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奈落の底から 21

お待たせしております。



「第3門の中は魔物で埋め尽くされている……正門は破られていないようですが」


「落とさなきゃならん格子が落ちてないからな。そりゃ魔物はいくらでも入ってこれるわな」


 夕闇迫る中、キルディスの上空を旋回する俺達は状況を確認しているが、そう呑気にしていられる状況ではないようだ。


「レオン、気づいているか? 右後方、3体来てるぞ」


「うわっ、ルック急いでくれ!」


 速度を極力落として眼下を観察していたら後ろから敵が接近してきていた。振り向いて確認すると斜め上から鳥系の魔物がこちらに向かって一直線に突っ込んでくる。慌ててレオンが愛竜を加速させるが、今にも接敵するから退避は難しそうだ。


 豆粒より小さかった敵は一気に全貌が見えるほどになり、鋭利な牙が生え揃う大口を開けてこちらへ突撃してくる。この速度で食らいつかれたら大怪我ではすまない、さらに奇襲を受けた格好の今の状況では迎撃した方が被害は少ないと思うが、これまで戦いを経験してこなかったレオンは退避を選択し、あっと言う間に追いつかれた。この魔物は最近おなじみのシルバーオウルだ。体毛が銀色である事から名付けられたと聞く。肉食で獰猛なのは見ての通りだ。


「ピリュアッ!」


 そして聞き取り難い雄叫びを上げながら俺の魔法により頭部を破裂させて即死し墜落するシルバーオウルを空中で<アイテムボックス>に格納する。とうとうこの近辺にも飛ぶ魔物が出没するようになった。後半になれば時間の問題だと思っていたから驚きはないが、対処法がひどく限られているのが難点だ。


「よし、鶏肉が手に入った。こいつ結構デカいから肉も大きいんだよな、今夜は焼き鳥と唐揚げにしようぜ」


 飛行する鳥系の魔物はまず討伐数が少ないから素材の買い取り額が高めなのだ。魔石はもちろん羽も珍重されるというし、この三匹で金貨一枚くらいの稼ぎになるのではないだろうか。額そのものはもう気にしない方がいい。今朝の日課でこの3000倍くらい稼いでいるが、金貨一枚といえば一家四人が一月(90日)は暮らせる大金なのだ。


「ユウキさん、そのようなことを言っている場合ではないでしょう! あれほど堅牢だった城門のが突破されているのです、緊急事態ですよ!」


「レオン、落ち着けって言ってるだろうが。第3門が抜かれるのは想定内、いや予定通りなんだよ。何のために門をわざわざ3重に作ったと思ってるんだ、始めからあそこは突破させる計画だっただろうが。説明を聞いてなかったのか?」


「そんなの聞いていませんよ! そんな大事なこと、一体いつ行われたのです!?」


「あん? そんなのあの夜に決まって……あ~、お前いなかったかも。実家を説得しに戻っていた気がするわ。俺の落ち度だ、悪い」


 俺は城壁を作った日の夜、騎士団や戦士団の主だった者を集めてこれからの予定を話している。俺達の行動目的、勝利条件、取るべき行動などを話してその中で第3門を餌にすることも含めていた。もちろん反対意見も出たが、俺が出した以上の案も出ず王子の裁可を経て計画は承認されている。

 この計画に納得しなかった奴はこの町にはもういない。城壁に閉じこもらず討って出たいとか抜かす自殺志願者には物理的に消えてもらったし、落とし格子の開閉は力こそいるが非常に簡単なので、失敗や不手際などではないはずだ。


「そ、そうなのですね。いえ、ユウキさんが私とその家族の為に骨を折ってくださったのは理解していますので……ではこれは計画通り、貴方が落ち着いているのも当然というわけですか」


「ああ、疑うなら指揮所に行こうぜ。これが誤算ならあそこは今大混乱に陥っているはずだからな」


「た、確かにそうですね。わかりました」


 俺が素直に謝ったのでレオンも口調を普段のものに直している。それからレオンはルックを臨時の飛竜発着場であるダンジョン近くの空き地に着陸させた。この土地は既に冒険者ギルドが確保済みという手の早さで、他にも王子や王女までこの近くの手つかずの土地を入手しているらしい。まだダンジョンの再稼動まで4日ほどあるはずだが、彼等は既にこのダンジョンが齎す莫大な富を見越して動いている。


 グラン・マスター直轄の飛竜2騎は体を休めていたが、騎士二人はいなかった。俺を見た二匹はしきりに果物を欲しがったが、それぞれ一つに留めておいた。本来食べ物は主人が与えるべきものらしく、たまにならいいが他人が与え続けるのは問題らしいのだ。


 もっとちょうだいと首をもたげる2匹を宥めて俺達は指揮所に足を向けた。

 その道行きの中で、色々な場所を通るのだが……


「皆、不安がっていますね、昼間とは大違いだ」


 俺が出掛ける前は活気に溢れていた通りは皆が息を潜めていた。仕事の途中だからか、人出そのものは多いが、その顔には不安と焦燥が張り付いている。こういった負の感情は光速で他人に伝播するものだから誰もが周囲を窺い、垂れ込めた暗雲に心を曇らせている。


「町の皆には悪いが、こうする必要があったんだよ」


 俺の言葉も言い訳じみている。状況からして()()()()()()()必要があったんだが、説明無しでこの状況にしたらこうもなるわな。


「ああ、レオンじゃないか! よかった、無事に戻ってきたんだね」


「ええ、先ほど戻りました。ジルおばさんたちはどうしたんです、皆さんで集まって」


 レオンが町のおばさん連中に捕まっている。だがその内容を聞けば納得できるものだった。


「レオンはさ、王子様とも直にお話しできる身分なんだろう? どうか説明をしていだけないかってきいちゃくれないかね? あれだけ立派だった正門が破られて魔物が入って来てるって話じゃないか、皆不安で不安で仕事が手につかなくてさぁ」


 レオンは困ったように俺を見るので、自然と注目が俺に集まる。町の衆に黙っていた負い目もあるし、これで目的は果たしたのでもう隠す必要もない。不安を取り除くなら一気にまとめてやった方がいいだろう。


「この後、王子様臨席の元でこの件の説明があるだろう。皆不安に思っているだろうからなるべく多くの人に声をかけてほしい。話を聞けば安心して日々を過ごせることを約束するぞ」


 俺もなんだかんだと偉そうに顔を出しているからそこそこの地位にいることは町の皆に知られている。そういうことなら、とオバちゃん連中も三々五々に散ってこの話を伝えてくれるようだ。


「よろしかったのですか? 王子殿下に断りもなくそのような判断をして。まあ、ユウキさんの決めた事なら殿下は一も二もなく認められるでしょうけど」


 小声で訊ねるレオンに俺は首を振った。


「良いも悪いもないだろ。町があんな状態じゃこれからに差し障るからな。町の皆はこれからも活躍してもらわないといけない、もう用済み状態の戦士団よりよほど気を遣う相手なんだよ」


「戦力の主力を担う彼等よりもですか!?」


 レオンは驚いているが、俺に言わせれば連中の仕事は8日目が終わりつつあるこの段階でもう終わっている。後はいてもいなくても構わない存在だ。


「これから先は敵は強敵しか出てこなくなるぞ。変わらず城壁で護られている中、戦士団が命を懸けてまで敵を倒し続けると思うか?」


「そ、それは、彼等とて此処が故郷というわけでもありませんし、あくまで出稼ぎに来ている印象ですね。ごく一部を除いては積極的に戦いたがらないでしょう」


 俺の指摘にレオンも、そういうことかと納得した。戦士団は稼ぎに来ているのであって、死にに来ているわけではない。門が破られるならともかく、この中が安全であれば無理をする必要がないのだ。戦闘狂や大金を狙うのでもなければ無理はしないだろう。稼ぐだけなら仕事は山ほどあるしな。


「ですが、そうなると町の皆との仕事の奪い合いになるのでは? 戦士団と競合すれば町の者達は……」


「奪うどころか仕事が多すぎて頭を抱える事になるから心配ない。なにせこれから一日万単位で魔物が消えていくからな、街中は解体作業待ちの死骸で溢れ返るぞ。戦士団なら魔物の解体作業も慣れてるだろ」


「ユ、ユウキさんが戦闘に参加されるのですか?」


「俺の仕事は後方支援だからな、最後の最後まで手は出さないつもりだ。第一、俺が全部やってやる必要もないだろ、戦士団が稼ぎたがってたから場は与えたし、それを支える体制も作り上げた。今回はそういった任務だよ、誰が好き好んで全部の面倒を見るかよ、やりたい奴がいるなら任せるに限るだろ」


「で、では誰が敵を倒してくれるというのです?」


 焦ったような顔のレオンに向けて俺は口元を歪めて応えた。


「助っ人達を呼んだのさ。楽しみにしてな、この滅茶苦茶な状況を笑いながら乗り越えちまう凄腕ばかりさ」




「おお、戻ったか! ユウキよ、しかして首尾は?」


 指揮所の天幕を潜った俺を王子が出迎えてくれた。その声に焦りも不安もなく、俺の帰還を喜んでいるだけだ。指揮所に残る他の者達もポーションの枯渇が解消された事を安堵する顔ばかりで正門が突破された事による混乱は欠片も見えない。レオンもそれを見て安心したようだ。


「ポーションを水浴びできるほど確保してきた。これでこの戦いの最中は気兼ねなく使える。ただ一つの懸念を除いて」


「器の問題か。これは如何ともしがたいな。大国であれば十分な備蓄があろうが、このような突発的事態では十分な準備など出来ようはずもない。だが瓶がなくても液体があれば怪我人は癒せるが、瓶だけあっても仕方ないのだ、前向きに捉えるとしよう。これで貴殿の言う全ての準備が整ったというわけだな、ユウキよ、本当に良くやってくれた。此処まで来れたのはすべて貴殿の力だ。礼を言うぞ」


「仕事をしているだけだ、気にしないでくれ。外じゃ丁度第一段階も終了したようだし、これからが本番だな。それと、正門の件の状況を教えて欲しいんだが?」


 俺の問いかけに王子は頷き、背後の側近がこちらに歩み出た。


「正門に何らかの異変があったのは時計時刻に置いて1421時です。決められた刻限になっても格子が降りず、大量の魔物が雪崩れ込んできました。我々もこの事態は予想しておりましたので準備は整えておりました。幸いにして怪我人なく全員を第2門ない収容しております。なお、この際に際立った活躍をなさったのは貴方の従者と弟子の皆様です。当時展開していた4つの戦士団からは、あの4人の的確な援護がなければ敵に飲み込まれていたと口を揃えました」


「そうか、あいつらならそれくらいやってのけるだろう」


 俺は素っ気無く彼女たちの行動を評したが、それを聞き咎めたのが王子だった。


「余からも直接謝意を述べたが、貴殿の口から出る言葉が彼女達の一番の褒賞となるだろう。頼むぞ」


 王子から念押しをされた俺は思わず頷いてしまったが、あいつらの力量を以ってすれば片手間以下の仕事だったはずだ。褒めるようなもんでも……いや、やりますって。

 絶対にやれよと強い視線を受けて泣く泣く従う事にした。話すべき事はまだあると言うのに。


「じゃあ結局損害は門の開閉をしていた者達だけか?」


「今各戦士団に点呼の確認を取らせていますが、まず間違いないでしょう。止む終えないとはいえ、残念な死亡者です」


 正門の落とし格子が開いたままという事は開閉を担当していた者達に何かあったとしか思えない。そして魔物が雪崩れ込む最中に退避したとも考えられず、生存は絶望的だった。魔物で埋め尽くされている第3門の開閉室に今すぐ確認に行く気もないので全ての戦いが終わってからになるだろう。


「了解した。それと王子殿下、この件で民に不安が広がっている。早急に対処したいから顔貸してくれないか? 説明して安心させないと明日にも悪影響が出るだろう」


 俺は何一つ手を打っていない彼に内心不満を抱いたが、これは彼の資質というより周囲の側近の問題だ。今現在における王子の苦悩を平民が解ってやれないように町の民の不安も彼には理解しがたいだろう。生きている世界、見ている世界が違うのでこれは仕方ないことで、それを補うのが側近の仕事だ。


 事実、天幕から出ていなかった王子は民が不安に怯えている事を露知らなかった。だが、篭城、防衛戦で士気の重要性を理解している聡明で話の解る彼は俺の言いたいことも理解しており、こちらの提案に頷くのだった。




「こりゃまた集まったな。戦士団も含めて5000人以上いるんじゃないか」


「はい、作戦を知らされていない末端の戦士たちも現状に不安を抱いている様子です」


 天幕を出た俺は広場に集う多くの人出を見て独り言を呟いたが、それに応えてくれたのはいつの間にか背後に控えていたユウナだった。彼女の近くにはレイアやキキョウ、ライカもいる。セリカやロロナ達は館にいるようだ。


「4人とも、大いに活躍したようだな。撤退する戦士たちが一人も欠けなかったのはお前たちのおかげだ。よくやってくれた」


 王子に言われたから彼女達にねぎらいの言葉をかけたが、効果は覿面だった。ライカは誰が見ても解るくらいに満面の笑顔だし、キキョウも珍しく顔を綻ばせている。レイアは当然だと平然を装っているが、口角が普段より上がっているし、ユウナに至っては驚きに固まっている。こいつめ、俺が褒めないと思って嫌がったな。いやまあ王子に言われなかったら口にしていなかったが。


「ご指示通りに動いたまでです。お言葉をいただくほどの事ではございません」


 再起動したユウナはそう取り繕っているが、頬が上気しているのはこの気候のせいだけはないはずだ。


「でも師匠、これからどうするんですか? 皆不安がってます」


 ライカとキキョウの顔にも未来への不安が見て取れる。後から合流した二人にも事情は話していないのでこれは仕方ない事だ。


「後で詳しく説明があるが、此処まで全部仕込みでな。予定通りだから心配するな」


「やはりそうでしたか。お師様不在時に異変が起きたので怪しく思っていましたが、全ては計画通りなのですね」


「まあな。この人出も説明を聞くためのものだから、二人も聞いておくといい」


 そう告げて話を切り上げようとした俺だが、キキョウは更に言葉を続けた。


「お師様……その、クランの方は如何でしたか?」


 非常に言いにくそうにこちらを見てくる彼女に俺は苦笑を隠せない。


「君も大変だな。何が聞きたい? 板挟みになっている一番弟子を助けるのも不出来だが師の務めだな」


 彼女達”緋色の風”は7大クランの一つである”戦乙女騎士団”の所属だ。それに各々が際立った力を持つので全員がその若さで幹部入りを打診されているらしい。本人達にその気はないようだが、その分俺の情報を取ってくるように命令されているとキキョウ自身の口から聞かされた。俺が裏でコソコソやられると腹が立つことを知っている彼女は真正面から聞いていたので俺も正直に答えた。


「マギサ魔導結社がこれからどのように動くのか、皆注視しているのです。具体的には他の幹部がお師様の勘気に触れなかったかどうかですが」


 なんだか弟子たちに俺の行動が見透かされている気がするが……概ね彼女の言うとおりだったな。喧嘩売ってきた奴を返り討ちにしたら他の幹部は俺を歓迎してくれたぞと話すとキキョウも望みの答えを得て胸を撫で下ろしている。


「ありがとうございます。そのように首席へ伝えます」


「グレイスさんも心配性ですよね。師匠のやる事に何も間違いなんてないんだから、素直に従っておけばいいのに」


 Sランクに上がるまでは同じクランに所属していたライカはクランマスターとも親しいらしく、そんなことを言っていたが無条件で俺を信じるんじゃない。


「ライカ、お前そういうトコだぞ。少しは自分で考えろ、天性の勘が良すぎるのも考えものだな」


「いやあ、それほどでも、えへへ」


 今の話でどうして褒められたと思えるのが不思議なんだが、幸せそうなのでライカはほっとこう。

 そろそろ王子も出てきてこの件の説明が始まりそうだしな。



 俺がこの事件の幾つかある問題を考えたとき、最も厄介だったのが、裏切り者の存在だった。

 ギルベルツがこの国で大きな勢力になっている以上、その影響力を排除する事はほぼ不可能だからだ。相手が圧倒的な力を持っているだけならまだしも、こちらを潰そうと考えている以上、何らかの妨害を行ってきて当然だからだ。

 既に王子への妨害は成功裏に終えているが、それだけで済むはずがない事はロロナたちに無理難題を押し付けてきたあの騎士が好例だろう。あの野郎は騎士の身分を持っていたが、実際は暗殺者だった。本来の標的はまず間違いなく王子だろうし、彼自身も認めていたが騎士団内に敵の間諜がどれくらい混じっているのが把握できないほどだった。

 総勢400人ほどの騎士団でさえそうなのだ。各地から集った戦士団はもちろん、このキルディスの町にも潜在的なギルベルツの手の者はいるだろう。本人にその気はなくとも知らないうちに情報を流している事だって十分にありえる。


 こういった状況下で俺達は20日以上戦い続けなくてはならない。そして勝ち残るには色々と小細工を施して一人ひとりの意識を変える必要があった。

 まず俺が主だったものに告げたことは、裏切り者を探さない事だ。包囲下、篭城のなかで一番怖いのが仲間割れだ。不穏な環境では小さな諍いが町を二分する争いにまで発展する事だってありえる。だが俺達が戦うのは襲ってくる魔物であるべきで隣人ではないし、仲間を信じずにこの苦難を乗り越えられるはずがない。そのために俺はギルドを巻き込み町の衆を動員した。この施策は今の所成功し、戦士たちと住民は同じ目的を共有し、共に立ち向かう意識を形成することができた。特に町の衆を担ぎ出す事が肝要で、顔見知りの目があれば裏切り者も行動を起こしにくいものだからな。それに各地から集う戦士団に至っては数が多すぎて誰がギルベルツの影響下にあるのかなんて一々判断していられない。


 だがそれでも裏切る時は裏切るものだ。追い詰められたものに理屈は通用しない。

 ならどうするか、その答えは一つだ。相手がどんな妨害をしてきてもその上で勝つ、これしかない。

 

 食事に毒消し入れたりと細かい事をしているが、俺が一番可能性があると見ていたのは正門を開きっぱなしにして魔物を際限なく中に取り込むことだ。これが一番確実で、効果が大きいからな。

 明確な裏切り行為を働いた実行者は恐らく生きて帰れないだろうが、ギルベルツは狡猾な方法で相手を追い込むという。お前が死ねば家族には手を出さないでやる、借金をなくしてやるなどと言葉巧みに言い聞かせれば死を恐れない手軽な道具が誕生する。


 そして人とは容易に物事を信じないものだ。ギルベルツが妨害してくると頭では理解しても、実際に被害でもなければ実感として受けれいられない。


 そこで実例を見せる事にした。第3門が敵の妨害により正門が壊れ魔物が侵攻してきたとなれば誰もが嫌でも理解するだろう。本当にすぐ近くに自分達を破滅させる存在が隠れているのだと。


 ぶっちゃけると第3門を作ったのは人々にその意識を植え付けるための道具なのだった。俺がクランに出立したのもキルディスから離れた事で裏切り者が暗躍しやすくするためで、飛竜で飛び立った俺は多くの者に目撃されていた。俺の不在を好機と見て動き出したのだろうが、当然俺達もそれに対応すべく準備を整えていた。

 王子から不安を打ち消すような説明を受けると民衆はその言葉に感じ入って歓声を上げていた。


 その後、これからの作戦も王子の口から開示された。基本はこれまでと変わらず第2門の正門を開けて中に魔物を引き込んで殲滅する。この考えは戦士団の多くに受け入れられたが、もとよりこの町に到着してから第2門内に土木工事をして様々な罠や地形を作り上げていた事から、予想できたことだろう。


 住民達もこれが始めから計画されていた事、明日もこれまでどおりの日々が続くとあって安心したようだ。

 

 そして王子の説明がほとんど終了した頃合になって、ある事件が起きた。

 最後尾のあたりである一団が揉めているのだ。しかしそれは王子への反感を口にしているわけでもなく、集団で言い争いをしているようだ。何を騒いでるんだあいつら?


「離せ、お前ら! 俺は行かなくちゃいけねえんだ!」


「無理だ!」「なにやってんだよ団長!」「無茶だぜ団長!」


「うるせぇ! あそこに仲間がいるんだぞ、見捨てろってのかよ! 生きてる、見ろ! ロジーナはあそこに居るじゃねえか! 俺は仲間を絶対に見捨てねえぞ!」


「なに!? 生き残りだと!?」


 あの一団の会話内容を聞いていた周囲の連中に動揺が広がっている。俺もすぐさま<マップ>で確認すると……くそ、本当に敵性以外の生命反応があるじゃねえか。双眼鏡を取り出してあの男が指差す先を眺めてみると、暗闇が辺りを支配する中で第3門の城壁の篝火のすぐ近くに小さな人影が見えた。


 信じたくない事実だが、確かにあの団長の言うとおりだ、恐らく正門の開閉担当をしていた一人が何とか部屋から抜け出してあの場所で救助を待っているのだろう。


 だがその救助は果てしなく難しい。第2門と第3門は一キロル以上の間隔で作られており、その間にはっ無数の魔物がひしめいているのだ。あれを突破して門の開閉部屋にたどり着き、そこから更に帰還しろってことだろう? んな無茶な。


 俺は即座に不可能だといいかけたが、それを口にする前に状況は動いていた。

 仲間に止められていた団長が人垣を掻き分けてこちらに向かっているのだ。


「た、頼む。お願いだ、俺達の仲間を助けてやってくれ!」


 恥も外聞もなく大地に這いつくばって懇願する団長を見下ろしながら、一難去ってまた一難という言葉が俺の頭をよぎるのだった。




楽しんで頂ければ幸いです。



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