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奈落の底から 26

お待たせしております。




 決闘の日時は明朝の11の刻限と決まった。


「しかし、この非常時に決闘騒ぎとは! 一体何を考えているのか」


「自分のことしか考えてないんだろ。単細胞は人生楽そうで羨ましい限りだ」


 俺の前でお冠なのはフェルディナント王子その人である。指揮所前の広場での揉め事を察知した彼が駆けつけると、険悪な空気で殺気をぶつけ合う俺とフランツがいたという有様なので彼が全ての段取りをしてくれたのだ。


 彼は俺の嫌味を聞いて苦み走った笑みを浮かべた。苦難続きの人生を送る王子にも思うところはあったらしい。


「面倒なことにあの者は衆人環視の中で決闘を申し込んで来たからな。あれでは有耶無耶にすることもできん」


 ディーンが俺達を巻き込むために人が集まる広場で一芝居打ったことは記憶に新しい。今回もまんまとそれをやられたが、この件にはデカい弊害もある。あの野郎、これで負けたら二度と表を歩けなくなるほどの恥晒しになるとわかっているのだろうか? 馬鹿だから無理そうだな。


「王子には手間を掛けて悪いとは思っている。俺としてもこれは想定外だった、あの野郎がこう暴発するとはな」


「あの男の話では貴殿が向こうを侮辱したと聞いたが?」


「あの救出騒ぎの時だろうな。それ以外に接点はなかった」


 あの時は疲労もあって思わず本心を奴にぶつけてしまった。それを根に持っていたのだろうが、今になって仕掛けてくるとは……いや、”準備”を整え終わったのが今なのか。


 俺の言葉に王子も得心のいった顔をした。あの時は彼も現場にいたからな。


「なるほど、あの時の言葉だけを取ればその通りであろうな。あの男の言動もまさにそのとおりだったので、気にもしなかった。だが、余も内心ではよくぞ言ってくれたと快哉を叫んだものだよ」


 あのフランツとかいう男は王子やその側近にも横柄な態度を崩さず、周囲から随分と敵意を買っていたようだ。王子の態度は完全に俺寄りを示している。


「驕りおって。Sランク冒険者には相応の礼をもって接するが、所詮は平民ではないか。へりくだり殿下に対し敬意を示すことさえせぬ。あまりにも無礼だ」


 王子の背後に控えていた側近の一人がたまりかねたように愚痴を漏らした。それにSランクはアリシアであってあの野郎ではないのに、さも自分が一番偉いといわんばかりの振る舞いをするそうだ。王子はもちろんその周囲もフランツの肩を持つものは誰もいなかった。



「殿下、明日の戦士団の行動表になります」


「おお、相変わらず迅速にて確実。見事なものだ」


 王子と話している間に割り込んできた小さな影が彼に羊皮紙を手渡している。


「テッドはもう仕事に慣れたようだな。先輩から虐められてないか?」


「まさか。皆さんよくしてくれます。それに行く当てのなかった孤児を拾ってくださった殿下にご恩返しするんですから、嫌なことなんて一つもないです」


「そうか。上手くやっていけるようで何よりだ、俺も紹介者として一安心だ」


 あの日助け出した子供たちは揃って戦士団から追放されていた。追放する事で無関係を装ったが、もちろんそんな理屈を俺が気にする必要もない。該当する戦士団にはきっちり痛い目を見てもらった。今日まで有無を言わさず連戦させ、今ではその規模は半分以下にまで衰退している。


 王子はその勢力基盤の脆弱さから側近の出来が良くなかった。彼自身、全幅の信頼を置ける存在など望むべくもなかったという話だから、身元は確かで読み書きが出来て身寄りのない孤児などは諸手を上げて歓迎された。

 そのような身の上なら裏切る恐れがほぼないからだ。優秀さは将来に期待するにせよ、政治的に信頼できる側近は喉から手が出るほど欲しかったらしい。今までは彼の立場からいってそのような者を手中に置けば即座に始末されたが、この閉鎖された環境では相手は動けない。そしてこの危機を乗り越えれば彼の権威と立場は並ぶものがなくなり、誰も手出しできなくなる。


 こうして王子の元に小さな小間使いが誕生したのだった。




「だが、交わした約定は本当にあれで良かったのか? あまりに貴殿に不利な内容に思うが?」


「ああ、構わない。あれだけ自分に都合の良い条件つけて負けたら一生の恥だからな。あの手合いが素直に負けを認めるとは思えないし、どんな言い訳も出来ないよう逃げ道を塞いだのさ」


「言いたい事は解るが、相手の言い分を全て飲むとはな。一対多数の決闘など、平等とはとても言えんぞ」


 相手が突きつける要求はどうでも良かったので全て聞き流していた。寝言を吐き続けるフランツに相手をしていたユウナが怖い笑みを浮かべていた事くらいしか思い出せない。


「別にどんな手を使おうが何万人で襲って来ようが一向に構わないさ。好きにやらせろ、どーせ俺が勝つ」


 これは油断とかそういう次元の問題でもない。あの程度なら何十万人で襲われようが対処できるからだ。


「貴殿が言うなら止めはせんが……」


「むしろ前々から気になってた綱紀粛正のいい機会だ。あの野郎、あれから俺に敵意を持っている奴等を仲間に引き入れて手勢を増やしているようだし、ここからの最終盤に向けて浮かれた馬鹿共の引き締めにかかるぞ」


 前々から気になっていたが、戦士団に羽目を外しすぎる大馬鹿が時たま現れる。戦士団の力を借りた事も事実なのであまり煩く言ってこなかったが、そろそろ奴らも戦力的に御役御免だ。跳ね返る阿呆には現実を教え込む頃合いだろう。


 奴等の増長を歯痒く思っていた王子も俺の思惑に気付き、その笑みを深めた。よし、これで共犯確定だ。


「まあ、たまにはこんな余興があってもいいだろうさ」


 俺の言葉に王子は額に手を当てて呻いた。


「……仮にも相手はSランク冒険者とその仲間たちなのだかな。貴殿では相手にもならんか」


 なるほど、ギルドがその存在を歓迎しつつ、警戒するわけだと、彼は呟いた。ギルドにも恩は売っているが最近は結構好き勝手にやらかしているから、警戒されてもおかしくはないか。


「だから色々と小細工してるんだろうよ。それも含めて大いに遊んでやるさ」



「あ、師匠! アリシア、アリシアが!」


 天幕を出た俺を見つけたライカが俺を見つけて走り寄って来た。その顔には言いようのない不安と焦りが見て取れた。


「彼女は無事だ。怪我をしているとかそんな話でもない。それより話は聞いたな? 面倒な事になった」


 あの様子を無事と表現して良いものか疑問だが、徒に弟子を不安にさせることもないだろう。


「はい。私が戻っている間を狙われたみたいです。すみません」


 彼女は日中オウカに戻っていたので、戻ってきてこの騒ぎを耳にしたはずだ。これまではライカがアリシアを完全に外界から遮断しており、フランツの見舞い(とても見舞いの振る舞いではなかったそうだが)も手出しさせないように護っていた。

 だが、アリシアがフランツの手中にあるという現実はもう一つの嫌な予感を搔きたてるに十分だ。


「ミレーヌはどうした? お前が外している間は彼女が見ていたはずだが」


 俺の指摘にライカは顔を曇らせた。状況は大体<マップ>で把握しているが、余計な事はいわないでおく。


「私が戻ったときには、意識を失って倒れていました。なんかよく解らない薬を使われたらして、レイアさんが診てくれてもう大丈夫みたいなんですけど……」


 仲間に薬盛るとか頭おかしいのかあの野郎……既に正気じゃないのかもしれないな。

 ライカの顔には強い不安と焦燥が表れている。親友がいなくなったと思ったらこの決闘騒ぎなのだ、俺は安心させるようにその頭に手をおいた。


「この件は俺に預けろ、悪いようにはしない。先にミレーヌを見舞うから、案内してくれ」


 明らかな子供扱いなのでソフィアなどはこれをすると不機嫌になるのだが、ライカは安心したかのように微笑んだ。


「わかりました。師匠なら絶対に安心です、私のときも全部師匠が何とかしてくれましたし」


「俺はSランク冒険者と喧嘩する宿命でも負っているんだろうか」


 ライカとの出会いをそう揶揄してやると彼女はその顔を朱に染めた。その件では主君の凛華からもこってりと絞られたそうだからな。


「そ、その節は大変なご迷惑をおかけしました……」


 ライカの中でもオウカのスカウトギルドに良いように操られて俺と敵対した記憶は彼女曰く黒歴史とやららしい。


「そのことでお前やカオル達とも縁が出来たんだ。そう悪い事でもない」


 俺の言葉に安堵の表情を浮かべたライカだが、不意にその端整な顔を曇らせた。


「あ、でもこの流れ、アリシアが師匠の魔の手にかかるんじゃ……でもあの子を今のままにしておけないし……」


「おい、今何つった?」


「いえ、なんでもないです。あの子をお願いします、私とはなんか境遇が似てて他人とは思えなくて……」


 アリシアとの共通点を語るライカだが、俺は全く違う感想を抱いた。


「そうか? 俺は対照的に思えたがな。お前は家族のために奮起したが、彼女はその家族に囚われている。お前、Sランクになるまで色々大変だったと思うが、全てを投げ出そうとは思わなかったのか?」


 こちらの問いかけに彼女は虚を突かれたような顔をしている。


「え、そんなこと考えもしませんでしたよ。皆もいてくれたし、私が頑張れば道が開けましたから」


「だがあの時、アリシアは全てを諦めようとしていた。死が救いにさえなっていたようだ。家庭環境のせいだろうが、お前とは似ているようで全く違う」


 馬鹿弟子は抜けているところもあるが、こいつめげないからな。その芯の強さには特筆すべきものがある。政変で両親を失っても幼い弟を連れて冒険者で成り上がってやると息巻いたのがその証拠だ。

 ライカにとってSランクになる事は目標だったが、アリシアにとっては苦痛でしかなかった。しかも彼女はそれを自分の意思で望んだ訳でもない。そりゃあんな倦んだ目になるわけだ。


「そんなことが……これまでもたまに不安定になる事はあったんですけど」


「それも明日でカタをつけるさ。俺自身は他所の家の事情に首を突っ込む気はなかったが、向こうが仕掛けてくるなら話は別だ。あいつらを送り込んだグラン・マスターの思惑通りみたいで頭にくるがな」


 何もかもあの飲兵衛爺の掌の上で踊らされているような気がするが、自然と不快感はない。全て俺の意思で行った事だからなのだが、都合よく全ての材料が俺の前に並べられたのも事実なのだろう。


「この前お会いしたときは師匠のことベタ褒めしてましたよ。これでギルドの将来も安泰だって」


「あの爺さんは俺を万能の超人か何かと勘違いしてやしないか?」


 俺はどこまでいっても一般人だ。ここまで好き勝手やれているのも多くの人に助けられているからに過ぎない。今回だってエドガーさんやセリカが走り回って色々手配してくれたから順調に回っているし、この力も所詮はスキルの恩恵、借り物だ。ウィスカの31層でスキル封印攻撃を食らうと嫌でもそのことを実感させられる。

 その都度、自分の無意識な思い上がりを痛感するので俺は一生自己肯定などできやしないだろう。


「え? 違うんですか?」


 寝言をほざく馬鹿弟子を窘めようと視線を向けると丁度ライカと目があった。その瞳はただただ一途に俺を信じている。借り物の力で好き勝手しているだけとは口に出来ないほど真摯だった。


「買い被りだよ、俺がそんな大した人間のはずないだろ。それよりお前、一人で出歩くなって何度も言ってるだろうが」


「あ、師匠。心配してくれてるんですか? そっかー、愛されてるなあ私」


 中身は残念だが、ライカも見た目は誰もが目を引く美少女なのだ。むさ苦しい野郎共が蠢くこの戦場で歩き回らせたくはない。


 調子に乗るライカの脳天に手刀を落としつつ俺達はレイアが治療を施しているミレーヌの元へ向かう。

 だが何故かその場に呼び出されていたバーニィの存在がこの事件の不穏さを物語っていた。


 そして意識を取り戻した彼女から齎されたいくつかの情報は俺達の認識を変えるに足る重要なものだったのだ。




「よく逃げずに現れたものだ。そこだけは褒めてやる」


 翌日の時間通りに現れた俺を待ち構えていたのはフランツとアリシアだった。決闘場所は第2門の城壁の側だ。町の中央広場という意見もあったが、あそこはいつも混雑しており町の衆や戦士たちの邪魔になるので空き地があるここになった。

 それに見聞人も大量にいるのでそいつ等を含めると広間が埋まってしまい日々の仕事に影響があるからな。


「負ける要素が何一つない勝負だからな。戦い続きの連中にも娯楽は必要だろう」


 俺が視線を向けると、一角ではこの勝敗を賭けている連中もいる。Sランク冒険者との決闘は興味を引くらしく、中々盛況のようだ。


<オッズは意外と拮抗してるね。Sランク冒険者パーティーと戦士団の有志数十人対ユウキだといい勝負になると思っているのかもしれない>


<身の程知らずは何処にでもいるものだ。我が君のお力にひれ伏せば良いものを、矮小な誇りがそれを許さぬらしい。愚かさの代償は命で支払ってもらおうか>


<おい、物騒な事を言うな。ここでは誰も殺さんぞ>


 <念話>で如月とレイアが話している最中に割り込んだ。どうせ死ぬなら存分に魔物と戦ってからにしてもらうつもりだからな。ちなみに如月は今朝こちらに来て観衆の一人になっている。

 観衆といえば何故か昨夜の内に特等席が設けられ、王子や王女、さらにはアードラーさんたちや先生がそこに陣取っていた。この騒ぎのおかげで今日の予定は大幅に狂っている。


「ふざけたことを! 舐めるのも大概にするがいい!」


「舐めるだと? ただの事実だろうが。おら、さっさと始めるぞ、こっちは暇じゃないんだ。忙しい俺は暇な誰かと違って自分のことだけ考えていればいい御身分じゃないんでな」


「貴様さえ、貴様さえいなければ、我等は! 我等の地位が脅かされる事もなかったのだ!」


「知るかボケ。部屋の隅で一生泣き言ほざいてろ」


 俺達の間に殺気が充満するが、アリシアだけが蚊帳の外だ。全ての事に無関心であるとばかりに無表情で佇んでいる。


「二人とも、用意は出来たようだな。さて、今回は時間がなかったゆえに変則的な決闘となる。互いに介添人、立会人無しでとなるが、全て双方の合意の上だ。勝敗が決した後に不平を漏らす事は許さぬ」


「無論です。ですが、たとえ不満があろうとも物言う口がなければそれも不可能でしょう」


「冗談だろ? こんな遊びで人死になんか出せるかよ。どれだけ調子に乗っているのか知らんが、分際を弁えろ」


「弁えろだと、由緒あるレンフィールド家の家長に向かって平民ごときが身分をほざくか!」


「没落貴族如きが吠えるんじゃねえよ。身内がSランクになって過去の栄光の余韻に浸るのは勝手だが、俺の邪魔をするなら消えてもらうぜ」


 ここまで言葉を交わせば観客も後は戦うだけだと理解しただろう。色々策を練ってきているようだが、どうやって全部潰してやろうかなと考えていると、聞き覚えのある一人の老人の声がした。


「ふむ、この決闘には立会人が必要じゃろう。よかろう、ギルドを代表して儂が立ち会ってやろうかの」


「……なんで貴方がここにいるんですか?」


「グ、グラン・マスター!? 何故ここに!?」


 人垣を搔き分けて進み出た小柄な老人の姿を見た俺達は揃って声を上げた。いや、今朝方飛竜騎士のシュウザが彼からの命令を受けて飛び立ったので何かあるとは思ってたが、まさか実際に乗り込んでくるとは。


「冒険者ギルドの総帥だと!? ではあれがドーソン翁か!」


 身を乗り出してこちらを見る王子の顔にも驚きがある。確かに今のキルディスは彼ほどの重要人物が乗り込むには死地にすぎるからな。


「おう、いかにも儂がドーソンじゃ。その声からするに、お主がフェルディナント王子じゃな、噂以上の美丈夫ではないか。だが挨拶は後回しにさせてくれ、今はこちらを片付けたいのでな」


 そう言って溜め息をついたドーソン翁は俺達を交互に見た後、アリシアに視線を向けその眼光を鋭くした。


「もはや言葉は不要のようじゃな。決闘を以って雌雄を決するがいい」


「はっ。グラン・マスターはどうかご覧あれ。今こそ奴のペテンをこの天下に暴いて進ぜましょう」


 その双眸に明らかな狂気を滲ませたフランツは魔法の詠唱を開始すると同時にアリシアが俺に向けて一気に距離を詰めてきた。


 さて、何から(ため・)()()かな。


 あの詠唱は無駄に長そうだし、先に彼女の状態から探るとするか。


 俺もアリシアに向けて歩を進めたので彼我の距離は一気に狭まり、互いの剣の間合いに入り込んだ。淀みない動作で魔剣を抜こうとする彼女の腕を押さえ、もう片方の手で彼女の両目を覆って視界を奪う。


「……!」


 それだけでアリシアの動きが一瞬止まった。彼女の低評価を裏付けるような挙動だが、俺は手に入れていた情報の一つが正しかった事を確信した。


「灰になれ! <イフリートウォール>!」


 その時、フランツの火属性上級魔法が完成しそうだったので途中で干渉して不発にさせた。この薄ら馬鹿、本気で死んだ方が良いな。


「馬鹿な! 他人の魔法に干渉して無効化するだと!? あの噂は本当だとでも言うのか! 貴様、どんなイカサマを使った!」


 驚愕の叫び声をあげる糞馬鹿に俺はそれ以上の大声で罵倒した。


「黙れこの大馬鹿野郎! 何考えてやがる、範囲魔法をこの状況で平然と使う奴がいるか!」


 <イフリートウォール>は逃げ場のない超高温の炎の壁が四方に広がって攻撃する範囲魔法で、このままなら周囲の観客に被害が出ていた。それに今の一撃は自分の妹も巻き込むものだった。


「黙れ、お前に指図されるいわれはない!」


 既に剣より拳の間合いにいる俺から距離をとろうとするアリシアを歩いて追いかける。下がりつつ新たな魔剣で打ちかかろうとする彼女の懐に一足で侵入すると、その魔剣を無刀取りの要領で奪い取るが……手首を鍛えてないなこの娘。魔剣も軽さと切れ味重視のようで頼りないくらいの重さだった。おかげで殆ど力を入れることなく毟り取る事が出来た。

 この調子で魔剣全てを取り上げれば嫌でも現実を理解するだろうが、その前に。


「よっと。狙いは悪くないが、なんの捻りもないな。もっと頭を使えよ」


 俺の頭を狙って放たれた風の刃を首を曲げて回避する。俺は今の一撃を囮に本命が来ると警戒したが、それはいつまで経っても来なかった。アリシアが機械的に新たな魔剣を取り出して攻撃してきたのでそれも回収し、もうこれで4本目の魔剣だ。本当に芸がない、奴の底が知れるというものだ。



「おいおい、なんだよこりゃあ。全然相手になってないじゃねえか」「嘘だろ、死角からの攻撃をなんで避けれるんだ」「Sランク冒険者が完全に遊ばれてるぞ。はは、こりゃたしかに世界最強だ」


 観客からそんな声が聞こえてきた。フランツはずいぶんと俺のことを吹きまくってくれたようで、魔法の腕はともかく戦闘は大したことないと言いふらしていた。逆に俺は”悠久の風”の戦闘力に期待していたが、正直失望した。俺の中での比較対象がバーニィやリーナなので点数が辛くなってしまうのかの知れないが、彼等は至って”普通”だった。


 それにしてもアリシアはどういった状態なんだ? 夢遊病者のように目の焦点があっていないが動きそのものは悪くない。だが激しい動きをしているのに呼吸が一定なのが奇妙だ。俺が彼女と密着といえるほど近い間合いを維持しているのでアリシアが剣を振る機会が全く来ない。観衆の中にはその事で不満を漏らす奴もいるが、目の肥えた連中は俺の技量に瞠目している。


「見事な足捌きだ。足の動きと間合いであの少女を封じている」


「うむ、彼は派手さばかり目に付くが、基本の技法を全く疎かにせぬ。こうも見事な動きを見せられると、血が滾るな。後で手合わせ願おう」


 獣人仮面の二人の言葉を耳に入れるくらいの余裕がある戦いだった。俺はフランツの魔法を迎撃し、アリシアを手玉に取り続けた。初めの頃はアリシアを応援していた者達も圧倒的な力の差に言葉をなくして誰もが俺達の戦いに見入っていた。


「そろそろ次の持ちネタに移れよ、下らん遊びに付き合うのも飽きてきたぞ」


 今の俺はアリシアの剣で彼女を上から押さえ込んでいる。華奢な体の通り筋力はさほどなく、こちらが気遣って力を抑えなければ押し潰すのではと思うほど非力で、これだけで彼女は身動き取れなくなってしまった。


「平民風情がいい気になりおって、この決闘がどのようなルールか忘れているようだな!」


 フランツが叫んだ途端、俺の背後に殺気が生まれた。目にも止まらぬ勢いで飛来したそれを俺は難なく後ろ手に捕まえた。掴んだそれを確認するまでもなく弩の矢を手首の動きだけで再度投擲する。


 空中で何かが弾ける音がして、俺の前に二本の弩の短い矢がぽとりと落ちた。


「な、なっ、ふざけるな! 背後からのクロスボウの矢を打ち落とすだと、有り得ん。偶然だ、偶然に決まっている! 何故気付いた!」


「お前の狭い了見で物を語るなよ。複数人相手だって解ってるのにお前たち二人しかいないんだから、普通は伏兵で隠れてると考えるだろ。お前らに正々堂々なんて最初から期待してないから気にするな。もっとド汚い手を使ってこいよ、生涯消えない敗北と屈辱の記憶を魂に刻んでやる」


 既に<マップ>で気付いていたが今弩を放った奴等の他にも3集団が観客の中に混じって俺を狙っている。だが褒められたものではない手段は観客から悪しざまに罵られ、ユウナとレイアに蹴り出されて戦いの輪の中に強制的に放り出された。


「くそっ、楽勝で勝てるって話じゃなかったのかよ!」「畜生、あの野郎に一泡吹かせるって聞いたんだぞ!」


 合わせて20人以上の戦士たちが戦いに参加したが、もとより俺に敵意を持っていた奴らなのでその戦意に翳りはない。武器を手に俺への殺意を滾らせて襲ってきて、全員あっと言う間に返り討ちにされた。


「次からは相手を見て喧嘩するんだな。骨の数本で勘弁してやる」


 両腕がありえない方向へへし折られて痛みに呻いている戦士たちへの興味は失せた。今のこの町はポーションも飲み水みたいな扱いなのでこの程度の骨折はすぐに治るだろう。


「も、戻れ! アリシアッ!」


 20人以上の戦士団を相手取るのにアリシアは解放している。立ち回れないというより戦士連中がアリシアごと攻撃する空気だったからだ。兄のフランツといい、妹を顧みないとか何考えているのやら。


 決闘相手の俺の方がアリシアを気遣って戦っている事実は観客にも伝わっているようで、訝しむ声が上がる中、フランツが取った次の行動は俺の想像を超えていた。


「この無能が! 何故満足に戦えもせんのだ、このレンフィールド家の面汚しが!」


 妹相手に怒鳴り散らすとその顔めがけて拳を振り下ろしたのだ。


 兄からの殴打にさえアリシアは悲鳴一つ上げず、地に倒れ伏した。


「何を寝ている! 殺す事しか能のないお前が寝ていてどうする、立て! 立つの……」


 更に殴打を重ねようとしたフランツの動きが凍りついたように止まった。俺の最大級の<威圧>があの屑の動きを縛り付けていた。


「次に俺の前で女を殴ったら殺す」


 俺はあの屑のみに<威圧>を放ったつもりだったが、奴のあまりの屑さに怒りが振り切れ狙いも甘くなったようだ。足元で痛みに呻いていた戦士たちも息を殺して俺を凝視していた。


「ヤバい……なんなんだこいつは」「本当に人間か? あの殺気、尋常じゃねぇ……」


 本桃の<威圧>は相手の戦意を挫き魂を凍らせる。もう少し遊んでも良かったが妹に手を上げる下衆を視界に入れたくなかった。


 終わらせよう。


「あ、うあッ、ああああッ!!」


 俺が一歩足を踏み出すと、奴は脇目も振らずに逃げ出した。これが決闘である事も忘れたのだろうか?


「おい、勝負はどうするのじゃ?」


「うるさい! こんなの化物と戦っていられるか! どけ! どけぇッ!」


 完全に錯乱した様子のフランツはドーソン翁の声に逆上し、観衆を搔き分けて突き進んでゆく。まずい、壊しすぎたか。あの先は王子達のいる貴賓席だ。バーニィやクロイス卿たちもいるので不安がある訳ではないが、トチ狂うならどっか他の場所にして欲しいものだ。


 溜め息一つついた俺はドーソン翁と目線をあわせ、後始末をすべく倒れ伏したままのアリシアを抱き起こして顔の傷を癒した。今の彼女は完全に気を失っており、安らかな寝息を立てている。


「フランツの逃走により、この決闘はユウキの勝利とする。異議のあるものはおるか!?」


 完全決着ではなく逃走で終わった事で唖然としていた観衆もドーソン翁の宣言で一区切りついた事により歓声を上げた。騒いでいるのは主に賭けで勝った奴等のようだが。



 奴が放り出したアリシアを介抱する為にライカが駆け寄ってくるが、その前にドーソン翁が彼女の顔を覗きこんだ。


「これはあれかの? フランツの力だという噂の?」


「恐らくは。目に力が無くてまさに”人形”のようでしたよ」


 フランツ・レンフィールドは優秀な魔法職で名が知られているが、その昔にはとある二つ名で通っていた。他者を己がままに操る”人形遣い”と渾名されていた事もあったが、最近はとんとその名は聞かなくなっていた。

 だがミレーヌの話によると固有技能であるその力を失ったのではなく、妹の力を自在に操るために敢えて使わないようにしていたらしい。最初期は戦いを恐怖するアリシアに代わってフランツが妹の体を動かしていたようだが、その力で栄華を極めSランクにまで上るようになると優しかったかつての兄は幻のように消え去った。


「奴の力では例のユニークスキルは使えんのかの? 先ほどは一度も使っておらなんだの」


「使えると思いますよ。例の力を一度見る機会があったんですが、その時に特徴を把握したので力を使えないように立ち回りました」


 ロジーナ救出の際にアリシアが咄嗟に使ったユニークスキルだが、恐らく手の平から放射状に広がる力で、長さはともかく大きさは自らの手と同等だ。あの時彼女を援護する為に待機させていた俺の魔法も両断されたのだが、無事だった魔法と消えた魔法の位置から察するにこの推論は間違っていないはずだ。

 そこまで読めていれば彼女の手の平を自分に向けられないように戦えばいい話である。それにフランツも所詮相手を操る能力なだけでその体を縦横無尽に動かせるというものでもなかった。

 俺も分身体の訓練で身に染みているが、遠隔操作で思い通りに体を動かすと言うのは相当難しいのだ。特に近接戦闘なんて気をつける事が多すぎて絶対に無理だと断言できる。

 まがりなりにもアリシアを操り、俺に魔法を放ってきたフランツの技量は非凡だが、妹を道具のように扱う奴の根性が気に食わん。あの屑は妹が可愛くないんだろうか? 俺はソフィアとイリシャを戦いの道具にするなんて想像もしたくない。

 その性根を叩きなおしてやるとミレーヌから話を聞くまでは考えていたが、もうそういう段階ではなくなっている。


「流石じゃの。儂の目に狂いはなかった、お主こそが世界最強じゃ」


「そういう称号に何の興味もないんで、欲しい奴で勝手に取り合ってください」


 剣に生きていた頃のバーニィなら欲しがったかもしれないが、俺には何にも響かない。そんな称号より身内や仲間が何の不安もなく健やかに暮らせる毎日を送る方が俺には数兆倍も価値がある。


「さて、後始末してきます。グラン・マスターには色々とお話を伺いたい事もありますので」


「なに、儂はただの観光じゃよ。ちょっくら秘境の魔物に興味があっての。助っ人の一人と思ってくれい。そこの”蒼穹の神子”のそっくりさんと扱いは同じでよいぞ」


 まずい、と青い顔をしているライカにアリシアを託すと好々爺のような顔でギルド関係者がたちがいる場所へ去ってゆく彼を眺め、俺もこの件の始末をつけるべくフランツの下へ歩き出した。




「ミレーヌ! 何をしている! なぜ私に加勢しない」


 やはり貴賓席で騒いでいたフランツと相対していたのはミレーヌだった。これまで多くの怪我人を癒し続けてきた彼女は戦士たちから女神のように崇められており、多くの者がフランツとの間に壁のように立ちはだかっていた。

 だがミレーヌの表情はこれまで見た事がないほどに冷たいものだった。


「加勢? 冗談を言わないで。私を殺しかけておいてよくそんな事が言えたものね。前から付き合いきれないと感じていたけど、今回の件でほとほと愛想が尽きたわ!」


「誤解があるようだ、ミレーヌ。誰が君を殺すなど、君があまりに強情なものだから一服盛ったのは謝るが、これもあの化物を討伐する為なんだ。君も皆も騙されている、あの者こそ滅せられるべき真の巨悪だ! あの魔力、そして何よりあの気配。禍々しいにもほどがある! 教会に報告すれば神敵認定は間違いない!」


 巨悪、神敵か。これまたずいぶん大きく出たな。そこまで評価してもらえるとなんか嬉しくなってくる。少なくとも世界最強だのなんだのと持ち上げられるよりかは素直に受け止められる。

 俺はそう思っていたのだが、ミレーヌ本人は烈火のごとく怒り出した。


「あの御方が神の敵ですって? 寝言は寝てから言いなさい! 神の敵がその僕である私に慈悲をくださるはずがないでしょう。邪悪なる者がこの町を護る為にあらゆる努力を払って戦いの準備をするはずがないじゃない! 獣神殿の神の代理人を神の敵呼ばわりするなんて、ああ、もう貴方正気じゃないのね」


 正気を失った相手に説法は無駄ね、とミレーヌはあっさりとかつての仲間を見捨てた。だが情が薄いと彼女を批判する気はない。昨夜、ミレーヌに盛られた毒は相当なものだった。効果を知った彼女が恐怖に慄いたほどだ。僧侶とはいかなる状況でも回復魔法を行使するために精神修養を多く積んでいる。臓物撒き散らして暴れる重傷者に怯まず平常心で魔法を使える彼女をして恐れさせる性質の悪い毒だった。


「くそッ、くそぉッ。何故だ、何故誰も理解しないのだ! 奴こそが全ての元凶、すべての凋落の始まりだと言うのに!」


「そろそろその口を閉じてくれないかしら。仮にも我が国に属した者として見苦しいにも程があるのだけど」


 目を血走らせて絶叫するフランツに冷ややかな声を掛ける者がいた。その声の主に内心舌打ちするが、あいつが出張る必要があるかと問われると、頷かざるを得ない面もある。


「あ、貴女様は、クローディア姫! 王女殿下ではございませんか! ああ、これぞまさに天の助け、神の御導きにございます。私を覚えておいででしょうか、御幼少の砌に親しくお言葉を交わさせていただいたフランツめにございます」


 追い詰められたフランツの前に立ったのはセリカだった。背後に双子の護衛を侍らせた彼女には王女としての貫禄がある。俺の前では一度も見せた事の無い姿だった。


「ええ、よく覚えているわ。レンフィールド子爵家の長男フランツ。それで、わたしが言った言葉は聞こえているのかしら」


 セリカは底冷えのする声でフランツを威圧しているが、ダメだな。追い詰められた奴の前に理性的な行動はあまり意味をなさない。奴はもはや自分の言いたいことしか言わない機械だ。


「ああ、殿下。貴方の忠実な僕として御注進がございます。どうかあのユウキと名乗る悪魔を我が国から追放して下さいませ。あの者は我が国に災厄をもたらず外道にございます。あれを放置すれば必ずや御国を(あやま)ちます。あのような者より正しき貴族である我等をお使いただければ、きっとそれに見合った働きをご覧に入れます!」


「よく回る舌だこと。それで、お前の言うとおりにすれば、何をしてくれるのですか?」


 セリカって激怒するとこんな声が出るのか。勉強になった、うん、あいつを本気で怒らせるのは止めておくとしよう。セリカの迫力に王子や王女達も固唾を飲んで見守っている


「な、何を、とは。アリシアが御国の敵を断ち切ってごらんに……」


「くだらない。そのアリシアがユウキに手も足も出なかったではないか。それと、私に要求するからには今すぐ差し出せるものを用意せよと言っている。お前が罵ったあの男はお前も知る私の過去を何一つ要求する事も無く全て打ち払ってくれた! あの男に成り代わるつもりがあるなら、最低限それくらいはやってみせなさい! 私の男を侮辱する事は、他の誰が許しても、私は、私だけは絶対に許さない!」


 あーあ、セリカの奴、自分が泣いてる事に気付いてないなありゃ。あいつ泣き顔不細工だから泣くなってあれほど言ったのに。


「で、殿下。わ、わたしはけしてそのような……」


「黙るがいい! 我が母が疎まれたら即座に消えていった風見鶏が、今になってわたしを頼るか! 北部の貴族はその程度の気概もないようだ。いや、元貴族であったな。平民には理解しがたい事だったか」


 セリカに平伏していたフランツも出自を言われて黙る事は出来なかったようだ。人一倍貴族に拘っているようだったし、誇りがあるんだろう。ライルの実家とは大違いだ。


「わ、我が家の取り潰しは殿下も無関係ではございません。いくら殿下とはいえその物言いは聞き捨てなりませぬ! 先だっていくつかの貴族家が名誉回復をなされたというのに、何故我が家に恩赦が下りぬのですか? 王国に忠義を尽くした子爵家として到底納得いたしかねますぞ」


 喋っている内に正気を取り戻してきたのか、フランツの目に怨嗟の光が灯り始めるが……こいつ、まさか知らないのか?


「何を言っている。子爵家が取り潰されたのは貴様の父が賭博で身代を傾け、その穴埋めに横領を働いたからではないか。王国の事情とは一切関係ない。その顔、成程知らされていないのだな?」


「う、嘘だ、父がそんなことをするはずがない……」


「事実だ。お前の家の御用商人と組んで御領の金に手をつけた。王国が穏当な処分で済ませた事が事実を隠したようだな。だが考えてみるがいい、妹がSランク冒険者になっても綬爵の声がかからなかった理由を。王国はそなたら罪人の一族を貴族として必要としておらんのだ」


「そ、そんな馬鹿な。一族の再興は……私の貴族としての道は……」


 セリカが俺の代わりにきっちりと断罪を行ってくれた。俺の言葉よりよほど的確に奴の心を砕いた事は見ればわかる。膝をついてうわごとを呟くフランツは敗者の二文字が相応しい。



「さて、お前の本当の地獄はこれからだぞ、屑野郎」


「ひいいぃッッ!!!」


 うな垂れていたフランツに声をかけると奴は悪鬼に遭遇したような顔で後ずさった。俺が一歩踏み出すとそのまま脱兎の如く逃げ出してゆくが、その方向には狙った通り城壁の上へ続く階段がある。


「決着をつけてくる。王子達は今日の仕事にかかってくれ」


「了解したが、本当に彼等は相手にすらならなかったな」


「折角のSランク冒険者が本調子じゃなかったからな。実力の半分の出せてないぜ、こいつ」


 あの調子悪そうな救出劇の時の方がまだマシな動きをしていた。その上でどんな敵も一刀両断するユニークスキルを封じられたらただの小娘になってしまう。

 俺に言わせればそれだけで弱くなる子供をSランクに上げるなとあの爺さんに訴えたい所である。


「相手に実力を出させずに勝つのが本当の一流というものだろう、面白いものを見せてもらった」


 外套を翻して悠々と去ってゆくマルグリット王女は本当に王者の貫禄があるな。あれを妻にするという王子の心労が今から偲ばれる。



「じゃあユウキ、行こうか」


 殺意を漲らせるバーニィを連れて俺はこの件の本当の後始末をつけるべく城壁の階段へ足を掛けた。




「く、来るなッ、この悪魔めッ!」


 城壁の端で喚き散らすフランツに出会った頃の面影は既にない。恐怖に怯え、絶望したその顔は憔悴しているが、俺達は一切手を緩めるつもりはない。


「人のことを悪魔悪魔だと良くぞまあ喚いてくれるが、どうしたらあれと同一視できるんだ? 教えてくれよ、詳しいんだろ?」


「な、何を言っている? 一体なんのことだ?」


 人間追い詰められると隠し事は出来なくなるものだ。惚けてみせたが、その反応は不自然なほど遅れている。


「ユウキ、後は僕がやるよ。フランツ殿、お久しぶりですね。バーナードです」


 黙って座っていれば優しげな貴公子であるバーニィだが、獰猛な殺気を漲らせる今の彼とは記憶が照合しなかったらしい。数瞬呆けていたフランツだが彼のことを思い出したようだ。


「リットナー伯爵家のバーナード殿か! み、見違えたな、失礼した。伯爵閣下になられたのであったな」


 セリカと顔見知りであった事からも察せられたが、バーニィとも知己があったみたいだ。


「挨拶はこれくらいにして、本題に入りましょう。貴方、ミレーヌさんに盛った毒はどこで手に入れられたので?」


 本気でブチ切れている彼は俺でも唸るような静かな凄みを持っている。婚約者であるあの人もこの様を見せれば大分感想が変わると思うのだが、きっと一生見せる事はないだろうな。


「毒だと!? 何のことだ、知らん、私は知らぎゃあがぁ!!!」


 フランツの太ももに無言で剣を突き刺したバーニィはそれに飽き足らずもう片方の足にも容赦なく突き刺した。フランツの絶叫がかわいそうだったので優しい俺はポーションをかけてその傷を癒してやる事にした。

 だが残念な事に折角治ったその傷に再びバーニィが剣を突き刺す。参ったなあ、これじゃまるで拷問じゃないか。俺は傷を癒してやろうと思っただけなのに(棒)。


「どうせ子爵家程度では連中の情報も下りてないでしょう。貴方には質問の権利もありません、吐くだけ吐いて下さい」


 フランツは6回目のポーション投薬で素直になった。異国で任務中に声をかけてきた相手から貰ったものだという。そして性質の悪い事のそいつとの関係はいまだ続いているとか。この件が終わったらバーニィに協力してそれらしい連中を潰さないとな。


 しかし暗黒教団がSランク冒険者の家族にまで侵食していたとは。時期的にグレンデル生存時だと思うが、連中の手はどこまで伸びていたんだ?

 既にランヌ王国は完全に奴等との縁を切ったので見つけ次第潰してゆくだけだが、国の顔とまで言われる彼等にまで影響力を及ぼした事実にセリカを始め国の上層部は震撼した。既にこの情報は昨夜の内に各国、冒険者ギルドに伝わっている。ドーソン翁が来たのもそれが一番大きな理由だろう。


「まあ、それは国のお偉いさんが考える事でおれには関係ない。だがあんた、あの薬の効果を知っていたのか? 眠り薬なんてもんじゃないぞあれは。普通あれを仲間に使うか?」


 暗黒教団内では”癒しの眠り”と呼ばれる毒で見た目はただ眠っているだけに見えるが、解毒薬や魔法で癒そうとするとその効能を利用して更に凶悪な毒となり対象者を死に至らしめるという薬師や治癒師に忌み嫌われている評判最悪な毒なのだった。

 ミレーヌもレイアが<鑑定>して状態を把握しなければ危なかった。幸いな事にかなり有名な毒なので専用の解毒薬はバーニィの実家にあり、ミレーヌは難を逃れたが仲間に殺されかけた事実はフランツに愛想を尽かせるには十分すぎるほどだった。


 実は既にフランツの国外追放も決定しており、ミレーヌが未だにパーティに残るなら彼女も連座する可能性があったのだが、こちらに関しては杞憂だった。アリシアに関してはどうにでもなる。俺が手を回さなくてもライカが動きそうだしな。


「し、知らない。これ以上は何も知らない。本当に眠り薬だと思っていたんだ。これまで都会の娼婦に使ったくらいで、そんな効果があると知らなかったんだ!」


 お前、そのお姉ちゃん死んでるぞ、とこいつの更なる罪が積まれたわけだが、とりあえずこの屑は生かしてランヌに返さなくてはいけない。王国の法で裁くと国王が決めたからだ。面倒だが彼の顔も立ててやらんといかんしな。


 蹲って知らないんだと呟き続けているフランツは壊れる寸前だが、別にこいつがどうなろうが俺の知った事ではない。とりあえず引きずって皆の所へ戻ろうと振り向くと、セリカや王子達がこちらの様子を窺っていた。やはり気になっていたようだ。


「終わったぞ。全くこの野郎は面倒な仕事を増やしてくれたもんだぜ」


「全くだよ、僕はユウキに恩返ししたくてやって来たのに、また世話になってしまった」


 フランツを物のように扱いながら歩く俺だが、バーニィが不思議な事を言いだした。


「恩だぁ? おいおい、俺達にそんなものはないだろ水くさい」


 むしろ今回だって無理を言って手を貸してもらっている。こちらが頭を下げたいくらいなんだが。


「あるよ。アンジェの名誉回復に一役買ってくれたんだろう? 陛下にお礼を申し上げたら君の名前が出てきたよ。礼は君に言えってさ」


 あ。ああ、そういえばセリカのお袋さんの事件のときにそんな話をしたな。命の礼だとか何とかで絶対に何かさせろと国王が息巻いてたから別に要らんとも言えずその話をしたんだった。


「完全に今思い出した顔だね、それは。まったく、君って男は。貸しは忘れろ、恩は死んでも返せが口癖だった父上と同じ生き方をしているよ。そのくせ婚約祝いだけはしっかり贈ってくるのはどういう了見なんだい?」


「あー、まあいいじゃないか。めでたい事はちゃんと祝わないとさ」


「バーナード。こいつがこんな性格なのは貴方の方が良く知っているでしょう?」


 まだ目元が赤いセリカが俺達の会話に参加してきたが、バーニィへの言葉は随分と気安いものだった。


「そういや二人って知り合いだったっけ?」


 俺の問いかけにセリカが答えた。


「私達の世代はアンジェラがリーダーだったのよ。あの子昔はとんでもないお転婆で、今でもシルヴィの御付メイドをしているのが信じられないくらいよ。ちなみにあんたと初めて会ったときに激怒させろって作戦を言い出したのも彼なんだから、私のせいにしないでよね」


 本当かよ、と彼を見るとそれは言わない約束でしょうとバーニィが必死な顔をしていた。セリカと出会った頃って相当前、レイアが従者になったばかりのときじゃなかったか? 人の縁ってやつは本当に面白いな。



 セリカの充血した目をからかってやりながら和やかに談笑していたおかげで、一瞬反応が遅れた。



 俺がその僅かな時間で出来た事は護衛の双子と共にセリカを庇い、バーニィに視線で警告を発する事だけだった。


 次の瞬間、魔力の塊が城壁の上に降り注いだ。散弾のように細かい粒(と言っても人の頭くらいはある大きさだが)が次々と着弾し、俺はセリカを庇っていることもあって防御に専念した。


「え、な、何今の!?」


「そりゃ外周部からの攻撃だろ。決闘騒ぎで皆忘れかけてるかもしれないが、今日は戦い始めて15日目。記録じゃ敵が最大級に増えて更に強力になるって話だぞ」


 これを放った存在はその放物線からして第3門の外から攻撃している。<マップ>ではこれまで見た事もないような強力な敵の存在が確認され、まさにこれから本当の戦いの幕が上がるという感じだ。


「あ、その。えっと。ユウキ、ごめん」


 気合を入れ直そうとした俺の隣でバーニィが何とも言えない声を出している。


 うん、俺も解ってはいたが、敢えて直視したくなくて視界に入れないようにしていたんだ。別にお前が謝る事じゃないから気にするな。俺達のせいでもないし。



 王国に連れ帰るはずだったフランツの上半身が今の攻撃で消し飛んでいるんだが、これは事故なので仕方ない。セリカもきっと父親を説得する為に力を貸してくれるだろう。


「よし、証拠隠滅」


 下半身だけになった元フランツを魔物が蠢く城壁の下に蹴り落とし、かつてフランツと呼ばれていた存在は魔物の昼餉に変化を遂げた。




 さあ、気を取り直して魔物との戦いだ。戦士たちはいい加減戦力的に厳しいはずだし、これからが面白くなるぞ。




楽しんで頂ければ幸いです。


すみません。前回の後書きで次は早くしますと一時ながらいつも通りでした。


何しろ文量が多くて、2分割するのもあれだなと思い合わせました。だらだらやっても仕方ないと思いましたので。


その分大容量でお送りしたので許してください。


後顧の憂いをたって後は暴れるだけなのですが、次回は主人公の実験大会です。

今回の話で一番かわいそうなのは操られてさらには主人公の実験体にさせられている魔物達な気がする今日この頃。

ではまた来週にお会いしたく思います。



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