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奈落の底から 6

お待たせしております。



「すまねえ兄ちゃん、この通りだ!」


 夜も更けたころ、ようやく宿に戻れた俺に店の主が開口一番そう告げて頭を下げてきた。


「あー、もしかすると、例の騎兵の伝令が?」


「ああ、その通りだ。あいつら突然現れたと思ったら問答無用で部屋を用意しろってよ。泊まってる客がいると言っても聞きやしねえんだ。本当にすまねえ、こっちから誘ったってのに格好がつかなくなっちまった」


 宿の主人、今朝俺とレオンが救ったサイオンという中年のおっさんは俺に今日の宿を勧めてきた。命の恩人だから宿代は勉強してくれると言うので、特に行く当てもなかった俺は一晩の宿をそこでとることにした。


 そして色々と、本当に色々と細々としたものを片付けて宿に帰れた俺にこの言葉が言い渡されたのである。


 精神的な疲労を覚えていた俺だが、サイオンのおっさんの言葉に怒りを抱く事はなかった。この事態は予見できたことなので、やはりそうなったかという納得の感情が俺の胸にあったからだ。

 こんな寂れた小さな街に大挙して戦士団や騎士団がやってくるというのだ。偉いさん用に宿を確保しておく事は先触れの大事な仕事であり、先客を追い出して(もちろん武力で脅すこともあるだろう)でも宿を確保しても不思議はない。


 そして当然ながらその要請というか命令に店主は逆らう事などできない。俺が話が違うとゴネた所で彼を困らせるだけだ。

 さらに俺自身は全く困っていない。むしろ有難いくらいなのだった。


「わかったよ。そういう事情なら仕方ないな。他の宿を当たってみる」


「すまねえ、だが他の宿も一緒だと思うぜ。この町には宿が8軒しかねえし、その中で大型は2軒しかねえからよ、きっとどこも断られちまう」


「そりゃまいったな」


 内心ではそりゃ好都合、と相好を崩したかったが、何とか渋面を作ってみた。


「そういうわけだからよ、もしあんたが良けりゃあ我が家に来ねぇか? ウチのモンも命の恩人に礼の一つもしたいって言ってるしよ」


 サイオンとしてはこの不手際を何とか挽回しようとしてくれている。この寒空にいきなり旅行者を放り出すのは忍びなく、本来なら行わないような便宜を図ってくれていた。


「あんたの家は若い娘さんがいるんだろう? 悪いから気持ちだけ貰っとくよ。どっかに潜り込んでみるさ」


「あ、おい待て正気かよ! 南はどうか知らねえが、こっちじゃまだ凍死するほど冷えるんだぞ」


 わかってるよ、と手で返事して俺は宿を出た。背後からサイオンが俺を案じる声を聞こえてくるが、こんな夜更けに他人の家に上がりこむのは遠慮したい。

 むしろ今に限っては先触れの使者に礼を言いたいくらいだった。元々サイオンのおっさんに宿を紹介されたのは正直言って有難迷惑というやつで、始めてこの地にやって来た俺が宿の心配をしない方が不自然なので提案に乗っただけの話なのだった。


 俺に宿は不要である。そん所そこらの高級宿じゃ相手にならないくらいの夜営装備を俺は持っているからだ。


<ユウキ様、よろしいでしょうか?>


<ああ、解ったから少し待て>


 俺と共に一端アルザスの屋敷に戻っていた従者二人だが、ユウナが俺と合流したいと願い出てきた。俺は夜営の準備を整えてからでもいいじゃないかと思ったのだが、思いのほか強い意思でこちらに向かいたいと申し出ているので、人目のない適当な場所で転移環を置いた。

 すると待ち構えていたのか、即座にユウナとレイアが転移してきたが、二人ともその顔には怒りが見えた。


「我が君、私はあの店主に物申してくるぞ」「右に同じく、よりにもよってユウキ様をないがしろにするなど、言語道断です。許す事などできません」


 珍しく怒気を顕わにしている従者達と違って、俺は全く怒っていないんだが。


「二人が俺のために怒ってくれている事には感謝するが、そこまでにしておけ。彼を責めても先触れの使者と板挟みになるだけだ。あのおっさんも好き好んで俺を放り出したわけじゃないんだ、そこは酌んでやれよ」


「しかし……いや、わかった。我が君がそう言うなら、従おう」「……」


 レイアは渋々納得してくれたが、ユウナは駄目そうだ。


「ユウナ、俺に同じ事を二度言わせるな」


「……承知いたしました」


 まさに不承不承という言葉が最適な口振りでユウナが口を開いた。事情が事情だしそこまで殺気を出すほど怒らなくてもいいと思うが、彼女の中で俺はどういう存在なのか一度聞いてみた……なんか怖いから止めておくか。



「来る時も思ったが、塀がほとんど意味を為していないな」


 降雪で本来の半分ほどの高さになっている塀を見て俺はつぶやいた。外敵を寄せ付けない効果は既に失われているだろう。昨夜の吹雪とは打って変わり、今日は快晴だったのでこれ以上溶ける事はなさそうだ。

 つまり身体能力に秀でた高ランクの魔物なら何の障害にもならず飛び越えられるはずである。


「うむ、正直に言えばこの町で篭城はしたくないな。軽く見て回ったが、防御拠点になりそうなものがほとんどない。この程度の防備でよくこれまで生き残れたものだ」


 言外に北方は常に小競り合いが絶えない土地ではなかったのかと俺に聞いているが、詳しい事は俺にもわからん。今度レオンにでも聞いてくれ。

 ここで共有しておきたかった事は、状況はどう足掻いても絶望的だということだ。


「今のままで戦いを始めればたとえ味方を数十万の軍勢を集めたとしても為す術なく敗れ去るでしょう。いえ、その場合は敗北という言葉でさえ生温い状況に追い込まれることになりますが」


 俺達は塀を容易く飛び越えて町の外に進む。この近くに適当な林があるのでその木立の中で夜営をするつもりだった。昼間ならばモンスターは活発に活動しているが、やはり生物だからかこの異変でも夜はちゃんと休むらしい。これが確かなら多少時間は稼げそうだ。


「それを何とかするためにグラン・マスターは俺を送り込んだんだが、あの爺さんは俺を放り込めは全部解決すると思ってやがるな」


「これまでの実績を鑑みれば紛れもない事実ではないかな?」


 レイアが俺の言葉に反駁するが、それに関しては俺も言いたい事がある。


「これまでの俺の企みは現地に強い影響力を持った協力者がいたから成功したんだ。クロイス卿や公爵、エレーナやマギサ魔導結社の幹部連中が協力してくれなかったら最初から詰んでた事ばかりだぞ。そんでもって今回はその伝手が全くない状態だからな。レオンは故郷の英雄だが、如何せんまだ若い。誰かに働きかけて状況を動かすにはちと足りんし、グラン・マスターの威光も北部じゃいまいちだからな」


 今の俺の立場は他所からダンジョン攻略に現れた流れの冒険者程度に過ぎない。その状態で俺が何か言った所で信用がなければ誰も耳を貸しはしないだろう。


「北部への影響力浸透はギルド長年の課題ですから」


 厳しい自然環境で生きている北部の人々は自分達の事は自分達で解決するという意識が強く、昔から戦士団という存在が生まれていた。その戦士団がやってる事は冒険者とほぼ変わらず、この地に冒険者ギルドは必要ないのではないか? という認識が定着している。実際は世界規模の組織であるギルドの恩恵は大きいのだが、不要論が絶える事はないらしい。


 グラン・マスターは間違いなく傑物だが北部の問題だけは頭を痛めていると聞いた事があり、今回の事件を機にその認識を改めてもらおうと考えているようだが、俺を使うなと声を大にして言いたい。


「協力者なしで事を進める事も出来なくはないが、そうなると何もかも全部俺が手配する事になる。そこまでしてやろうという気が湧かないってのが正直な感想だな、もちろん今の段階での話だが」


 身も蓋もない言い方をすれば、何で俺だけが面倒事を全部引き受けなきゃならんのだ。本来この件を解決すべき地位と立場にある奴等がまず血と汗を流すのが筋だろう、ということになる。


 俺の内心を読み取ってくれたのか、二人は無言で俺の後を付いてきた。そして林の中で開けた空間を見つけ出し、<結界>を張ってその中に野営用の魔導具を取り出した。


 外見は一人用の小さな天幕に過ぎないが、空間魔法とやらを用いて中は広大な空間が広がっており、その内部には大きな館が建てられている。つまり、夜営でありながら宿を取っているのと同じになるのだ。


「こいつを使うのも久しぶりだな。前回はいつだっけか?」


 獣神殿のダンジョンで夜営を試みた”緋色の風”の皆に貸し出そうとして断られたから、それ以前となるとまさかメイファ達が使ったレン国以来か。初めてセラ先生から貰ったときは使う機会なんてあるかと思ったもんだが、意外と便利なのだ。


「ユウキ様、擬装が完了しました」


 本職のスカウトであるユウナの手にかかれば林の中にある天幕が自然に溶け込んでいる。<結界>で魔物が寄ってくる事も防げるのでほぼ安全だといえる。


「ありがとう。二人とも、どの部屋を使う?」


「我が君の側がいい」「ユウキ様の御側に控えさせていただければ」


「そういうのいいから。今日は付き合わせて疲れているだろうから、早く休むといい」


「それは我が君が一番感じているのではないか? この北国とアルザス、そして異世界と渡り歩いたのだから、さぞお疲れであろう」


「まあ、自分で決めた事とはいえ中々の重労働ではあったな」


「よろしければ浴場にてお背中を流させていただきたく」「ユウナ、それは先走りが過ぎるぞ」


 俺の背後で漫才を始めた二人を放っておいて俺は屋敷の中に足を進めた。しかしあいつら、普段は気が合いませんという気配を出しておきながら、こういうときは息が合うんだよな。


 屋敷の応接間の椅子に腰掛けながら、俺は振動する通話石を手に取った。相手は、セリカか。ついさっきまで共に居たので何が伝え忘れた事でもあるのだろうか?


「あ、繋がった。ねえユウキ、そっち行っていいかしら?」


「こっちに来たいのか? そりゃ構わんが……ああそうだな、せっかくだし皆連れて来いよ」


「おっけー。じゃあ転移環置いといて、すぐ行くから」


 この屋敷は空間的に閉じているが、それでも転移環で移動できる事はこれまでの経験で理解している。特に場所に拘る必要もないのですぐ近くに転移環を置くとすぐさま反応があった、どうやら屋敷側の転移環の前で待っていたらしい。


 俺を見つけて目が合うと笑顔で駆け寄ってくるが、その途中で周囲の光景に気付いたようだ。


「あ、ここってもしかして例の魔導具の中なの? 宿を取ったって言ってなかった?」


「追い出されたというか、出て行かざるを得なくなったってトコだな」


 俺の言葉を聞いたセリカも従者二人と同じように烈火のごとく怒り始めた。


「はあ? あんたを追い出す宿ですって? どれほど愚かであればそんな行動が取れるわけ? ちょっと文句言ってくるから場所を教えてよ」


「それはもうレイアたちがやったから繰り返さなくてもいい。それより退いてくれ、後続が来ないから多分安全装置が働いてるぞ」


「あ、ほんとだ」


 俺の指摘にセリカはさっと身を翻すと、次々と転移してきた。


 セリカの護衛であるアインとアイス、そして専属となったメイドのティアナも来たが、彼女は不可思議な現象に目を白黒させている。転移は何度も経験したはずだが、まだ慣れないらしい。


 その後は雪音もやってきた。これでアルザスの屋敷には誰も残っていないことになる。

 他の皆は如月のユニークスキルによって日本に旅行している。第一陣はソフィア達とイリシャにシャオだ。当然、相棒も付いていっている。

 まだスキルの完全解明には至っておらず、半ば人体実験に近い扱いなのだが全員が熱烈希望したので仕方ない。さっきまで俺も皆の様子を見に異世界(日本人に言わせればこちらが異世界だと口を揃えた)に居たので精神的にとても疲れている。

 第二陣がオウカ帝国組、第三陣が各国の姫たちであり、セリカたちはその後になる。ラコンやエレーナ達も連れていきたいのだが、大きな問題があって保留中だ。



「皆、夕食はまだだろう? なにか食べたいものはあるか?」


 貴族の邸宅と遜色ない屋敷なので様々な用途の部屋がある。連れ立って食堂に集まった俺はこの場の皆に訊ねた。普段なら飯炊きをしてくれる玲二や双子メイドが居ないからそう聞いてみたのだが、案の定誰も食事を取っていなかった。


「こっちはあんたを待ってたのよ。変な勘違いしないでよね」


 別に俺は誰も用意をしなかったのかと責めている訳では無いが、セリカは気にしているようだ。

 当然ながら、雪音と従者二人は俺の言いたいことは理解しているので黙っている。


「解ってるよ、じゃあ何が食いたい? 要望を聞こう。あ、だが、今から作れってのは無しだぞ。俺も今日は疲れたからな」


 セリカと雪音が露骨にがっかりした顔をするが、俺より玲二や双子メイドのほうが料理は圧倒的に上手いからそっちのほうが美味い飯が食えると思うんだが。

 最近になってシャオや彩華がしきりに俺が作る飯が食べたいと言い出すようになり、作る機会が増えていた。

 昔と違い、魔導書のお陰で時間に余裕のある今ならこれまでできなかった様々なことに挑戦していて、料理も玲二に教わりながら楽しんでいる。

 ちなみに子供達がねだるので作るのは菓子類ばかりである。



「でさ、今はどんな感じなの?」


 自分の顔ほどもあるステーキに戦いを挑んでいるセリカが尋ねてきた。しかし、こいつもなんだかんだ言っても姫なんだなと再認識させられた。かなり豪快に攻めているのにその所作には品があり粗野には見えない。子供の頃から礼節を叩き込まれてきたのが窺える。


 因みに俺と雪音、アイスは麺類をそれぞれ数種類、アインとセリカは肉を山ほど選んだ。レイアとユウナは俺と同じものを望んだ。メイドのティアナは主人と同席などありえませんと固辞してセリカの背後に控えている。


 長い卓の上には各種の酒や茶も置かれていて我が家では好きなものを勝手に取って飲んでいいことになっている。すでに慣れたものなので護衛の双子も今更遠慮などしない。彼らの仕事はセリカが帰宅するまでであり、その後は……まあ、俺の管轄だから二人共気兼ねなく飲んでいる。こうなるまでにしばらくかかったが、変に遠慮される方が嫌なので俺のやり方を押し付けている形だ。



「どう、と言われてもな。俺はしばらくここで何もやるつもりはないぞ」


 異国の麺類であるパスタだけでは物足りなかったので大きな豚の塩漬け肉(ベーコン)を取り出して焼いてゆく。なんとも言えぬ良い香りが漂い始めた頃、一口大に切り揃えて野菜と共に中央へ置くと皆がこぞって手を伸ばした。

 少しばかり塩気が強かったが、葉野菜と共に食べるとちょうどよかった。それに麦酒との相性も抜群だ。


「え、そうなの? 私達の出番があるかもって話だったじゃない」


 そういえば確かにそんな話をしたな。セリカの雪音の様子から結構楽しみにしていたのかもしれない。


「今はな。ここの連中がまだ何が起きているのか把握してないんだよ。俺が動くとしたら事態を理解して慌て始めてからだな」


 先程の連絡でドーソン翁にも告げたが、異変を感じ取り、そこから実際に対策に動くまで数日を要するだろう。

 今回は冒険者ギルドが異例ともいえる速さで警告を出したが、そもそもこの北部ではギルドの発言力は驚くほど小さい。なぜなら戦士団という冒険者を補完するような存在があるからだ。

 大自然の厳しい洗礼を受ける北部では人々は助け合っていかないと生きていくことができない。そのため戦士団という互助団体は早くから成立し、人々の生活に溶け込んでいた。役割は完全に冒険者のそれであり、ギルド不要論は常に北部地方に渦巻いている。

 そしてなんとも厄介なことに戦士団と冒険者は兼業できたりする。世界規模の組織であるギルドの旨味を得るべく、ダンジョンを攻略する戦士団所属のCランク冒険者なんて存在が当たり前にいる。

 それでいてどちらに組するかと問われれば郷里部隊である戦士団だと答えるのでギルドとしては臍を噛んでいる。キルディスの町の冒険者ギルドが閑散としているのはそういう理由があった。


「なんか今回やる気ないわね。前回みたいに目の回る忙しさになるかと思ったのに」


 肩透かしだというセリカだがエリクシールの時は彼女やエドガーさんにも駆け回ってもらったから、それを言っているのだろう。


「グラン・マスターの”要請”は現地調査だけだしな。これ以上は管轄外だし、なにより上が動かなきゃ話にならない。さっきも言ったが、上が慌てだすのは現状把握して襲い来る危機が最悪の厄災だと解ってからだ」


「その、あんたの事だからきっと何とかしちゃうんだろうけど、()()、大丈夫なのよね?」


「敵が大量に襲ってくるだけだぞ、毎日経験して慣れてるから魔物の対処だけならなにも問題はないな」


 恐る恐るといった感じで問い掛けるセリカにそう答えたが、思わぬ反論が俺の横から噴出した。


「ちょっとセリカ。ユウキさんを他の人と比べないでほしいのだけど。彼の力なら何も恐れる必要はないわ」


「うわ、その”自分だけが知ってる感”、ほんとあたまくるんだけど」


 今や雪音とセリカは親友と言っても過言ではない間柄だ。最初は仕事仲間に過ぎなかったそうだが、多くの出来事を共に乗り越えて強い絆を育んだと見える。

 だから今の会話もじゃれあいだと解っているが、セリカは何かと自分もユウナや玲二たちと同じ扱いにしろとせがんでくる。今もそうだったので話を変えて誤魔化す事にした。俺と<共有>することは雪音以外は反対しているからだ。


「一応事態が動くまではここで待機だな。それまでは俺が何言っても誰も取り合わないし、俺も特に思い入れのないこの町であれこれと世話を焼く気もないしな」


 それに今動いてもただのお節介にしかならんが、修羅場で助けに入れば話は違う。どうせ恩を売るなら最高に高く売りつけるべきだろと尋ねると商売人のセリカも深く頷いた。


「まあ、言いたいことはわかるけど、私としてはドーソンの爺様の願いは聞いてあげてほしいわ。お母様の件で裏からよく助けてくれたって聞いてるし」


 ドーソン翁の出身はセリカの母親の故国であり、当代最高のSランク冒険者として名を馳せていた彼は王族とも親交があった。その縁でセリカも知り合いのようだった。


「俺も彼の顔を潰す気はないよ。ただ今の段階でこのラヴェンナ連合王国でやれることはないだけさ」


「それはグラン・マスターの指示が早計だったということか?」


 会話に参加してきたのは護衛のアインだった。普段なら場を弁える男だが、飯を黙って食うのは趣味じゃないので普通に話せと頼んである。すでに何度となく行われているのでセリカも気分を害した様子はない。


「いや、それはない。ドーソン翁が俺を真っ先にここに送り込んだのは大正解だ。流石はギルド総帥と感じ入ったくらいだしな」


「待て、だがお前は今何もすることはないと言ったではないか」


「ああ。その判断も現地に真っ先に入って状況を知れたから解ることだろ。とにかく現場へ行けと切羽詰った状況で投入されたらそんな暇はなかった。飛竜便を使ってでも最速で人員を送り込んだのは慧眼だと思うぜ。それに俺自身にする事はなくとも、準備を着々と進める事はできるからな。セリカ、頼み事の進捗はどんな感じだ?」


 俺の問いかけにセリカは待ってましたとばかりに顔を輝かせた。


「順調よ、あんたの想定以上の推移で進んでるわ。主にエドガー会頭が進めているから私はあくまで概要を把握しているだけけど」


「ならいい、後でエドガーさんと打ち合わせしておくよ」


<私もこの国でお手伝いできると思います。ぜひともお連れくださいね>


 わざわざ<念話>を使って雪音が言ってくるが……危なくないか? 安全なアルザスで手伝ってくれるだけで十分過ぎるくらいなんだが。


<ユウナさんとレイアさんだけ連れ回すなんてずるいです。私にもそれくらいのご褒美はあってもいいと思います>


<ああ、わかったよ>


 何故か<念話>なのに異様な迫力を感じ、思わず頷いてしまった。今の会話はレイア達にも伝わっているので二人は渋面を作っているが、”従者”は”仲間”より下の地位にいるから口に出す事はなかった。嫌ならいつでも仲間なればいいだろと聞くとそれも断るという謎の強情さを見せるので困っている。


「とにかく、セリカ達は心してくれ。大商いになるぞ」


「任せておきなさい。望む所よ」


 その言葉の通り、彼女の瞳には炎が見えた。これまではエドガーさんの陰に隠れるようにしてきたセリカだが、もうその必要もなくなった。これからは己の才覚一つで世界と渡り合ってゆくのだという覚悟が伝わってくる。


「あんたの女ならそれくらい易々とやってのけないといけないでしょう?」


「は?」「ふむ、それは聞き捨てならん言葉だな」「訂正を。言葉は正しく使うべきかと」


 自分の言葉に照れたのか顔を真っ赤にしているセリカだが、周囲から外気よりも極寒の冷気が浴びせられて小さくなっている。だが、身を縮こまらせながらも撤回はしないようだ。

 俺みたいな救いようのない屑のどこがいいんだか。セリカも相当にゲテモノ好きなようだ。



「まあとにかく、この国では小休止だな。その分あっち(日本)で忙しくなりそうだが」


 飽きもせずセリカを問い詰めていた女性陣を無理矢理にでもこちらに引き戻した。話題の変化をこれ幸いとセリカが飛びついてきた。


「ああそういえば、異世界の方はどうなってるの? 当たり前だけど通話石が通じなくてソフィアから何も聞けてないのよ」


 その問いに俺は雪音の顔色を窺いながら口を開く。


「玲二が到着早々揉め事に巻き込まれたくらいで、あとは至って平穏だな」


「いや、それが一番大事じゃない。玲二のやつ大丈夫なの?」


 セリカの言葉は雪音に向けたものだったが、当の本人は話を向けられて面倒そうな顔をした。

 雪音にとって玲二はどこまで行っても手のかかる弟なのだ。


「大丈夫よ、レイだっていつまでも子供じゃないわ、ユウキさんの仲間を自認するならこの程度のトラブルは自力で解決してもらわないと。それにいざとなれば如月さんやリリィだっていてくれるから心配することないわ」


 当の本人は簡単に言ってくれるぜと<念話>でボヤいている。確かに俺の見た限りでは幾つかの厄介事が連鎖的に襲ってきている感じだったから、かなり面倒くさそうだった。

 もちろん俺にできる事があれば……というかまず間違いなく協力するつもりだ。正直言ってこの町より仲間のほうが圧倒的に大事だから比較対象にもならない。

 余談ではあるが、その揉め事を持ち込んだのは知り合いの女らしく、玲二はこれだから女は嫌いだと毒づいていた。


「とりあえずはここが本格化するまでは異世界の方に軸足移そうかなと思ってるよ」


 特に明日はソフィアやイリシャが待ち望んだ夢の国へ向かうのだ。興奮して寝れなそうだったので睡眠の魔法までかけて休ませている。



 俺達は食事を終えたあと、アルザスの屋敷は誰もいないしこちらで今日は休むかという話になった。

 じゃあ、折角だし雪見酒でも洒落込むかと呑める大人たちを誘って俺がまず外に出ようとしたとき、それは起こった。



「だ、誰!? 誰かいるの?」


 多分に恐れを含んだ声がした。こんな夜更けに町を外れた林で誰かと遭遇するなどこちらも想定外だ。<結界>があるので<マップ>確認を疎かにしていたが……この声、聞き覚えがあるな。


 俺に敵意がない事を示すため、<光源>で生み出した白い発光体を中空に浮かべると、少し離れた位置に何者かが隠れているのが解る。


「誰かと思えば昼間のポーション屋のお嬢ちゃんか。若い女がこんな夜に出歩くのは感心しないぜ」


 木々の間からわずかに顔を覗かせるその顔は、半日ほど前に出会ったばかりの少女だった。俺もそうだが、あちらも大層驚いている。とはいえ先に居たのは俺なので疚しいことなどないが。


「あ、あんたは昼間の冒険者! 何やってるのよ、こんな所で寝たら死んじゃうわよ?」


 ユウナによる擬装はしてあるが、ここまで近づけば天幕であることは見て解る。確かに傍目にはボロい天幕に見せているので、一晩で凍死すると思われても仕方ない。実は空間魔法とやらで過ごしやすい適温に保たれているなど想像もできないだろう。

 

「慣れてるから大丈夫だよ。それより俺はそっちのほうが気になるぞ。なんでこんな時間に出歩いてんだよ」


「私は夜光草の採取に来たのよ、近場じゃここが一番だから。まさか誰かがテント張ってるなんて思わないじゃない。こんな小さなテントだと吹雪いたら飛ばされちゃうわよ?」


 <結界>の強度を変えてあるから心配はないのだが、それを口に出す事もできないので俺は話題を逸らすことにした。


「夜光草か。この辺りが群生地なのか……確かに結構生えてるな」


 夜光草は上級ポーションなどにつかう中間材として優秀な薬草だ。中間材とは薬草の効能を減らさず嵩増しする事が可能とする品で、それらを使うと本来なら2本作成できる分量で3本、うまくすると4本作り出すことが出来る。俺は今まで処方箋に忠実な製薬しかしてこなかったので、このような現場の知恵的な製薬に興味をそそられた。


 確認してみると<マップ>にはそこそこの量の夜光草があるのを確認……したが、それは当然ながら雪の下の話である。こんな夜遅くに雪掻きして薬草を掘り出すつもりかと聞こうとして、少女の手に円匙があるのが見えた。まさか、本気なのか。


「夜光草が出す魔力を感じ取れるなんて、やっぱりあんた素人じゃないのね」


「例の薬草は結構深い所にあるはずだが、本気で今から掘る気なのか?」


 言外に無理するなよと言ってみたが、少女(名前を思い出せなかった)は肩をすくめた。


「仕方ないでしょ、夜光草は夜に光るわけじゃないけど、それでも夜に採取するのが一番だし、それに大口注文が入ったんだもの。今すぐ必要なのよ」


 あの寂れたダンジョンの町でいきなり大量注文……依頼先は一つしかないな。


「そっちも迷惑を被ったクチか」


 俺の台詞に少女もわずかに目を見開いた。


「って事はあんたも? あ、野宿してるって事はもしかして」


「ああ、サイオンっておっさんの宿に居たんだが、追い出されたのさ」


 実際には俺は仲間を呼ぶのにこれ幸いと利用させてもらったんだが、余計な事は言わないに限る。


「うわ、そりゃお互い大変ね。こっちは仕事だからまだ我慢するけど」


 凍死しないように気をつけなさいよね、と踵を返した少女に一瞬で近づき、その腕を取った。


「え、なにすんのよ、うわっ!」


 木の根に足を取られて転びかけた少女を支えて立たせてやる。


「夜の森に慣れてないのが丸わかりだな」


「ほ、ほっといてよ」


 助けられた事に照れているのか顔を赤くした少女にはあまり気にせず俺は言葉を続けた。


「これも何かの縁だ。手伝ってやるよ、二人でやれば倍の速さで終わるぞ」


「え、いいわよ。別に頼んでないし」


「俺の周囲でちょろちょろ動き回られると気が散るんだよ。ほら、さっさとやるぞ。お前さんだって早く終わらせて帰りたいだろう?」


 有無を言わさず少女を連れ立って薬草採取を始める事にした。<念話>でまた女を引っ掛けてるとか人聞きの悪い事を言っている奴がいるが、俺の本心はこの少女に早くこの場から立ち去ってほしいだけだ。こちとら皆と雪見酒を楽しみたいのである。



「とりあえずこれくらいあれば十分か?」


「あ、うん、お姉ちゃんに聞かないと解らないけど、たぶん大丈夫だと思う。凄い、全然時間たってないのにこんなに沢山あるなんて。それも処理も完璧だし」


 俺は雪ごと<アイテムボックス>に放り込んで必要なものだけ取り出しただけなので何も頑張っていない頑張ったと言えるのは魔法で雪をどかして夜光草を露出させたくらいだろう。


 小山のように積みあがっている夜光草を背負っている背嚢に仕舞っている少女に俺は声を掛けた。


「こんな夜に女の一人歩きは危ないからな、送ってやる」


 また何か言いかけた彼女を黙らせ、俺はキルディスの町へと急いだ。やはり異変は夜でもお構いなしのようで先ほどから何匹かのモンスターがこちらの様子を窺っていたからだ。それを知って一人で帰らせる選択肢は取れなかった。



 俺達が町を出るときは塀を飛び越えたが、この少女(サラと名乗ったので俺も自己紹介しておいた)はどうやって町を出たのかと思えば、巧妙に隠されていたがなんと一部の塀が崩れ落ちていた。ここから出入りできるんだと自慢げにしているサラには悪いが、これからの災厄を考えれば早急に塞いでしまいたい。



「サラちゃん!」


 帰宅を急ぐ俺達を見つけた一人の女性が駆け寄って来るなりサラを抱き締めた。姉妹の姉で薬師のロロナと言う名前だったはずだ。


「こんな時間に出歩いちゃ駄目でしょう!? どれだけ心配したと思ってるの!」


 姉に抱きしめられているサラを見るにどうやら黙って出てきたらしい。そりゃ心配するわ。


「ごめん、お姉ちゃん。でも夜光草を沢山手に入れてきたよ、これで依頼分のポーションだって作れると思う。それでね、この人に手伝ってもらったんだけど」


「貴方は昼間のお客さま! サラちゃんを送ってくださったのですね、心からの感謝を」


「これも人の縁というものだ。気にされる事ではない。それでは」


 家族の元に送り届けるという用事は済んだので踵を返した俺にサラから思いもかけない言葉が投げかけられたのはそのときである。


「ねえちょっと。あんたって宿無しなんでしょ? だったらウチに泊まりなさいよ」


 何を言ってるんだこいつ? 女二人の家に野郎を泊めるだと? 何を企んでいるか知らんが、姉に相談もなく口にするのは止めた方がいいな。ロロナの方は声も出ないほど驚いている。


「本気で言ってるのか? 未婚の娘がいる家に男を泊めるなんて正気の沙汰じゃない。いらぬ勘繰りを受けるだけだ」


 俺は考え直すようにいったのだが、サラは俺ではなく姉を説得していてこっちの話を聴いていない。

 まあ、姉のほうは常識的な人間のようだし、こんな馬鹿げた提案を受け入れる筈が……おい、冗談だろ?


「そう、そうね。確かにそうかもしれないわ。あの、もしお嫌でなければ我が家にいらっしゃいませんか?」


 なんと姉の説得に成功したらしい。何を考えているのかと思う半面、姉を納得させるだけの事情があると見ていいだろう。


「正気ですか? おい妹、どんな魂胆だ、きりきり吐け。内容によっちゃ聞いてやらんでもないぞ」


 サラがぽつりぽつりと語り出す話をまとめると、最近姉を尾けまわす不届き者がいるらしいが、非力な姉妹二人では不安なので、代わりの番犬が必要とのことだった。


「だが何故俺なんだ? 流れ者なんかより適当にそこらへんから誰か見繕えばいい話だろう」


「だって、私とお姉ちゃんを変な目で見なかったから。安心かなって」


 人目を惹く容姿を姉妹揃って持っているだけあって他者からの視線、それも邪なものには敏感なようだ。俺が何も感じなかったのは二人以上の美女と美少女の知り合いが多すぎて特に心動かされなかったからなのだが、逆にその事実がサラの信頼を得たらしい。世の中分からんものである。


 だからユウナにレイア。また始まったとか性懲りもなくとかいらん事を<念話>に乗せるな。今さっきまで話を断る流れだっただろうが。



 だが、思わぬ方向に話が進んで興味を持ったのも事実だ。どうせあと数日は状況は動きようがないし、日本にあまり長居する気はない俺としてはこちらで暇を潰せるのは悪くないかもしれない。



 こうして俺は町評判の美人姉妹が経営するポーション屋の番犬も兼ねることになるのだった。



楽しんで頂ければ幸いです。


すみません、これが先週の日曜分になります。後半が難産で時間が掛かってしまいました。

ペースアップしたいのですがどうにも筆が進まない今日この頃です。




もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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