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奈落の底から 24

お待たせしております。




「準備はいいな? 絶対に後ろを振り向くな、それとガキどもはしっかりと目を閉じておけよ。悪夢を見る事になるからな」


 最大の難関になるであろう帰還に向けて体調を整えていた戦士たちに俺は言葉を発した。子供たちは背負子に乗せられているから形的には戦士たちと背中合わせになっているので自分目掛けて殺到する魔物達を目の当たりにする事になる。あんなの勇敢な戦士でも恐怖に慄くのだから、子供には心に傷が残りかねんから注意をしないとな。必要なら目隠しでもするか。


「ああ。本当ならもう少し体力の回復を待ちたいが、日も落ちたし吹雪く一方だからな。無理にでも強行した方がいいだろう。急ぐべきだ……あいつの問題を除けばだが」


 何とか回復したロジーナにありったけの防寒具を纏わせたディーンが彼女を背に載せなから配下の戦士たちに指示を出している。その彼が厳しい視線を向けているのがこの原因を作ったランデルという戦士だ。


「まさか”青い斧”の幹部が裏切り者とはな。大戦士団の名声も地に落ちたものだ」


「へっ、なんの否定もしねえよ。俺もここで死ぬと覚悟を決めてたんだが、そうもいかねえようだしな」


「当たり前だ。あんたがいないと人数が足りねえ。いがみ合うのは戻ってから存分にやれ、と言いたいが、裏り切り者の詮索は無しだと最初から言ってあるだろう。下らない事はするな、時間と労力の無駄だ」


「だが、こうしてロジーナや子供達が被害を被っている。特にこいつはあんたがいなかったら命に関わった」


 ロジーナに関しては彼等の話を聞く限り、ランデルが剣を抜いて昇降機の前に陣取ったら慌てて窓から逃げ出して、気が付いたら自分では降りられなくなったみたいなんだが、まあ奴のせいと言えなくもない。

 俺としては予定通りの出来事なので全く気にはしていないが、当事者を容易に説得するのは難しいか。


「ラ、ランデルさんは僕たちを何度も逃がそうとしてくれたんですけど……」


 俺の背にいるテッドが消え入りそうな声で呟いた。なるほど、あの時間帯を担当していた全ての戦士団が共犯か。ランデルの行動と同時に不要な子供を始末しようとしたわけだ。それを察していた子供たちも逃げた所でこの厳しい北の大地で生きる術を持たない身ではその未来は暗いものになる。

 だからあそこで子供4人が固まって蹲っていたというわけか。


「そこらへんの話も生きて帰り着いてからだ。時間が惜しい、始めるぞ」


 無言でバーニィとクロイス卿に視線を向けると彼等は静かに頷き、部屋の扉に向かいアリシアもそれに続いた。彼女は一度だけ俺を見たが、その視線の意味を窺い知る事はできなかった。


「テッド、悪いが俺が最後尾になる。だが何も心配する事はない。次に目を開けるときは向こう側にたどり着いているはずさ」


「はい、わかりました」


 そう答えた彼の声には覇気があった。とても戦士団から見捨てられてここで死を待つ子供のものではないが、今は余計なことを考えている状況でもないか。


「ユウキ様、すまないが、殿をお願いする」


 ロジーナを癒した時から俺を様付けしているディーンが深く頭を下げてきた。感謝を示しているのだろうが、腰を深く折ったせいで背負子に乗ってるロジーナが慌てているのが何ともおかしみを覚えた。


「最初からそのつもりだ。そのかわり、死ぬ気で走ってもらうぞ。子供一人分速度は落ちるだろうが、魔物は遠慮してくれないからな」


 彼等が必死で走ってくれなければ俺達の背を追う魔物たちの勢いは増すのだ。それを始末する俺の苦労も必然的に増えるからな。


「もちろんだ。ロジーナを助けても生還できなければ何の意味もない。ただ、あの裏切り者は俺達の後方にいてもらう。何を企んでいるかわかったもんじゃないからな」


 敵愾心を剥き出しにするディーンに対しランデルは肩を竦めるだけだ。


「好きにしやがれ。はなから捨ててる命だ、ガキどもを無事に送り届けさえすれば後はどうなろうが知った事じゃねえよ」


 自分の命を顧みる気が一切ない者特有の澄んだ目をしているが、子供達をここから生きて帰すという覚悟だけは本物だ。時折これと同じ目をする奴がいるんだが、あいつまで気を回している暇はないのが本音だ。


「それだけ聞ければ十分だ。さて、生還に向けて足掻くとしようぜ」


 こうして地獄の競争が幕を開けた。



「ったく。操られているだけのくせに元気な奴等だぜ!」


「3匹! すぐ目の前まで来てます!」


 俺は振り向くことなく背後に迫ってきていた大型の虎のような魔物達の頭蓋を吹き飛ばした。テッドの叫びを聞くまでもなく<マップ>で位置を把握していたのだが、敢えて接近を許しておいたのだ。


「すごい! アーマータイガーの硬い頭殻を一撃だ! それもあの毛皮はきっと亜種ですよ」


「お前さ、眼を閉じてなくていいのか?」


 テッドに声をかけつつ俺は迫りくる魔物の大群を始末し続けていた。やはりというか当然というか走る戦士たちの脚は行きよりも遅かった。道を切り開くバーニィたちだけが先行しても意味がないので彼等も自然と足を緩める必要があり、その結果俺への負担が増していた。

 そうなるだろうなとは思っていたので不満はないが、さっきから俺の背中のテッドが非常に興奮して叫んでいた。さっきまでの大人しさとは別人のようだ。


「こんな大量の魔物を間近で見る機会なんて見逃せないですよ。ああっ、さっき倒した魔物が他の奴を巻き込んで吹き飛んで行きます。そうか、それを狙って近づかせていたんですね。でもアーマータイガーは勿体無いな、亜種ならきっと凄い値段がついたに違いないのに。あっ、あそこにいるのはまさか巨大だけどレッドスネーク!? この地方では生息していないはずなのに! やっぱりこの事件の影響なのかな?」


 大はしゃぎのテッドの声を聞きながら俺は思い当たるものがあった。これって魔法学院のセシリア講師が聞いてもいない魔法雑学を延々と語りだす空気にそっくりだ。眼前に自分目掛けて魔物が殺到しているのにすごいすごいと大喜びなのだ、間違いないだろう。


「随分と魔物に詳しいんだな」


「詳しいなんてそんな。僕は前の家にあった図鑑で見て覚えているだけです。実物は今初めて見ました!」


 家に図鑑があっただと? それは随分と裕福な家だな。貧乏で口減らしに遭ったとかそういう事情じゃなさそうだ。


「なんだお前、その年で読み書きできるのかよ、凄いな」


 本を読めたという事はちゃんとした教育を受けていたという事でもある。識字率が一桁台のこの世界ではそれだけでも喰っていける無形の財産のはずだ。


「戦士団じゃ何の意味もない技能です。文字より冬をどう乗り越えるかの方が大事ですし、魔物を倒す術の方が価値があります。だから僕は団に不要な存在だったんです」


 これだから北は蛮族の住む地って言われるんだよ。オウカ帝国摂政の凛華にこの地への間接的な助力を頼んだ時、あの蛮地にそれほどの価値があるのかと真顔で問われた事は記憶に新しい。知識より力を重んじる気風があるのはわかっていたが、偏りすぎだろ。


 内心で毒づく俺だが、少なくともこのテッドの将来は明るそうだ。後はここを上手く切り抜けられればいいのだが、想定以上に戦士たちの足が遅い。彼等の走る速度にあわせる必要があるので距離が思うように稼げず軽快に敵を切り裂いている前の三人がこちらの様子を窺う始末だ。


 これはいかんな。クロイス卿たちには敵の排除だけ考えて欲しかったが、現状は戦士たちの速度が上がらず彼等の意識が道を切り開く事から戦士たちに向かう敵の排除に向かいつつある。バーニィとクロイス卿は俺が何とかすると思っているだろうが、アリシアは先ほどから幾度か背後を振り返って相互の距離を確認していた。


 くそ、これだから気心の知れてない奴を命のかかった場面に連れて行くのは嫌だったんだ。あの二人はどんな苦境でも俺が何とかすると理解しているので己のすべき事の注力しているが、アリシアは状況の変化を感じ取り自分がすべき事を捜し始めている。


 これが普通の依頼なら機転が利くと称賛するかもしれないが、一つ間違えば全員が壊滅的被害を被る修羅場では一意専心すべきだ。

 注意の声を出すか迷う前に変化が訪れた。アリシアがまたこちらの様子を窺った瞬間、彼女のすぐ近くから飛び掛る5つの影が見えた。


「そんなものっ!」


 死角からの複数攻撃だったが、Sランクの看板は伊達ではなく彼女は宙に浮かせていた4本の魔剣を操ってその全てに対応してみせた。俺も背後の敵を数十体程度始末しながら彼女の動きを見ていたが、この程度は危機にもならないらしい。


 だが……


「まだ終わってねぇぞ!」


 アリシアが5体の魔物を駆逐し走る速度を上げようとしたとき、魔物の海の中から突然巨大な影が持ち上がった。既に闇が周囲を多い始める中、俺の目が捉えたものは。


「ト、トロールだ! それもあんな大きさはきっと長老種(エルダー)だ。絶対に魔境の住人です!」


 トロール。人里に滅多に姿を見せないとされる魔物で、その性質は精霊に近いという。非常に高い治癒能力を持ち、魔法の武器に対しても容易には傷つけられないと聞いた事がある。

 あんな巨体が突然浮かび上がるように現れた事にも驚いたが、何より悪いのがアリシアの体勢だ。宙を舞って敵を倒し続けていた4本の魔剣は今倒した5体の側にあり、至近距離にトロールの接近を許してしまっている。


「あぶないっ!!」


 俺の背中からテッドの叫び声が響く中、トロールの丸太のような腕がアリシアに向けて振り下ろされるのが見えた。彼女の武器は未だ遠い位置にあり、その手は新しい武器を取り出すべくマジックバッグに伸びてもいなかった。


「うあっ、そんな!」


 テッドの叫び空しくトロールの腕が雪原に叩き付けられ、その威力はこちらにまで響くほどの衝撃からも知る事ができたが……そのトロールが動かない。


 いや、僅かに体を動かし始めた。だがその動きがおかしい。上半身だけがまるで滑り落ちるように胴体から離れてゆくのだ。そしてそれは彼女を襲ったトロールだけではない。彼女が力を放射したのであろう扇状にいた全ての魔物が同じく両断され上半身と下半身に別れを告げていたのだ。

 その数は数百に上り、彼女の横だけ敵が消失した事になっていた。これが前方であれは随分と楽な事に……いや敵の死骸の上を全力疾走するのはかなりあぶないので止めた方がいいか。



「へえ、あれが”二の太刀要らず”の由来か! なるほど、これが彼女のユニークスキルだな」


「うわあ! Sランク冒険者のユニークスキルを見られるなんて、信じられません」


 しかし感心したのも束の間、俺は舌打ちを隠す事ができなかった。


「くそ、素人丸出しだ。よくそあの体たらくでSランクを名乗れたもんだな」


 自分の危険な状況を棚に上げて喜んでいるテッドの肝の太さに頼もしさを感じつつも、俺はアリシアと冒険者ギルドに対する評価を大きく下げざるを得なかった。


 ユニークスキル保持者だからと言って素人に毛が生えた程度の心構えの奴をSランクになんぞ据えるからこうなるんだ。


「テッド、喋ってると舌噛むぞ」


「えっ、うわ、うわわ。どうしたんで……そんな!」


 テッドが悲痛な叫びを上げたその先には、拳大の石礫を側頭部に受けたアリシアが膝をつく所だった。


 アリシアめ、咄嗟に大技を使わされて体勢が整っていないところを狙われたな。奇襲を受けたんだから、それが二段構え、三段構えで来る可能性を失念していた動きだった。普段はそれを補うパーティーがいるんだろうが、今は個人なんだからあらゆる想定して備えていてしかるべきだ。


 問題はこの程度の危機管理も出来てない奴をホイホイSランクに上げてしまうギルドにある。ライカもそうだが、俺の認識ではとても絶対的聖域にいる超越者には見えない。いくら見栄えのする攻撃能力に優れていてもこう搦め手に弱すぎては話にならないぜ。


 俺は走る速度を急速に上げつつアリシアの元へ向かうが、膝をついている彼女を魔物が放っておくはずがない。すぐさま数匹の魔物がその鋭利な爪を光らせ、彼女を引き裂こうとする。

 テッドを背負ったままの今の俺で到底間に合わない距離だが、そこまでに危機だとは思わない。別にアリシアも意識を失っている訳でもないし、油断はしても戦闘能力を失った訳ではないからだ。

 しかし、俺の目論みは意図も容易く崩れる事になる。


「おい、何してんだあの女! ふざけんじゃねえぞ!」


 <夜目>スキルのせいではっきりと見えてしまった。あの女、自分に迫る致死の攻撃を前に目を閉じたのだ。全てを受け入れるかのように僅かに微笑んですらいた。


 その凄絶さには見覚えがあった。ソフィアと始めて会ったとき全てを諦めて運命を受け入れようとしていたあの無力な頃の妹のはかない笑顔が脳裏をよぎり、沸騰するような怒りが俺の全身を満たした。


 既に待機させていた50以上の光弾がアリシアを狙う数多の敵に降り注ぎその全ての命を刈り取った。


「お前、足掻いてナンボの冒険者だろうが! 自分の死を受け入れようとしやがったな!」


 俺は腹の底から怒鳴ったが、その時には既にアリシアは崩れ落ち、雪原にその身を横たえていた。


「ユウキ!」


「こっちに構うな! お前は前だけ見ろ!」


 俺の怒声に気付いたバーニィが声をかけてきたが、彼とクロイス卿がその真価を発揮してくれないと俺はともかく戦士たちが生きて第2門まで辿り着けない。当然ながらすべて心得ている彼は返事をすることもなく敵に踊りかかっている。


 倒れ伏したアリシアを右腕で掬うように拾い上げると彼女のこめかみからは相当量の出血があった。頭部に石礫か、息はあるが危険である事は確かだ。即座に回復魔法をかけて傷を癒した。


「俺の人の事言えた義理じゃないが、兜は大事だぞ」


 ライカも兜を着用していないが、あいつの場合はカオルという鉄壁の護りがあるからな。だがアリシアにそういった技能を持つ存在はいるのだろうか。


「……その存在を示すのも義務らしいですから」


 既に完治し流血の跡だけが怪我を物語るだけとなっている。朦朧としていても意識はあったらしく俺の呼びかけに応えてくれたが……やはりSランクにまでなると難儀な商売だ。


「頭を打ってる、喋るな」


 アリシアを右腕に抱えながら疾走する俺は彼女が担当している右側面と背後の敵を同時に始末しながら現在地を推定するが……まだ半分も来ていない。先が思いやられるな。



「どうして……終わらせて……くれなかったのですか」


 アリシアの口からもたらされた言葉は俺の最低な想像を肯定していた。


「黙ってろって言っただろ。ふざけた事言いやがって」


 この世界には生きたくとも生きられない奴等もいるのだ。命を粗末にするもんじゃない。


「ようやく終われると思ったのに……この殺し合いの連鎖から抜け出せる救いがきたとおもった、のに」


「……黙ってろ。後で説教だ、覚悟しとけよこの馬鹿が」


 アリシアが意識を失い、その瞳から一筋の雫が流れ落ちた時に、彼女が否応なく背負わされた重荷の一部が容易に想像できた。

 かつての栄光を失い没落した実家。そんななかユニークスキルを発現したアリシア。一族全てが彼女を道具として有効に活用しようとしたのだろう。

 その力は戦いでしか真価を発揮しないものだ。そして誰がどこからどう見てもアリシアは好んで戦いを望む性格をしていない。

 彼女を栄達の道具にしか思わない家族、命のやり取りを繰り返す日々を過ごす内、彼女の精神は悲鳴を上げた。痛みに慣れ、それが日常になり、何も感じなくなるほどに心が死んでゆく。

 そして彼女はその全てを擦り減らしていった。死が救いに思える

ほど磨耗していったに違いない。


 俺は彼女の難儀なしがらみを思い、非常時を一瞬だけ忘れて深いため息をつく贅沢を己に許した



 やはりこの世界は不条理で成り立っている。いつの時代もそれだけが唯一の真理だ。


 だが俺はそれに粛々と従うつもりはない。そのふざけた運命への抗い方だけは誰に教わらずとも理解している。



 力を失うアリシアを体をしっかりと抱き上げた俺は、まず眼前の不条理を打ち砕くべく迫り来る魔物どもに向けて魔法を炸裂させた。




「なあ、あんた大丈夫か、2方面を同時に受け持つなんて無茶だぜ」


「仕方ないだろ。事情が事情だ」


 俺は隣を走るランデルにそう応え、追いすがってくる魔物の一団を派手に吹き飛ばした。


「何度も見てるがとんでもねえな。走りながら魔法をこんなに連発されちゃ世の魔法使いどもは卒倒するぜ。非常識にもほどがあるってもんだ」


「これが俺の当たり前なんだよ、ほっといてくれ。それにしてもあんたは余裕そうだな」


 ディーンたち3人は息も絶え絶えで必死に走っているが彼にはまだ余力が見えた。


「そりゃ俺は前半を走ってないからな。それより気付いているか? 魔物に時折変な奴が混じってるぜ」


「ああ、恐らく進化個体だろうな。一回り大きかったり、見慣れない色の体毛してる奴がいるってテッドが何度か言ってる」


「ははっ、さすがたアスキー家の坊ちゃんだな、魔物の知識はお手の物ってわけだ」


 どうやらこの男はテッドが何者か知っているらしい。走りながらする会話ではないと思うがこの男も平気そうだし話を続ける事にした。


「やはり良いとこの出なのか? 凄ぇ詳しいから驚いたぜ」


「そりゃ数年前まで名の知られたルスター王国の宰相を代々輩出した名家だからな。その王国も滅んじまったが」


「本気で戦国時代真っ盛りなんだな、北方諸国は」


 長らく平穏を維持している南方にいる俺にとっては驚きを通り越して呆れる話だが、その後のランデルの言葉が北域そのものを表していた。


「厳しい大地には強力な王が求められるのさ。脆弱な王には誰もついてこない。弱い王は強き王に打ち倒されるのが自然だからな」


 数百年以上に渡り直系を維持し続けているオウカ帝国にしてみればまさに蛮族の論理だと嘆きそうな話だが、俺自身は嫌いではない。いつの時代も弱者は奪われ続けるだけだ、自分の大切なものはどんなときも自らの力で守りぬかなくてはならないのだから。




「うわっ、なんっ……!!」


 そのとき、俺にとってはいつもの事である厄介事が空から降り注いだ。先ほどのトロール一撃が児戯に思えるほどの凄まじい衝撃が俺達を襲った。そしてここまで離れていても感じる桁外れの威圧感。

 デッドはそれにやられて意識を失ってしまった。子供が成竜並の威圧を無防備に受ければ致し方ないことだが、背負子にかたく縛り付けておいて正解だったな。


「岩、か? まさかこいつを投げてきたのか!? それも外周側からだと……とんでもない化けもんがお出ましだな」


 俺が口にした通り、衆に見上げるような巨岩が幾つも周囲に転がっていた。先ほどからテッドが見慣れない魔物がチラホラいると言っていたから、8日目にしてとうとう秘境の最奥からお客さんがお見えらしい。

 だが俺が岩を認識できたのは<マップ>で飛来物を発見したからであり、こちらは心構えが出来ていたが隣を走るランデルは別だった。


 力の限り全力疾走をしていた彼は体勢を崩し、それを立て直す暇もなく雪原に頭から突っ込んだ。うわ、あれ絶対痛い奴だぞ。

 だがこの非常時だ、すぐに起き上がってまた走り出すと思われたランデルが微動だにしない。<マップ>でそのことを知った俺が背後を振り返ると彼は倒れ伏したままだった。彼が背負った子供が必死に呼びかけているが、反応がないようだ。ランデルに迫る魔物達を吹き飛ばしながら近づいた俺は思わず息を飲んだ。


「おい、なにをして……うっそだろ! あんたもかよ!」


 なんと彼もアリシアと同じく頭から血を流して意識を失っていたのだ。どうして雪原に突っ込んだだけで意識をと思い,残る左手で彼を持ち上げると雪の中に岩が見えた。疾走する勢いのまま雪に隠れた岩に頭から突っ込んだ形らしい。


「あんた、俺に負けず劣らず運が悪いな、普通こんなことあるか? いや、俺ほど悪くはないか」


 俺は再び走りながらも自分の現状を思い立ち、思わず乾いた笑い声を上げた。


 両腕にアリシアとランデルを抱え、さらには子供二人もそれぞれの背負子に背負いながら、数多の魔物に背後から迫られている。

 なんでこんな状況になってるんだ。あれか? 日頃の行いが悪いとかそういう話か?


 更に悪い事に先を行くクロイス卿たちとの距離も大分開いてしまった。具体的には俺との間に魔物が入り込んでしまっている。幸い、彼等の位置は既に第2門に近くライカやキキョウ達の援護射撃が始まっており、レイアもいるのだから背後を脅かされる心配はないだろう。

 正門が開いてゆく音も聞こえる。距離が開きすぎてこのままだとディーンたちだけ収容したら格子は落とされるだろうな。俺を待つために際限なく魔物を引き入れる危険を冒して格子を開け続ける意味がない。


 あちらはいいとして問題は俺だな。人間を4人抱えた現状で神気を使った身体能力で敵を突破する事は……難しいな。出来なくなないかもしれんが、腕から二人を落としてしまいそうだ。



「およ、ユウったら結構ピンチな感じ?」


 面倒だが周囲の魔物を残らず蹴散らして進むしかないかと諦めた俺に救世主が舞い降りたのはその時だった。


「リリィ! 来てくれたのか」


 俺の頭の上に転移してきたのは俺の相棒だった。


「まーね。なんか変な感じになってるみたいだしさ。うーん、どういう状況なのソレ?」


 リリィは人を4人抱えて走る俺に微妙な顔をしている。言いたい事はよくわかるぞ、俺も心の底から同感だからな。


「話せば長い、というか解ってるだろ。面倒だがこいつら見捨てるわけにもいかないんでな。危ないからリリィは中に入ってろ」


 それはそう言ってリリィをいつもの懐に誘おうとしたが、当の彼女は笑顔でそれを拒否した。


「そんな危ないことしなくたって大丈夫だよ。ほら()()()()()()


 リリィの言葉が終わるや否や、俺の前方の空間にいた魔物全てが吹き飛んだ。


「は? 一体なにが?」


 顔に疑問符を浮かべつつ、この絶好の好機を逃すつもりもない俺はアリシアの体に負担のかからない限界速度で雪原を疾走する。先ほどの攻撃でできた空間を埋めるべく新たな魔物がそこに殺到するが、それさえもまた盛大に吹き飛ばして俺が進むべき道を指し示してくれた。


「しかしまたとんでもない精度だな。範囲魔法をこんな精密に連続して放つなんて人間業じゃない」


 いや、正確にはエルフ技というべきか?


「伊達にユウの師匠やってないって事でしょ。さ、いこいこ」


 相棒が背後に迫る敵襲団を風魔法で一網打尽にすると、定位置その2である俺の頭の上に乗った。本来の場所は肩なのだが、今は両腕で二人を担いでいる状態だから無理なのだ。


「こらー、魔物は道を開けなさい。さもないとウチのユウがひどい目にあわせるんだからね!」


 リリィさん、そこはご自分でなさるのが格好いいと思いますよ。


「ユウは余計なこと考えないで魔法を撃つの!」




 しかしなんだかんだ言いつつもリリィもちゃんと魔法で敵を倒してくれつつ、俺は魔物の血で紅く染まった雪原を走る。

 これ、全部バーニィの仕業だな。クロイス卿は魔法主体だから今回剣をほとんど使ってないし。

 最近のあいつの剣の冴えは空恐ろしいほどだ。色々と私生活で変化もあったからか、剣腕が神業の域に達している。


 ほぼ全ての魔物が首筋を一撃で断たれて絶命していた。弟子二人にはどうせなら近距離戦におけるあいつの立ち回りを観察してみろと告げておいたが、こりゃ凄すぎて参考にならんだろ。


「ねえユウ、門の向こうになんか色々変わったのがいるね」


 リリィが俺の頭の上で何事か言っている。頭上なので見えやしないが、きっと外周に集い始めている連中のことだろう。


「ああ、あいつらが前に話した秘境からのお客さんだろ。地元の戦力じゃ死体が積み上がるだけだから、皆を助っ人に呼んだのさ」


「なるほろ。確かにここのニンゲンじゃ1000人いてもなんの役にも立たないもんね」


 へえー、そっかぁ。と頷いて話はそれで終わった。飽きもせずひたすら俺を狙ってくる魔物どもを始末して走っているだけで結構忙しいし、これでもダンジョンと同じように相棒が危機管理をしてくれているとわかっているのだ。


 会話が途切れた瞬間を見計らったのか、相棒がぼそりと俺の心を刺す一言をつぶやいた。


「ねえユウ、これもさあユウがはじめから一人で全部やったほうが早く済んだんじゃないの? 城壁で町を囲めるんだから、土魔法であそこまでの道を橋で空中に作るとかさ」


「……相棒、世の中にはな、気にしないほうが良い事もあるんだぞ」


「えー、なにそれ。ユウだって分かってたじゃん」


 相棒に隠し事は不可能なので全て見抜かれてしまった。まあ、それを思いついたのは出発寸前だったし、その場合俺が一人で苦労するだけで片付くのも俺ばかり苦労するのが癪だったのでみなをまきこんだのだが……今となってはそっちの方がまだ楽だったな。

 しかしこんなに子供が大勢いるとは思わなかった。<マップ>の弱点とも言える機能で生存者は解っていてもそれが何者かは判明しないのだ。もし解っていればこんな苦労はせず大人しく俺一人で対応していただろう。そのほうが全員の安全に気を配る必要はないし、二人を抱えている今の方がただ単にひたすら敵を倒せばいいだけなので楽勝なのだ。

 やはり俺に作戦立案は向いてないな。毎度毎度思い知るんだが、何故かいつも俺にお鉢が回ってくるのが不思議で仕方ない。


「ユウ一人でやった方が結局楽じゃん。いつもダンジョンでやっていることと同じだし、今は更に舐めプしてるしさ」


 彼女の謎発言に内心首を傾げたが、言いたい事は理解している。実は今まで俺やバーニィたちが倒した敵は全て<範囲指定移動>で回収している。<アイテムボックス>は生物は仕舞えないのでそれを利用すれば死骸だけ選び取る事が出来るのだ。それをリリィは指しているのだが俺にも言い分はある。


「なめ? そう言うなよ。捨てたら勿体無いし、敵の進化を防ぐ意味もあるんだ。これまでも結構進化したっぽまものと遭遇してるんだ、自分達から餌を用意してやる必要はないだろ」


 今現在も断続的に魔物を冥府に送り込んでいるので既に回収した数は5桁を優に越えている。飢餓状態の魔物は同族とて構うことなく貪るのでこちらから進化の種を与えるつもりはなかった。


「それにダンジョンに行けてないせいで日々の稼ぎもいまいちだしな、稼げる時は逃したくない」


「日課は欠かさず行ってるじゃん」


 それは別ってもんだよリリィ、と口にする事はなかった。延々と敵を潰して走ったおかげでようやく終着点の第2門が見えてきたのだ。


<我が君。如何なされるか?>


<門を開ける必要はないぞ。勝手に入るからな>


<主の従者たる仕事を奪わないで欲しいものだな。既に皆も準備を整えているのでね>


 レイアの溜め息と共に伝わる<念話>からすると向こうで色々準備を……あ、今第2門の城壁の上から妙にガタイの良い二人が飛び降りたぞ。二人して怪しげな仮面をつけているが、見覚えのある体格をしているんだが。


 なんで二人がいるんだよ。こっちから呼ぶ手筈だったはずだぞ、それに助っ人はまだ2日以上先の話だったのに。

 ああ……すっげぇ元気に暴れまわってる。もう十何年も同じように戦ってきたのだろう、巨躯の仮面戦士が先頭で大暴れし、それを脇で細身の仮面が手慣れた、しかし熟練の見事な手際で支えている。


「ははは、これぞまさに大戦(おおいくさ)、これに参戦叶うとは戦士冥利に尽きるというもの!」


 得意とする超重量級の大戦斧で暴れ回る戦士の体からは闘気が溢れ出していて、魔物が哀れに思えるほどだ。超楽しそうだなあの人、よく今まで宮廷暮らしができたもんだ。


「おい、白狼仮面。抑えろ、お前に敵を集中させてどうする。俺達は彼の援護が役目だぞ」


「待て、ギーリス。我等も少しくらい楽しませてくれても良いのではないか? クロイスやバーナードは大層楽しんだようだぞ」


「……お前、せめて仮面をつけていることを思い出せ」


 黒狼の仮面をつけているギーリスが溜め息とともにアードラーさんを誘導してこちらに向かってくる。そして新しい玩具を与えられた子供のようにはしゃいでいる獣王国次期総戦士長は行き掛けの駄賃とばかりに彼より二回りは大きな明らかに進化種らしき大シロクマの頭蓋を一撃で叩き割っている。


「ユウキ殿。いやさ、我等が救い主よ、援護に参ったぞ。私は旅の仮面戦士、白狼と呼んでくれ」


「本当に色々とすまん。私の事は黒狼で頼む。とりあえずはそちらの男を貰おう」


 俺の援護というより自分も戦いを楽しみに来たんですよねと喉まで出かかったが、二人が来てくれた事は本心から心強い。アードラーさんが意識のないランデルを担ぎ、ギーリスが二人の子供を抱えてくれた。片手の空いた俺はアリシアを抱え直し、背後に追いすがってくる魔物どもを光の矢を乱舞させ一気に数百匹殲滅した。


「色々と聞きたい事はありますが、まずは感謝を。ですが二人して降りてきちまってどうするつもりだったんですか?」


 まさか二人の事まで俺が面倒見るのかと一瞬思ったが、それは杞憂だった。城壁の上から太い縄が3本たらされているのが見えたからだ。王子やレイアの姿もすぐ側に見える。

 あれ登って上がって来いという事らしい。だから片手を空けるために二人が降りてきてくれたわけだ。


「師匠!」


 ライカの叫びと共に幾筋もの光の矢が俺の周囲の敵を打ち払う。キキョウの魔法も俺に近づかんとする後続を確実に討ち取っており、彼女達がいれば背後の憂いはなさそうだ。


「私もいるぞ!」


 リーナの元気な、しかし裂帛の気合と共に放たれた巨大な風の刃が空中で無数に分裂し、敵を切り裂いてゆく。あいつ、腕を上げたな。これまではこんな魔法の使い方をする奴じゃなかった。


 他にも異常なほど巨大な火球が俺の背後に向けて落ちていくのが見えたが……げっ、今のエレーナの<紅眼>スキルじゃないか。クロイス卿もここに来てるんだぞ、勘弁してくれ。なにが嫌ってあの二人困ったことがあると何故か俺に言ってくるので必然的にこっちまで巻き込まれる事になるのだ。


 エレーナがいるとなると姉弟子も来てるだろうし、図らずも全員集合ってことになりそうだ。贅沢な役者が揃ったもんだ。こりゃ魔物の方が頑張ってくれないと歯応えがなくなってしまう。秘境の奴等に期待するとしよう。


「今だ! 者ども、引き上げよ!」


 王子の号令と共にそれに応じる野太い男どもの声が轟き、俺達を綱引きの要領で持ち上げてくれた。登る必要があると思っていたが、向こうで引っ張りあげてくれるらしい。

 俺達三人が無事に城壁の上に辿り着くと、丁度その時にバーニィたちが城壁の上に登ってくる所だった。

 

 俺はこちらに視線を向けていた王子に振り向き、はっきりと頷いた。



「見よ! 我等はけして誰一人として見捨てぬ。当代最高の英雄たる<(シュトルム)>と共に最後の最後まで戦い抜くぞ!」


 王子の激に城壁付近に集っていた戦士たち、キルディスの民は絶叫にも似た歓呼の大声で答えるのだった。



「ユウキ! あんたは無事なのね!?」


 護衛の双子を伴って駆け寄るセリカの顔色は悪い。こいつは俺の力を知っているのになんでそんな青い顔をしているんだと疑問に思うと、彼女の視線の先に気付いた。

 担いでいたから分からなかったがどうやらランデルの額からかなりの出血があり、その血俺の肩口を赤く染めていたのだ。


「俺はな。他に色々ありすぎたのは確かだが」


「よ、よかった……なんか怪我してるように見えたから焦ったわ」


「ユウに怪我させられるような奴はもうこの世界に居ないから大丈夫だと思うよ」


 頭上の相棒がなんか意味不明なことを言っている気がしたが、俺が危機を脱したと解るとおやつ食べにいこっと呟いて消えてしまった。


「師匠! アリシアは!?」


 俺の肩に頭の乗せて意識のない友人に駆け寄ったライカはその額に張り付く鮮血に息を呑んだ。


「治療は済んだ、血はもう止まってるが、頭に一撃を受けて意識を失った。彼女をお前に任せてもいいか」


「わ、わかりました! ミレーヌさん!」

 

 人垣を掻き分けてこちらに走ってくる僧侶を視界に収めたが、それ以上の速度で迫る人影がアリシア怒鳴り声を上げた。


「アリシア! 何をしている! ここは最強たるSランクの実力を見せ付ける場だと言ったはずだ! 起きろ、立って敵を殺すのだ!」


「フランツ、なにを……」


 ライカの背に乗せられているアリシアを引き剥がそうとしているのは彼女の兄であるフランツだった。奴は熱に浮かされたような顔で意識のない妹を奪い取ろうとしていた。


「お前は倒れる事が許されていない。我が一族の栄達のその日まで、お前の力は私が最も有効に使いこなせるのだ。さっさと起きろ、この妾の娘が!」


「あ、あんたねぇ、いくら兄だからって許される事ではないわ!」


 激昂したライカがフランツから逃れようと身をよじるが、奴はアリシアの力を失った腕を掴んでいた。


「余計な口を挟まないでもらおうか。これは我が家の問題だ」


 そのまま力任せにアリシアを奪おうとしたフランツの腕は俺の手によって止められていた。


「師匠!」


「ライカ、行け」


 弟子を先に行かせた俺に奴は非難の視線を向けるが、あんたの方がよほど屑だと思うがな。


「な、何をする。他人が家族のことを……」


 腕を取られたフランツは俺の顔を見て言葉を失い、その顔は憎悪から恐怖へをその色を変えた。


「他所様の家庭の事情に口を出すのはとことん趣味じゃねえが、言わせてもらうぜ。フランツ・レンフェールド。あんたはクソだ」




 俺はバーニィやクロイス卿達と合流を果たした。


「途中色々ありましたが、何とかなりましたね」


「厄介事は全部お前が引き受けてたじゃねえか。心配はしてなかったが、無事で何よりだぜ。だが良かったのか? あれは結構厄介そうだぜ」


 クロイス卿の視線は俺を呪殺しかねない目付で睨んでいるフランツに向けられている。


「あの程度の小物、気にするまでもないですよ。妹の威を借りなきゃ何もできない雑魚です。むしろ何かしてくれるならその方が都合がいいってもんです。それより子供たちはどうなりました?」


 その”都合”ってやつが怖いんだがなと呟いたクロイス卿は話を続けた。


「それが……あのロジーナって子供、やっぱり訳ありみたいだな、連中の扱い方が普通じゃない。と、噂をすればだ」


「ユウキ様! 今回はなんと礼を言えばいいのか……」


 俺達の元に走り寄ったディーンとその戦士団全員が揃って膝をつく異様な光景に俺はどっと疲労が押し寄せるのを感じた。今更言いたかないが、元は彼等の脅迫じみた行動が今回の発端なんだかな。


「今更何を言ってやがる。だがあんたらの団員が無事でよかったよ」


 そう言って話を終えようとして背を向けた俺に話しかけてきたのは幼い少女の声だった。


「まって、まってください。その、私を助けてくれて、ありがとう……」


 団員の中から歩みでてきたのは俺達が助け出した少女、ロジーナだった。その側にはまるで彼女を守るように年上の少女が付き添っていた。うん、この感じは……まあ俺には関係のない話か。


「元気そうでなによりだ。少し事情は聞いたが、お転婆は程々にしておくんだな。周りが心配する」


「あ、待って……」


 俺を呼び止めるロジーナの声に答えず、疲れを感じた俺は一微(秒)でも早く帰宅すべく彼女に背を向けた。さっさと返って家族と飯を食おう。どうせ後で皆も後で連れ立って屋敷にやってくるのは解っているのでレイアが残って案内してくれるように<念話>で頼んでいたそのとき、驚きに満ちた声が周囲に響いた。


「なんと、君はまさかロニヤ姫!? アレイスタのロニヤ第3王女ではないか?」


「あ、あなたはマルグリット様。かつて一度お目にかかっただけの私を覚えていてくださったのですか?」


 ああ、やっぱり何処かの姫さんなんだな。戦士団の団長が直々に見習いを救出に行くとか言い出すし、所属する戦士たちはまるで騎士みたいな忠誠心だなと思っていたが案の定か。

 年がら年中小競り合いをしているこの地方では小国の興亡は枚挙に暇がないというし、亡国の姫を旗印に騎士団が戦士団として活動していることもあるんだろう。

 後で聞いた話だが、今のキルディスの町にはこのロニヤ姫の他にも滅亡した国の王族がそこかしこにいるとか。


「当然だ。将来の妻として絶対に口説こうと思っていたからな。アレイスタが滅亡し君が消息不明と聞いた時は涙したものだ」


 妻? ああ、あの王女様はそういう人だったな。なんか妙に疲れてきた。偉いさんの事は偉いさんに任せて俺は引っ込むとしよう。

 じゃあそういうことで、と下がろうとした俺の耳に理解不能な単語が飛び込んできたのはその時だった。



「ほう、苦労したのだな。そうだ、姫もフェルディナントの妻になるといい。見ての通り、この国が将来の北の中心になるのは間違いない。奴はその不安定な地位ゆえに正式な婚約者さえいない状況だ。今なら容易くその懐に入り込めるぞ。良ければ今から紹介しようではないか」


「え、ええ!? な、何を仰るのですか?」


「ふむ、だが正妃の座だけは譲れんぞ。あやつの第一婦人の座は私が戴く予定なのでな。姫には第二夫人の地位を約束しようではないか」



 当事者不在のまま急速に王子の外堀が埋められていくのを感じるが、まあ俺に一切関係ないし、さっさと帰ろっと。



「あ、先生。先ほどは助かりました。来て下さるとは思ってなかったので驚いていますけど」


 あの場を王子に任せた俺はさっさと宿に撤退し、その一室に設置した野営道具の天幕に戻ったのだが、その中で我が師匠の出迎えを受けた。


「ふん、こちらとてその気はなかったがの。致し方あるまいて」


 どうやら姉弟子とリーナがアルザスの屋敷で茶を飲んでいたらしい。そのとき俺がバーニィ達(アードラーさん達も共に飲んでいたが仮面を探すのに手間取って遅れたらしい)を緊急で呼びつけたのでこの騒ぎに気づいたらしい。そしてレイアに話を聞いた姉弟子というかリーナが先生に頼み込んだというのが流れらしいが、理由はそれだけではなさそうだ。

 先生が駆り出されたと思われる本当の理由がその側にいた。のんびりした雰囲気を周囲に振りまくエルフのお姉さんだ。


「リエッタ師。総本部にいないと聞いてましたが先生の所に居たんですね。おかげでクランは大変なことになってましたよ。各地の幹部が勢ぞろいしてラルフ達を詰めてました」


「あらまあ、そんなことになっていたのね。幹部会議の連絡は来ていなかったのだけれど。でも大丈夫、私の子供達は立派にお家を守ってくれてるわ」


 その顔には自らの家族に対する全幅の信頼がある。あの会議もどちらかといえば俺を槍玉にあげる目的だったから彼女の不在は大した問題ではないのだろうが。


「それよりユウキさん、大変なことになっているようね。私、あなたに恩返ししなければと思っていたのよ。話を聞いてセラちゃんにお願いして連れてきてもらったのよ」


 俺はリエッタ師の言葉を衝撃と共に聞いていた。昔馴染みだとは聞いていたが、先生は姉弟子を例外としてそう易易と頼み事を聞き入れる人ではない。

 驚きが俺の顔に出ていたのか、先生は心底うんざりした顔をする。


「此奴は頼みを聞き入れるまで延々とまとわりついてくるのじゃ。何度振りほどいても決して諦めん、それならば頼みを聞いて早く開放されたほうが百倍マシじゃからな」


 凄ぇ、あの偏屈な先生を諦めさせる人がいたとは。前にも思ったが、この人こそ世界最強なんじゃないか?


「儂らの話はよい。帰る前にいつくかこなすべき仕事があるのではないか?」


 先生の言葉に俺ははっとした。頭が休息を求めて動きを止めていたが、言われてみればその通りだ。

 視線を感じて振り向いてみれば、声を掛ける時を逃した顔のサラとロロナが所在無さげに立っていた。


「あの、おかえりなさい。大変だったと聞いているけど、その、お願いした件は……」


 そうだった。もとより今日はポーションが足りないからクランから貰ってこようという話だったのだ。他に色々ありすぎて頭から抜けていた。


 俺は<アイテムボックス>から見上げるほどの巨大な樽をサラの前に置いた。ずん、と重い音をたてて置かれた重厚な大樽は中身が満載されていることを二人に教えたようだ。


「え、えと。な、なにコレ? ワインでも買ってきたの?」


「いや、全部ポーションが入ってる。それも濃縮してあるから稀釈すれば嵩増しできるぞ。これと同じ樽を後5個貰ってきた。これだけあればこの期間中は保つだろうさ」


「へっ、嘘でしょ? これ全部ポーションなの?」


 驚愕を通り越して表情をなくしているサラを尻目に薬剤に関しては好奇心の塊であるロロナは既に樽に取り付いている。


「これに関しては二人に任せたからな」


「お任せください!」「えっと、お姉ちゃん、落ち着いてよ」




「あ、にいちゃんおかえり」「とーちゃん!」「兄様、お帰りなさいませ。大変なことをなさったとか。御無理をされてはいけませんわ」


 他にも色々と片付けなければならない事はあるが、今の俺はとにかく疲れたので家族の元へ帰って元気を補充したかった。

 もう既にこの町の危機はほとんど解決したといっていい。想定よりも早く助っ人が来てくれたし、セラ先生にリエッタ師までいるのだ。この二人がいるだけで勝利は確定したようなものだ。



 ああ疲れた。今日はずいぶんと働いてしまったし、あとは俺は後始末まで楽をさせてもらおう。


 

 俺は一仕事追えた安堵で来る筈もない安息の未来を夢見る贅沢を己に許すのだった。




楽しんで頂ければ幸いです。


すみません日曜予定が話が長くなったせいで全く纏まらず、二日も遅れました。


その分分量多いのでゆるしてくらはひ。


 豪華メンバーが揃ったので主人公は後は楽しようと思っていますが、もちろんそんなわけには参りません。


次回は日曜でかんばります。


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