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いつかまた訪れる日のために

お待たせしております。



「場所からするとここらへんなんだが……」


「あ、ユウ! たぶんあそこじゃないの? ボロボロだしよくわかんないけど」


 俺の肩の上にいるリリィが指差す先には、砂に埋もれて上部だけ顔を覗かせている洞窟らしき存在があった。

 

「ああ、<マップ>から位置を参照してもあれで間違いなさそうだ。よく見つけられたな」


「ふっふっふ。このリリィ様の第六感は最強なのだよ。ユウはもっと相棒である私を大事にだね……」


 俺の耳元で腕を組んで自慢げにしている相棒に生返事をして俺は目的地である洞窟へ足を向けた。周囲は乾ききった空気が支配する荒涼たる砂漠であり、俺達以外の生命体は<マップ>を見ても周囲5000キロルは存在しないようだ。


「もー! 聞いてるの、ユウったら!」


「聞いてる聞いてる。リリィは俺の唯一無二の相棒だよ。今だってこうして俺を心配してついてきてくれてるし、有難いと思ってるよ。だがこれは別に危ないわけでもないからな。相棒には退屈なんじゃないか?」


「危険はなくても心配だもん。こんな場所に一人で行くなんてさ。ユウだって私がこんな所に居るとわかれば心配するでしょ?」


 別に心配などしない、と強がる意味はない。伊達に幽霊時代からの付き合いではなく、俺と相棒は<共有>などなくても相手の考えていることがなんとなく分かるのだ。つまり嘘をついてもすぐ露見する。


 だからリリィは俺の唯一無二の相棒なのだ。こればかりは誰にも代わることはできない。


「別に魔物が出る訳でもないから危険はないだろ。この場所自体が曰く付きであるのは確かだけどな」


 俺は洞窟に向かいながら周囲に視線を向けた。周囲を埋め尽くす砂の海は見渡す限り地平線まで続いている。障害物のない砂漠では時折吹く強風が視界を遮り、砂が洞窟の中に入りこんでゆく。こうやってかつて世界を隔てていた隧道が砂で埋もれていったのだろう。

 


 ここは人類未踏の地とされる新大陸の奥地を越えた先の深部の最果て、伝承には”死の砂漠”と呼ばれる場所だ。俺がここにやって来たのは二度目になるが、その時はこの砂漠の更に先にある大山脈の頂上から東に向けて滑空していた。


 俺が再度此処に出向いた理由はただ一つ。こちら側にもあるはずの大山脈を貫く隧道を見つけ、状況を確認する事だ。欲を言えば土砂で埋もれている隧道を開通させたいが、レン国側を思い出すとそれは高望みというものだろう。


「だけど時間かかったねー。ダンジョン攻略しつつだけど、大体20日くらい?」


「前回は時間も無かったし魔力に任せて全力で吹き飛んでたからよく覚えていないけどな。昼夜兼行で18日もかかったのは想定外だよ」


 俺は獣神殿の秘蹟にあるダンジョンを攻略しつつ、せっかく新大陸に来ているのだからと懸案事項であったレン国側と繋がっている隧道を調査する事にしたのだ。

 なにせ俺はシャオに必ず姉であるメイファと再会させてやると約束している。二人が別れる時は娘は離れたくないと大泣きしていたし、その際にとーちゃん何とかしてと命令されている。


 未だに思い出すと腹の立つエルフ国で情報を得て向こう側とこちら側を繋ぐ隧道の存在を把握したはいいが、何故そんな重要な存在を誰も覚えていないのか、俺の嫌な予感は的中した。


 隧道は多量の土砂で埋もれて道の機能を失っていたのだ。しかも多量に砂を含んだ土砂でどれだけ撤去してもまた上から崩れて埋もれるという最悪な状態になっていた。各種スキルを自在に扱える俺でさえ短時間では無理だと根を上げたほどであり、国家規模の大計画でもなければ開通は不可能だと思われた。


 そりゃ主要な交易路が使えなくなるだけの重大な理由があるわなと溜め息混じりに納得し、俺は全てを諦めてあの地獄の山登りをおっぱじめる羽目になった。

 だがこのままではシャオとメイファを再会させるにはまたあの登山をこなさなくてはならない。厳冬期に素人が登山という正気を疑うような事をしたが、仲間や相棒の協力がなかったら俺も無事ではすまなかっただろうし、二度とやりたくない経験だ。

 あの山の頂上には意味不明な門もあって気にならないといえば嘘になるが、好き好んであの場所に向かうつもりもなく、隧道を開通させるほうがまだ現実的だった。


 あの時、山頂から隧道の位置を大まかに掴んでいた俺はいずれまた訪れる時の為に<マップ>に登録しておいたので、こうやって時間を作って再度訪れたわけだ。



 此処までの道のりは苦難の連続……というわけでもない。今の俺には魔石の消費こそ激しいが魔法の絨毯という移動手段があり、俺の分身体をそこに乗せてひたすら西を目指した。”獣神の宮”は皆の後ろについてゆくだけの遊びと気晴らしだったし、力を使うような危機があったわけでもない。

 それでも18日も掛かったのは驚いた。分身体なので食事や睡眠も必要としないからひたすら高速移動していたのだが、飛べは2日で到着した距離である事を考えると当時の俺がどれだけ速度を出していたのか。


 ちなみに一々分身体で移動していたのはこの場所に転移環を置く為だ。隧道の開通にはどれだけの時間が掛かるかわからないし、色々と準備も必要だろう。

 そう予想していたが、まさにその通りになった。何より難儀したのが転移環を置く為にまず頑丈な拠点を設置する事になったことだ。

 砂漠だから当然なのだが、この地は強風吹き荒れる極地だ。僅かなズレや振動で安全装置が働き起動しなくなる転移環との相性は最悪で、何度試しても全く起動しなかったのだ。


 結局、しっかりとした造りの拠点をまず設置し、その中に振動を吸収する魔導具(被膜を展開する魔導具で航海の時に活躍した)を使ってようやく移動が可能となった。

 分身体の訓練を欠かさずに行っていて助かった。自然な動きとは程遠いが、下手をすれば転移できずにこのまま帰る羽目になっていただろう。


 そうして俺と相棒はこの死の砂漠へ降り立った。そしてまず気づいた事がある。


「此処もかなり魔力が薄いな。レン国側ほどじゃないが、なにか関係があるのかもな」


「そうだね、他と比べて半分以下って感じかな?」


 向こう側は比べ物にならないほど薄かったので戻った時はそこまで感じなかったが、この砂漠は魔力が少なかった。”死の砂漠”と呼ばれるだけのことはある。


「でもこの生命がない感じ、魔導災害の影響かも。魔力が薄くて砂漠化って大抵そのパターンだし」


 リリィがなにやら不穏な事を言っているが、俺の目的は隧道の状態確認であって原因を探ることではない、ちゃんと転移環が作動する魔力が残っていれば何の問題もなかった。



「さて……まあ、そうだとは思ってたが、奥まで完全に埋もれてるな」


「どれだけ長い間置されてたかって話だね」


 辿りついた隧道は砂で埋もれていた。上部に僅かな隙間が開いているが、そこからも砂が吹き込んでいる状態でリリィはよく見つけられたなと感心してしまうほどだ。


 まずはこの砂を除去する事にした。幸いな事に円匙でもって砂を搔き出す必要はない。俺には便利なスキルがあるので<アイテムボックス>に<範囲指定移動>するだけであっと言う間に随道を埋め尽くす砂は減ってゆく。

 しかし……


「片付けたそばから砂が入り込んでくるし! ユウ、まずはあっちからだね」


 リリィの指摘どおり、強風と共に新たな砂が供給されてくる始末だった。とりあえず入口に蓋でもすれば良いかと<アイテムボックス>から大きな一枚板を取り出して設置した。これで砂が吹き込んでくる事はないだろう。

 明らかな人工物が出現した事になるが、ここは”死の砂漠”とはよく言ったもので俺たち以外に生命体がまるで存在しない。見つかって噂に成ることは絶対にないだろう。なにしろ新大陸の人類領域はまだはるか先で、世界の大穴と呼ばれる大峡谷で探索は止まっている。現在地はその大峡谷を5日以上前に通り過ぎ、未踏の地のされる奥部を更に越えた深部の最果てなのだ。



「これでよし。だが、この随道が出来た時はこの砂漠も無かったんだろうな」


「だろーね。じゃなきゃいくらでも砂が入り込んできちゃうし。その対策もしてないって事はそうなんじゃない」


 一体どれくらい昔に造られたのか想像もできないが、俺の仕事は謎の解明ではない。砂を排除した俺は本格的にこの随道の探索を開始し、早速壁にぶち当たった。


「こちら側も崩落してるか。やれやれ、気が滅入るな」


 <光源>を周囲に展開して暫く進むと、道が土砂で塞がれていた。反対側も同様の事が起きていたから驚きはないが、面倒な事は確かだ。一体どれほどの区間で崩落が起きているのか、嫌な予感しかしない。


「ユウ、せっかくの機会なんだしとりあえずあれ試してみようよ」


 リリィの思いつきは俺も考えていた事だ。頷いた俺は<アイテムボックス>から白く発光する巨大な光球が撃ち出され、その光球は触れたもの全てを消滅させながら突き進んでいった。


「おおっ、便利だな。流石ライカの奥義だけはある」


「本人が聞いたら卒倒しそうだけどね。ユニークスキルである対消滅弾を土砂を消し飛ばす為だけに使われてるんだから」


 リリィはそうおどけているが、今取り出した消滅弾

は不幸な出会いをして一戦交えた時のものだ。これまで特に使い道もなく<アイテムボックス>の肥やしとなっていた。なんでも消し飛ばしてしまうから使い所が無かったのだが、ここなら誰に迷惑をかけることもなく目障りな土砂を掃除できた。

 そう思ったのだが、やはりそう都合よく話は進まなかった。


「あ、また崩れてきた」


 折角消せた道を塞ぐ土砂がまた上から崩落してきたのだ。かつてレン国側からこちらへ戻る時も同様の事が起こり、これならまだ登山したほうがマシだと判断した原因である。


「くそ、こっち側もまし山全体が崩落してるのかよ。一体どれだけの規模なんだ?」



 あっという間に通路がまた大岩と土で覆い尽くされた。前回は魔力不足でできなかった土魔法で随道全体を強化してみたが、どうにもうまく行かなかった。

 崩落は止まるのだが、周りを完全に固める事が出来ずいつまた崩れてくるか予断を許さない不安な状態だ。


「ユウの魔力でも不完全とか、こりゃ魔法で固めるのは無理じゃない?」


「元々土魔法は掘ったり埋めたりは得意だが、元からある物体に干渉するのは難しいしな。魔力消費が半端ない割には効果がイマイチだし」


 それにこの随道がどれだけ長いか知っている身としてはいちいちこんなことしていられない。

 前回戻るときは神気全開で跳ぶように走ってこの山脈を越えるのに2日近くかかったのだ。随道全体を補強しながら進むとなると……何十年かかるのだろうか?


「やっぱりこの方法しかないか」


「困ったときは大抵如月がなんとかしてくれるよね〜」


 随道の崩落は把握していたし、対策も思いついている。と言っても考えてくれたのは如月で俺は彼の案を実行するだけである。

 俺は<アイテムボックス>から巨大な円筒を取り出した。そしてそれを中央から両断する。


「このパイプの強度は大丈夫かな?」


「厚さは一メトル弱もあるし、一応俺の魔法を当てて無事だったから大丈夫だろ」


 俺はその半円状になった管を土砂に突きたてて、そのまま力任せに押し込んでゆく。こうすれば管の内部の土砂を取り除くことでそこが新たな随道になる。それを繰り返せば道が出来てゆく寸法だ。

 相棒が心配しているのは真ん中あたりで管が破損してしまわないかという事だが、念入りに作ったしそこから連鎖的にすべて破壊されない限り補修は容易だ。土魔法で生み出した存在は自然物と違い手を入れるのが簡単なのだ。

 

 まあ、一体この行程をどれだけ繰り返せばいいのかは……考えないようにしよう。何百年も交易に使われていたくらい頑丈なはずの随道が全ての区間で崩落しているとは考えにくい。きっと無事な所もあるに違いない。そう信じよう。


<ユウキ様、お忙しい中失礼致します。よろしいでしょうか?>


<どうした? 約束の時間までまだあるはずだが>


 <念話>を入れてきたユウナに疑問の声を返す。俺の予定を俺以上に完全に把握している彼女が声をかけてきたという事は何か想定外の事態が起こっている。


 だが彼女の声に差し迫ったものは感じられない。緊急性はないようだが何があったのだろう。


<通話石をお取りいただいてよろしいでしょうか?>


<通話石? ああ、解った。ありがとう、世話を掛けるな>


 とんでもありませんというユウナの声を聞いて<念話>を終えた俺は反応がある通話石を手に取った。


「とーちゃん! いまどこにいるの?」


 そこから聞こえてきたのは愛娘の声だ。遊びから帰ってきたら俺が居なかったので探していたらしい。シャオはその時屋敷に居たユウナにも尋ねたらしく、彼女から<念話>が飛んできたと言うのが事の経緯だ。


 娘の声を聞いた俺は少し思案して答えた。


<ちょっと遠い所だよ。そこにラコンとキャロもいるな?>


<うん、いっしょにあそんでた!>


 我が家を<マップ>で確認するとシャオの周囲にユウナだけでなくラコンとキャロの兄妹の姿もあった。今居るこの場所も三人と無関係ではない。一度話しておいてもいいだろう。


 ユウナに望むならあの3人をこちらに連れて来るように頼んだ。今の転移環部屋は最近”獣神の宮”の最下層やこの随道内部など、大量の転移環が置かれている。ラコンならまだしも他の子供達だけだと迷ってしまうから案内も必要だった。

 俺の提案を二つ返事で頷いた皆が俺のいる場所へ転移してきた。外に出しっぱなしもアレなので随道の中に移動させた拠点からシャオとキャロの元気な声がする。


「あ、とーちゃんみっけ! ここどこ? くらいの」「ユウキおにーちゃんだ!」


 俺の足元へ一目散に駆けて来る二人を抱き上げる。シャオは定位置である俺の腕の中だが、キャロは俺の肩に乗る事が多い。この位置が好きらしいのだ。


「あ、リリィちゃんもいた。にげちゃだめなの!」


「ふっふ、この私を捕まえられるものなら捕まえてみなさーい」


 シャオの両の手の魔手をひらりひらりと避けて遊んでやっているリリィを視て俺の口元も自然と緩んだ。相棒は一時期握りつぶす勢いで掴みにかかるシャオを恐れていたが、今では大分加減も覚えたようで、このようにからかっている。

 しかし娘よ。両手で叩くようにするのは止めてやれ。まるで蚊を潰すような仕草になっているから。



「ユウキさん、ここどこなんですか?」


 ラコンが周囲を見回しながらこちらに歩いてきた。その隣にはユウナも続いている。


「お前には少し話した事があったよな。俺が新大陸に戻る際に越えてきた山脈の事は覚えているか?」


「あ、はい。たしかトンネルが土砂で崩落していて登山する事になったんですよね。そちらのお屋敷でユウキさんが山登りしている映像を見ました。星がびっくりするくらい綺麗でした」


 今では随所で活躍している録画機器もあそこが初出だ。今にして思えばレン国の旅路の際にももっと記録しておけばよかったと後悔している。玲二や如月は”すまほ”の機能で結構動画やら写真やらを記録していて俺のほうが見せてもらっているくらいだ。

 余談だが、山登りの最中は音声は切っている。基本的に俺が荒い息をついている音しか入っていなかったからだ。何故かレイアや雪音は俺がひいこら言っている動画を飽きもせず見ているときがある。何が楽しいのだろうか。


「ここはその山脈の下の随道なのさ。新大陸の深部の更に先、最果ての極地だ」


「ここがそうなんですか!? すごいや、僕は今有史以来誰もたどり着いた事のない大陸深部に居るんですね! じゃああっちが新大陸側ですか?」


 外に出たがったラコンを連れて俺はさきほど設置した扉を一度外す事になった。既に全員を<結界>で包んでいるので強風で煽られる事は心配はなかった。また大量の砂が随道に入り込んできたが。


「これが伝承に残る死の砂漠……本当に魔力が薄いんですね。命の育たない魔境の地だといわれているのも納得です。すごい、僕は今誰も到達し得なかった未踏の地にいるんだ。これを冒険者ギルドの報告したらユウキさんの名前は開拓者として永遠に刻まれますよ!」


 ラコンは興奮して凄い凄いと連呼しているし、シャオとキャロは広大な砂漠を前に目を丸くして声もないようだ。俺としては風も強いし寒いだけなので彼等が満足したらさっさと戻りたい。


「俺はこのことを報告するつもりはないけどな。絶対に証拠を求めらるだろうし、だからって転移環で連れて行く訳にもいかないだろ。それにまず報告すべきはここより手前の奥地にすべきだよ、大峡谷を越えたあたりには幾つもの国があったぞ。多分これも未発見だろ?」


「そうなんですか!? 大地を分かつとされる大峡谷の事は周辺の地理も含めて何も解っていないと聞いています。いくつかの国があればそれも大発見ですね」


 問題はその国同士が平原で戦争していたことなんだが、まあ新大陸の内陸部は基本どこも喧嘩している戦闘狂ばかりだというし、当たり前の光景なのかもしれない。獣王国が落ち着いているのは周辺国家を併呑して敵対勢力がいなくなったからの平穏であり、けして平和の楽園ではない。そもそも戦いを望む獣人たちに平和ほど似合わない言葉もない。ラコンたちラビラ族が獣王国で三王家の一角をなしたのも戦場で数え切れないほどの戦果を上げたからであり、血塗られた戦いの歴史を経て現在がある。


「いつかラコンが大きくなったら調査して発表すればいい。その時は手を貸してやるさ」


「あ、ありがとうございます!」


 彼が獣王への道を進むなら、栄誉は大きな武器になる。俺には不要でも彼に入用なら譲ってやるくらいなんでもない。俺の目的はメイファ達との再会であり、ここにいたる新大陸の地理は手段に過ぎない。



「とーちゃん、ここつまんない、おすなだけでなんにもないし」


 俺の腕の中にいる娘が不満げな声を上げた。シャオにしてみれば親父に会いに来たら暗い洞窟の中にいて、外は砂漠だった。それも見飽きたら後は退屈だろう。


「そうだな。今日はこれくらいにして戻ろうか」


 もとより今日はここに辿り着く事と現場確認が目的だった。どのせ時間が掛かる事は解っていたし、転移環さえ置ければ分身体で掘削作業をすればいい。


「うん、おなかすいた!」「キャロもおなかすいたの」


 元気な二人に続いてラコンの顔を見ると彼の同様の意見のようだ。


「よし、かえっておやつにしよう。何か食べたいものはあるか?」


「シャオ”ぱふぇ”がいい」「キャロはプリン」「おい、キャロ失礼だよ」


「遠慮するなよラコン。如月のところで食べようぜ、今のうちに言っておかないと向こうも準備があるからな」


 今更遠慮する関係でもないが、ラコンはキャロを窘めた。俺の屋敷を何でも出てくる便利な場所と思っている実に遠慮のないオウカ帝国勢と違い、彼の謙虚な姿勢は好感が持てる。だが、子供が遠慮などすべきではない。我儘言って大人を困らせるのも子供の特権だ。時間は誰にも平等であり、嫌でもいずれ大人になるのだからそれまでは大人に甘えるべきなのだと俺は思う。



「ユウキ様、そろそろ向かわれたほうがよろしいかと」


「ああ、もうそんな時間か。シャオたちの相手をすると時の流れが速いな」


「とーちゃん、どこかいくの?」


 口元を汚していた娘の世話をしていたらユウナが遠慮がちに声を掛けてきた。


「ああ、ちょっとな。シャオとキャロは昼寝の時間だろ。ラコン任せていいか?」


 ついていくと言いそうな娘の目は今にもくっつきそうだ。睡魔に襲われているのである。むしろここで寝ないと食事の時間に爆睡することになるので保護者としてはちゃんと寝て欲しい。


「はい、コーネリアに見てもらいます」


 ラコンのメイドであるコーネリア嬢にも大変お世話になっている。他人の娘を嫌な顔一つせず面倒を見てくれるのだ。我等の受けた大恩に比べれば如何程のものでもありませんと彼女は言うが、本当にセレナさんとコーネリア嬢には頭が上がらない今日この頃だ。


 ラコンが眠気でふらふらしているキャロとシャオを連れて転移環でアードラーさん宅に戻っていったのを確認して俺とユウナはウィスカへ跳んだ。



 俺はウィスカの冒険者ギルドに呼び出しを食っていたのだ。



 冒険者ギルドにおける俺の立場は微妙というか特殊である。ギルド専属冒険者という身内扱いでありながら通常の冒険者より多く課される様々な義務を免除されている。

 その理由は俺が彼等に与えている数多くの利益である。金銭や美食はもちろん、一国の支部としては馬鹿馬鹿しいほどの物資の取扱量はウィスカの名声を一気に引き上げた。これまでは最難関ダンジョンを擁しているのに攻略が遅々として進まない三流支部の扱いだったのが、今年の総売り上げは歴代最高記録をぶっちぎりで抜き去って1位を掻っ攫ったのだ。

 今では周辺各国から羨望の視線を受けていると飲みの席で職員達が話していた。ウィスカへ異動希望する職員も後を絶たないらしい。


 そんな感じのウィスカのギルドで俺は完全に放任状態だ。何しろ好き勝手させておけば自分たちに自動的に金が流れ込んでくるのだ。周囲からはもっと俺を管理しろ、高難度クエストに駆りだせと催促もあるようだが職員達が全部断っている。

 何でも俺は今全身複雑骨折の重傷で一歩も動かせないし、余命幾許もない瀕死の状態が半年近く続いているようである。そんな状態の冒険者を動かす事などできないと大真面目に抗弁しているのを聞くと無茶やっているなあと思うが、職員達にしてみれば俺が儲からない依頼に借り出されてしまえば自分達の懐に入る金も当然減るのだ。

 なので彼等は全力を俺を護る。最初は借金の裏をとるため、職員達を味方につける必要があって始めたが今ではギルドからの干渉を撥ね退ける為に彼等が自発的に動いてくれている。


 ギルドマスターであるジェイクはユウナの実兄であるし、実質的な最高権力者である受付嬢の皆とも友好的な関係を築けている。むしろ俺に何かあれば向こうが困る状態にまで持っていっているはずだ。


 それでも俺は一方的な呼び出しを受けた。普段ならそんな扱いを俺が受ければ激怒するユウナが俺を気遣うような視線を向けてくる。


 何かあるのは確実だ。というより、大体想像がついた。上り調子で他の追随許さない勢いの今のウィスカでギルドマスターであるジェイクが俺を無理矢理呼び出さなくてはならない事態が起きている。

 ユウナもなんだかんだいって実の兄貴には甘い(兄も妹には相当甘いが)所があるので、どうかお越し願えないかと俺に頼み込んできている。


 冒険者ギルドでそれほどの権勢を持つ人物は一人しかない。だが、俺自身は訝しんでもいる。いちいちウィスカに出張るほど暇な人じゃないと思うのだが。



「あ、来ましたね、ユウキさん」


 いつものように裏口からギルドへ入った俺を見つけたのは受付嬢のアンジーさんだ。受付嬢の中で一番年長ながら10台後半の見かけをしている変わった人だ。もちろん仕事は迅速かつ確実にこなす。

 その彼女は俺を見かけて露骨に安堵した声を漏らした。それもそのはずで、今のギルド内は異様な緊張感に包まれていた。冒険者もあまりいない時間帯だが、職員達は物音一つ立てることさえ罪になるといわんばかりに緊張している。


「来ましたよ、ギルマスは上ですか?」


 2階にあるギルドマスターの部屋を指差すと、アンジーさんは何度も頷いた。声も出したくないらしい。


「なんか面白そうな予感がする」


 俺の懐の中で寝ていた相棒が顔を出した。面白そうというだけあってその顔には期待で満ちていた。


「どちらかというと厄介事の予感がするけどな」


「いや、ギルマスからの呼び出しなんてこれもギルドテンプレじゃん。ユウには縁がないと思ってたけど、今になってやって来たかぁ」


「そもそもギルドに顔を出さないからな」


 殆どの場合、アイテムの買取はユウナを介していたしダンジョン攻略の進捗と飲み会くらいしか顔を出していなかった。それ以外は受付嬢の皆さんのご機嫌取りくらいだし、ギルドも入口からではなく従業員用の裏口から出入りしていたから他の冒険者との顔合わせも少なかった。

 リリィが望む”てんぷれ”がそもそも起こりえなかったのだ。


「これも歴史の修正力ってやつかも。ようやくユウもテンプレの洗礼が来たね。楽しみだなぁ」


 完全に楽しむ気満々の相棒に何を言っても無駄だろう。俺としては獣神殿のダンジョンを片付けたら次はクラン関係に手をつけようとしていたのだが……ある意味ではこれもその一端と言えるのかもしれない。



「来たぜ、ジェイクのおっさん。入ってもいいか?」


 既に何回も出入りして勝手の知ったギルドマスターの部屋の前で扉を叩くと中から返事があった。


「ユウキか! 待ってたぜ、入ってくれ」


 意を決するというほどではないが、ある種の諦観を抱きながら扉を開けた俺のすぐ前にはジェイクが立っていた。俺を出迎えるような殊勝な真似をするはずがない部屋の主が椅子に座っていない事実が示す意味は一つだけ。


 ギルドマスターが椅子に座るなど恐れ多いと思うほどの人物が来訪していた場合だ。


 その小柄な人物は俺を視界に収めると、人好きのする声を掛けてきた。


「おう、暫く見んうちにまた一層大きくなりおったのぉ。もちろん背丈のことじゃないがの」


「ったく、何でこんな場所にいるんですか? 貴方は総本部から決して動かないと聞いてましたけど」


 その白髪の老人は応接間の椅子から動かない。だがその存在感は誰もが目を逸らす事を許さないほど巨大だった。ギルドの職員たちは彼の存在に極度の緊張を強いられていたのだ。


 だがそれも無理はない。彼こそがかつて世界最強の名を恣にした元Sランク冒険者。



「なに、動く理由があれば儂は何処にでも赴くわい。特に世界を揺るがす強大な存在である”(シュトルム)”がまた盛大にやらかしたと聞けばの」


 そして世界有数の巨大組織に成長した冒険者ギルドを統べるグラン・マスター、ドーソン翁なのだから。





楽しんで頂ければ幸いです。


普段なら新しい話にはナンバリング入れるのですが、今回は半分閑話みたいなもなので次から入れると思います。


この話は主人公にとってもメイファとまためぐり合うために優先順位が高いものでしたが、如何せん準備が面倒な為にようやく手をつけられたという感じです。前途は……気にしないでください。

シャオはメイファとロキを介して手紙でやり取りしているので全く寂しくはないようですが、主人公はそれを知らないので急がなくてはと思っています。


そんな話をしつつ、これからの話は一度顔出ししただけで随分と放置されていたもうひとりのSランク冒険者がメインとなります。


日本編は玲二主人公でやります。多分新作になるかと。


もしこの拙作が読者様の興味を引いて頂けましたら評価、ブックマークなど入れていただくとこれに勝る喜びはございません。何よりも作者のモチベーションが超絶鰻登りになります。更新の無限のエネルギーの元になりますので、何卒よろしくお願いします!

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