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奈落の底から 31

お待たせしております。



 真竜。


 この存在をどう表現すれば良いのか、誰もが言葉に悩むことだろう。


 有体に言ってしまえば”現実に存在する神”で済むのだろうが俺の見解は多少異なる。


 彼(こう呼称するのもどうかと思うが)等はこの世界そのものだ。意味は言葉の通りである。存在が突飛すぎてそう形容するしかないのだ。その行為は規模が大きすぎて自然現象に近い。大地震や大洪水に対して抗う術を持たず、ただ粛々と受け入れるほかないのと同じ事だ。


 また長命種達の間では調停者とも考えられている。あまりに強すぎて誰も戦いを挑まず、その存在が抑止力となっているからだ。

 研究する学者達の中ではこのかつて存在した世界の魔王は世界征服を行わなかったのではない、どうせ征服してもその後で真竜が出て来て全部ひっくり返されるから行えなかったのだと、笑い話のような議題を真剣に議論している。



 俺から言わせればよくあんなのを”竜”の枠組みに入れたな、と文句を言いたくなる。亜竜や成竜は生物の頂点に君臨する偉大な存在だが、真竜は桁というか次元が違う。欠伸交じりにこの世界を何千回も破壊できる力を持つ絶対的超越者なのだ。きっと成竜も真竜も雲の上の存在だから同じ区分けにしたのだろう。


 そんな彼等がいるこの世界で人類が魔物の脅威を感じつつ繁栄している理由はただ一つ。真竜が人間に欠片の興味も持っていないからだ。数が少ない長命種にありがちなのだが、自分の領域に引き篭もって何千年も出て来ないのがザラで喧嘩でも売らなければ真竜が地上まで出張ってくるようなことはない。


 出会ったら避けられない死が降り注ぐが、領域を侵さない限り安全な存在。


 それがこの世界での常識だったのだが……何故か俺達の前に真竜が顕現している。

 

 顕現してしまっていた。




 奴が現れてから周囲の体感気温が一気に下がった。ただ存在するだけで気候さえ己が意のままに変えてしまえるその力、俺が世界そのものだと口にした理由が解ってもらえたと思う。

 当たり前だが、気温変化は真竜が意図したものではない。奴の魔力に世界が呼応したのだ。



「……あれが、真竜だというのか。あれがこの世におわす現人神……」


「……そんな馬鹿な、と言いたいが解る。あの気配を感じれば嫌でも理解させられる。あれこそまさしく神そのものじゃ」


 王子とグラン・マスターが真竜を見て掠れた声を出しているが、言葉を発せられるだけ大したものだ。殆どの者は言葉もなく呆然と真竜に視線を縫い付けられている。

 珍しい魔物を見れば大興奮するトーリでさえ手を動かすことなく真竜から視線を動かせないでいる。奴が放つ超常の存在感に圧倒されているのだ。


 そういえば竜神信仰も各地にあるな。暇な真竜が各地で奇跡でも起こしたのだろうと思っていたが、この気配だけでも人がひれ伏すには十分だ。人間あまりにも理解を超えた存在に出会うと思考を放棄して崇め奉るからな。

 ……くそ、思考が脱線してきた。俺も突然の事で現実逃避をしていたらしい。



「師匠……あれは……なんですか? わたし、あんな存在(もの)知りません」


 気付けば俺の服の裾を不安げに掴んでいるものが二人いた。そのうちの一人であるライカが信じられないものを見た顔で俺に問いかけてきている。

 彼女は真竜を討伐した功績でSランクに上がったのだ。そのライカが真竜を知らないと言うのは変な話しに思えるが、その理由を俺は解っていた。


「お前が倒したのは老いて理性を失った真竜だったな。それでも大したもんだが、あいつのあの馬鹿げた気配、ありゃ”色付き”だ。真竜の中でも最上位の一角だな」


「お、お師様、今なんと? ”色付き”という事は、まさか伝説にある8匹の王竜のことですか?」


「ああ、キキョウは博識だな」


 無意識に反対側の服の裾を掴んでいたキキョウがその行為に気づいて慌てて手を離した。優等生な彼女の珍しい振る舞いをもっと楽しんでいたかったが、現実はそこまでの贅沢を許してはくれないだろう。


「八大王竜……創世神話じゃないですか。なんでそんなとんでもないものがここに……ああ、師匠か」


 おいライカ。何故俺を見て深く納得するんだ。そんでもって二人は気を抜きすぎだ。あの真竜の力は俺を簡単に殺せる。連中は本当に超常現象そのものなので攻撃が護りのスキルをすり抜けてくる事もあるのだ。


「先生、あの個体に見覚えは? リエッタ師もお知り合いとかだったりしませんか?」


「何故それを儂らに問うのじゃ?」


 俺は視線を真竜から動かさない先生達にむけて聞いてみたが、その返答は一切の遊びがないものだった。先生達も油断すると自分を即死させられる相手だと理解している。


「一番縁のありそうなのがお二人だったもので。その時は()()だったんです?」


「知らん。自分で口にした訳ではないしの。だがあの力、間違いなく色つきじゃな。全く、何故こんなことになるのじゃ。この件、むしろ儂らというよりも……」




<懐かしい気配を感じて足を運んでみれば、面白い事になっておるな>


 この場にいた全員の頭の中に幼子のような声が()()()のはその時だ。


「ッッ! 強制的に<念話>を使ってくるのか。それも全員にか、どんな出力だよ」


 真竜にとってはただの会話も俺達にとっては立派な精神攻撃だ。見れば隣のライカやキキョウは頭を押さえている。頭の中に直接大音量でがなりたてられたのだから無理もない。俺も気を張っていなかったら膝をついていたかもしれない。


 だが今の言葉は感想のようなもので俺達に問いかけたものではなかった。だから俺達は誰も言葉を発する事はなかったのだが、そのせいで敵意を向けてきたのは眷属である6体の氷の巨人だった。


 そのうちの一人がこちらに向けて氷の槍を投げつけてきたのだ。槍と言っても巨体の彼等が使う槍なので大木のように太くて長い大質量が城壁の上の俺達めがけて放たれ、俺の<結界>に阻まれた。


<ほう。やるではないか。下僕とはいえ我が力を与えた精霊の攻撃を弾くとはな>


 頭に直接響く声は幼女のものだ。その姿も少女の形を取っており、性質の悪い悪夢を見ている気分になるが、これが夢であればどれほど良いかわかったものではない。


 主人から無言の叱責を受けた巨人は次々に攻撃を繰り出すが、俺の<結界>はこの程度ではびくともしない。一日中続けられても俺は困らないが、その攻撃は突然止んだ。


 巨人が手を止めたのではない。真竜がその存在を消したのだ。


<くだらぬ。我が下僕でありながらあの気配も感じ取れぬとは、愚物には過ぎた力であったか>



「いま、真竜は何をしたのですか? 忽然と巨人が消えたようにしか見えませんでした」


 俺は視線を真竜から動かさずに一番弟子に告げる。


「見たままだ。あれらにとっちゃ大精霊を生み出すもの消すのも自由自在なんだろ。キキョウ、真竜相手にあれくらいで驚いてたら疲れるだけだぞ」


 しかしあの真竜は何が目的なんだ? 懐かしい気配とか言ってたが、これはやはり先生関係か?


「儂等が昔相手取ったのは黄色じゃよ。それも代替わり寸前の力を大分失った奴じゃった。あれはどう見ても現役じゃの。竜脈に接続しておらんのに力が溢れておる。あれこそ始原の王竜、8つ色の守護者じゃ」


「二度と相手にしたくないと心底から思ったものだけど、向こうからやってくるのはどうしようもないわね」


 かつて真竜を打倒したという宣言に周囲の者が言葉を失っているが、俺もかつてレイアからその事を聞いて驚いたものだ。なんでそんな凄い人がウィスカで魔道具屋をやっているのか不思議である。

 ライカは老いさらばえて理性を失った真竜を、セラ先生は仲間達と代替わり寸前とはいえれっきとした”色付き”を打倒している。先生の店名の由来ともなった”八耀”の異名は伊達ではないということか。


 その流れで先生にこの場の解決を依頼しようとした俺の目論みは次の真竜の言葉であえなく潰えることになる。



<小さき者たちよ。その集落の中に”蒼銀”から(しるし)を受けたものがおるのは分かっておる。顔を見せよ、永遠を生きる我が無聊を慰めるのだ>


 不意にあの誇り高い彼女の横顔が脳裏に蘇った。


 ――蒼銀ときたか。そうか、その関係か。だが徴だと? そんなものを受けた覚えはないんだが……しかし真竜ははっきりと彼女の名前を口にした。もし俺がここでシラを切れば苛立ちをぶつけるかのようにキルディスを消し炭にして立ち去るだろう。俺の<結界>も”色付き”の攻撃を何千回と受ければいつかは壊されてる違いない。


 諦めかけた俺が気付いたのは、周囲から突き刺さる視線だった。セラ先生はそれ見た事かといわんばかりの笑顔で俺を見ている。くそ、あれは俺に全部押し付けられて良かったと思っている顔だ。


 さっきまでの俺も先生に押し付けられないかと思っていたので人の事は言えないが。



「王子。悪い、あいつはどうやら俺の客らしい」


「何故真竜と面識があるのか疑問に感じるが、どうせユウキのことだ。余の理解を超えた出来事なのだろう」


「待て。俺はそこまで荒唐無稽な存在じゃないと思うぞ」


「……そこは笑う所か? すまん、南の冗談には疎くてな」


 なんだろう、今までで一番無礼な言葉で侮辱された気がするぞ。言い争っている場合ではないので無視しよう。


「とりあえず住民をダンジョンに避難させてくれ。アレ相手ではこの町がどうなるか想像もできない」


 王子の顔は<結界>があれば大丈夫なのではないかと言いかけていたが、俺の顔を見て彼はすべてを汲んでくれた。


「わかった。またお前に頼ってしまう形になって申し訳なく思う。では、また後で」


 無事を祈るとは言われなかった。彼からの無言の信頼を感じつつ失神した配下を叩き起こして街中に戻ってゆく王子達を見送るとこの場にいるのは見知った顔ばかりだ。


「師匠、お手伝いできる事はありますか?」「ライカさんに同じくです」


「二人もダンジョンへ退避しろ。文句は後で聞く」


「「わかりました……」」


 足手まといだと言外に告げると二人は悔しさを顔に滲ませつつ従った。ライカの奥義は役に立つだろうが、相手が相手だから使う気はない。


 <マップ>を参照すると既にエドガーさんが音頭を取って住民の避難が開始されている。二人のその協力をお願いする事にした。


「ユウキ様」「我が君」


 走り去る弟子二人の背中を見送る俺に従者二人が小さく囁いた。俺は小さく頷くだけだが、それで十分だ。

 <共有>で俺と同じ力を持つ二人だが、今回は不参加だ。戦力としては期待できるが、数が増える分真竜の攻撃が分散されるのが怖かった。流れ弾でキルディスが消滅したとかが普通に在り得る相手なので不参加だ。


 戦うのが俺一人ならどうとでもなる。会話で事が済めば一番なんだが、俺の知る真竜の性格は力なき者は生きる価値なしを地で行っている。絶対に平和的には終わらないだろう。


「ユウキ、僕も行くべきじゃないかな?」


「お前、本当に相変わらずだな」


 驚きべき事にバーニィの顔には異次元の存在に対する恐れが微塵もなかった。あの時と全く同じなので思わず噴き出してしまった。


「まあ、ユウキがいるんだし何とかなるんじゃないかな。ああいうの、初めてじゃないしね」


「とりあえず向こうは俺がご指名らしい。さっきから滅茶苦茶見られてるからな。お前は視線を感じないだろ? 関係者ではあるはずだが、何が違うのは聞いてくるつもりだ。バーニィはユウナ達と共にクロイス卿や皆を護ってやってくれ」


「解った。君の幸運は祈らなくていいね。必要もないだろうし」


「幸運が必要なのはむしろお前たちの方だしな。なるべく護るつもりでいるが、相手が相手だ」


 真竜の頂点に立つ8匹の”色付き”ってのはそういった存在だ。絶対に油断できない。



 俺は悠然とこちらの反応を待つ少女の姿をした化物へと足を向けた。




<おまえがそうなのか。小さきものよ、名乗りを許す>


 下僕の巨人からの濃密な殺気を浴びながら真竜の前に近づいた俺は臆することなく口を開いた。


「冒険者のユウキだ。俺はなんだろうな、彼女の代理人というか、意思を託された者だ」


 出来る限り正確な表現を用いたはずだが、俺は最初の一言で外れを引いたらしい。周囲の空気が一気に冷え込んだのがわかる。その際たる原因は中央で宙に浮かぶ幼女の姿をした人外だ。


<意思を託された、だと? 戯言を吐くか、ニンゲンよ>


 巨人達が発する何十倍もの殺気が物理的な衝撃となって俺に襲い掛かるが、所詮は殺気に過ぎない、そよ風で俺に何をするつもりなのか。


「事実を告げただけだ。そっちも俺があの人の関係者である事は気配とやらで理解したはずだ。納得したら立ち去ってくれ。あんたみたいなのが人里に出張るだけでこっちは滅茶苦茶になるんだ」


<なるほど、我を前にしてもその態度、それも虚勢ではない。面白い、蒼銀が徴を刻むだけの事はあるか>


 さっさと帰ってくれないか、と言葉にする事はできなかった。何故なら真竜の背後に薄気味の悪い空間の裂け目が広がり、そこから続々と見た事もない精霊達、おそらくは真竜の眷属が姿を現したからだ。


<よかろう。汝が本当に同胞たる蒼銀の後継たるか、我が確かめてやろうではないか>


 そうなると思ったよ。なんでこいつら何千年も平気で生きる長命種の癖にどいつもこいつも喧嘩っ早いんだ。


「不要だと言ったらどうする? そのまま帰ってくれるのか?」


 俺の台詞に対する返答は巨人からの攻撃だった。主に対する不遜な物言いに殺意を漲らせていた5体の巨人が揃って俺に攻撃していたのだが、その動きは拳を振り上げた段階で止まっている。


<ほう、よい動きだ。下僕とはいえ我が眷属を一撃か。よいぞ、偶さかの戯れになるやもしれぬな>


 5体全てが体のいずこかにある核を打ち抜かれて霞のように消えていった。後に残ったのは拳大のような氷の塊だ。精霊石ではないが価値はありそうだ、後で拾っておこう。


「この展開は予測していたが、一体誰が相手をしてくれるんだ? 皆もう消えちまったぞ」


 裂け目から現れた精霊達も巨人と同時に一人残らず消し去った。3桁近く来ていた様だが目の前のこいつに比べれば赤子以下の存在だ。あの雑魚を俺にぶつけて遊ぼうとしていたのだろうが、そうは問屋が卸さない。


<ふむ、評価を一段階上げてやろう、ぞ!>


「なっ!」


 突如として俺に攻撃してきた真竜に完全に反応が遅れた。まさかいきなりこいつ直々に動くとは考えにくく、対応が後手に回ってしまう。

 それに何より攻撃が早すぎた。放たれた竜語魔法は俺の最速攻撃にも引けを取らない疾さで<結界>の構築が間に合わない。しかも背後にはキルディスの町があり、避ければ皆に直撃する。


「ちっ!」


 咄嗟に放たれた竜語魔法を捌いて攻撃の向きを変える事しかできなかった。しかし威力を殺しきれず、町の中心部は避けられたものの外周部に近い第3門との間に魔法は直撃した。


<これに対応するか。汝、本当にニンゲンか? 蒼銀が選んだとはいえ、力を与えられたわけではあるまい。それなのにこの力は異常だ。我が魔法を受けて無傷、それにあの壁もお主の手によるものだな>


「はは、我ながら頑丈に作ったもんだ。まさか竜語魔法の直撃に耐えるなんてな」


 背後を振り返った俺は真竜の攻撃にも耐えた城壁の堅牢さに驚いていた。直撃を受けた表面は少し壊れているが、城壁は貫通せず原形を保っていた。しかしその威力は凄まじく、城壁のない地下部分は地平線の先まで直線上に抉り取られている。


<ニンゲンよ、汝に興味が湧いてきたぞ。蒼銀め、連絡も無しに気配を消したと思うたらこのような者と縁を結んでいたとは>


 真竜の気配が露骨に変わった。これまでは道端の石ころだったのが、遊びの対象に格上げされたようだ。もちろん遊び相手は死んだ方がマシな目に遭うのは確実だ。

 <念話>から伝わる言葉に感情が乗り始めたのだが、興味と共に強い怒りの気配を滲ませている。さっきからどうにもあの真竜に勘違いされている気がするんだが、俺とあの人の関係を疑っているようなそんな気がしている。

 どの道言葉で説得が出来る相手ではないので、やる事は変わらないんだが。



「あんたらは皆似たような性格だと聞いていたから覚悟はしてるが、とりあえず場所を変えさせてくれ。あんたみたいな存在が遊びだすと地上は消し飛ぶんだよ」


 さっきの攻撃は真竜にしてみれば小手先もいいところ、本気なら防御が意味を為さないような超威力を何万発も同時に打ち込んでくる。非常識なデタラメが許される唯一の存在がこいつらなのだ。


 真竜の言う遊びの余波だけでもキルディスは文字通り消滅するのだ。特にこのまま町を背に戦う事になるとひとつ間違うだけで見知った顔が死んでゆくことになる。俺の立ち位置を変えて何とかなる話ではない、国一つ、大陸一つを何の気なしに消し飛ばせる規格外に人間の常識は通用しない。


<いいだろう。ならば我が世界に案内しようではないか>


 かかった。俺が余裕綽々の態度を維持したから真竜の矜持をいたく傷つけたようだ。気軽に告げた”我が世界”が真竜が本気で戦う時のみ開く異空間だと知る俺は、狙い通りの展開に内心ほくそ笑んだ。




<ここにニンゲンを招待する事になるとは、思いもよらなんだ。長く生きると面白い事が起こるものだ>


「あんたら真竜が世界を滅ぼさない為に作り上げた外界と完全に遮断された世界だったよな。これで俺も一安心だ」


 前回ここに迷い込んだ時は白い靄がうっすらとかかる広い世界だったが、個人で違いがあるのか今回は赤茶けた荒野だった。


<やはり知っておるか。蒼銀は己が手の内を相当晒したようだな>


「いや、俺が知っているのはあの人の世界じゃない。まあそこはおいおい解る事だが、先に確認しておきたい。ここは本当に完全に世界と遮断されているな? 中途半端に手を抜いていないだろうな?」


<我を侮辱するか? 我が真名に誓って偽りは申さぬ。真竜が作り出す戦闘空間は確実に外界との関わりを絶つ。それは汝が生きてここから帰れぬ事を意味する。蒼銀をいかに篭絡したかしらぬが、真竜を舐めた代償を支払わせてくれようぞ>


 やはり俺に対して怒りを貯めていたらしい真竜はその獰猛な気配を剥き出しにした。暴力的な魔力の奔流が俺に向けて放たれるが、<結界>が意味を為さないので足を踏ん張って耐えるしかない。


 だが、好都合だ。


 この世界なら、こっちも初めて本気が出せるというもの。



「封印指定、展開」


<我等の力に慄いて許しを請うが……な、なんだこれは>


 俺の足元に魔法陣が展開される。立体式の積層型魔法陣だ。この魔法陣の構築だけで並みの魔法職は卒倒するほどの精密さで、セラ先生の偉大さの証明でもある。


「拘束術式、1番から6番。限定解除」


 まかり間違ってもうっかりこの拘束が解けない様に魔力を乗せて口頭で発音しないと意味を為さない念の入れようだが、こればかりは仕方ない。


<待て、何をする気だ? なんなのだこの魔力は、おかしい、まるで汝が我等真竜のようではないか!>


 何重にも拘束された俺の魔力の封印が今解かれた。様々なスキルの恩恵と玲二のユニークスキルのおかげで俺の魔力は頭のおかしい領域を通り越して異次元に入り込んでいる。この量の魔力だと垂れ流すだけでも世界規模の魔導災害になるとセラ先生から警告され、彼女直々に魔力を封印する魔法陣を編んでくれたのだ。

 おかげで魔力は五百万分の一くらいに圧縮されて何とか日常生活が送れるようになっている。普段なら解こうとさえ思わない封印だが、真竜が相手なら余裕などない。


 超超高密度の魔力の塊である真竜に対抗できるのは同量の魔力だけだ。魔力でひたすら殴りあう泥仕合になるのだが、人間にはそれしか真竜への対抗手段がない。



 腹の底から湧き上がる魔力の奔流に身を任せているとまるで自分が全能の存在になったかのような多幸感が襲ってくる。

 俺はこの瞬間が何よりも嫌いだ。いい気になっている己を自覚した瞬間、冷え切ったナイフを背中に押し付けられたような悪寒が襲ってくるからだ。

 恐らく俺の忌まわしい記憶が警告を発しているのだろう、お前はいつからそんな上等な人間になったつもりなんだと。



「……最低の気分だ。これだから封印は解きたくないんだ。おい真竜、俺にここまでやらせたんだ。覚悟は出来てるんだろうな」


<汝、一体何者なのだ? その魔力、稀人にしても異常に過ぎるぞ。蒼銀は知っているのか?>


「彼女は知らんだろうさ。俺は彼女の頼みを引き受けただけで、そっちが言う徴だのなんだのは初耳だからな」


<突然変異か。世界の秩序を乱す存在を捨て置く事はできぬ。蒼銀には悪いがここで始末させてもらうぞ>


 ようやく本気になったらしい真竜がその武威を爆発的に増加させたが、俺が巻き起こす魔力の奔流はその全てを押し流してゆく。


「始末、ね。笑わせる、前にもそうやって返り討ちになった馬鹿がいるぜ。この異空間なら世界に迷惑はかからないから、始める前に良い物を見せてやるぜ」


 そして俺は<アイテムボックス>から一抱えもある黒光りする大きな宝玉を取り出した。


「”黒いの”は俺に喧嘩を売ってこのザマだ。あんたもこれに続くのか? 何色の真竜石が手に入るのか、楽しみだぜ」


 漆黒の真竜石を視界に納めた真竜の動きが止まった。これが何を意味するのか理解したようだ。


<ま、待て。今のはまさか”漆黒”の石か? 馬鹿な、世界を守護する8色の真竜の珠玉がなぜそこにあるのだ!>


「真竜も手順を踏めば問題なく殺せる相手だ。あんたもその身でとくと味わうがいい、初めての敗北の苦味をな!!」




楽しんで頂ければ幸いです。


次回へ続きます


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