奈落の底から 17
お待たせしております。
俺はセリカからどんな言い訳が聞けるのか楽しみにしていたのだが……
「だってわたしもあんたの役に立てると思ったんだもの」
彼女のの言い分をまとめるとそういうことになる。
「あー、それはだな……」
思いもかけない言葉にこちらが詰まっていると、彼女は言葉を続けた。
「わたし、あんたの女なわけじゃない? だったらこういうときくらい役に立たないといけないと思うのよ。共に戦場に立つことはできないけど、ここでなら力になれるはずだもの」
えっと、まあなんだ? ありがとうと礼を述べたほうがいいのだろうが、俺はこめかみを押さえるに留めた。セリカの気持ちは感謝すべきだが、俺にも言いたいことはある。これが仲間ならわかってくれるのだが、こいつには説明したことないからな。
「とりあえずここを片付けて皆に紹介する。その後で少し話をしよう。俺も言葉をにしていなかったことがある」
「えっと、怒ってないの?」
こわごわとこちらを窺うような顔で見てくるセリカに溜息をついた俺は視線そらした。
「怒ってはいるが、まず先に話をしないと認識が噛み合わないんだよ。すぐに時間を作るから待ってくれ」
「ライカなの! 貴女、一体どうしてここに!?」
「アリシア、貴方が戦いに向かったと聞いたから。普段ならともかく、今のあなたを一人にしてはおけないもの」
「ライカ……ありがとう。みんないなくなって本当は心細かったの……」
俺の視線の先には騒ぎを聞いてやってきたアリシアとライカの友人同士の再会が行われている。これ以上の聞き耳を立てるのは野暮ってものだろう。
その後、魔法の絨毯に興味津々の王子達や姉妹を乗せたりこいつの燃費の悪さを教えたりしながら俺達は皆を王子たちに紹介するため指揮所に集まっていた。
「こちらは私の友人で商人のエドガーさんです。今回は骨を折ってもらいました」
「ランヌ王国で小さな商会を営んでおります。両殿下にはお目にかかれて光栄に存じ……」
彼の礼節を弁えた挨拶は途中で遮られた。
「おお、貴殿があのランデック商会のエドガー会頭か! お主のことはこの北の果てまで聞き及んでおるぞ。かねてから一度会ってみたいと思っていた」
「恐縮にございます。そしてこちらが、我が国の姫であらせられるクローディア殿下にございます」
セリカも同様に挨拶をしたが、王子たちの反応はこちらが同情を禁じえないほど狼狽した。王子は何故そんな貴賓が輸送隊に混じっているのだと俺に視線で強く訴えているが、俺だって驚いたのだ。
「なんと! ランヌ王国のクローディア姫と申されたか! 知らぬこととはいえ、これは大変失礼をいたした。余はフェルディナント、この国の王子である。そして隣が我が盟友である……」
「アスローンの王女、マルグリットだ。クローディア姫といえば長いことお隠れになっていた幻の姫と専らの噂だが、かような麗しき姫君とは思いもせなんだ。ランヌ王国もとんだ宝石を隠していたものだな」
王女の言葉はとても同性を褒め称える言葉ではないが、彼女に関しては至極いつも通りだ。俺も戻った時に物凄い王女がいたとその人となりは伝えているのでセリカに驚きはない。
「彼が私の暗闇を打ち払ってくれました。此度も彼の力になりたいがため馳せ参じた次第です。先触れも出さぬ非礼をお詫びいたします」
「ランヌ王国といえば南方の雄。その大国の姫君が身の危険も顧みず我等に助力いただけるとは僥倖の極みだ。これを聞けば我が戦士たちも大いに勇気付けられるであろう」
「矮小なこの身でありますが、お役に立てる事もございましょう。その時は何なりとお申し付けください」
セリカの言葉に王子はこの姫をどうしろと? という視線を向けてくるが俺も当然却下だと答えておいた。
「王子、それとあと俺の弟子が一緒についてきたので後で紹介する。事情があってあまり人目につかせたくないんだ」
「ふむ、それは了解した。改めてお二方の協力に感謝する。まずは旅の疲れを、と言いたいが、そこはユウキに任せた方が良かろうな。余は戦士たちの指揮を執るゆえ、これで失礼する」
正門前では今日も間引きが始まっており、先ほど見せた物資により皆の熱意は凄まじい事になっている。今日の収穫は昨日を遥かに越えるものになるだろう。
エドガーさんは持ち込んだ大量の物資の仕分けをすると俺達から離れたが、セリカと話す前にやっておく事はまだあった。エドガーさんが護衛として雇った”緋色の風”の四人である。彼女たちは先だっての獣王国のダンジョンの探索を終え、休暇中だったところを彼に声をかけられた。高額報酬の割に実働は数刻(時間)程度とあって彼女たちの表情は明るかった。
よければこちらも手伝いましょうかと言われたが、丁重にお断りした。
休暇中の彼女達に悪かったし、何よりも見目麗しい4人組の女性冒険者は他の連中に目の毒なのだ。
北方の独特な特徴なのだが、戦士は男がなるものという風潮があり集った戦力の内、女性はごく僅かだった。ただでさえ死の危険と隣り合わせの戦場に美女を放り込むと利点より厄介の方が多い。
予見できる面倒事は予め対応しておくべきで、俺は戦士たちの天幕は町の民の住宅街とは城壁を隔てていた。
だから俺もそれを考慮して今回自発的参戦を除き、自分から声をかけたのはバーニィとアードラーさんの男性陣だけなのだ。
彼女達も理性の怪しい野郎共と肩を並べるのは嫌だろうと話すと納得してくれた。
「折角申し出てくれたのに、無碍にして悪いな」
「いえ、私達も休暇中で気が緩んでいる部分がありました。この気分のままでは足を掬われていたかもしれませんし」
スイレンの言葉はいくつかの意味を持っていたし、それを俺も理解している。彼女達にとっては味方のふりした敵が一番恐ろしいのだ。
「むしろ得したかも? 飛竜便で帰れるなんて幸運」
「ですね。御国では帝族や大貴族くらいしか乗れないものだと思っていましたから」
モミジとカエデの言葉通り彼女たちはギルドの飛竜便で帝国まで帰還する事になった。彼等への命令権は今俺が持っているので遠慮なく命じる事ができた。
「ははは、美しい御令嬢をその背に乗せることこそ騎士の本懐。それにメッサーも飛びたくて仕方ないと急かすのです。オウカ帝国まで昼には到着してみせましょう」
「私のレティーも同様です。ユウキさんに癒してもらった以上に頂いた果実で溌剌としています。こんなに元気なこの子を見るのは何時以来でしょうか」
飛竜騎士のシュウザとカレンが愛竜の快調さに頬を緩めている。自らの騎竜をこよなく愛している彼等にとって愛竜の不調は本当に心苦しかったようだ。飛竜を世話する彼等も笑顔に溢れていた。
「二人とも、彼女達をよろしく頼む。そして渡した品の習熟も忘れないように。練習できる機会はもうあまりないと見ている。カエデももし気が向いたら手伝ってやってくれ、君の専門分野だろうしな」
「専門かどうかは微妙ですけど、試してはみますわ」
騎士二人に渡したのは指輪型の魔法発動体だ。かつて天才細工師のロッテ嬢に作ってもらった高性能品ではなく廉価版なので放てる魔法は一つだけだがそのぶん数がある。両手の指に嵌められるので合計10発の魔法弾を放つ事ができる代物だ。数だけはあるので予備を含めてそれぞれ40個ほどもたせている。
今朝早くこの国の王都に向かったレオンには既に渡して彼は習熟済だ。
「ユウキ殿、恩に着るぞ。言われてみればこれから先、飛行する魔物が現れぬはずがないからな、速度一辺倒で攻撃手段を持たぬ我等には有難い品だ」
「今は地上を走る魔物ばかりだが、後半は恐らく出てくるだろう。飛行系は位階の高い強力な奴が多いから身を守る術は大事なはずだ。専門家に言う事ではないが、当てるのは難しいと思うから牽制にでも使ってくれ」
飛竜騎士は周囲を魔物に囲まれた今の状況では移動手段として貴重な存在だ。後半戦でも飛んでもらうことがあるだろうし、攻撃手段に慣れてほしいのだ。
口にはしないがこの地の古い伝承には亜竜であるワイバーンに悩まされたという話もあった。まず間違いなく出てくると俺は見ているが、そのための迎撃手段は戦士には皆無なのが現状だ。そもそも城壁が上空からの攻撃を想定していないというのもあるし、いざというときの手段は用意してあるので王子たち首脳陣には伝えてある。
「キキョウは本当に残るつもりでいいんだな? 折角の休暇を潰すのはもったいないぞ」
「お師様の側で勉強させていただく機会を逃したくありません。それに私もお役に立てるはずですし、ライカさんも残るのでしたら、当然私も残ります。飛竜便には心惹かれますが、いずれ機会は巡ってくるでしょう」
弟子のキキョウだけはここに残ると強硬に主張するのでそれを受け入れた。それに強力な魔法職である彼女の存在は非常に心強いのでその決断を尊重した形だ。ライカとキキョウの二人くらいなら野郎共の不躾な視線から隠しきれる自信はある。
2騎の飛竜に乗って飛び立ってゆく彼女達を見送っているとユウナがこちらに歩み寄ってきた。
「ユウキ様、お耳に入れたい事が、クランに向かうのは明後日の方がよろしいかもしれません」
彼女からの情報を聞いた俺はその意見に納得した。そりゃクラン会議があるんだから、その前に身内でやるべき事はあるわな。
「そうか、確かにその方が効率がいいな。輸送隊も来たからポーションも多少在庫は持ち直すし、君の言うとおり、クランへは後日向かうとするか」
本日の予定が消滅した事により、時間の余裕ができた俺はセリカと話し合うため日中は無人の宿の一室を借り受けた。余人を交えず話がしたいから護衛のアイン達にも遠慮してもらった。
「な、なによ、なんか仰々しいわね」
向かい合ったセリカは普段とは違う様子のこちらに戸惑っているが、俺としても少しばかり内心の整理が必要な話題なのだ。
「なんか飲むか?」
「えっと、ありがと」
互いに茶で喉を潤したあと、俺は言葉を選びつつ話し始めた。
「どこから話したものかな。セリカ、お前は俺の”身内”だ。俺が言っている意味は解るか?」
「一応ね。あんたが仲間と身内、そして友人で交友関係を区別しているのはなんとなくわかってるわ。だいたいだけど、護る身内、全てを分かち合う仲間、関係を楽しむ友人って感じかしら」
仲間以外に口にしたことがない区分けなのだが、セリカは俺の事を良く見ていたらしい。説明をする手間が省けて結構だ。
「まあ、そんなもんだ。お前がどう思っているかはともかく、俺にとってセリカは毛ほどの傷一つ付けさせたくない身内な訳だ」
俺は必要だと思ったときは言葉を飾らず直球で物を言うことにしている。恥ずかしがって肝心の思いが相手に伝わらないと意味がないからだ。すれ違って後で後悔は絶対にしたくない。
明け透けな言葉だったのでセリカの顔が朱に染まり、にやけるのを必死で我慢しているのが見えた。
「へえ、まあわかっていたけど、そうやってはっきり言ってくれるのは悪くないわね。これまでソフィアやイリシャにはよく言ってたけど、私には始めてじゃない?」
「だからこうなっちまってるんだろ? 悪かったよ、お前が好意を向けてくれたのが最近だから、話す時期を見失ってた。お前の立場も色んな意味で特殊だったしな。それにソフィアは言葉にする必要もなかったことだけどな」
「え、どういうこと?」
不思議そうな顔をするセリカだが話の核心に入る前に聞いておきたいことがあった。
「そういえば、ここに来る前に雪音は何か言ってたか?」
突然、話題を変えた俺にセリカは面食らったようだが、その顔にはばつの悪さも見えた。何か言われたようだ。
「やめておいた方がいいと何度か言われたわ。最後は諦めて好きにすればいいと言っていたけど」
「だろうな。雪音は俺が何をされると嫌がるかをどうやら本能的に感じ取るみたいだ。彼女がいてどうして見逃したのか不思議だったが、そういうことか」
きっと雪音は一度強く言われないと理解しないと思ったのだろう。俺のためを思って行動した事を怒る気はないが、俺がどう思っているかを伝えないとセリカには一生伝わらないと思う。
「俺がお前達身内に望む事は、安全で健やかに日々を過ごしてもらう事だ。家に返ってお前達の顔を見ると心から安心するんだ。冗談抜きで明日を生きる力が沸いてくる。その為なら俺は世界を敵に回すし、どんな悪行にでも手を染める覚悟がある」
俺がダンジョンに篭もりながらも日帰りする最大の理由はそれだ。俺自身のために家族には笑顔でいて欲しいし、ありとあらゆる悪意を叩き潰して近寄らせないつもりでいる。
「わたし、あなたの力になりたいのだけど。貴方にもらったものをほんの少しでも返したいの。でもそれはあなたにとって不要な事なのかしら」
自分の言葉に感情が高ぶったのか、セリカの瞳から雫が零れ落ちた。泣くなよ、とその涙を拭うと彼女は俺の手を両手で掴んだ。
「その気持ちは嬉しいが、俺にとってお前が戦場にまで出張って来る事は求めていないんだ。思い出してみてくれ、俺がこれまでランヌで積極的に暴れたことはあったか?」
「何言ってるのよ、あの暗黒教団から始まって、クロガネ関連とサラトガ事変はどう説明する……でもそれ以降は全部外で何かしてるわね」
「最初の頃はまだこの国で問題が起きてたからな。それを解決したら後は全部他所の揉め事に首を突っ込んでるんだよ。俺にとって地元周辺はどんな時も平穏無事でいて欲しいんだ。あれ以降、空前の好景気の割りに北部の連中以外は面倒は減ってるだろ? これでも揉め事の気配を感じた時点で潰して回っているんだ。公爵と国王に話は通しているから気になるなら聞いてみろよ」
「知らなかった。そんなことしてたんだ」
「当たり前だろ。家族が生活する場所がゴタついてたら俺が不安で仕方ないからな。アルザスも徹底的に危険を排除してある。アインとアイスにも協力してもらってるけどな」
二人にも意味と意義を話してあるから力を借りている。一人で全てを護れると思うほど自惚れてはいないからだ。
俺がここまで話すと頭の回転が速いセリカも話の要点がつかめたようだ。
「あ、ごめんなさい。わたし、あんたの気遣い無視してたのね」
「別にそこはいいさ。こっちも言葉が足りなかったからな。俺に何かしてくれるのは嬉しいが、戦場に出てくるのは勘弁してくれ。不安で胃に穴が開くからな。俺が心配性なのは解っているはずだ」
こちとらソフィアやイリシャに、そして最近は強請られてセリカにも相応の守りの魔導具を相当数渡してある。その総額は金貨にして幾らになるか、セリカは知っている。
「初めて頼ってくれたから、舞い上がっちゃったかも。でも、嬉しかったの。これまでの人生、私が必要とされた事なんて一度もなかったから」
俺の手はセリカの両手に包まれている。だがその力は意外なほど強いものだった、まるで離したら消えてしまうことを恐れるかのように。
「さっきも言ったろ、俺にはお前が必要だ。セリカは好きなことやってそれを心から楽しめばいい。俺はその顔を見て生きる力を感じるんだ。だから望む事には手を貸すし、お前が苦しめるものは叩き潰す。これからもそれは絶対に変わらない」
「それ、私以外にも言ってない?」
照れ隠しの言葉のようだが、俺は真面目に答えた。
「身内には、ソフィアとイリシャには言ったぞ。二人ともお前みたいに難儀な人生を送ってたからな」
最初に時機を逃したといったろと弁解すると何故か機嫌が悪化した。
「普通、そこは嘘でもお前だけだって言うべきだと思うの」
「悪いな、俺は身内と仲間には嘘をつかない事にしているんだ。お前にも言えない事はあるが、嘘だけはつかない」
「それはソフィアから聞いたことがあるわね。あ、でもソフィアには詳しい話はしてないんだっけ? それってもしかしてわたしが特別だから?」
調子の良いことを言って自分で喜んでいる眼鏡女に現実を教えてやる事にした。
「あいつは実際に命の危険と隣り合わせで生きていたから、自分から危険に飛び込む事は絶対にしないんだよ。たとえ俺が命の危険にあってもそこが戦場なら誰かに救助を求めても自分からは動かない。足手まといになって余計危険になると身に染みてわかっているからな」
上の妹の半生は親しい者が次々に殺されてゆくものだった。諸悪の根源は潰したが、あの子は軽率な判断がどういう結果を齎すかよく解っている。
その点、セリカは微妙だった。彼女も複雑な人生を送っているが存在を秘され、いなかった人間として扱われたおかげで命の危険はほとんどなかった。母親は標的にされたが、彼女自身は狙われた事がなかった事が今回の判断につなかっている。
「驚かせようと思って黙って来たのは悪かったわよ。次からは相談します」
「頼むから自分の命は大切にしてくれ。俺は完璧な人間じゃない。不注意でお前が傷つくのは想像もしたくないんだ。俺もちゃんと話しておかなかったから今更帰れとは言わないが、次からは問答無用で連れ帰るからな」
俺がセリカの瞳を覗き込んで見て念を押すと彼女は顔を赤くして目を逸らした。
「わ、わかったわ。本当は私も物資の管理を手伝おうかと思ったけど、そういうことなら大人しくあんたの活躍を眺めてるわ。他に出来ることなさそうだし」
「何を言ってんだ。俺に真似できない仕事が一つあるだろうが」
「え、なによ? そんなものあったっけ?」
本気で思い至らない残念王女に俺は答えを教えてやった。
「社交だ社交。王女様なら他国の姫と茶会の一つでもやって関係を深めてこい。特にこの国はこれから大きな変革を迎える事になる。顔を繋いでおくのは悪いことじゃないだろ」
あ、自分が姫だって忘れたとのたまうセリカにため息をつくが、俺は胸にしまっていた思いを言葉にする事ができて安心したし、彼女も息を飲むほど魅力的な笑顔を俺に向けてくれたのだった。
楽しんで頂ければ幸いです。
今回は短めの話になりました。内情回というやつです。番外に近いです。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




