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獣神の宮 16

お待たせしております。



 この世界には昔から続く論争のひとつにこんなものがある。


 竜の肉は果たして美味なのか? というものだ。


 とある歴史書には天上の美味と伝えられ、とある伝承では食用に適さず薬として用いよとある。


 評価が真っ二つに分かれているが、もとよりその味を確かめたものが少ないので真偽のほどは不明だ。ライカも竜討伐は成し遂げたが戦利品は名誉のみだったから竜の肉を食す事は出来なかったようだ。


 後でユウナに調べてもらったら竜討伐を確実に成し遂げたのは有史以来152人。三桁以上とかなりの数だがその中には亜竜も含まれている。はっきり言って亜竜と成竜では強さの桁が違うし、肉の味も全然違うとか。まずい肉という風評は亜竜から来ているのではないかと俺は勝手に思っている。

 関係ない話だがライカが打倒したのは成竜より遥かに格上の真竜。精神体に近い存在で人類が何とかしようと思ってはいけない相手だ。その時は理性を失って狂った存在に堕ち、止むに止まれぬ戦闘だったとか。

 エリクシールの材料に爪を使わせてもらった銀竜も真竜だが、彼女はとても理性的な存在でも俺の最大限の敬意を払って対応した。俺が流れでつい倒したのは別口の真竜である。



 何故いきなりこんな話を始めたのか、それにも理由がある。


 俺達の前にその竜の肉が見上げるほど巨大な形で鎮座しているからである。

 


「え、これって何でしょうか、師匠?」


「俺もてっきり宝箱だと思ってたが、よく見ると環境層で敵が落とす食い物のドロップアイテムを包んである謎物質だな」


 ライカは紙と称したが、素材は不明だ。しかし品質保存に非常に優れているのは確かで、俺も大量に肉を手に入れる過程で同じだけの量を手に入れており、エドガーさんのランデック商会で生鮮品の保存用に大いに役立っている。”さらんらっぷ”みたいで凄く便利だと玲二が絶賛していたが何のことを指しているのかは解らない。



 黒竜は最後のダンジョンボスに相応しく大量のドロップアイテムを落とした。山のように積み重なっている金貨や財宝が遠く離れた位置からでも確認できたし、その他にも多くの宝箱が落ちていた。その全てが金属製の大きな宝箱、つまり装備品やらが入っている可能性が高く中身に期待が持てるものだった。


 豪華な戦利品を見た皆がわっと歓声を上げてそのお宝に群がるが、近づくに連れて宝箱と思われた一つの品がそうでない事に気付いたのだ。


 そうしてライカの台詞につながるのである。


「ま、まさかこれって竜の肉なんですか!?」


 俺が包み紙(形容しにくいので紙でいこう)を少しはがして中身を検めたら、見えていたらしいライカの驚いた声が周囲に響く。その声に財宝にばかり注意を向けていた皆がこちらを見た。


「俺も半信半疑だったが、どうやらそのようだな。ほら、お前もこいつで確認してみな」


 日課であるウィスカでの宝箱回収でついに二桁を数える事になった鑑定眼鏡をライカに手渡すと、その結果を見た彼女も驚いているようだ。何しろデカいからな。いつも乱獲しているタイラントオックスの枝肉よりも一回り大きく、しかも長方形だ。この形のおかげで遠目では箱と勘違いしたくらいなのだ。


「竜の肉って本当なの? ダンジョンのドラゴンから肉が出るなんて初耳なんだけど……」


 皆がこの珍しい肉に興味津々な中、唯一この界隈に詳しいエレーナが怪訝な顔で訊ねてきたのでライカに貸していたものとは別の鑑定眼鏡を差し出した。俺が言葉で語るより実際に見てもらったほうが早い。


「本当に鑑定では竜の肉と出ているわね。これまでダンジョンのドラゴンはいくつか討伐例があったと聞いてるけど」


「エレーナさん。今この場で一番大事な事はそこじゃない」


 考え込み始めた彼女を止めたのはモミジだった。だがモミジはこれまで見た事無いほど真剣な顔をしている。どうやら俺と同じ事を思ったようだ。


「ど、どうしたのモミジ? まだ敵でもいるというの?」


 尋常ではない気配を醸し出し始めた彼女をカエデが心配そうにしているが……まあ確かに一大事ではある。俺も実はかなり焦っているからだ。


「まあ、話は後でも出来るだろう。とりあえずここの宝を回収して奥にある最奥の間を確認しようぜ。それでこのダンジョン攻略はひとまず終了だ。キキョウ、頼んでもいいか? 俺は一つ仕事が出来てな」


「は、はい、わかりました。確認して参ります」


「私も行くわ。一応リーダーだしね」


 ライカも行って来いと告げて皆を送り出した。ここに残っているのは俺の肩に乗っている相棒とやはりというか、モミジだった。


「モミジ、ここは俺一人だけでいい。付き合う必要はないぞ」


「大丈夫、()()には私も付き合う。もしかしたら男女差で何か違う効果があるかもしれない」


 強い口調で言い切るので彼女の説得は無理そうだと諦め、俺は焼き台の準備を始めた。


 これは断じてつまみ食いではない、俺の中では本当に毒見のつもりだった。竜の肉が美味いか不味いかは冒険者の中でも意見が分かれる所だし、この肉の見た目は至って普通の赤身で不味そうには見えないがあのロキが大して興味もなさそうに皆についていった事を考えるとあまり期待は出来ないだろう。ただでさえ毒瓦斯吐きまくってた竜の肉だ、<鑑定>では食用可とだけあったが<精密鑑定>をもってしても美味とは書いていなかったし、本当に毒入りでも全くおかしくない。


 だが俺が竜の肉を手に入れた事は既に<共有>で仲間に、というかすぐ近くにいたソフィア達にまで知られてしまっている。レナとジュリアは今日は祝勝会だと息巻いているようだし雪音からは今日は竜の肉を食べられそうですねと<念話>で言われた。彼女の膝の上にはシャオが居るらしいからきっともう娘にまで伝わっている。

 夕食までにとりあえずどんな味なのかを確認しておかなければならない。もし不味かったらどうするんだよと玲二と雪音には文句を言っておいた。ソフィアはともかくシャオは俺に怒ってくるからだ。親父の辛い所である。


 ロキの勘が不味い判定になっている事を不安に感じつつ俺は準備を進め、モミジは何故か固い石畳だというのに正座して待っている。完全に焼きあがり待ちの姿勢だった。


「とりあえず一欠片だけでいいだろ? そっちも知ってのとおり、ドロップアイテムだと全部同じ肉質だしな」


 何故か精神統一まで行っているモミジに苦笑しながら竜の肉の塊の端を薄く削り、いつものように火を通してゆく。こいつは元が元だから念入りに火を通した方がいいだろう。

 とはいえ毒見なので薄く切った肉だからあっと言う間に焼き上がる。俺とモミジにそれぞれ渡したが、手をつけようとする彼女を制した。


「俺が先に食うから様子を見ててくれ。同時に食って両方ぶっ倒れたら馬鹿すぎるからな」


「む、一理ある。お先にどうぞ」


 と言いつつ非常に残念そうな顔をしているのでさっさと済ませるかと味付けなしで口に放り込んだが――


 言葉があまりに無力であることを思い知る事になった。


 美味い、美味すぎる! 旨味がとか肉汁がどうとか言葉にする事は出来るが、それでもこの肉の素晴らしさを表すには全く足りない、足りなさ過ぎるぞ。


 なんだこの美味さは! タイラントオックスの稀少部位も美味かったが、こちらは間違いなくその上を行く。


 あまりの美味に数微(秒)固まっていた俺だが、モミジの殺意に似た視線を受けて我に返った。口を開くと美味さが逃げていく気がしたので力強く頷くと彼女も続く。


 そしてモミジの瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちた。わかる、わかるぞ。俺は手を差し出し、彼女はそれをしっかりと握り返した。そして拳から親指を天に突きたてる仕草をする。もちろん俺もだ。


 俺達は言葉も交わさなかったが、この肉を解して確かに通じ合った。後になって思うと相当阿呆な姿だったと思うが、あの時はそれでよかったのだ。



「師匠、確かにここが最奥で間違いな……ああーっ! 師匠ずるい!!」


 俺達がこの至高の肉に心を奪われているとライカの怒声によって現実に引き戻された。奥を確認して戻った彼女が俺達の行為を見れば怒るのは無理もない。だからわざと仕事を頼んで見に行かせたのだ。

 美味なのかどうかは五分五分だったので予め教える事はしなかったのだが、賭けに勝った今となっては隠す必要はない。


「ライカ、皆を呼んで来い。信じられないくらい美味いぞ」


「えっ、ほんとですか!? カオル、シズカ、竜の肉は美味しいって師匠が……」


 最奥を確認していた皆が足早に戻ってくる。ここで盛大にやってもいいのだが俺達の帰りを待ってくれている人たちがいる。大宴会は戻ってからやるべきだろう。


 全員に竜の肉を焼いてやると俺とモミジと同じ反応を返してくれた。もっと食べたいと顔に書いてあるが、先ほどの論理を説いて何とか納得してもらった。


「ユウキ、本当は見て欲しいものがあったんだけど、それどころじゃなさそうだね」


 <共有>でアルザスの屋敷の状況を見て取った如月が苦笑している。俺達が先に竜の肉を食べた事は既に知られており、俺への文句が渦巻いているようだ。毒見だって言っているのだが、全く信じてもらえていない。


「ああ、思わぬ事でバタバタしちまったが、とりあえずこれで攻略完了だ。帰還用の転送門はあったんだよな?」


 一応<魔力操作>で扉の向こう側の構造も把握しているから、ダンジョンの入口に戻れる転送門の存在は掴んでいた。余談であるが転移門は好きな階層に行けるものであり、転送門は出口に一方通行だ。


「うん、エレーナさんが起動してくれたよ。もっとも今回はそれを使う気はないんだよね?」


「ああ、転送門を使うときは攻略達成の報告を神殿に入れる時にしたいからな。まだ報告書も細部まで完成してないからあと数日待つつもりだ」


 こうして俺達はろくに戦利品の確認もせずに帰還をする事になった。金貨の一枚も残さず俺の<アイテムボックス>に仕舞ってあるから必要ならいつでも取り出せるし、何の問題もないだろう。



 その夜はダンジョン踏破を祝う宴会だ。一応まだ俺たちはダンジョンの中にいることになっているので俺の身内以外の参加者はいない。ラコン達は呼んでも良かったが、アードラーさんのお屋敷に神殿関係者がいるらしいので無理だった。


「それじゃ、ダンジョン攻略と竜討伐を祝して!」


「「「「乾杯!!」」」」


 エレーナの音頭で俺達は掲げた盃を打ち合わせた。盃の中の酒は一気に干すのが冒険者の流儀だから、皆が喉に酒を勢いよく流し込んでいる。


「お風呂上がりに冷えたエールの組み合わせは最高ね! 病みつきになりそうよ」


 今回の指揮官として肩に掛かっていた重荷を下ろしたエレーナは上機嫌だった。

 喜んでいる一番の理由はクロイス卿でさえ果たしていない竜殺しを成し遂げたからだろう。後でさんざん彼に自慢しにいくな、これは。その後でクロイス卿が俺になにか言って来そうではあるが、あの人今死ぬほど忙しいはずだがそれでも時間作ってきそうな気がする。


「さあ、お出ましだ!」


「おお、これが噂の……見た目は普通だな」


「騙されたと思って食ってみな。度肝を抜かれるぜ?」


「ユウキがそこまで言うなら試してみるか……うおっ!!」


 この場の主役はもちろん竜の肉である。仲間たちはそんなに美味いのかと半信半疑だったが、最初の一口でみんな無言になった。誰も言葉を発さずひたすらに手と口を動かしている。


「とーちゃん。すごい、これとってもすごいの!」


 俺の娘が精一杯の語彙で美味さを表そうとしているので、その頭を撫でてやった。


「でもシャオの言葉の通りだぜ。美味すぎて凄いとしか言いようがないわ。あの牛肉が最高だと思ってたけど絶対こっちが上だ」


 興奮してわずかに顔を赤くした玲二も頷いている。


「タイラントオックスの稀少部位は間違いなくA5ランククラスだけど、それを超えてきたからね。これくらいの肉だと半端なワインじゃ相手にもならないよ」


 どれにしようかと悩む如月にこの場の酒呑みたちの熱い視線が注がれた。だが如月の言うことは正しいな。肉が美味すぎてとんでもない満足感を与えてくれるから、正直沢山食べようとは思わない。ぶ厚く焼いた1枚で十分満足してしまう。


「お代わりをもらおうか!」「私もいただきます!」


 もちろん我が家の健啖家二人にはそんなことは関係ない。ジュリアとレナは遠慮なく追加を要求し、宴会場の料理人が新たな肉を熱した鉄板に乗せた。


 ちなみにここは我が屋敷ではなくランヌ王都に最近開業した高級リストランテだ。店主はあの最高級ホテル、サウザンプトンで長く副料理長を務めていた人物だ。あそこの総料理長は貴族なので平民である彼にこれ以上の出世は望めず独立を考えていた。

 その話を聞きつけた我らが世界最高商人であるエトガーさんが話を持ち掛け、晴れて一国一城の主となった。

 俺たちとしても非常に利点のある話だった。ここの店主はいつも俺が持ち込む肉を最高に美味く焼いてくれた人で、その腕前はロキが認めるほどだ。

 今もこうして突然現れた団体を快く迎えてくれている。この店の開店資金の大半はランデック商会が出しているから逆らえなかったのかもしれないが、それでもこの竜の肉を報酬にしているので彼は満面の笑顔であった。間違いなく俺達の次に彼が一番美味い肉を食っているだろう。これは投資でもある。美味く肉を焼くには数をこなすのが一番だ。そしてどのように焼けばより美味くなるのかは実際に食って判断しなくてはならない。俺も玲二も如月も相当数をこなしたが駄犬があまりにも食い荒らすので他にも協力者が必要なのだった。そうしないと数刻(時間)は簡単に取られてしまうのだ。

 それにたまには他所で気分を買えて食事を楽しむのもいいものである。



「うむ、何度食べても最高だな。素晴らしい!」

「こんな美味しいお肉があるなんて! 夢のようです」


 ジュリアとレナだけで数百キロルはある巨大な肉の塊を食べつくす勢いだったが、何も不安はない。無くなればまた倒しに行けばいいからだ。黒竜への再戦希望者は数多くいたし、ダンジョンボスは一定周期で復活するのでいくらでも狩れる利点がある。そこが野性とは違う便利な所だな。とりあえず15層のように即復活というわけではなかったから、明日また行ってみよう。ダンジョンによって復活する周期は異なるのだ。



 今は身内とダンジョン参加者だけの内輪の席なのでメイドのレナがこんな振る舞いをしても全く問題はない。むしろ咎める立場のソフィアが肉を頬張るレナを慈愛に満ちた顔で眺めているので、事情に詳しくないライカやオウカ貴族であるカエデ辺りは大いに戸惑っている。

 

 メイドが仕える姫と同じ席に座って一切遠慮せずお代わりを要求している姿は異様に映るが、それが我が家なので気にしないでほしい。



 さて、皆がこの貴重な肉に舌鼓を打つ中、俺は中座してとある場所に向かっている。


 普段なら多くの民が行き交う王都の名所の一つだが、すでに日も落ちて周囲が闇に包まれている。そんな中、人目を忍んで建物の中に入り奥に向かう。一番奥の部屋には巫女装束に身を包んで物書き机に座っている妹がいた。


 隣には護衛を任せているロキの本体が寝そべっているが、イリシャは時折振られるロキの尻尾をつまらなそうに手でぱたぱたとはたいていた。

 妹は屋敷に戻れない事情があるのでご機嫌斜めな模様だ。


「あ、にいちゃん……」


 俺に気付くと立ち上がって駆け出した小さな妹を抱き上げる。俺の胸に顔を埋めたイリシャは洟を啜っている。


「悪い子の妹は反省したかな?」


「わるくないもん」


 こらこら、と注意しようとした俺だが頬を小さく膨らませる妹を見て絆されてしまった。素直なイリシャが不満を口にするというあまりに珍しい光景で見とれてしまった。

 我ながら陳腐な言葉だと思うが天使は此処に実在する。ソフィアやシャオも例えようがないほど可愛いが天使とまでは思った事がないから不思議なものだ。


「でも隠れて屋敷に帰りすぎたな。もっと余裕のあるときにしないと見つかるのは時間の問題だったろ?」


「だって、兄ちゃんたちがおいしいものをたべてる気がしたんだもん」


 おい、妹よ。まさかこれまでは俺達が甘味を食べる瞬間を未来視してのりこんできていたのか?

 イリシャの分を残しておかないはずがないのだが、腕の中の妹は皆と一緒じゃないと嫌らしい。


 だがそれを繰り返した結果、抜け出していることが大神官である祖母のアイラさんに見つかり、俺の小さな妹は大目玉を食らって謹慎中なのだった。


「大神官きらい。お小言おおいんだもの」


 俺の胸に顔を埋めながらアイラさんへの文句を口にしているが、これは俺も責められるべき点がある。


「本当は俺が兄として叱らなくちゃいけないんだが、どうにもイリシャが可愛くてな。アイラさんが心を鬼にして叱ってくれたんだぞ」


 優しくする事だけが愛情ではないと解ってはいるが、イリシャと出会った経緯もありどうにも甘やかしてしまうのだ。それを酌んだアイラさんは厳しい祖母の役を買って出てくれている。俺個人としては無言で頭を下げるしかない。


 だが俺の言葉はイリシャには届かなかったようだ。相変わらず口を尖らせている。


「俺はイリシャに嘘は言わないぞ。アイラさんはイリシャを心から愛しているよ。だから言いにくい事もお前の為を思って言ってくれるんだ。それは解ってあげなさい、イリシャは賢い子だから大丈夫だな?」


「……うん」


 神殿の責務以外ではアイラさんは慈愛溢れる祖母である事をイリシャもちゃんと解っている。巫女見習いを飛び越していきなり巫女に就任した妹がこの時の神殿で健やかに生活で来ているのは大神官であるアイラさんの並々ならぬ努力がある。神殿入りを本心から納得した訳ではない俺はここで上手くやっていけないならさっさと還俗させる事も考えていたのだが、イリシャは今この瞬間も時の巫女として認められている。様々な面倒事をアイラさんが引き受けてくれている証明だろう。


「それに謹慎も明日までだろ。その後は周囲に気をつけてやってくればいい。コニーにもあらかじめ話して同意を得ておきなさい。そうすればこんなことはもう起きないさ」


 今回は侍女のコニーにも何も告げずに転移してしまい、イリシャを呼びに来た神官を連れて巫女の部屋に入ったら肝心のイリシャが何処にもいなくて大騒ぎになったのだ。


「ちゃんとやる」


 こくりと頷いた妹に満足した俺は改めてその整った顔を見る。近い将来、あらゆる美辞麗句で装飾されるであろうその幼い相貌に浮かんでいるのは……安堵だろうか。眠そうでもあるな。


「本当はみんな食べてる竜の肉でも持ってこようとしたんだが、お前さん肉はそんなに好きじゃないしな」


「あまり、たべないね」


 努めて多く食べさせるようにしているが、イリシャの目方は未だに増えない。菓子は食べるが肉よりも野菜が好きな娘だった。抱き上げるともう3つ年下のシャオのほうが体重は上な気がするくらいだ。


「夕食は? 足りたのか?」


「食べた。もう十分」


 嘘をついている顔ではないので確かだろう。俺も隙を突いて宴会を抜けてきたので早めに戻らなくてはならない。


「眠る前までにはもう一度来るから、心配しなくていいぞ」


 凄惨な体験をしてきたイリシャは一人では夜に眠る事ができない、それを踏まえた発言である。何とかしてやりたいが、記憶を消せば良いという問題でもないから時間に任せるしか処方箋はない。


「兄ちゃん、いっしょにいてくれる?」


 思わぬ提案がイリシャから提示された。そういえばこれまで妹や娘と共に寝た事はなかったな。雪音やソフィア、セリカが買って出てくれたから、実現した事は無かった。


「そうだな、偶には兄妹水入らずで寝るのもいいか」


「ん」


 最後にもう一度頭を撫でて俺はこの場を去った。転移環は勝手に抜け出さないようアイラさんに没収されている為、また訪れる為に新たなものを置いてゆくのも忘れない。


 余談ではあるが、この夜俺が妹と共に眠る事は無かった。イリシャが一人になってしまうと知ったソフィアとシャオが俺が何か言う前に向かっていたからだ。更にはアイラさんも加わって四人で寝たしい。だが何故かイリシャは不満そうだったとコニーが苦笑いしていたのが印象に残っている。




「じゃあ、お待ちかねの戦利品紹介の時間だ!」


 時の神殿から戻った俺は皆が人心地ついているのを見てやっておかなければならない仕事を済ませてしまう事にした。


 今回のダンジョン探索は宝箱の中身やら戦利品は神殿の所有物となる事が決まっている。

 私有地のダンジョンに入ると大抵こういう話になるが、もちろん建前だけのものだ。監視者がいなければ報告者の気分次第でアイテムの行方などどうにでもなるからだ。


 だが今回の短策は神殿のたっての希望という事情、そしてこちらがダンジョンの経験を積む事が主眼に置かれている為ある程度は神殿側に利益を渡すつもりだ。

 獣王国でとてつもない影響力を誇る獣神殿に恩を売れる機会は得難いものだし、ダンジョン踏破の報せは巫女であるラナたちの政治力にも強い影響を及ぼす。なにより皆ラナと知り合いであり、自分達だけではなく彼女の為になるならと、さらには金銭的なものを追い求める段階をとうに超えている者達ばかりなのでそこは全員が納得している。


 だがそれはそれとして何が手に入ったのかは気になる所だろう。使えそうなアイテムは報告せずに自分達の物にするくらい、誰でもやっている事だ。


「第1層から順番にやってもいいが……」


「師匠、はっきり言ってあの黒竜以外はどうでもいいです。他の情報は神殿に提出する報告書に纏まってるんだし」


 俺が<アイテムボックス>に手を突っ込みながら皆の顔を見るとライカが手を上げた。皆も同意見みたいだ。商売人として掘り出し物があるかもと期待している今さっきやって来たセリカは不満そうだが、9割がた完成している報告書を手渡すとそちらに目を通し始めた。


「じゃあそうするか。皆も見ていたと思うが、黒竜の討伐で奴がいた場所に大量のお宝が転がってた。宝箱が7個に金銀財宝が山ほどだが、宝箱と思われてた物の一つは竜の肉だったわけだ」


 竜の肉は<鑑定>だと手をつける前で金貨300枚の価値になると出たが、もちろん食う。色んな場所に御裾分けする事になるだろうから、きっと近い内に魔約定の行き先である国王にも行くはずだ。


「金貨が沢山あったけど、どれくらいあったの?」


「4679枚だな、他に白金貨が12枚。金貨換算で6000枚近くなるわけだが、この金貨に見覚えはあるか?」


 姉弟子の問いに答えつつ、俺は取り出した金貨を指で彼女に向けて弾いた。放物線を描いて飛んだそれを慌てて両手で受け取った姉弟子は怪訝な顔をする。


「なにこれ、何処の国の金貨よ?」


「そういうわけで金貨の価値は8割減な。俺が換金しても良いけど」


「ダンジョンの金貨って基本ハズレ枠だよね。大抵の場合、価値が目減りしちゃうし」


 定位置である俺の肩に乗っている相棒が溜め息と共に言った言葉が全てを表している。

 前にも触れたが金貨は世界中の国が鋳造している。そして見た事も聞いたこともない国の金貨は重さなどを勘案しつつも、その地で流通している金貨よりいくら値引かれてしまうのだ。

 近隣国で流通しているならまだしも、見た事もない金で買い物させろというほうに無理がある。金貨自体に価値があるだけまだましと思うべきだろう。どの道見知らぬ金貨は国に回収されてその国の金貨に鋳造し直される。その分の手間賃もあるので金とはいえ同価値で取引は出来ないのだ。


 そしてダンジョンはかつて倒れた冒険者の所持品を宝箱に入れている事が多く(壊れた武具が入っているのはこのせいだろう)、所持金も例外ではない。だから見知らぬ硬貨が混ざっている事が多数であり、額面どおりに受け取る事は不可能だ。白金貨だけは大昔から世界中で統一規格らしくて問題ない。金貨100枚分の価値がある硬貨なんざ、そんなに数が出回る品でもないからだろう。


 だが俺の借金返済に使う魔約定に突っ込むなら問題ない。何処の国の金貨だろうが金貨一枚として数えてくれる。俺が換金しようかと提案したのはそのためた。


「それは後で考えましょ。神殿側に半分ぐらい渡すと考えればその分だけでいいかもしれないし」


 エレーナの言葉で皆もうなずき、戦利品の本番にはいる。


「じゃあ次な。こっからは凄いぞ、まずは竜鱗の防具一式だ。これは箱一つに纏めて入ってた」


 取り出された黒竜の鱗が使われた漆黒の防具たちに全員の視線が吸い込まれる。防具一式なので兜、全身を包む大鎧、盾、長靴、篭手の5点ものだ。その全てから強い魔力が発しているので全部身に付ければ相当の魔法防御力を得られる事になるに違いない。


「こりゃ凄ぇ。ザ・異世界って感じの防具が来たな!」


 興奮した玲二が近寄って黒光りする竜鱗を弾いたりしている。金属のような甲高い音を立てたが、生物由来のものとはとても思えない。その内兜を勝手に被ったりしているので雪音が文句をつけたそうにしているものの、俺が何も言わないので黙っている感じだなあれは。


「竜の素材で作られた防具……偽物のはずがないわよね。あまりにも現実味が無くて嘘だといわれたほうが信じられるわ」


 唖然としたまま表情を変えないエレーナだが、本命はこいつじゃないんだな。


「おいエレーナ、呆然とするのはこれを見てからにしてくれ。その防具一式は一つの宝箱に纏めて入っていたが、これはでかい宝箱にこれ一つだけ入ってた。つまり、それほどの品だ」


 俺が取り出したのは漆黒の剣身を持つ大振りな片手剣だった。よく目を凝らすと剣身には精緻な装飾が施されており、これ自体が美術品と言ってもいいくらいだが、これを飾るだけに留めようと思うやつは皆無だろう。鞘にも同じような彫刻があり、統一性がとられている。


 気圧されるくらいの圧倒的な存在感を放つ武威の極みが、そこにあった。


「ま、まさか竜の骨を削りだして作られるという伝説の竜神剣、ですか?」


「博識だな、スイレン。ご明察だ、俺も<鑑定>するまでは詳細は知らなかった。野生の黒竜がもしいたらその骨はこんな宝石みたいな輝きを放っているのかもしれないな」


 持ってみるか、と彼女に促したが、無言で首を横に振るばかりで誰も受け取ろうとはしなかった。この剣の存在感に言葉もないらしいが、俺の愛剣の方が数段上だな。さっき数回振ってみたが、こいつは装飾が華美に過ぎ、戦いに生きる戦士の蛮用に耐えられるかは不明だ。

 素材のせいなのか、硬度は高いが剣に必要な”粘り”が皆無なのだった。もし同じ強度の武器と打ち合ったら簡単に折れるだろう……伝説の武器と同等品があるかどうか別として。


 手持ち無沙汰になってしまったので近くの机の上に竜神剣とやらを置いたが、みんなの視線がそれに釘づけだ。気になるなら手に取ればいいのに。


「レイア、手にしてみるか?」


「良いのか、我が君? その第一の権利は討伐を無し遂げた者達にあると思うのだが」


「みんな遠慮してるからな、って早いな」


 俺の言葉が終わらぬ内に剣に飛びついたレイアはその剣身をしげしげと眺め、その後数回素振りをしたが、俺と同じ結論に至ったのかすぐに鞘に収めてしまった。

 二番手なら問題ないのかその後は玲二やライカが触っているが、俺はレイアに<念話>で語りかけた。


<気付いたようだな>


<うむ、大層美しいが、戦いに向く武器ではないな。あれを手に戦い続ければ遠くない未来に中ほどから撃ち折れてしまうだろう。鍛冶師の手によるものではないと思われる>


<理屈を越えたダンジョンドロップ品というところだろうね。僕はダンジョン内で触らせてもらったけど二人の疑念は少しも感じなかったけど、そこは戦士と一般人の差かな>


 <念話>に如月も参加したが、まあそうだろうなという感想だ。この中に剣を主に使うものはセリカの護衛のアインくらいしかいないから剣の存在感や美しさにばかり気を取られるが、アインが幾度か振ればすぐに違和感に気付くだろう。


 だが俺達は誰もこの武具を使うつもりはないのだから、それで構わないだろう。


「あの、お師様。一つ気になったのですが、玲二さんが身に付けられるという事は……」


「ああ、完全に男用だ、全身を覆う大鎧なのが災いしたな。調整にも限度がある、いくら小さくしてもここにいる皆の体には合わないだろうさ」


 盾くらいは何とか持てるだろうが、長靴と兜は固定してもズレると思う。いくら強力でも体に合わない装備を使う奴は、早死にするだけだ。

 俺もダンジョンで既製品の装備を山ほど手に入れているが、その目的は売却する為であって装備するものではない。武器はともかく強力な防具ってのは大抵一品物だし、素材を自分で持ち込んで腕利きの職人に作成依頼を行うのが常と聞くからダンジョンから出た防具ってはのよほど運が良くないと自分で遣う事は出来ないだろう。女性では尚更だ。


「でもギルドオークションにでも出せばいいさ。みんなの連盟で出せば箔がつくし、”竜殺し”の端的な証明にもなるだろ」


 俺の”竜殺し”という単語に皆が瞠目した。余談ではあるが、”竜殺し”を証明する方法はある。なんと”竜殺し”は職業なのだ。明日にでも教会に行って転職可能一覧を出せば追加されている。これは俺が前に確認済みなので間違いない。


「あれ? しかしだなユウキ、手に入れたアイテムは神殿に渡す約束ではなかったのか?」


 リーナがそう質問し、全員が頷いたころを見計らって俺はもう一揃いの()()()()()()()を取り出した。


「一つだけなんて言ってなかっただろ? 竜神剣ももう一本あるぞ」


「なんでもう一個あるのよ! あ、さてはあんたのスキルの影響でしょ!? いくらなんでも無茶苦茶だわ!!」


 二本目の竜神剣を取り出したらエレーナが絶叫に近い悲鳴をあげたが、出たんだから仕方ない。一揃いを神殿に、もう一つを競売に出せばいいだろう。神殿側がこの件を公表するかどうかはまだ未知数だが、神殿の秘蹟の中という立地と高難度のボスが竜である事を考えると難しいのではないかと思っている。精々が関係者のみに伝えられるくらいだろう。

 もちろん俺は復活周期が解り次第毎回倒すつもりである。肉も欲しいしな。



「みんな落ち着け、宝箱は全部で6個で、これで4つ紹介した。だがまだ2個ある」


「そういえばそうでしたね。流石竜だけあって落とす量も質も豪華ですね」


「ダンジョンボスって初回討伐報酬も結構あるから、次はどうかわからないけどね。私は二度と御免だけど、あいつの顔は絶対また向かうつもりね、あれは」


 カオルとエレーナが何か言っていたがそれには取り合わず、5個目の宝箱から出た一抱えもある巨大な宝玉を机の上に置いた。


「なん、です? これは?」


 これを一言で表現するなら禍々しい。既に雪音の膝の上で寝息を立てている娘には教育に悪そうで見せたくない代物だ。


「<鑑定>によれば竜血玉だそうだ。まあ宝石の価値があると思っておけばいいだろう。これは色々やばそうなんで神殿に押し付けるつもりだが、皆もそれでいいな?」


 俺の宣言に誰も反論は無かった。見た目がアレ過ぎて手元に起きたくない物体である。

 しかも説明はしなかったが、こいつには特殊な能力がある。ありとあらゆる攻撃魔法を吸収し、全く別の異質な魔法攻撃(おそらく竜語魔法だ)として反射するようだ。ロクな結果になりそうにないので放置に限る。


「最後は、これは有名だな。竜玉だ」


「わ、なんて綺麗!」


 透き通るような透明度を誇る手のひら大の玉に女性陣が集合する。竜種が体内で生み出す至高の宝石として知られ、これくらいの大きさでも金貨1000枚は硬いというまさにお宝だ。これまでの品に比べれば地味だが、みんなの食いつきはこれが一番だ。


「後で皆に回すから一旦落ち着いてくれ。後は金貨と一緒に落ちてた金細工、装飾品、指輪型の魔導具なんかも一杯あったが、金貨換算で締めて11000枚ってとこだな」


「竜一体で金貨一万枚以上、過去に多くの冒険者が勝てないと知りつつ挑んだわけですね」


 なるほど、と雪音が大きく頷いているが、エレーナに言わせればやはり野生の竜を傷が少なく倒せばそちらの方がもっと儲かるという。”竜に捨てる所なし”と言われるくらいどんな物にでも高い価値がつくからだ。外皮、鱗はもちろん牙や爪に眼球、脊髄、果ては血液までも高価に取引される。解体作業やら何やらで色々と経費は掛かるが周辺への経済効果を含めればその影響は大きく、叙勲などの話もつきないというから、まぐれでも成功すれば一気に成り上がり確定、命を掛けて挑む愚者が後を絶たないわけだ。


「そして怒れる竜が報復に町を襲うまでがワンセットって訳ね。それを何度も繰り返してお互いの境界線を決めましょってのか領域確定までのプロセスって訳よ」


 博識のリリィが()()まで説明をしてくれた。そういえば<アイテムボックス>で眠っているアレも何とか使い道を考えたいところだ。上手くやれば大金に化けそうだが、どうしても衆目を集めるのか欠点だな。ユウナが色々考えてはくれているが、妙案はまだ浮かんでいない。


「師匠、分け前はどうしますか? あ、私たちは別に何も要らないです。勉強させてもらいましたし」


「そうは行かない。働いた奴には分け前が出る、これは当然の事だ。これまで手に入れた物の中で必要な物資があればもって行け。一つだけってものはないと思うから、神殿に不都合はないだろう」


 ライカが何も要らんと言い出したのでそれを咎めた。今回は俺がダンジョンの経験にどうだ? と呼んだ形なので俺が依頼人なのだ。被雇用者には俺の主義に従ってもらう。


「そう言われても正直言って、このダンジョンで得られたものは大したものがないわね」


「まあ、確かにそうなんだが……」


 エレーナの発言に俺も口を濁した。低難度は初心者向けとまでは行かないがある程度実力があり、魔法戦力があれば楽勝で踏破できる水準で当然ながら中身のそれなりだった。一流の上澄みにいる彼女達に満足できる品などないだろう。だから俺も追加報酬の話をした……ああ、そういうことか。


「だから、あんたがウィスカのダンジョンを一日ガイドしてくれるなら報酬はそれでいいわ。二人もいいでしょ? 知ってのとおり、こいつ一日で金貨一万枚稼ぐのよ、これより価値のあるアイテムを手に入れましょう!」


「賛成だ! それは私も望む所であるしな」「う、うう、ユウキがちゃんと一緒に来てくれるなら……」


「ウィスカの件は追加報酬として別口の認識だったが、それでいいのか?」


「私達もそれがいいです。”竜殺し”の称号とギルドオークションに皆さんと連名で竜鱗の武具を出させてもらうだけで報酬としては十分すぎるほどです。それに経費は全てユウキさんが持ってくれてダンジョンから毎日日帰りで帰ってきてるんです、むしろこちらが何かお返ししなくてはいけないくらいなんですが」


 ”緋色の風”はリーダーのスイレンが代表して答えてくれた。確かに手厚くはしたが、普通に考えてダンジョンで夜営とか絶対にしたくないだろと思っただけなんだが。


「追加報酬と別でいいなら、私16層行きたい。肉を狩る!」


 もう皆が食事を終え茶や食後酒を飲んでいる中、未だに果物を頬張っていたモミジが手を上げた。彼女はレッドオーガと戦う事が望みでそれは既に叶えているが、そのほかにウィスカの環境層で肉が欲しいらしい。


「モミジ。貴方の願いはもう叶えてもらいました。これ以上は許されません」


 しかしスイレンが普段見せないような厳しい声で彼女を窘めた。複数パーティーが合同で参加する今回のような形では一人が勝手な事すると後々揉めることになる。それを早い段階で諌めるには同じパーティーで始末をつけるのが一番なので、スイレンがあえて厳しい態度を取っている。

 滅多に見せない声と空気に姉弟子が驚いているが、エレーナが小声で事情を教えてやっていた。


「お師様、私の願いをモミジの分としていただいたよろしいでしょうか?」


「君がそれで構わないのなら、何も問題はないな」


「私は弟子としてお師様と共によく連れて行って貰っていますので。もとよりお師様に教えを授けていただいてばかりで何もお返しできないこの身を恥じ入るばかりでございます」


 そりゃ礼なんざ要らんと事ある毎に突っ返しているので当然ではある。だがそれを語り出すと夜が更けるのでここまでとしよう。


「じゃあキキョウの分はウィスカの16層って事で。手に入ったばかりのマジックバッグが早速活躍するな、モミジ」


「入りきらなくなるくらい肉を狩る!」


 ”緋色の風”はつい昨日、新たなマジックバッグを入手した。それも高価な時間停止型だ。貴重すぎて競売に出ても凄まじい値上がりをするため、大商人くらいしか手にしていないという時間停止型だが、彼女達には心強い後援者がいた。

 我等が世界最強商人、エドガーさんその人である。


 もう大分前のように感じるが、同じ奴隷商人に売られた縁で彼女達とは親密な関係だった。エドガーさんも死んだものと思っていた娘であるジャンヌの面影を彼女達に見て奴隷として売られる間はそれとなく面倒を見てやっていたと聞く。

 それは互いの環境が変化しても変わることはなく、ランデック商会が後援者として支えていたのだ。

 そして今回、とある筋から時間停止型のマジックバックを内密に手に入れた彼は相場の半額である金貨600枚でそれを売ってやったというわけだ。

 金貨600枚など、かつての彼女達ではとても手が出ない額ではあったが、今は事情が全く異なる。主にキキョウが俺とダンジョンに修業に赴いた時に得た金を貯めれば一月(90日)経たずに貯める事ができたようだ。

 そして念願の時間停止型を手に入れた彼女達、いやモミジがまず望んだ事は肉の確保だった。これまで幾度と無く俺の屋敷や店で肉を食べてきたが、やはり気兼ねなく自分達だけも楽しみたい。そのためには何が必要かとなれば、いつまでも肉が鮮度を保ったままでいられる時間停止型マジックバッグということになる。

 モミジの強い熱意に押された格好ではあるが、もし手に入るなら様々な事で使える道具である事に違いはない。皆もその入手に同意し、あとはエドガーさんの商人としての腕に賭けたわけだが、当たり前のようにあっさりと手に入れてきた彼に皆が逆に驚いてしまったそうだ。流石はエドガーさんである。


「神殿に報告に行くにはまだ日がある。日程を詰めておいてくれ、ライカたちもそれでいいな?」


「はい、私たちも連れてってくれるんですか?」


「当たり前だろ。何で仲間はずれにする必要がある」


「やった! ちょっと練習したい技があるんですよね、後で見て下さい!」


 そこからは今回の件とは関係ない話に脱線して行ったので、ひとまずここでお宝報告会はお開きになった。




 そこで話が終われば楽だったのは確かだが、このままにしておけない事件が起きている。宴会も終わり、皆が転移環で俺の屋敷に転移して言った後、俺はまだ残ってリーナと話していた姉弟子の前に立った。


「えっ、なに? いきなりどうしたのよ」


「ちょっと付き合ってくれ。リーナも来てくれ、あの時の当事者だしな」


 俺の言葉で二人は察したらしい。リーナは神妙な顔を、姉弟子は当惑の表情を浮かべている。


「付き合うってこんな夜遅くに一体何処へ行こうっていうのよ」


「姉弟子の実家だよ。先生はまだ絶対普通に活動時間のはずだからな」



「なんじゃ、こんな時間に突然ゾロゾロと現れよって」


 結局、レイアにユウナまで連れてやってくる事になった先生の店、魔導具店”八耀亭”の主にして俺が唯一師と呼び習わす偉大なる大魔道師は不機嫌を隠そうともしない声で俺達を出迎えた。


「……遅くにお詫びします。どうしても今日中に訪れた方がいいと思いましたので」


 無表情を取り繕ったつもりだが、見抜かれていたらしい。


「お主はつくづく我が姿が気に入らんようじゃな。玲二や如月は大層褒めてくれたというのに」


 先生は定位置である奥の安楽椅子に腰掛けていたが、その姿は齢若い少女のものだった。姉弟子と並べは姉妹、それも姉弟子が上に見えるほどの若い姿なのだが……どうやら本当にこっちが本来の姿のようだ。姉弟子やリエッタ師、瑞宝など往年の先生を知る者達の反応に嘘が見えないからだ。


「気に入らないなど、滅相もない。ただ違和感があるというだけですからお気になさらず。先生にお聞きしたい事に比べれば些事に過ぎませんし」


 俺の問い掛けにセラ先生の瞳には面白がる光がある。何を言ってくるのやらと期待をしているようだ。


 だが俺の心中は真逆、先生に対して憤りを覚えているくらいだ。何故貴方ほどの方がこの状態を放置したのか、疑念が渦巻いている。先生は姉弟子をあれほど可愛がっているにもかかわらずだ。


「ほう、従者二人を従えこの時間に押し掛けるに足る話題という事かの」


 俺は時間も遅いし、言葉遊びをするつもりはない。さっさと本題へ切り込んだ。


「姉弟子は魔力に対する異質な才能を持っています。先生が気付いておられなかったとは思えない、何故彼女に対処法を教えなかったのです?」


「……その件か。アリアの秘に気付くとは、何かあったかの?」


「えっ、私の話なの? いったいどういう……」


 先生はしばし言葉を失ったあと、搾り出すように答えたが、姉弟子はこの瞬間まで自分の件だとは思ってなかったらしく、俺と先生の間で交互に視線をやっていた。


「アリア、黒竜を討伐する最後の瞬間だ。君の手から凄まじい魔力の奔流が放たれ、黒竜を跡形もなく吹き飛ばした。私はそう聞いているが、間違いないな?」


「レイア? え、はい、その通りです。エレーナさんに竜の息吹(ブレス)が向けられた時、まるで私の力じゃないみたいな凄い力が湧き出てきたんです」


 私の秘められた力がとうとう覚醒した、とか能天気に言ってくれた方がまだ救いがあるのだが、姉弟子は全然気にしていなかった。遠距離攻撃を8割減衰させる相手を吹き飛ばす威力の攻撃という時点で気付いてほしかったが。もちろん隣にいたリーナは気付いていたので俺と一緒にセラ先生の元に来ている。


「私のそれを<視た>ときには驚いたものだ。君の力もそうだが、瀕死とはいえ竜の”膜”が健在な中、跡形もなく竜を消し飛ばせる威力、常人に出せるものではない。それは恐らくセラ大導師とて同じ事だろう」


「レイアの指摘どおり、儂とて不可能じゃ。竜は何匹が倒したが、跡形もなく倒すなど有り得ん。そんな事をすれば貴重な素材がなくなってしまうではないか」


 いや、そういうことではなくてですね、と口まで出かかったが飲み込んだ。先生も場を和ます冗談とわかっているからだ。


「姉弟子はあの瞬間何が起こったのか良く把握してないってことだな? だろうとは思ってたが」


「あんたには解るっていうの?」


「俺だけじゃなくリーナもな。あの時俺は姉弟子の肩を手を、リーナは手を繋いでいた。そしてお互い姉弟子に触れている場所から魔力を吸われたのさ。あの超威力の魔力の奔流の大元は俺達だ」


 あの一撃は魔法ではなかった。エレーナの危機に咄嗟に反応した姉弟子が無意識に俺達から魔力を吸って放ったものだった。無意識とはいえ魔力を魔法に変換しなかったのはエルフとして失態な気もするがそこも今はどうでもいい。


「魔力を吸う? そんなことが有り得るの?」


「それは俺が聞きたいね。だから知っていそうな先生に聞きに来たんだ。だが、あれは間違いなく魔力を吸われた。それは同じ事をされたリーナも同意見だ」


「うむ、突然足の力が抜けるような感覚に襲われてな。すぐに回復したが、魔力がごっそり無くなっていた」


「ごめんなさい、リーナ。私、そんなこと全然気付かなくて」


 姉弟子はすぐにリーナに向けて謝っているが、魔力を吸われた被害者はもう一人いるんですが? いや、まあそれもどうでもいいが。


「姉弟子、問題は此処からだ。あの瞬間、俺とリーナの魔力を吸って姉弟子はそのまま黒竜にぶつけた。”膜”ごと黒竜を吹き飛ばすんだ、半端な量じゃないのは解るな?」


「ええ、多分あんたから魔力を貰ったんだと思う。ありがとう、あんたがいてくれて助かったわ」


 素直に礼を言う姉弟子にも調子が狂うが、やはりこの問題の本質を理解していないと見える。


「あの時、姉弟子は俺の魔力の1割近くを持っていった。だがそれは吸われた事に気付いて即座に抵抗したから一割で済んだと思ってる。言っとくが俺の魔力は常軌を逸した量なのは知ってるな?」


「もちろん、玲二のスキルと合わさってるんだっけ? 詳しくは知らないけど」


 なに、自慢? とちょっと睨んできた姉弟子に内心溜息をついた。


「姉弟子の才能は異常な領域に足を突っ込んでいる。一瞬にしてMP換算で15万以上をごっそり持っていった。そんでリーナと魔力と合わせてぶっ放したんだ。これがどういうことかわかるか? 一発の魔法に魔力を15万もつぎ込んだらどうなると思う?」


「えっ、そ、それは……術者の許容量を越えた魔力行使をすれば……」


 自分でその先を言葉にする事を畏れた姉弟子は口ごもる。セラ先生の顔は真剣そのものだった。


「あの時、俺が咄嗟に介入して魔力を制御しなかったら姉弟子の両腕は砕け散っていた。下手をしたら上半身まで吹き飛んでいたかもしれない。先生は姉弟子のこの特異な才能の事をご存知だったのですか?」





楽しんで頂ければ幸いです。


申し訳ない。リザルト回が今回で終わりませんでした。

書く事が多すぎて18000字越えてもまだあるという。


リザルトも半分くらいしか終わってません。続きはまた次回になります。



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