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奈落の底から 1

お待たせしております。



「お久しぶりです。そちらもお元気そうで何よりです」


「ギルドオークション以来だから、半年ぶりくらいかのう。そちらが時候の挨拶は欠かさずしてくれるから、久方振りという感覚はないがの」


 俺はグラン・マスターと固く握手を交わし、応接間の椅子に勝手に腰を下ろした。部屋の主であるジェイクもそれを見て何も言わなかった。

 彼は近くに寄るなど恐れ多いと言わんばかりに部屋の隅に直立不動であり、その視線はグラン・マスターにのみ注がれている。

 確かにこの爺さんは現在進行系で歴史に名を刻んでいる。将来、間違いなく歴代最高のグラン・マスターと呼び習わされる人物だから、ジェイクが萎縮するのも無理はないかもしれない。

 俺だってギルド総本部で彼と遭遇するとは予想もしていなかったしな。


「グラン・マスターが総本部から動くときは世界の危機だと言われてるそうですが、何かあったので?」


「誰がそんな大仰なことを言いおったのじゃ? お陰で気軽に散策も出来んようになってしもうた。だからこうして忍びであちこち出歩くんじゃが。ま、これはこれでなかなか面白いがの」


 彼自身が事態の収拾に動かなければならないほどの事件となれば世界規模の大事だ。だからグラン・マスターは総本部で不動たることが最良とされているが、当の本人はこうして隠れて出歩いているようだ。


 俺も<マップ>で彼がここにいる事を初めからつかんでいたので驚きはないが、その訪問理由については幾つか考えを巡らせている。


「お主には積もる話もあるんじゃが、まずは謝罪をせねばなるまいて。各国の王都ギルドにお主の人相書を出廻らせたのはこちらの完全な落ち度じゃ。言い訳のしようもない。申し訳なかった」


 彼の言う落ち度とは俺達が以前、ギルド総本部を訪れた際に彼のたっての頼みで二つ名を使わせることを了承した件だ。グラ王国で新たに現れたSランク冒険者がかなりの化物でそれの対抗馬として俺を名前を欲しがったとか。

 二つ名を使わせるだけでこちらに実害をもたらさない事を念入りにドーソン翁に確認したし、彼も自らの名で約束してくれた。



 しかし今現在、世界各地の王都ギルドには俺の似顔絵入りの連絡書が出回っている。お陰で各国の王都ギルドで珍獣のような扱いを受けており、多大な迷惑を被っている。

 実行犯は別人であり、彼が謝罪をする必要はないのだが組織の長としてつけるべきけじめが存在した。


「グラマス……貴方ほどの方が気軽に頭を下げてはなりません」

 

 ジェイクの慣れない敬語に吹き出したくなる気持ちを抑えつつ、頭を下げるドーソン翁に視線を向けた。

 彼は頭をそのままで言葉を続けた。


「謝罪とは誠意じゃ、体裁などあるものか」


「顔を上げてください。ギルドとしての謝罪は受け取りました。この件で組織としてのギルドに何か言うことはもうありません。あの似顔絵の回収とギルドセイバー団長個人へのケジメを除けばですが」


 俺の人相書を出廻らせたのはギルド総本部が誇る実行部隊、ギルドセイバー団長である赤剣のアーシェスという女だ。そいつが独断で手配して配布しやがった。それもあの日会った当日中にやってのけた。

 それを知ったドーソン翁は慌てて回収に走ったが、何故か芳しくなく仕方なく事態の収拾を図ったというのが真相だ。もちろんユウナが全て調べ上げてくれた。


「アーシェスの件も、この爺の頭に免じてどうか許してやってくれい。あやつも悪気があったわけではないのだ」


「あの態度でそれを信じろと言われましても……」


 記憶に残るギルドセイバー団長は俺を相当警戒していた。彼女は傍目から見てもこのドーソン翁を大層敬愛していて、余所者がグラン・マスターに取る態度か! と顔に書いてあった。

 俺に言わせればこの爺さんが(酒目当てに)勝手に近寄ってきたんだけどな。


「頭が少々硬いが、悪い娘ではないのじゃ。このとおり」


「アーシェスはグラン・マスターの身内であるという噂があります」


 ユウナが全員に聞こえる声で報告したが、ドーソン翁は流石の貫禄で欠片も動揺を見せなかった。

 今の話は初めて聞いたが、そう聞けば俺自身は彼女にそこまで拘りはない。


「グラン・マスターに頭まで下げられたら私は受け入れるしかありませんね」


「すまん、この件。恩に着る」


 ほっと息をつくドーソン翁だが……俺は赦すと言ったが、全員そうと決まったわけではない。

 特に従者二人が殺意を抱くほど怒り狂っており、復讐の機会を狙っている最中なのだ。まあ、殺しはしないだろうから程々にな。


「で、俺の手配書の件も対応してくれるのですよね?」


 あれは完全に賞金首にかけられるような手配書の体裁だ。あんなものが世界各地にあるなんて耐えられん。

 こちらは絶対になんとかしてほしいのだが、この件も彼の顔は冴えない。


「それも難しいかもしれん。回収自体は可能で既に行われておるが、返還したギルドには模写した物が複数存在しておるという。これはある意味お主が悪いのじゃぞ?」


 ため息をつきつつこちらを見る視線には呆れさえ混じっている。なぜこんな顔をされるのだろうか?


「俺のせいだといわれるのですか?」


「お主が出向いた獣王国とライカールで相当にやらかしたであろう? とてつもない量の素材を提出したせいで、両国とも降って湧いた特需に大賑わいじゃ。それを知った他の国はお主の来訪を幸運の象徴のように捉えておる。どうあっても手放さんじゃろ。たとえ総本部から回収命令が出ても似顔絵を写し取って保管すればこちらで確認のしようはないしの」


「……それはその通りですが」


「まさにその二つ名の通り大嵐を巻き起こしてくれたようじゃな。獣王国では獣神殿の巫女絡みの問題に首を突っ込んで解決した挙句、果てには埠頭の掘削まで行ったんじゃろ? あそこが正式に稼動して以来、獣王国の王都ラーテルは更に活気を増しておる。完全に世界経済の中心地と言ってよいほどじゃ。そしてかの魔法王国では、国中を巻き込んで伝説の神薬を作成する始末。儂もその話を聞いたときは耳を疑ったぞ。更には成功したと聞いてあきれ返ったくらいじゃ」


 ドーソン翁の瞳が俺を見据えた。その口調こそ楽しげだが、こちらを見透かさんとばかりに射抜いてくる。

 

 彼は今の話の中で大事な事を告げていない。けして省く事などできないその事柄を敢えて除いたのだから、その意味を汲み取るべきだ。


「この来訪はその件ですか? 今回のマギサ魔導結社の決定は俺としても寝耳に水でしたけどね」


「いや、違う。それにその事について咎めている訳ではないぞ。あちらさんは声明の中でちゃんと領分を弁えておったし、こちらから公式に何か発表する気もないしの。儂の貴重な飲み友達であるおぬしに不利益は与えんよ」


 年明けの挨拶の時にもランデック商会名義で如月が選んでくれた銘酒を数本贈っている。非常に喜んでくれたようで、その後に礼状まで送ってくれた。酒で買収したような形になっているともいえるが、もとより賄賂を咎める法はこの世界にはない。むしろそうやって成り上がった奴等が法を作る側に回っているくらいなので、これが正攻法だ。事実としてグラン・マスターは俺に配慮をしてくれた。


「俺はギルドにも一度()()に伺うかと思っていましたが……」


「いらんいらん。ガタガタ抜かす奴は儂が押さえ付けるでの。知っているか解らんが、これでもかなりの権力を持っておるからな。それに儂個人としてもおぬしの行いには感謝しておる。”森の大賢者”リエッタ・バルデラ師を失う事は世界の損失じゃ。わしも若い頃あの方には散々世話になっての、よくぞあの方の命を助けてくれた」


 再び頭を下げて感謝の意を示してくれる彼に手で応じつつ、俺は内心でリエッタ師は世界中でどれだけ活躍したのだろうか、とあののほほんとした長寿のエルフに思いを馳せた。


「今の口振りでは、やはり問題があったのですね?」


「どうせお主へのやっかみが主じゃ、気にするものでもない。それにそこのジェイクから聞いておる。何かあれば専属を降りる気でおると言ったようじゃな。それを聞けば誰もが口を噤むわい」


 その言葉を聞いて俺は僅かな間思索をめぐらせた。俺が専属になった最大の理由はギルド関連の制約から逃れる為だった。それから様々な事情が明らかになり、専属である意味が薄れてきた今になってギルド側から難色を示してきている。

 これは何を意味するか。俺がギルド側で居なくてはならない理由……卸している素材関連、はないな。短期間で膨大な額になったと思うがこれまでもギルドの運営は成り立ってきたし、専属であり続ける意味にならない。となると、やはりもう一つか。



「今の話から察すると、今回の来訪はウィスカに滞在するアリシア・レンフィールド嬢ですか?」


「ふふ。さて、お主はこの件、どこまで掴んでおる?」


 俺の言葉に楽しげな声で返したドーソン翁の瞳には自体を面白がる光があった。

 彼の来訪目的を聞いたら何か変な台詞を返された。冒険者ギルドの総帥が大看板であるSランク冒険者に会いに来たのだろうと思ったのだ。最近ちょっと大変らしいし、様子を見に来たついでに俺と会ったんだなと考えたんだが……事態は少し違うようだ。


<ユウナ。何の事か解るか?>


<申し訳ありません。掴んだ情報は幾つかありますが、グラン・マスターが直接出向く程の案件かと言われると微妙です。すぐに人員を派遣して精査を……>


<いいよ。君に解らんものなら俺には一生解らない。大人しく本人に聞いてみるさ>


 困った時には如月とユウナかレイアに頼る事にしている俺だが、彼女をしてもこれだといえる情報はないようだ。落ち度でもないと思うが非常に気にしている彼女を<念話>で念入りに気にするなと伝えたが、解ってもらえたか不安だ。


「勘弁してくださいよ。貴方と頭脳戦をやって勝てるとは思えません」


 俺は両手を上げて降参を示すと、彼の口角が少し上がった。


「ふふ、今朝入った報告をおぬしが知っていたらどうしようかと思うたわい」


 そこまで告げたあと、彼の雰囲気が変わった。これまでは会話を楽しむ和やかなものだったが、突如張り詰めたものへと変化したのだ。


 彼をしてそれを強いるような出来事が起きている。


「とあるダンジョンで奈落の底が開いた。意味は解るかの?」


「はあ? 奈落の蓋(ケイオス・ライド)ですか? お伽噺の内容でよければ」


 この世界の誰もが子供の頃に親兄弟から聞かされるお伽噺のひとつに、地下からモンスターがあふれてくるというものがある。地下への階段、井戸などから突如として大量のモンスターが出現するというもので、結末はまあ大抵が悲惨だ。よくある残酷系の教訓話ってやつだな。


「それは厳然たる事実じゃ。各国に逸話として残っているのがその証拠じゃな」


 そりゃあまあお伽噺になるっているのは元ネタになる物が存在するし、ダンジョンがある世界だし荒唐無稽とは言いきれないからいくらか真実が含んでいるとは思っていたが。


「ということは、まさか冒険者版のあれですか? ダンジョンの宝箱から”闇”が現れたとかいう? 与太話だと思ってましたよ」


「疑うのも無理はない。何しろ120年ぶりの再来じゃからの。儂も実際に体験するのは今回が初めてじゃ。長命種たちが過去を覚えていて警告してくれなければ発覚はもっと遅れたじゃろう」


 嘘だろ……俺は半分冗談で語りかけたのだが、ドーソン翁は至って真面目だった。どうやら本当に奈落の底が開いちまったらしい。

 俺が知るその与太話の内容はダンジョンで宝箱を空けたら中身が空だった。だが、それからというものそのダンジョン目掛けて周囲のモンスターが集まってくるというものだ。


 だが、俺自身もこんな話を一欠片も信じていなかった。なにせダンジョンは世界中に存在し、今この瞬間も冒険者たちによって沢山の宝箱は開けられているのだ。

 その奈落とやらが開く確率も恐ろしく低いのだろう。俺もこれまで数万個の宝箱を開けてきた身だし、前回から100年以上経過している。ダンジョンからの収入はこの世界に欠かせない経済力だし、危険を押してもダンジョンに挑む意味はあると判断され、あえて詳細な情報を流布させなかったもかもしれない。

 俺も確率が死ぬほど低いけどもし何かあったら大変だからダンジョンの宝箱は開けるなとと他人から言われても従うつもりはないしな。


 だがそりゃ大変だ、で話が終わりそうにないのは目の前の冒険者ギルドのグラン・マスターが居る事からも明らかである。


「これまでの経験から、大まかな情報はわかっておる。魔物の来襲は20日ほど継続し、そのダンジョン目掛けて殺到する。そしてこれが面倒なんじゃが、魔物の数と強さは底が割れた階層に比例するそうじゃ」


「前回に比べて今回が楽……なら、貴方が直々にここには来ないですよね」


「以前は30階層で、今回は80階層からじゃ。当時を知るエルフは非常に危険、早急に救援求むと連絡を寄越した。更に今回は場所も悪いのじゃ」


「そういえば場所の話が出なかったですね。ユウナが知らないという事は南方じゃなさそうですが」


「ユウキ様。当該ダンジョンはキルディスの街にあります。キルディスは大陸北端のラヴェンナ王国に存在しています」


「おお、流石は”氷牙”。知っておったか。やれやれ、お主に隠し事はできんの」


 大袈裟に驚いているドーソン翁だが、若干引いている。何故ならユウナが非常に怒っているからだ。


「今朝方には情報が入っておりました。しかしグラン・マスターが直々にお見えになるほどの案件とはとても思えません。北方はその土地柄から精強な騎士団も多く、冒険者の質も高いはず。大事ではありますが、現地の複数の国家やギルドが協力して事に当たれば解決可能と判断いたしました」


 それで俺にドーソン翁の来訪理由を答えられなかった事を悔やんでいるようだ、気にしていないから君も怒るなって。話が先に進まないだろうに。

 ちなみにユウナが言った北方の土地柄というのは、あそこも新大陸ほどではないがかなりキナ臭い場所で、国家同士の小競り合いは日常茶飯事、高ランクモンスター討伐が手頃な訓練になると考えている武道派ばかりでそれに応じて冒険者の質も非常に高いと知られている。


「それがちと面倒な事になっておっての。現地に折衝を任せるより儂が動いたほうが早いと判断してここに来たのじゃ」


「Sランクを駆り出す事態だと判断されたのですね?」


 Sランク冒険者は”全てから自由”という建前があるからギルドから滅多に依頼をされないが、もしそうなれば完全に強制依頼だ。断るという選択肢は残されていない。

 ご愁傷様だな、と一度だけ会った事のある清楚なお嬢さんの顔を思い浮かべた俺の予想は覆される事になった。


「もちろんアリシア嬢にも会いに来たが、本命はお主じゃ。冒険者ギルドのグラン・マスターとして冒険者ユウキに依頼をしたいのじゃ」


 俺の背後のユウナの気配が変わるの察して手で制した。彼女は俺が他人に使われるの極度に嫌うの知って先制しようとしてくれたのだ。それを責める気はないが、まずは彼の話を聞いてみたい。


「自分に依頼ですか? ユウナの話では戦力は足りていると……Sランクを駆り出す状況なんでしたっけ」


「いや、先ほど話したとおり、戦力的には問題ないと現時点では判断しておる。アリシア嬢に関しては様子伺いに近いの。状況はお主も知っていると思うが」


 グラン・マスターは言葉を濁した。アリシア擁する”悠久の風”はウィスカ20層のキリング・ドールに挑んでパーティーは壊滅状態に陥った。ボスの打倒には成功したが、家族で構成されていた彼等は身内の半分以上を失い、アリシアは衝撃を受けて部屋に引き篭もってしまったとか。

 これが俺が30層に挑んでいる頃の話である。それからかなり時間が経つが、状況が改善したという話は聞いていない。


 たいした事を知っている訳でもないので無言を貫く俺にため息をついたドーソン翁は続けた。


「もとより線の細い嬢ちゃんじゃったが、いまはどうなっておるやらじゃ。だがSランクの看板を掲げているからには”気分が優れない”からの活動自粛をいつまでも許すわけにもいかん」


「なるほど。それで俺に依頼したい事とは?」


「儂はおぬしの才能を非常に高く評価しておる。今回はお主のプランナーとしての腕を借りたいのじゃ。恐らくじゃが、現地は相当悪い状況のはず。各所からの報告を組み合わせると、戦い以前の問題になっているかもしれぬ」


 依頼内容を口にしつつも、彼は俺の理解力を試している。これも依頼料に上乗せしてやろうか。


「つまり後方組織に問題が?」


「既知の殆どおらぬ新大陸と魔法王国で成し遂げた腕前を披露して欲しい。無理を言っておる自覚はある、だが下手をすると北方諸国が消滅する危機にまで発展しかねんのじゃ」


 脅しではない切実な気配がその言葉にはあった。彼ほどの者がそこまで警戒する理由がありそうだ。


「まだお受けする事を決めたわけではありませんが、ほかに俺が知っておくべき事はありますか?」


「この現象は奈落の底が開いたダンジョンに向けてモンスターが殺到すると先ほど言ったな。問題は日を追ってその量が加速度的に増える事じゃ。前回の襲撃でも最後には周辺の大地をモンスターが埋め尽くしたと記録にはある。しかし、現地の報告から察せられるのじゃが、あちらにはこの事実が伝わっておらぬ可能性がある。どうにも楽観的な気配を感じるのじゃ。ここは儂が打てる最良の手を打ちたい、ありとあらゆる便宜を図るし報酬は最大考慮する。どうか、この依頼を受けてはくれんか?」




「それでその依頼を受ける事にしたのかい?」


「なんか意外だな、ユウキはそういう依頼を受けない印象だったし」


 依頼を受領してその準備のために屋敷に戻った俺の元には皆が揃っていた。如月と玲二が疑問を投げかけてきた。


「おいおい、俺をどんな偏屈な野郎だと思ってるんだ。冒険者ギルドの総帥がわざわざ足を運んで頭まで下げて頼んだ依頼だぞ。これを受けないと彼の顔を潰す事になる。それになかなか面白そうな依頼でもあったしな」


 相手がこちらを見下ろして無理矢理に命じるなら実力行使で反抗もするが、筋を通してくるなら話は別だ。というか2人の言動はこの場にいるソフィアやセリカたちに聞かせる為のものである気がする。


「兄様が赴かれるのは北方にあるラヴェンナ国、でしたか? すみません、あまり聞いたことない国です」


「私もよく知らないわ。内陸国みたいだし、ランヌ(ウチ)とは国交もないしね」


「位置的に正反対だしな。だから俺も行ってみたいと興味を持った訳でもあるし」


 このランヌ王国はこの大陸の南端にある。それに対しラヴェンナ国(ユウナから概要を聞いたが、あのあたりは小国が乱立しているらしい。現状では<マップ>に位置くらいしか反応がない)は真逆の北端だ。魔導具を除いた最速の移動手段が船である現状でははるか遠い未知の国だろう。余談だが最近、獣王国のダンジョンの最奥で北方への転移門を見つけたが、そことはかなり離れている。


「とーちゃん、おでかけするの? シャオもいっしょにいく!」


 雪音の膝の上に寝ていたシャオがこちらに振り向く。今回の依頼は俺が危険な目に遭う予定は今の所ない。異変は始まったばかりで現在のキルディスの街も多少モンスターが多い位で平穏だという。連れて行ったも問題はないと思うが、それ以前の話でもあった。


「別にいいけど……数日後には日本だろ? ついてくると行けなくなるぞ」


「あ。そうだった。おねーちゃんたちとにほんいくの」


 如月による資金調達にも一定の目処がつき、待ちきれない妹達の熱意に負けて日本行きの日取りが決まった。まずはソフィア達とイリシャとシャオを連れて如月と玲二が日本へ戻ることになった。玲二は帰還をかなり渋っていたのだが、俺の説得によって首を縦に振った。そもそもイリシャと夢の国へ行く事を約束させられていたので今更だが。

 なお雪音は不参加だ。彼女が帰還する時は双子の諸問題を片付けた後、俺が付き添ってやる必要があるだろう。


「この依頼からすると、私と雪音が役に立てそうな気もするけど」


 セリカが意気込んでいるので水を差す事もなく同意しておく。


「今回は毛色が違うからな、エドガーさんにも状況を見て相談するかもしれない」


 距離的に期間が20日だと準備をして到着する頃には全て終わっている可能性もあるが、現場では何か起こるか解らないからな。


「準備をしておきます。そちらに着いたら連絡をくださいね」


 雪音がそう微笑むと、隣に居たセリカが対抗するように身を乗り出して通話石を差し出してきた。


「ちゃんと連絡するのよ! 商売の世界じゃ1微(秒)の遅れが商機を逃すんだからね!」


 何故か張り合っているセリカを見る雪音の顔に険しさはない。セリカとの張り合いを面白がるような色さえ見え、雪音も異世界にきて色々と心境の変化があったのだなと窺い知れた。


「なあユウキ、急がなくて良いのか? 向こうはお前待ちなんだろ?」


「そうなんだが、俺の準備が終わってない。これは欠かすことの出来ない日課だからな」


 シャオを抱き上げてしばしの別れを告げていた俺は今度は転移環を利用してイリシャの顔を見に行った。



「にいちゃん、めずらしいね」


 神殿の私室に居てどうやら”視え”ていなかった妹に事情を説明すると、途端に不機嫌になった。慌てて事情を聞きだすと俺も一緒に日本にくるものだと思っていたらしい。


「何かあった時の為に分身体を同行させるつもりだが」


「ほんもののにいちゃんがいい」


 俺を強く抱きしめて離れない妹に閉口する。正直に言って日本になんざ興味は欠片もないし、身の危険を感じたら対処すればいいかと思っていたが、イリシャにしてみれば兄貴と一緒に日本を楽しみたいようだ。妹に甘い兄貴としてはその願いに応えずにはいられない。


「わかったよ。ずっとというわけには行かないが、必要な時は俺がそっちに行くから」


「ほんと?」


 嘘を許さないような目で俺を見上げる妹を抱きあげた。俺が日本にいる間は分身体がこちらにいることになるが、俺の立場は目が回るほど忙しくなるということはあるまい。


「本当さ。俺も喜んでいるお前やソフィアの顔をちゃんと見たいしな」


 だからいい子にしているんだよ、と伝えしっかりと頷いたイリシャを再度抱きしめて彼女の元を去った。


 もし不吉な未来が見えていればイリシャは俺に何らかの言葉をかけてくれるが、今回はそれがなかった。その事実が俺の気分を気楽なものにし、身の危険がなくてもしんどいものは世の中に山ほどあるという当たり前の事実を俺に再確認されてくれる事になるのだった。



 この依頼を受けた理由はいくつかある。ドーソン翁が筋を通してきたのでそれに応えたいと思ったこと、珍しい依頼に興味が湧いた事も事実だが、最大の理由がここにあった。


「あなたがユウキさんですね、お待ちしておりました」


「世話になります。正直楽しみにしていました」


 夕暮れせまるウィスカの郊外の林に出向いた俺は、そこで待つ特殊な装束に身を包んだ若い(俺よりも年上だが)男に声を掛けられた。


「南方は珍しいですからね。こいつらとは気候が合わんようで、見た目とは裏腹に繊細な生き物なのです」


 説明をしながら男は背後に蹲る巨大な生き物の顔に手をやった。顔に似合わぬ可愛らしい声を出してじゃれ付いているのを見て新鮮な思いを抱いた。


「ですが、その中でもあなた方は最精鋭だ。グラン・マスターの直属なのだから」


「過分な評価をして頂いています。ですが冒険者ギルドの飛竜便として最速の空の旅をお約束いたしますよ」


 彼の言葉に応じるように丸くなっていた背後の飛竜が鎌首を持ち上げ、きゅいと鳴いた。その長い胴体には大型の鞍が2つ括られており、操縦者と同乗者用であるのは明らかだ。



 得体の知れない謎の依頼に逡巡する俺をドーソン翁はあらゆる手を用いて勧誘した。その内のひとつが彼自身がここまで飛んで来た直属の飛竜便で俺を現地に送ってくれるというものだった。

 その存在はライカから聞いており、俺もいつかは乗ってみたいと思っていた。だが操縦士の言葉にもあるとおり、彼等はこちらの気候には適さず、活動範囲は中原から北方にかけてに限られていた。

 その貴重な例外がグラン・マスター直轄の3騎であり、もし依頼を受けてくれれば今日にも現地へ飛竜便で送ってやると提案された俺は、一も二もなく頷いていたのだ。

 恐らく明日には帰るだろうから機会は今しかない。


「では出発しましょう。今から出れば日付が変わる前には現地に到着できるはずです」


 今が大体夕方の17時位だから、6刻(時間)程度で大陸を縦断することになるが……


「本当ですか? いくらなんでも早すぎる気がするが」


「特殊な方法を使ってブーストしますので。こいつにも負担が多いので普段は行わないのですが、ドーソン様より状況は伺っております。一刻も早く貴方を現地へ投入せよとの命令です」


 そのための各種回復薬も支給されているらしく、随分と手回しが良い。本来のせるべきはSランク冒険者なのだろうが、彼等はパーティーだ。一人用の飛竜便を用意するあたり、完全に俺を狙い撃ちしている。ここまでして俺を放り込む理由があるのだろうか?

 疑問は尽きないが、俺はできる事だけをやるつもりで、無理な事は手を出さない。見知らぬ国の見知らぬ人々の為に命懸けで戦う義理もないので、報酬分だけ働けばいいと思っている。最悪、全てが手遅れになっても敵を全滅されられる人材として選ばれた気がしなくもないが。


「以前から疑問に思っていたんだが、飛竜が速度を出すと大変な事にならないのですか?」


 俺が客用の席に腰掛け、意外な固さに座布団でも出すかと思い悩みつつ気になっていた事を尋ねた。皆が飛竜便を快適な空の旅と評したが、それほどの速度を出せば目も開けていられないほどの空気抵抗があるはずだ。細長く流線型な飛竜の体型にもそれは現れている。


「それも皆さんが疑問に思う所ですね。実はこの魔導具を使って周囲に空気の壁を作り出しているのです」


 操縦者用の鞍の前にはそれらしい魔導具が備え付けられてあった。微弱ながら結界を張れるらしい。なんとも贅沢な事だと思ったが、それ以前に飛竜便を利用できる客層はかなり限られた富裕層だけだった。それくらいの金持ちなら気にもならないのかもしれない。


「さあ行きますよ。加速する時だけは舌を噛まないように気をつけてくださいね」


 言いようの無い浮遊感と共に飛竜はふわりと飛び上がり、そのまま上空へと舞い上がった。助走も泣く簡単に飛び始めるとは、明らかに魔力を使っているな。亜竜とはいえ竜種ならではだ。




 こうして俺の濃密な20日が幕を空けたのだった。



楽しんで頂ければ幸いです。


新展開です。大陸北方で好きなように暴れます。

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