奈落の底から 32 閑話 青竜軒雇われ店長 桐生玲二
お待たせしております。
今回は視点を変えて閑話です。場面は前話のすぐ後くらいです。
「ちょっと、玲二。どこ行くんだい!」
「悪い、かすみさん。すぐ戻るから仕込み任せた!」
不意にアイツとの”繋がり”が絶たれた事を感じた俺は居ても立ってもいられずまだ店長を務めている店を飛び出した。今日の仕込みは途中だが勤続15年の大ベテランであるかすみさんに後を託すと物陰に<ワームホール>を作り出す。
「如月さんのスキルが使えるって事は<共有>は無事だ。スキル封印されたわけじゃないみたいだが、気になるな」
ユウキとの接続が切れたわけじゃないんだが、いつも流れ込んでくるあいつの感情が途切れるなんて珍しいぞ。
仕込みに追われてあの時のユウキの状況あんまり把握してなかったから、何がどうなってんのかわかんねえ。突然あいつの反応が消えたと思ったら言い知れない焦燥感が体を駆け巡っている。
今はとにかく現地に飛んで確かめたい。
そのまま次元の裂け目に飛び込んだ俺は見慣れた西洋風の屋敷に足をつけた。もはや実家のような安心感があるアルザスの屋敷に戻った俺はセリカがアイン達と言い争う声を聞いた。
「アイン、退きなさい! 私は現地に戻るわ!」
「なりません、姫。ユウキが姫をここに戻された理由をお考えください!」
さっきまで状況は仕込みしながら”視て”いたのでわかっている。ユウキに騙し討ちのようにここに戻されたからアイツの元へ戻りたくて仕方ないんだろうけど、それをアイン達に止められているのだ。
「ああ。玲二さん、よい所に」
傍らで二人のやり取りを見守っていたソフィア姫さんが俺を見つけて安心してるけど、今のセリカを止められるのはユウキくらいなものだと思う。
「セリカ様をお止めしようとしているのですが、聞き入れてくださらなくて……」
困り果てている姫さんにメイドたちも不安そうな顔で俺を見てくるが、こっちはユウキみたいに万能じゃないんだ。
「今、ユウキと連絡がつかないんだよ。連れてくなんて絶対に無理だが、あの様子じゃなあ」
セリカは一目でわかるくらいに焦っている。例の事件の後のセリカは別人のようにユウキのことばっかり見ていて一秒でも離れたくないと顔に書いてある。ユウキにとっちゃそれもいきすぎると逆効果なんだが、今のセリカはまさに恋する少女そのものだ。理屈なんて通じやしない。
人はここまで変われるもんなのかと驚いたもんだ。最初の頃は計算高くて冷たい印象の女だったなんて話しても誰も信じないだろうな。
姫さんはユキから伝言をもらって学院から屋敷に戻ったみたいだが、姉の姿はない。<マップ>で探すのももどかしかったので言い争う二人を横切って転移環の上に立つ。
「先行くからな」
「あ、玲二!」
俺を見て目を見開くセリカを横目に俺の視界は切り替わった。行った事はないが、転移先が何処かは解っている。
転移先はこれまた見慣れた屋敷だった。俺も何度か使った事のある夜営の魔導具の中に存在する屋敷でここは既に北の果てのラヴェンナ王国のはずだ。
「あ、れいちゃん。よかった、来てくれた」
「イリシャ!? なんでここに、ってそりゃ心配になったからか」
転移したはいいが屋敷の勝手が解らなくてオロオロしていたとイリシャがこっちに走ってきた。その足元にはロキの本体がお座りしている。その背中には昨日から新たに加わったちっこいのが張り付くようにしがみついていた。
「お前も何か”視た”んだな? それで心配になってやって来たと」
「うん。にいちゃんがたいへんなことになってたの。わたし、しんぱいで……」
俺たちの妹は時折未来が見える。こりゃすげえと最初は思ったもんだか、実際にその姿を見てみるとあまりいいもんじゃないな。こうして楽しいことばかりじゃないしイリシャも酷い迫害を受けていた。出会った時は……あの光景はもう思い出さないようにしている。ユウキはイリシャをあんな目にあわせた奴等を今も探し続けているし、もし犯人が見つかれば間違いなくこの世に地獄が生み出されることになるだろう。
今もユウキが心配で今にも泣き出しそうだ。兄貴を少しでも助けるために神殿で巫女の修行を始めたとあいつが知ったらどう思うだろうか?
いや、意外と解っているかも。ユウキのやつは身内と仲間に関しては異常なほど敏いからな。困ったような顔で笑うユウキの顔が想像できた。
しかし。この子を連れて行っていいものか? ユウキの性格なら駄目に決まってんだろと断言するし、俺もそこは同意見だが、イリシャは絶対納得しないだろうな。
ううむ、俺が抱き上げてやれば大丈夫か? 別に戦いに行くわけでもないしな。ユウキも俺が責任持って守れば怒らないと思うし。
シャオの方は……アードラーさんちで寝てるから起こさなくていいだろ。いろいろと説明が面倒だし。
「つまり俺と同じか。んじゃ、一緒に行くか?」
「うん!」
ぱっと顔を輝かせるイリシャを抱き上げた。他の女には死んでもやるつもりはないが、妹は別だ……なんだこの軽さは?
「イリシャ、お前ちゃんと飯食ってるか? お前の体重、軽すぎんだろ」
「たべてる。あさもいっしょにたべたのに」
そういやそうだった。だが本当にイリシャは軽い。出会った頃よりかは増えてるはずだが、ユウキがあれほど飯食えと言い続ける理由がよく解る体重だ。
ユキと同じく食っても増えない体質らしいんだが、それを知った姫さんとセリカの目は中々に怖かった。
「え!? 貴方は一体何処からこの屋敷に?」
急いで皆の所に向かおうとした俺たちと2匹だが、扉を開けた瞬間にメイドと鉢合わせしてしまった。至近距離で感じた女の匂いに嫌悪感が湧き上がる。
この世の全ての女は俺にトラブルを持ち込む存在だと確信しているので目も合わせずに無言で体をかわした。
「ステラ、どうしたのですか?」
反対側の扉からいかにもメイド長ですといった感じの厳しそうな雰囲気の女が俺を見て表情を変えた。
「この館の関係者です。お邪魔しました」
冷たそうなメイド長の顔が一瞬にして赤くなるのを見て俺の心は一気に冷えた。ユウキは気にしすぎだと笑うけど人の美醜で態度を変える奴が世界で一番信用できない。それは異世界でも日本に戻っても同じだった。
これだから女は嫌いだ。まだあの大馬鹿女のほうが俺に遠慮がない分マシか? いや、あいつをつけあがらせると面倒だ、共に最低ランクなのは変わらない。
「れいちゃん、だいじょうぶ?」
「ああ、平気だ。なんともない」
俺の最悪な気分はイリシャの不安そうな顔で大分回復した。俺の事情でこの子を怖がらせるとユウキがマジで怒るからな。こういうのは長引かせないに限る。
ささくれ立った気分で屋敷を出るとユウキに話を聞いていたとおり、小さな宿の一室だった。
どこにでもある平凡な宿屋だが、確かに王女さんを泊めるのは厳しいだろうな。ユウキが魔導具を用意するはずだ。
だがそんな俺の感想は一瞬で吹き飛んだ。
居る。
何がとてつもなくデカいのが近くにいる。その存在感をひしひしと感じるのだ。イリシャが俺の服の裾を強く掴んだ。この子もあの存在を感じ取って畏れている。
だがこの感じには覚えがあるな。確かに真竜がこの場所に現れたようだ。あんな経験はあの時だけで十分だってのに、一生あるかないかの激レアイベントがあっさりと頻繁にやってくるのがユウキなのだ。
これだからあいつの仲間は止められないんだ。
「玲二殿!? こちらにはいらっしゃらないと聞いていましたが。それにイリシャまで」
「状況が状況ですからね。力になれることがあればと思いまして」
俺を見つけたエドガーさんは周りの人たちに次々と指示を出しながら住民を避難させているようだ。だが大人しく従っている住民は皆一様にある一方に顔を向けていた。真竜の圧倒的な気配は一般人でも容易に感じ取れるほどで、誰もが仕事を放り出して逃げ出しているが、パニックは起きていない。
その理由と思われる存在が声を張り上げていたからだ。
「皆、落ち着いて行動せよ。我等には<嵐>がついている! 彼ならばたとえ相手が真竜でも遅れを取ることはない。だがこの町を背にしておればかの者もやり辛かろう。ならば我等は彼の足手まといにならぬようダンジョンに避難するのだ。さすれば勝利は必ずや我等の物となろうぞ!」
「へえ、やるもんだ。あれが、話に出ていたこの国の王子ですか?」
「ええ、この鉄火場でも動じない肝の据わった御仁ですよ。これからこの国は繁栄するでしょうな」
人物評価が辛口なエドガーさんがこうまで褒めるのは珍しいけど、あの姿を見れば頷ける。命の危機に先頭で陣頭指揮を取れるってのはたいしたもんだ、俺も素直に感心してしまう。
だがなんだろう、同類を見たかのような既視感がある。けしてあの王子さんが明らかに女難の相が出てるとユウキが笑ってたからではないと思うんだが。
「エドガーさんも避難してくださいよ。もし貴方に何かあればユウキがどうなるかわかったもんじゃないんで」
「ははは、仲間である玲二殿にそう仰られると面映いですな。ですがそれは避難が一段落してからにするとしましょう。私もあの御方の配下として従者の御二人に見劣りしない働きをしたいのです」
正直な所、エドガーさんに対するユウキの評価は天井知らずだ。今回の件で更に爆上げしたし、信頼度で言えば抜いているだろう。だから従者二人は密かに嫉妬しているくらいなんだけどな。
「それよりも玲二殿こそお気をつけて。先ほどの真竜の攻撃は最果てが見えぬほど大地が削られました。貴方がお強い事は承知していますが、相手が相手です」
ユウキの視界を<共有>したのでその攻撃は知っているが、一番驚く所はそれを受けてもなお無事である城壁な気がするんだが。真竜の攻撃を受けて原形保ってるとかどんな硬さだよ、俺達の記憶だと山脈が一撃できれいに吹き飛ばされてたんだがな。
「あれ? 玲二じゃん。来てたんだ」「お師様の状況を御存知ですか!?」
俺というよりエドガーさんに向けて駆けてきたユウキの弟子であるライカとキキョウさんがこっちを見て話しかけてきた。弟子の二人は仲間の俺達とユウキの関係を知っているので今の質問だ。
「真竜がマジ喧嘩する異空間に取り込まれた瞬間に繋がりが切れた。だから俺も駆けつけたんだ、リリィがあっちに行ってるから合流するつもり」
ユウキの相棒であるリリィは俺達より遥かに上のつながりを持っている。どうも幽霊だったユウキを無理矢理この世界に居付かせるために相当無茶をやったらしく、<共有>なしでもお互いの位置とどういう状況なのかが感じ取れるようなのだ。まさに一心同体というべき関係で、俺やユキはリリィを羨ましく思っている。
きっと今だって俺達では感じ取れない事もリリィなら把握しているはずだ。ここで余計な気を回すより本人に聞いてみるのが一番手っ取り早い。
「うう、私も行きたいけど、師匠からの言いつけで避難誘導しないと」「そうですね、お師様の御無事が確認できれば言いのですが、相手が真竜ともなると……」
キキョウさんの顔が曇るが……言ったほうがいいかな、いや、やめとこう。
代わりに提案をしておくか。
「避難誘導しろっていわれたみたいだが、もう必要ないんじゃね? 真竜のでっかい気配はあるけど、異空間にいるんだからこっちに被害はないだろうし」
簡単に世界をぶっ壊せる力を持つ真竜が全力で戦う為の空間だから、余波が漏れる心配はないはずだ。有り得ない事だけど、もし戦いが終わって真竜だけが帰還したらダンジョンに逃げようが消し飛ばされておしまいだ。避難の意味がない。
「そう! そうよね、私もそう思ってたの。ありがとう、玲二。持つべき者は友達ね! キキョウさん、行きましょう!」
ライカの笑顔はどう見ても俺の言質を取った事で喜んでるなこりゃ。きっとユウキが帰ってきてなんでお前がここにいるんだと怒られたときに俺がそう言ったからと言い訳に使うつもりだ。
だけどこのライカとキキョウさんは俺の顔を見て態度を変えなかった数少ない女なので、その程度使われるくらいは構わない。
<玲二、今どこにいるんだい?>
<俺はユウキのところです、如月さんはまだ日本ですよね>
エドガーさんと別れライカ達と走り出した所で如月さんからの<念話>が入った。彼は昨日までユウキと共に居たけど今日は仕事があって日本に出向いていた。
<うん、取引先との交渉が長引いてね。僕もすぐ向かうよ>
<座標送ります。俺の隣に設定しました>
如月さんのユニークスキルである<ワームホール>は”どこで○ドア”だ。子供なら誰でも一度は欲しいと思う道具を彼のスキルは実現してしまった。実際に使いこなせるようになるまではめっちゃ時間がかかったが、その恩恵は本当に凄まじい。
なにしろさっきまで日本にいたスーツ姿で革靴の彼がこの国の雪を踏んでいるんだからな。正確な座標を登録する必要があるけど、異世界ごと普通に移動してくるって改めて考えてもとんでもない能力だ。
「うわ。凄いね、この気配。気を強く持っていないと気絶しそうだよ」
「これでもさっきよりマシなんですけどね。この世界に顕現している時は王子の側近達は全員卒倒してましたよ」
ライカがそんな事言ってるが、俺も神気を使って肉体を活性化していないと当てられそうなほど濃密な気配だ。如月さんもすぐに神気を使っている。この神気と呼ばれる肉体強化法には本当に世話になった、主に日本で。俺は何もしていないのに多数の組織に狙われる事になった俺だが、いくらレベルが高くても動きに体がついてこなくては何の意味もない。だがこの神気は地球でも何の問題もなく使える上に、銃弾さえ通さない強度を持つのだ。何度この力に助けられたかわからないくらい使い倒している。走る速度も上がるので、今の俺はオリンピックでメダル間違いなしの速さでこの雪国を駆け抜けた。
「うわ、バチバチにやりあってるな……」
ライカに案内されて走る城壁の先には濃厚な気配が充満していた。敵なんていないのに爆発したかのような気配が連続で巻き起こってやがる。
俺とバーニィは巻き込まれたことがあるので知ってるが、生み出した奴が死ぬか解除しないと絶対出れない完全な閉鎖空間なのに魔力がぶつかり合う衝撃の余波がここまで響いている。
「まさに世界最強を争う頂上決戦だね、僕らは<結界>越しでこれなんだから周りの魔物たちは余波だけで倒れてるよ」
いつも冷静な如月さんも冷や汗を浮かべているが、とりあえず戦況をずっと見守っているあいつに話しかけた。
「バーニィ! ユウキは?」
「玲二!? どうしてここに? ああ、如月さんも来たんだね」
城壁の上まで一気に走りきった俺達はセラ導師やリエッタさん、それに冒険者ギルドの爺さん達が虚空を睨み付けているをの見つけた。俺は今回、こっちには関われなかったのでバーニィは驚いているようだが、いきなりユウキとの接続が切れるとえらく不安になるんだよ。
「ちょっと前にユウキ自ら真竜の異空間に飲み込まれてからは音沙汰なしだね。リリィは何かわかるかい?」
バーニィは不安そうな顔でリリィに聞いているが、問われた本人はなぜか不満そうだった。
「えー? ひたすら真竜ボコってるだけだよ、もうすぐ決着つくんじゃない?」
ああ、やっぱりそうなのか。そうじゃないかとは思ってたが、あいつにかかっちゃ真竜でも前と同じく普通に殴り飛ばしておしまいか。
「安心したよ、やっぱり僕たちのユウキこそが世界最強だ」
俺とバーニィは安堵の溜め息をついたんだが、リリィの言葉に驚いている人たちもいた。
「真竜を殴り飛ばすじゃと? そのようなことができるのか?」
「封印解いてるからね。5番まで解放したからその魔力があればらくしょーだよ、”色付き”程度ならさ」
「20まである封印のうちそれだけで真竜を圧倒するか。あやつ、一体どこまで強くなるつもりなのか……」
「セラちゃんから話は聞いていたけど、本当に真竜でも相手にならないのね。そんな凄い人をクランに引き入れられた私って、すごく幸運なんじゃないかしら」
「お主は昔から何も考えずに最良の結果を引き当てるからの。気難しいあやつを不快にさせることなく幹部入りを承諾させるなど、儂など逆立ちしても不可能じゃ」
「本人はすっごく不機嫌で殴ってるけどね」
リリィが後が怖いなあと呟いているけど、ひたすら同意見だ。ユウキの考えが読める分、ダイレクトに感情が流れてくるので不機嫌だとめっちゃ怖いんだよな。
「あいつ、本当は喧嘩大嫌いだからな。俺達以外誰も信じないだろうけど」
俺の呟きに反応したバーニィは納得した顔だ。
「隣で戦ってるとそういう空気を出すことがあるけど、やっぱりそうなんだね」
正確には力で解決するのが嫌いみたいだな。暴力しか取り柄のない脳筋の証明と考えているからなんだが普段の行動が行動だからなあ。すぐ手を出すのは矛盾してないか?
「やっと追いついた! ねえ、ユウキはどこ?」
とりあえずユウキを心配する必要がなかったとわかり一安心な俺達に代わって、今にも泣きそうな顔で駆け込んできたのは……やはり来てしまったセリカだった。<マップ>ではアインとアイスがこちらへ駆けて来ている。護衛の目を盗んで勝手に来たらしい。
あーあ、これ後で絶対怒られるぞ。何のためにユウキがここから逃がしたと思ってるんだよ。
「玲二、如月さん! あいつは、ユウキは無事なの!?」
「ああ、無事だよ無事。今別の所で戦ってるけど、もうすぐ勝ちそうだってさ」
普通ならこれフラグなんだろうけど、ユウキの場合は確実に勝ちきる堅実さがあるから安心だ。あいつの一番の強みは絶対に油断しない事だと思ってるし。
「ちょっと待ってよ、なんで玲二もバーナードもそんな安心してるの? 相手は真竜、この世界で頂点に立つ存在なのよ? 不安で押し潰されそうな私が馬鹿みたいじゃない」
セリカの目に涙がたまってゆくのをみて俺はともかくバーニィが慌てだした。あんまり気にした事はないが、セリカは姫でバーニィは貴族だから気を使う相手なんだろう。
「で、殿下。申し訳ありません、ですが心配は無用です。彼にとって真竜を打ち倒すのは初めてではないのですから」
「えっ……ちょっと待って。頭混乱してきた、何今の。あいつ、もう既に一体真竜を倒した事があるっていうの?」
あ、バーニィの奴、言っちまった。これ口外するなってユウキに言われてなかったっけ? そう思ってあいつの顔を見ると当人も口を滑らせた事を後悔している顔だった。
だがまあここまできたら仕方ないだろ。事情の一つも説明しないとセリカは納得しないだろうしな。
「師匠は真竜を討伐したことがあるの!?」
「詳しい事情はセリカはもちろんライカも知っているはずだぞ。ほら、エリクシールの材料にもなった銀竜の爪を手に入れるために山脈へ向かった事があっただろ?」
「ええ、覚えてるわ。ランカの事件の時よね。まさかその時の銀竜が?」
「ああ、そのまさかさ。俺達もあの銀竜が真竜だと知ったのは全部終わった後だったんだけどさ」
銀竜山脈っていう異境に出向いたんだが、その銀竜が真竜だとはユウキ本人も想定外だった。
「ではお師様はその銀竜を打倒して真竜討伐者になられたということですか?」
キキョウさんの声にも興奮が混じっているが、事実は色々と面倒なんだよな。
「いや、ユウキが倒したのは別の真竜なんだ。俺達も事情はよく解らないんだが、お目当ての銀竜がなんか別の竜と戦ってて負けそうだったんだよ。俺達の目的も銀竜じゃんか、だからそれを見かねたユウキが声をかけたんだが、そしたらその黒い竜がこっちに攻撃してきてな。そんでぶちキレたユウキがその黒い竜を一撃で殴り飛ばしたんだ」
自分でも話していて嘘くさくね? と言いたくなるが事実なので仕方ない。ユウキと一緒に行動するとそんなのばっかりだしな。
あの銀竜のときも竜を見たのが初めてで成竜と真竜の区別なんかつかなかった。<鑑定>を使えば一発じゃないかと気付いたのは帰ってきた後だったので、まさに後の祭りというやつだ。
だけど一番の問題はそこからだった。ユウキも手加減せずに全力でいったから仕方ないかもしれないが、まさか一撃で真竜がやられちまうなんて想像もしてなかった。
ユウキ本人も嘘だろ!? 死んだのかよってマジで驚いてたから予想外だったと思う。ただ、真竜の本気の攻撃は普通に<結界>すり抜けてくるのでステの高い俺達はともかく生身のバーニィに命の危険があったので全力出したのも当然だと思ったけどな。
「だから実際にユウキが倒したのは黒い真竜です。あ、これ秘密にしとけって言われてるんで、俺が言ったって言わないでくださいね」
「そして窮地を救われた銀竜からその爪を譲り受けたというわけじゃ。最高級品質のエリクシールができるはずじゃ、なにしろ世界に8体しかいない真王竜の爪なんじゃからな」
「なるほど、本物の真竜討伐者か。これはますますギルドから手放せんわい。もちろんマギサ魔導結社からも引き離すつもりはないから、そう睨まんでくれ。リエッタ様よ」
グラン・マスターの爺さんが怖いくらい真剣な顔で呟いているが、マズったかなこれ。バーニィに視線を送って後で一緒に謝ろうと約束する。ユウキは仲間に甘いからきっと大丈夫、なはず。これ大丈夫の範疇だよな?
あの後でユウキだけが銀竜に呼ばれてたんだが、詳しい事は聞いてない。今展開されてるのとも違う特殊な空間に連れてかれてすぐ帰ってきたんだが、プライベートな問題らしくて俺等にも話してくれなかった。その時が来ればわかるとか言われたが、その後でその時は俺等全員死んでる可能性のほうが高いとも言ってたっけ。
多分かなり先の未来の事を約束させられたんじゃないかと思ってるが、あいつのことだからどうなるかはわかったもんじゃないけどな。
「戦いはそろそろ終わりそう。そのうち帰ってくるんじゃないの」
ユウキは相当不機嫌なようで、リリィの顔も元気がない。あいつの内心がどれだけ荒れ狂っていようが身内にそんな素振りは見せないが<共有>する俺達に隠し事は不可能だ。
ユウキマイスターを自称するリリィ曰く、ユウキのテンションは最悪に近いらしい。戦いそのものは完勝というか相手にさえなっていなかったそうだ……真竜ってこの世界最強の存在じゃなかったっけ?
<レイ。そこに転移環を置いてほしいのだけれど>
そのとき、双子の姉の雪音から<念話>が入った。アルザスの屋敷にいないから何処にいるのかと思ったが、王都の店に行っていたらしい。今はセリカに代わりユキが店長代理だから忙しいのだ。
<ん、了解。置いたぞ>
ここにいるメンバーは全員が転移環の存在を知っている(グラン・マスターまで知ってたのは大丈夫だのか?)ので気兼ねすることなく設置すると次の瞬間には見慣れた(性別違うのに自分と同じ顔ってのはどういうことなんだと毎回思う)の顔が現れた。姉の後にはソフィア姫さんも続いて転移してきた。
「ユキがこっちに来るなんて珍しいな。何か用があったのか?」
「そこのおばかさんを回収しに来たのよ。ほら、セリカ。満足したなら帰るわよ」
「そうですよセリカ様。我儘もほどほどになさってください。セリカ様らしくありませんよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、せめてあいつが無事に帰ってくるまで待って」
ユキと姫さんに次々と言われて押され気味のセリカはそれでも言い返してたが、俺と如月さんは顔を見合わせてしまった。
「セリカ、悪い事は言わないからさっさと帰れ。マジな話、今のあんたの行動はユウキ的にかなりヤバいぞ」
俺の指摘に如月さんも無言で頷いていて、俺達の真剣な様子にセリカも唯事でない気配を感じ取ったようだ。
「えーと、その。今の私、かなりマズい感じ?」
かなり焦っているセリカに追い打ちを掛けたのはユキの無情な一言だった。
「セリカ。貴女、ユウキさんにその身を案じられていたのに勝手に戻ってきてるのよ? これは友人としての忠告。ユウキさんに愛想を尽かされたくなかったら早く戻りなさいな」
「兄様はお優しい方ですけど、ものには限度があります。言いきかせても聞かない方に、どのような態度を取るか、聡明なセリカ様ならお分かりになるのでは?」
「も、戻ります。戻りますからあいつにはこのこと言わないで!」
「まったく、世話の焼ける子ね」
「完全に舞い上がっていますからね。少し前の私もあんな感じでしたので強くは言えませんが」
ユキと姫さんがボヤく中、そう叫んだ瞬間には転移環に飛び乗ったセリカだが、やっぱり彼女は運の良いやつだ。何故ならセリカが消えたすぐ後に空間に切れ目ができてユウキが帰還したからだ。
「ユウキ! 無事なんだな!?」
あいつの姿を目にした瞬間、思わず叫んでしまったが驚いたのは向こうも同じだったらしい。
「玲二? 来てたのか。それに雪音に妹達まで心配かけたみたいだし、セリカの面倒見てもらって悪かったな」
送り返した張本人が今さっきまでここに戻ってきていた事はわかってないようだ。やはりセリカは運の良い女だと思う。俺の見立てでは先ほどの行動は完璧アウト案件で下手をするとユウキから見限られるんじゃないかとさえ思っていた。折角安全な所に逃がしたのに戻ってこられちゃ何の意味もないからな。
「真竜はどうなったのじゃ? おぬしが無傷である事はわかるのじゃが」
「ええ、話し合って丁重にお引き取り願いましたよ。まったく、色付きの真竜と正面からやりあうなんて冗談じゃないですよ」
ああ、ユウキお得意の話し合い(物理)をしたのであろう事は間違いない。じゃなけりゃここまで不機嫌になるはずがないからな。
「にいちゃん!」「兄様!」
イリシャと姫さんがユウキに抱きつくとあいつの荒み切った心が一気に和んでいる。妹の存在は偉大だな、俺達じゃこうはいかない。
「二人とも心配かけたな。でもここはまだ危ないから家に戻っていなさい、いいな?」
わかったと答えつつ自分にしがみついて離れないイリシャに苦笑しつつユウキは俺とユキに視線を向けた。
「玲二は日本を放り出してこっちに来て良かったのか? 迷惑かけたとは思うが」
あ、しまった。俺、仕込みの最中に抜け出したんだった。こっちが気になり過ぎて完全に頭から抜けてた。やべっ、今日は宴会予約が3件入ってて仕込みが鬼なんだってのに。
こういうときは異世界に居る時は時間経過が止まっていてほしいもんだ。日本に戻った当初は俺たちが飛ばされた日時から時間が止まってたが、今は普通に同じ時が流れるようになっているのだ。
焦りが顔に出ていたらしい、俺の顔を見てユウキはとんでもないことを言い出した。
「玲二、俺も手伝うよ。心配かけたからな」
は? こいつ何言いだしてんの? さっきまで超常の闘いをしていたはずなんだが? 完全に閉じた異空間なのに普通に馬鹿みたいな魔力のぶつかり合いの余波が撒き散らされてたんだが?
俺の困惑は皆に伝わったらしい。セラ導師の呆れた声が皆の気持ちを代弁してくれた。
「はぁ。世界を滅ぼす真竜との戦いも些事に過ぎんか。お主にとっては玲二の手伝うほうがよほど重要か」
「当たり前じゃないですか。あんな阿呆共と仲間で扱いが同じなわきゃないでしょう。ライカとキキョウは王子に少し外すと言っておいてくれ」
「ええっ、師匠! 王子になんて言い訳すればいいんですか? 仲間の料理の仕込みを手伝いに行ったなんて正直に話せば正気を疑われますよ!」
無茶を言われたライカの叫びには心から同意するぜ。真竜の攻撃から民を守るために避難指揮してる奴相手にそんな馬鹿な話をするのは俺も嫌だな。
どうもユウキの本心は真竜の件について皆から色々聞かれるのを嫌がってるみたいだ。あの銀竜はあいつの中で結構特別な存在らしく、俺達にもどんな話をしたのか聞かされていないのだ。
仲間に隠し事をしないユウキにとってこれはかなり珍しく、姫さんやユキは竜相手にかなり嫉妬している。
だが弟子の扱いが結構雑な所もあるユウキはライカの訴えに取り合うこともなく<ワームホール>を展開した。
「適当に後始末してるとか言っとけ。ほら玲二、急ぐんだろ? ソフィアと雪音も屋敷に戻ろう、心配かけて悪かったな」
イリシャを腕に抱くユウキの今の口振りからするに、セリカがユウキの言い付けを破ってここに来ていた事は気付かれてないようだ。ユキがまたセリカに貸し1つ追加したわね、と怖い笑顔を浮かべていることは双子の好で見なかったことにしてやろう。
こうしてユウキは真竜という世界の頂点に君臨する存在を片手間に片付け、その後は俺の店の仕込みを手伝ってゆくという他人が聞いたら寝言も程々にしておけと怒鳴られそうな行動を取ることになる。
そしてやっぱり帰りづらかったのか、深夜になってようやくあっちに戻ったんだが、それでも王子たちに執拗な追及を受けたらしい。
俺もこの店で雇われ店長やるのももうすぐ終わりだし、さっさと厄介事にケリつけて学院に戻りたいもんだ。
日本より異世界の方が毎日充実してて楽しいんだよな。あの疫病神との縁も切れたら文句なしなんだが、これまでの付き合いから見て難しいだろう。
きっとあの馬鹿がまた俺にトラブルを持ち込んでくるのだ。
「ねえ玲二聞いてよ! 信号横のコンビニでまた賀茂と土御門の連中がいたんだけど! こっちをジロジロ見てくるから追っ払っておいたから」
「だからお前は勝手にトラブルに首突っ込んでんじゃねえよ、このバカ! また俺に面倒が降りかかるだろうが!」
ああ、一秒でも早く異世界に帰りたい。そう何度もユウキに力貸してもらう訳にはいかないからな。
どうして帰還した現代日本で異能バトルに巻き込まれなきゃいけないんだ。俺たちは偽ヨーロッパ異世界転移組のはずなんだぞ!
楽しんで頂ければ幸いです。
この章ではほとんど出番のなかった彼視点でした。
日本で色んな事に巻き込まれていたせいでこちらに戻って来れませんでした、ということで。
次回は主人公視点に戻ります。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になります。何卒よろしくお願いします!




