奈落の底から 13
お待たせしております。
「こりゃ流行んないよ……」
相棒の唖然とした呟きに俺は心底から同意した。
今倒した25層の敵が落とした宝箱の中身は鉄の剣だった。気紛れに<鑑定>してみたが鋼鉄でも魔法の武器でもない何の変哲もない鉄の剣である。
「渋い、いくらなんでも渋すぎる。アイアンゴーレム倒して手に入るのが鉄の剣一本ってあんまりだろ……」
俺の目的が安全な避難所を求めたダンジョン踏破でなかったらすぐさま引き返してしまいたいところだ。
「まさかこんなに地下に降りてきてもドロップアイテムの質が変わらないとは思わなかったね」
「ダンジョンがあればどんな街も栄えるのが普通だってのにここまで寂れてるってのは何か理由があるんだろうと思ってたが、ここまでひどいとは思ってなかった」
俺はさっさと階段を下りながら肩に乗る相棒に話しかけた。ダンジョンに挑む始めた頃は緊張感を持って周囲を警戒していたリリィも今ではすっかりやる気をなくして、俺の肩の上で菓子を頬張っている有様だ。
「こんなアイテムしか出ないんじゃ冒険者も挑もうとは思わないよね。普通のダンジョンなら通路内の宝箱に期待ができるけど、ここじゃ無理だしさ」
このダンジョンの構造としてはとても単純だ。分類するならボス型ダンジョンと呼ばれる形状で階段のある小部屋2つとボスがいる部屋のみで構成されている。全階層が同じ造りで階段が上りか下りかの違いしかない。
特に悪辣な仕掛けがあるわけでもないのだが、こりゃ寂れるわという感想を抱かずにはいられないダンジョンなのだ。
その理由として、今見たようにボスが落とすアイテムがあまりに渋いことだ。かれこれ20体以上のボス、強さ的には精々階層主といった力量の敵を倒してきたが手に入るのは鉄の武器だの薬草だの低位ポーションだのと、苦労の割に見返りが少なすぎだ。
それにこのダンジョンのもう一つの特色に個人戦を強要されることにある。ギルドが推奨攻略人数を1人としていたことにも理由があった。
ボスの間に一人で入らないと、たとえボスを倒したとしても先にある階段に続く扉が開かないのだ。
先に話は聞いていたが俺の後からユウナとレイアが二人で試して確認したので間違いないようだ。俺の場合は相棒を認識していなかったのか問題なかったが情報では召喚士や調教師が連れている者達も例外ではなかったらしい。
それに厄介な事に数十種の敵が不規則で選ばれるようで俺の時はアシッドスライムが、彼女達の時は火蜥蜴とトロールが出現したという。どう考えても第1層で出てくる魔物とは思えないが、このダンジョンの最大の問題はそこではない。
「逃げられないボス部屋で予想のできない敵相手に一人で挑むのは厳しいよね。そんでもって出てくる宝箱の中身がこんなにショボいんじゃ流行らなくて当然だよ」
戦うのが一人でも出てくる敵がわかっていれば対策が取れるが、不規則に現れるのでは決め打ちするしかない。特に俺が出会ったアシッドスライムは物理はほぼ無効だし凶悪な酸を吐いて武器防具を溶かすわで対処法が魔法だけだった。魔法武具も特殊な加工を施されていないと容赦なく腐食させてくるので遠距離から魔法で倒すのが最適解だが、ユウナが遭遇したトロールは逆に魔法が効きにくいガチガチの肉体派(精霊種に近く魔法を減衰させるので肉体派とも言い難いが、武器で殴るのが一番効率がいいのだ)だ。
徒党を組んで挑んでも先に進めなくては意味がないし、一人で強制的に戦わされるとなると後衛は厳しい事になる。魔導具や巻物を用いればその層のボス戦は攻略できるだろうが、得られる見返りがあまりにも貧弱すぎた。この戦利品では絶対に赤字になる。
ギルド推奨攻略人数を一人をしていたのは大勢で挑んでも意味がないからだろう。試練のダンジョンと銘打っておいて難易度が低いとは誰も想定しないだろう。
ここまで進んでみた感じだと、どうもそういう極端な敵をわざと選んで出しているように思える。一人で攻略するなら魔法と物理、双方を兼ね備えていなくてはならない。
だが、そんな都合の良い存在は滅多にいない。パーティーを組むという事はそれぞれの長所を伸ばすことだから、それぞれの特技が突出しているものだ。魔法職が前衛で近接戦闘をすることはないし、剣士が戦闘中に怪我人を後方で癒すなんて事は皆無であろう。
まさに試練のダンジョンと呼ぶに相応しい難易度だが、このダンジョンを攻略するには全てを高水準で兼ね備えている魔法剣士が最適解だ。だがそんな手練なら引く手数多でもっと稼げる場所に行っているはずだ。俺だって踏破して安全な地下壕を作るという目的がなければさっさと引き上げたいのだ。
正直、最高到達階層である92層まで辿り着いたという先達は、よくこんな割のあわないダンジョン潜ったなと思わずにはいられない。
そういう訳でこのキルディスのダンジョンは寂れに寂れているわけだ。俺が挑むウィスカも理不尽な数の暴力で有名な鬼畜難易度だが、戦力を整えて戦術を工夫すれば十分に稼げる事は他のパーティーが証明している。だが、一人で全て攻略しなくてはならないここは前提が違いすぎた。
まあ。俺には一切関係ないわけだが。
なにせこちとら訳あってすべてを一人でこなしているのだ。それに魔法が効きにくい敵であろうがそれ以上の威力でゴリ押せば普通に倒せるので何も問題ない。ボス部屋と階段しかない構造上、罠の心配がないからさくさく倒してさっさと次の層に向かう事だけしか今は考えていない。
「目標は1層を一寸(分)攻略にしようよ。そうすれば今日中に帰れると思うし」
これまでは一々宝箱を開けて中身を確認していたが、こりゃ期待するだけ無駄だな。
「そうだな、回収だけして中身はおいおい調べれば良いか。走れば一寸(分)かからんと思う」
こちらに来てからは行ってないが、それまではウィスカで魔導書を使って動いている時はいつもそうやっていたので慣れたものだ。事実としてここから先の攻略はひどく簡単に進んだ。
各10層毎に格上のボスらしき存在もいた。しかし他の層の敵と段違いに強いかと問われると首を傾げざるを得ないし、特徴といえばボスの間の扉が多少豪華になっていたくらいで落とすアイテムは対して変化はなかった。一応順当に品質は上がっているようなのだが、鉄のナイフが2本から4本に上がったとしてもこれは喜ぶべき内容なのだろうか。
「せめて鉄が鋼鉄になるとかならないもんかね? 本数増えても仕方ないだろ……」
「ダンジョンのリソース何に使ってるんだろーね? 相当絞ってないとこんなことにはならないんだけど」
俺の問いにリリィはよく解らない答えを返した。彼女は時たま答えになってない返答をすることがあるが、相棒なりに正解を口にしているらしい事は理解している。どうもダンジョンに関する根源的な仕組みのようだが、今の俺の助けになるようなものではないのは明らかだ。
まあ俺のも独り言や愚痴みたいなものだ。目的はダンジョン踏破であり宝箱の中身はついでに過ぎない。そう思っていないとやりきれなくなるのも否定できないが。
「60層突破で大体3刻(時間)かあ。どれだけ深いのか知らないけど、このペースなら今日中に終わるかな?」
「現在時刻は夕方の4時ちょいか。狭いダンジョンだからその分深いだろう。200層近いかもしれないし、夕飯の頃には一旦家に戻るつもりで考えよう」
3刻(時間)のうち2刻半は25層までにかかった時間だ。情報を予め得ていたとはいえ始めてのダンジョンなのでユウナと<念話>したりと手探りで慎重に進んでいたし宝箱を一々空けて中身を確認していたので手間を掛けていた。しかし特徴を掴んでさしたる危険もないと解ってからは走って移動しているから現在は1層に一寸(分)もかけていない。
視界の端には地上へ戻る一方通行の転送門が階段の横に見えている。10層ごとのボスの宝箱には普通の宝と共に帰還石も手に入っているので戻る事はいつでも可能だ。
「でも今日の内にクリアした方が絶対良いよ。だってユウ、もう一度ここに挑む気はこれっぽっちもないでしょ?」
「まあこんな割の合わない所、好き好んで挑みたくはないな。今ここに挑んでる冒険者もいないというし、転移環でアルザスの屋敷に直接帰ればいいさ。じゃあ、少し急ぐか」
今の会話も階段を下りつつ行っている。下るに従い敵の強さも順当に上がってきてはいたが脅威を覚える敵は存在せず、会敵して倒して終わりという作業感が強まるばかりなのだ。
60層を守るボス(多分)は動く石像だった。普通に戦えば手応えのある敵なのだろうが、魔法一発で壊れたのでよく解らない。
俺は走る速度を少し上げた。ウィスカで日課分の探索は終わらせてあるとはいえ、こちらに来てから待機時間が長いので多少運動不足気味だ。鍛錬のつもりで負荷でもかけてみるか。
65層、ヒュージスライム。コアが半透明で見つけにくかったので土魔法で押しつぶした。
68層、ブルーオーガ。近接馬鹿だったが、剣で戦うならその頑丈さに苦労したかもしれない。
70層、狂える亡霊。出会うなり各種精神異常を引き起こす叫びを頻発する難敵。非常にうるさかった。
77層、レッドエレメンタル。こいつもコアを相反する魔法で貫かないと倒せないらしいが、そんな面倒な事をしなくても土魔法で押し潰せば核は砕けた。質量系はやはり便利だ。
80層、インビジブル・シャドウ。透明化して襲ってくるのだが、肝心の魔力が消せていなかった。近寄ってくる位置が解れば迎撃するだけである。
83層、アッシュイーグル。まさかの飛行系の敵だった。飛び道具がないと接近する瞬間を狙って反撃するしかないだろう。だが、そもそもたいして広くもないボスの間で飛びまわってもあまり意味はない気がする。
88層、ミノタウルス。牛頭なので肉でも落とすかと期待したが、中身は銀の斧だった。これでもマシなドロップ品である。強さは……よくわからない。
93層。闇精霊。ここから未踏破層という事もあり気合を入れたが、普通に魔法の打ち合いで勝った。
99層。雪を纏うもの。相棒曰く現地に根ざした精霊との事。ダンジョンの敵で良いのかと疑問には思うが俺を見るなり魔法を撃ってきたので普通に倒した。落とすアイテムはショボかった。
100層。動く鎧。剣も魔法にも耐性を持つ敵だった。ここが最下層かと身構えたがそんな事はなく、地下へ続く階段があった。
106層。シルバーゴーレム。100層を越えてから出現する敵が2体に増えた。だがこれが互いに支援しあうとか役割が明確化されているなら多少やり辛くなったかもしれないが、単純に同じ敵がもう一体増えただけという残念な結果だった。敵の強さは、一撃で塵に帰ったので不明。
110層。動く鎧2体。まさかの100層の焼き直しである。そろそろ敵の種類も尽きてきたのかと変な心配をしてしまった。変更点は手にしている剣と盾が立派なものになっているくらいだ。
どうせならそれを落として欲しかったが、既にこのダンジョンにそこまでの期待を持っていない。案の定手に入れたのは鋼鉄のナイフ10本だった。既に俺の感情は消え去って無心状態だ。
120層。ワイト。試練のダンジョンの最終階層ボスを飾るのは不死者だった。エルダーリッチと違い死にぞこないではない精神生命体なのでこいつを消滅させるには回復魔法が必要という根性の悪さである。相棒と二人でそうきたかと顔を見合わせたものだ。
普通ここまで到達するには剣と魔法の技能が必須だというのに最後は回復魔法がないと倒せない極悪さでポーションでは何の意味もないときた。俺は問題なく<エイド>で消滅させたが、回復魔法の魔導具が競売に掛けられると金貨数百枚で治癒師ギルドが買い漁っている現状では一介の冒険者が手にする事はほぼないだろう。僧侶がいるパーティーで挑めばなんとかなるが、一人を挑む事を強制されるこのダンジョンで最終ボスに初見殺しを仕込んできたわけだ。
「最後はちょっと驚いたけど、一応ラスボスだもん、これくらいはやってくるよね」
「難易度としては中の下くらいかな?」
「いやいや、それはユウ基準でしょ。一人縛りの段階でかなりきついよ。上の下くらいじゃないの? 出て来た敵も物理と魔法に特化してる奴ばっかりだし」
全ての敵が一撃で沈んだのでいまいち強さがよく解らないまま来てしまった。これがウィスカなら色々検証して敵の能力を調べるのだが、二度と来ないであろうこのダンジョンにそこまでの労力を割く気も湧かない。
「そんなもんか。さて、核を探して機能停止させないとな。あ、考えてみれば俺初体験だ」
「リルカも獣王国のダンジョンも他の人がやってたもんね。って、そのまえに踏破報酬確認しようよ! 初回は良い物入ってるってのが通り相場だしさ」
俺は意図してワイトが消滅した場所においてある宝箱を意識の外に追いやっていた。これまで得てきたお宝は悲惨の一言で鋼鉄製の武器防具が最上級という悲しさだ。敵が強くなっても品質を上げずに数で誤魔化された感があり、鋼鉄のナイフなど3桁に至ろうかという数が手に入っている。買い取り額は<鑑定>で大銀貨2枚にしかならなかった。数が揃えば悪くはない額になるだろうが、金額に見合う労力とはとても思えない。
そんな経緯もあり、最終ボスの宝箱がみすぼらしい木箱だった事もあって、完全に見切りをつけていた。
「これまで散々な内容だったんだ。最後のボスだけ奮発したとは考えにくいぞ」
「それでもラスボスの初回報酬だもん。ちょっとは期待持てると思うよ」
さあ行こー、と俺の服を引っ張る相棒につられて俺も木の宝箱に向かった。俺の中で木製の宝箱は外れという印象なのだが、このダンジョンでは金属の宝箱でも普通に薬草が入っていたりしたので油断は出来ない。その分良い物が入っていることが多い金属製の大きな宝箱で外れを引くと落胆も相応になるが。
「えっと、なんだこれ? スクロールか? 変わった形だな」
「ユウ、これ結構面白いよ。このダンジョン限定だけど転送門を転移門に変えることが出来るんだって」
「へえ、そりゃ珍しい能力だ。ここしか使えないのが勿体無いくらいだ」
<鑑定>で調べたらしい相棒が感心した声をあげているが俺もそれには同感だ。帰還用の転送門は一方通行なので攻略した層からまた再開という訳にはいかない。だが相互に行き来が可能な転移門なら到達した階層にまで跳べるので攻略は圧倒的に楽になる。
「これで他の宝箱の中身が美味しければ言う事なかったんだけどねー。世の中そう上手くは行かないかぁ」
リリィはそう肩を落としているが、俺はこのお宝に満足している。何故ならこのダンジョン攻略の目的は避難所確保であり、その意味では達成したのだ。そしてその避難民はキルディスの民とレオンの実家である牧場の家畜達を含んでいる。
特に後者は考えるだけでも面倒が多そうだった。幸い現状だとまだ牧場は魔物避けが効果を発揮していて被害はないそうだが、日が経つにつれ厳しさを増すだろうし、かといって町の中に避難させるのはもっと厳しい。食い物が不足している現状で家畜なんざ連れてこようものなら食われておしまいだ。金で買われるならまだ良い方で非常時だからと無理矢理奪われる未来しか見えない。
町を囲む城壁ができた段階でレオンは無邪気に喜んでいたのだが、そう指摘すると顔を真っ青にした。そうなればたとえこの危機を脱したとしても彼の家族は全財産を失う事になる。更に悪い事に彼の実家の顧客は貴族層だ。その縁で彼自身が飛竜騎士として身を立てたくらいなので、貴族に卸す家畜の数は決定済みだとか。それが卸せなくなったら、いくら非常時とはいえただで済むとは思えない。
つまりレオンが望むのはこの城壁に囲まれた町の中で誰にも見つからず、動物達の難が逃れられる場所という無理筋の極みみたいな話だったが、そういえばダンジョンがあるなと白羽の矢が立ったというわけだ。
実際に民を避難させるのは最後の手段なので恐らく使わなくてもなんとかなると見ているが、現実はいつも俺の想定を上回るので準備は怠れない。
そしてもう一つ厄介な点がその家畜たちが素直にダンジョンに入ってくれるかという問題もあるが転移門があれば一々階段で下ろさなくていいので大分楽になる。移動はロキにやらせよう、あの駄犬も同じ獣だし、言う事くらい聞かせられるだろう。
「あの騎士にずいぶん目を掛けてるね。そんなに大事なの?」
「大事というか、仲良くしておきたい相手だな。現役の飛竜騎士なんて滅多に出会えないし、仲良くなっておけば仲間達もあいつの愛竜に乗せてもらえるかもしれないだろう?」
飛竜便はあくまで輸送手段なので遊覧飛行など望むべくもない。こちらの頼みを聞いてくれそうな存在には恩を売れるだけ売っておきたい。少なくとも仲間たちはもちろん、ソフィアとセリカ、イリシャは飛竜に是非とも乗ってみたいと言っている。
そんなことを考えつつダンジョンの核に手を当てて機能を停止させた。微細な振動が襲ってくるが、これが響き渡って地上では明らかな異変として認識される。岩盤が頑丈なのか、地震など皆無なこの世界では地震はダンジョン踏破の証と思われている。王子達にも伝わった事だろう。
「今の時間は……おお、まだ午後6時前じゃん。ユウが本気出すとやっぱり早いね」
「目標の1層一寸(分)は無理だったけどな。結構敵の特徴とか見てたし」
100層までは手の込んだ事に全て異なったモンスターが出たので初見の奴も多く、俺も見聞を広める為に観察していたりしたのだ。それでも敵は全部魔法の一撃で終わったし、移動は全て走っていたので時間短縮になったのだろう。
「んじゃ報告にいこっか。今の地震できっとみんな攻略成功に気づいたと思うし、自慢しようよ」
満面の笑みを浮かべて自慢するぞーと上機嫌な相棒に苦笑しつつ、転送門から転移門に変化させて帰還しようとした俺の手がふと止まった。
変なものがあるのだ。
「なあ、リリィ。これ、俺の見間違いじゃないよな」
「へ、ナニコレ? どういうこと?」
俺の手元を覗き込んだ相棒も訝しげな声を上げた。だがそれも当然だろう、ウィスカで使い慣れている転移門だが、門がある階層が書いてあるのでそれを押せば転移されるというお手軽機能だ。
だからこの場合は1層を押せば良いだけなのだが、不思議な事が起きていた。
「なんで130層と140層が存在するわけ? ここって下に続く階段ないし、ダンジョンコアのある最下層だよね?」
攻略を果たした俺がダンジョンを出ると外は薄暗闇が辺りを覆いかけていたが、周囲には数え切れないくらいの大勢の人間が殺到していた。
「おお、ユウキ。まさか半日と経たず未踏破の迷宮を攻略してしまうとは! 流石は音に聞こえた<嵐>だ。世界最強の冒険者という評判は偽りなしであるな!」
第一声を飾ったフェルディナント王子の一言は周囲に聞かせるためのものだった。今回も裏方を担当する事になると分かっていたので賞賛は不要なのだが、彼の台詞はざわめきを持って受け止められた。
「本物なのか……あの壁もペテンじゃないってことだな」「だろうな、試練のダンジョンは相当キツいって話だ。俺は昼間歩いてるあいつを見たぜ。という事は本当に数刻(時間)で踏破してきた事になる」「凄腕ってのは噂じゃなさそうだ」「この異常事態にも希望が出てきたって所か?」
城壁を作っているときは大して人目がなかったせいもあり、俺の噂が一人歩きしている状態だったようで、戦士たちの目に侮りが消えてゆくのが見て解った。
「くぅー、これよこれ! ユウにはこういったテンプレ成分が全然ないんだから、たまにはこうやって補充しないとね」
相棒が俺の肩を叩きながら謎発言を繰り返しているので無視するに限る。それに俺には新たな客がやって来たようだ。
”てんぷれ”とやらを味わい大いに満足し、人ごみが嫌いなリリィはじゃあ私ご飯食べてくると告げてアルザスに戻っていった。
「どいてくれ! 我々は冒険者ギルドの人間だ!」
人垣を掻き分けて現れたのはギルドマスターオイゲンを筆頭にギルド職員達の塊がこちらにやって来た。実は今、冒険者ギルドの人数は50人以上に膨れ上がっている。なんと昨日、マグルリット王女が到着した後にグラン・マスターの指示で周辺のギルド支部の人間が駆りだされていたのだ。死地に送りこまれてさぞ自分の運命を嘆いていると思いきや、彼等の顔は異様なほど明るかった。
しかし、その理由を尋ねた俺は頭を抱えたくなった。
職員達は一様に冒険者ユウキが関わっているなら絶対に勝つのは間違いない、勝ち馬に乗れると解っている勝負に賭けない馬鹿が何処にいると口を揃えたのだ。
それに俺がこれまで各国でいろいろやらかしていた事もあり、こりゃ参加しない手はないとこぞってやって来たそうだ。
その職員達を護衛する為に本来総本部に詰めているはずのギルドセイバーの小隊まで一緒にやってきていたりと人材面でも色々賑やかになってきている今日この頃であった。
しかしこいつらも余剰食糧をほとんど持ってこなかったという体たらくである。どいつもこいつも俺から恵んでもらえると思っている節があるな。
そんな訳で彼等との接触は最小限に留めようと思っていたらむこうからやって来た。
「まずはダンジョン攻略、見事だ。だが、このようなことをするならこちらに一言あってもいいだろう?」
口火を切ったのは追加で送られてきた人員だが、なんとアルバイア王国(王子の国だ)の王都のギルドマスターだった。グラン・マスターから直々に指示を受けて本人が志願したとか何とか。だがその言葉が若干の嫌味だったので俺も相応の返答をする事にした。
「ギルド側も特に人を配置していたわけでもなかったので、問題ないものと判断しただけだが?」
王都では皆が自分に従順だったのか、白髪交じりの元戦士であろう王都のギルマスは面食らった顔をした。オイゲンに視線を向けるが彼は肩を竦めただけだった。
「それより冒険者ギルドがここに来たのは丁度いい。ダンジョンの品を換金でもしてくれ。中身は悲惨極まりないがな、このダンジョンが寂れた理由をたっぷりと味あわせてもらった」
適当なマジックバッグに放り込んだドロップアイテムを渡すと職員達が我先にと群がった。どうにも俺のやり口はこんな北の果てにも伝わっているらしい。本当にロクなアイテムがないので金額もしれたものだろう。何より俺が絡むと大量の物資と金が乱れ飛ぶと評判だから、彼等も相当に色々持ち込んできている。俺として食い物もってこいよと声を大にして言いたい。どこも余裕はないのだろうとわかってはいるのだが。
余談ではあるが、ダンジョンで大量に手に入ったアイテムの中で一番使われたのがナイフである。これから山のように積みあがる敵の死骸を町民まで総出で解体するときに大いに役立ったいう話を後で聞く事になった。何しろ売れば金になる素材ばかりが山のように転がっているのだ。誰もがこぞって参加したという。
「さて、ダンジョンに関する詳しい話を聞かせてもらえるかな? こんなことをしている場合ではないと解ってはいるが、君のおかげでさしあたって緊急の仕事がないのでね」
ギルド職員達の喧騒を縫ってこの町のギルマスであるオイゲンが近づいてきた。その側には副マスターのエルフ、そして飛竜騎士のレオンと受付嬢のセルマが着いてきている。俺が城壁を作ったので戦士たちには待機命令が出ている。武器は各々持ち込んでいるし、矢種に関しては俺が提供したので不足はない。戦士たちは今、戦場になるであろう第二城壁で様々な罠を作成したりして時を過ごしている。昼間見た縄梯子で城壁の外で戦っている奴等はあくまで例外だ。
「別に情報を渡してもいいが、その前に相談事があるんだ。王子にも聞いて欲しい話でな、恐らく判断は王子がする事になると思う」
「ふむ、それは私も聞いて構わないかな?」
王子の背後にいたマルグリット王女が会話に参加してきた。これの多大な影響を受けるのは彼女も同じなのでもちろん頷いた。
「ああ。それとあそこでアイテム争奪戦に参加している王都のギルマスも呼んだ方がいいと思うが」
「ブルックリンを参加させるのか? 意味があるとは思えぬが、ユウキが言うのなら従おう」
王子の側近がブルックリンと呼ばれた王都のギルマスを読んできた。そこで始めて紹介を受けたが、やはり現役時代は戦士として活躍した元Aランク冒険者のようだ。
「なんだ、俺が参加する必要のある話なのか?」
「さあ、それはそっちが判断してくれ。声をかけておかないと後で揉める気がしたんでな。嫌なら戻ってもらって構わない」
相手が何か言い出す前に俺は皆に言葉を重ねた。
「悪いがちょっとついてきてくれ。言葉にするより見てもらった方が早い。ダンジョンは機能停止していて身の危険はないから安心していい」
「了解した。皆はここで待て」
俺は子供のセルマに向けて話したのだが返事は王子から返ってきた。王子の側近達は当然のように反対したが彼は取り合わなかった。
「レオン、お前も来い。元はと言えばこのダンジョン攻略はお前の頼みで始まったようなもんだからな」
「私が、ですか? それは一体……そんな、まさか!?」
実家の動物達の避難所を作るためにダンジョンを踏破したとは考えもしなかったレオンは俺の言葉に驚愕を隠せないようだ。本気ですかと真顔で問い掛けてくるが、彼のことが理由のすべてではない。
「このダンジョンは全部で120層で構成されていた。敵が落とすお宝は寂しい限りなのはここにいる皆は知っていると思う」
「私もそう聞いている。だからこそキルディスの町はダンジョンを擁しながらも経済的に発展しなかったと」
他国の王女であるマルグリットでさえも聞き及んでいる現地の常識だが、それは今日で変わる事になる。
「おい待て、何処に行くつもりだ? そこは転送門だぞ。知らん筈があるまい」
副マスターのエルフが俺が向かう先を察して口を挟んだ。初対面では攻撃的な対応をされたが俺の名前を知ってからはその気配が消え去った。何があったのかは別に気にならないので実害がないなら放置する。
「ああ、これまでは転送門だったが、ついさっき転移門に変化した。最終ボスの落としたアイテムの効果だ。世の中面白いものに満ちているな」
「なんと! 転送門が転移門になるだと!? もしそれが事実あれば画期的だぞ。冒険者は望む階層から探索を始められる。手間の掛かる層を飛ばせるなら利益も大きく変わってくるからな」
「全くの同感だが、俺が手に入れたスクロールはこのダンジョン限定と書いてあった」
ブルックリンが興奮した声を上げるが、俺は現実を教えた。
「そういえば、お前は<鑑定>持ちとの噂だったな。やれやれ、そう都合よくはいかんか」
「だがレオンの家畜をここに連れてくるときは重宝しそうだ。レオン、後の段取りはそっちでやれよ?」
「ユウキさん、感謝します。家族も安堵する事でしょう。この恩はいつか必ず!」
「お前の家の家畜だけではなく、いざという時の町民の避難所のつもりだからそこまで感謝する必要はないけどな」
心底安堵した顔で俺に頭を下げるレオンにそう答えながら転移門の前に立つ。かつての転送門を見たことがあるギルドの人間たちは細部か変化していることに気づき、俺の言葉が正しいと納得したようだ。
「確かに私が知る転送門ではない。他のダンジョンで目にしたことがある、これは間違いなく転移門だ」
副マスターのエルフの宣言に王子も異論挟まなかったことから、奴の見識にはかなりの信頼を置いているのだろう。
「ユウキよ、余やマルグを案内までして相談したかった事はこれではあるまい。何があったのだ?」
「見てもらった方が早いと伝えたぞ、これからだよ」
王子の問い掛けに俺は今から説明すると告げ、全員を転移門に入れた。この門は標準的な大きさだが8人くらいなら難なく入り込める程度の広さがある。
「あれ、先ほど最深層は120層だと言っていませんでしたか?」
丁度セルマの顔の前に階層を指定する石版があるので彼女は違和感に気付いたのだろう。俺は頷いて彼女の疑問に応えた。
「ああ。俺も驚いた。ボス倒してさあ戻ろうかと思ったら新たな層が追加されているんだからな。相談したいのはこの二つの層についてなんだ。ここまで来たんだし、後は実際に目で見て判断してくれ」
皆の顔に了承の文字が書いてある事を確認して俺はまず一つ目の130層に転移した。
そこはこれまでの小さな部屋とは隔絶した広大な空間が広がっていた。まるで照明が落とされたかのように薄暗いが周りを見渡して状況がわかるくらいの明るさは残されていた。
周囲には木々が生い茂り、離れた場所にはなだらかな丘が見える。その丘には見紛う事ない畑が広がっていた。その果てはここからでは見渡せないほど広い。<マップ>を見る限り、環境層の広さはウィスカのそれを越えていた。
「そんなことが……ここは、まさか……」
掠れた声はオイゲンかブルックリンか判断できないが、どちらにせよ大きな衝撃を受けている事は間違いない。
「見ての通り、核を停止したから機能も止まっているが130層はデカくて相当有望な環境層だった。それとこれから見てもらうが140層は鉱山層でな、この試練のダンジョンはボス型、環境型、鉱山型、三つの要素を兼ね備えた世界でも非常に稀なダンジョンだってことだ。それも転移門で安全に行き来できるときた。これ、北の周辺諸国の力関係が全部ひっくり返るよな?」
俺の質問に答える余裕のある人物は誰もいなかった。
楽しんで頂ければ幸いです。
書くことが多すぎて話が進みません。まだ全員集合してないってんだから困る。
それとこはく様よりレビューを頂戴いたしました。
まさか4つ目をいただく事があるなんて夢にも思わず、当人も頂いてから数日たって始めて気づいたという体たらく。前回でご報告できずに申し訳ありません。
こはく様にはこの場をお借りして篤く御礼申し上げます。
さて、避難所も作ったしこれから戦闘とはいかず、まだ準備します。ごめんなさい。
もうひとりのSランク冒険者もまだ到着してませんし、それが次回の話になります。
もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!




