奈落の底から 33
お待たせしております。
真竜同士の戦いは単純明快だ。神そのものと言ってよいほどの力を持ちながらも、同族との戦闘で行われるのは爪や牙を使う格闘、そして噛みつき攻撃を主としている。
世界を容易く壊せる彼らがなぜそんな原始的な攻撃ばかりなのかはじめは不思議に思ったものだが、黒竜と銀竜の戦いを玲二やバーニィと物陰で観察しているとその理由がわかった。
真竜とは超超高密度の魔力の塊だ。なのでこいつらには本質的に実体がないと考えていい。言ってみれば物理無効のようなもので、そんな奴らに大陸の地殻を割るような超威力の攻撃をしてもなんの意味もないわけだ。
だから真竜同士が雌雄を決するときは己の体躯に膨大な魔力を乗せて、相手に直接攻撃を叩き込む。これが一番手っ取り早く効果があると本人が言っていたので間違いないことだ。
だから俺も同じことをする。己を縛る封印を解き、膨れ上がる魔力を拳に乗せて真竜が幾重にも展開する護りを破壊するのだ。
奴よりも強く、より早く、より多く拳を叩き込み、互いの領域を削り取る戦いはこうして幕を開けた。
<本当にニンゲンなのか貴様は! 我が世界をこうも容易く侵食するとは>
「口ばかり達者なのは真竜の特徴なのか? テメエのせいでこっちは大迷惑だ! 本気を出せ、でなきゃ即座に消滅させるぞ!」
口では好戦的に見せかけるが、俺の内心は既に先ほどの最低な気分のままに心は冷え切っている。世の中には戦いがもたらす興奮で脳内麻薬が出て際限なく熱くなれる輩もいるようだが、俺には何が楽しいのか全く理解出来ない。この戦いそのものが無駄でひたすら面倒でくだらない代物だ。一手一手確実に相手を追い詰める作業に過ぎない。
相手が復元する前に追撃を入れ、真竜を形作る世界を削り取る。その存在を保てなくなるほど削られたほうが負けというのが基本的な真竜の戦いだ。
だから姿なんざ何にだって変われる。今のこいつがイリシャみたいな年格好になっているのもただの戯れだ。その気になれば山のような巨体にも竜と聞いて誰もが想像するような大トカゲにだってなれる。だから俺は少女の姿をしていても遠慮など一欠片もない。
<キサマ、さては他の真竜が変化した姿であるな? でなければその強さ、あの暴れ者の黒竜を滅ぼすことなど出来はせぬ。白か? それとも紅か? いつの間にそのような有り得ぬ力を手に入れた!?>
「ふざけんな。こちとら立派な人間様だ! お前らのような意味不明生命体と一緒にすんな! 興味本位でこっちの計画ズタズタにしやがって、この落とし前はつけてもらうぞ!」
<ふざけておるのはキサマだ! キサマのようなニンゲンがいるか! 弱者は即座に消滅する我らの領域で真竜と互角に渡り合う矮小なニンゲンがいてたまるものか! この力、稀人や突然変異などでは説明できぬ。我らと伍することそのものが真竜であるなによりの証明ぞ! だが蒼銀の気配とも違う、故に問うている!>
「本当によく回る口だな、殺し合いの最中だってのを思い出させてやる」
俺の渾身の掌底は真竜の小さな体に突き刺さった。前回黒竜を全力で殴った時は奴の堅さと俺の威力で拳が壊れたのを反省して掌底にしたが、手には問題ない。あの時より強くなっている証明なんだろうが、これ以上強くなってどうするんだという疑問も頭によぎる。
そして真竜はやはり見た目通りでなはく、凝縮された魔力の集合体は硬いゴムのような奇妙な感触だ。だが俺の攻撃は真竜の”芯”に届いたようで、やつの気配が剣呑なものに変化した。
<おのれ、もはや遊んではおれぬか。よかろう、本気で戦ってやる。青の我に挑んだことを後悔することに……な、なんだ、その力、その異常な魔力は……>
戯れの少女の姿を止め、最も戦いやすいとされる大トカゲに変化した真竜は青かった。あいつは青竜と呼ぶべきなのだろう。
だがその青竜は俺の更に膨れ上がった魔力の奔流を受けて言葉をなくしている。
「どうした? 俺も本気でやってやるってことだ。言っておくが、今の俺は冗談抜きで”黒いの”をやった時より1000倍は強いから覚悟しとけよ? このクソトカゲが!」
俺は別に驚くようなことをしたわけではない。ただ神気を発動させただけだ。己の身体の中にある魔力を活性化させて肉体を強化する神気はそれだけで戦力を数十倍に引き上げた。
ただ封印を解いた状態で神気を発動したのが初めてだったのでこうなるとは思っておらず、俺もこの状況に驚いている。黒竜を始末した時期がレン国に飛ばされる前なので神気を取得していなかったのだ。
<キサマ、本当に何者なのだ? こんな存在があり得るはずがない! 世界の理から外れている!>
意外と勘のいい奴だが、それでも俺の正体など解かろうはずがない。記憶をなくした幽霊が他人の体を乗っ取っている、そして何らかの不具合でいくらでもスキルが取り放題だったなんて想像もしてないはずだ。俺だってそう言われても絶対信じない自信がある。
だがここで必要なのは俺の身の上ではない、お前を滅ぼしうる力が目の前で牙を剝いている事実だけだ。
「黒竜は一撃で終わったが、お前はどれだけ保つかな? あれだけ大口叩いたんだ、俺を退屈させるなよ?」
そうは言うものの、これまでの攻防で青竜の程度は知れている。こいつに限らずライカなどにも当てはまるが、生まれながらの強者は己を鍛えない。鍛える必要がないほど強いから仕方ないのだろうが、こいつの動き、攻撃には研鑽の跡がなかった。
鼻息だけでも相手を消し飛ばせる存在に物言いをしても始まらないが真竜と同等の力を持ち、さらには敵を倒すために修練を重ねてきた俺と拳を交えたら如実に差が出るのは当然だった。
繰り出す攻撃は同じでも奴よりも早く攻撃を当て、魔力的な急所を狙い違わず穿ち貫く。そして己の魔力で相手を浸食するのだが、その勢いも訓練次第でいくらでも高める事が出来る。
事実として俺は青竜の10倍以上の速度で浸食し、相手にならない青竜は防戦一方に追い込まれていった。
互いに相手に大質量の魔力を叩き込事を目的とする真竜の戦いは奴の劣勢は見るも明らかだ。
削り合いなのに俺の攻撃は確実に当たり青竜の攻撃は俺に何の意味も為さないのだから当然だが、奴の巨大な尻尾の薙ぎ払いが俺に何の痛痒も与えなかった事は響いたようだ。
本能を持つ生命体なら必ず持つ感情、強者に対する原初の恐怖が奴の顔によぎったのを俺は見のがさなった。
だが、ここからだ。
真竜と幾度も喧嘩するなんて絶対に御免なので策を講じる必要がある。力でただねじ伏せるだけではこいつらにとっては何の意味もないのだ。
必要なのは青竜の心を折る事だ。俺を敵に回すと面倒だと骨身に刻まなくては後々厄介なことになる。当たり前だが人間とは物事の尺度が違うので戦いの終わらせ方にも気を配らなくてはならない。戦いははじめるより終わらせる方が面倒なのは誰が相手でも変わらないな。
そのとき、これまでになかった速さの攻撃が俺の腹に突き刺さった。
<その顔、油断しおったな! どうだ、これが真竜の本当の攻撃、神の一撃とはこのこと……何故だ! 何故砕け散らぬ! 小さき存在ならば耐え切れるはずがない!>
「おい、俺はいつまでこの遊びに付き合えばいいんだ? そろそろ全力でやれよ、こっちは退屈だぜ」
これまでは全て防御してきた青竜の攻撃を敢えて無防備で受けてみたのだが、神気で強化された俺にはただの衝撃で終わってしまった。世界最強の真竜とはいえ、この程度に過ぎないのか。
これで自分が最強だと浮かれる性格であればもう少し人生楽なのかもしれないが、俺の気分は変わらず最低なままだった。何が楽しいんだこれ? 屑野郎をぶちのめす時は暗い喜びが心を満たすが、巻き込まれた戦いじゃ何も感じない。
つくづく痛感するが、俺には戦いで得られる名誉や褒賞なんぞよりも、仲間や家族と共に日々を過ごしていた方がよほど価値がある。
ああ、戦いなんて本当にくだらない。問答無用で襲ってくる魔物を相手にするならともかく、なんで意思疎通の出来る相手と無意味に戦う必要があるんだ。戦闘狂の奴等の思考回路は意味不明だ。全員死に絶えれば世界はもう少し平穏になるだろうか?
「もういいや、終わらせようぜ」
<殺せ……だが、我等の誇りまでは穢せると思うな>
既に戦いに飽きていた俺の内心が伝播したのか、ついに青竜はその巨体を投げ出し戦いを諦めて強がり始めたが、その言葉を耳にした俺は思わず噴き出した。こいつ、いけしゃあしゃあとほざくにも限度があるだろ。
「殺せだと? おまえ冗談は程ほどにしておけよ、お前ら真竜に生死なんざあるか。何のために俺が”黒いの”の真竜石を手にしていると思ってやがんだ」
<……むう>
青竜は俺の意見を肯定したのか無言を貫いた。前に真竜を世界そのものと表現したように、”色付き”と呼ばれるこいつらに生死の概念はない。たとえ滅ぼされても時間がたてば復活する出鱈目生命体なのだ。もはや区分としては自然がもたらす災害に近いのだと思う。
それにまず間違いなくこいつは分体だろう。真竜は本体と同じ力の分身体をいくらでも作り出す事が可能なのだ。本体には真竜石があり、これを破壊されるとその個体は滅ぶもののいずれ時が経てばまた復活しやがる。だからこいつらを敵に回すべきではない、どうあっても死なない不死の敵に永遠に狙われるなんて冗談じゃない。俺はともかく身内や仲間が巻き添えで被害を受けかねないからな。
真竜もこうやって姿を見せるのは大抵分体のはずだ。本体さえ無事なら分体はすぐに復活できる。それを解っているので青竜も殺せとか平然と言えるのだ。そしてこのままでは万全の態勢で俺に再戦を挑んでくるだろう。
俺も黒竜と因縁を作ってしまい、どうしたものかと途方にくれたものだ。まさか一撃で死ぬと思ってなかったし、あの時は殺らなきゃ余波だけで生身のバーニィがやられていたはずだ。銀竜との戦いを観戦しただけでも黒竜が好戦的でねちっこい性格をしている事は簡単に理解出来る言動をしており、復活して怒り狂ったこいつと戦い続ける未来に頭を抱えた。
だがそのとき、傷ついた銀竜が真竜の復活を阻止する方法を教えてくれた。本体が隠し持つ真竜石が必要なのだが、真竜の中でも図抜けた力を持つ銀竜に挑むため、黒竜も全力、つまり本体で挑んでいた事が幸いした。それほど強いあの人が防戦一方だった理由を知り、爪との交換条件である依頼を受けた俺は彼女の意思を継ぐ者となる。まあこれは言うほど大したことじゃない、何かしろってわけでもないしな。
彼女から聞いた方法は詳しくは割愛するが、俺の<アイテムボックス>に核である真竜石を放り込んでおけばそこで時間が止まるので俺が生きている間は復活できないという寸法だ。未来は……そこまで責任もてないし、出さなきゃ問題ないだろ。
余談だが真竜は魔石ではなく真竜石を持っているので1等級の魔石には該当しない。価値は……計り知れない。比喩表現ではなく<鑑定>でも金額がつかなかったのだ。
それを見た玲二と相棒が”それをうるなんてとんでもない!”と変な声を揃えていた。なにが謂れでもあるんだろう。
「真竜であるお前はここで滅んでも構わないはずだ。だがこの状況でのみ成り立つものがあるはずだぜ?」
<……よかろう。我が”青碧”の名において違えぬ事を誓おうではないか>
人間である俺が神に等しい真竜に圧倒的優位に立つ事で初めて行えるもの。
つまりようやく互いの利益を天秤に載せた交渉が始められるのだ。
真竜と人間が戦ったなんて酒場での笑い話にもならない。もっともましなネタはないのかと周囲の酔漢からどやされるのが落ちだ。俺と契約した銀竜の意向もありごく少数の者達を除いて遭遇さえも秘密にしてきたのだが、まさか真竜から名指しでこっちに接触があるとか夢にも思わなかった。
王子やグラン・マスターがいた状態で知らん顔するわけにもいかず、やむなくあの非常識な青竜と事を構える事になったが、俺はその後始末に頭を抱えることになる。くそ、あの青竜本当にどうしてくれようか。きっとギルドの連絡網で俺が真竜と事を構えた事は既に知れ渡っているはずだ。銀竜山脈のことはギルドから情報を受けたし、頭の切れる受付嬢の皆ならそこから関連を見出しても不思議はない。
俺と銀竜の契約にかの地の平穏がある。だれもあんな領域外に手を伸ばすなんて考えなかっただろうから今までは放置してたが、対策が必要かもしれない。
あのトカゲめ、本当に面倒な事をしてくれたな。後で覚えておけ。
黙っておいてくれと頼もうにも真竜の<念話>はキルディスの町の民全員に届いただろうし、それを受けて住民は休眠中のダンジョンに避難したのだ。事の経緯を聞くまでは誰も納得しないだろう。
だが詳細を語ることもまたできない。彼女(真竜に雌雄があるのかは俺も不明だが、銀竜はあの振る舞いからして雌のはずだ)とのやり取りは公言したくないし、俺との契約にも反する。
正直、人違いでしたで済めばいいのだがあの場を収集するために俺の客だと言ってしまったし、王子は事情を聞きたがるだろう。それを秘密だと断るのもこれまでの王子との関係にヒビを入れる行為だろう。
ああくそ、あの青竜め。本当に(以下略)。
真竜を退かせた後、現実空間に戻った俺は仲間達が来ている事に気付いた。あの異空間はリリィとの繋がりも希薄になるくらいの隔離空間なので皆が不安になったらしい。流石に帰したセリカまでやってきてはいなかったが、ソフィアや雪音まで来ていた事は本当に珍しい。だがあの二人がいるって事は……セリカの奴、来てないよな?
そして玲二が店の仕事を放り出して俺の所に駆けつけてくれたのでその礼として彼の店を手伝うという時間稼ぎをしつつ、キルディスに戻ったのはまもなくう日付も変わろうかという時分だった。
「我が君、今回の件に関してはずいぶんと諦めが悪いな」
「ほっといてくれ。上手い言い訳が思いつかないんだよ」
「ありのままを報告なさればよろしいのでは? ”色付き”の真竜を撃退されたと事実を伝えるだけで話は終わるかと」
帰還した俺を従者二人から呆れ交じりの視線を送ってくる。二人は俺と銀竜の契約をしきりに知りたがっていたので黙っている俺に対して容赦がない。今回の件に関しては助力が望めなさそうだ。
「その後が問題なんだってのは解ってるだろうに。秘密だから気にするなで押し通せればいいんだが……」
「無理であろうな。弟子二人が我が君の帰還が後れていると報告したが、王子はその際にも事情を尋ねていたぞ。このような人里に真竜が顔を見せたとなれば無理もないことではあるが」
「真竜とその眷属の登場により周辺の間者達はその殆どが逃げ散りましたので残りは一万弱となっています。それに当然ながら真竜の気配は周辺各国にも観測されており、夕刻ごろまでに数騎の偵察飛竜が確認できました」
そりゃあんなのが突然現れたら普通確認するわな。ユウナが口にしなかった部分の言葉に頷いて返したものの、俺の問題は何一つ解決していない。
「青竜に話を聞いてみたら異境から魔物達が大移動してるのを知って、気になって調べてみたら銀竜の気配を感じて顔を出したみたいなんだが、王子達はそれで納得しないだろうな」
「その銀竜の気配について尋ねてくるのは間違いないだろう。我が君、そろそろあの時に何があったのか教えてくれてもいいのではないか? 隠し事は貴方らしくない」
俺が秘密にしている事を相当に根に持っているらしいレイアが聞いていたが、俺としては素直に頷けないのだ。
「契約は本当に彼女の個人的な話でな、みだりに他人に話す内容じゃないんだよ。君も隠したい秘密を他人に話されるのは嫌だろう? 今の話で大体当たりをつけてくれ」
これまでは話せないの一点張りだったのでようやく情報を開示した事になる。銀竜を”彼女”と呼んでいたので聡明な二人なら個人的事情で想像を働かせてくれるだろう。
「我が君。一つ聞くが銀竜は、その、女だったのか?」
レイアが聞きにくそうに訊ねてくるが……それ、そんなに気になる所か?
「ああ、俺が出会った時は大トカゲの姿だったが、雄か雌かで言えば雌だと思う。さて、話はそこまでにしておこう。俺は客の相手をしなくてはならないからな」
俺の言葉に静かに頷いた二人と共に俺は中心街に向けていた足を止め、正門に向けて歩き出した。
「しかしなんだ。今この状況で事を起こす意味が解らぬ。動くならもっと中盤でなくてはならないのではないか?」
「ランデルの裏切り以降は警戒が段違いに強まりましたから。動きたくとも動けない状況が続いたのでしょう。明日で異変は終了のはずですし、今日は真竜の件で皆帰宅しています。最近は町が不夜城のように昼夜関係なく動いていましたから、ここまで静まっているなら動くに足る理由となります」
「まあ、奴等も仕事ということだろう。意味があるかどうかは別としてその根性は褒めてやってもいいな」
そんな話を終える頃、俺達は数十人を越える男達に取り囲まれていた。もう隠す気もないのか、服装も変えることなく武器を手にしている。
敵が強すぎて今じゃ戦士団も出撃しない昨今、夜更けにこんな大勢で正門前に集まる理由なんざ一つしかない。
ランデルが行ったように門から魔物を流し入れてキルディスの町を蹂躙するつもりなのだ。真竜の一件で大分減ったとはいえ、まだ一万以上匹の魔物が門の外にはひしめいている。助っ人の皆がいるとはいえ内部に侵入され、さらに寝込みを襲われたら町は一巻の終わりだ……たぶん先生やライカとキキョウがいれば簡単に鎮圧しそうだが。
それでも彼等に出来る最後のひと足掻きといったところか。
「騎士団に戦士団。数は半々ってトコか。おいお前ら、面倒だから奥に潜ませている15人も呼んで来いよ。どうせここで全員始末するんだから、面倒は少ない方がいい」
「……理由を聞かないのか?」
集団の中から歩み出た一人、俺とよく言葉を交わしていた王子の側近が剣を手にこちらに問い掛けたが、今更過ぎて鼻で笑うことしかできない。
「裏切り者が大量にいるってことは最初から解ってるだろうに。明日にはこの異変も終息しちまうから今やらなきゃ時間がないんだろ? お前さんも剣は不得手だろうし、暗殺者として得意な獲物に変えたらどうだ?」
俺の煽りに側近は表情をなくし、今度はユウナが少しだけ気配を出した。どうやら奴は捕まえて配下にしたい水準を超えているようだ。あいつの処理はユウナに任せたいが、どうなるかな。
「お前さえ排除すればキルディスは風前の灯に過ぎん。これが我等の仕事だ、悪く思うなよ」
「お仕事ご苦労さんとしか思わんな。自殺願望があるなら舌噛んで死ねばいいだろ、俺に歯向かうと楽には死ねないぜ?」
俺の言葉に対する返答は膨れ上がる殺気だった。俺の力はこれまでに幾度も見せてきているし、従者の戦いぶりだってそれは同じだ。命を捨ててかかれば何とかなる相手ではないと理解してなお、俺に向かってくる。
明らかに事情持ちだろうが、ランデルの時のように俺の心が動く事は無かった。あいつは子供も殺さなかったし、自分の命で責任を取ろうとした分まだマシだ。
そこで行われたのは戦闘ではなく的当てだった。連携や戦術もなくやけくそ気味に突っ込んでくる阿呆の頭に石礫を当てる遊びでギルベルツの回し者53人(多いな!)は地に倒れ伏した。
殺意を漲らせて向かってくる相手を素直に殺してやるほど俺は優しくない。
裏切り者にはそれに相応しい末路がある。
「お前達、何をしている!」
俺も敵集団も音を消して戦わなかった。暗殺者にとって雑音は敵のはずだが、こいつらももうどうでも良かったのか、喚声を上げて突っ込んでくる騎士まで居た。
そんな感じで戦えば異変を周囲に察知されるのも当然で、すぐに王子率いる一団が駆けつけてきた。
「このような夜更けに一体なんの騒ぎ……おお、ユウキではないか! ようやく戻ったのだな!」
よく出張る王子様だな、普通こういう場合は宿直の者が飛んでくるべきだろうに本人がやってきてしまった。言い訳を考える前に出会ってしまうとは運のない。
「お前の無事を喜びたい所だが……フラムよ。何があったのだ? ユウキが乱心したという話なら聞かぬぞ。事実を偽りなく申すがよい」
50人以上が俺たち3人に対して倒れ伏している。もし俺達が裏切りを画策したとして、この人数は、そして所属も身元も違うこの者達はなぜ集合したのか、どんな作り話をこさえるか興味があったんだが。
俺と戦った側近、フラムは王子の詰問に対して膝をついた。そして無言で手にしたナイフを己の喉元に突き立てようとして俺が放った指弾により刃は弾き飛ばされた。
「……殿下、私は殿下の命を頂戴する為にギルベルツから派遣されたものにございます……」
後にラヴェンナ統一戦争と名付けられる日々の最後の夜はこうして更けていった。
翌朝、ついにやってきた20日目、長かったこの戦いも今日が最終日である。
15日目で最大数を迎えていた敵の数もそれ以降は増えず、俺の実験と昨日の真竜の登場で数は激減している。それでも5桁は居るが、後は俺が後片付けをしつつ周辺の諸都市が戦力を抽出して敵を削っていけば対処可能だろう。
街のほうは変わらず忙しい。昨日は真竜の騒動ですべての業務が一旦中止されたが、王子が今朝になって脅威は去ったと宣言してから活気は戻っている。むしろ昨日の遅れを取り戻さんとばかりに誰もが張り切って動いているように見えた。
「今日はいい天気ですね」
「そうねえ、風は冷たいけどお日様は暖かいわ」
「ふん、ユウキの<結界>で風も遮られておるがな」
俺はセラ先生とリエッタ師、三人で寝転がって空を眺めていた。
「ユウキ、そなたには聞きたい事が山のようにあるのだがな。昨日の真竜の件も納得した訳ではないが、今も何をしておるのだ? 御二方もそのようにしておられるという事は無意味ではないと思うが、詳細な説明を欲するぞ」
王子には側近達の裏切りもさして気にせず、真竜の事をしきりに聞きたがった。裏切りにもっと衝撃を受けてくれれば良かったのだが、始めから疑ってかかっていた王子はだろうな、の一言で済ませた。今は全員拘束されているが、その警備は雑だ。裏切り者共も半ば諦めの境地、義務感のように俺達に向かってきたし、多少尋問した所では家族を盾に裏切りを唆されたり、もとからギルベルツの関係者として騎士団に潜入したものも居た。王子にとっては想定内で驚くようなことではなかったということだろう。
だからその分追及は俺に来たのだが、気にするなの一点張りで逃げた俺の方法が間違っていたのも確かだ。だが口止め料として青竜の眷属の素材を幾つか渡したし、その時はこれで騙されてやると言っていたはずなんだが。
「お、お師匠様。その、ユウキと一体何をなさっているのですか?」
姉弟子が俺達の奇行を見ておずおずと問い掛けているが、先生は俺を見た。どうやら説明を俺にやれということらしい。
「正直ただの保険だ。こうやって誰の迷惑にもならない物見塔の上でやってるんだし、気にしないでくれ」
「いや、そういわれても。お二人もあんたもすっごく変よ」
確かに3つ分の寝椅子を置いてその上に寝転がっているので傍から見れば奇行そのものなんだが、いちいち上を見上げて確認するのも疲れるから仕方ないのだ。
「そりゃそうなんだがな。そう長くはかからないはずなんだよ、昼前には終わるはずだ」
「じゃろうな。土地の者に言わせると今日は午後から天候が悪化すると言う話じゃ。戦果確認の為にも昼までには手を打ってくるじゃろうて」
「そうね、精霊も氷精霊が増えているから吹雪が来ると思うわ。その前に飛竜を飛ばしたいでしょうから、早い時間のはずよ」
先生とリエッタ師は俺が提供した菓子を摘みながら日光浴を洒落込んでいるように見える。だがその言葉に含まれた剣呑さに姉弟子と王子は息を飲んだ。
「こ、これ以上まだ何かあるというのか? 真竜の襲撃でもう打ち止めのはずだろう、これ以上の厄介事は御免だぞ!?」
「真竜は予期せぬ訪問者だ、あれは俺だって驚いたんだ。青竜が顔を出すなんて解ってれば魔物を進化させて遊ぶなんて事はしなかったぞ。こっちが本当に最後の面倒事だよ」
「待て。今の口振りではまるでこれから起きる何かが予想しているのか?」
俺の言葉に王子の顔には焦りが浮かび始めた。まあ誰だって真竜が厄介事の打ち止めだと思うわな。あれを乗り越えればもう終わりだと判断して気を抜くのも無理はない。
だから俺達がこうして警戒をしているわけなのだ。来るか来ないかで言えばほぼ間違いなく来る。あの連中の状況からして座して待つという選択肢がないからだ。
「ほれ、話をしている間に来たぞ。8時の方向、距離は55万ってとこじゃのう」
「まあ、本当にインドラの火だわ。もうあの光を見ることはないと思っていたのに、悲しいことね」
リエッタ師もセラ先生の戦友だけあって本当に博識だな。俺も奴等の手札の存在は聞いていたが、その名前までは知らなかった。こりゃ黒幕が誰なのかも知っているに違いない。
「イ、インドラの火だと!? リエッタ様、今口にされた名は本当なのですか!?」
今度こそ王子は顔色を変えた。彼も王子としてその名を持つ兵器を知っているらしい。そして俺達が何故上空を見上げているのかその理由も思い当たったようで、必死で目を凝らしている。
「王子、あっちだ。まだ欠片だが、黄色い何かが見えるだろう?」
俺が王子に双眼鏡を手渡して位置を示すと彼は慌ててそれを構えた。そしてその口から呻きと呪詛が漏れた。
「あれがインドラの火。かつて世界を燃やし尽した古代魔導具を使いおったか。おのれえっ、いずこの国が隠し持っておったかっ!!」
王子は心底から吐き捨てると近くに控えて居た側近のテッドに叫んだ。
「民を避難させよ! 理由は後で説明する、いまは一寸(分)を争う事態だと知れ! 下衆が、今になってこのような手段をとるか!」
「わ、わかりました、しかし殿下! 如何なされたのですか?」
王子の命に伝令を飛ばしつつもこの事態を理解しているはずもない幼いテッドの問い掛けが癪に障ったのか、王子はこれまで聞いたことのないほどの大声でこの世界への呪いを叫んだ。
「この北に位置するいずれかの国がこの地の魔物を消滅させるべく禁断の古代魔導具を起動させたのだ!! 古の時代に多用され数多の国を滅ぼした悪魔の兵器、それがインドラの火だ! あの魔導具はどんな結界も無意味と聞く。急げテッド! あの外道どもめ、魔物ごと我等をこのキルディスの町を消し飛ばすつもりなのだ!!」
楽しんで頂ければ幸いです。
この章もあと僅かになりました。あと4話くらいで新章になるかと思われます。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。何卒よろしくお願いします!




