表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

375/418

奈落の底から 22

お待たせしております。



「バーニィか? 今、暇か? 暇だよな? 手を貸してくれ」


「ど、どうしたんだいユウキ? 君がそんなに慌てるなんて珍しいね」


「俺の手に余る事態になりそうなんでな、お前の力が必要だ」


 俺はこの悪夢じみた状況に至り、助っ人を予定より早く呼ぶ事にした。戦力的に一切の不安がなくこっちの無茶な願いにも柔軟に対応してくれそうなのは彼をおいて他にいなかった。

 だから俺は彼を呼び出そうとしているのだが、通話石からのバーニィの返答はしばらく間があった。


「話では数日後だと聞いていたんだけど……突然だね」


「ああ、緊急事態でな、どうしても力が借りたいんだ。俺の背中を任せられるのはお前しかいない」


「解ったよ、そこまで言われちゃ行かないわけにもいかないだろうし。だけど、後で文句を言うのはナシだよ?」

 

「悪いな、恩に着るぜ」


 彼の屋敷は最初期から転移環を設置済みなのでそこからアルザスの屋敷、そしてこのキルディスへと徒辿りつくのに数寸(分)とかからない。だからすぐ彼は現れたのだが、俺が驚いたのは到着したのが彼一人ではなかったことだ。ああ、だからさっき間があったし文句を言うなとはそういうことか。


「お、ここが北域の果てか! 噂以上に寒いな、おい」


 現れたのはバーニィともう一人、俺も良く知る馴染みの人物だった。


「クロイス卿も一緒だったのか……なるほど、バーニィが言いよどむわけだ」


「よう、ユウキ! 楽しそうな事になってるじゃねえか。俺も混ぜろよ、役に立つぜ?」


 バーニィと肩を組んで転移してきた彼は以前より野性味を増した雰囲気で俺に笑顔を寄越した。彼の腕が衰えていない事は憂さ晴らしでダンジョンに付き合う俺も熟知している。とある一点を除いて歓迎したい人物だ。 


「俺としては大歓迎ですが、領地の方はいいんですか?」


 彼は今、領地持ちの子爵として苦難の日々を過ごしている。俺もかなり助力している領地経営は独特ながらも軌道に乗りかけたばかりで、領主本人が留守にしていいとは思えない。だから実力は知りつつも今回声をかけなかったのだが、彼はそれがお気に召さなかったようだ。


「エドガーさんと同じ理由だよ。今んとこ順調にいってるからな、俺が不在でもちゃんと回るのか、敵はどう動くのか観察する絶好の機会だ。それに最近体動かしてなかったからな、お前らとならいい訓練になる。お前の事だ、他にも色々と呼んでるんだろ」


「今回は少数精鋭でいくからそんなに数はいませんがね。ですがアードラーさんも公職に戻る前に一暴れしたいそうなんで参加してくれましたよ」


「あいつもかよ! 今の状況でよく獣王国が許した……なるほど、ギーリスを巻き込んだな」


 アードラーさんと長い付き合いである彼はどんな抜け道を使ったのかを理解していた。彼にとって幼馴染のギーリスは右腕どころか半身、それ以上の存在であり、困ったことがあれば全部彼に投げてしまう悪癖まであった。一番の問題はそういった難題を彼が愚痴を垂れつつ全部解決してしまう事で、はっきり言ってアードラーさんはギーリスに完全に依存している。彼に任せれば全てうまくいくと信じきっているのだ。

 サラトガ事変でも解決のために俺も彼に相談して助力を得たし、あの裏切りの際もギーリスが狙われたのもアードラーさんの力を削ぐなら当然の狙いなのだった。


「ええ、ですが今の彼等は獣王国とは縁のない謎の仮面戦士です。そこはお間違えなく願いますよ」

 

「いくら旧大陸の北の果てとはいえ、あいつの力を見れば見当はつきそうなもんだがな。まあいい、あいつらとまた肩を並べて戦える機会が巡ってくるとはな、血が滾るぜ」


 盛り上がっているクロイス卿にはセラ先生がエレーナを連れてくる可能性がある事は黙っておこう。意外と事態が好転することだって……ないか。二人の問題は個人の領域を超えているから、今のままでは互いが憎からず想っていようが成就しないのだ。


「俺としても貴方の参戦は心強いですよ。事情は聞いてるでしょうが、これから先、想像を絶する強力な魔物がどれだけ出てくるか解ったもんじゃないですからね」


 俺は掛け値なしの賛辞をクロイス卿に送った。彼は個人の戦闘能力は当然としてこれまで数々の依頼をこなしてきた経験がある。それも冒険者が百人単位で動員される大規模クエストにおいて有能な指揮官として名を馳せていた。その力量は粒揃いとはいえ寄せ集めの俺達には喉から手が出るほど欲しいものだ。


「魔境から神代の化物がいくら襲ってこようがお前の敵じゃねえから心配してねえよ。だが、バーニィ(こいつ)を緊急で呼び出す事態が起きてるのは確かなようだな、何があったんだ?」


「もちろん面倒事ですよ、こいつは俺一人の手に余るんでバーニィを呼んだんです」


 先ほどまでの楽観的な顔を引き締めた二人に俺は先ほどまでのやり取りを明かすのだった。




「助けてくれ、だと?」


 渋面を隠す気もなく雪原に頭をこすりつける男を見下ろすが、周囲の視線はこの男ではなく俺に集まっている。え、なんだこの空気、まさか俺が何とかする流れなのか?


「頼む。お願いだ、俺達はもうあんたに縋るしかねぇ……」


「いや、助けるっつったって、一体どうすりゃいいってんだよ?」


 俺は呆れるでもなく本心から素朴な疑問を述べたのだが、そこで誰もが口をつぐんだ。おいやめろ、冗談はよせ。


「……」「……」「……」


 何故そこで黙るんだ。救いを求めるような視線を誰もが俺に送ってくるので、俺もこの場の最高責任者である王子に託すべく彼を見たが……彼と目があった。いやいや、王子が決断する場面ですよここは。


「あー、えっと。誰か名案のある奴はいないか?」


 この沈黙に耐えられず声を上げたのは俺だった。どいつもこいつも俺に話をすれば解決すると思ってないか? 皆が思うほど大した人間じゃないんだぞ。


「あ、あんたならなんとかしてくれるんじゃないか? あれだけの魔法を使いこなせるんだ、ウチの見習いを助け出すことだって」


「無茶言うんじゃねえよ。お前だって見ただろ、第2門と第3門の間には隙間もないほど魔物がひしめきあってるんだぞ。どうすりゃ助けだせるってんだ」


 俺のボヤキに対して誰も声を上げる事はなかった。皆が無理だと解りきっている事実を前にして声を上げる事は救出を志願しているようなものだ。


 くそ、これだから担当はちゃんと()()って念押ししただろうが。



「な、なあ、そいつが外壁の上に居るんだったら飛竜で空中から助け出すってのはどうだ?」


 誰かが建設的な提案を口にしたが、周囲からは賛同の声が上がらない。此処は飛竜が珍しくない存在だから、あの生物の生態も良く知られているんだろう。


「レオン、どう思う?」


 俺はその作戦の当事者になるであろう彼に話を振ったが、その顔はさえない。


「出来なくはないと俺は思いますが、厳しいです。特に私達ギルドの飛竜は速度特化ですから、落ちる寸まで減速してもかなりの速度が出ます。その際は後部席の方が相手を拾い上げる事になると思いますが、非常に難しい作戦になりますよ。双方に高い技量が必要です」


 レオンは飛んでる最中に後部座席に座った奴が身を乗り出してその見習いを捕まえろと言っているのだ。城壁のすぐ上を飛ぶので飛竜と操縦者に高い技量が求められるし、救助者と要救助者双方に息のあった連携が必要になる。そしてもし救助に失敗してその見習いが城壁から落ちてしまったら、一巻の終わりだ。

 俺は団長に問いかけた。


「その見習いの身のこなしは?」


 すばしっこい奴なら期待が持てる、まだ検討する価値のある作戦だが……


「どんくさい。ただ歩いているだけでも転ぶような奴だ」


 ダメだこりゃ。そんな奴を戦士団に入れるなよと言いたくなるが、この地に於ける戦士団とは読んで名の如くではなく地域の子供を一人前に導く互助集団でもある。子供の彼等が大人から多くを学ぶ側面も持っているから純粋な戦士の他にも多くの見習いが所属している。

 扉の開閉に見習いを出すなと口酸っぱく言い含めていたはずなのだが、それが守られていなかったようだ。


「危険だな。案自体は悪くないが、悪条件がもう一つ重なった」


 俺は上を見上げた。弱々しい太陽が地平の向こうへ消えてゆく夕暮れの中、白いものが舞い始めたのだ。


「ここんとこ夜は毎日吹雪いているからな。風が出てきたら余計危険だ。お前のところの見習いのためにギルド専属の貴重な飛竜を危険に晒す訳にはいかない」


 暗に諦めろと言ったつもりだが、当然団長は引き下がらなかった。


「ロジーナは飛竜なんぞよりよほど……いや、忘れてくれ」


 見習い一人に妙に固執するな。名前からして女のようだが、訳アリか? だがどんな訳があったとしても一人のために全体の安全を脅かすような真似をするわけにはいかない。


 ……いかないんだが、この野郎。全部解った上でやってやがるな、一体どうしてくれようか。


 俺は全てを諦めた目で王子を見た、彼は重々しく頷き、ひたすら頭を下げている団長に向けて口を開いた。


「決死隊を募るがいい。赴く者はほぼ間違いなく死ぬであろうが、このままにしておく事はできぬ」




「くそっ、話していたらまた腹が立ってきた」


 苛立ち混じりに指揮所の椅子を蹴飛ばした俺はそっと無言でユウナがそれを直すのを視界の端に収めながら憤懣やるかたない内心を押さえ込んだ。


「ははは、全てはその団長の思うがままってやつだな。流石のお前もしてやられたか」


「ああ、そういうことか。ユウキが整えた状況を見切られて助けに行かざるを得ない立場にされたんだね」


 二人は同情の視線をくれたが、荒れ狂う心情はまったく晴れなかった。


 あの団長にしてやられた。彼も見習いがあそこにいるのは完全に誤算だったようだが、こちらが利用された事実は変わらない。見習い一人に大層ご執心だが、そのためにこちらを巻き込むのは迷惑以外の何者でもない。


「あの野郎、敢えて説明の為に人を集めた広場前で騒ぎを起こしやがったからな。勝手に一人で見習いを助けに行くなら門の前でやりゃいいものを。わざわざ中央広場で一芝居だぞ、完全にこっちの足元を見られた」


 この戦いで俺と王子が最も心を配ったのが士気(モラール)だ。だからこそ王子は民の前で演説を幾度を振るったし、俺も物資を過剰なまでに供給し、キルディスの町の民も巻き込んで全員がこの戦いに関わらせる事で当事者意識を持たせた。篭城戦に最も大切なものは優秀な武器や食料、戦意などではなく、希望なのだと双方が理解し、それを重視した方策を取っていたからだ。


 これまでは上手くいっていた。城壁をこさえて敵を引き込む事で戦士団に戦う機会と報酬を与え、それを支える町の民とギルドの活動一体化させる事で好循環を生み出す事に成功した。唯一の懸念であるポーションの枯渇もクランで大量に確保する事で熾烈な戦いになる後半の10日間を乗り切るはずだったのだ。



 そして俺達の方針を主だった戦士団の頭には伝えていた。彼等には士気の重要性を語り、この国難を戦い抜く最大の武器だと話してはいたのだが……それを逆手に取りやがった。


 俺達は士気を下げる行動を取れない。それも大勢の民が見ている前で誰かを見捨てるような行動をとれは、もし次同じような事があれば助けが来る事はないと理解してしまう。


 明日から始まる困難な闘いを前に、皆に不安を呼び起こすような行動は絶対に取れない。あの団長は俺達が助けにいかざるを得ない状況を作り上げた上で行動を起こしたに決まっている。



「くそっ、だから正門の開閉係は死んでも良い奴等を送り込めって言ってあっただろうに!」


 俺は周囲に気心の知れた奴等しかいないことをが解っていたので遠慮なく内心を吐露した。


「ユウキ、それはちょっと声を押さえた方がいいと思うよ」


 バーニィは慌てたように周囲を見回したが、指揮所に入ってこれる地位の奴には何度も話してある事だった。俺の悪態に誰も咎める視線を送ってこないことがその好例だ。


「大丈夫だよ、周りの奴等もわかっていたことだ」


 俺は敵が何か仕掛けるなら正門に細工するしかないと思っていた。だから異変が起きたときには扉の開閉担当者に犠牲が出ると思っていたし、そのときに戦士団の中心人物に被害を出すなよとちゃんと言い含めていた。

 当然ながら戦士団から反対意見も出たが、相手がいつ行動を起こすかは向こう次第なので被害を軽減させることしか出来ないと予め告げていた。俺が不在の時に動くとは見ていたが、その時にどの戦士団が開閉を担当しているかは完全に運なので、神にでも祈ってくれとしか言えなかった。

 それに彼等も命のやり取りをする仕事なので、どれだけ綺麗事を口にしようが一人一人に命の値段をつけていないはずがない。多少ゴネようがその優先順位で選んでいるのはわかっていた。


 だからいざとその時になっても騒ぐ事はないと見ていたのだが、こんな事態になるとは。姿が見えなければ諦めもつくのだろうが、生きているのが確認できたらそうもいかないか。

 やれやれ、つくづく俺にこの手の才能はないな。これなら大丈夫だろと思っても事態はこちらの想定の上を行きやがる。




「それで僕の力が必要だって事は?」


「ああ、超が付くほど規格外な前衛がいる。何をするかは言わなくても解るな?」


 これからあの魔物ども相手に文字通り血路を開いて第3門に突撃するのだ。俺が彼の助力を頼むのも解ってもらえるだろう。


「ユウキが隣にいてくれるなら、煉獄の底でも共に行くよ」


 死線を潜ってくれという俺の頼みにバーニィーは快諾してくれた。彼が出してきた拳を無言で打ち合わせる。俺達はこれだけで理解しあった。流石は俺の友人だ、余計な問答が一切なかった。


「おいおい、こんな面白そうな話、お前たちだけで楽しもうったってそうはいかないぜ。俺にも噛ませろ」


 そして此処にも酔狂な人がいた。だが、これこそがAランクでも最上級に位置する”天眼”の二つ名を持つ冒険者だ。超一流は言葉ではなく、その行動で周囲を納得させる。

 ランヌ王国は得難い男を手にしたが、冒険者ギルドは天に瞬く一等星を永遠に失ったわけだ。彼の引退は早すぎたように思えるな。


 立場のある彼がこのような言葉を口にするのは問題もあるのだろうが、彼の男気に俺は口を笑みの形に歪め、無言で拳を差し出した。


「クロイス卿とユウキがいればどこだって行けそうですね」


「俺はもう引退した身だぞ。ユウキに遅れないでついてゆくだけで精一杯だ、だがお前たちのフォローくらいはしてやれるさ」


「まあ、退屈はさせません、それは約束します」


 馬鹿な男三人が拳を打ちあわせる音が指揮所に木霊した。




「ユウキ、こちらの支度は終えたぞ」


 俺が二人を連れて天幕を出ると王子の周りには先ほどの団長と周囲に数人の男が集まっていた。彼の元へ向かうと王子はバーニィとクロイス卿を見た。閉ざされたこのキルディスの町にどうやって助っ人を呼んだのかは気にしないでもらっている。俺は答えないし、しつこく聞けば手を引くと彼もわかっている。


「そちらがお前の呼んだ助っ人というわけか。確かに只ならぬ雰囲気だ、期待させてもらおう」


「挨拶はまたいずれ。今はこちらを終わらせましょう。面子は集まったので?」


「”双頭の鷹”団長のディーンとその団員3名が名乗り出た。そちらの二人とあわせて総員6名が出撃することになるな」


 順調に儲かっている中で決死隊という確実に死ぬ任務に誰が志願なんざするかと俺は思っていたのだが、これは意外だ。同じ団とはいえ4人も自殺志願者が出るとはな。


「誠に不本意だが、7人だ。友人だけを死地に送り込むわけにはいかない」


 心底嫌そうに告げた俺に周囲の視線が集中し、団長改めディーンとその団員は奇跡を見たような救われた顔をしている。おい、まだ何も解決してないぞ。


「良いのか? 貴殿は直接参加することを嫌がっていたと思うが」


「仕方ないだろ。ここで失敗する悪影響の方が大きすぎる。だがディーン、この落とし前は後できっちりつけてもらうからな」


「ああ、もちろん俺達に行える全てで埋め合わせする、だがそれも仲間の救出が為ればこそだ。あんたはどのようにしてあの門まで辿りつく考えなのだ?」


 ディーンは俺に名案を期待しているようだが、俺の脳味噌の出来は平凡だぞ。これまで行ってきた事もけして画期的というわけではない。時間と金と人手があれば誰でも実行できる事に過ぎない。


「お前と同じ考えだよ。立ち塞がるすべてを蹴散らして門まで駆け抜ける、それしかない」


「な、なんだと……」


 ディーンは絶句しているが、他に今何か思いつくなら教えてくれ。


「他に冴えた考えがあるなら教えてくれ。今思いつけないならどんな名案も無意味だぞ。これから気温も下がって吹雪いてくるんだ。おまえのところの見習いは寒さに強いのか?」


 彼が言うにはどんくさくて寒さにも弱いという。おまけに病弱で体力もないというから……これ以上考えると悪口しか出てこないのでやめよう。


「だから単純に敵を蹴散らして突っ込む、それが出来る人材を呼んだ」


 彼等の視線はバーニィとクロイス卿に注がれている。歴戦の空気を醸すクロイス卿はともかく剣を持っていないバーニィは何処にでもいる一般人だからな。それが逸般人(いっぱんじん)だったと認識するのはもうすぐだが。


「俺としてはあんたらが志願したことが驚きだ。本気なのか? 絶対に死ぬぞ」


「俺達は誰も見捨てない。仲間がそこにいるなら必ず救出に行く」


 こいつら、この目は戦士じゃないな。今気付いたが、彼等の強い覚悟は別の人種を感じさせた。答え合わせは後でやればいいし、彼等の命懸けの意思は十分に伝わった。こいつらなら共に死地に入ってもいいだろう。


「あんたらの覚悟は眼で解ったよ。とても戦士とは()()()()高潔さもな

。だが、まずあんたらにやってもらうことがある」


「ああ、可能性が少しでも上がるなら何でも言ってくれ」


「じゃあ防具を外せ。付けるだけ邪魔だ」


 当然ながらは戦いに来ている彼等は防具を身につけている。それもこの地の強力な魔物と渡り合える重厚な装備だった。


「死地に飛び込むというのに防具を外すのか? いや、もちろん従うが」


「馬鹿野郎、俺達は門に辿りつくのが目的だぞ。足を早くするために身を軽くしろ。道は俺達が拓くからあんたらは敵と戦うな、足を止めたら死ぬと思え。俺達に手助けする余裕があると?」


 はっきり言って二人を呼んだ時点で彼等が参加する意味は皆無なんだが、当事者が何もしないと言うのは俺の気が済まないので、彼等にも苦労してもらう。それに人足はある程度必要だろうしな。


 欲を言えば俊足であってほしかったが、志願者に鈍足はいなかったのは幸いだった。



「師匠。私も行きます」「お供させて下さい」


 さあ、地獄巡りへ洒落込もうかと思ったとき、放置していた弟子二人がこちらへ駆けて来た。健気なことを言ってくれるが、彼女達に向いた戦場ではない。


「その言葉は嬉しいが、二人には支援を頼む」


 俺の言葉にキキョウは頷いてくれたがライカは嫌がった。


「そんな、私の力は師匠のお役に立てるはずです! どうか連れて行ってください」


 言い募るライカに俺は無言で近づく。そして広義の言葉で”縮地”と呼称される技術でライカとの距離を一気に詰めた。


「え、うわ! 師匠!? なにを!?」


「この距離での対処をお前にはまだ教えていないからな。危なくて連れて行けない。キキョウは遠距離専門だし、お前も主に中距離で戦うからな。ここまで間合いを詰められたら手札がないだろ」


「う、うう。それは……」


 これから先は敵の数が多すぎて超至近距離での戦いになる。馬鹿弟子を連れて行くとそっちに気を取られて俺が危なくなるのだ。


「お前はキキョウと共にここで支援してくれ。帰還するときが一番面倒なんだ、俺はその方が助かる」


 ここから見える第3門の扉の開閉所は城壁を梯子で登った先にあるのでそこに駆け込むだけだが、帰るときは正門を開けなくてはいけないのだ。俺達とともに大量の魔物が侵入する事になる。それを討つ戦力が要るのだ。


「うー、わかりました。後で今の技術も教えてくださいね」


 キキョウからも強い視線を受けているので解った解ったと二人を宥めるのに苦労した。従者二人には既に指示出し済みなので口を挟む事がないのは幸いか。



「待て、危機を払うのはSランク冒険者の仕事のはずだ。アリシアも連れて行け」


 これ以上面倒が増えない内に出かけようとした俺達の行く手に立ち塞がったのは”悠久の風”のリーダーであるフランツだった。隣にはアリシアを伴っているが、俺は舌打ちしたいのを堪える事になった。


「彼女の参戦は心強いが、いけるのか?」


「無論だ、いついかなる時でも求められた結果を出すのがSランク冒険者というものだ」


「あんたには聞いてない。実際に戦う彼女の状態を訊ねている」


 全ての受け答えを兄であるフランツがしようとするので俺はそれを遮り、薄暗くて顔色が判別できないアリシアの様子を窺おうとしたが、その時俺の服の裾を掴んだ者がいる。位置から見てライカ以外ではありえず、弟子の意図も痛いほど解っていたがこの場ではアリシアの立場が邪魔をした。


「兄さんが行けと命じるのであれば、行きます」


 簡潔に答えた彼女の声に感情は無かった。俺は内心に湧き上がる溜め息を押し殺し彼女に戦列に加わるように告げることしかできない。

 ライカはSランクのそっくりさんとして周囲を無理矢理納得させたが、アリシアはギルドから正式な依頼を受けて王子に名乗りを上げている。この状況で彼女の参戦を断る選択肢は、政治的に取れない。彼女の精神状態がどうあれ、断ればギルドをSランク冒険者を信用していないと表明するのと同義だからだ。

 俺が断っても王子が同行を命じるだろう。そのやり取りの分だけ時間の無駄だ。正直言って不確定要素が増えただけで迷惑だが、致し方ない。バーニィーとクロイス卿も祖国が誇るSランクなので配慮が要ると理解してくれた。

 まあその実力は折り紙つきだというし、腕前を見せてもらおうか。



「師匠……」


「お前が言いたい事は解っている。後は任せろ」


 アリシアとは境遇も近く、親友とも呼べる間柄だというライカの声は不安に満ちていたので俺は安心させるようにその頭を撫でてやった。つい妹達にするようにしてしまい、年頃の少女に対する行動でない事に焦ったが、ライカはこちらが戸惑うくらいの笑顔で頷いた。


「信じます、だって貴方は私のただひとりの師匠ですから。アリシアをよろしくお願いします」




「二人はそれぞれ行動してくれ。ユウナは別件で悪いが頼むぞ」


「了解した。弟子二人の監督は任せて欲しい」


「この場でお役に立てないのは無念ですが、致し方ありません」


 従者二人には仕事を振ってある。ユウナはクランの件で動いてもらう必要があり、俺の個人的用件なのでこの事件より緊急度は上だ。彼女もそれは弁えていて俺に頭を下げると踵を返した。


「なんだ、ユウナはどこか行くのか?」


「ええ、今日はクランに顔を出してきたんですが、そこで色々ありまして」


 城壁に向かいながらクロイス卿がユウナに視線を向けているので事情を少し話すと彼も得心が行ったようだ。


「ああ、魔導結社の件か。俺にもクランから色々聞かれたよ、全部無視してやったけどな。このクソ忙しい時に他の事に関わってられっかってな」


「”白き鷲獅子(ホワイト・グリフォン)”の大幹部としてそれでいいんですか?」


 心底嫌そうにしている彼にそう聞いてみたが、クロイス卿は鼻を鳴らすだけだ。


「構やしねえよ。ウチは幹部だけで500人近くいる大所帯だぞ。俺は金と名前を出してるだし、実務には一切関わってねえからな。本部連中もお前を取り逃がして悲鳴を上げてるだけさ。俺とエレーナに近いからそこから引っ張れると思ってたようだぜ」


 そりゃ見通しが甘いといわざるを得ないが、それで仲の悪い魔導結社に取られてキレてるって寸法なのか、くっだらねえな。


「あ、あんたら、余裕だな。俺達とは住んでる世界が違うってのは解るがよ」


 ディーンとその部下たちは緊張で冷や汗をかいている……だけじゃないな。この寒さなのに身軽になるため薄着にさせて参ってるんだ。


「悪い、気が回らなかった。4人ともこれを首にかけろ、適温調整の機能がある魔導具だ」


「おおッ、暖かくなった! こ、こんなもんが世界にはあるのか。あんたなんでも持ってるな」


 そりゃダンジョンで31層からの宝箱をひたすら開ける生活を送ってると色々手に入ってくるからな。恐ろしい事にこの魔導具も10個近くが一つの宝箱に入っているという豪華さだ。最近になってようやく僅かな進展を見せたが、それをこの地で披露するのはもう少し後になるだろう。


「アリシア、あんたもその外套に似たような効果がありそうだが、こっちをつけろ。それと外套は脱いでおけ、俺達は一気に走って向こうの門まで辿りつく予定だ。脚を遅くするものは全部外せ」


「あの数の敵を突破して……正気ですか?」


 天下のSランク冒険者サマもってしてもあの敵を正面突破するのは自殺行為らしい。


「それが出来る面子を呼んだのさ。あんたも知る顔だとと思うが?」


 俺に言われてアリシアは初めて周囲を見回してクロイス卿とバーニィをみて驚いている。こいつ、今まで回りに気を配れてなかったのか、本当に重症だな。俺は目でクロイス卿に彼女の援護を依頼し、了解を得た。


「何故、あの方々がここに? どうやって呼んだのですか?」


 自分達は一日掛けて飛竜で移動してきたのに、と疑問をぶつける彼女に秘密だとはぐらかし、俺は最後の準備を始めた。




「これから全員に身体強化の守護魔法をかける。ゆっくり慣らせば代償付きで5倍近い速度で走れるが、そんな時間もないからな。2倍で行くぞ、普段と感覚が変わるからそれぞれじぶんで調節してくれ」


「守護魔法だと!? あんたそんなものまで使えるのか! 本当に一体何者……いや、なんでもない」


 ガタガタ煩えぞと視線を向けるとそんな状況ではないと思い出したディーンは即座に謝罪した。城壁に向かいながら俺がかけた魔法による上昇効果を確認している。慣れているバーニィとクロイス卿は5倍以上の最大効率で動けるが固まって動く以上、当然ながら一番遅い奴に速度を合わせる必要があるのが面倒だ。しかしディーンを始めとした4人は俺を巻き込んだものの、自分達の命を賭けて仲間を救おうとしている。その根性は見上げたものなので、褒美に全員生かして帰してやる事にしよう。



「正門は……まあ開ける必要はないわな」


「敵が入って来るだけですからね。高さはあるけど飛び降りた方が面倒は少ない。魔法があるから、これくらいなら余裕で降りられますよ」


 今もディーンが試しに飛び降りて怪我ひとつない事を驚いている。他の団員もそれに続いた。


 俺達は第2門の城壁の上に立っている。俺達決死隊の他には見送りに来た王子達やレイアや弟子二人も固唾を飲んで見守っている。


「また面倒な事になったわね。あんたが絡むといつもそうだけど」


 どうやら俺が動くと知って館から駆けつけてきたセリカが呆れに近い顔をしている。だがその顔には隠し切れない興奮が……なんだあれ、自慢そうだな。


「毎度のことながら、上手く行かなくて嫌になるぜ」


「それでも何とかしちゃうのがあんたじゃない。今回も当たり前みたいに奇跡を起こしなさいよ、わ、私の男がすごいやつだって皆に自慢したいんだから」


 ”私の男”のところで恥ずかしくなったらしい、セリカは顔を赤くしていたが、その全幅の信頼には応えなくてはならない。


<ユウキさん、後でセリカに話がありますので通話石に出るように言っておいてください>


 俺の視界を<共有>していた雪音が怖い声で<念話>を飛ばしてきた。今は玲二も如月も日本にいるので手持ち無沙汰らしく、最近の彼女は俺を見ている事が多いのだ。


<わかった。後で言っておくよ>


 雪音からは俺を案じる言葉はなかった。この程度の出来事で俺が怪我などするはずがないと彼女は解っているからな。バーニィを呼んだのは安全かつ確実に全員を連れ帰る事を重視したからだ。


「往復で四半刻(15分)もかからんから、すぐ終わるし見てなくてもいいぞ」


 それ以上時間がかかるようなら不測の事態が起きて作戦は失敗に終わっている。俺達は帰還できても見習いをここに連れ戻す事はできないだろう。


「冗談でしょ? 一部始終を目に焼きつけるわよ」


 好きにしろと言葉を投げて俺は眼下に見える魔物で埋め尽くされた漆黒と化した平原を見やる。ここから第3門まで直線距離で約2キロル。目的があったとはいえ我ながら広く作りすぎたな、魔物を蹴散らしながら全力疾走する羽目になるとは想像もしなかった。


 いやはや、これだから人生は面白い。


 さあ、駆け抜けるとしようか。



「お前らッ! 覚悟は出来てるな! 何があろうと走り抜けろ、転んだらその場で死ぬと思え!」


「おうッ! お前と組むと退屈しなくていいぜ!」


 声を返したのはクロイス卿だけだ。隣のバーニィは既に剣を抜き、頭が戦闘に没入している。剣を手にした今の彼は研ぎ澄まされた戦闘機械そのものだ。彼が切り開く血路を俺達は進む事になる。


「じゃあ、始めようか」


 俺の声と共に魔法が炸裂し下に居た魔物達が空高く撥ね上げられた。その小さな隙間目掛けて俺達8人は地を蹴った。


 連続した爆音が轟き、俺達の眼前の魔物がまたも吹き飛んでゆく。新たに作り出された道をバーニィが拡張すべく剣を振るい、血煙で雪原を舗装する。


 クロイス卿の両手の指から10条の魔法の矢が生み出され周囲に炸裂する。それによって混乱が生まれこちらに殺到する魔物の勢いがほんの一瞬だけ緩む。


「道を開けろッ! 邪魔するやつはまとめて地獄へ送ってやるぜ!」



 俺の叫び声と共に猛烈な爆音が視界に入る全ての敵を薙ぎ払った。



 こうして俺達は救助を待つ第3門に向けて疾走を開始したのだった。




楽しんで頂ければ幸いです。


あれ、おかしい。助け出して帰還するまでが一話の筈が、半分で終わってしまった。不思議ですね。(すみません)


それと1/28で7年経過していたと言う事実に驚愕しております。作中でようやく一年経過したばかりなんて乾いた笑いしか出ない今日この頃です、


更新速度が上がればいいのですが、現状の仕事だとこれが限界です、ごめんなさい。


では次回は救出作戦本番です。この話はここで締められるはず。きっと。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ