奈落の底から 35
お待たせしております。
「大分減らしたはずだが、こう見るとまだ結構残ってやがるな」
「元が多すぎるからねえ。50万以上から1万弱に減ったから数字上は少なく見えるけど、普通の都市なら一万匹の魔物ってだけで人生終了レベルだし」
しゃーないよね、と肩をすくめる相棒に俺は苦笑で返した。
最終日とされる20目の夜、最も外周にある第三城壁の上に俺達は居た。昼間の内に戦力を総動員して敵の駆逐を行い、夕暮れ前になってようやく第2門内に残っていた魔物を殲滅し終えた。ランデルにより城門が開け放たれて内部に魔物が雪崩れ込んできてからそのままだったのだが、真竜の予期せぬ乱入により厄介な異郷の魔物がまとめて消滅した事もあって攻略に乗り出したのだ。
これでようやく戦いが始まった状況まで戦況を戻した事になる。やはり門の内側にまで魔物が迫ってきていた事は民の不安を募らせる要因だったようで、殲滅完了の折には気の早い歓声が上がったほどだった。更にはその勢いで酒盛りまで始める馬鹿が居たのでそれは流石に止めさせた。
奈落の底が開く期間は20日間で間違いないそうだ。過去に同様の事件があった新大陸の方で詳細に調べてもらったが、20日を越えたら突如として魔物たちの動きが変わったと記録に残っていた。魔物の侵入を許し破壊の限りを尽くされたその都市だが、魔物たちはその都市に居座る事もなく方々に散って行ったという。
複数の国でそのような内容の文献が残っていたそうなのでほぼ間違いないと見ていいだろう。余談だが、この調べ物にはまた獣神殿の力を借りてしまった。と言っても俺が頼んだわけではなく、向こうが勝手に調べてギーリスに報告が来る流れだ。非常に有難くはあるのだが……見えない善意の鎖で雁字搦めにされている未来が見える見える。あちらがどれだけ言い張ろうが俺が彼等の待ち人なはずがないのだが。
昼間のインドラの火の件も遠因はそこにある。対処不可能な数の魔物が明日になれば周辺各国に散り散りになるのだ。国を治める立場からしたら悪夢以外の何者でもない。今現在まで残っているだけあって魔物は進化種ばかりで、それが5桁近くもいるのだ。リエッタ師の付与魔法で支援を得ているから戦士たちは優位に戦いを進めているが、これが平野で遭遇戦であれば手も足も出ないと戦士団の主だった者達は口を揃えている。
このままだと周辺の小国家はその災厄に目の当たりにする。キルディスを犠牲にして自分達が助かろうと思っても不思議はないだろう。
もちろん王子達は許さないので、この代価をきっちりと支払わせるつもりである。
しんしんと雪が降る闇夜の中、蠢く魔物たちを見下ろした俺だが、これは俺が対処してやるとしよう。これでも結構働いているつもりだが、中には俺がただ後方で偉そうにしてるだけと思われている節がある。最後くらいは目に見える形で貢献してやってもいいだろう。
それに進化種の魔物たちはこの地の戦士団でも歯が立たない強さだ。これに挑んでも無駄に死体を生み出すだけだ。
「仕方ない、少しは間引くか」
「どうせ後片付けはユウの担当だって解ってたしね。ささ、お仕事お仕事」
キルディスの町にとってはここに集っている魔物が去ればそれで勝利だが、ラヴェンナ王国にとってはそうでもない。この町は無事でも周辺諸国が壊滅状態じゃグラン・マスターから受けた要請を本当の意味で解決した事にはならんだろう。俺達ごと魔物を消す事に賛成した連中を助ける事になるが、盛大に恩を売るためにもここで処理しておく必要はある。あの時は大層世話になったなと嫌味を言おうにも聞かせる相手が死体ではこちらの気も晴れないしな。
「だが魔法で始末ってのも当たり前すぎてどうもな」
「あ、まためんどくさそうなコト考えてる、フツーでいいじゃんフツーで」
相棒が俺の考えを読んで嫌そうな顔をしているが、そう何度も魔法で処理ばかりじゃ芸がない、というか飽きた。ほかに何か気の利いた方法は……ああ、最近ご無沙汰だったあれを使ってみようか。
「ユウキ様、ご報告に参りました……ユウキ様?」
「ああ、ユウナか。悪い、煩いから<消音>で音消してた。くそっ、一発じゃ全然倒れないな、急所に撃ち込んでもまだ立ってやがる」
「そりゃ効率悪いはずだよ。如月も言ってたじゃん、人間に銃配らなかったのは正解だって」
「俺が危惧したのは銃の持ち去りだったんだが、デカい図体の魔物に銃は相性悪いな。まさか10発打ち込んでも普通に立ってるとは思わなかった」
この突撃銃が弾をばら撒く事を主眼においている事もあるだろうが、まず何よりも銃の仮想的は人間なんだなと痛感した。大柄の魔物相手に普通の銃では力不足に過ぎた。頭でも狙わないと一発ではとても倒せないのだ。そういえばレッドオーガを始末する為に如月は威力重視の大口径拳銃を選んでいたな。
リリィが口にしたのは戦士たちや町の皆に銃を配って戦力化すべきじゃないかと玲二か誰かが前に口にした事があった。その時の俺は銃が絶対に壊れたとか無くしたとか言い出して返って来ないだろうと見越してその案を退けたし、戦士たちの地位を銃が脅かす事を恐れた事もあるが、その心配は無用だったな。
「残ってる魔物が大抵進化済みの強い魔物だってのもあるけど、普通に弾を受けても動き回ってるしねー」
「弱い魔物なら十分効果あるんだろうが、上級には通じねえなこれ」
性能のいい狙撃銃でも持ち出せば違うのだろうが、それを銃の訓練もしていない町の衆に渡すのは論外だしな。今更だが戦士団が戦い、民衆がそれを支える方法は間違っていなかったのだろう。
さて、銃の話はこれくらいにして彼女の話を聞くとしよう。
背後にユウナが来ている事は認識していたのだが、眼前の状況の劣悪さにそちらに集中してしまった。相棒の言葉にうなずいた俺は効率が悪すぎる銃撃を中止して彼女に向き直った。
「悪い、待たせたな、報告を頼む。結局、あれは何処に落ちたんだ?」
ユウナにはインドラの火の着弾地点を探らせていた。俺はかの古代魔導具を目にした事はないが、一軒家と同じくらいに大きいと聞いている。そうなれば簡単に移動も難しいはずで、消滅した場所で発射された、つまり俺達ごと始末しようと目論んだ黒幕が居た可能性も高いのだ。
「結論から先に申し上げますと、インドラの火はムロージ王国北西部の山荘に落下したそうです。手の者が報告を上げてきました。ユウキ様がご懸念されていた都市部など人口密集地に被害はありません」
ユウナの言葉に俺は内心で安堵の息をついた。こっちは完全な被害者とはいえ大勢の無実の民衆を巻き込むのに気が咎めなかったわけではないのだ。容易に動かせない大きな古代魔導具は、王都か大都市にしまい込むか、郊外の別邸に隠すかのだろうと思っていたが人的被害の少ない後者だったようだ。
「そうか。それは何よりだが、君の報告には続きがあるのだろう?」
ユウナの気配は厳しさを湛えている。着弾位置やその黒幕から察せられるものがあるということだろう。
「その山荘ですが、報告によれば7大クランの1つである青い戦旗の所有するクランハウスだった模様です」
俺は彼女の報告に僅かな間沈黙した。頭の中で様々な情報が組み上がり、優先度、脅威度を区分けして整理されてゆく。
なるほどね、そういうことか。王子達はある意味で俺のとばっちりを受けた形なのか?
「……ユウナ、君の意見を聞きたい。この件をどう見る?」
俺の問いかけに彼女は即答した。
「間違いなく青い戦旗がユウキ様の排除を狙ったものかと。クラン会議開催もかのクランが他を巻き込んで強硬に推したそうですし、今回もインドラの火を使う大義名分を得つつ、それを使ってユウキ様を始末しようと目論んだと思われます。我が主に牙を剥くとは愚かの極みですが、莫迦は身の程を弁えませんので、どれほど罪深い事なのか想像もできないのでしょう。その代償は身を以って支払ったようですが」
「という事は首謀者はその山荘に?」
俺の問いに答えたユウナの顔は”氷牙”の二つ名に相応しい冷たいものだった。
「クランマスターである”大老”ガイウスが本拠地のあるキシリア王国からムロージに出向いたと情報が入っております。噂では立場の割に腰の軽い人物だと聞きますのでインドラの火の発射の立ち会ったものと思われます。そして現在、かのクランは大混乱に陥っているそうですので、ほぼ確実かと」
7大クランの一つにもなれば古代魔導具を隠し持つくらいはするか。特にあのクランはこの北方が本拠らしいし、この地方は戦乱続きで多くの国が生まれては消える修羅の世界なので常にゴタゴタしっぱなしだ。主家が滅んて戦士団として流浪していたロニヤ姫の例もあるし、混乱のドサクサで遺失した古代魔導具をどこかの誰かが隠し持っていたとしても不思議はない。デカいが頑丈でちょっとやそっとじゃ壊れないとも聞くしな。
「とりあえず王子達には黙っておけ。いずれわかると思うが、俺の喧嘩に巻き込まれたようなものだからな」
「かしこまりました。いずれにせよ魔物を滅ぼす為に発射は行われたと思いますのでユウキ様が気に病まれる事はないと思われますが」
まあそうだろうなと思いつつ、曖昧にうなずいておいた。
「今度のクラン会議は荒れそうだな」
「あるいは最強硬派が消えたので問題なく進むかもしれません。元老はユウキ様を目の敵にしているという話でしたので」
また知らん所で恨みを買っていたらしい。本当に面倒だな。
「ったく。魔導結社の時といい、俺が何したってんだよ」
俺の嘆きにユウナは珍しくなんとも言い辛そうな顔をしたが、その理由を聞けば納得だった。
「その、元老ガイウスは薬師ギルドとの黒い繋がりが昔から噂されていましたので……」
彼女の言葉に俺の中の黒い炎が蠢くのを感じた。
「なるほど、奴は俺の敵か。それで向こうが先手を打ってきたわけだ。くそ、俺がこの手で殺す予定の一人だってのに、自滅させちまったか」
「ふーん、ユウの魔の手から逃げるなんてなかなかやるじゃん」
リリィがよくわからん感心をしているのを横目に俺はユウナの言葉を待つ。
「お伝えできずに申しわけございません。ガイウスの扱いは薬師ギルド懲罰の件と密接に関わるため、調査を慎重に行っていましたので……」
「ああ、いいよ。諜報に関しては君に全て任せている。一任した結果なのだから大人しく受け入れるさ」
ユウナが恐縮しきりなので俺は彼女を労っておいた。そのガイウスという奴をのさばらせていたらインドラの火が落ちてきたわけだが、そんなものを予想できる奴の方が少ないだろう。
しかし……。
「ユウナ、その7大クランが俺を消しにかかったという事は、こっちの計画が洩れていると考えるべきだな?」
俺の言葉に彼女は表情を硬くした。
「重ね重ね申しわけございません。情報の取り扱いには気を使っておりましたが、手抜かりがあったようです」
「責める気はないと言ったはずだぞ。今回の事は敵にとっても色々と都合が良かったんだろ。だからあんな無茶を押し通したんだ」
会った事もない奴が俺を始末しようと躍起になるのだ。そしてそいつが薬師ギルドと縁深いなら見えてくるものもある。
俺が薬師ギルドを叩き潰す計画を練っているのを察知して先制攻撃してきたのだ。
ユウナは露見しないように注意したと言うが、例のダブルポーションも存在だけ明かして肝心の処方箋を一向に開示しなかったりしているので敏いやつなら気づいてもおかしくない。
それに奴等はもう一つ重大な罪を犯している。飛竜たちへの活性剤もそこに含まれるとはいえ、こいつの規模は比較にならない。
そして恐らく、消滅したガイウスとかいう爺は俺がその秘密を掴んでいると確信していた。だから古代魔導具などというすべてを消し去るトンデモ兵器まで持ち出して俺を消しにきたのだ。
ああいった最終兵器の最たる目的は示威行為、つまり脅しに使うのが一番で実際に使うのはただの馬鹿だ。
これでフロージ国が他国を滅ぼせる古代魔導具を隠し持っていたことが明らかになったし、それは周辺各国の不安と恐れを呼ぶだろう。一方的にこちらを消滅させられる手段を持つ相手にこれまで通りの付き合いができるはずがない。
実際に所有していたのがクランであっても連結式魔石を提供したのフロージ国なのだ。何しろ俺がオークションに売りに出して買われた品なので間違いない。どの国が欲しがったのか知りたかったので魔力を追えるようにしておいたし、いくつかの国を経由してあの国に辿り着いたことを確認してある。
だからこりゃ本当に古代魔導具で攻撃してくるな、と俺が警戒して準備する理由になったのだ。
事実として王子たちは秘密裏に攻撃した国に対する軍事同盟を締結する意向を示していたし、これから北方はより一層きな臭くなる可能性に満ちていた。
それを聞いた俺が戦争の匂いがしてきたな、と呟いたら近くにいたランデルが盛大に吹き出した。
不満を顔に出した俺に対して彼は謝罪と共にこの北部の常識を話してくれた。
「小競り合いが日常茶飯事の北部で何言ってんだよ、こんなのよくあることだろ。むしろ戦士団は張り切るだろうぜ。魔物相手じゃロクに勲しは稼げねぇ、武勲を重ねるなら人間じゃないとな」
「北国は人間相手の方が気楽なのか。俺は逆だな、人間を敵にする方が厄介だぜ」
そう言って獰猛な気配を滲ませたランデルだが、俺に言わせりゃ敵にするなら人間が一番やりにくい。人間がもつ本物の悪意に比べれば魔物なんぞはただ凶暴なだけだ。
性質の悪い悪意は味方の顔して人の弱い所を狙い撃ちにしてくるからな。今回だって最大の危機は目の前にいるランデルが裏切った時だった。真竜の襲来は……除外だあんなもん。
話が逸れたが、これから北方は動乱期を迎えるだろう。唯一安全そうなのはこのキルディスくらいか? ダンジョンのおかけで自給自足出来そうだし、俺が作った城壁に真竜がこさえた水路まである。
こうして見るとこの町、かなり有望だな。俺が来たときは寂れた田舎町のはずだったんだが。
「敵も相当の覚悟でこの件に臨んだはずですが、我が主に敵うはずもなかったというだけかと」
「すべては情報を掴んでくれた君の手柄というわけだ」
「ご冗談を。ユウキ様の御力の賜物でございます。それに従者の功は主に捧げられるもの、この大偉業により<嵐>の御名は永劫に語り継がれる事になるでしょう」
俺を持ち上げるユウナの言葉に思わず渋面を作ってしまう。
「俺は裏方のはずだったんだがな。どうしてこんな矢面に立っているんだ……」
「ユウが好きに暴れればそうもなるっしょ」
「リリィの言う通りです。前に先輩が申し上げていたはずですが、力あるお方が自儘に振る舞えば嫌でも耳目を集めます。それが不満であれば山奥にでも隠棲するしかありません。ユウキ様がそれをお望みでない以上、今の状況は変えられない運命だったのです」
俺を栄達させることが望みらしいユウナは俺を窘めながらも嬉しそうな気配を滲ませた。
「くそ。目立つのは趣味じゃねえが、あいつらを見捨てられなかったんだよ。ああ、解ってる、愚痴だよ聞き流してくれ」
馬鹿な事を口走ったと恥じ入った俺に対して、ユウナは珍しく棒立ちしている。
「それでこそ我等が主たる御方。どうか私の永遠の忠誠をお受け取りください」
「君の気持ちはわかってるから、やらんでいい。汚れるぞ」
地面は雪だってのに頭を垂れて膝をつこうとした彼女を止めた俺は今回の件を思い返す。
普通に考えれば今回の戦いの第一の功は王子だろう。危険を顧みず自国の危機に立ち上がり、集った戦士たちをまとめて戦い抜いた。側に立つのは幼なじみにして連合王国の美姫とくれば配役も完璧。
向こう百年は酒場で語られる英雄譚の出来上がりだ。そのはずなのだ。
あの真竜とかいう常識外れの最悪の大馬鹿野郎が横殴りしてこなければ。
あのクソトカゲが俺を名指しで呼びやがったから、引っ込みがつかなくなってしまった。しかも目撃者も多過ぎて隠すこともできやしない。
終いにゃ奴を撃退する羽目に陥ったし、”色つき”の真竜なんて本当に伝説の存在だ。ライカが倒したのが野良(変な言い方だが)だったのに対し、こいつは本当に世界の頂点に君臨する絶対的存在ときた。
ああ、面倒臭くなる予感しかしない。喜んでいるのは獣神殿に大きな土産ができたアードラーさんとギーリス、そして名ばかり先行していた俺に箔を付けさせたかったギルド側だろう。
もちろんのこと、既にグラン・マスターはギルド間の連絡網で俺が真竜を撃退したと連絡済だ。その場に居れば絶対に止めたが、そのとき俺は玲二の手伝いという時間稼ぎをしており、ドーソン翁が一枚上手だった。これが地方のギルマスなら寝言は夢の中でほざけといわれておしまいなんだが、元Sランクにして一時は世界最強の名を恣にした彼が口にすると真実になってしまう。
目立つのを好まない俺にとっては歓迎すべき状況ではない。
その最大の理由であった借金関係は王国が仕掛けた事であるので既に問題ではなくなっている。今では優良返済者である俺を国が守ってくれるくらいだからな。
だが第二の理由は誰にも解決できない難題だった。
「ユウナ、名が売れたとしても俺の事は彼等に露見して無いな?」
俺の声は知らぬ内に小さくなっていた。これだけは仲間以外、誰にも知られてならない。取り憑いていた幽霊がその体を好きに使っているという俺の最大の秘密をだ。
「抜かりありません。<洗脳>した手の者を向かわせてそれとなく話を持ちかけたそうですが、ユウキ様と結び付けた様子は何一つなかったそうです。ご懸念は理解できますが、杞憂かと。いくら外見が似ていても、発する気配が違いすぎます。恐らく彼等がユウキ様の前に現れたとしても気付く事は無いでしょう」
ユウナよ。そうポンポン<洗脳>を使うもんじゃないぞ。注意ずべきか悩む俺に相棒が声をかけてきた。
「ねえユウ、もう気にするのやめたら? ライルには悪いけど、あの子じゃ借金返済なんてぜったい無理だし、どっかで失敗してそのうちユウと交替してたって」
相棒とユウナがそう言ってくれるが、相当好き勝手に生きてる俺でもライルの家族に対する罪悪感は一生消えないだろう。もし名が売れて誰かがこの姿をライルだと気付いたら、全てが終わる気がする。
「まあそうなんだろうと思うが、名と顔が売れていけばいずれ彼等の目に止まる気がする。いくら変装しようがライルの両親を騙しきれるとは思えんし」
「そのような未来が訪れないようにするのが我等の勤めですので、ユウキ様はお気になさらなくて結構です。仕送りも万事抜かりなく進めております」
少し前からライルの故郷の家族に対して仕送りも始めた。俺は金貨の数枚でも、といいかけたらユウナから大反対を受けて初回は大銀貨2枚となった。1年目の駆け出し冒険者がいきなり金貨を送ったら怪しまれると説教を受けて泣く泣く断念した。セリカからの情報で故郷は去年も不作だったそうなので、その後ももう少し増額を……と要請して全て却下されている。
「”普通の冒険者”に関してはユウキ様よりよほど詳しいのでお任せください。それに……いえ、この件は以上です」
ユウナが話を途中で切り上げた理由はすぐに解った。こちらに歩いてくる人影が見えたからだ。静かに一礼して辞したユウナと夜食を食べる玲二たちの下へこうしちゃいられないと転移していった相棒を見送っていると、俺に用があるらしいその人が姿を現した。
「あれ? 誰か居なかった? 話し声が聞こえたんだけど」
「ああ、外してもらった。そっちも余人に聞かせたくない話があるんだろう、エレーナ?」
こんな夜更けにエレーナが一人で町外れまでやってくるなど相応の理由があるのだろうし、重苦しい話になるのはわかりきっていた俺は押し黙る彼女に背を向けて先に魔物の間引きを終わらせてしまうことにした。
<アイテムボックス>から青い宝珠を取り出すと封印を解除する言葉と共にそれを前方に掲げた。すると幾何学模様の魔法陣から現れたのは見慣れたレッドオーガ・ウォーロードだ。こいつは煩いので俺達の方には<消音>を使っているが、早速咆哮を使って周囲の魔物を行動不能にしている。
そして暴虐が始まった。
「え? あ、それって獣王国のダンジョンで見た魔物を閉じ込めておけるっていう宝珠ね……ってあれ? そんな色だったっけ? 確か赤い宝珠だったような」
ふふふ、気付いてくれたか。わざわざ目の前で使った甲斐があるというもんだ。俺は事情を知る彼女にこいつの自慢をするためにこの”新しい”宝珠を取り出してみせたのだ。
「流石の記憶力だな、エレーナ。見ての通り、こいつは二つ目の鍵に当たる宝珠なのさ」
「へえ、良かったじゃない。ようやく一歩前進したのね、赤い宝珠は魔物を捕まえて閉じ込めておける能力を持っていたけど、見た感じ同じ事が出来るようね」
俺は知らぬうちに口角が上がっていた。ようやくこの新たな宝珠のぶっ飛んだ能力を自慢できる瞬間を迎えていたからだ。
「それが違うのさ。聞いて驚いてくれエレーナ、<鑑定>によるとコイツの名称は”双子の檻”といらしい。その能力なんだが、魔物を閉じ込めてある赤い宝珠の隣に一晩置いておくとこっちの青い宝珠の仲にも同じ魔物が増えているんだ。つまりこの宝珠は何度でも同じ魔物を生み出すことが出来るって代物なんだ」
「はあ!? なによその無茶苦茶な能力は?」
ずいぶんと思い詰めた顔で俺の元に訪れたエレーナだが、宝珠の能力に驚く顔は見慣れたものに戻っていた。
少しは話しやすい環境になった事に安堵した俺は新たな面倒事の予感を感じつつも、数奇な運命に翻弄された一人の女性の話を聞く事になる。
楽しんで頂ければ幸いです。
もう少しでこの章も締めに入ります。今回は説明会ばかりになってしまいました。
GWはがんばって更新したい(願望)……
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