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奈落の底から 20

お待たせしております。



「大の大人が雁首揃えてギャーギャー喚きやがって。ガキの喧嘩の方がよほど上等だぜ」


 俺はそう言い放つと会議場を見回した。円卓にそれぞれが座っているが、クランの紋章(本と魔法陣が描かれているが、紋章自体を初めて見た)がある上座と思しき場所に二つ、そして中ほどに一つ空席がある。俺は8席だから恐らく中ほどの席が指定席なんだろう。


 その席に近づこうと足を進めたら不意に抵抗を受けた。透明な壁が俺の前に展開されているような感じだが、一々解析するほどのものでもないのでそのまま押し通った。


「なんだと」「展開した障壁を意に介さずか……」


 誰かが呻き声のような声音で呟いているが全て聞き流して俺の席と思われる場所の前に立つが……俺はこちらを見ているラルフに毒づいた。


「本当にこのクランは小細工が好きだな、どうせならもっと凝ろうぜ」


「知らねえよ、伝統かなんかだろ? 俺がガキの頃からずっとこんなだぞ」


 一層強力な障壁が席の周りに張られている。この総本部は至る所にこんな感じの展開型魔導具が設置されているのは滞在時から解っていたが、ちょいと過剰にすぎる気がする。

 力ずくで押し通るとその魔導具が壊れそうだし、対処方法はすぐに解った。座っている連中の前に幹部の証たる魔導書(グリモワール)が置かれているのだ。俺も<アイテムボックス>から自分のそれを取り出すとそれだけで周囲が息を飲むのが聞こえた。

 他の連中の持つ魔導書と比べて先生に装丁してもらったこいつは格段に豪華だ。金貨100枚を要求されただけの事はある見栄えなのだ。


 案の定魔導書を取り出すと抵抗は消え、俺は結構安物の椅子に座り込んだ。もちろん偉そうに、大きな音を立ててだ。これで俺の意思は伝わっただろう。本当なら円卓の上に足を投げ出したい所だが、それは”本番”に取っておくとしよう。



「で? どうぞ話を続けてくれ。さっきまであれほど活発に議論していたんだ、いきなり静まり返ることはないだろう? それとも俺の自己紹介から始めた方がいいか? これでも俺は新参者だという自覚はあるんでな。どう思う、ルーシア?」


 俺が話を振ったルーシアだが、彼女は俺に話しかけられている事に気づいていなかった。周囲から視線を集めている事でようやく我に返ったようだ。


「えっ、ええ、本来ならば。でも、この場にいる誰もが君の事を知っているはずさ。先ほどまで君の話題で大層盛り上がっていたのだから。14席など、君が存在するはずがないと今の今まで言い張っておられたほどだよ」


 14席、ユウナが調べてくれた所によると新大陸側の幹部か。50台の強面の男でいかにも権力を持ってますという顔をしている。だが、その目にある感情に俺は違和感を感じたが、まあどうでもいいか。


「へえ、そうなのか。そりゃあいい、俺も便乗して偽物説を広めるとするか。最近余計な面倒ばかりで迷惑してた所なんだ」


「ふざけるな! 小僧、何様のつもりだ!」


 何故か激昂した14席が俺に怒号を飛ばしているが、何故この男は俺に憎悪を向けるのか理解できん。間違いなく今日が初見のはずだ。


「見りゃ解んだろ、人間様だよ。それがどうしたってんだ、リエッタ師に太刀打ちできないからコソコソ隠れて二人を吊るし上げてた三下どもの分際で随分と吠えるじゃねえか。俺に何か文句あるのか? ああ?」


「文句だと!? あるに決まっておろう。貴様のせいで我がクランは他の6大クランから目の仇にされている。これまでの協調路線が崩壊したのだぞ、どう責任を取るつもりだ!」


「彼の幹部就任を決めたのは第2席です。責められるべきは彼ではありません」


 ルーシアが俺達に割って入ってきたが、14席は一顧だにせず俺を見ている。こちらに向けられるその憎悪は周囲のものにも理解出来るほどになっていた。


「14席、落ち着かれよ。彼に尋ねるべきはまずギルドとの関係だ。そこが定まらねば他のクランとの話し合いも出来んのだからな。8席、いや席を返上しているのだから今はユウキ殿と訊ねるるべきだな。私は19席を預かるアルディナという。既に話し合われたと聞いているが、結論を伺ってもよろしいか?」


 俺から視線を外さない14席に薄く笑ってからその立場からすれば非常に若い19席を見た。口調こそ男だが占い師の装束を纏う20台にも見える妖艶な女だった。


「ギルドの方もガタガタ喚いていたから、これ以上囀ると専属辞めるぞと脅して黙らせたよ。だから俺の立場に変化はない。これはグラン・マスターも了承済みだ」


「ギルドがそんな甘い判断をするというのか? 常にこちらの隙を狙っている奴等だぞ」


 座っている順番で判断するなら第7席の男が発言するが、俺は首を振った。


「口約束に過ぎないが、もう俺に専属を続ける旨味はなくなりつつある。何かしてくるなら離れるだけだ」


 俺の返答に会議室は安堵の空気が流れたが、次の言葉で部屋を凍りつかせる事に成功した。


「そう思っていたんだが、クランの方も歓迎されていないようだしな。先ほどまでの話は聞こえていたが、言いたい放題だったじゃないか。俺はクランを仲間、家族のようなものだと思っていたが、所詮理想に過ぎないか」


「当然だ。こうまで巨大化した組織にそのような情などあるものか。クランの運営に必要なのは規律とその遵守のみだ。正式な手続きを経ていない貴様の就任なぞ……」


「御託はいらねぇんだよ。つまり、あんたらは俺の敵って事だな」


 俺は敵に対する対処を一つしか知らない。<威圧>を籠めて睨みつけると奴はその身を強張らせた。もし本物の戦士なら攻撃するなり即座に行動に移るだろうが、14席は震え上がることしかできなかった。


「ま、まさかまさか! 冗談ではない、我等は貴殿の参加を歓迎するとも。ああ大歓迎さ、その魔力の膨大さ、そして静謐さは尋常なものではない。我等は魔導の深淵を覗き込むことこそ本望、貴殿のような超越者が仲間に加わってくれるのならこれ以上の喜びはない」


 12席の椅子に座る太った男が大仰な仕草で皆に促すと追随する言葉が続いた。その台詞にラルフがさっきのあんたらの剣幕は何処に行ったんだよと毒づいた。


「そのワリにはずいぶんな言葉を俺のダチに吐いていたようだが? あれを聞いて友好的と思えるほど目出度い頭はしていないな」


「貴殿も第2席の突然の発表に驚いただろうが、それはこちらも同じなのだ。甚大な影響を及ぼす事例ゆえ事情を尋ねたいといささか熱が篭もってしまった。それは誠心誠意詫びよう、9席、18席。冷静さを欠いてすまなかったな、この場を借りて正式に謝罪しよう」


 大声で宣言するように言い放ち頭まで下げたその12席の姿を見て好機と見たほかの幹部達も一斉に二人に謝罪している。言葉を口にしないのは俺を憎悪する14席だけだ。


「14席、君の態度はクランの利益を損なっている自覚はあるか? いくら君の弟子がウィスカに挑んで帰らぬ人になったからといえ、8席を恨むのは筋違いではないか? 冷静になりたまえ」


 枯れ木のように細い4席の暴露に周囲も呆れの視線を送り、それが本当に事実らしい事は黙り込んだその姿を見れば理解できたが……完全に逆恨みじゃねえか。


「おいおい、正気か? いや、正気じゃねえからユウキに喧嘩売ってるのか。こりゃ14席は交替だな」


 ラルフが心底呆れたように呟いた言葉は静まり返った会議室全体に届いたようで、14席は亡霊のような顔で立ち上がった。


「黙れ! 貴様がもっとあの迷宮の危険を周知しなかったから我が弟子たちは死んだのだ! 貴様に全ての責任があるのは当然ではないか!」


「ウィスカがどれだけ危険なのかは数多の冒険者達によって知らされています! 彼にどのような責があるというのですか!」


 どうやら死んだのは一人だけではなかったようだが、あまりに寝言を吐き出すので俺も眠くなってきて欠伸をしてしまったほどだ。ルーシアは擁護してくれていたが、それが余計に癇に触ってしまったようだ。


「き、貴様ぁっ! 我が一門を愚弄するかっ!」


 既にこいつは話す価値もない相手なので無視するに限る。俺の態度を見た先ほど取り成してくれた4席が

仲裁のような話題転換のような事を口走った。


「8席、この件に関して君の考えを聞かせてはくれないか? 我々は君の伝説は耳にするが、人となりは伝聞にすぎんのでな。知りたいと思うのは私だけではない」


 他の幹部達も是非に、と身を乗り出してくるので俺は仕方なく見解を口にした。


「ダンジョンには二通りの人種しかいない。生者と死者だ。強くて運に恵まれた者が生き残り、弱くて運の悪い奴が死ぬ。今回が後者だっただけだろう、ダンジョンで失敗して死んだなんて何処にでも転がっている話だ。特に何も思わないな」


 俺だって明日は我が身だ。これ以外何を言えと言うのか、まさにそんな心境だが14席は納得できなかったようだ。能面のように表情をなくすと俺に向けて拳を突き出した。

 何したいんだこいつ、と俺は疑問に思ったが周囲の幹部たちは色めきだった。


「やめろ、14席!」「狂したか!」「誰か来てくれ、14席は正気を失ったぞ!」


「死ね、我等が恨みを思い知るがいい。光弾よ、我が敵をごぺっ!」


 突き出された拳に嵌めてあった指輪が光り、魔法を俺に放ったと思ったら障壁に跳ね返されて自分に食らって自爆した馬鹿がいる。ここがクラン総本部だってことを忘れていたらしい。リエッタ師が凝りに凝って付与魔法を仕込んだこの場所で魔法戦をやらかせばこうなる事くらい普通は理解していると思うが、馬鹿に何言っても始まらないか。


「汚ねえ血で総本部を汚すんじゃねえよ。迷惑な野郎だな」


 魔法の直撃で腕が吹き飛んで絶叫と共にのた打ち回っている14席にポーション瓶を投げつけてとりあえず傷を癒してやる。これは俺の私物なので枯渇問題とは関係ない。どのみち一つくらいじゃどうにもならない話だしな。


「ぎ、ぎざまぁぁっ」


 既に他の幹部は14席の周囲から退避しており、騒ぎを聞いて駆けつけてきたクランの者達も固唾を飲んで見守る中、怨嗟の声を上げた奴に近寄り、その頭髪を掴み上げた。


「俺と殺し合いがしたいんだな? 根性入ってるじゃねえか、あんたがどこの支部かは忘れたが少しは楽しめそうだな、ええ?」


 俺が純粋な殺意で口元を歪ませその顔を覗きこむと、14席は真っ白な顔つきになってガタガタ震えだした。おいおい、さっきの怒りはどこへ行った。手を離すと逃げ出そうとするが腰が抜けて芋虫のように這いずることしかできていない。


「や、やめ、やめて……」


「人に魔法をぶっ放して逃げ打ってるんじゃねえよ。お前の支部ごとこの世界から消してやるから楽しみにしておけ」


「それはやめてほしい。支部が違うとはいえ私はこの馬鹿と心中する意思はない」


 恐怖で白目を剝き泡を吹いている14席の頭に鈍器が振り下ろされ、嫌な音が響いた。手にしていた杖は錫杖のようだが、あのどぐちゃ、という嫌な音からするに相当の重量があるはずだ。それを苦もなく扱う女性は背の低い羊獣人だったが、あの身のこなしは相当できるな。それに引き換え14席はあの体つきからして冒険者でさえなかった。部外者も入れるクランならではの事例だ。


「貴方は第6席だったな。確か総本部に対して一番文句があると聞いていたが?」


 リエッタ師の決定に対して真っ先に文句をつけたのが新大陸で、この羊獣人のお嬢さんがそこの最大勢力だと聞いている。


「それは事実。でも私個人はリエッタ様に恩があるので反対。支部の総意はそのとおりだけど。でももう大丈夫、反対するものはいなくなる。その急先鋒がこの馬鹿だし、何より貴方がここに来てくれたから」


 すると6席の彼女は手にした錫杖を放り出すと俺に跪いた。なにを、と口にする前に彼女は両の手を組み合わせて俺に頭を下げたのだ。


「”待ち人”さまがお出でになったという事はこれが正しき道ということ。その威光により魔導結社は一層の発展間違いなし。我等が救い主よ、そのお導きに感謝いたします」


「……あんた、獣神殿の関係者かよ」


「いえ、私はクラン一筋。でもあの日、噂を確かめるために神殿に赴いた。そして本当の奇跡を見ただけ」


 とりあえず立ってくれと小柄な彼女を何とか立ち上がらせると、周囲から何とも言えない空気が漂ってきていた。人間の頭に一撃くれた後に俺に向かって祈り始めたのだ。だがこの6席、その実力からリエッタ師に次ぐ発言力を持っていて誰もその行動を抑えることができないという話を後から聞いた。


 すぐ近くには白目を剝いて痙攣している14席とまた俺に跪いた6席。俺も頭を抱えたくなる混沌さだった。



「よく見れば卓の上に茶の一つもないようだし、とりあえず場所変えないか? この男以外は俺を歓迎してくれると言うなら、俺だって胸襟を開いて話をしたいとは思ってるからな」


 ひとまず空気変えようぜという俺の提案に幹部の皆は頷いてくれた。



「お前らさあ、こんな昼真っから大勢集まりやがって、仕事はどうしたんだよ仕事は!?」


「そんなもん後だ後! ユウキがやって来たって聞けばそりゃ集まってくるだろうよ、お前の幹部就任を祝う宴会をしないわけにはいかないだろうが!」


 散々世話になっている魔法鍛冶のベル親方が俺のぼやきに大声で反論した。そうだろう、みんな! と別館や中庭に集まっているクランの仲間たちは一斉に大声をあげた。


「おうよ、ユウキの幹部就任祝いをしなくちゃよ!」「ああ、俺達の家族の祝いだぞ、駆けつけない訳にはいかねぇだろうが!」「これでマギサ魔導結社の黄金時代が始まるぜぇ」「ユウキ万歳、リエッタ様万歳!」「いいから飲もうぜ、楽しい宴会は何回やってもいいんだからよ!」


 <マップ>で情報は得ていたが、俺がクランに辿りつく間に出会ったクランの連中が情報を回していたようで、会議室から出て外に出た俺達の目に飛び込んできたのは真昼間から宴会の準備に奔走する大勢のメンバー達だった。


「お前ら……」


 有難いと思うと同時に酒飲みたい理由で集まっただけだろと言いたくなるほどの数だった。4桁後半の老若男女ががやがやと騒ぎながら酒や食い物を持ち寄っている。


「まったく、君達と来たら」


「いいぞルーシア。がつんと言ってやれ」


 両手を腰に当ててため息をついている彼女なら浮かれた奴等に厳しく言ってくれるに違いない。


「西地区に連絡はしたのかい? キッテ婆さんの店は今日閉めてるから伝達が遅れているかもしれない。連絡が行き届いているか確認はできている? 幹部の就任祝いはクランをあげて行うのが通例だから、しっかり頼むね」


「いや、そういう事ではないんだが」


「いいんだよ、通告だけ出してそれっきりだから皆どうなってんだって心配してたんだ。そしたらお前が姿を見せたんだ、こりゃ確定だって思うだろ? か、確定でいいんだよな?」


 ラルフはこちらを伺う様な目で見てくるが、俺は彼ではなく周囲の大勢に向けて聞いてみた。


「皆はどう思う? 俺がクランの一員でかまわないのか?」


「当たり前だ! お前が俺達のためにしてくれたことを忘れちゃいねえぞ!」「あの大騒ぎの時からお前はもう仲間だっての。つまらねえ事聞くなよ」「水くさいわね、当然よ当然」「そんな当たり前の話はいいからさっさと飲もうぜ!」


 俺の問いかけに返ってきたのは歓迎してくれる声ばかりだった。ルーシアとラルフが無言で俺の両肩を叩き、その意思を示してくれた。


「ありがとう。じゃあ今日から俺はマギサ魔導結社のユウキと名乗らせてもらうぜ。新参者だがよろしく頼むわ」


「よっしゃあ、新たなる仲間と幹部の誕生だあ! 皆ぁ、酒の準備は大丈夫かぁ!?」


「任せとけ! 王都中から掻き集めてでもやってやるよ」


 ラルフの叫びに既に赤ら顔の奴が応えたが、俺はそこに苦言を呈する事にした。


「お前ら、昼間っから宴会ばっかりするんじゃねえ! 王都中に魔導結社は性質の悪い酔っ払いの集まりだと宣伝するつもりか!」


 俺の怒号が来るのを想定していなかった皆の動きが止まる。盛り上がった空気は一瞬にして霧散してしまった。


 静まり返った別館内に俺の言葉だけが響く。


「俺が加入した事によって色々と面倒が起こるだろう。このクランは望む望まずに関わらずこれまで以上に注目されることになる。そんな時、総本部の連中がだらしのない呑んだくればかりだと広めるつもりか? 騒ぐのは時と場所を選べ、それが真っ当な大人ってもんだろう」


「ユウキ、今日は皆お前のためを思ってよ、だから……」


 ラルフのとりなしにも俺は首を振った。


「こういう時だからこそちゃんとやらなきゃならねえだろ、俺を仲間に入れた途端に宴会で調子に乗って泥酔者続出なんて王都の笑い者になるのは俺は御免だぞ」


「わ、悪い、俺達はそんなつもりじゃ……」


 言葉を濁したのは共にブタ箱に入ったビルのおっちゃんだ。肩を落とす彼等の前に俺は質の良い葡萄酒が入った大樽を10個ほど並べ、突然の展開に目を丸くする彼等に向けて言い放った。


「だから、ほどほどに、な」


 後は彼等の大歓声で掻き消され、俺が何か言っても彼等に伝わる事はなかった。




「解っていたけど、君は相当の人たらしだね。私も幹部として色々参考になるよ」


「ルーシアの性格的にこういうのは向いてない気がする。どっちかというとラルフみたいに押し出しが効く奴の方が効果あるぞ」


 背後でエールの栓を抜け! と盛り上がっている連中をの声を聞きつつ俺達幹部は近くの大卓に座っていた。他の幹部達と面通ししたいのだが、今の彼等はそれどころではなかった。


「美味い、これが噂になっていた環境層の肉か! この味、確かに極上だ!」


「この葡萄酒、今までの酒が全てゴミに変わり果てた。素晴らしすぎるぞ」


 と、お近づきの印にと食事を振舞ったらしばらく現実世界に戻って凝れなくなったのだ。自滅した14席は6席が指示して”処理”された。会議の場で実力行使は問答無用で処罰対象なので幹部の地位剥奪は間違いないそうだ。頭部の一撃は明らかに致命傷だから何がどうなろうと手遅れな気はする。


「お? なんか言ったか? 悪い、肉と酒が美味すぎて話聞いてなかった。それと悪いがよ、この肉を皆にも食わせてやってくれないか? 俺達だけだと後が怖くてよ」


「食い物の恨みは怖いからな。もちろんそうするさ」


 酒は出したが肉はまだなので皆から恨みがましい目で見られていた。ここに長居するわけにはいかないので立ち去る時にでも渡す事を約束した。獣王国のダンジョン踏破時にロキに付き合って肉を補充してあったのでタイラントオックスの枝肉の数個でも置いておけば大丈夫だろう。


「でも今回は本当に助かったよ。ユウナに話はしておいたけど、君は北にいるはずだからどうあっても間に合わないと」


「それは私も思ってた。二人のいない隙を狙ったようだけど、逆に貴方の偉大さの証明になった。不愉快だけど策謀に乗ってよかった」


 俺の正面には6席が陣取っている。怖いくらいの真摯な目をしていて話しかけにくいくらいだ。


「揉めてるとは聞いていたから此処に顔を出す必要は感じてたが、陰険な手を使ったな」


「それだけ貴方を恐れていた。でもこれで皆安心したはず。<(シュトルム)>が味方になる天の福音をこれから噛み締める事になる。これでクラン会議も安泰」


 魔導結社の揉め事は前座に過ぎず、俺の本命は他のクランが集合するクラン会議だ。今日のような事は本来クラン会議でやるはずだったのだ。


「日取りが決まったんだっけ? 俺はまだ詳しい話を聞いてないが」


「調整が続いているけど、まず間違いなく春の74日からになるはずだ。前回は1日で終わったけど、今回は長引くと思う」


 ルーシアの言葉からするとあと30日以上あるか。本当に世界各国から集まるから時間が掛かるのだ。定期開催ならその期日に合わせられるが、臨時だとそうはいかないからな。


「9席、いやルーシア。確度の低い噂だけど、覚えておいた方がいい。今回の召集は表向き”白い鷲獅子(ホワイトグリフォン)”が呼びかけた形だけと、実際は”青い戦旗(ブルーヘゲモニー)”が仕掛けたみたい。なにかあるのは間違いない」


「シフォン様、ありがとうございます。私も調べてみます」


 会議場では”席”呼びだがそれ以外では普通に名前呼びするようだ。しかし、色々と思惑がありそうだが、俺の知った事ではない。こっちはやりたいようにやらせてもらうさ。



「それで、”待ち人”様。是非とも聞きたい事がある」


 6席ことシフォンがずいと身を乗り出してきた。他の幹部達も手を止めてこちらを見てきた。


「エリクシールに関することなら大して情報ないぞ。処方箋は探せば残ってるし、作成者は秘密だ。命を狙われる危険の方が高いからな。だが後10年もすれば嫌でも名が売れてくるだろ。他に聞きたい事は?」


「事情は理解したのでそれに従う。それとは別に総本部には数本の在庫があるという噂がある」


 今日此処までわざわざやって来た本当の本題はそれだろう。幹部全員が食い入るようにこちらを見ていた。


「彼等にも貢献してもらったからな。獣神殿で見たように受け取るべき者達に取り分を渡してある、管理がどうなっているかは俺は知らないが」


「おお、本当だったか! 死者さえ蘇る神の雫が、本当に総本部に! これはとんでもない事実だぞ」


「ああ、そうそう。死人が生き返るってのは嘘だと思った方がいい。そこはちゃんと訂正しないと後で絶対面倒な事になるからな」


「管理はママが行っていますから、私達も感知していません」


「交渉は! 交渉は可能なのだろうか!?」


 幹部の一人が勢い込んでくる。人の命が関わってくると常識は引っ込むから本当に面倒だ。


「エリクシールに釣りあう対価が必要だと思います。金銭で交換可能な奇跡だと思われては困りますし」


「それはそうだが……」


 黙りこむ幹部だがその目は決して諦めるつもりはないようだ。


「リエッタ師は意外と全部使った後かもな。あんたみたいに諦めの悪い奴もいると理解しているし。むしろ世界中を駆け回って自分で素材を集めて作った方が早いだろ。俺達にだって出来たんだから、再現も可能さ」


 あの薬草と銀竜の爪をどうやって都合つけるかは知らないが。特に銀竜は真竜だからあの人以外にいないらしいし。



「それはそうと、こちらも聞きたい事がある。第2席のリエッタ師が不在なのはわかっていたが、第1席は? このクランの首領は参加していないのか?」


「えっ、今更何を……って聞いてないのか。そういえば興味のない事はどうでもいい派だったなお前は。うちのクランの第1席はお袋が契約していた精霊なんだとさ。俺も見たことはないけど、なんでも原始の大精霊だって話だぜ」


「始まりの大精霊、オリジン。リエッタ様の伝説の一つ。多分誰も見た事ないけど」


 なんだ、あいつだったのか。今度呼んだら聞いて見るか、無口そうだけどしゃべらない訳ではないというしな。


「へえ、なるほどね。さて、悪いが俺はここらで失礼させてもらう。知っての通りあまり時間に余裕があるわけじゃないんでな」


 突然の中座発言に驚くものは少なかった。彼等も俺の事情を把握しているようだ。


「そういえばお前、なんで此処にいるんだよ? 凄ぇ助かったけど」


 俺が暇を口にすると皆が当然だろうという顔をした。6席のシフォンだけは不満そうだが。


「飛竜便でひとっとびさ。此処には本来ポーションの都合をつけるためにやって来たからな」


 飛流便か、とこのたくらみを企てた奴等が苦い顔をしている。俺の登場は想定外だっただろうからな。



「北の状況はそれほど危険なのか?」


 幹部の一人(紹介は受けたので名前は後で覚えよう)が険しい顔で訊ねてきた。彼の支部はラヴェンナの近郊ではないが北方にあるという。


「控えめに言って地獄だ。今朝の段階で敵が大体20万くらいいて、中々楽しくなってきたぜ」


 絶句した皆に今朝記録した映像を見せてやる。俺に稀人の仲間がいることは知られており、記録媒体を手にしている事も不思議がられなかったが、その光景を見て誰もが息を飲んでいる。俺達は既に見慣れたが、始めて見る者には衝撃的だったようだ。


「な、なんだよこれ、現実の光景なのか?」


 ラルフの魂消た声が皆の気分を代弁していた。誰もが酔いが醒めた顔をしているが、敵の数はこの倍く近くまで数は増えると見ているなんて言ったら卒倒しそうだ。


「という訳で回復薬が大量に必要でそれを確保しに来たんだ。用事が済んだら急いで戻らないといけないのさ」


 ルーシアとラルフにこの件が終息したらまた訪れると約束し、騒いでいるクラン連中に挨拶して俺は総本部を後にしたが、こちらに駆け寄ってくる人影が二つあった。


「ユウキさん、ポーションが必要なんでしょう? 僕も手伝いたいです!」


「ポルカ、声が大きいわよ、誰が聞いているかわからないんだからね」


 また今度なと告げて分かれたはずの二人、得にポルカが俺に同行を申し出ているが、頷くわけにはいかない。


「ダメだ。俺が戻るのは戦場だから、幼いお前を連れて行けない。それに飛竜は騎士のほかに一人しか乗れないんだ」


 実際はポルカほど小さければ二人乗りできそうだが、子供を連れてゆくなど論外だ。


「で、でもでも! 今回は僕が役に立てると思うんだ。ようやくユウキさんに少しでも恩返しができるのに」


 そもそもお前はクランの隠し球であって、易々と出歩かせていい存在じゃないし向こうでポーション作らせるつもりもない。ポルカに許可を得た分量だけで余りすぎるほど大量なのだ。それを入れる空き瓶はないけど。


「悪いが俺はもう戻らなくてはいけないんだ。話の続きはマールに頼んで姉弟子にするといい。この戦いにリーナも参加するから、姉弟子や先生も無関係じゃないのさ」


「わ、わかりました。話をしてみます」


 早速姉に通話機を借りようとしているポルカたちに手を振って、俺は今度こそクランを離れた。その甲斐はあったが、想定以上に時間を使ってしまったので帰還が遅い時間になってしまう。




「ユ、ユウキさん! あれを見て下さい! そんな馬鹿な、どうしてこんなことが!」


 夕闇迫る中、ルックの頑張りで行き以上の速度を出す事に成功し、俺達はキルディスの町の城壁が微かに見える範囲にまで戻ってきていた。しかしそこには信じられない光景が広がっていた。



「レオン、落ち着け。お前の焦りはルックに伝わる。飛竜騎士はどんな時でも冷静に行動するんだろ?」


「しかし、これをみて平常心でなどいられませんよ! ああ、せっかくここまで上手くいっていたのに!


 騎乗者の感情の変化を読み取ったルックがしきりに鳴いているが、彼が受けた衝撃は愛竜に応えてやれる余裕を失っていた。


 だが彼が声を荒げる中、冷静に呟いた。


 これで第一段階終了だな。



「何故、魔物が第3門の内側を占拠している! どうして正門が破られているんだ!!」



楽しんで頂ければ幸いです。


クラン話が長かった。書くべき事が多くて分量を食ってしまった。

次回からこの章の佳境に向けて話は動いていきます。



もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!


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