうだ?」


 無理もないことだが、王子の声には緊張感が滲み出ていた。俺は城壁の上から眼下を眺め、周囲の魔物の様子を窺う。既に<マップ>で全体の状況を確認した後だが、こいつは必要な儀式のようなものだ。


「ああ。まだ周辺をうろついちゃいるが、昨日までのようなこちらへ突撃する動きがない。時間と共に散っていくだろうさ」


 これまでは城壁など構わず体当たりを続けていた外周の魔物たちはすっかり大人しくなっている。<マップ>を見れば遠くの魔物は既にキルディスから離れているし、周辺の渋滞が解消すれば魔物どもも自然と解散すると思われる。


 俺の言葉に頷いた王子は後ろを振り向いた。そこには戦士、町の民が区別なく大勢押しかけており、彼の言葉を今か今かと待ち望んでいる。その熱気は周囲の雪を溶かさんばかりだ。


「そうか。皆の者、聞いての通りだ! このキルディスを襲った苦難は日の出と共に去った! この戦い、我等の勝利であるぞ!!」


「おおおお!!! アルバイア万歳! 王子殿下万歳!」「よっしゃあ! 勝ったぜぇ!」「俺達の底力を見たか、ギルベルツの陰険野郎共め!」「俺達の勝ちだぁ!」


「さあ皆の者、勝利の宴だ! 大いに飲み、楽しむがいい! 我等が凱歌を上げるのだ!」


 王子の勝利宣言に町の民や戦士たちは地鳴りのような大歓声で応えた。ウラやらフラやら叫んでいる民衆と横目に俺は城壁を降りてゆく。そこには既に勝利の宴会の準備が整え終わっている。何しろ三日三晩はぶっ通しで呑んで騒ぐらしく、それほどの量の酒と料理が用意されている。俺も少し手を貸した。



「あ、ユウキ。今の歓声は? 魔物との戦いは終わったの!?」


 準備を手伝っていたサラが俺を見つけてこちらに駆けて来た。姉のロロナを伴っているその顔は勝利の興奮に赤くなっている。


「ああ。敵は散り始めている。正真正銘、君達の勝利だ」


「よ、よかったぁ。記録でもはっきりした事はわかってなかったんでしょ? もしずっと居座られたらここは安全でもいつか干上がっちゃうし」


 サラは安堵の息を吐いてよかったよ、お姉ちゃんと姉のロロナの腕に抱きついている。実際はエドガーさんたちが持ち込んだ物資は8割以上残っているし、なによりダンジョンの環境層が復活しているので食物に不足する事は絶対に無いのだが安堵する彼女に告げる気はなかった。



 そして俺はこの姉妹の顔が見たかった。見ておきたかったのだ。


「二人とも、故郷が守れてよかったな」


「うん、あんたのおかげ。本当にありがとう、パパとママの思い出が残るこの町を守ってくれて、本当にありがとう!」


 話しているうちに感極まったのか、途中で涙を浮かべる彼女の頭を俺は荒く撫でてやった。


「ちょっと、やめてよ。そこまで子供じゃない……なんでこんなに……」


 溢れる涙を止める事が出来ないサラをロロナが優しく抱きしめている。



 そうだ、俺はこれが見たかったんだ。俺にはとんと縁のないもの(故郷)を守るために絶望に挑み、命を賭けた姉妹は勝利の際にどんな顔を見せてくれるのか。


 俺が欲したものが目の前にある。よかったよぉと泣き崩れる妹とそれを支える姉の姿は俺の内心に鈍い傷みを走らせた。俺が失ったもの、二度と手に入らないものの価値を噛み締めている二人に紛れもない嫉妬を覚えたからだ。


「我が君……」


 傷みを味わいながら感涙に咽ぶ姉妹を眺めていた俺に気遣わしげなレイアの声が背後からかかった。


「どうかお気を落とされぬよう。必要とあらば我等が貴方の故郷を作り出してみせるゆえ……」


「少し感傷に浸っただけだ。気にしてはいないよ」


「ならばよいのだが……」


 従者に気を使わせていたらしい俺はレイアの言葉に苦笑すると落ち着いたらしいサラがこちらに話しかけてきた。


「でも、本当にどんなお礼をすればいいんだろう。貴方が来てくれたら全部解決しちゃったもの。噂って大抵信用ならないけど、貴方に関しては全部事実だったわ。ねえ、何か私たちに出来る事ない? こんなにしてもらって何も返せないなんて天国のパパとママが知ったら絶対怒られちゃうわ」


 本当ね、とロロナと頷きあうサラだが、俺は頭を横に振った。


「二人からは今、報酬をもらったばかりだ。これ以上は貰いすぎになるから要らん」


「何言ってるのよ。私達なんてもらってばかりじゃない。その、もしよかったらさ、私が……」


「確かに貰ったのさ。故郷が、大事なものが守れてよかったな」


 何か言いかけたサラの横を通りすぎながら、俺は再度彼女の頭を撫でた。ここでもっとも見たいものが見れた。満足すべきものが見れたのだ、これ以上の報酬は過剰というものだ。


「え? 何言って……故郷がなに? え!? そんな、まさか嘘でしょ?」

 

 サラは聡い少女だ。どうやら俺の真意に感づかれた気がする。背後で困惑する声が聞こえていたが、それには構わず俺はレイアを連れて足を進めた。

 背後では宴の開始を告げる王子の声がこちらまで届いてきた。



 次に向かったのは冒険者ギルドの出張所だ。あの手狭なギルド支部は誰も残っておらず、全ての人員がこの巨大な出張所に集まっているからだ。俺の目当てたちも全員揃っていて都合がいい。


「お、今回の殊勲者サマの御登場じゃねえか!」


 出張所は多くの人でごった返している。いまだ続く魔物の解体作業や各種雑務はもちろん、宴会準備もここで取り仕切っているからだ。

 宴会に繰り出した者も多いが、それに提供される料理や酒を運ぶ人間も当然必要である。もちろんただ働きではなく報酬が出るので最後まで稼ごうとする者達が今この瞬間も働いているようだ。それに宴会は数日続くので、楽しむのは後でも出来ると判断したようだ。

 余談であるが、俺達が持ち込んだ物資は全部ここに置いてゆくことになった。ここで倒された魔物の素材やら何やらを相応分貰っているので損をしたわけではない。


 そんななか王都のギルドマスターであるブルックリンが俺を目聡く見つけて声をかけてきた。


「この戦いの一番手柄は王子だけどな。彼がいなきゃ何も始まらなかった」


 俺はそうはっきりと断言した。誰がなんと言おうと最大の殊勲者はフェルディナント王子その人だ。彼が度量の広さを見せて俺に任せてくれたから全ては上手く行った。俺がいくらやる気を出して騒いでも余所者がしゃしゃり出て来ただけで誰も耳を貸さなかっただろう。王子が追認してくれたからお墨付きが出て物事が回りだしたのだ。

 得体の知れない余所者がデカい顔する弊害を知ってなお俺に全てを託した彼の英断がこの戦いの最大の武勲と言えるだろう。


 俺は本心から断言したのだが、ブルックリンを始めとしたギルドの面々は驚くというか、呆れた顔をしていた。何故だ。


「マジでグラン・マスター予想通りになっちまったな。流石は総帥ってトコだ」


「何の話だ?」


 俺の訝しげな声に彼は慌てて弁明を始めた。


「いやなに、昨日誰が一番の殊勲者だろうかって話が出たんだが、その時にグラン・マスターがそういったのさ。俺達は満場一致であんただって思ってたんだがな。ちなみに王子殿下もいらして同じ事を仰っていたがな」


「おいおい、俺は後方支援担当だぞ。殆どが後方でふんぞり返っていただけだろ? 実際に血を流した戦士たちと総大将の王子が栄誉を受けるのが当然の話さ」


「後方支援にしちゃ大活躍過ぎやしないか? ダンジョン踏破にあの一大救出劇と決闘騒ぎ、それになにより真竜の撃退と来た。少なくとも北の人間は<(シュトルム)>が世界最強である事に異論を挟まないぜ。噂以上のとんでもない奴だったのは証明されちまったしな。俺達もおおいに稼がせてもらったしよ、王都の留守連中にいい土産が出来たぜ」


 ブルックリンが指折り数える俺のやらかしに頭痛が起きるのを感じつつ、せめてものひと足掻きをすることにした。


「なあ、あの真竜が偽物だったとか、そういう話にゃなったりしないか? ……そうか、無理か」


 俺の申し出に彼は珍獣を見る目でこちらを見てきた。もう幾度も浴びた視線である。


「お前さんの性格は聞いちゃいたが、本当に名を売る気が無いんだな。ランヌ王国は幸運なのか不幸なのかわからんな。普通、お前さんの実力なら貴族の仲間入りしてなきゃおかしいくらいだが、どの様子じゃ爵位も断ってるんだろ?」


「面倒しか寄ってこないからな。贅沢したいなら金があればいいし、権力は大貴族に貸しを作りまくっておけば俺自身が持っている必要はない。名誉欲なんざ一切無いから好き勝手に生きたきゃ貴族様になる意味が何一つないんだよ」


「なるほど、あんたにとってそれが最高の贅沢って訳か」


 ブルックリンの言葉は的を得ていた。俺の行動はこの世界で最高の贅沢だと思う。余計な面倒は国王や公爵に投げ、アルザスの屋敷で仲間達と不自由なく暮らす。それに異世界の道具は生活を驚くほど豊かにしてくれた。最近始めた泡風呂とかいう泡だらけの風呂は女性陣を一瞬にして虜にしたしな。俺は温泉を再現したという粉を入れるのが好みになりつつある。

 隣近所の王子王女達が一日とおかずこちらの屋敷に遊びに来るのがその良い例だろう。フィーリアなんてここに住むと言い張って帰ろうとしないくらいだ。

 気ままに生きるには今が一番だ。領地や権力を持たされるとそれに厄介事が付随してくる。国王に無茶振りされて苦労するクロイス卿を見ればとても貴族に憧れる気は湧かない。

 ただ彼の場合は納得ずくで領地を得たのでそこまで悲壮感はない。あの国の諍いは根が深いのだが、公爵家も当事者だから公爵子息であるクロイス卿も戦意旺盛なのだ。



「お前さんの人となりが今ようやく掴めた気がするぜ。だが、真竜の件は諦めてくれや。もうグラン・マスターが広めちまってるし、証人が多すぎる。特に故郷に帰る戦士たちの口は閉じられねえしな」


「まあそうだよな。くそ、あのクソトカゲめ。俺に迷惑しかかけねぇな」


「し、真竜をトカゲ呼ばわりするのはお前さんだけだろうな。とにもかくにも今回は助かったぜ、俺からも礼を言わせてもらう。お前さんがギルド側に居てくれて本当に良かった。もし総本部で何かあっても北はお前さんを前面的に支援させてもらうぜ。これまでパッとしなかったがこれからは違うからよ、期待してくれていいぜ?」


「そうじゃ。お主のお陰でギルドの存在感は格段に上がったからの。これほど我等を頼ったからには戦士団も我等を軽視出来まいて」


 ブルックリンの言葉を引き継いだのはドーソン翁だった。その後ろに魔物研究家のトーリとこのキルディスのギルドマスターであるオイゲンや子供受付嬢のセルマ、そして俺が迎えに来たエドガーさんがいた。


「今回はギルドの能力を見せ付ける良い機会となりましたな。いくら北の地で戦士団の力が強いといえども、世界規模で展開する冒険者ギルドの組織力には敵わぬと理解した事でしょう。彼等ではこの出張所の維持と展開は不可能ですからな」


「なんのなんの、これもすべてエドガー殿のお力によるもの。ランデック商会の底知れぬ実力の一端を垣間見せてもらいましたぞ」


 ドーソン翁とエドガーさんが互いを褒めあっているが、二人の言葉は共に真実だ。荒事に強い戦士団もこういった後方支援能力は皆無だし、そこに特化したギルドが本腰を入れればこうなるのは当然だ。共に手を取り合えばより発展していけるはずがいがみ合ってしまった。群雄割拠の北方で世界規模の組織は警戒されて相性が悪かったとはいえ、その力を戦士たちも理解すると同時に前線と後方で棲み分けできるとわかったはずだ。今回は共存の良い披露になったと思う。

 だが戦士団も戦士団で抜け目無い連中だ。特に利に聡い一部はエドガーさんに俺達が大量に持ち込んだ極大型のマジックバッグの買取を申し出たという。彼に金貨1万枚を要求されても有力戦士団と協定を組んで借金してでも支払いに応じたというから中々に強かだ。ここで稼いだ金を全て吐き出しても極大型マジックバッグ一つあれば数年で料金分は回収できるだろう。その後はただひたすら金を運ぶ道具に変わるに違いない。

 熱意に根負けして一つだけ売ったと聞いているのでまたウィスカ25層のサンドワーム君を狩って補充するとしよう。もちろんエドガーさんはその8組の有力戦士団に多大な影響力を及ぼす事になる。



「おお、ユウキではないか。エドガー殿から聞いたが、まさかもう帰るつもりなのか? これから勝利の宴なのじゃぞ。その立役者がおらねば場が締まるまい」


 昨日約束した通り、この宴は俺の奢りも含まれている。俺が持つ酒を呑めるドーソン翁は今から浮かれているが、俺は皆を連れてさっさとお暇するつもりだった。


「俺は外様として相当好き勝手に振舞いましたからね。要らぬ恨みも買っていますし、俺がいたんじゃ酒が不味くなると思う連中も多いです。王子に任せて俺は消えますよ」


 余所者の俺が好き勝手やって恨みを買い、王子がそれを宥めるという役割分担を最初の内に王子とは決めてある。余計な恨みを俺が集め、最後は王子が俺を切り捨てる事で溜飲を下げる。大所帯では嫌われ役が必要なのは分かりきっていたしそれを皇太子がやるわけにもいかない。余所者が担当するのは当然だったが、王子の説得には難航した。最後はわかってくれたが、俺にばかり押し付けるわけに行くかと納得しなかったのだ。

 そういうわけで憎まれ役は早々に退場すべきだ。そう思い各所に挨拶周りをしている最中である。


「勿体無いのう。お主が望めばこの国の王座さえ転がり込むものを。まあ、らしいということか。さて、では報酬の話を詰めてしまおうかの。何か欲しい物はあるか? ギルドで叶うものであれは糸目はつけんぞ」


「特に欲しいものはないんですが。金銭的には黒字と聞いていますし、そうですよねエドガーさん?」


「はい。概算ですが今回の利益は金貨4万枚は固いかと。全てはユウキさんのお力の賜物ですな」


「よ、4万枚だと!? この場で偽っても仕方ないと理解出来るが、凄まじいな」


 名前を忘れたエルフ男が驚いているが、稀少な異郷の魔物の素材も多いし彼ほどの大商人となると物資を右から左に動かすだけで金が転がり込んでくるのだ。雀の涙ほどの利益でもそれが積もり積もれば膨大な額になるし、ギルドやこの町に還元した後での金貨4万枚だ。俺が彼こそ世界最強商人と太鼓判を押す理由がわかってくれたと思う。

 結局30万匹以上の魔物の死骸も<アイテムボックス>にしまったままだ。こいつらが日の目を見るときは来るのだろうか? 真竜や海の魔物など、表に出しにくい連中ばかり増えていくな。



「それにこの町での権益を幾つか譲っていただきました。これもいずれ大きく花を咲かせてくれるでしょう」


 彼の言葉の隠された意味に気付いた数人の職員が笑み崩れた。エドガーさんはこのキルディスと長い付き合いがしたいと言っているのだ。街の権益を得たといったのはそういう事である。


 その最大の理由が、今王子の口から語られたらしい。

 ひときわ大きな歓声と共にキルディスの民が一斉に町外れに走っていくのが<マップ>でわかった。


「今の声は……王子がダンジョンの環境層の存在を宣言したようじゃな?」


「その管理もこのギルドの大事な仕事になる。これから目がまわるほど忙しくなるだろうな」


 ちなみにエドガーさんはダンジョンの鉱山層の鉱物の割当を手にしたという。伝説にのみ名を残す氷雪鉱を南方で扱えるのは彼だけになるし、国の御用商人にはほとほと愛想が尽きたと憤っていたのでランデック照会がこの地に勢力を広げそうな勢いだ。地理的には北と南で正反対なのでとても手を出せる場所じゃないんたが、表に出せないが転移環があるからな。


 王子は本気で遷都を考えているようだし、これまでの寂れた町は一変するだろう。もう既に俺が壁を作った時点で変わってたかも知れんけど。


「今でも十分忙しいのに困ったものだね。まだまだ魔物の解体は数万体も残っているのに。僕まで駆り出されて大変だよ」


 本当は帰って今すぐ研究したいと顔に書いてあるトーリが憤慨しているが、魔物研究家の彼は解体の腕も相当なもので研究そっちのけで解体作業に追われているらしい。

 だが俺達が構築した仕事の仕組みはこの騒動の後始末が終わる頃まで(具体的には報酬が支払える時まで)残るだろうから、町の衆が喜び勇んで働いてくれるだろう。


「渡した物資はまだまだ残ってるし、それ目当てで周辺の町からも人がやってくるはずだ。人足はそれを宛がうんだな」


「その前に周辺に散った魔物の掃討が先決だがね。これに関しては”氷牙”から情報提供があったから、主人の君に礼を言っておくよ」


 オイゲンのいう情報とはインドラの火の失敗を知った各国が既に魔物討伐の戦力を出立させたらしいことだ。古代魔導具を俺達に向けてぶっ放した後でどんな言い訳を王子にするのか楽しみだが、それは後の楽しみにしておこう。魔物自体は俺が昨日頑張って、残りの数を5千程度まで減らしたのでこれくらいなら何とか対応可能なはずだ。

 魔物を全滅させてもこの地の生態系を壊すのであまり褒められたものではない。殺し尽くしていいのは繁殖力の強いコブリンとオークだけだ。あいつ等は例の黒い生命体のように見かけたら30匹はいるからな。北の地が活動範囲でなくてよかった。前回の新大陸の異変ではゴブリンの軍勢がウジャウジャ居たらしい。



 そして俺は肝心の報酬の話を始める。


「グラン・マスター。アリシアをSランクから下ろしたい。難しいとは思うが、これを報酬の代わりにできないもんですかね?」


 俺の問いかけは想定内だったのか、彼は驚く事もなく黙考した。


「ふうむ。出来なくはないが、Sランクの選出とその剥奪には本人の意思と共に当該国の了承が必要になる。国の顔とも言える存在じゃしの」


「俺が気にしているのはギルド側の問題です。国王はどうにでもできます」


 明日にでも話し合えばいいだろう。教団と関わったせいでもう祖国に居場所がなくなっているから、彼女たちとしても不都合はないはずだ。


「本人の申し出があればSランクから下ろす事はさほど難しくない。本当なら国王の承認が一番難航するのじゃがな。しかし、今朝アリシアに会ったんじゃが、憑き物が落ちたかのように穏やかな顔をしておったぞ?」


 言外におまえ何かやったなと言われたが俺は曖昧に笑うだけだ。後はアリシアが己の望む人生を歩くだけだからな。


「事を穏便に収めるために手を貸してください」


 後ろ暗いことにも手を染めるつもりでいた俺にドーソン翁は不要だと笑った。


「心配ない。最近のランヌは誰かさんが暴れるから戦力過剰と言われとったからの。アリシアが降りるなら均衡を取るために喜んで承認されるはずじゃ」


「そうですか、ではそのように願います。ギルドの皆さんには世話になりました。いつかまたどこかで」


「おい、待たんか。話はまだ終わっとらんわい。他に報酬は何が欲しいんじゃ? アリシアの件は入らんぞ。他人のランクを下ろすことが報酬になると知られればギルドの信用問題じゃからの」


 そりゃそんな組織誰も利用しようとは思わないから当然だろうが、本気でギルドに求めるものがないんだよな。


 今となってはウィスカのダンジョンの通行許可くらいしかギルドの価値はない。名誉なんざはなから要らんし金はエドガーさんが居ればどんなことでも金にしてくれる。冒険者として大成する気がなければ縁のない組織になりつつあるな。

 あ、でもあれがあるか。


「ギルドからは既に彼を貰い受けました。それでいいですよ」


 俺は名案を思いついたつもりだが、ドーソン翁は頷かなかった。


「あれはあやつが自発的に言い出したことじゃ。報酬にはならんよ。ほれ、何か無いのか? 総本部の資料庫からいくつか名品でももっていくか? 曰く付きの品でもよいぞ」


 なんでそんなもんを勧めるんだ? それに総本部には金輪際近づかない予定なので訪問するつもりはない。競売は人を寄越せば済む話だ。


「ならグラン・マスターへ貸しにしておきますよ。いずれ何かで返して貰えれば構いません」


「それ、一番嫌なやつじゃろ。断れない場面で使われる予感しかしないんじゃが」


 だから気兼ねなく出せる金銭が一番楽なんだろうし、それは俺もわかっていた。やらないけどな。


「ユウキさん、こちらでしたか! こ、これはドーソン様、この度は私の我儘で大変ご迷惑を……」


 俺に声をかけてきたのは飛竜騎士のレオンだ。彼がグラン・マスターを見て恐縮しているのには理由がある。


「よいよい、気にするな。お主の人を見る目が確かじゃったという話だからな。ユウキの元でも元気にやるがよい。じゃが、偶にはこちらにも顔を出すんじゃぞ?」


「はい。必ずや! ユウキさんの専属になれたのも冒険者ギルドに拾っていただいたおかげですから」


 彼の言葉の通り、レオンはギルドを辞めて俺の個人的な飛竜騎士に志願してきたのだ。彼は故郷や家族を救ってくれたことに対する恩を返したいと言っていたが、これは俺にとっても望外の喜びだった。


 飛竜騎士のレオンとは仲良くなりたかったので色々と世話を焼いたが、まさか俺の専属になりたいと言いだす事までは考えていなかった。


 今回の俺の目的は北の地で避暑地を得ることだった。南方のランヌ王国は結構暑さが厳しく冷房のある俺の屋敷に周辺の王女たちが護衛や使用人を連れて大勢集まるくらいなのだ。如月や玲二に言わせると日本はこんなもんじゃないとのことだが、それでも夏には涼しいところに行きたいとソフィアから強請られていたのだ。

 上手く事を運べは北に拠点を得て、そこから飛竜便で遊覧飛行なんかも企んでいたんだが、まさか一挙に解決してしまうとは思いもしなかった。拠点は彼の実家の近くに使われて無い廃屋があり、それを改装する予定だ。今は魔物が蹂躙して廃材とかしているが、まあ大して変わらん。


 昨夜のうちにレオンから申し出を受けた俺は彼をエドガーさんと同じ扱い、つまり転移環の存在を見せたのだが彼もまたそこまで驚くことはなかった。

 その淡白な反応に俺の自慢の品なんだがな、と恨めしく言うとレオンは慌てて弁解した。


 ただその内容が、魔物に囲まれているのに次々と助っ人の皆様を呼ぶので何らかの手段があると思っていたと言われるとぐうの音も出ない。そりゃそうだと言う話である。

 

 だがレオンは俺が秘密を明かした事がなにより嬉しかったようで、その後は終始上機嫌だった。もう家族にも顔見せしてある。残念な点は飛竜のルックが転移環に入りきらないことくらいだ。 



「このラヴェンナから名高い飛竜騎士が一人いなくなることは寂しい限りだが、ユウキ殿に仕えるとあれば喜んで送り出さねばな。むしろ名声は高まるやもしれん」


 オイゲンの一言は周囲の空気を明るくさせたが、俺は別に彼をウィスカに呼ぶつもりはない。飛竜のルックは温暖な気候と合わないから向こうじゃ暮らせないのでレオンはこの町で生活することになるだろう。

 そのために転移環の存在を教えたし、彼もそこを誤解することはなかった。彼も意中の人から離れるのを望んでいたわけではないしな。


「レオン、俺を呼びに来たということは、何かあったのか?」


「はい、貴方でなくては解決できない難問が持ち上がりまして……」


 事件が解決した今になって俺が必要な問題だと? ユウナとレイアが居れば大抵の問題は……なるほど、こりゃ大問題だ。

 <マップ>で二人の現在地を知った俺は加勢に向かうべくギルド出張所を離れる事にした。


「悪いな、問題発生だ。先程も言いかけたがギルドには世話になった。色々あったが楽しかったよ、いつかまた会おう」


「それはこちらの台詞さ。君が来てくれなかったら我々は皆、魔物の餌に成り果てる所だった。心から感謝するよ。またいつでも来てくれ、北のギルドは君を歓迎する」


「俺もだ。噂に聞く<(シュトルム)>の力、見せてもらったぜ。また来いよ、待ってるぜ」


 二人のギルドマスターを握手を交わしたあと、セルマとも挨拶して俺は北のギルドを辞した。




「おひいさま! わがままも大概になさいませ! 皆様にご迷惑をおかけしているのですよ!」


「いやです! アルマナがどれだけ言おうとも私はここから動きません!」


 俺が向かった先はとある宿の一室、正確には女性陣が宿泊している夜営の魔導具の中の屋敷だ。そこで王子の妹であるアイーシャ姫が絶賛篭城中なのだった。



楽しんで頂ければ幸いです。


すみません。時間かかった上に一話で締められませんでした。


20000字になりそうだったので分割します。後半はほぼ出来てるので日を跨がずお送りできる予定です。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。何卒よろしくお願いします!

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