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奈落の底から 18

お待たせしております。




「でもこれって結局さあ、私を雪音達と同じように”仲間”にしてくれれば済んだ話じゃないの?」


 話し合いを終えて互いの思いを伝え合ったあと、場を外してくれていたアイン達と合流して魔導具の天幕のある宿に向かいながらセリカがそんなことを言ってきた。

 確かにその通りではあるが、仲間入りに関しては俺にも言い分がある。


「お前をその枠に入れるには俺に利益がないんだよ。余人には解り辛いと思うが、俺にとって仲間は運命共同体でな。入りたいから入れてくれと言われて、はいそうですかと加えたくないんだ」


 俺の仲間になると言う事は呪いを受け入れるようなものだ。誰にも教えるつもりはないが、従者二人は俺に不利益がある行動を取ると死ぬ<誓約>で縛ってある。俺としてはこれなら押しかけ従者を諦めるだろうと過酷な<誓約>を課したのに二人して嬉々として受け入れやがったので、完全な誤算だった。


 玲二たちは理不尽なユニークスキルを使いこなす為の契約みたいなものだが、その分自らのレベルアップに伴うスキルポイントを振るのはユニーク一択で他のスキルを何一つ取れなくさせている。今は俺のスキル封印攻撃などもあって事情は違うが、あの当時だと皆の生殺与奪権を俺が握っていたようなものだ。

 それに何より仲間にして<共有>すると俺の一番の秘密であるライルの体に取り憑いている憑依霊だという事も知られてしまう。全面的に信頼しているエドガーさんも主従の誓いを果たしているが、仲間に加えてはいないし俺にとってそれくらい狭き門……違うか。秘密を隠しておきたいだけなのだ。


 だが敢えて俺は利益と表現した。事実としてユウナとレイアは俺を第一に考えてくれているし、<共有>によって俺と仲間たちは皆3つのユニークスキルを使えている。

 今のセリカを仲間に加えても俺に何の得もない。一緒にいて楽しいし、側にいて欲しいがそれは身内であっても同じことだ。


「雪音にも同じ事を言われた。やっぱり今は止めておくわ、あの娘の言いようだと何かありそうだし」


 セリカは駄目で元々だったしとあっさりと引き下がった。しかし雪音が否定的なことを言っていたとは驚きだ。


「へえ、意外だな。あいつはお前の事を歓迎する節があると聞いてたが」


「あの笑顔が怖いのよ、絶対何か企んでるもの。”仲間”なのに私のこと羨ましいって言うのよ。あの娘の狙いがわかるまでは保留にしておくわ。あんたの本音も聞けたしね、それで十分よ」


 からかうような口調だが、その輝くような笑顔は内心を表している。こいつの立場や加入の経緯が経緯だったから話を色々すっ飛ばしてしまった。特に困ってなさそうだし良いかと楽観的に考えた俺が間違っていた。まさか自分が役に立つからと言って戦場にまでやってくるのは想定外にすぎた。


「そうかい。それは何よりだ。それと、お前たちは例の夜営の魔導具内で過ごしてもらうからな。アインは俺と一緒だ。それでいいな?」


 護衛の双子とメイドのティアナに確認するとそれぞれが頷いた。ここに来るまで彼女達は不躾な視線を散々受けたので当然ではあるのだが、俺としては禁欲を強いている戦士たちに申し訳ない気分になるくらいだ。

 これから更に命懸けの戦いを繰り返す事になる奴等には相応の手当てをしてやりたかったが酒や食い物はともかく、下半身関係は俺の管轄外だ。娼館は戦場の過酷な負荷を和らげる特効薬なのだが、身内を差し出すつもりがない以上は始めから視界に入れない方がいいのだ。野郎なら解ると思うが、こう言うのは見ただけでも劣情を催すからな。

 他にも抜け道として町の女性陣がひと稼ぎ、となる場合もあるが今回は20日間限定の戦いなのでその手は取らないつもりだ。



「あ、サラとロロナ、丁度良いところにいた。クランに出向く件だが俺の都合で明後日に延期になった」


 ここ数日で大儲けしていた姉妹は早速騎士の護衛付きでエドガーさんたちが届けた品で買い物を楽しんできたらしい。その手にはいくつかの果実があり、あちらさんに差し入れでもするのか歩く先からして目的地は俺達と同じようだ。


「えっ。このままじゃポーションが足りなくなっちゃうわよ?」


「さっきの輸送隊の物資の中にポーションを1,000個ほど運んできたから二日ならそれで保つだろ。本当の問題はそこじゃなさそうだけどな」


 俺の問いかけにサラはうんざりした顔で頷いた。


「みんな使うだけ使って瓶を持って帰ってこないのよね。昨日王子様がお触れを出してようやく半分くらい返ってきたけど」


「このダンジョンも薬草は出てもほとんどポーション出なかったからなぁ」


「ねえ、何度も悪いとは思うけど……」


 俺は彼女の願いを予想していたので口にされる前に断った。


「こっちも既に枯渇気味だ。これ以上は出せない」


「そうよねー。もう500個以上貰ってるし、無理かあ……でさ、その。そちらの綺麗な貴族様は?」


 後半は俺にだけ聞こえるような小さな声だったが、当然のように耳にしていたセリカが俺の腕をとった。


「話には聞いているわ、ユウキが迷惑をかけたようね。私はセリカ、今日からここで世話になるわ……というのも変な話ね。この館のことは私の方が良く知っているから後で教えてあげるわ」


 普段は気安い空気を出すセリカが非常に上から目線な言葉で自己紹介をした。何してるんだこいつ、と俺は思うがロロナとサラには十分に伝わったのか、身構える雰囲気になった。


「おい、話は後にしろ。部屋に着くぞ」


 マルグリット王女には既に面通ししてあるので残る王女はフェルディナント王子の妹姫であるアイーシャ姫だけだ。彼女に宛がわれた部屋の扉を叩くと侍女の誰何に来訪を告げて目通りを願う。



「あら、サラとロロナさん。如何なさいました? それにユウキさんまでお見えになるのは珍しいですね。奥の方は始めてお目に掛かるようですが」


 今日もアイーシャ姫は窓に近い場所で安楽椅子に身を任せて読書をしていたが、俺の到着にあわせて立ち上がって歓迎してくれた。


「ラヴェンナ連合王国のアイーシャ王女でございますね。私はランヌ王国のクローディアと申しますわ。どうぞお見知りおきを」


 背後から進み出たセリカが本名(本当はもっと長ったらしい名前の中にセリスティーヌと言う名がありそこからとっている)を名乗ると、その何聞き覚えがありまくるアイーシャ姫は大層驚いた。


「まあ! では貴方がランヌ王国のクローディア姫でございますか!? 私、姫様にはお会いしたかったのです! 同じ王女でありながら”美の館”を経営されているその手腕、是非お話を聞かせてくださいませ」


 いきなり他国の姫が登場した事にサラやロロナはもちろん姫の側仕えも驚愕していたが、困った事に清楚にしているとあの眼鏡女はどこから見ても淑やかな姫様だ。俺をあんた呼ばわりする眼鏡女はどこかへ消えてしまった。


「よければ二人も会話に参加していけよ。あいつもあれで意外口数が少なくてな。居てくれると助かるだろう」


 セリカを歓待する準備が姫の侍女達の間で進められる中、俺は更に部屋の隅まで手を引かれた。


「な、なんだっていきなり異国の姫様が登場するのよ! あの方、さっきの輸送隊に参加されていた人でしょ!? なんで王女様がいるのよ!」


「俺に言うな、こっちだって驚いたんだよ。だが来ちまったらここに連れて来るしかないだろうが。そこまで馬鹿じゃないが、とりあえずあいつから何かされたら俺に言え。対処するから」


「え、なに? あんた、お姫様とどういう関係なのよ?」


「なにって、俺の身内だよ。それじゃあ頼んだぞ」


 困惑した顔の姉妹は更なる説明を求めたが、俺はこれから冒険者ギルドで面倒事を片付けなくてはならないのだ。こちらに構っている暇はない。




<雪音。知っていたなら教えてくれてもいいだろう?>


 町外れに新たに設けられたギルドの出張所(こちらの方が圧倒的に大きい)に足を向けながら俺は<念話>で雪音に文句を言った。


<ごめんなさい。でも、セリカがユウキさんを驚かせたいと言っていたので>


<驚いたというか頭を抱えたくなったけどな。だがおかげでセリカとちゃんと話し合う事ができたし、悪い事ばかりでもなかったか>


<セリカは本当に張り切っていましたから。何度か止めたのですが、熱意が凄くて>


 <念話>の先で雪音が苦笑しているのを感じた。あまり目立つ事を好まないはずのセリカがここまでやって来たのだ。さぞ鼻息が荒かった事だろう。


<セリカにこちらの事は任せてと伝えて下さい。それと貸し1ですよ、とも>


 全ては雪音の予定通りであった事実を伝えるべきか悩む間に目的地が見えたので、学院に居た彼女と会話を打ち切り早速賑わっているギルドへ向かった。そこには俺が見知った後姿もいくつか見えていた。


「本物の”蒼穹の神子”だと!? まさかのSランクそろい踏みたぁ豪華なこったな!」


 声を張り上げているのはこの国の王都のギルマスだな。キルディスのオイゲンはこんな割れ鐘のような声音をしていない。

 しかし俺がライカを連れて行こうと思ったが、アリシアが先に案内していたようだ。手間が省けたといえるかは解らんが。あの声は多分に侮りが含まれていた。色々苦労してきたライカはそういったものに敏感で……案の定だ。


「ちょっと、私が偽者だとでもいうつもり?」


「そんな事は言ってないぜ。ただSランクが来るなら事前に連絡があるはずだからな、それが無いってことはよ」


 そりゃ俺にも黙ってついてきたんだから仕方ない。エドガーさんも驚いた事だろう、正直ライカがいれば他の護衛は不要だからな。それに未だに俺の通話石に弟のカオルからの連絡がない。絶対に家族に話していないはずだ。あの馬鹿、最近は精神的に成長したとか言われてるくせに、なんで俺が絡むと精神年齢が一桁台に落ちるんだよ。


「ギルドカードを出せば解決するってのにお嬢ちゃんは頑なに出さないってんだから、こっちも参っちまうぜ」


「ライカ、もしかして持って来ていない? ああ、考えてみればそうよね」


 Sランク冒険者には居所がわかる魔導具の携帯を義務付けられているのは有名だが、その実態は全く知られていない。なぜならその魔導具とはギルドカードに内蔵された機能だからだ。アダマンタイト製だけあって色々仕込めるそうだが、そのせいでライカはカードを持ち歩いていない。だから俺が共にギルドへ向かう必要があったのだが、既に来てしまったものは仕方ない。



「随分と騒がしいな」


 俺が注目を集める事を見越してわざと声を上げて出張所の天幕に入るとその場にいた全員の視線が集中した。


「あ、師匠!」


 喜色満面の笑顔で俺の元に駆け寄るライカだが、確かにこの私服姿じゃ冒険者だと言われても納得できないかもしれん。随分と技量が上がった今のこいつの戦い方は俺と同じく武器や防具をあまり必要としない。それに装備を持ち出すとカオルに露見するからな。いっそのことカオルを呼んだほうが話は早そうだけども。


「師匠だと!? 確かに”蒼穹の神子”は<(シュトルム)>の弟子って話だが? おい、姉ちゃん、本当に本物なのか?」


「だから私が最初から申し上げていたと思いますが。嘘を言ってどうなるというのですか」


 アリシアが溜め息と共にギルドマスターのブルックリンに抗議しているが、俺はそれに構わず話に混ざった。


「いや、他人の空似だ。Sランク冒険者はそう軽々しくあちこちへ移動できないからな。確かに俺の弟子だし、凄腕の誰かさんにそっくりでも別人なのさ。ここで必要なのは確かな腕前、それだけだろう?」


 俺が解ってるよなと念を押すと悪い笑みを浮かべたギルマスは頷いた。


「ああ、代行にそういわれちゃあ納得するしかねえな。悪かったな別人の嬢ちゃん、その腕前に期待してるぜ。俺達を寝る間もないほど忙しくさせてくれよ!」


 俺の腕にまとわりついているライカに一瞥をくれたブルックリンは仕事に戻れと職員達に指示を出している。さて、一応ライカの件も終わったし、本題に入る前にエドガーさんを探して……


「師匠、代行って何の事です?」


「ん? ああ、ドーソン翁が何をトチ狂ったかこの件に関しては北方のギルドの全権限を俺に集中させるってさ。本気で何考えてるのか意味解らんが、お前のことでは早速役立ったな」


 今の俺なら黙って従えといえばギルド職員は納得せざるを得ない。もちろん感情は別なので相応の対応はするが。


「さすがグラン・マスターですね。師匠のことを私の次に理解してます。師匠に任せれば全部うまくいきますし」


「そんなわけないだろ。今まで何見てきたんだよ、何とかつじつま合わせでこじつけてきただけだ。俺は本当に才能がないんだよ」


 そんなことありませんと断言する弟子の無条件の信頼が怖い。俺は全知全能の神じゃないと本気で一度話し合う必要がある気がした。


「あなたが、総帥代行?」


 信じられない顔で呟くアリシアに見えた感情は……今はいいか。しかし、この嬢ちゃんも難儀な人生歩いてるな。厄介さではライカ以上だ。


「ああ、信じられん事に直筆の命令書まである。だから職員達も従っているのさ。ライカ、俺はこれからギルドと折衝だ。お前には退屈だろ。構ってやれんぞ」


「いえ、後ろで勉強させてもらいます。私もカオルにまかせっきりじゃいけないと常々思ってますので」


「お前が? いや、いいけど」


 家族であるカオルに相談せずにここまでやってきてしまうようなライカに交渉事が務まるわけないだろ、と喉まで出て飲み込んだ。ライカも最近では成長していると専らの噂だし、もしかするかもしれない。


 期待しないで待つとしよう。



 エドガーさんは到着した場所で群がった連中相手にほんの僅かな時間だけ商いをしていた。その時間で俺はセリカと話し合ったわけだが、手仕舞いした彼等を俺が出迎える事になった。


「ユウキさんにお出迎えいただくとは恐縮ですな。想定外に手間取ってしまいました」


「いえ、私も今来たばかりですよ。三人とも手伝わせて悪いな」


 俺は従者二人と一番弟子を労った。彼女たちにエドガーさんの補佐をするように頼んでおいたのだ。彼は大量の物資を捌くのに店の者を二人しか連れてこなかったのだが、店開きする羽目になったのは俺のせいなのでこれは俺の責任だった。かといってあそこで品を見せないと暴動が起きかねなかったのも確かだ。


 静かに一礼する三人に手で応え、俺はギルド出張所近くの空き地に魔法の絨毯を着陸させた。三枚のうち一枚に木箱を集中させて持ち運んできたのだが、三枚も必要になったのは予定外の人員が増えた為である。エドガーさんは護衛が増えて助かったと擁護していたが、”緋色の風”の四人でも十分すぎる戦力だったはずだ。


「これが魔法の絨毯か。お伽噺の代物が世に出たと聞いたときは驚いたが、実物を見ても信じられんな、どのように浮いているのだ?」


 俺の隣にやって来たこの町のギルマスであるオイゲンが誰とも無くつぶやいた。彼は到着時にいなかったのでこれが初見になる。


「原理としては浮遊魔法と風魔法だな。再現はマギサ魔導結社でもさっぱりらしいが」


 俺が応えるとは思っていなかったのか、オイゲンは驚いた顔をした。


「あそこで駄目なら後はライカールの魔導院くらいしか不可能だろうな。聞いた話ではあっと言う間に魔石を食らうとか?」


「ああ、半刻(30分)動かすのに6等級の魔石が必要だ。まともに運用するならとても割に合わない代物さ」


 6等級の魔石は金貨8枚の価値だ。一刻(時間)で金貨16枚も消費したら破産確定だ。俺のように何度でも魔力を充填できる白神石でも持っていない限り使おうとも思わないだろう。


「このためにそれほどの金を掛けてくれたのか! すまない、私達は君の本気を侮っていたようだ」


「気にすることはない。俺も外の連中からきっちり回収するつもりでいるからな。そのためにもこれからの事を話し合いたいんだが、冒険者ギルドの主だったものを集めてくれないか?」


「む? 今からか? 少し待って欲しい。昨日から戦士たちが持ち込んだ魔物の解体が進んでいないのだ。ただでさえ現在も持ち込まれている最中なのだ、今すぐは難しいぞ」


「今回に限っては文字通り、”時は金なり”でな。俺としては一寸(分)も惜しい。面白いものを見せてやるから解体場へ向かうぞ」


 彼等の空き時間を待つとなると明日になってしまう。そうなると物資の扱いを俺達で行う羽目になるので少々反則をするとしよう。


「こりゃまた多いな。この黒山が全部魔物か。当然血抜きもされてないし、夏だったら腐敗が始まってたかもな」


 俺が今回の為に作った広い解体場の片隅に置かれた小山は全て魔物の死骸だった。数十人の職員が総出で解体を行っているが、追いついていないのは明らかだ。


「見ての有様だ。初日からこれでは思いやられるが、他に手がないのでな」


「あ、オイゲンさん。人手をください! これは徹夜でやっても終わりませんよ。くそ、戦士団め。普段ならうち捨てる黒狼まで糞真面目に持ってきやがって。こんな大量じゃ値崩れするって言っても聞きやしない」


 一人の壮年の職員がオイゲン相手に悲鳴を上げたが、その内容は同意する。この異変は大体三分の一が終わった段階だが敵はこれからもっと増え、もっと手強くなる。その分値の張る素材も増えるので二束三文の素材に労力なんざかけてられるか、と言いたいのだろう。


「それ、もらうぞ。そこの全部もだ」


 俺は職員の手にある黒狼をひったくると解体場の全ての死骸を<アイテムボックス>に放り込んだ。一覧を見てみると狼だけで634匹に野犬が47匹。そのほかに珍しい魔物が少々だ。

 これだけいても金額は体内の魔石含めて金貨にして合計40枚程度にしかならない。これじゃ骨折り損のくたびれもうけだな。他にも使える人員なら面倒な仕事はさせないに限る。


「これは現物で渡すのか? それとも金か?」


「金で支払うのが原則だが……今のまさか<アイテムボックス>か? ってことはあんたが<(シュトルム)>か! やべえ、本物かよ! 握手してくれ、有名人」


 そう言って差し出された手は解体中なので血に汚れていた。


「頼むならせめて手を洗ってからにしろ。オイゲン、金貨45枚で買い取るが、それとも解体したほうがいいか?」


「で、できるのか? <アイテムボックス>の伝説には荒唐無稽な物が多いが……はははは、これは凄い! 中で解体を済ませる能力は実在していたのか!」


 俺が魔石やら毛皮の山を取り出すと職員達から乾いた笑い声が漏れたが、俺はさっさと本筋に入りたい。


「これで話し合う時間は取れるな? 俺は急いでいる、人員を集めてもらおうか。お忘れかもしれないが、今の俺は総帥から権限を委譲されている。あんたらに命令する権利を持ち合わせているんだぜ?」



 そうして集められたのは15人ほどの男女だった。両ギルドマスターにあのエルフ、そして各部署の主任級が8人と何故かいる受付嬢のみなさん。こちらは皆が揃っているが出張るのは俺とエトガーさんだけだ。


「さて、ご命令どおり面子を揃えたぜ? 今更話し合いって何をしたいんだよ、代行」


 こっちは既に動き始めているんだぜと続けたブルックリンは不満顔だが、俺は彼等のためを思っての提案をするつもりなのだ。



「単刀直入に言う。先ほど物資が届いたのは知っていると思うが、俺としてはその管理をギルドに任せたいと思っている」


「はあ? 限界まで仕事を抱えている俺達に更に仕事を振る気か!? ……いや、あんたの事だ、何か考えがあるんだろう。聞かせてくれや」


 無茶な話に激昂しかけたブルックリンだが、俺が誰か思い出したのか感情を抑えて先を促し、俺はその先をエドガーさんに託した。


「ここからは私が説明させていただきます。ますは私の紹介をさせてください。ランデック商会を営んでおります、名をエドガーと申します」


「あのランデック商会のエドガー会頭だと!? そんな大人物がこんな北の果てに! この男と昵懇と聞いていたが、ここは戦場ですぜ?」


「はは、お気遣いなく。これでも多少の鉄火場は潜っておりますし、大恩あるユウキさんから頼まれれば地の底までも馳せ参じるまでのこと。幸いにして私めのことは見知り置いていただけたようなので、本題に入りましょう。今、ユウキさんが仰ったように我々が持ち込んだ品の管理を委託したく考えております。その理由として我々の手代が少ないこと、そちらに組織としての纏まりがあること、会計処理能力を有しているのが皆様だけであること。そして何よりユウキさんがギルドの専属冒険者でございますので、ギルドへの貢献をなさりたいと考えておられるからです。彼のなさりようは、皆様お聞きの事かと思います」


 エドガーさんの説明に受付嬢の皆さんは大きく頷き、興味津々の顔だ。他の職員達もウィスカの噂を聞いているのだろう、こちらの話に耳を傾けるつもりになったようだ。


「言いたい事は理解した。だが現実問題として人手が足りん。これを解決せねば話は進まん。先ほど解体場で色々やっていたようだが、あれを毎度期待するわけにもかんだろう」


 興奮に包まれたその場を冷やしたのはあのエルフ(名前を覚える気がない)だった。当然ながら俺も夢物語を語りに来た訳ではない。


「はい、そこでご提案がございます。皆様はこの危機の対処の為に各支部から派遣された優秀な専門家であると伺っております。それはすなわち一人一人が秀でた技量を持つということ。その皆様でも追いつかない量であるならばこの町に存在する人手を借り出しましょう。皆様にはこのキルディスの町の民を雇用し、監督していただきたいのです」


 エドガーさんの提案に、職員たちはざわついた。この町には戦士団のほかに約二千人の町民がいる。彼等は今外に出歩く事もできずに息を潜めて過ごしている。

 これは勿体無い。俺は彼等のためにも物資を集めており、ここままでははっきり言って無駄飯喰らいだ。

 なら解決策は一つ、存分に働かせればいいのだ。見ての通り、仕事は山のようにある。


「待て。ギルドはこの地の民に強制する権利を持ち得ていない。動けと命じて動くものではないぞ」


 ブルックリンが彼の提案に待ったをかけたが、その程度は想定済みだ。


「命じるわけではありません。先ほど雇用と申し上げました。彼等には給金を払い、働いてもらいます。それに隣にいらっしゃるユウキさんは王子殿下より戦いの一切を任せると言質を得ております。問題は何一つないかと」


「雇用と言ったが、その金は誰が出すのだ? 北方のギルドはどこも苦しい。無駄な金は……」


 エルフが余計な口を挟んできたので俺は中央の卓に白金貨の詰まった皮袋を数個投げた。誰もが注目する硬貨の落ちる音と共に幽玄な白い輝きが映えた。

 もちろんその後に金貨のデカい皮袋も放り投げた。金の暴力は俺の得意技である。


「と、このように何の不安もありません。それになにより、これからは大金をもたらす魔物が運び込まれるのです。聞けば戦士団はかなりの勢力と伺っていますが、資金力では世界規模の組織である冒険者ギルドに敵うはずもありません。彼等とて素材を金に変えるべくこちらに持ち込んだではありませんか、それを踏まえるとこの危機はギルドの底力を見せ付ける良い機会かと」


 エドガーさんは人を焚き付けるのが上手い。戦士団に押されて割を食っていたギルドをくすぐり、その気にさせている。


「そして素材の買取ですが、本来大量の品を持ち込めば値崩れを起こしますが、今回に限りそれだけ持ち込んでも定価で買い取ります。我が商会の販路は大陸東部、南部、そして新大陸とございますのでそれだけ持ち込まれても売り捌けます。むしろ北方の品は珍重されるでしょうから、御心配なく。もちろん美品に限らせていただきますが。ああ、そうそう。このことは既にユウキさんが町の有力者に打診済みで先方からは色よい返事が返ってきているそうです。冬に予定外の現金収入は有難いですからな。食事の炊き出しや魔物の解体は彼等も未経験者の方が少ないですし、数日で戦力になるでしょう。必要な備品はこちらで用意いたしますし、ユウキさんもダンジョンで大量のナイフを手に入れられたようです。むしろこのためにあったのかと想像してしまいますな」


 彼の口撃は続く。ギルド側はもうやられっぱなしだ。


「さきほどユウキさんはギルドへの貢献を申し出られました。その意味を皆様も良くご理解されているかと思います。職員の皆様には慣れない監督役をお願いするのですから、相応の報酬を御用意しております。基本給として日当金貨一枚、さらにその能力に応じて別途追加支給いたします。この依頼は皆様のお力に掛かっておりますので、金の糸目は付けません。それに彼の支払い能力は見ての通りです」


 いかがでしょうか、と彼が締めくくる前に職員の一人が立ち上がって叫んだ。


「ボス、やりましょうや! ここまでお膳立てされて動かないなんて馬鹿ですよ」


「そうです。このままじゃどうあれ仕事量に潰されますし、戦士団の連中にあっと言わせる最高の機会です」


「Sランク冒険者二人にあの<(シュトルム)>まで揃ってるんです、こんな有名どころがいるのに肝心にギルドが尻込みしたなんていわれたら世界の笑いものですよ。それに俺は残してきた奴等に自慢したいんですよ、俺達はこの国難を楽勝で乗り越えたぜって!」


 皆が熱気に溢れて次々に叫んでいるが、その視線は卓の上の白金貨と金貨に注がれている。素直で結構なことだ。


「ブルックリン。この判断は恐らく北方のギルドの歴史を大きく変えるぞ」


 エルフが落ち着いた顔で告げ、オイゲンもそれに頷いた。


「既に賽は投げられた。ここに至っては割り切って楽しむべきだと思うぞ」


 この男。この状況で責任者からその台詞が出るとは、やはりひとかどの男だな。


「お前は昔から土壇場での決断力がえげつないよな。お前こそ王都のギルドに相応しいんじゃないか?」


「やめておくよ、騒がしいのは苦手なんだ。だからこのキルディスが気に入っていたんだが、これからはここも忙しくなりそうなのが最近の悩みの種さ」


 オイゲンの飄々とした言葉にブルックリンは鼻で笑ったあと、椅子を倒す勢いで立ち上がった。


「よし、お前ら! ここは一つ冒険者ギルドの底力をお高く止まってやがる戦士団の連中に見せつけてやろうじゃねえか! 皆に伝えろ、全業務を一旦停止し、物資の搬入が最優先だ。これから忙しくなるぞ!!」


「おお!」「わかりました!」「燃えてきたぜ!」「楽しくなってきた、こりゃ祭りだな」「ああ、デカい祭りだ」「ええ、残してきた皆を悔しがらせてあげましょう」



 職員達も盛大に気炎を上げている。これが人を動かす力か、流石はエドガーさんだ。見習いたいものだな。


「お見事です。俺じゃここまで上手く話を持っていけなかったでしょう」


 俺の掛け値なしの称賛の言葉はエドガーさんに伝わらなかったらしい。彼は不思議な事を言いだした。


「全てユウキさんを見習っているのですが。場を見極め、言葉を尽くし、空気を燃やして事を成す。貴方が幾度も成し遂げてきたことではありませんか」


 背後で目を白黒させているアリシアはともかく、他の4人が実にその通りと揃って頷いているが、俺は彼ほど上手くやれる自身はないんだが。



「おう、代行。俺達の総意は今見てもらった通りだ。あんたの指示通りに動くぜ、だから見せてくれや、あんたが起こすドでかい”大嵐”をよ」


 俺は今回後方担当だって何度も言ってると思うんだが、派手に暴れるのは助っ人たちとアリシアだ。


 だから違う話で煙に巻く事にした。



「まあ楽しみにしておいてくれ。そうそう、楽しみといえば運んできた物資の中には肉や酒、他にも嗜好品を用意してある。それを真っ先に確認するのは立場上ギルドの職員達だと思う。その際に優先的に自分の分を確保したとしても、それは業務における役得の範囲だと思うから俺は気にしない事にする。慣れない仕事で大変だと思うが、よろしく頼む」


 天幕を離れた俺の背後から獣の唸り声のような歓声が響いたような気がしたが、彼等はこれから大変な業務に携わるのだ、そんな余裕などないに違いない。




 こうして俺の準備は進み、残る仕事はクランでポーションを得て来る事のみとなったが、奇しくもその日、マギサ魔導結社では世界中から幹部が集まってクラン会議の為の緊急幹部会議が執り行われていた。


 もちろん偶然それを知った俺が、当事者の俺抜きで話を進めようとした連中相手に色々やらかしてもそれは仕方のないことだと思う。




楽しんで頂ければ幸いです。


あと2話程度でようやく準備が終わります。自分でも長いと思いますが、準備が整えばあとは一気に進む派なのでこの話は30くらいで纏まるかなと。


明日というか今日から仕事なので連続更新はこれが最後になります。何とか週二回を維持したいのですが、ままならないものですね。


ですが自分でも楽しんでいるので何とかペースを上げたいところです。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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